この時、フィルは再びエレナの部屋を訪れていた。エレナは、そんなフィルに再びシー
レンのボディ・アタックを見舞う。だがフィルは今度もそれをかわす事はせず、全身を
激しく壁に叩きつけられた。そしてしばらくするとフィルは立ち上がり、体の埃を払って
エレナに話しかけた。
「エレナ・・・」
「何度来ても同じよ！あなたに話す事なんて何も無いわ！！」
「クルウェルが、解き放たれたんだぞ？放っておいたら・・・」
「じゃあ、なんでリィズの所に行かないのよ！！そっちに行けばいいじゃない！！」
「・・・・・・」
「それとも何？あっちには行けない理由でもあるの？」
「いや、そういうのは無いさ・・・ただ・・・」
「ただ？」
「クルウェルを甦らせたのがディルナ・ロックフィールドなら、ここは彼の本拠地だ。
情報収集にはこっちの方がいい。それに、エレナには昔、一番辛い思いをさせた
から・・・」
「・・・義理堅い事ね・・・十年前の事をいつまでも・・・」
フィルの言葉を、鼻で笑いながらエレナは言った。
「あいにく、あんたにそんな心配をされなくちゃならない程、私も落ちぶれちゃいないわ。
もういい・・・出てって！」
言いながらエレナは拳銃を手に取り、フィルへ向けた。銃口の下についている照準補助
用のレーザーサイトの光が、フィルの眉間を捉える。
「エレナ・・・」
「出てって。」
「・・・・・・」
フィルは、無言で彼女の部屋を後にした。
「・・・・・・」
ドアが閉じてからも、エレナは拳銃を構え続ける。だが、それもしばらくすると彼女は銃を
地面に叩きつけた。
「なんで引き下がるのよ・・・こんな銃、あなたに通用しない事くらい私だって・・・」
「所詮、彼が私の所に来たのは義務感と同情なのよね・・・リィズには仲間がいるけど私
にはいない、そう思い込んで・・・」
「冗談じゃない・・・冗談じゃないわよ・・・」
その場にペタンと座り込むと、エレナはうつむきながらそうつぶやいた。
一方、部屋の外ではフィルが壁に寄りかかり、ため息をついていた。
「なぜ、あそこで引き下がってしまったのか。」
それを考えるとどうしようもない自己嫌悪に陥りそうになる。そして再度ドアノブに手を
かけようとするのだが、そこでもフィルは硬直してしまい、身動きが取れなくなった。
「くそ・・・」
「・・・くだらん事にかかずらっているな、フィル・グレアム」
「ディルナ・・・」
後ろからのディルナの声にフィルは振り返る。ディルナは、フィルの顔を見ると冷笑を
浴びせた。
「隙だらけの背中だ・・・今の数秒の間に、私はお前を五回は殺せていたな。」
「・・・そう言うセリフは、実際に五回殺してから言ってもらいたいね。」
「フン・・・まあいい、今は別に、お前をからかうために来たのではないのだからな。」
「じゃあ、一体なんのために？」
「当然、仕事の話だ。もっとも、話の相手は貴様ではなく、エレナの方だがな。」
そう言うとディルナはフィルを後に下がらせ、一人エレナの部屋へと入って行った。
そして午前８：３０・・・
「集ウ・・・」
「我ニ仇ヲ為ス者ガ三ツ・・・場ヲ同ジクスル・・・」
「我ガ力、先ト比ベ数倍・・・敗レル事、アリエヌ・・・」
遥か地底の深くにて力を蓄えるクルウェルは、地の底から湧いて出て来るような低く、薄
気味の悪い声で言った。だが、今のクルウェルはクルウェル単体ではない。その中で辛う
じて自我を保つ、もう一つの意識体があった。
（くそ・・・）
（クルウェル・・・ヤツと融合して、ディルナに一泡吹かせられればいいと思ったが・・・）
忌々しそうな声で意識体は言った。意識体の正体はヘラルド・ロッソ、かつてトライデントの
最高幹部「四傑」の一人だった男である。
ディルナに反旗を翻すものの、簡単に返り討ちに遭った。だが絶命の寸前でクルウェルと
融合、その力を表に解き放った彼だったが、彼の執念は、そこで燃え尽きはしなかった。
「まだだ・・・まだ、終われねぇ・・・」
「ディルナ・・・アレン・・・フィル・・・どいつでもいい・・・俺の力で、冥土に・・・俺が、俺で
いられる間に・・・」
その執念が、自分を完全に取り込もうとするクルウェルから、紙一重の所で己を防いでいた。
そして自分の中にいながらいつまでも完全に同化しないヘラルドについに、クルウェルの声が
響いて来た。
「我ガ、中ニ有リシ者ヨ・・・我ヲ、解キ放チ者ヨ・・・」
「貴さ・・・クル・・・ウェ・・・」
「何故・・・我ガ中トナラン・・・ハヤク、ナレ・・・」
その言葉とともに、クルウェルのヘラルドを取り込もうとする力は一段と強くなる。だが、その
強烈な圧力の中でヘラルドは抗い、そして答えた。
「知れ・・・事、だ・・・あと一泡・・・あと一泡吹かせてぇ・・・こいつは譲れねぇ・・・この俺を、ムリに
取り込もうとしてみろ・・・食中毒起こしても知らねぇぞ！！」
「・・・貴様・・・望ムハ、チカラカ・・・」
「知れた事・・・」
「ヨカロウ・・・」
ヘラルドの言葉に対し、クルウェルは静かに答えた。
「貴様ヲ、我ガ外ニ出ソウ・・・新タナ、チカラヲ与エヨウ・・・我ガ、親衛隊トシテノチカラヲナ・・・」
「我ガ目的ノ地ヲ除キ、最モ猛キ者ノ集ウ地ニ、汝ヲ送ル・・・」
「殺セ・・・滅ボセ・・・ソノ血ヲ喰ラエ・・・」
そして最後に午前９：００、「導きの都」タリナ・・・
「うむ・・・うむ、そうか・・・ワシや婆さん、それに何よりミューさんのした事は、無駄にはなって
おらんかったか・・・いや、しかし何よりも、よくやったぞ、エヴィン・・・」
喜びに、少しだけ声を震わせながらそう言うと、アレンは携帯電話の電源を切った。するとすぐ、
さっきアレンの部屋に入り、そして電話の終了を待っていたエリーがアレンに話しかけた。
「アレンさん、今の電話ってエヴィンですよね？」
「ん？ああ。」
「・・・だったら代わってほしかったのに・・・」
「お？おお、すまんすまん」
拗ねるエリーに、アレンはそう言って謝った。そしてそんなアレンに、エリーは電話の内容を
尋ねた。
「それでアレンさん、何か良い事あったの？なんか、嬉しそうだったけど・・・」
「ん？おお、そうじゃな。マークのヤツはおらんが、先にお前さんに話すとするか。」
そう言うとアレンは、エヴィンから聞いた彼とドルイドタイプとの戦いについて説明した。
「そっか・・・やっぱり『いいモン』だったんだ、エヴィンの翼・・・」
「？どういう意味じゃ？」
「私、前に危ない目に遭った時、エヴィンの闇の力で助けられたから・・・あの時のエヴィン、
すごく暖かかったから・・・そんな力が悪い力だなんて、絶対思えなかったから・・・」
「・・・そうか・・・」
エリーの言葉に、アレンはニコと微笑んだ。
「時代が、変わってくれたと言う事じゃな。当然、良い方向に。」
「うん、これでパパも、エヴィンの事を『闇の神子』だって追いかけ回すの、やめてくれるかな・・・」
「さあ・・・そうだといいがのぉ・・・」
優しい声でアレンはエリーに言った。そして聞いた、「エリーちゃんは、お父さんの事が好きかい？」
と・・・
「うん・・・やっぱり私にとっては、たった一人の家族だし・・・」
「そうか・・・まあ、とりあえず朝飯に行こうかの、マークも、そろそろ戻って来る頃じゃろう。」
言いながらアレンは立ち上がろうとする。だが、そのまま彼は前のめりに倒れこんだ。
「アレンさん、ごめん・・・夕方には目が覚めるから・・・」
アレンの体に毛布をかけ、申し訳なさそうに手を合わすとエリーは部屋から出て行った。
そしてその頃、マークはどうしていたかと言うと、朝のランニングを終えホテルに戻るろうとして
いたのだが、どうやら道に迷ったらしく、自分が今、どこにいるのかまるで分からない。そして
分からないまま直感で入った路地で、彼はヴァルグに出会った。
「ヴァルグ・・・あんた、まだタリナにいたのか・・・」
「当然だ。ディルナ殿からお前達の監視を申し付けられているからな。」
「なるほど。」
ヴァルグの言葉に、マークは頷いた。そして、今度はヴァルグからマークに話しかけた。
「マーク・フラン、強くなる術は見つかったか？」
「いや・・・だから、今走ってた・・・とりあえず、何かしてないと不安だったから・・・」
「そうか・・・」
「アンタに、稽古でも付けて貰えれば何か見えるかもしれないんだけどな。」
「ぬかせ・・・」
ヴァルグは、マークを睨み付けた。
「私は、一人道を求める者・・・他人に教える技は持っておらん！そして私は、弱者をいたぶる為の
拳も持たぬ・・・ゆえにマーク、今、お前と私が手合わせする事は有り得ぬ！！」
「な・・・そんなハッキリ言わなくても・・・って！？」
「爆音・・・それに、この妖気は・・・」
言いながらマークとヴァルグは顔を見合わせた。そして二人とも爆音のした方向へと駆けて行く。
そしてその先で、二人とも息を呑んだ。そこには、身の丈３ｍを超え、樹木のような身体と鋭い石
のような顔を持ち、そして腕と思しき部分の下には巨大なヒダがついている化け物が立っていた。
「こいつは・・・」
「ヘヘ・・・久しぶりだなぁヴァルグ！相も変わらずディルナの飼い犬かぁ？」
「その声・・・ヘラルドか！」
眼前の化け物に対し、ヴァルグはそう言って声を荒げた。だが、その化け物はヴァルグを心底
バカにしたような笑い声で答える。
「いんや・・・俺はもう、ヘラルドであってヘラルドじゃねぇ・・・クルウェルに新たな肉体を、ヤツの
親衛隊「アイオーン」としての肉体を貰った・・・
「アイオーン・・・主神にとっては天使・・・世にとっては悪魔である者、か・・・その恰好には似合い
だな。思いっきり。」
「・・・執着のために、人としての姿も、心も捨て去ったか・・・愚かな！」
「ヒャハハハ！！テメェからそんなセリフを聞くとは思わなかったぜ！まあいい、まずはヴァルグ、
テメェを血祭りにして、俺の新生の祝いとしてやる！」
言いながらアイオーンと化したヘラルドは跳躍した。そして逆光を身に受けながらヴァルグ目がけ
鋭い突きを振り下ろす。ヴァルグはそれを難なくかわすのだが、その直後に、マークが後ろから
飛び蹴りをアイオーンの身体に叩き込んだ。
「なんだ？このガキ・・・」
「あんた、ヘラルドとか言ったか？確かアレンの爺さんとフィルにボコられた、って言う・・・」
「貴様・・・」
「ま、んな事ぁどうでもいいけどな。おいヴァルグ！」
「？」
「オレがコイツをサシで倒せたら、オレの力を認めてくれるか？アンタに挑戦させてくれるか？」
「んだとこのクソガキィイイィイ！！」
「よせマーク・・・これは、我ら『トライデント』の内紛、貴様の出る幕ではない！」
「まぁそう言うなって、それに第一・・・」
言いながらマークはアイオーンの突きをかわした。
「向こう様はもう、殺（や）る気満々だし。」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらマークは言った。ヘラルドも今は、マークを照準に絞っている。こんな
小物がいつまでも自分の周りをウロウロしているのも目障りだし、それにこいつを先に仕留めにかか
ろうともヴァルグは、その性格から横槍を入れないだろうという計算が彼にはあった。なおヴァルグが
横から手出しをしたりはしないだろう、という考えはマークにもあった。そして、両者は身構えた。
「まずは・・・こいつで！」
加速をつけたマークの飛び蹴りがアイオーンの腹部を捉える。だがアイオーンは微動だにせず、右
腕を振り上げマークを弾き飛ばした。
「くっ・・・」
空中で一回転をしながら着地し、マークは体勢を整えようとする。だがアイオーンはマークの着地を
狙い、さらに一撃を加えた。
「ぐっ・・・」
今度の一撃は、先の攻撃より威力が大きい。しかも弾き飛ばされた先には公園の、腰くらいまでの
高さのハードル状の柵があり、マークの背中はそこに強く打ち付けられた。
「い・・・痛てててて・・・」
「どうしたぁ・・・も、もう終わりかぁ？」
「へっ・・・冗談じゃねぇ・・・」
言いながらマークは背中にサンフォースをかけ傷を癒す。だがアイオーンはその隙を狙い突進した。
「死ぃねぇえええぇえ！！」
（まだだ・・・まだ・・・）
（こっちだ・・・もっと、こっちに来い・・・）
（今だ！）
直前まで敵を引き付けると、マークはその言葉とともに柵を蹴り飛び上がる。そして両腕を敵の頭上に
置き、鉄棒の要領で背後を取ると、今度はそのまま、左の膝を後頭部に押し付けた。
「カーフ・ブランディング（仔牛の焼印押し）だ！！」
「なっ・・・」
マークの技は、アイオーンの顔面を地面に強打させた。しかも、鉄製の柵に打ち付けられた足も鈍い
破壊音を立てる。
「どうだ・・・戦いってのは、何も図体で決まるワケじゃねぇんだぜ！」
「ク・・・ククク・・・」
得意げに吼えるマークだったが、彼の前にいるアイオーンは笑っていた。そしてゆっくりと立ち上がると
その身体が震え出した。
「マーク・フラン・・・貴様も、俺に恥をかかせた・・・貴様も・・・」
「・・・？」
「もう、貴様をパッと出のゴミ虫とは思わねぇ・・・殺す！殺す！！殺すぅぅうううぅ！！！」
「・・・よく言うぜ、最初から殺す殺す言っていたクセによぉ・・・！」
呆れ口調で言いかけるマーク。だが彼の頬を何かがかすめた。
「こいつは・・・」
「光の槍・・・串刺しになれぇぇええぇ！！」
その絶叫とともに、光の槍がマークの四肢を貫く。その激痛に、マークは両膝をついた。
「まだだ・・・まだ、殺さねぇ・・・二度刺し、三度刺しを味わえ！！」
そして、既に傷を負ったマークの身体に、先の傷口と寸分違わぬ部分に、再び光の槍が刺さった。」
「ぐ・・・ぐぁああああっ！！」
「痛いか・・・苦しいか・・・痛みも度を過ぎると失神もできないと言うからなぁ・・・」
「・・・・・・」
「だが、まだ解き放っちゃやらねぇぞ・・・それっ！」
「なろぉ！」
敵が話しているうちに、利き足だけを回復させたマークは辛うじて次の攻撃をかわす。だが、それ
以上の回復の時間を敵も与えてはくれない。
「苦しめ・・・のたうち回れ！」
「ぐ・・・く・・・」
敵の攻撃に、痛み云々ではなく出血多量でマークの意識は薄くなってきた。彼の脳裏を、これまでの
記憶が走馬灯のようによぎり始める。
（ぐ・・・よぎるんじゃねぇよ、記憶・・・）
「ククク・・・だいぶ・・・だいぶ参って来たようだな・・・だが、出血多量なんぞで倒れられちゃ面白くねぇ
・・・なぶるのは、こいつで最後・・・トドメの一歩手前！海枯石爛斬！！」
その言葉とともに、無数の剣がマークを切り裂いた。両腕、両足、顔、体、もはや彼の身体で、傷の
ついていない所は一つとして無い。だが、それでもマークの心は折れなかった。そして、重傷の彼の
心を折らせなかったのは、エヴィンの存在だった。
「エヴィンにも・・・クルウェルモンスターは倒せたんだ・・・ケンカで、アイツに負けるのだけは、我慢
ならねぇ・・・アレンの爺さんにも、そいつを証明しないとな・・・」
「力が・・・力がほしい・・・」
「強く『なる』ための力じゃねぇ・・・強く『ある』ための力を・・・」
「見つけてみせる・・・力への最短距離！」
「くく・・・まだ立ち上がって来るか・・・無駄だと言うのに・・・無駄無駄無駄・・・トドメェッ！」
「・・・いつまでも、ほざいてるんじゃねぇ！！」
言いながらマークはアイオーンの突撃を横に移動しかわす。そして素早く、自分目がけ突き出された
敵の腕を取ると、一気に相手の腕をヘシ折った。
「ぐぁああああ！」
「・・・どうしたよ・・・オレがテメェにやられた傷の借り、まだ利息分も貰ってねぇぞ！」
「この、くたばり損ないが・・・偶然を実力と勘違いすんじゃねぇ！！」
言いながらアイオーンは、今度は左腕を振り下ろす。だが、それも一秒後にマークにより折られていた。
「な・・・死ね！死ね！！死ねぇぇぇ！！！」
「・・・さっきから『死ね』とか『殺す』とか、そんなんばっかだな！もっとボキャ増やしとけ！！」
言いながらマークは、ほぼ一方的にアイオーンを攻め立てる。そして、それを見ていたヴァルグは一人、
若干驚きながらも、納得した顔で頷いていた。
「マーク・フラン・・・動きに無駄が、隙がなくなった・・・」
「回復があたわず、しかし戦いを続けなくてはならない状況が・・・彼の行動から全ての無駄を省く、故に
その動きは、彼に理論限界とも言える速度を与える・・・見切れまい、ヘラルド程度にはな・・・」
「なんでだ・・・なんで、ヤツの次の攻撃に追いつけねぇ・・・」
「・・・知るか！テメェが二流だからだろ！！」
そしてマークのパンチがアイオーンの腹部を捉えると、アイオーンは苦悶の表情を浮かべた。
「なんでだ・・・なんで、こんな死に損ないの攻撃が、こんなに響く・・・」
「死にかけ？違うな・・・レーシングマシンだって、燃料切れ直前、タイヤが溶け始める直前が
一番速いんだよ！！」
言いながらマークの拳が一発、また一発とアイオーンの身体に突き刺さる。アイオーンは我を忘れ、
マークに突撃するが、その突進をかわしながらのマークの、膝を狙ったローキックにその身体を大きく
前へと傾かせた。
「勝機・・・！」
立ったままでも腕が届くほどに下がった頭を見て、マークの拳に一段と力が入った。
「吼えろ、オレの中のブロンコ（暴れ馬）・・・裏拳！スカイフック！！肘撃ちぃぃっ！」
「ぐあ・・・」
「そして、これがトドメの正拳突きぃっ！」
「・・・・・・」
マーク渾身の正拳がアイオーンの顔を砕くと、敵は音も立てず前のめりに倒れこんだ。
「勝った・・・」
動かなくなったアイオーンを前に、マークは静かにつぶやいた。そしてマークはヴァルグの方を
振り返る。
「どうだ、ヴァルグ・・・これで、アンタとも戦えるぜ・・・」
「うむ・・・」
マークの言葉に、ディルナはコクリと頷いた。
「私が来たのは、お前のような人間がクルウェルモンスターと戦い、今以上の力をつけるのを
防ぐため・・・だが、お前がそれを成し遂げてしまった以上、戦わなければディルナ殿との
約束の不履行になる・・・」
「へへ・・・話が、分かるじゃねぇか・・・じゃ、始めようぜ！」
「いいだろう・・・もっとも、お前の私への勝利は、戦いの前より更に遠ざかった・・・」
「なんだと・・・さっき、オレの事を強くなったって言ったじゃねぇか！！」
ヴァルグの言葉に怒り、マークは言った。だが、ヴァルグは淡々と語り続ける。
「確かに、お前は強くなった。この数十分の戦いで、驚くほどにな。だがお前は強くなるための
過程を、己の全てを、私の前に晒してしまった・・・」
「あ・・・」
「分かっただろう、お前が、私に勝てぬと言った意味が・・・だが、それでも私は、今この場でお前を
・・・武神咆哮砕！！」
「！？」
その瞬間、マークは風を切る、ツン裂くような音と、爆音にも似た重低音が重なるのを聞いた。
そして慌ててヴァルグの拳の先を見ると、そこには再び立ち上がり、マークの背後から斬りつけ
ようとしていたアイオーンがいた。だが今やアイオーンの身体には風穴が開き、そして砂のように
なった身体は、静かに崩れ落ちて行った。
「今のが・・・武神の咆哮・・・」
「そうだ、実際に喰らうのもいいが、ハタで見るのも勉強になるだろう。」
「勉強・・？じゃあヴァルグ、あんたは今、わざとオレに奥義を・・・？」
「・・・お前は、私に戦いの術を見せ、私は、奥義をお前に見せた。これで、貸し借り無しだ。」
「へっ・・・カッコつけた事、後悔するぜ・・・オレは、さっきの戦いでアンタに見せた以上の物を、
この場でアンタに見せればいいだけなんだからな。」
「言いよるわ・・・マーク、貴様この勝負の帰結、どのような物になろうとも後悔はせぬな？」
「ああ・・・テメェで選んだ道だからな・・・」
「そうか・・・ならば何も言うまい！」
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