そしてマークは突進した。それに呼応しヴァルグも動く
（まずは・・・これで！）
まずマークは、右腕をほんの少しだけ動かした。フェイントでヴァルグの攻撃を誘い、その
カウンターを狙うためなのだが、そんな考えを見抜いていたのか、ヴァルグの右拳の突きは
マーク目がけ一直線に飛んで来る。
「ちぃっ！」
瞬間、危機を感じたマークは身体を、やや大きめに動かしながら拳をかわした。だが、その
隙をついたヴァルグの次の拳が襲いかかる。マークはそれも、今度は前よりも大きな動きで
かわし、ヴァルグの射程距離の外に逃れた。
「ふぅ・・・危ねぇ危ねぇ・・・って！」
マークに息をつかせる間も無く、ヴァルグの攻撃は続いた。自分目がけ一直線に突き進む、
超高速の拳の嵐。だが、マークは彼の攻撃の中にある特徴を見出した。
「なるほどね・・・」
「さすがオールドタイプの雄、ってヤツか・・・けど！」
「見せてやるぜ！近代格闘技！！」
そう言ってニヤリと笑うと、マークは再度ヴァルグに挑んだ。ヴァルグも、マークに真正面
から挑みかかる。だがマークは、そんなヴァルグをはぐらかすかのように横に回りこんだ。
「前にどっかの誰かが言ってたよなぁ！『円は直線を包む』って！！読みやすいんだよ！
アンタの動きは！！」
言いながらマークは、足を使いさらにヴァルグの横に回りこむ。そして膝を狙ってのロー
キックでヴァルグをグラつかせると、今度はタックルで相手を押し倒し、その上に乗った。
「そして、これが近代格闘技最高の戦法マウントポジション、いくぜヴァルグ・・・！？」
得意満面でそう言うマークだったが、その顔が引きつるのに時間はかからなかった。自分が
上に乗っかっていたヴァルグはマークを上に乗せたまま、いとも簡単に起き上がる。
「愚物が・・・」
ヴァルグの強烈な頭突きがマークの額を割った。脳が揺らされ、マークは意識を失い仰向けに
倒れる。しかしすぐに意識は戻った。下腹部に叩き込まれた、ヴァルグの強烈な下段突きに
よってである。マークは胃の中にあった物を全て吐き出し、咳き込みながら立ち上がった。
「ぐはっ・・・げほっ・・・うぐぅ・・・」
「・・・『円は直線を包む』だと？そんなセオリー、私には通用せん・・・最強の直線は、内から
全てを突き破る！！」
「ら、らしいな・・・勉強になった・・・けど！」
言いながらマークは拳を構えた。
「気絶した相手にトドメを刺さないような余裕が、後悔の元になるんだぜ！」
そしてマークは正拳突きをヴァルグの顔面目がけ放つ。だが次の瞬間、その拳はヴァルグの
右手により、いとも簡単に受け止められていた。
「な・・・」
「貴様の格闘生命、絶たしてもらうぞ。」
冷たい声でそう言うとヴァルグは恐ろしい握力でマークの拳を潰しにかかった。だが自分の
拳が潰されるよりも早く、マークの左の手刀がヴァルグの右肘を叩き、頭突きが相手の眉間を
叩く。そして右の中段蹴りがヴァルグのみぞおちを捉えた。
「貴様・・・」
マークの攻撃に、初めて怯んだ様子でヴァルグは言った。逆に今度はマークが、不敵な笑みを
浮かべる。
「右腕一本潰したら格闘生命が終わりだぁ？やっぱりアンタ、もう少し近代格闘技ってモンも
見といた方がいいんじゃねぇのか？時代は今、総合格闘技なんだぜ？」
「フ・・・」
マークの言葉に、ヴァルグはニヤリと微笑んだ。
「貴様の言葉を待つまでもなく、武術とは本来、全身を武器として用いる物・・・どうやらお前は
それを理解しているようだな・・・」
「当然だろ？オレのはスポーツじゃなくてケンカがベースなんだから。」
「そうか・・・どうやら、貴様の一部を破壊して心を折る事は出来ないらしいな・・・前途のある
人間を破壊する事は好まぬが・・・」
だが、そう言いかけるヴァルグに、マークの蹴りが炸裂した。そして間髪入れずに続く、裏拳と
スカイフック、肘撃ちと正拳の四連撃、そして最後に、柔道の大外刈りでヴァルグの体を地面に
叩き付けた。
「ヴァルグ・・・アンタさっきから、ゴタクが多すぎるぜ！だから付け込まれるんだよ！！」
「・・・・・・」
「もっと怒涛の勢いで来いよ！武神なんだろ！！」
「黙れ！！」
起き上がりながら、周囲に響き渡るような怒声でヴァルグは言った。
「小童が調子に乗りおって・・・」
「つっ・・・」
息もつかせぬヴァルグの猛攻を受け、攻撃をガードをしているマークの両腕は一瞬の内にアザで
真っ青になる。しかも、両腕からは次第に感覚も消え失せて行き、そしてついに、ヴァルグの拳で
マークのガードは弾き飛ばされた。
「やべ・・・」
「フンッ！」
そして、またマークは音を聞いた。一瞬の高音域と、次の瞬間の重低音、そして拳が腹に突き
刺さる感触とともに、自分の肉がきしむ音も聞いた。
「ぐはっ・・・」
マークの膝が落ちかける。だが、マークはそこで踏み止まった。
「貴様・・・武神の咆哮を受けてなお・・・」
「へっ・・・急所に貰わなけりゃ、死にはしねぇぜ・・・当分、メシは不味くなるだろうがな・・・さあ、
チャンスだぜ・・・一気に、攻めて来いよ・・・」
言いながらマークはニヤリと微笑む。ヴァルグは、その笑みに何か、得体の知れない物を感じつつも
ニヤリと笑い返した。
「何を狙っているか知らんが・・・小細工にはまる武神と思うか！」
そして再び、武神の咆哮がマークの腹部を捉えた。マーク血を吐き、崩れかける。だが、それでも
倒れず、鋭い眼光でヴァルグを見据えた。
「どうしたよ・・・息でも切れたか？ロートル・・・」
「ほざけ！！」
ついに三発目の武神の咆哮が、マークに突き刺さった。ヴァルグが拳を抜くと、マークは声も無く
その場に崩れ落ちる。
「・・・一撃必殺の武神の咆哮、それを三発までも受けた事は賞賛に値する・・・だが、それも最早
ここまで・・・ん？」
足元に這いつくばるマークを見て言いかけるヴァルグだったが、そこで彼は言葉を止めた。とうに
気絶か、場合によっては絶命したかと思っていたマークが、まだ動いていたのである。ほふく前進で
ヴァルグの後を取ろうと、ゆっくりと進むマーク、ヴァルグはその姿に、言い様の無い感覚を覚えた。
「本当に、大した物だ・・・だが、もういいだろう・・・眠れ！」
言いながらゆっくりと右足を上げると、ヴァルグはそれをマークに落とそうとする。だがマークは、
転がりながらそれをかわすとすぐに片膝をつきながら起き上がった。
「・・・貴様・・・」
「・・・悪いが、今みたいな攻撃を喰らうワケにはいかないんでね・・・」
「・・・武神の咆哮は、ノーガードで喰らってもか？」
「ああ・・・」
（何・・・？・・・！こいつ、まさか・・・！？）
マークの言葉に、ヴァルグの背筋に寒い物が走った。だが、それを振り払うため、再び彼は拳を
振りかざす。
「武神咆哮砕！」
「そいつだっ！」
二人の言葉と同時に、二人の拳が交差した。ヴァルグの拳はマークの左頬を捉え、マークの拳は
ヴァルグの左頬を掠める。当然次の瞬間に膝をついたのは直撃を喰らったマークの方だったが、
顔に浮かぶ焦りの色は、ヴァルグの方が遥かに濃かった。
「バカな・・・今の、今の衝撃は・・・音は・・・まさか・・・まさかっ！？」
「・・・や、やっぱりそうだったか・・・」
「マーク・・・」
「パンチの時、足の親指から始まる関節の連動を足首へ、そして足首から膝へ、膝から股関節へ、
股関節から腰、腰から肩、肩から肘、そして肘から手首・・・同時八箇所の加速を達成して、
始めて達成し得る『音速拳』そして、全身の関節を、同時に固定する事で全重量を相手に叩き
つける『剛体術』どっちも、マンガの世界の技だと思っていたが、それを、しかも同時にやるって
言うんだから、アンタやっぱり凄ぇや・・・それで、空気を切る高音域の後に重低音が来るってワケ
なんだな。」
「・・・やはり、お前が私の技を受け続けたのは、それを体得するためか・・・」
「ああ、そして腕でガードしなかったのは、自分が使う前に骨折すると困るから。粉砕骨折なんぞ
しちまった日には、この場じゃ治せないからな。そして、今の試し撃ちでコツも掴んだ・・・」
「・・・不思議なヤツだ・・・お前が言うと、ハッタリに聞こえん。」
「まあ、な。」
言いながらマークは拳を構えた。同時に、さっきまでのニヤついた表情も完全に消える。
「一発勝負だ、ヴァルグ。オレは次の攻撃で『武神の咆哮』を使う。それ以上何かする力なんて
もう残っちゃいない・・・そしてアンタを倒せる技は、これしか思いつかない！」
「・・・・・・」
「だからヴァルグ、アンタも武神の咆哮で来い・・・いや、来てくれ・・・アンタの方が、オレよりも
全然体力は残ってる・・・オレの一撃をかわしさえすれば、後はオレが勝つ確率はゼロだ・・・
正直、 アンタにとっては乗る意味なんざカケラも無いが・・・」
「・・・・・・」
マークの言葉に、ヴァルグは少し口をつぐんだ。だが、やがてゆっくりと口を開く。
「武を志して五十年、相対する全てに真正面からぶつかり、そして打ち破って来た、その事実が
私に『武神』の通り名を与えた・・・私は、武神だ・・・」
「ヴァルグ・・・！」
ヴァルグの言葉に、マークは『ありがとう』と言いかける。だが、次の瞬間、爆発的に膨れ上がった
ヴァルグの闘気を感じると、マークはすぐにその言葉を喉にしまいこんだ。
（礼なんて言ってる場合じゃねぇ・・・相手は敵・・・互いに、倒すべき敵なんだ・・・）
「行くぜっ！！」
そして再び、両者の拳が交差した・・・
・
・
・
人間、極限状態になると、一瞬がひどく長く感じるようになると言う。この時のヴァルグが、まさに
そうだった。もっとも、肉体には脳のレベルまでの反応速度は無いから、自分の動きを客観的に
見るような、そんな不自然な状態になるのだが。
（見える・・・私の拳と、マークの拳が交差するのが・・・）
（！マークの拳の方が速い！？これでは、先にぶつかるのは・・・）
（そうか・・・マークの心の焦りと不慣れが、彼の技を速度重視の、ただの音速拳にしたか・・・それ
ならば、このまま顔面で受け止め、そのまま私の拳を叩き込むのみ・・・）
そして、やがてマークの拳が、先にヴァルグの頬を捉えた。
（このまま受け切る・・・そして・・・！？）
（バカな・・・重いっ・・・この威力は・・・）
そして地面に転がり倒れた所で、ヴァルグの感覚は通常の物に戻った。
・
・
・
「ヴァルグ！」
倒れたまま動かない彼を見てマークは言った。だが、そんなマークに理解のできない事を、彼は
つぶやいた。
「蒼天か」
と・・・
「だ・・・大丈夫かヴァルグ？どこか・・・打ったのか？」
「いや・・・今日は晴れている・・・雲ひとつ無い、良い天気だ・・・そう思っただけだ・・・」
「・・・・・・？」
「マーク、最近、天気はどうだった？今日みたいに、晴れていたか？」
「ああ、ここ三日くらいは、雲ひとつ無かったけど・・・」
「そうか・・・」
マークの言葉に、ヴァルグは寂しそうな顔をした。
「武の道を真っ直ぐに進もう、常に真正面を見据えていよう、そう思うあまり、ふと空を見上げる
余裕さえも失っていたか・・・ほんの少し首を上げれば、空はいつでもそこにあったというのに・・・」
「ヴァルグ・・・」
「見事な、『武神の咆哮』だった・・・大した物だ・・・」
「え？いやぁ・・・へへへ・・・ってヴァルグ！」
ヴァルグの言葉に照れ笑いするマークだったが、すぐに彼の顔は青ざめた。ヴァルグの身体が、足元
から少しずつ消滅し始めていたのである。
「ヴァルグ！！」
「・・・いいんだ・・・分かっていた事だ・・・」
「ディルナ殿と盟約を交わす時、誓ったのだ、決して敗北はせぬ、と。そしてその盟約により、私は
若き肉体を手に入れたが、その誓いが破れる時、我が身は消滅する・・・知っていた事だ・・・」
「そんな・・・」
「それにお前は言ったではないか、この戦いが始まる前、戦いの帰結が、どんな物になろうとも後悔
せぬ、と・・・」
「あ・・・あれはそんな意味じゃ！もし、この事を知っていたら、オレは・・・」
「・・・わざと、戦いに敗れたとでも言うのか？」
「う・・・」
「それとも、戦いその物を放棄したか？お前にとって戦いとは、その程度の意味しか無いのか？
そうではないだろう？武神を破った男の心は・・・」
「違う！」
ヴァルグの問いに、マークは強く言い返した。
「違うよ！オレは、ただのケンカ好きのゴロツキで、戦いの事なんて、アンタみたいに真面目になんか
全然考えちゃいない！今の勝負だってマグレだし、そもそも正攻法で戦っていれば、アンタの圧勝
だった！！」
「・・・マーク・・・」
「だから、こんなので負けたと思うなよ！消えるなよ！！戻って来てくれよ！！！」
「・・・優しいんだな、お前は・・・掴んだ勝利を、万人に誇れる勝利を、かなぐり捨ててまで・・・」
泣きじゃくるマークの顔を見て、ヴァルグはニコ、と微笑んだ。
「だがこの勝負、誰が何と言おうと、お前の勝ちだ。武神を武神たらしめていた技を、お前は凌駕
してみせたのだからな・・・」
そう言うヴァルグの肉体は、既に半分以上消えかかっている。それでもヴァルグは言葉を続けた。
「最初、テオ殿の道場でお前を見た時の直感は、間違っていなかった。このまま生きれば、お前は
必ず、私よりも、そして『拳聖』テオ・ウェンフィールドよりも強くなるだろう・・・だが・・・」
「だが・・・？」
「そうなれば必ず人は、お前に多くを求めるようになってくる。私は、それに対し真っすぐに生き
ようとする余り、蒼天さえも見失うような生き方をしてしまった・・・」
「マークよ、大木のように生きよ！大河のように生きよ！大木の表面には無数の凹凸があり、大河も
時に蛇行するが、それは人に作られた、寸分の狂いも無い建造物より、遥かに自然で、雄大で、
そして真っ直ぐだ・・・マークよ・・・私の轍は・・・踏む、な・・・」
言い終わると、ヴァルグは口を閉じ、目をつぶった。マークはそんなヴァルグを何とか救おうと、持ち
上げて病院に運ぼうとするのだが、そうして抱えた腕の中で、ヴァルグは風とともに消え去った。
「ヴァルグ・・・」
マークの目から、また涙が溢れ出した。腕は抱きかかえるような姿勢のまま、拳を強く握り締め、歯を
食いしばる。そしてゆっくり言葉を発した。
「バカ言ってんじゃねぇよ・・・」
「自分の轍を踏むなだって？生き方を間違えただって？それじゃあ、そんなアンタの技と生き様に
惹かれ続けたオレの立場はどうなるんだよ・・・」
「ちくしょう・・・ちくしょおぉぉぉっっ！！！」
叫び声とともに、マークは武神の咆哮を空に放った。
「アンタの生き方・・・追い求めた物・・・辿り着いた物・・・間違っちゃいなかったって事を、オレが
証明してやるよ・・・アンタの技を宿した、この拳で！！」
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