「エレナ、シーレンの修理は完了したようだな。」
ドアを開け、シーレンの様子を見るなりディルナは言った。その言葉に、エレナはコクリと首を
縦に振る。
「そうか・・・ならば、次に為すべき行動は分かっているな。」
「エヴィンとの決着よね？」
「ほう・・・」
エレナの言葉に、ディルナは意外そうな声を出した。
「闇の神子の事をエヴィンと呼ぶか・・・ヤツの本名で・・・相当、気に入ったらしいな。」
「冗談じゃない！」
皮肉めいたディルナの言葉に、エレナは声を荒げた。
「気に入る？冗談はよしてよ。私、子供は好きじゃないの。ましてやあんな勘違い入ってる子、
好きになるわけないじゃない。」
「そうか・・・だが、今のお前からは神子に会う前まで持っていた雰囲気が消え始めている・・・
毒気を抜かれた、とでも言えばいいのかな？」
「ちっ・・・」
ディルナの言葉に、エレナは舌打ちをした。そしてディルナをにらみつけながら声を荒げた。
「用があるならさっさと言いなさいよ！私とシーレンの、次の敵はエヴィンなの！？」
「いや、クルウェルだ。」
「！・・・クルウェル・・・？」
ディルナの言葉に、エレナは絶句した。
「ああ、ようやく足取りが掴めたのでな。どうだ？挑むか？」
「やるわよ・・・やらないワケないじゃない・・・」
そう言うとエレナは歯を食いしばり、目を怒らせた。エヴィンについて語る時と、その表情は
まるで違う。だが、ディルナはそんなエレナをもう一回はぐらかした。
「そうか・・・だが心意気は結構だが、できるかな？神子を相手に一対一で敗れたお前に・・・」
「あの時とは違うわよ！」
「どういう風に？」
「証明してあげましょうか・・・あなたの身体で！！」
「いや・・・証明はして貰おう。だがその相手は私ではない・・・ついて来い。」
そう言うとディルナはシーレン・エレナを連れてテレポートをした。行き先は、本部地下にある
試験場と呼ばれる空間、２５ｍ四方で区切られ、コンクリートでできた頑丈で広大な密室である。
そしてそこにつくとディルナは、ポケットから小さな金属の破片を取り出した。
「これは・・・この輝き、まさか次元刀の破片？」
「いかにも。」
エレナの言葉に、ディルナは頷いた。
「裏切り者のヘラルドは、次元刀を使用して手持ちのモンスターを召還する事ができた。しかし、
繰り返しの使用ならばまだしも、一回限りならばこの程度の破片でも、モンスターの召還は十分
できる・・・」
言い終わると、ディルナは金属片に魔力をこめた。途端に、金属片は怪しく輝き出す。
「そして、クルウェルを探っている最中、私はヤツの手持ちの駒を一体、捕らえる事に成功した・・・
クルウェル配下の中で最も獰猛で、最も本能的な存在・・・出でよクルセイダータイプ！」
「！！」
その言葉にエレナは言葉を失った。ディルナがクルウェルモンスターを一体捕らえている？そんな
事が起こり得るのか、と・・・だが一瞬の後、彼女はディルナが嘘を言っていない事を理解した。
「グルルルル・・・」
『獲物』を前に、青黒い体毛に包まれた獣は低いうなり声をあげた。外見は狼のようだが、その
巨大な体躯はむしろ虎に近い。剥き出しの牙からは唾液が垂れ、その瞳は焦点を失っているよう
にも見える。そして背には、鉄とも石とも言えぬ材質でできた、灰色をした、持ち主にとって攻防
一体の兵器となる触手を生やしたその姿に、エレナは間違いなく見覚えがあった。
「本物のクルウェルモンスター・・・本当に、クルウェルが活動を・・・いや、そんな事、今はどうでも
いいわ・・・シーレン！行くわよ！！」
「了解・・・」
エレナの言葉にそう頷くと、シーレンは真正面からクルセイダータイプにぶつかっていった。自分
目がけて飛び掛る敵の牙を左腕で防ぐと、右腕でこめかみを思い切り殴りつける。そして自分の
左腕を噛んでいる口を強引に引き離すと、敵の二本の前足を掴み、遠心力をつけて投げ飛ばした。
「ギャウッ！」
忌々しそうな鳴き声をあげながらクルセイダータイプは後方の壁目がけ一直線に飛んでいった。
しかし、クルセイダータイプも野性の獣である。それで無様に全身を壁に叩きつけられるような
事にはならず、空中でクルと一回転すると後ろ足で壁を蹴り、再度シーレンに襲い掛かった。
「しめた・・・シーレン、狙い撃ちよ！一撃で決めなさい！！」
シーレンに飛び掛る敵を見てエレナは叫んだ。空中では、どうあがいても急な方向転換はできない。
ゆえに今こそ勝機と感じたエレナは、シーレンにそう指示を出した。シーレンもそれに応え、腕に
装着したネイショットにエネルギーを充填させる。
「ガルバナイズバスター・・・ファイア！」
そして、煙と轟音が周囲を包んだ。その凄まじさに、エレナはシーレンの勝利を確信する。だが次の
瞬間、弾き飛ばされていたのはシーレンの方だった。
「バカな！」
エレナは叫んだ。クルセイダータイプが背中の触覚を盾にすれば、相当の衝撃にも耐えられる事は
知っていたが、最大出力のネイショットにまで耐えられるとは思っていなかったのである。しかも、
ガルバナイズを放った後のシーレンは、エネルギーが回復するまでは極端に動きが鈍くなる。当然
そんな状況で、クルセイダータイプの攻撃を防ぎきるのは不可能に近かった。
「ガルッ！ガルッ！！ギャウッ！！」
シーレンを押し倒し、その上に乗っかると、クルセイダータイプはその鋭い牙で首筋に噛み付いた。
シーレンは背中のツインライフルを使おうとするが、地面に背をつけてしまっているのでそれもできず、
残された両腕で何とか敵を振りほどこうとしていると、今度は槍状になった背中の触手が、シーレンの
わき腹を貫いた。
「シーレン！！」
悲鳴とも絶叫とも言えない声をあげると、エレナは懐に持っていたレーザーピストルを抜き、敵の顔
目がけ無我夢中で引き金を引いた。だが、エレナが護身用に持っている、反動の小さい、小口径の
拳銃では、クルセイダータイプの硬い皮膚には小さな火傷を作る事しかできなかった。
「くっ・・・」
それでもエレナは歯を食いしばり、ピストルを構えた。敵の狙いも、今はエレナに向いている。そして
エレナは再び引き金を引くが、それと同時に切っ先の鋭い、鞭のようになったクルセイダータイプの
触手がエレナを襲った。
「！！」
エレナは素早く身をかわそうとした。だが、慌てて動こうとしたため足をひねり転んでしまう。すると
敵の触手は方向転換し、今度こそエレナを串刺しにしようとした。エレナは、死を覚悟した。
だが、触手はエレナに突き刺さる直前でその動きを止めた。触手の根っこを、シーレンが押さえつけて
いたのである。
「・・・マスターへ・・・手出しは！！」
言いながらシーレンはクルセイダータイプを持ち上げると、前方へ投げ飛ばした。そして敵が再び体勢を
整える前に、素早くエレナの元へと駆け寄る。
「マスター、ダメージは・・・」
「ありがとうシーレン、大丈夫よ・・・そっちはどう？」
「現在、体内の事故修復機能を全開にしています。反撃の準備が整うまで、およそ十秒必要になります。」
「そう・・・それじゃあシーレン、十秒だけ逃げてから反撃しましょう。」
「了解。」
エレナの言葉に頷くと、シーレンは背後から翼を展開させた。
「スカイシーレンモード、準備完了・・・マスター、私の背中に掴まっていてください。」
「ええ・・・」
言いながらエレナは背中から、シーレンの首筋にしっかりと掴まった。そしてそうこうしているうちに
敵も復活し、二人目がけ一直線に突撃して来る。シーレンは、翼とブースターを使いそれをかわした。
「ギャウッ！！」
着地した所を狙い、敵の触手が再び二人を襲う。シーレンはそれもかわし、次の攻撃もかわした。そして
そんな事が十回近く続くと、最後にシーレンは最小限の動きだけで敵の攻撃をかわし、ネイショットの装備
された右腕を突き出した。
「グルルルル・・・」
シーレンの動きを警戒したクルセイダータイプは、低いうなり声をあげると再び、触手を盾状にし前面に
展開させた。それを見たシーレンは、右腕を更に４５度ほど、上に突き上げる。
「ガルバナイズバスター・・・リフレクター！」
その声とともに発射されたネイショットの光は、敵のいる方向とは全く別の方向へ飛んで行く。だが、
直後に光の軌道は、何かに反射されたかのように敵に襲い掛かり、その胴体を貫いた。
「グヤァウッ！」
クルセイダータイプの顔が苦痛に歪む。だが、光の跳弾は更に何度もクルセイダータイプに襲い掛かり、
十回近く貫かれ、ズタボロになった敵が息絶えたところでようやく納まった。
「目標、撃破完了・・・」
敵の死亡を確認し、そう言った所でシーレンは片膝をついた。エレナも、そんなシーレンに掴まっていた
腕を放し心配そうな顔でその傍らに寄り添おうとする。だが、後から何者かに首筋を掴まれた彼女の体は
一瞬でシーレンから引き離された。
「ぐ・・・ディルナ・・・」
「なるほど・・・今のがお前が復活させたシーレンの力か・・・堪能させてもらったぞ・・・」
左腕でエレナの首を押さえながらそう言うとディルナはニヤリと笑った。シーレンが襲いかかるが、先の
戦いで消耗しきっているため簡単にあしらわれる。そして今度は、その傷ついたシーレンに目をやった。
「今は亡きミューと違い、シーレンには感情は無いと聞いていたが・・・どうやらそれも疑わしいな。」
「・・・・・・」
「今のクルセイダータイプは、捕獲後私が触手部分や運動性などを独自に強化した物だ。それを倒した。
さすが、と言っておこう・・・」
言いながらディルナは、右腕に魔力を込めた。
「エレナ、改めてお前に命じよう、クルウェルを、捕獲して来いとな。消滅ではない、捕獲だ。失敗は
許さん。」
「く・・・・・・」
「だが、お前が血気に逸った真似をせぬよう、お前の身体に『保険』をかけさせてもらう・・・！」
そう言うディルナの背中に、別の人間の指先がトン、と当たった。そして、静かな声が響いた。
「エレナには手を出すな。」と・・・
「フィル・・・」
「無防備な背中だ・・・今の数秒の間に、あなたを５回は殺せていたな。」
「ほう・・・」
その瞬間、ディルナの姿はフィルの指先から消えた。そして今度はディルナがフィルの背後を取り、
手刀でフィルを刺し貫こうとする。だがフィルは左腕でその攻撃を受け流した。
「エレナを抱えながら戦ってちゃ、僕には勝てないぞ！」
「分かっておるさ・・・」
口元に微笑を浮かべながら言うと、ディルナはエレナを解放した。
「悪いが、話は聞かせてもらった・・・エレナに、クルウェルを封じに行かせるつもりらしいな。」
「だとしたら？」
「僕も、一緒に行かせてもらう。クルウェルの事が他人事じゃないのは、僕だって同じだ。」
「なるほど・・・さもありなん。」
フィルの言葉に、ディルナは静かに頷いた。だが、そんなフィルの言葉にエレナは激しく反発する。
「私は、あなたの力なんか要らないって言ってるでしょ！何度も何度も！いい加減にしてよ！！」
さっきの戦いで一度は落としたレーザーピストルを拾い上げ、その銃口をフィルに向けながらエレナは
言った。だが、今度はフィルも引き下がらない。
「撃ってみるといいさ・・・その程度の武器が、僕に通用すると本気で思っているのならね。」
「な・・・」
フィルの小馬鹿にしたような言い方に、エレナは顔を真っ赤にする。だがそれでもフィルは自分の
言葉を続けた。
「シーレンの力は、本当に凄いと思う・・・けど、相手はクルウェルだ・・・僕と、エレナとリィズ、それに
ブラング師匠でやっと倒せた相手だぞ？エレナとシーレンのペアが、その四人全員分以上だとは、
僕には思えない・・・」
「・・・・・・」
「エレナ、君が僕をどう思おうとも構わない。恨もうとも、呪おうともね。けど、僕ももう君に対して
退くつもりはない・・・僕が、守る・・・」
「フィル・・・」
フィルの言葉に、エレナはしばらく何も言えなくなった。顔が紅潮しようとするのを、息が荒くなろうと
するのを、深呼吸で何とか押し止めようとする。そしてようやく、小さな声を出した。
「好きになさいよ・・・死んでも・・・骨は拾ってあげないからね・・・」
「分かった・・・じゃあ、せいぜい死なないようにするよ。」
エレナの言葉に、フィルはニコ、と微笑み、そしてディルナの顔に目を向けた。
「そんなワケだディルナ、僕も、行かせてもらう。」
「好きにするがいい・・・」
少し苦々しそうな口調でそう言うと、ディルナはフィル達三人を先に部屋から出した。そして部屋の中に
残されたのは彼一人となると、ディルナはその顔から、作った苦々しさを消した。
「フィル・グレアム・・・やはり、侮れぬな・・・だが、それでもクルウェルの力には届くまい・・・たとえ
ヤツらに、クルウェル関係者の残る一人、リィズ・ファラシュが加わってもな・・・」
「そうなればトライデント四傑、残るは我のみか・・・ヴァルグくらいには生き延びてほしかったが、あれが
ヤツの宿命、そして限界だったのだろう・・・やむをえまい。」
「しかし、愚かな物よ・・・鉾は、刃だけでは鉾とは言わぬ、強靭な、柄となる部分があってこそ、初めて
鉾と言い得る物である事を、誰も気づかんとはな・・・」
「神子よ・・・ロッドよ・・・我が元に来い・・・」
誰に聞かせるわけでもなくそう言うと、ディルナの口元に、邪悪な笑みが浮かんだ。
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