「じ・じゃあ、部屋で話す・・・？」
「部屋・・・他に、誰かいるの？」
「ううん・・・」
「そうなんだ・・・他の人達は？」
「部屋、違うから・・・ホテルにはいるけど・・・
」
エリーの問いにエヴィンは答える。と、エリーはそのままの姿勢でまたささやいた。
「じゃあ、悪いけどちょっと外に出ていいかな・・・これからの話、エヴィンと二人っきりで
したいの・・・」
「そうなの・・・？でも、リィズさんとかがいた方が色々と力になってくれると思うけど・・・」
「やめとくわ、私あのオバサンに嫌われてるみたいだから。」
「オバサンって・・・だからエリーちゃん、リィズさんの事そう言うのはやめようよ・・・」
困ったような顔をしながらエヴィンは言った。
「それに、パパから言われてるのよ・・・この話は、エヴィン以外の人間には絶対に聞かれ
るな、って・・・だから・・・」
「・・・わかった・・・」
エリーの言葉に、エヴィンはコクリと頷く。と、そこでようやくエリーは自分の身体をエヴィン
から離した。気がつくと、エリーの顔も少し赤くなっていた。
間もなく二人は、ホテルの近くにあるカラオケボックスに来ていた。ここなら個室なので、
途中で誰かが来たりする心配は無い。そこで機械のモニタの電源を切り、ソファに座ると
エリーはフゥとため息をついた。
「ようやく、落ち着いて話ができるわね。」
少しホッとした口調でそう言うエリーだったが、その後の言葉が続いて来ない。
「あの・・・エリーちゃん？」
不安を感じたエヴィンが先に口を開いた。
「どういう意味なのエリーちゃん？命を掴まれてる、って・・・」
「・・・・・・」
「エリーちゃん？」
「・・・あ、ごめんごめん。安心感で、ちょっとぼ〜っとしてた。」
「ぼ、ぼ〜っと、ってエリーちゃん・・・」
「それと、少し悩んでた。落ち着いちゃったら、切り出しづらくなっちゃってね。」
「・・・・・・？」
エリーの言葉の意味を理解しきれず、エヴィンもまた、次の言葉が言えなくなった。そして
また、その場に沈黙が訪れたが、しばらくするとエリーは瞳を閉じ、小さく開けた口から
大きく空気を吸い込む。そして息を止めると同時に瞳を開き、「よし！」と言わんばかりに
表情を引き締めると口を開けた。
「エヴィン！私と一緒に『トライデント』に来て！！」
「え、エリーちゃん？」
「私、パパに脅されてるの！エヴィン、あなたをパパの所に連れて来ないと、命は無いって！」
「そんな・・・親子で、なんで・・・」
エヴィンには信じられなかった。無論、彼だって親子でケンカをしたり、口論になったりした
時は何度もある。けれど、それが三日と続いた事は一度も無かった。そして、親子なんてどこ
だってそんな物だと思っていた。だから、エリーがディルナに懐柔されて何かをするという事は
ありうると思っていたが、ディルナがエリーを脅すなんて、夢にも思わなかった。エヴィンは
少し口をあけ、しばし呆然とする。だが何とか少しだけ気持ちを持ち直すと、またエリーに尋ねた。
「それってやっぱり・・・僕を、助けてくれた時に・・・？」
エヴィンの問いに、エリーはコクリと頷いた。
「うん・・・パパに一騎打ちを挑んだんだけど、全然歯が立たなかった・・・」
「なんて・・・無茶な事を・・・」
そこでエヴィンは、ゴクリと唾を飲んだ。そして一回、小さく深く息を吸い込み口を開く。
「でもエリーちゃん、トライデントのスパイじゃない、ってリィズさんには・・・」
「だってそうだもん。」
エヴィンの言葉に、エリーは少しムスッとした顔で答えた。
「さっきも言った通り、私がパパに言われたのはエヴィンをいついつまでに連れてくる事、
この一点だけだったから、特に何か他に探りを入れたり、それを報告したりはしてない
わよ。パパ、自分の計画に自信を持っていたみたいだし、それに私が変な動きをして
怪しまれて、エヴィンを連れて来れなくなっても困ると思ってたみたいだから。」
一番言わなくてはいけない事を言ったからだろうか、最初の言葉よりはだいぶ平静を取り
戻した口調でエリーは言った。だが、それでもエヴィンの疑問は、全ては解けていない。
「でも分からないんだ。」
エリーの言葉が終わるのを待ってエヴィンが言った。
「分からない？何が？」
「ディルナが、僕を捕まえようとするんだったら、これまでにもチャンスはいくらでもあった
筈なんだ。でも、そういう時、たとえば僕がティリアで一人でいた時には何もしてこなくて
旅に出た後に襲って来たのも、本人じゃなくてエレナさん達だった。腑に落ちないんだ。
なんで、そんなまどろっこしい事をするのかが。」
「・・・言われてみれば・・・」
ポカンとした顔でエリーは言った。
「私も・・・自分の事で手一杯だったから・・・」
「そっか・・・じゃあ、確かめないと・・・」
そう言うとエヴィンは立ち上がった。
「行こう、エリーちゃん。トライデントの本部に・・・案内、してくれるんだよね。」
「エヴィン・・・」
ソファに座ったままの姿勢で、立ったエヴィンを見上げながらエリーは言った。顔がまた、
少し紅潮していた。
「行ってくれるの・・・？パパが待ってるのに・・・罠、あるかもしれないよ？」
不安そうな声でエリーが言う。だが、その問いに対するエヴィンの返事の声は、意外なほど
さっぱりしていた。
「行かないわけにはいかないよ。エリーちゃんには僕は二回、命を助けられてるんだ。だから
せめて一度くらいは何とかしないとね。」
「エヴィン・・・」
「それに・・・」
「それに？」
エヴィンのその一言で、エリーは自分の心臓が、鼓動の音が耳に聞こえてくるくらいに大きく、
喉元に響くくらいに強くなるのを感じた。エリーはまばたきもせず、エヴィンの次の言葉を
見守った。
「それに何より、エリーちゃんは僕の大切な友達だしね。」
エヴィンはそう言うとエリーの方を向きニコと微笑んだ。だがエリーは、急に顔をうつむかせ
彼に顔を見せようとしない。
「大丈夫？エリーちゃん。」
「え？う、うん・・・友達・・・そうよね。ありがと・・・それに、一度くらいは・・・ね、うん・・・」
「・・・？・・・大丈夫エリーちゃん？どうしたの？急に」
「え・・・えっと、いや、エヴィン、いいのかなって思って。」
「？」
「今日のエヴィン、なんかいつもより髪の毛とか手入れしてるみたいだったし、服も割と良さ
そうなの着ているし、ロビーで人待ち顔だったから、リビアさんとデートの約束でもしてた
んじゃないか、って思って。」
「う゛・・・」
エリーの指摘に、エヴィンは顔を真っ赤にし、その場に硬直した。そしてそんなエヴィンの顔を
見て、エリーはさらに顔をうつむかせる。
「でも、今は私に付き合ってもらうからね・・・ついて来て。」
「う、うん・・・」
顔を背けながら立ち上がりそう言うエリーの言葉に、エヴィンは力なくつぶやいた。
そして一方、ホテルでは・・・
「出て行った？どういう事です！？」
ホテルの受付係員に対し、困惑を満面に浮かべた表情でリビアは言った。そんなリビアに対し
係員の中年女性は焦りながらも再度説明をする。
「で、ですから３５７号室のエヴィン様でしたら、三十分ほど前に外へ・・・」
「どんな人とです？九十歳くらいの・・・年配の人ですか？」
ガズニの事を頭に思い描きながらリビアは言った。ここで会いに来そうな人なんて、普通に考え
れば彼らくらいの物である。だが、係員はすぐに首を横に振った。
「いえ、中学生くらいの・・・栗色の髪の女の子でしたけど？」
「栗色の髪の女の子・・・まさか、エリーちゃん！？」
瞬間、リビアは自分の顔から血の気が引くのを感じた
「なんでエリーちゃんが・・・アレンさん達と一緒にいる筈なのに・・・」
しかし考えようとすれば考えようとするほど、リビアの頭は困惑するばかりである。三十分も前に
出かけられたのでは、どこに行ったのかも皆目見当がつかない。そして次の瞬間、リビアは半ば
反射的にホテルの客室の方へと走り戻っていた。
「リィズさんっ！！」
「！？」
息せき切りながらリビアはリィズの部屋のドアを開ける。だがその瞬間、二人とも同じように目を
見張り、信じられない物を見るような目で相手の事を見た。
「リビア・・・あんた、まだ出かけてなかったの？」
「リィズさんこそ・・・何を、戦いに行くような身支度してるんですか・・・？」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気まずい事この上ない空気が周囲を支配した。二人とも声が出ない。そしてその沈黙を、先に
破ったのはリビアだった。
「・・・私達に外に出ていろって言ったのは、黙って戦いに行くためだったんですか？」
「・・・・・・」
「でも、エヴィン君、先にどっか行っちゃいました・・・たぶん、エリーちゃんと一緒に・・・」
「！？」
リィズの顔に焦りの色が浮かぶ。だが、それも一瞬の事で、リィズは再び自分の準備のために
腕を動かし始めた。
「リィズさんっ！」
それを見て怒鳴るような声でリビアは言った。そしてそのまま、まくし立てるように話し続ける。
「アレンさんと一緒にいる筈のエリーちゃんが、連絡も無しで一人でここに来た！エヴィン君も
それについて行った！そしてリィズさんも、黙って何処かに・・・いえ、クルウェルとの戦いへ
行こうとする！じゃあ私はどうすればいいんです！！どこに、行けばいいんですか！？」
「・・・・・・」
「いえ・・・自分でも感じていた事なんです・・・言うなら言ってください・・・私は・・・私は、みんなの
戦いの邪魔者なんですか・・・？」
瞳にうっすらと涙を浮かべながらリビアは言う。リィズは、そんな彼女を見てフゥとため息をつく。
そして刺すような視線をリビアに向けた。
「正直に言うわ。」
「はい・・・」
リィズの視線と口調に若干気圧されながらリビアは言った。だが、視線はリィズから外していない。
「クルウェルとの戦いはあなたにも、エヴィンにも介入されたくないの。たとえ、その結果がどんな
事になろうともね。だから、今の私にあなたは邪魔よ。」
「リィズさん・・・」
「そして、ディルナの娘がここに来たと言う事は、絶対エヴィンにとって良い結果にはならないわ。
たぶん彼を待っているのは、ディルナとの決戦・・・」
「ディルナと・・・？」
リィズの言葉に、リビアは青ざめた。
「そんな・・・無茶ですよ！ディルナって、確か前にエヴィン君が手も足も出ずにやられた相手です
よね！？そんなのに・・・まして敵の本拠地に一人で行くような真似をして・・・」
リビアの言葉に、リィズは静かにうなずいた。そしてリビアは、再び口を開く。
「・・・エヴィン君も、私が邪魔になると思って黙って行ったんでしょうか・・・？でも、確かに私は
戦いになったらエヴィン君どころか、自分の身を護る事さえも・・・だから・・・」
「いいえ、それは無いと思うわ。」
柔らかい微笑みを見せながらリィズは言った。
「あの子にもきっと、何らかの事情があったんだとわ思うわ。でも、それはあなたが思っている
ような内容じゃ決してない、それは保障できるわ。」
「リィズさん・・・」
「だってリビア、あの子にとってのあなたって、あなたが思っているより遥かに大きい筈よ。」
「え？」
驚いたような顔をしながらリビアは言った。そんなリビアに、リィズは「あの子はね」と切り出し
ながら言葉を続ける。
「あの子は、一度でも話をした人なら分かると思うけど、戦う事が好きな子じゃ決してないわ。」
「はい・・・それは、分かります。私も、それで一度口論になりかけましたし・・・」
「でも、彼は戦い続けなくちゃならない。少なくとも、今回の件の全てに決着がつくまではね。
それが、あの子に押し付けられた宿命みたいな物だから。」
「・・・そんな・・・そう、なんですか・・・？」
「ええ。残念だけどね。」
リビアの問いに、リィズは簡単に首を縦に振った。
「そして人間と言うのは、嫌な事でもそれから逃れられないとなると、それに納得して、割り切る
事で身を守ろうと脳が働くの。でも、彼は戦いに対してそうなる事をとても恐れている・・・」
「・・・・・・」
「そんな時、一番の心の支えになっていたのがあなたなのよ。私みたいに戦いの色に染まってない、
それでいて強い意思を持って側にいてくれたあなたがね。だから、戦っているエヴィン君の『心』を
一番護っていたのは、間違いなくあなただった。あなたは、エヴィン君の心を護っている。だから
エヴィン君は、 あなたの身をそれこそ全身全霊をかけて護ろうとしている・・・いい関係じゃない。」
「そう・・・なんですか。へぇ・・・」
少し照れたような顔をしてリビアは言った。そしてそんなリビアに、リィズは小さな機械のような物を
投げ渡した。
「これは・・・」
「発信機よ。何かあった時のためにって、エヴィン君に持たせといたの。あの子の居場所なら、これで
大体は分かるわ。」
「・・・いつの間に・・・」
呆れた顔でリビアは言った。そして、そんな彼女の目の前で、荷物を整え終えたリィズが立ち上がる。
「そして、私はこれからクルウェルの所に行ってくる。」
「リィズさん・・・」
リィズの言葉に、リビアは再び不安で眉を曇らせた。だが、そんな彼女の不安を見透かしたかのように、
リィズは再び微笑を向ける。
「大丈夫よ。私は一人じゃないから。」
「え・・・？」
「連絡を取ってるわけじゃないけどね。感じるのよ・・・みんなが、帰って来たのが。」
「？？？」
「それより、手遅れにならないうちに追いかけてあげなさい。あたなの事を、必要としている人を。」
「リィズさん・・・」
そう言うと、リビアはリィズの顔をじっと見た。リィズは、依然として微笑み続けている。その微笑が
何を意味するのか、リビアには正確には分からなかった。そして自分の気持ちもまた、正確には
分からない。だが急に胸が締めつけられるような感覚に襲われたリビアは、次の瞬間、瞳一杯に
涙をためてリィズに抱きついていた。
「リビア・・・」
「リィズさん・・・今まで本当に、色々と、ありがとうございました・・・」
「よしなさいよ、何も今生の別れをしようってワケじゃないんだから。」
「・・・はい・・・でも、なんか・・・」
「リビア・・・」
少し困ったような顔でリィズは言った。そしてそのままの姿勢で、リビアの背中を数回、ポン・ポンと
軽く叩いた。
「私は、クルウェルを倒して帰って来るわ。だからあなたも、エヴィン君を連れてきちんと戻って
来ること。わかった？」
「はい・・・はい・・・」
リビアは、泣きながら何度も「はい」を繰り返した。そして数分後、無人の部屋に残されていたのは
無言で主の帰りを待つ大きな旅行鞄だけだった。
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