「何も不自然な事ではあるまい。盟とは利に拠って成り立つ物、貴様も私も、ディルナという共
通の敵がおり、その打倒のために、この場に来ている。その両者が共闘することは、双方の
『利』にかなうと思うが？盟の根源は利、それが人間の思考ではないのか？」
「・・・・・・そうだ。」
しばらく考えた後、エヴィンは静かに、そして悔しそうに答えた。
「たしかに、あなたの言う通りだ。会社とか、地域とか、そういう大きな物が手を組むときは、まず
利益が最優先になる・・・世の中そういう物だって、父さんもそう言ってたし、歴史の本とか見て、
そう思えることも沢山あった・・・だから僕も、今はあなたと手を組む・・・」
「フム・・・」
エヴィンの言葉にクルセイダータイプはうなずいた。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ・・・どうやらお前は、賢者のようだな。」
「別に、そういうつもりは無いよ・・・だけど。」
「だけど？」
「あなたの言葉は不十分だ・・・盟は利に拠るけど、絆は心に拠る・・・僕があなたと結ぶのは盟、
大切だと思っているのは絆だ。」
「・・・何を言い出すかと思えば、単なる屁理屈か。まあいい、行くぞ。」
クルセイダータイプはそう言うと前に歩きだそうとする。だが、エヴィンはそこでまた声をかけた。
「先を急ぐのではなかったのか？」
若干、呆れたような口調でクルセイダータイプは言った。
「うん、そうだけど、一つ知っておきたい事があって・・・あなたの事、なんて呼んだらいいんです？」
「ミュートだ。クルウェル様は、突然変異種である私を、他のクルセイダータイプと区別するため
そう呼んだ・・・」
「分かった・・・じゃあ行きましょう、ミュートさん・・・」
ミュートの言葉にそう言ってうなずくと、二人は足早に歩き出した。だがその足はすぐに止まる。
「・・・姿を隠していたか・・・くだらん真似をする・・・この気配の数・・・１５体か。」
「ええ、僕もその人数だと思います。」
「何人倒せる？」
「半々・・・だと割り切れないから、僕が８体倒します。」
「いや、私が８を受け持つ。散開して一気に行くぞ。」
ミュートがそう言い、エヴィンが無言でうなずいた次の瞬間、両者は二手に別れ討って出た。
「せいっ！！」
かけ声とともにエヴィンの蹴りが敵の魔導士の腹部に喰いこんだ。しかし、その隙を背後から
山羊の頭を持った敵が狙う。しかしエヴィンは、自分がわざと見せた隙という名の餌に飛びつ
いてきた敵の首筋を、振り向きざまに蹴り飛ばした。
「その程度の動きで！！」
エヴィンは、自分に割り当てられた七体の敵のうち三体をまたたく間に打ち倒す。そして襲い
かかってくる敵の攻撃の波に間が空いた時、エヴィンはミュートの戦いに目をやった。
さっき、自分が見た戦いぶりの事を思えば、苦戦はしていないだろうと思った。だがミュートは、
苦戦どころかすでに五体の敵を打ち倒し、残る三体にも強烈なプレッシャーを与え続けている。
そのプレッシャーに、離れていたエヴィンも息を呑んだ。
「では、終わらせるとするか・・・アイヴィーブレード！」
ミュートがそう言うと、彼の右腕はエヴィンがこれまで見たことの無いような形状の武器になった。
蛇腹剣、とでも言えばいいのであろうか、一振りの剣に、浅い角度のＶの字状の切れ目を無数
に入れ、その切れ目に沿う形で剣を細断し、中に一本の鋼線を通したような、そんな形状である。
鞭と剣を足して二で割ったような武器とも言えた。
「闇に還るがいい・・・」
言いながらミュートは剣をしならせた。その鋭い切っ先は一瞬でガスマスクの魔導士の胸を貫くと
再びミュートの手元へ戻ってくる。そしてそんなミュートの武器を相手に距離を保っていては不利と
判断した、二体の山羊の頭を持った者が突進してくるが、ミュートの下半身である銀色の毛の獣は
一瞬で彼らの遥か上へと跳躍していた。
「遅い・・・そして低い！」
蔑みに満ちた口調でそう言うと、ミュートは上空からアイヴィーブレードを眼下に振り下ろした。
そこでミュートが腕をスナップさせると、剣は二体の首に同時に巻きつく。そして彼の下半身の
獣が天井を蹴り加速をつけて遠くに着地した時、彼らの首と胴は離れ離れになっていた。
（すごい・・・）
ミュートの戦いぶりを見て、エヴィンは素直にそう思った。今、三体を仕留めるのに十秒も要して
いない。その間、エヴィンだけでなく彼が倒すべきであった敵も、身動きが取れなくなっていた。
だが、それらも残されたのが自分達だけになると同時に、凄まじい勢いでエヴィンに襲いかかった。
その内訳は亡霊のような者が二体と、全身が隠れる青いローブを着た魔導士が一人であった。
「本当は、あの山羊みたいなのが一番やりやすいんだけど・・・」
小さくため息をつきながらエヴィンはそう言うと、闇のセイバーを発動させる。そして彼はまず、
テクニックを発動させようとしている亡霊を一撃で切り裂いた。
（やっぱり、こういうのを使わないとあの亡霊みたいなのは斬れないか・・・）
今の攻撃でそう確信すると、エヴィンは振り向きざまにもう一体の亡霊も斬りにかかる。だが、
その攻撃は空を切った。
（外した！？）
敵が急に消えたことでバランスを崩し、よろめいたエヴィン目がけ、魔導士は炎の攻撃テクニック
「フォイエ」を放つ。エヴィンは間一髪でそれをかわすが、その間に亡霊系の敵は完全に見失って
しまった。
（どこだ・・・どこから来る・・・）
額に焦りの汗をにじませながらエヴィンは周囲を見渡した。これまでも、この敵が一番厄介だった。
だがその瞬間、ミュートの声が響いた。
「飛べ！エヴィン・ハランツ！！」
「！！」
ミュートの声にエヴィンは反射的にセイバーを解除し、翼を広げ跳躍した。そしてそれは魔導士の
グラブトをかわすと同時に、再び出現した亡霊系の敵の頭上を完全に取っていた。
「エアレイドっ！」
上空から放った斬撃が亡霊を切り裂いた。そして着地すると同時にエヴィンは、未だテクニックを
発動した後の硬直が解除されていない魔導士をも切り伏せ、額の汗を腕で拭った。
「・・・ありがとうございます・・・」
「盟に従ったまでだ・・・しかし、この程度の腕前でよく生き延びられて来たな。」
「・・・・・・」
言い返す言葉が見当たらず、エヴィンはミュートから目をそらした。と、そこでエヴィンは敵達の
いた先に一枚のドアがあることに気がついた。
「あれ・・・さっき戦っているときは気づかなかったけど・・・」
「どうやら、連中はこの部屋を守るためにいたらしいな。中から生物の気配はしないが・・・」
言いながらミュートは右腕の剣の一閃でドアを壊す。そしてドアが開いたとたん、エヴィンは目が
くらんだ。
「うわっ、まぶしい・・・って、金・・・？」
部屋の中に積み上げられた、まばゆいばかりの黄金にエヴィンは軽い目眩を覚えた。サイズが
一定ではない金の塊が、学校の教室の三倍くらいの大きさの部屋にびっしりと詰められている。
エヴィンはどんな反応をしていいのか分からなくなった。
「え・・・えっと・・・」
「これが、トライデントの資金源・・・って事なのかな？」
「どうやってこんなに手に入れたんだろう・・・」
「何かで収益を出したんだったら企業として話題になってる筈だし、盗んだ物なら別の意味でもっと
話題になっている筈だし・・・」
「・・・これ、一つでも持って帰ればお小遣いは当分・・・」
「・・・やめとこ、罠かもしれないし。こんなので死んだら、カッコ悪すぎるよ・・・」
「何を一人でブツブツ言っているんだ？」
「え？あ・・・」
ミュートの言葉に、エヴィンは再び口ごもった。
「これが、人間が珍重する黄金という物か。現物を見るのは初めてだな。」
「・・・・・・」
「そして、人間はこれのための争いを繰り返してきた。」
「否定はしないよ。」
蔑み口調のミュートの言葉に、エヴィンもまた冷めた声でそう答えた。
「ところで、あなたはどこで人間の事を・・・？歴史の事とか、妙に詳しいし・・・」
「全ては、クルウェル様から賜った物だ。クルウェル様の叡智は、全て私の中にある。ゆえに、
私がこの形を得てからは数日だが、しかし悠久の歴史を生きてきたとも言える。」
「・・・なるほど。」
ミュートの言葉に、エヴィンはうなずいた。だが、心の中では『結構偏見入ってるけど』とも思った。
そして金庫室をあとにしたエヴィンとミュートは、その後もひたすら戦い続けた。時間は全部で
二時間くらいだっただろうか？上に行くに従い、フロアは狭くなり敵の密度も上がってくる。
そんな中をエヴィンは必死で戦い抜いた。もちろん、ミュートも戦っているのだが、エヴィン
以上の数を相手にしているのにも関わらず、受けているダメージも、戦いに要している時間も、
エヴィンよりはるかに少ない。そして、数十回目の戦闘を終えたところで、ミュートはエヴィンに
話しかけた。
「気づいたか？エヴィン・ハランツ。」
「・・・何がです？」
「この場を覆っていた敵の空気がほとんど無くなった・・・おそらく、異形の者は全滅したの
だろう。」
「そう、なんだ・・・よく分からないけど・・・」
首をひねりながらエヴィンは言った。だが、すぐにその表情は元に戻る。
「けど、分かる事が一つある。」
「それは何だ？」
「あなたにとって、ディルナと戦う前に倒すべき最後の相手がまだ残っている・・・」
「ほぅ・・・どこに？」
「あなたの、目の前に・・・」
エヴィンがそう言うと、ミュートはニヤリとした笑みを浮かべた。
「お前の言う通りだ、エヴィン・ハランツ・・・クルウェル配下の者が、人間と相容れる筈が無い、
そう思ったか？」
「いや・・・人間うんぬんって言うより、僕はリィズさんの仲間だ。敵の敵は味方、っていうのはよく
聞くけど、敵の友達が味方っていう話は聞いたことがない・・・それに」
「それに？」
「あなたみたいな人が、クルウェルからの指令を他人と一緒に成し遂げようとする筈がない、そう
思えた・・・」
「完璧な答えだ。」
うなずきながらミュートは言った。
「これまでも、お前はここの異形の者には隙を見せても、この私には一瞬も隙を見せなかった。私が
お前を、ディルナの元へ急がせたくなるような言葉を言っても、こうして堪えてみせた。思っていた
よりも冷静だな。」
「今回の旅に出る前にテオ先生に、僕の武術の先生に言われたから。どんな窮地にあっても、冷静
さを失わないように、って。自分の身の回りのあらゆる環境を、あらゆる状況を、利用することに
最善を尽くすように、って。本当は、新しい技を教えてもらうつもりだったんだけど、それは僕がこれ
までやってきたことを壊す結果にしかならないって拒否された。そして代わりにと教えてくれたその
言葉のおかげで、何とか生き延びた・・・」
「なるほど。だが、その言葉の教えが、最終的に無意味であった事を、今から私が教えよう・・・」
（・・・来るっ！）
ミュートの言葉が終わると同時に、エヴィンはまず防御の体勢を取った。しかし、ミュートの剣は
生身の身体で防御のできるような物ではない。エヴィンはそのままの姿勢で回避にかかった。
「右かっ！」
剣の切っ先を衣服をかすらせながらも攻撃を回避したエヴィンは、そのまま突進する。だが、背後
から戻ってきた剣が狙っている事を察知すると、即座にそれもかわした。
「今のをかわしたか・・・ならば、これはどうだ！」
言いながらミュートは再び剣を振りかざした。だが今度は、その剣が伸びだす前にエヴィンの放った
蹴りがミュートの腕に命中する。ミュートは即座に間合いを離した。
「私の攻撃を予測したかのような今の動きは・・・なるほど、その能力のおかげで、他の戦闘技能が
あの程度でも死なずにすんだという事か・・・」
「だとしたら？」
気丈な声でエヴィンは言った。空気の流れを読むことのできる己の能力、それを相手に勘付かせ
てはならない。そしてミュートを相手に優位に立つのは今しかないという思いがあったエヴィンは、
今度は自分から仕掛けた。
「行きますっ！！」
言いながらエヴィンは闇のセイバーを手に斬りかかった。だがスピードと跳躍力で優るミュートは
エヴィンの攻撃を簡単にかわす。しかし、その行動もエヴィンの予測のうちだった。
「ワイヤーだっ！」
「ちぃっ！」
上空に逃げた自分の腕を絡め取ろうと伸びるエヴィンの闇のワイヤーを前に、ミュートは舌打ちを
した。だが、それで簡単に捕まる彼でもない。普通なら腕を動かしてかわそうとするところを、逆に
そのまま攻撃に移ることで、エヴィンの行動を防御に向けさせて何とか攻撃をかわした。
「貴様・・・やはり動きが読めているな！」
「さあ？何のことやら。」
そう言ってエヴィンはわざとらしくとぼけた。だが、ミュートの顔にエヴィンが期待したほどの焦りは
見られない。
「そう言うと思っていた。私がお前の立場でも、タネ明かしはすまいだろうからな・・・ならば、私は
私なりの行動に移させてもらおう・・・」
（何をする気だ・・・？）
エヴィンは、ミュートがそう言うと同時に、彼の下半身の獣の瞳がギラリと光るのを見た。獣は敵を
見つめると低く唸りをあげる。そして同時に、かなり強めの風が吹き出した。
「なんで、建物の中に風が・・・？」
「貴様らの攻撃テクニック『ザン』を応用した物だ。身を斬るような力は無いが、それゆえ持続力は
高い。そしてもし、お前の予測術が空気の微妙な変化を感じ取っての物であるのならば、この風
は攻撃時の空気の流れを隠す・・・」
「！！」
「ほぅ・・・顔が青くなったぞ。」
「気・・・気のせいだ！」
「ならば、本当に気のせいか試してみるとしよう。アイヴィーブレード！」
ミュートがそういい終えた次の瞬間、彼の剣はエヴィンの左肩に深い切り傷を作っていた。
「く・・・」
「どうやら、私の予想は当たっていたようだな。」
「・・・・・・」
「我がアイヴィーブレード、元より肉眼で追える物ではない。そしてザンの風は、空気の流れだけでなく、
攻撃の音も消す・・・私の名が、『ミュート』である所以だ。決して、私が突然変異体(ミューテーション）
だからという理由だけでついた名前ではない。」
「・・・・・・」
「お前に、私の攻撃を回避する術は無い・・・白昼の闇討ち、とくと味わうがいい！！」
そして、ミュートの一方的な攻撃が始まった。彼はまず、エヴィンの足を傷つけ機動力を奪い、次に肩を
斬ることで攻撃力も奪う。そしてエヴィンが身動きが取れなくなると、今度は体を切り刻みにかかった。
エヴィンの身体を一撃で刺し貫こうとするような攻撃は無かった。しかしそれは、エヴィンをなぶり殺す
ためではなく、エヴィンの身体に刺さった剣が抜けなくなるのを警戒してのことだというのは分かったが、
それはエヴィンに、一発狙いのカウンターを許さないことを意味した。
「そろそろ、視界がぼやけて来たのではないか？」
「・・・・・・」
「だが、あえて一撃で殺すような攻撃をしていないとは言え、ここまで粘るというのも正直予想外だった。」
「・・・・・・」
「とは言え、もう話す余力も無いか・・・それでも何か、言えることがあれば言うがいい。ディルナを倒した
後、責任をもってお前の伝えたい相手に伝えておいてやろう。」
ミュートがそう言うと、エヴィンはようやく、ゆっくりと口を開いた。
「・・・次に・・・」
「ん？」
「次に、攻撃を仕掛けてきた時が、あなたの負ける時だ・・・」
「・・・この期に及んで減らず口か・・・まあいい、違うと言うのであれば証明してみろ！エヴィン！！」
そしてまた、ミュートのセイバーがエヴィンに迫った。だが次の瞬間、胴体を斬るべきだったその剣は
寝そべったエヴィンの左腕の筋肉を貫通していた。
「バカな・・・」
「もらったっ！！」
そしてエヴィンのセイバーが、アイヴィーブレードのジョイントを断ち切った。エヴィンはそのまま、腕に
刺さった剣を抜かずに今度はセイバーを翼に変え、低空の滑空でミュートに向かう。そして敵の目の
前で翼を解除すると、ほとんど滑り込みながら攻撃態勢に入った。
「これで終わりだ・・・ゼロ射程セイバー！！」
「かっ・・・」
そして、エヴィンの放ったゼロ射程セイバーは、ミュートの下半身の獣の喉元から入り、本体である
上半身を内部から貫通し、その切っ先はミュートの背中に出ていた。本当は、ここから一気に斬り
上げるのだが、もはやエヴィンにそんな力は残っていない。全身の力が抜け、セイバーが消滅する
と同時にエヴィンはその場に倒れこみ、ミュートも仰向けに倒れこんだ。
「な・・・ぜ・・・」
身体を全く動かすことができず、そのままの姿勢でミュートは言った。
「なぜ、私の攻撃を読むことができた・・・音も、視界も、空気の流れも絶っていたというのに・・・」
「・・・あれだけ何度も攻撃をもらえば、あなたのクセも読めてくる・・・左腕は、ワイヤーモードで持ち
上げた・・・」
「・・・なるほど・・・大した、男だ・・・私は、お前がもう腕を使って防御することは無いと思ってた・・・
それをも、利用したのか・・・私の、負けだ・・・」
「・・・・・・」
ミュートがそう言うと、エヴィンは弱々しい笑みを口元に浮かべた。もっとも、うつ伏せに倒れたままの
彼の笑みは、仰向けに倒れたままのミュートの視界には入っていない。しかし仰向けのミュートにも、
エヴィンがゆっくりと立ち上がり、歩き出したのは分かった。
「お前・・・ディルナの所へ行くつもりか・・・」
「もちろん・・・そのために来たんだから・・・僕がここで、一秒遅くなれば、その分リビア先輩やエリー
ちゃんの、僕の、大切な人達の身が危うくなる・・・」
「しかし、私はお前の足の腱を切ったのに・・・なぜ、動ける・・・それが、お前の言っていた、心に拠り
成り立つ物・・・『絆』の力・・・なの、か・・・？」
「・・・たぶん、ね。」
少し照れくさそうな表情でエヴィンは言った。
「そうか・・・しかし、私もクルウェル様麾下の最強の兵士、このまま、朽ちるわけには・・・」
「！まだ・・・！？」
ゆっくりと立ち上がるミュートを見て、エヴィンは身構えた。本当は先制したいのだが、身体が言う
ことを聞かない。ミュートは、そんなエヴィンに向け左腕を突き出し、魔力を放った。
「サンフォース！」
「え・・・？」
驚きの表情のエヴィンの体中の傷が一瞬で塞がった。体力も、全快とまではいかないがかなり戻った
感じがする。そしてそんなエヴィンを見ると、ミュートは再び倒れこんだ。
「行け・・・エヴィン・ハランツ・・・」
「ミュート・・・あなた、こんな技が使えるのなら、なんで・・・」
「関係ない・・・おそらく、私があのあと傷を回復させても、お前はまた何か別の方法で、私を倒していた
だろう・・・私は、生まれ出た時より今ある全てを持っていたが、それゆえお前達の言葉で言うところの
『成長』の概念が無い・・・だがお前は、戦いの中で強烈に成長した・・・そう、それはむしろ『進化』と言う
べきほどに・・・」
「ミュート・・・」
「私はお前には勝てぬ、ならば私に勝ったお前に、ディルナを止めてもらう・・・それが、私の任務を続行
させる、唯一の方法・・・武運を祈る・・・」
言い終えると、ミュートは動かなくなった。そしてその死体は足元から風化し、塵となり、風に乗り、その
名の通り音も無く消滅した。
「さよなら、ミュート・・・」
ミュートのいた場所に向かい、小さな声でそう言って敬礼をすると、エヴィンはこのラシュートの、最上階
へと向かう階段を上っていった。
最上階は、一本の廊下しか無かった、そしてその先には、これまでの物よりもひときわ大きな朱塗りの
ドアがある。エヴィンは、緊張と警戒の混じった面持ちでその扉を開けた。
「来たか、エヴィン・ハランツ・・・」
「ディルナ・・・」
この城で一番広いと思われる部屋の真ん中でディルナは言った。内装は多くないが、奥には立派な玉座
がある部屋である。ディルナは、身構えたまま身動きの取れないエヴィンに話し続けた。
「最強のクルウェルモンスターとの勝負、お前が負けるとは思っていなかったが、しかし敵がお前に手を
貸すとは思わなかったぞ・・・シーレンやエレナと言い、変わり者に好かれるタチなのか・・・」
「あなたと雑談をする気はない・・・エリーちゃんとリビア先輩は・・・二人とも、無事なんだろうな・・・！」
「さあな・・・だが私が二人をここに連れてきてから、四時間近くが経っている。エリーにしろリビアにしろ、
極限の状況でもちこたえられる時間ではない・・・完全に生きているか、完全に死んでいるか、二つに
一つと考えるのが妥当だろうな。」
平然とした口調でディルナは言った。
「いずれにせよ、今のお前は他人の心配ができる状況ではない・・・だが」
「だが？」
「どうしても他人の心配がしたいと言うのなら、面白い物を見せてやろう。」
ディルナがそう言うと、彼の背後の石壁に、急にテレビ画面のような映像が映った。そこに映る物を
見た瞬間、エヴィンの表情が変わる。
「マーク！それにリィズさん、エレナさん、シーレンさん、それと・・・」
「フィル・グレアムだ。お前の住む町で、歌手をしていたと聞くが？」
「あ・・・」
ディルナの言葉に、エヴィンは呆然とした表情で頷いた。
「彼らは今、クルウェルと戦っている。生中継というヤツだ。もっとも、死ぬのも時間の問題だろうが。」
そう言うとディルナも、モニターの方に目をやった。双方、ほとんど傷を負っていないところを見ると、
どうやら戦いは始まったばかりらしく、そしてこう着状態に陥っているらしかった。そしてその沈黙を
真っ先に破ったのはマークだった。
「止まっててダメージを与えられるワケじゃねぇ！」
「マーク君！無謀よ！！」
マークの行動にリィズが叫ぶ。だがその瞬間、彼女はクルウェルがニヤリと笑うのが見えた。それは
リィズが生まれて初めて見る、魂が凍りつくかと思うような不気味な笑みだった。
「地熱ヨ・・・弾ケヨ・・・」
「なにっ！？」
「まずいっ！」
クルウェルの言葉と、一瞬で起きた地面の熱の膨張に、全員の顔が戦慄する。そして次の瞬間、強烈な
爆発音が辺りを包み込んだ・・・
「みんな！」
巨大な爆発を見てエヴィンは叫んだ。そしてエヴィンの戦慄した顔を見て、ディルナは満足そうに頷く。
「これで、クルウェルにまつわる者は全滅というわけだ・・・もう一人、おまけもいたがな。そして、お前も
この場で・・・！？」
そこでディルナは、言いかけた言葉を止めた。爆発がやんだその場所に、フィルとリィズがそのままの
姿勢で立っていたのである。
「大丈夫か？リィズ。」
「ええ・・・咄嗟に周囲を真空状態にして、熱の伝導を防いだから・・・エレナは！？」
「私は無事よ・・・ただ、私の事を守ってくれたシーレンが・・・」
不安さと申し訳なさの混じった声で、恐る恐るエレナは言った。そして、そんなエレナにシーレンは思い
のほかはっきりとした口調で回答する。
「・・・全身の機能が８０％以上低下・・・行動再開まで、あと一分・・・戦闘再開まで、あと三分ほどの
時間が、自己修復のために必要・・・」
「・・・分かったわ。その間は、私に任せて回復に専念して。」
「了解。」
いつものように短くそう答えると、シーレンは自己のモードを、回復に専念するものに切り替えた。
「よかった・・・ってマーク君は！？」
フィルとエレナ、そしてシーレンの無事を確認し、安堵のため息をつきかけたところでリィズは言った。
無論エヴィンもその不安を強く感じている。そしてマークの姿はどこにも見えない。だがすぐに、彼らの
はるか頭上からマークの声が聞こえてきた。
「心配すんな！オレも無傷だ！！」
「マーク君！」
「あの子・・・クルウェルにへばりついて！？」
「・・・やっぱりサルね・・・少なくとも前世は間違いなく。」
「いくらアンタでも、自分の足元は爆発させねぇだろうからなぁ・・・もっとも、殴りかかってなけりゃあ、
へばりつくのは間に合わなかっただろうが・・・ついでにダメージその１だ！！」
言いながらマークは、クルウェルの顔面に蹴りを入れると、そのまま反動でクルウェルとの間合いを
離して着地した。
「バカな・・・あの攻撃で、全員生存だと・・・！！」
予想外の結果にディルナさえも一瞬、呆気に取られた。そしてその隙を目がけ、エヴィンの蹴りが襲う。
ディルナはそれをかわし、逆にエヴィンの足を取ろうとするが、エヴィンも自分の足を掴ませず、互いの
距離を離した。
「そう何でも・・・お前の思い通りに行くと思うな！ディルナっ！！」
「貴様・・・」
「クルウェルはマーク達が倒す！お前は、僕がここで止める！！それで、終わりにする！！！」
全身の力を腹に込めてエヴィンは叫んだ。だが、そんなエヴィンの言葉をディルナは鼻で笑う。
「フ・・・何でも思い通りに、か・・・」
「・・・？」
「トライデントは、最初から大きく歯車が狂っていた・・・それを、私がここまで立て直したのだ！」
「！？」
「そしてお前は、彼らがクルウェルを倒し、お前が私を倒すと言う。何でも思い通りになると思うなと
いうその言葉、そっくりお前に返そう。」
「・・・・・・」
「まあいい。お前が私に勝てないということを身をもって教えてやろう・・・来い・・・エヴィン・ハランツ！」
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