二つの「闇」　〜時の交差後伝〜

クリスは気を紛らわせるため、話し相手を求め受話器を手にした。そして母アリスに電話を
かけるのだが、何度鳴らしても誰も出ない。一時間くらい時間をおいて、再度かけ直しても
やはりつながらなかった。

「変ねぇ・・・出かけるとは言ってなかったし・・・倒れてるなんて事はないと思うけど、万が一
　って事もあるし・・・」
言いながらクリスは身支度を整え家を出た。エヴィン達の家と、アレン達の家はかなり近い。
歩く距離にしてせいぜい３００メートルくらいである。五分ほどして到着したクリスは、ドアの
ベルを鳴らしても何の反応も無い事を確認すると、持ってきた合鍵で家のドアを開けた。

「ママ？」
家にあがりながら、不安そうな声でクリスは言った。だが、やはり返事がない。そして焦りの
色を顔に浮かべながら居間に入った彼女は、食卓の上に、『クリスへ』と書かれた封筒が置
いてある事に気がついた。
「！？」
クリスは封筒に飛びつくと、不安で少し手を震わせながら封筒を開けた。中の手紙は一枚で、
文面もそんなに長くない。クリスは大急ぎで手紙を読みはじめた。

「−クリスティーへ−
　お母さんも、お父さん達の所へ行って来ます。

　私が五十年前に使った、あなたにとってはおとぎ話のような『力』、それについて私は、
　皆にずっと嘘をついていました。私は『力』を五十年前殆どを失ったけど、決して消え
　去ってはいません。そしてその力は、この五十年、ゆっくりと私の中で甦り続けて
　いました。

　とは言っても、私にお父さんみたいに現役で戦うような力が残されていない事は、私が
　一番よく理解しています。けれど、この力を若い誰かに受け継ぐ事で、役立てる事は
　できるでしょう。

　危ない事をするつもりはないので、心配しないでください。すぐにお父さんと一緒に
　ここに戻ってきます。

　−母より−」

「・・・ママ・・・」
手紙を読み終えた時、クリスは開いた口が塞がらなかった。なんで自分の身内はこんなの
ばかりなんだと心から思い、手にした手紙をグシャグシャに握りつぶした。
「・・・とは言っても親だから放ってはおけないしねぇ・・・パパは知ってるのかしら？」
頭を抱えながらそう言うと、クリスはアレンの携帯電話へ電話をかけた。だが、いくら電話を
鳴らしても、誰も出てはくれなかった。

「・・・こうなったら、とりあえず祈るしかないワケね。」
サバサバした口調でそう言うと、クリスは自宅に戻ろうとした。だが、振り返ろうとした瞬間、
テーブルの近くにある、背の低い食器棚の上に乗っていた物がヒジに引っかかり、パリンと
いう音とともにフローリングの床に落っこちた。

「あらやだ・・・って、これ・・・！」
地面に落ちた物を拾い上げた瞬間、クリスの顔は青ざめた。自分が落っことした物、それは
エヴィンの写真の入った写真立てだったのである。
「・・・まさか・・・うちの子に限って・・・こんな、もう昼のドラマでも使わないような・・・」
口元を震わせ、大きく首を横に振りながらクリスは言った。そしてそれは、エヴィンがディルナ
との決戦を始めた、まさにその瞬間の出来事だった・・・

「行きます・・・」
静かな、しかし力強い声でそう言うと、エヴィンはディルナに挑みかかった。通常のリーチは
ディルナの方が明らかに長い。また魔力と言えるような物も、恐らくディルナの方が自分の
上を行っている、ならば常時肉体がぶつかり合っているような接近戦が自分の活路になる、
そう判断したエヴィンは、多少のダメージを覚悟の上での接近戦に持ち込むことにした。

「接近戦狙い・・・やはりそう来るか！」
エヴィンが動く前から、接近戦を予想していたディルナは口元にニヤリとした笑みを浮かべ
言った。だが間合いを離すことはせず、彼もまた一直線にエヴィンへと突っ込んでいった。
「せいっ！」
「ふんっ！」
エヴィンの繰り出した左のストレートを、ディルナは右腕のガードで外側へ逸らした。そして
ガラ空きになったエヴィンの心臓を、ディルナの左の抜き手（指を揃え、突き刺すように放つ
拳技）が狙う。それをエヴィンが、右ヒザを少し落とし、上体を右に揺らしてかわしたところに、
ディルナの本当の狙いであった左の中段蹴りが迫った。

だがエヴィンは、その蹴り足を自身の右ヒザと右ヒジで挟み込むことで完全に防いだ。「蹴り
足挟み殺し」と呼ばれる、極めて高度な技術を要する対打撃防御技である。だがディルナも
それで自分の足を捕まえさせるような事はさせず、そのまま蹴り抜くことで足を抜き出し再び
体勢を整えた。

「やるな・・・以前とは違う、というわけか・・・」
「当たり前だ・・・僕は、あなたに勝たなきゃならないんだ・・・」
「そうか・・・だが、私もここでは退けぬそれなりの理由がある・・・」
「理由・・・？」
「ああ、一億を遥かに超えるこのネオアリサの人々のため、私は止まれんのだ！！」
「！？」
思いもよらなかったディルナの言葉に、エヴィンの心は一瞬空白になった。ディルナはそんな
エヴィンの隙を的確につき、上段蹴りを繰り出してくる。避けが間に合わなかったエヴィンは
それを右腕でガードするが、その強烈な蹴りはエヴィンの右腕を強く痺れさせた。

「右腕は封じた！終わらせるぞ！！」
「・・・まだだっ！」
短期決戦を狙い接近するディルナに対し、エヴィンはそう言いながら闇のワイヤーを発動させ、
それを右腕に結びつけた。だが次の瞬間、エヴィンが放ったのは右の下段蹴りだった。スネに
クリーンヒットしたその攻撃でディルナ退かせると、エヴィンは体勢を立て直した。
「貴様・・・」
「ミュートさんとの戦いで見せた手を、あなたにそのまま使うほど考えなしじゃない・・・」
自分をにらみつけるディルナに対し、エヴィンも視線を逸らさず言い返した。だが、それでも
ディルナの顔から余裕は消えていない。

「通常の拳法の勝負は互角、というところか・・・スピード、切れ、威力、その全てが、前に私が
　貴様と戦った時を何倍も上回っている・・・よくぞここまで、と言っておこう。」
「・・・僕は、あなたに誉められるために頑張ったんじゃない・・・あなたに勝つために、ここまで
　頑張ってきたんだ・・・」
「だが、所詮私には届かぬ。私には、まだ武器があるのでな。」
「その、錆びた剣のことか・・・」
ディルナの腰にさしてある、ボロボロに錆びた鞘にしまわれた剣を見てエヴィンは言った。剣の
大部分がディルナの背中にまわっていたため、今まで気づかなかったその存在に、エヴィンは
強い警戒感を示す。だがディルナは即座にそれを否定した。

「この剣、ネイソードは今は封印を施してあるが、お前達に奪われると何をされるか分からん。
　ゆえに私が、世界一安全だと思える場所で保管しているだけだ。何も使い道は考えてない。
　私の力は、全く別のところにある。・・・見るがいい、私が尊い犠牲の果てに得た力を・・・」
「！！」
その瞬間、エヴィンは目を見張った。ディルナの全身を青黒いモヤのような物が包み、そして
同時に魂までも凍りつかせられそうな瘴気が、自分を襲ってきたのである。普通の人間なら、
ショック死しそうな衝撃だった。しかもその力の雰囲気は、エヴィンがもっている物と何か似て
いるような感じがした。

「・・・これは・・・」
「これが鉾の柄、トライデントのロッドの力・・・私が大願を成就するために吸収した、もう一つの
　ダークファルスの力だ！」
「！？」
「行くぞ！エヴィン・ハランツ！！」
またしてもディルナの言っていることの意味がわからず、エヴィンは混乱しかけた。だが、彼の
頭が混乱するよりも先に、ディルナの攻撃が迫り来る。それは高速の左ジャブだったのだが、
確実にかわしたはずのその一撃は、風圧でエヴィンの頬を切り、耳には耳鳴りを起こさせた。

「（こんなの、一発でも喰らったら・・・）」
それまで接近戦を狙っていたエヴィンが、今度は距離を離しにかかった。だが距離を取ろうと
するエヴィンを、ディルナは追わない。逆に自分も一歩、後ろに飛んで後退すると彼は全ての
指に等しく魔力をこめた。
「衆を圧倒する第二の刃・・・ブルーティカス！」
その言葉とともに地面に放たれた魔力は、一瞬の後にエヴィンの周囲で三発、床から間欠泉
のように吹き上げる火柱という形であらわれた。この浮遊城の一体どこに、これだけ爆発を
起こさせるだけの物があったのか不思議だったが、そんなことを悠長に考えている時間はどこ
にもない。さらに二発おきた爆発の威力に、エヴィンは戦慄を覚えたが、しかしその頃には彼の
身体は地面の温度の変化と動きを的確に感じ取れるようになっていた。

「（ディルナの左前に熱の動きが無い・・・そこに向かうには・・・）」
そしてエヴィンは、その後におきた四発の爆発の真横を右に、左にと動くことですり抜けながら
熱のないポイントに飛び込んだのだが、エヴィンよりも先にディルナがそこへ到達してしまって
いた。
「もらったぞ！エヴィン！！」
着地したエヴィンに対し、ディルナの拳の一閃が上空から迫る。だが、それに対するエヴィンの
防御の体勢も、完全に整っていた。
「シールドっ！」
闇の盾が、ディルナの攻撃を防いだ。エヴィンは自分の出した闇の力に対し、ディルナが何か
細工をする前にとすぐに盾をしまい、プロのサッカー選手顔負けのオーバーヘッドキックを放つ。
そしてこの攻撃は、攻撃のために突き出されていたディルナの右腕に当たった。エヴィンの攻撃
らしい攻撃が、初めてヒットした。

「本当に想像以上だ・・・実に、素晴らしい・・・もし貴様がエヴィンでなければ、ダーク・ファルスの
　縁者でなければ・・・お前自身を私の同志として欲しいくらいだ・・・」
歪んだ喜びに満ちたような声でディルナは言った。そしてエヴィンは、ディルナのその言葉に対し
嫌悪感をあらわにする。
「今のあなたの一言で、自分がダークファルスの力をもっていてよかったと、心から思えた・・・
　誰があなたの邪悪な企みの同志になんか！」
「・・・邪悪だと？」
エヴィンの言葉を受け、ディルナは心底意外そうな顔をする。そして次の瞬間、彼は高笑いをした。
半径２０メートル以内の人間なら聞こえるだろうと思われるような、大声の高笑いだった。
「そうか・・・ならばお前は、我がトライデントが世界の征服か、それとも世界を混沌の渦へと叩き
　落とすか、そのような目的のためにあるのだとでも思っていたのだな？」
「違うとでも・・・」
「まあ仕方あるまい。相容れることができぬと思えたお前に、話そうという気もなかった。いや、
　私の意を知る者は後にも先にもただ一人・・・他の四傑でさえも、知らなかったのだからな。」
「・・・四傑でも知らない、あなたの真意・・・？」
「そうだ。私の真意を知る者は、妻のセレナただ一人。それも亡き今、誰もおらぬと言ったほうが
　適切なのかもしれん。」
「・・・・・・」
「聞くか？もっとも、聞けばお前は自身の敗北を確信するだろうがな。大義を持つ者に、敗北は
　有り得ぬ。」
「・・・・・・」
「いや、やはりやめておくか。私と話をする気はないのだろう？ならば・・・」
「！？」
ディルナが、自分の言葉を言い終わるか終わらないかのうちに攻撃に転じたとき、エヴィンは
完全に不意をつかれていた。急接近するディルナに対し、回避も防御も間に合いそうにない。
それでもエヴィンは、身体をひねることで何とか、最初の突きはかわしたが、無理な姿勢での
回避動作で体勢を崩したエヴィンに、ディルナは容赦なく襲いかかった。
「崩れろ！ハランツ！！」
刃物のような鋭さをもったディルナの蹴りが、エヴィンのみぞおちに突き刺さった。エヴィンは
呼吸ができなくなり、苦しそうに足をふらつかせる。そしてディルナは、同じ場所にもう一回、
蹴りを叩き込もうとするのだが、今度はエヴィンの防御が間に合った。繰り出すまでの動作が
大きい足技が二回続いたのが幸いした。エヴィンは大きくバックステップをして間合いを取り
体勢を立て直そうとする。だが、エヴィンが後退した瞬間、ディルナはニヤリと微笑んだ。

「罠を踏んだな！エヴィン！！」
「！？」
その瞬間、エヴィンの足元で爆発がおこった。先にディルナが仕掛けたブルーティカス、彼が
床に放ったのは十発、だが爆発は九回だった。残りの一発が、エヴィンの逃げた先に仕掛け
られていたのである。完全に、ディルナの術中にはまっていた。
「うわぁっ！」
エヴィンの身体が何メートルも上に弾き飛ばされる。だが、それと同時にエヴィンは闇の翼を
発動させていた。エヴィンは一瞬空中で静止し、そしてすぐに着地する。ディルナは、そんな
エヴィンの動きを見ると、なるほど、と言わんばかりにうなずいた。

「闇の翼で地面への衝突のダメージを防いだか・・・しかもブルーティカスに対しても反射的に
　その身をひねることでダメージを最小限に食い止めている・・・貴様が子供の頃から練習を
　重ねていたというウェンフィールド流、その基本思想はたしか、勝つことよりも負けぬこと・・・
　そうだったな？」
「・・・・・・」
ディルナの言葉にエヴィンは無言でうなずいた。

「ウェンフィールド流は護身術、それは闇の力を使おうと変わらない・・・」
「だが、守りの拳で私を倒すことはできんぞ？」
ディルナが冷ややかな声でそう言うと、エヴィンは心の中でうなずいた。
「（たしかに、ディルナの言うとおりだ・・・強い・・・半端じゃない・・・けど、活路はあるはず・・・
　　どうすればいい・・・どうすれば・・・）」
「戦闘中に昼寝か！」
必死で対策を考えるエヴィンに、ディルナは一喝して襲いかかった。一瞬で間合いを詰め、超
威力のジャブが再び迫る。エヴィンは身をかがめてそれをかわすと、足払いでディルナの足を
払おうとした。だが、ディルナの足はまるで根が生えたかのように倒れない。そして、かがんだ
状態のエヴィン目がけ、ディルナは拳を振り下ろした。
「もらった！」
「甘いっ！」
その一言ともに、エヴィンは拳を突き上げた。エヴィンの拳と、ディルナの拳が空中衝突をおこす。
そして次の瞬間、顔を苦悶にゆがめていたのはディルナの方だった。

「貴様・・・」
右の拳を左手で押さえながらディルナは言った。その額に脂汗が浮かんでいるところを見ると、
どうやら骨折しているらしい。エヴィンは、そのチャンスを意地でも逃したくなかった。
「ディルナがひるんだ・・・回復はさせない！一気に決める！！」
そしてエヴィンは、さっきとは逆に自分の方から間合いを詰めた。狙うのはディルナの右半身、
だが、エヴィンの攻撃はその一撃目から、胴体めがけ放たれたディルナの右ストレートで撃墜
されてしまった。
「私が、痛みで退く程度の者だと思ったか！」
「・・・・・・」
「しかし、闇の力を拳に一転集中させることで、私の拳を砕くとはな・・・闇のナックル、とでも言う
　べきか・・・かなり、効いたぞ。」
仁王立ちのままディルナは言った。だが、その姿にエヴィンは疑問を覚えた。
「傷を・・・治さないのか？」
「ああ、回復テクニックはできないのでな。」
「え・・・？」
ディルナの言葉に、エヴィンは呆気に取られた。あれだけ強力な攻撃技をもっているのに、底の
知れない魔力を感じさせていたのに、回復系のテクニックが使えない？そんなことが有りうるの
だろうか、と・・・そして彼の言葉の真偽を計りかねるエヴィンに、ディルナはなおも話し続けた。

「エヴィン、今ならまだ間に合う。お前の持つダークファルスの力を、私に吸収させろ。」
「・・・・・・？」
「お前の力、私が負けるものとも思われんが、しかし楽に勝てる相手でもないことが分かった。
　本来ならば我が真意、知らぬまま私に倒されていた方が、お前にとってある意味幸せだった
　かもしれぬが、事ここに至ってはやむをえまい。」
「さっきから、何を・・・」
「話しておかねばならないようだな。トライデント発足の理由を、お前には・・・」
ディルナの言葉に、エヴィンの瞳がピク、と動いた。
「発足の理由って・・・あなたが、大義とか何とか言っていた、あれの・・・」
「そうだ。聞くか？」
普通の会話と変わらない口調でディルナは言った。そしてその問いに、今度はエヴィンも頷いた。

「・・・ならば話そう・・・聞くがいい・・・」
そう言うとディルナは大きく息を吸い込んだ。その口から次にどんな言葉が出て来るか、エヴィンは
固唾をのんで見守った。そして、ディルナの口は言葉を発した。
「ネオパルマが迫ってきている。」
「？？？ネオ、パルマ・・・？？？」
初めて聞く言葉だった。名前のニュアンスからすると、どこかの地名のような気がする。しかし、
地名が『迫る』というのは理解できない。ディルナは、そんなエヴィンの疑問を当然と思っている
らしく、すぐに自分の言葉に注釈を付け加えた。

「宇宙船の名前だ。今から三千年以上の昔、我らの祖先が住んでいたアルゴル太陽系の第一
　惑星パルマ、そこがダークファルスらの闇の手の者により破壊されたとき、多くの人々が宇宙
　船で脱出したことは知っているだろう？」
「ええ、そして、僕達の先祖が乗っていた宇宙船の名前が『アリサ三世』だった・・・」
「そうだ。そして脱出した宇宙船の多くは、同じアルゴル太陽系の別の星に移住したが、新天地を
　求め宇宙を彷徨い続けた宇宙船はアリサ三世だけではなく、他にも数十隻いた。しかし、その
　多くはダークファルスにより滅ぼされた・・・そして二千年前の段階で生き延びていたのはアリサ
　三世とネオパルマだけだった・・・」
「そして、そのネオパルマが迫っているということは、ここに来ようとしているって意味ですよね？
　いいことじゃないですか。元は同じ星の出身の人達が、三千年の時を経てまた同じ星に住もう
　としているのなら。」
話の意外さに驚きながら、しかし比較的明るい声でエヴィンは言った。だがエヴィンの言葉に、
ディルナは静かに首を横に振った。
「事は、そう簡単ではないのだ。ネオパルマは、すでにダークファルスの手に落ちている。」
「！？」
ディルナの一言で、エヴィンの顔色が変わった。

「でも、ダークファルスは僕の中に・・・」
エヴィンがそう言いかけると、ディルナは一言『違う』と言いエヴィンの言葉を遮った。
「そもそも、ダークファルスとは一体ではない。『深遠なる闇』と呼ばれる精神生命体が産み出した
　代行者にすぎなかった。だが、中には『深遠なる闇』の手を離れ、独自の力を得た物もあった。
　それが、お前の中にあるダークファルスであり、今もネオパルマにいるダークファルスだ。闇は
　二つ。決して、一つではないのだ・・・」
ディルナの言葉に、エヴィンは何を言ったらいいのか分からなくなった。自分達の先祖と同じように
宇宙を彷徨い続けた人達がいた。ダークファルスが、自分の中にいる者だけでなく他にもいた。
そして、そのダークファルスの手に、もう一つの宇宙船は陥落していた・・・？
「・・・闇が二つ・・・二つの、『闇』・・・それで、一体なにが起きようとしているんです・・・」
「ネオパルマがこの星に衝突する。そうなれば、この星は消滅する・・・」
「・・・！！」
「だから、それを防ぐために、衝突前にネオパルマを破壊せねばならんのだ！そのために私が求
　めた力こそがトライデント・・・太古よりこの星を支配してきたクルウェル、来襲する物とルーツが
　同じである技術により作られたシーレン、そして、来襲する物の根源と、同じルーツにより産み
　出されたダークファルス・・・その三者の力でな。」
「・・・・・・」
「クルウェルとシーレンは、比較的メドが立てやすかった。だが、初めてお前と対峙したとき、私は
　不安になった。お前があまりにも弱かったのでな。」
「なっ・・・」
エヴィンの顔が真っ赤になった。だがディルナの顔色は変わらない。
「言い返せるか？あのときのお前は、私を相手に一分たりとも戦い続けることができなかった。」
「く・・・」
「だから、最初に私は、お前の力を私の手で直接引き出させようとしたが、それもあまりうまく
　いかなかった。ゆえにエリーがお前を逃がしたときも深追いはせず、他のシチュエーションを
　試すことで、力の増幅を見ようとした。その結果、お前の潜在能力の深さを知ったが、同時に
　お前の力に闇以外の要素があることを知った。」
「ミューさんのことを・・・」
「そうだ。アンドロイドだが、心だけでなく魂も持っていたようだな。さながらお前の守護霊として
　常にお前と、そしてダークファルスのことを護っていた・・・だが、その存在は人としてのお前
　には有益だが、ダークファルスの力を完全に引き出すという意味では単なる邪魔だ。だから、
　お前の持つダークファルスの力だけを、私が吸収するのだ。」
そこまで言うとディルナは、フゥと一息ついた。そして自分が今言いたいのはそれだけだと言い、
同時に納得のいかないことがあるのなら聞くがいいともエヴィンに言った。

「あなたが、なんでトライデントを立ち上げたのかは分かった・・・でも、そのネオパルマの存在は
　どこで知ったんです？」
「知ったのは私ではない、セレナだ。」
「セレナ・・・たしか、あなたの奥さん・・・もう亡くなられたって言っていた・・・」
エヴィンの言葉に、ディルナは静かにうなずいた。
「セレナは、おそらくアリス・ランフォード以外でただ一人『動のテレパス』を習得していた。いつ頃
　覚えたのかは語らなかったが、２０年前、私達が出会ったときには、既に習得していた。そして
　三年ほど前、その力が数光年先にあるネオパルマから伝わってきたダークファルスの存在を
　感じ取った・・・」
「三年前って・・・たしか、エリーちゃんが一人暮らしをはじめた頃・・・」
「そうだ。私とセレナは万一のことを考え、エリーに生きていくための力を与え、家をあとにした。
　無論、ダークファルスを倒すためにな。」
「けど、勝てなかった・・・」
「・・・お前の言うとおりだ。」
エヴィンの指摘に、ディルナは悔しそうにそう答えた。

「セレナと私はそれぞれ別の案を立てた。セレナが提案したのは、自身のテレパスの力で、ここ
　からダークファルスを押さえ込むこと。そして私が提案した物こそが、トライデントだった。ただ、
　当時の構想では、ロッドは私ではなくセレナだったがな・・・しかしセレナは、私の考えではネオ
　パルマの人間を犠牲にしてしまうとして強硬に反対した。」
「！ネオパルマの人が犠牲に、って・・・ネオパルマの人は全滅したんじゃないんですか！？」
「誰も、そんなことは言っていないが？」
驚きの声をあげるエヴィンにの言葉を、ディルナは冷ややかに否定した。

「セレナの話によると、当時でまだ万単位の人間が生存しているとのことだった。ダークファルスに
　してみれば、できる限り長く、人々に絶望を味あわせたかったのだろう。そして最後に、彼らが夢
　見たような星への衝突で彼らを全滅させ、同時にネオアリサに住む者も全滅させようと考えている、
　そう考えるのは、たぶん間違った解釈ではない。」
そう言うとディルナは、深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。

「結局、セレナは私の制止を無視し、自分の考えを遂行しようとした。だが、それはあまりにも無謀
　だった・・・当然のようにセレナは敗れ、その身をダークファルスに支配された。そして私は、この
　世で最も愛していた妻を・・・セレナを、この手にかけた・・・そしてそのとき、彼女に取り憑いていた
　ダークファルスの力の一部を吸収することで、私は自身の魔力を一気に増大させることができた。
　この浮遊城の発想も、城を警護する異形の物を産み出した力も、そのときに覚えたものだ。ただし、
　闇の力を得た代償に回復系の力は一切使用できなくなったがな。」
「ディルナ・・・」
「わかるかエヴィン・ハランツ、もう時間が無いのだ。計算によると、ネオパルマの地表への激突は、
　あと一週間後に迫っている。」
少し、声を荒げながらディルナは言った。その声には若干の焦りが感じられ、そして嘘は感じられない。
だがその言葉に、エヴィンはギリと歯ぎしりを立てた。
「・・・なんで、そんなことを黙っていた・・・なんで、たった一人で成し遂げようとした・・・っ！！」
「・・・ならば聞くが、今の話を世間に公表したところで、どうなると思う？」
「そ、それは・・・」
ディルナの発言に、エヴィンは口ごもった。
「せいぜい、カルト扱いされるのが関の山だろう。そして億分の一の確率だが、世間が信じた場合、
　その状況はさらに悪くなる。混乱がおきるし、ネオパルマの人間をも救えという浅はかなヒューマ
　ニズムが横行する。そうなると、この星の存続も危うくなる・・・」
「・・・・・・」
「エヴィン、すべての決着は私がつける。お前の力を得て、クルウェルの周辺も静かになったら、私が
　ネオパルマを破壊する。お前を殺しはせん・・・お前もこの星のことを思うのなら、力を渡すのだ・・・」

言い終えると、ディルナはゆっくりとエヴィンの方へと近づいていった。

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