「エヴィン君！」
崩れ落ちるように地面に座り込んだエヴィンを見てリビアが声をあげた。だがエヴィンは
そんなリビアの顔を見ながらバツが悪そうに
「大丈夫です・・・ただ、ちょっと気が抜けちゃって・・・」
と答えた。その疲れきった、情けない声を聞き、エヴィン以外の全員が思わず吹き出す。
そしてエヴィンも、そんな彼らにつられ笑い声を出そうとするが、そこでエヴィンはハッと
顔色を変えた。
「マークは！クルウェルはどうなったの！？」
「！！」
エヴィンの言葉に、アレンもサッと顔色を変えた。リビアとエリーは、エヴィンの言っている
言葉の意味が分からず、ただ不安そうな顔をする。そしてディルナは、ただ一人冷静な面
持ちで口を開いた。
「そうか・・・そういえば、彼らもまた戦っていたのだったな・・・だが、それも所詮は風前の
灯火と大差ないだろう・・・今のクルウェルの力は強大すぎる・・・」
「・・・・・・」
ディルナの言葉に、エヴィンはムッとした顔をした。だがエヴィンが何も言う前に、ディルナ
は再び部屋の石壁に戦いの様子を映し出させる。そしてその映像を見ると、エヴィンは
さらに顔を青白くさせた。全員、満身創痍である。体中から血を流し、息が荒く、膝も落ち
かけている。本当は傷の回復を行い、体勢を立て直したいのだが、クルウェルの攻撃の
激しさでそれもままならないのが見てとれた。
「こんな・・・クルウェルって、こんなに強かったの・・・？」
「そうだ。」
呆然としたエヴィンに、ディルナは当然のようにそう答えた。
「十年前にクルウェルが敗れたのは、かつてノイン王らが施した封印を解くのにその力の
大半を使い切ったところを狙われたからにすぎん。それに比べ今のクルウェルは完全
体。人間ごときの手におえる代物ではない。」
「そんな・・・でもあなたはそれを利用しようとしたんでしょう！」
「それは、ダークファルスの力を持っていた私だからできるタネがあったからだ。だが今や
それもできん。もはや私に魔力らしい物は何も残されていないのでな。・・・人は、ダーク
ファルスの前にクルウェルに滅ぼされるかもな。」
抑揚の無い、淡々とした口調でディルナは言った。そして、ディルナの口調が静かであれ
ばあるほど、彼に対するエヴィンの口調は激しくなる。
「じゃあ、ここから僕達が救援に行くことはできないんですか！？このお城、空に浮かんで
いるんだから、それくらいできるでしょう！」
「言われなくとも、すでに移動は開始している・・・だが、このラシュートが元々あった場所と、
クルウェルの戦場はほぼ惑星の反対側・・・最速でも十時間はかかる。」
「そんな・・・」
ディルナの言葉に、エヴィンはガクリと膝をついた。そのまま首だけを動かし、戦況を再度
確認するが、相変わらず防戦一方で好転する兆しすら見えない。
「どうしよう・・・このままじゃ・・・」
エヴィンの頭の中を最悪の結果がよぎる。リビアとエリーは、その状況を正視することさえ
できず目をそむけていた。
「一体どうすれば・・・ディルナは何もできないって言ってたけど・・・お爺ちゃんは！？」
そう思うやエヴィンはアレンの方を見た。だが実は内心あまり期待していない。もし何か
策があるのならば、もう行動に出ているはずだからである。だから期待感とかそういうの
よりも、むしろこの状況で何も言ってくれないことへの苛立ちがあった。
それでもエヴィンがアレンの方を見ると、アレンは直立不動、両腕を組み、睨みつけるような
視線でモニターを見ていた。口は真一文字に閉じられ開こうともしない。と、そこでエヴィンは、
アレンの指先から血が流れているのに気づいた。
「お爺ちゃ・・・」
エヴィンはそう言いかけたがすぐに口を閉じた。なんで、アレンの指先から血が出ているのか、
すぐに分かった。血が出ているのは指からではない。腕からだった。辛さを必死にこらえよう
と耐える指先に力が入りすぎて、爪が肉に食い込んでいたからだった。
（お爺ちゃん・・・）
その姿を見て、エヴィンも立ち上がり腕を組んだ。なんとか、不安を押さえ込もうとした。仲間
達の勝利を祈ることしか、今の自分にできないのなら、せめてそれを精一杯やろうと思った。
だがそんなエヴィンの心に肩透かしをくらわせるかのように、クルウェルは攻撃をやめた。
「なんだ・・・？」
突然攻撃を停止したクルウェルを見て、いぶかりながらマークは言った。ただ、いぶかりなが
らも手はしっかりと回復テクニックを放って傷を癒している。そして間もなく、クルウェルは声を
発した。
「人間ヨ・・・哀レナリ・・・」
「・・・？」
「貴様ラノ運命、ココニキワマレリ・・・」
「どういう意味だ・・・クルウェル！」
苛立ちの表情とともにフィルが叫んだ。すると、クルウェルはゆっくりと語り始める。
「コノ星ニ・・・巨大ナ質量ガ迫ッテ来テイル・・・コノ星全テヲ破壊スルホドノナ・・・」
「なんだと・・・？」
「衝突ハ、貴様ラノ暦デ１週間後・・・抗ウ術、貴様等ニハナイ・・・」
「あいつの言ってること・・・どういう意味なんだ？」
「私に聞かないでよ・・・」
クルウェルの言葉に対し、マークとリィズはそう言葉をかわす。だが、その間もクルウェルは
語り続けた。
「我ハ、コレヨリ地ニ潜ム。ソシテ、全テノチカラヲ用イテ、コノ星ヲ消滅ヨリ守ル・・・ソシテ、爆
発ニヨリ表面ニアル物ノ全テガ消滅シタ大地ニ、我ハ造物主トシテ再臨スル・・・今度ハ過チ
ヲ犯サン・・・貴様等ノヨウナ害虫ヲ、我ガ星ニハ来サセン・・・」
クルウェルが言い終えると、その場を一瞬の沈黙が支配した。
「・・・えっと・・・話をまとめると・・・」
「この星に何かが・・・隕石のような物が衝突しようとしている・・・クルウェルはそれを利用する
ことで、この星の表面にある全てを無に帰そうとしている・・・そういうことみたいね。」
頭を抱えるマークに、エレナが横からさめた声で言った。マークは、その言葉を聞くとニヤリと
した笑みを浮かべる。
「なるほど・・・サンキューおばさん、よく分かったぜ・・・つまりこういう事だろ！」
言いながらマークはクルウェルに飛びかかった。クルウェルは、そんなマーク目がけて岩石の
ような指を持つ腕を振りおろす。だがマークは、ジャンプして相手の腕に飛び乗ると、即座に
駆け上がってクルウェルの顔面に蹴りを入れた。
「お前、逃げるつもりなんだろ・・・違うってんのならかかって来いよ！中ボス！！」
「・・・？」
マークのセリフに、全員が呆気に取られた。
「マーク君、今クルウェルのことをなんて・・・？」
「ちゅう・・・なんとかって聞こえたけど・・・」
「僕らも十代の言葉には追いつけなくなったってことか・・・」
「いえ・・・案外サル語の一種なんじゃないの？山猿言葉。」
テレビゲームの類をやらない三人には、マークの言った「中ボス」という言葉の意味が全く理解
できなかった。もっとも、悪口の一種だろうとは見当がついていたが。
「・・・小虫ガ・・・分ヲワキマエヨ！！」
クルウェルは体を大きくゆすり、マークを振り落としにかかった。だがマークは再びジャンプして
クルウェルに飛び蹴りを喰らわす。そして即座に蹴り足と逆の足を使いまた跳躍し、また蹴りを
入れる。その様は空を飛びながら攻撃を加えているようにさえ見えた。クルウェルが身体から
ソルジャータイプを数体放ち、マークに襲いかからせると、ようやくマークは空中でそれらを撃墜
しながら着地した。
「もう一度言うぜ・・・かかって来いよ。」
不敵な目つきで手招きしながらマークは言った。クルウェルはそれに対して口から、体の中に
蓄えてあるマグマのような物をマーク目がけ吐き出すことでこたえる。マークはそれをかわすが
それが着弾した地面は焦土と化していた。
「おっかねぇ・・・！！」
攻撃をかわしたマークに、今度はクルウェルが真正面から迫ってきた。クルウェルはそのまま、
強烈な体当たりを浴びせる。マークは斜め後方に飛び、身体をひねらせ、なんとか直撃は回避
することができたが、それでも骨が数本、確実に折れた。
「マーク君！君はもうさがっているんだ！！」
重傷を負ったマークにフィルが叫んだ。だがマークは骨折した部分を押さえながら首を横に振る。
「冗談じゃねぇ・・・これから先、もっとデカい勝負が控えてるんだ・・・それをこの程度の傷でひける
ワケありゃしねぇ・・・」
「・・・？」
「それに分かるんだ・・・そのデカい勝負への挑戦権を、エヴィンもう掴み取ってる・・・他の事なら
いざ知らず、ケンカであいつに遅れを取ることは・・・このオレのプライドが許さないんだよ！」
マークの言葉に、フィルが怪訝な顔をした。ケガで錯乱しているのかとも思った。だがマークは、
すばやく傷を癒すとすぐにまたクルウェルに向かっていった。
「マーク君！無謀よ！！」
そんなマークの行動にリィズが叫ぶ。だがそれも耳に入っていないかのごとく、マークは突進した。
「来いやクルウェル！」
「・・・・・・」
クルウェルはマーク目がけ無言のまま拳を振り下ろした。巨大な質量が、一直線にマークに迫る。
だがマークは、今度はその腕に飛び乗ろうとせず、かと言って横によけもせず、そのままの場所で
敵の攻撃が来るのを待った。
「マーク！」
その様子に、必死に声を出すのをこらえていたエヴィンも思わず声をあげた。だが次の瞬間、彼は
モニターごしに高音と重低音が入り混じった、奇妙な音を聞いた。そして次に、クルウェルの苦しむ
声がエヴィンの耳に入ってくる。
「グ・・ガガ・・・」
「カウンターだ・・・へへ・・・砕いたぜクルウェル、あんたの右腕・・・」
クルウェルの苦悶を見て、ひきつった笑いを浮かべながらマークは言った。だが、そんな彼の額も
脂汗がひっきりなしに流れている。それを見て、リィズが慌てて駆け寄った。
「これ以上は危険よ、戦線を離脱しなさいマーク君。」
「リィズさん・・・」
リィズの言葉に、マークは不満そうな声をあげた。だがそんなマークの右拳をリィズが軽く触れると
マークは言葉にならないうめき声をあげる。
「クルウェルの腕を砕いたあなたの力は認めるわ。けど、あとジャブの一発でも放ったら、あなたの
拳は格闘技のできない拳になってしまう・・・いや、拳だけじゃないわ。あの超重量と正面衝突した
あなたは、全身にダメージを受けている・・・違うかしら？」
「・・・・・・」
マークは、リィズに何も言い返せなかった。だが、それでもこのままひきさがることには強い抵抗感
がある。と、そこにフィルもやってきた。
「リィズの言う通り、ここはひくんだマーク君。」
「け、けどよ・・・」
「次が控えてる、って言ったのは君じゃなかったか？」
「ぐ・・・」
それを言われると、マークは完全に言葉に詰まった。そして、そんなマークに対してフィルは微笑み
ながら話し続ける。
「しかし、最後の一発は『武神の咆哮』だろう？まさか君が使えるとは思わなかった・・・」
「そ・・・そうか？」
照れ笑いで顔を赤くし、後頭部を掻きながらマークは言った。
「ああ、そんな君だから、この戦いが終わったらぜひ一勝負してみたい。そういう気持ちもあるしね。」
フィルがそう言うと、マークの顔はパッと明るくなった。
「分かった・・・じゃあ、オレはちょっと休ませてもらうわ。」
マークがそう言うと、フィルはコクリとうなずいた。
「けど、戦線離脱はしないぜ。ちょっと離れたところで、見物させてもらう。」
「好きにするといいさ。ただ、流れ弾には気をつけろよ。」
「ああ、分かってる。」
口元にうっすらとした笑みを浮かべたマークがそう言うのを見ると、二人は戦列にもどっていった。
一方、その間クルウェルの攻撃を一手に引き受けていたのはエレナとシーレンだった。こういう時も
とことん無表情なシーレンはともかく、エレナは戻ってきた二人を一気に罵倒する。
「あんた達ねぇ！なんで山猿一匹を二人がかりで世話してるのよ！」
「ご、ごめん・・・」
かなりボロボロになっているエレナを見て、申し訳なさそうにフィルが言った。そんなフィルの顔を
見ると、エレナも少しは口調を和らげる。
「まあ、あの山猿のおかげで、クルウェルも逃げずにかかってくる気になったみたいだし、あいつが
右腕ツブしておいてくれたから、私も無事でいられたしで、トントンと言えばトントンなんだけど。」
「・・・・・・」
エレナがそう言うと、リィズはフッと微笑んだ。その笑いに気づいたエレナは、すぐにリィズを責めよう
とする。だが、そんな空気が続く前に、クルウェルの放った光弾が三人を襲った。
「散れ！」
フィルの一言で彼らは一斉に散開した。全員、間一髪で今の攻撃をかわす。しかしえぐれ、焼けただ
れた地面が、その威力を物語っている。
「戦闘中に無駄口叩いてやられちゃあ、１０年前と同じじゃない・・・」
苦々しげな口調でエレナは言った。その顔には、攻撃をかわせたことへの、結果オーライ的なものは
全く見えず、自分への苦々しい怒りに満ちていた。そしてその表情のまま、彼女は腰から拳銃を抜き
構えた。
「よしなさいエレナ！そんな銃じゃ、クルウェルにダメージは与えられないわ！」
エレナの手にした銃の口径の小ささを見て、リィズは言った。だが、リィズの言葉にエレナは動じず、
むしろリィズの無知を嘲笑するかのような笑みを見せる。
「これが普通の銃だったらね・・・見てなさいリィズ！」
言いながらエレナは発砲した。だがそれらは一発もクルウェルの身体に当たらず、全て周辺の木の
幹に当たってしまう。それを見たリィズは一瞬何事かと思ったが、しかしエレナ本人がこの銃が普通
の銃ではないことをほのめかしていたこと、そしてクルウェルという大きな的に一発も当たってない
ことから、すぐにこれが何かの布石であることを読み取った。
「シーレン！」
リィズが勘付くと同時にエレナは叫んだ。シーレンはエレナの合図に相変わらず抑揚のない声で、
一言「了解」とだけ答えるとネイショットを構えた。
「・・・ガルバナイズバスター・・・発射・・・」
そしてシーレンもまた、彼の銃撃をクルウェルの身体から大きく外れた方向に放った。だが直後に
弾道は屈折し、クルウェルの身体を刺し貫く。
「グゥッ！？」
完全に外れたと思っていた攻撃が命中し、クルウェルは奇妙な声をあげた。おそらく、これがクル
ウェルにとっての驚きの感情表現なのだろう。しかもクルウェルがその声を出し終える前に、再び
跳弾したネイショットの軌道がまたもクルウェルを貫いた。
「グガァァァアアアアッ！！」
苦しみの声をあげながら、クルウェルはその巨体を大きくゆさぶった。そしてクルウェルの身体を
貫通すること十数回、ようやくネイショットはその効力を失う。
「さっきエレナが撃ったのは・・・ネイショットを跳弾させるための物だったのか・・・」
驚き混じりの声でフィルがつぶやく。その声を聞き、エレナは人知れずほくそえんだ。
エレナは、常にコンプレックスを抱いていた。フィルとリィズの格闘技の師匠、ブラングの一人娘
なのに、格闘術の才能が二人の何分の一もないという現実が悔しくてしかたなかった。だから、
二人とは違う方法で、できることなら実戦の場で彼らに自分の力を見せつけたいといつも思って
いた。そしてそんな彼女が今回、クルウェルと戦うにあたり考えたのは、いかにシーレンの持つ
力を戦場で引き出せるか、だったのだが、そのための戦法は自分とシーレンの連携攻撃が一番
だと考えていた。フィル達に戦闘はシーレン任せだと思われるのは絶対に嫌だった。
「よし・・・今のでクルウェルはかなりのダメージを受けたはず・・・シーレン！今のをもう一回・・・」
そう言いかけたところでエレナの口の動きが止まった。クルウェルの傷が急速に回復しはじめて
いたのである。シーレンの銃撃であいた傷は見る間にふさがり、マークの拳が砕いた右腕も、急
速に元の形に戻りつつあった。
「エレナ！リィズ！クルウェルと距離を取るんだ！早く！！」
クルウェルの回復を見るや他の異変もいち早く感じ取ったフィルが叫んだ。だがリィズ達はまだ
フィルの言っている意味が理解できていない。そんな彼女達の様子を見ると、もう一回フィルが
叫んだ。
「地面が脆くなっている！足元をすくわれるぞ！」
「！？」
フィルのその一言とほぼ同時に、リィズ達の足元がくるぶし近くまで沈んだ。そして見動きの取れ
なくなったところを狙い、クルウェルの巨大な腕がリィズを狙う。
「くっ・・・させるかぁっ！」
自分に迫るクルウェルの腕にあわせ、リィズはグラブトを放った。リィズの前方、はるか上に作ら
れたその重力の玉にクルウェルの腕は大きく引き寄せられ、平手打ちの軌道がずれた。これで
攻撃をかわしたリィズは、次の攻撃が来るまえに足を抜き出し体勢を立て直した。
「なんだったの？今のは・・・って、まわりの地面が全部、砂地になってる・・・これも、クルウェルの
しわざなの？」
「おそらく狙った物ではないと思うけど・・・結果的にはね。」
リィズの問いにフィルが答えた。
「クルウェルはこの地域一帯の有機物からエネルギーを吸い取ることで、ダメージを回復させて
いるんだ・・・だから木が枯れたし、地面も生気を奪われて局地的に砂漠化した。だからもし、
ヤツがこの星を、いやこの星のコアを守ろうとしたら、おそらく惑星の持つ全てのエネルギーを
吸収し尽くし、惑星は長きに渡って死の星と化す・・・」
そう言うとフィルは、小さく息を吸い込んだ。
「クルウェル・・・たしかにお前から見たら、僕達は侵略者かもしれない・・・だけど、お前は、己の
存続のためなら、あらゆる搾取を厭わない暴君だと今確信した・・・」
「・・・貴様ラニ汚サレタ星ナド、一度無ニ帰スルベキ存在・・・ワレハ王・・・コノ星ノスベテハ、ワガ
タメニアルモノナリ・・・」
フィルのつぶやきに、クルウェルはそう答えた。
「そうか・・・それなら、僕達の戦う理由が増える・・・この星に住む人達だけではなく・・・生きとし
生ける全ての生命のために・・・貴様を抹消する！」
「愚カナリ・・・」
そう言うとクルウェルは再び異音をあげた。同時に空気が揺れ、大地が震動する。おそらく笑っ
ているのだろう、場にいた全員がそう思った。そして・・・
「見て！また、大地が死んでいく・・・」
周囲の土が砂になり、木々が枯れていくのを見てエレナが叫んだ。
「ヤツの傷は完治してるのに・・・となると、別の目的でエネルギーを吸収している・・・ならば！」
言いながらフィルは右腕に魔力をこめた。
「妙なことをする前にヤツのエネルギーコアを砕く！出ろ・・・四百の銀龍！」
フィルはクルウェルのエネルギーが最も密集している部分目がけ技を放った。数百匹の静電気
の龍が、クルウェル目がけ襲いかかる。そして一瞬の後、青白い光と爆音が周囲を包みこんだ。
「やったか！？」
自分の技のまぶしさで一瞬視界を奪われたフィルだが、すぐに視界ははれた。そしてクルウェル
のいた方を見るのだが、そこにクルウェルの姿はなかった。
「決まった・・・のか？」
半信半疑の口調でフィルは言った。だがすぐに彼の後ろから、後方に飛べというリィズの声がする。
「フィル！なにボーッとしてるのよ！！横から来るわよ！！」
「！？」
その言葉でフィルは飛びのいた。そしてクルウェルの腕による、なぎ払うような攻撃をかろうじて
かわすのだが、そのクルウェルの腕は目の錯覚かと思えるほど大きかった。
「まさか・・・それじゃあ！」
言いながらフィルは上を見上げた。そして気づいた。クルウェルの身体がこれまでの倍以上大きく
なっていることを・・・さっきクルウェルの姿がなくなったと思ったのは、フィルが単に二本の足の隙
間をみていたからだった。
「こいつは・・・」
フィルは絶句した。エレナとリィズの顔も青ざめている。そして、そんな彼らをあざ笑うかのように、
クルウェルはその巨大な足を上げ、彼らを踏み潰しにかかった。そんなクルウェルを相手に、彼
らは逃げることしかできない。
「・・・完っ全に怪獣映画のノリになってきたわね・・・」
クルウェルの攻撃をかわしながらエレナが言った。
「そうね・・・ただ、怪獣映画と違うのは光の巨人とかが助けには絶対に来てくれないことだけど！
つまり・・・自力で何とかするしかないのよ！」
そう言うとリィズは一人、クルウェルめがけ立ち向かっていった。
「よせリィズ！無茶だ！！」
クルウェル目がけ一直線に走り出すリィズを見てフィルが叫んだ。だが、そんな声が耳に入って
いないかのごとく、リィズはクルウェルに挑みかかる。
「昔の人が言ったものよね・・・『大男、総身に知恵が回りかね』って！」
言いながらリィズは、クルウェルの右腕による攻撃をかわすとその腕に乗った。そしてまず、相手の
腕に自分の手のひらをピタと押し当てる。
「グラブト！」
外からでなく、内部に強烈な重力を発生させられたクルウェルの内部が破壊される音が、リィズの
耳に入った。だが、クルウェルにとってはそれも蚊に刺された程度にすぎない。そしてそれが十分
わかっているのにも関わらず、リィズはクルウェルの身体にへばりつき、自分の命と紙一重の所で
攻撃をかわしながら、効きもしない攻撃を続けていた。
「何やってんのよリィズ！あなたのそんな小手先の攻撃、通用するワケないじゃないの！」
リィズの行動に苛立ちを見せながらエレナが言った。だが、そんなリィズの姿を見て、フィルは別の
考え方をする。
（あのリィズが、ワケもなくこんなことをする筈がない・・・それなのに、あんな命がけのことを・・・）
（なら、やっぱり、僕にあれを使えって言ってるのか・・・？自分が命をかけてるんだから、僕も命を
かけろ、と・・・）
（十年前に覚えた技、一度も実戦で使ったことはない技・・・だが・・・・・・よし）
自分の中で何か納得がいったらしく、フィルは小さくうなずき、そしてエレナの方を向いた。
「エレナ、君に頼みがある。」
「な・・・何よ。」
いぶかりながらエレナが言った。
「さっきからリィズは、クルウェルの右半身を牽制してくれている。だからエレナは、ヤツの左半身を
牽制してくれ・・・シーレン抜きで、君一人で。」
「！！」
フィルがそう言うと、エレナの表情が変わった。
「わ、私一人で、あいつを引きつけろって言うの！？」
「そうだ・・・頼む！リィズももう限界に近い！急いでくれ！！」
「・・・・・・」
「三人が全員、お互いの命を預けあわないとクルウェルには勝てない・・・お願いだ！」
「・・・分かったわ。私が一人でも十分戦えるところを見せてあげる。」
フィルの言葉に、エレナはようやく頷いた。そして「全員生き残る策じゃない限り、許さないわよ！」
とだけ言い残すと、レーザーピストルを片手にクルウェルの左半身側に走っていく。そしてエレナが
攻撃にうつるのを見ると、フィルはシーレンにも二言三言、指示を与えた。
「ほしいのは、ほんのわずかの奇蹟・・・」
クルウェルと、それに相対する二人の戦いを見据えながらフィルは言った。そしてその場で待つこと
十秒、戦局が動いた。クルウェルの目から放たれた熱光線が、リィズの脇腹を貫通したのである。
「かっ・・・」
リィズはバランスを崩し、クルウェルの肩から墜落する。そしてそれと同時に、フィルはクルウェルの
警戒が一瞬ゆるみ、かつ身体の位置が、自分の最も望む形になったことを悟ると、まるで瞬間移動
をしたかのようなスピードでクルウェルとの間合いを詰めた。そして大きく跳躍したところで、フィルは
声をあげた。
「今だ！シーレンっ！！」
跳躍によりクルウェルのコアとフィルの体、そしてシーレンの銃口が一直線状に重なった所でフィル
は叫んだ。そしてシーレンは、フィルの背中目がけネイショットを発射する。フィルの体は大きく前へ
吹き飛ばされ、クルウェルの体に衝突した。そしてその中でも右腕は特に深々と、肩の付け根近く
までクルウェルの体に突き刺さっていた。
「どうやら、賭けは成功したみたいだ・・・お前の負けだ！クルウェル！！」
そう叫ぶとフィルは、右腕にこめられた魔力の全てを一気に放出した。
「悠久の時の狭間に沈め・・・天荒地老！」
フィルの放った魔力がクルウェルの内部で赤く光るのが見えた。そしてクルウェルの身体は、自分
の内部に発生したその光に、ブラックホールに吸い込まれるかのように消えていく・・・
「グ・・・グォオ・・・」
クルウェルは苦しげな声をあげた。だがそれすらも言い切る前に、その肉体は急速に消滅して
いく。やがてクルウェルのすべてが消滅すると、力尽きたフィルはそのまま墜落するが、真下に
来ていたシーレンに受け止められていた。そしてフィル以上の高さから墜落したリィズだったが、
こちらはマークが受け止めた。もっとも、平然とした顔のシーレンと違い、こちらはかなり痛そう
だったが。
「痛ぅ〜、せっかく治した傷が、内側からまた開いたなこりゃ。」
額に少し脂汗を浮かべながらマークは言った。そんなマークにリィズは微笑みながら声をかける。
「悪かったわね・・・でも助かったわ。治してあげるから、とりあえず降ろしてくれない？」
「あ、ああ。」
リィズにそう言われ、マークは慌てて手を離した。リィズは、そんなマークの腕を自分の脇腹の傷
よりも先にサンフォースで治療する。そしてリィズが、自分自身のケガの治療も終えたのを見ると
マークはリィズに質問をした。
「で・・・結局何が起きたんだ？今・・・」
「ブラング式格技が秘奥義、『天荒地老』・・・相手の結合を内部から原子レベルで分解、同時に
それらすべてに、再結合できぬよう個別に封印を施した上で、次元の狭間に封印する技・・・」
「げ、原子レベルに分解して次元の狭間に封印、って・・・できるのか？そんな技が・・・」
「できるから、勝てたのよ。ただ・・・」
言いながらリィズは、地面に仰向けになったまま動かないフィルに目をやった。目は開いているし
意識もあるらしい。ただ、どこか目の焦点が定まっていないような、ボーッとした顔をしていた。
「僕は、当分格闘技のたぐいはできないだろうね・・・まあ、一年くらいリハビリすればなんとかなる
とは思うけど、それでも今のレベルまで戻るかどうか・・・」
「フィル・・・」
残念そうな口調でマークは言った。
「けど、これでクルウェルとの戦いも終わった・・・誰も、犠牲者を出さずにね。それを思えば、この
程度のケガは安いものだよ。」
「まあ、ね。」
フィルの言葉に、苦笑いしながらエレナが言った。
「あんたもその体たらくじゃ、帰るに帰れないでしょうから、ティリアくらいまでならシーレンと運んで
行ってあげるわよ。」
「悪いな・・・」
エレナの言葉に、フィルは言った。そしてエレナはそのまま、リィズはこれからどうするのか訊ねる。
「私は、私本来の仕事に戻るとするわ・・・エヴィン君の護衛にね。マーク君、どうせあなたも、私が
そうするのならついて来るんでしょう？」
「ああ、ラストバトルには、きっちり参加させてもらわなきゃな。今回みたいに中途半端じゃなくて。」
笑いながらそう言うと、マークは右手の拳で左の手のひらをポン、と叩いた。
「でもまあ、何はともあれ勝ったんだ！今はもっと嬉しそうな顔しようぜ！」
「フフ・・・」
マークがそう言うと、全員疲れきっていながらも、小さく笑みを浮かべた。
・・・
・・
・
「信じられんな・・・奴ら、クルウェルを倒したか・・・」
心底意外そうな、しかし少しだけ嬉しそうな表情でディルナは言った。そしてそのままエヴィンの方を
向くのだが、そこで彼はもっと意外そうな顔をした。
「・・・寝てるのか・・・」
「ああ、クルウェルが消滅すると同時に、崩れるようにな。」
かたわらにいたアレンがエヴィンのかわりにそう答える。
「・・・無理も無い・・・このラシュートのガード達と戦い、クルウェル配下最強の者と戦い、そしてこの私
とも戦ったのだからな・・・しかし・・・」
エヴィンの寝顔を見てディルナはため息をついた。
「邪気の無い顔だ・・・これを見ると、こんな子供に自分が負けたのかと信じられなくなる・・・」
「いや・・・『こんな子供』だからこそお前さんに勝てたんじゃろう。これがそこいらのマセガキと同じ顔
をしていたら、絶対あんたには勝てんかったよ。」
「・・・とりあえず、そう思っておくとするか。」
口元に笑みを浮かべ、ディルナは静かにそう言った。
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