二つの「闇」 〜時の交差後伝〜

第三部第三十五話 最初で最後のコンビネーション

「・・・ん?」
対クルウェル戦のマーク達の勝利を見届けてから、どれくらい経ったのだろうか?エヴィンは
ホテルのベッドで目を覚ました。
「ここは・・・僕の泊まってたホテル・・・」
ベッドから半身を起こし、部屋の中を見渡しながらエヴィンは言った。自分が置いていった荷
物も、そのままの位置に置いてある。それを見てエヴィンは、あらためて自分が無事に帰って
これたのだと理解した。

「ふぅ・・・」
そのままベッドの背もたれによりかかると、エヴィンはため息をつき、ボーッとした目で天井を
見上げた。もう夜らしく、部屋の中は暗い。
「さすがに、疲れたぁ・・・」
そう言うとエヴィンは、また布団をひっかぶって眠りにつこうとした。だが、
「そう言えば他のみんなは!?」
と思い直すとすぐにベッドから飛び起きた。電気をつけ、身づくろいもほどほどに部屋を飛び
出す。と、そこですぐエヴィンは声をかけられた。

「あ、エヴィン、目ぇ覚めたんだ!」
「エリーちゃん・・・」
まだ眠気が抜けきっていない声でエヴィンは言った。だが、ちょっとのんびりしたようなその声
に、エリーはかえって安心する。
「どうやら、ケガとかは大丈夫みたいね。」
クスクスと笑いながらエリーは言った。

「他のみんなは?」
今度は逆にエヴィンがたずねた。エリーの顔が明るかったのでそんなに心配はしていない。
そして案の定、みんな大丈夫そうだという返事がエリーから帰ってきた。
「そうなんだ・・・ところで、僕をここまで運んだのって・・・」
「アレンさんよ。」
エヴィンの最初の質問にエリーは答えた。そしてそのまま「いいなぁ、エヴィンは。」と言葉を
続ける。
「エヴィンをおぶってるアレンさんを見て、本当にエヴィンって、アレンさんの孫なんだなぁ、
 って、そう思った。お爺ちゃんと孫って、こういうもんなんだなぁって・・・」
「・・・・・・?」
「私はほら、パパちょっと変わってるし。」
「・・・(ちょっと・・・なのかなぁ・・・)・・・」
「ん?何か言った?」
「い、いや!別に!!」
エリーの指摘に、エヴィンは自分の体の前で大仰に手を振りながら否定する。と、エリーはクスと
微笑んだ。
「まあ、エヴィンにしてみれば『ちょっと変わってる』じゃ済ませられない人かもしれないけどね。
 で、そんなパパについて行ったママも、駆け落ち同然らしかったから・・・」
「・・・ごめん・・・」
話し途中のエリーに、エヴィンはそう言って謝った。すると、今度はエリーが慌てて両手を自分の
体の前で振った。
「ごめんエヴィン、て言うかエヴィンに謝られる問題じゃないし!・・・あ、そうだ!それで他の
 みんなの様子なんだけどね・・・って、長話になりそうね。エヴィンの部屋に行っていい?」
「うん、それば別に構わないけど・・・起きぬけだから散らかってるよ?」
「気にしないわよ。疲れてて当然なんだから。」
あっけらかんとした表情でエリーは言った。エヴィンは、そんなエリーと一緒に部屋に戻ると
エヴィンはベッドに、エリーは椅子に腰掛ける。
「あ、お茶でもいれようか?」
「いいわよ、気なんか使わなくて。」
「そう・・・」
エリーの返事に、エヴィンはそう答えると今度はエリーの顔をじっと見た。

「な、何よ・・・」
戸惑ったような表情でエリーは言った。心なしか、頬のあたりが少し赤い。そしてエヴィンは、
そんなエリーを見ると涙ぐんだ。
「どうしたのよエヴィン!急に泣き出したりして!」
「ご、ごめん・・・ただ、よくエリーちゃんが無事だったと思って・・・」
「エヴィン・・・」
「エリーちゃん、血を吐いて、心臓が止まって・・・ディルナは回復系使えないって言うし・・・僕、
 本当に・・・」
「・・・ごめんね、心配かけて・・・」
ため息まじりの声でエリーは言った。

「でも、その話をすると一番長くなるから、とりあえず他のみんなの事を先に話しておくわ。私の
 知ってる限りで、だけど。」
そう言うとエリーはまずディルナのことから話しだそうとした。だが、エヴィンはすぐにエリーの
言葉をさえぎった。
「エリーちゃん・・・悪いんだけど、その前に・・・」
「リビアさんの事?」
「う、うん・・・」
エリーの指摘に、今度はエヴィンが顔を赤くしながらうなずいた。そんなエヴィンに、エリーは軽く
ため息をつく。

「心配しなくても大丈夫よ。今は隣の部屋で寝てるわ。リビアさんも、かなり消耗したんだし。」
「消耗・・・?」
「うん、リビアさん、私を助けるためにかなり無理しちゃったから・・・」
「・・・それじゃあ、エリーちゃんを助けたのって、リビア先輩だったんだ・・・」
エヴィンがそう言うと、エリーはコクリとうなずいた。
「でも、エリーちゃんこそ大丈夫なの?疲れてない?」
「私はホラ、若いから。」
エヴィンの心配をエリーはそう言って笑いながらはぐらかした。その一言にエヴィンは眉をしかめ
苦笑いする。そして一呼吸おくと、エヴィンはエリー「でも、どうやって・・・」と尋ねた。

「・・・やっぱり、私達のことから話し始めることになるみたいね。ま、いいけど。」
苦笑いしながらエリーは言った。そして
「一部、私がリビアさんから聞いた話が入るけど、そんなには事実と違うと思わないから。」
と言うと、エリーはそれまでのいきさつの回想をはじめた。

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ディルナはリビアとエリーを小さな石づくりの部屋に放り込んだ。そしてリビアが何も言えない
うちに重い鉄の扉を閉め、表から鍵をかけて足早に立ち去ってしまう。その部屋の表からは、
強い妖気が漂っていた。

「ここは、一体・・・」
周囲を見渡しながらリビアは言った。そして、この部屋から外を見る唯一の手段である、扉に
ついた小さな窓から表の様子を見ようとするが、直後にリビアは今それどころではないことを
思い出した。

「!そうだ!!エリーちゃん!あなた大丈夫!?」
言いながらリビアはエリーの手首の付け根に指をやった。脈は全く動いていないし、呼吸もして
いない。リビアは即座にエリーの気道を確保し、右手の指で鼻をつまみ人工呼吸を二回行った。
「やっぱり、心停止を起こしてる・・・それなら!」
必死の形相のリビアは、今度は両手をエリーの胸にあてて心臓マッサージをはじめようとした。
だがリビアが一回目の心臓マッサージを行おうとした瞬間、強烈な電気ショックにも似た感覚が
リビアを襲う。リビアは「きゃっ!」という悲鳴をあげ、しりもちをついた。

「な、なんだったの?今の・・・電気、ショック・・・?いえ、そんな物じゃ・・・」
座ったまま姿勢を直しながらリビアは言った。そして恐る恐るの手で、再びマッサージを開始し
ようと手を近づける。と、そこでリビアは『電気ショック』の正体に勘付いた。
「なにこれ・・・エリーちゃんの体に・・・悪意が棲みついてる・・・」
そう言うとリビアは、ゴクリと唾をのんだ。
「何かが、エリーちゃんに取り憑いてる・・・これ・・・たぶん、呪いの一種・・・?」
一年前のリビアなら、絶対に言わなかったセリフだった。幽霊や呪術の存在を、信じていない
わけではなかったが、積極的に肯定するような性格でもなかった。だが、エヴィンらと出会い、
行動を共にしてきた今のリビアにとって、それは不自然な物ではなくなっていた。そして同時に
今、自分が何をすべきかも・・・

「今私がすべきことは・・・たぶん、エヴィン君を助けたときと同じ・・・」
そうつぶやくとリビアは、両手に自分の持つ魔力を集中させた。そしてエリーの手を取り、強く
念じると、次の瞬間リビアの心は彼女の見知らぬ世界へと飛び込んでいた。

「・・・ここが、エリーちゃんの精神世界・・・」
ひどい異臭が漂う、黒い霧に包まれた世界の中でリビアは言った。視界は悪く、数メートル先も
よく見えない。やがてリビアはその中で、一つの強烈な悪意が自分に迫って来るのを感じた。
「・・・来るっ!」
自分に襲いかかる、今だ姿も見えない敵を前にリビアは身構えた。精神世界の戦いでは、通常の
格闘技術は関係ない。関係あるのはただ、心の強さだとリィズに何度も教えられてきた。その心で
負けるわけにはいかない・・・リビアは右手に魔力を集中させた。

「精神世界で通常の戦闘技術は関係ない・・・それなら、射撃の腕も関係ないはず・・・心の力よ!
 私に迫る敵を討て!」
言いながらリビアは、自分に接近してくる敵めがけ光弾を放った。それは自動的に大きく弧を描き、
遠くで何やら断末魔らしい声が聞こえる。そしてリビアは、再び一直線に走り始めた。
「悪意は、こっちから来てる・・・きっと、呪いの源はそこに・・・」
だが、そう思うリビアが走り続ける間も、悪意はリビアに襲いかかってくる。それがどんな姿をして
いるのか、リビアは気にもとめなかった。ただ彼女が走りながら放つ光弾が、それらを次々に叩き
落としていく。そして走り続けること(精神世界の中での感覚的に)十分近く、リビアはついに、呪い
の中心部に走りついた。

「こいつが・・・」
自分の目の前にある物を見据えながらリビアは言った。今度は、姿をきちんと確認できる。空中に
浮かび、青黒い色をした、手足のない体の形は蛇に近い。しかし全身は甲殻類のように硬そうな皮
膚に覆われ、何より頭は蛇とは明らかに違っていた。他の生物を使っての形容もしようがなく、ただ
ただ禍々しい。そしてその蛇のような身体は、意識を失ったエリーの体を強く締め付けていた。

「その子を離しなさいよ!」
力いっぱいそう叫ぶとリビアは歯を食いしばり、怪物目がけ光弾を放った。それが頭に当たると、怪
物のエリーを締め付ける力は少し緩む。そしてもう一回同じ攻撃を頭に喰らうと怪物の体からエリー
の体は抜け落ちた。リビアはすかさず落下点に走りこみ、エリーを受け止めると、その体を強くゆす
った。
「エリーちゃん!しっかり!!」
「う・・・」
リビアの呼びかけ、幸いエリーはすぐ答えてくれた。リビアは、そんなエリーに安堵の表情を浮かべ
かけるが、直後にリビアは、背後からの殺気を感じ取った。
「危ない!」
殺気に対しリビアはエリーを抱えたまま反射的に身をよじった。だが自分の攻撃がそうだったように
敵の攻撃も的確にホーミングし、自分の背中に直撃する。リビアの顔が苦痛に歪んだ。だがその衝
撃で完全に意識が戻ったのか、リビアの腕の中にいたエリーがリビアに話しかけてきた。

「・・・リビアさん?」
「エリーちゃん・・・」
意識の戻ったエリーの言葉に、リビアは笑顔でこたえようとする。だが、痛みのためどうしても表情が
歪んでしまう。
「リビアさん・・・大丈夫?」
心配そうな顔でエリーは言った。だが、そんなことをしている間にも敵の第二撃が二人を襲う。エリーは
リビアを突き飛ばすと、体の前で両手を十字に組み、攻撃を受け止めた。
「くっ・・・」
「エリーちゃん!」
今度はリビアが、エリーに対して心配そうな声をあげる。そんな中、エリーはリビアに語りかけた。

「ここは・・・どこなの?」
「あなたの精神世界よ・・・たぶんね。」
「精神・・・世界・・・?」
リビアの説明に、エリーは全く合点がいっていないようだった。だが、そんなエリーに対して敵は再び
攻撃をするべく、黒いオーラでできた球体のような物を吐き出してくる。エリーは持ち前のスピードで
それをかわそうとするが、その球体はエリーの体の動きにあわせて動き、エリーの腹部に直撃した。
跳躍したところに攻撃を喰らい、エリーは地面に叩きつけられる。
「ぐっ・・・」
「エリーちゃん!ここは精神世界なの!だから物理法則や格闘法則は通用しないわ!」
「なるほど・・・少し、わかってきた・・・」
立ち上がりながらエリーは言った。そしてそのまま、自分の言葉を続ける。
「つまり、ここは私の心の中で、目の前にいるコイツは私を殺そうとしてた・・・そして実際、こいつに
 息の根を止められる寸前だったのを・・・リビアさんが、助けに来てくれた・・・」
そう言うとエリーは、リビアの方をチラと見た。そんなエリーに対し、リビアは少し照れながら「ま、まあ
成り行き上ね。」と答える。そしてそんなリビアに対し、エリーも少し気恥ずかしそうに「ありがとう。」と
答えて見せた。

「・・・でも、こいつを倒さないと助からないのよね私達!この、ダークファルスの子分を!!」
「!?ダーク・ファルス・・・?」
敵の醜く歪んだ顔を見ながらリビアは言った。エリーは、そんなリビアの言葉にコクリとうなずく。
「ええ、こいつが自分で言ってたわ・・・でも呪い専門だからカースファルスとでも言った方がいいかも
 しれない・・・」
「カース・・・ファルス・・・」
「うん。まあ今はこいつのネーミングより倒すことが先だけどね。そしてここは精神世界、多少の物理
 法則を無視できるのならこれくらいできる筈!」
そう言ってエリーが強く念じると、彼女の両手に戦闘用のロッドが握られた。それを手にしたエリーは
即座に戦闘態勢を整えると、そのまま一直線に敵に向かっていく。
「自分の命ぐらい自分で何とかしてみせる!かわせないなら攻撃させないまでよ!」
一喝とともに放ったエリーの右中段蹴りが、敵の腹部に食い込んだ。エリーはそれを踏み台に左足を
出し、それを相手の体に押し当てることでさらにもう一段跳躍する。そして閃光のような膝蹴りが、敵の
頭部に命中した。
「グオ・・・」
エリーの連続攻撃に、敵は初めて声を出した。その姿から想像される通りの低い声である。だがエリー
の攻撃は、まだ終わっていなかった。
「バルキリーストライクっ!!」
空中で大きく振り上げた両腕から放たれたロッドの攻撃がカースファルスの頭に深くめりこむ。エリーは
その後、ほとんど音を立てずに着地した。

「効いた!?」
カースファルスを見据えながらエリーは言った。だが敵の外観からダメージらしいダメージは確認できない。
それでもエリーは全く怯まず、再び敵に向かっていった。
「効かなきゃ、効くまでやるまでよ!」
「エリーちゃん!突っ込みすぎよ!!」
猪突猛進としか言いようのないエリーの突撃を見てリビアが叫んだ。しかも同じパターンの攻撃に対し敵も
今度は万全の状態で迎え撃った。これまでで一番大きい、黒いエネルギー弾がエリー目がけ放たれる。
「!しまっ・・・」
自分に迫るエネルギー弾を前に、エリーは顔を引きつらせた。だが、そのエネルギー弾は横から飛び込ん
できた光弾に相殺され、エリーの目の前で消えうせた。
「ありがと!リビアさん!!」
自分への援護に対し、それが誰によるものか確認もせずにエリーは言った。そして再び胴体に中段蹴りを、
顔面に膝蹴りを命中させ、さらに大きく腕を振り上げた。
「もう一度バルキリーストライクっ!」
エリーのダブルロッドによる攻撃が、もう一度カースファルスの頭部にめりこんだ。今エリーが放った三発の
攻撃、それらは全て、一回目のバルキリーストライクと寸分違わぬ場所に命中している。そして今度は敵の
表情に若干の苦悶が見てとれた。だがカースファルスはすぐに巨体をうねらせ、体から黒いエネルギー弾を
数発、立て続けにエリーめがけ発射した。それを打ち消そうとリビアも手から光弾を撃つが、それでも全て
打ち消すことはできない。だからリビアは口早にエリーに守りを固めるように促すが、エリーは逆に攻撃の
構えをとった。

「その程度の攻撃で・・・私の命を取れると思わないでよ!」
エリーは、エネルギー弾めがけロッドを振り下ろした。するとエネルギー弾は棒で叩かれた水風船のように
破裂して消えてしまう。エリーが一発叩き落してからも二発、三発と立て続けに向かってくるが、それらも全
てエリーが叩き落した。すると今度は、カースファルスは全身でエリーに向かってくる。
「シュォォオオオオッ!」
異様な叫び声をあげながら、カースファルスはエリーに襲いかかった。だがエリーは動かない。左のロッドを
自分の目線近くで水平に構え、右のロッドは中段に構えて敵を待った。そして敵の顔が自分の眼前10cm
ほどに迫ったところで、エリーは体をサッとひねらせた。
「甘いっ!」
その一声とともに、エリーの左のロッドがカースファルスの左の横っ面を叩いた。そして間髪いれず、右手の
ロッドがカースファルスの頬に突き刺さる。
「こいつ・・・よくも!よくもぉぉおおおっ!!!」
エリーは半狂乱の顔で敵の頭部をめった打ちにした。自分よりはるかに上背のある相手の頭が、自分の攻
撃が簡単に届くところまで落ちてきている。このチャンスを逃すわけにはいかない・・・だがこの時のエリーは
完全に自分を見失っていた。叩かれながらも力を溜めていたカースファルスが胴体から放った無数のこぶし
大のエネルギー弾を、ほとんど防御もできず喰らってしまう。あまりの至近距離に、リビアの援護も間に合わ
なかった。

「う・・・ぐ・・・」
「エリーちゃん!」
傷ついたエリーのもとに駆け寄ると、リビアはすぐにエリーをサンフォースをかけた。だが物質世界と違い精
神世界では、体を維持するだけで莫大な精神力を消費している。そこに精神力を用いたテクニックを使うの
だから、疲労感は通常とは比べ物にならない。しかも今度は二人を同時に仕留めるべく、カースファルスは
再び牙をむいた。
「シャオッ!」
「くっ・・・」
カースファルスに対し、リビアは光弾を放った。それがカースファルスの視界を一瞬塞ぎ、リビアはその隙に
間合いを離す。そしてエリーの頬を軽く叩いた。
「エリーちゃん!目を覚まして!」
「・・・・・・」
だが、今度はさっきみたいにすぐには返事をしてくれそうになかった。しかもカースファルスの攻撃は続き、
必然的にリビアはそれからの防御のために全力を傾けなくてはならなくなる。事態は、悪くなる一方だった。
重傷を負いながら、十分な手当ても受けられないエリーの魂は、どんどん死へと向かっていく。と、その時、
エリーに聞きなれた声が響いてきた。

(お願いだから無事でいて・・・もし今、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのなら・・・頑張って!
 エリーちゃん!!)

「!?」
聞こえるはずのないエヴィンの声、その一言でエリーの意識は引き戻された。すると彼女の目の前には、
満身創痍になりながら自分をかかえるリビアの姿と、そんな自分達に迫るカースファルスのエネルギー
弾がある。エリーは飛び起きると、エネルギー弾の矢面に立った。
「えぇいっ!」
エリー気合の一撃が、カースファルスのエネルギー弾をはじき返した。エリーは後ろを振り向き、傷だらけ
なリビアの姿を見て涙ぐむ。
「リビアさん・・・ごめん・・・私のせいで・・・」
「大丈夫よ。」
エリーの言葉に、リビアはそう言って微笑んだ。
「エリーちゃん、呼吸をあわせて、一緒に戦いましょう。どうも、死なばもろともみたいだし。」
「うん!」
リビアの言葉に、エリーは力強くうなずいた。

「私が、あいつを叩くわ。だからリビアさん、援護をお願い。」
「わかったわ。でも・・・それでいいの?」
「もちろん!・・・よ〜し・・・いくわよ!勝負!!」
気合の入った、澄んだ声でそう言うとエリーはカースファルスにおどりかかった。

「クシャァァアアアッ!」
「そこっ!」
エリー目がけ襲いかかったカースファルスの顔面を、リビアの放った光弾が直撃した。だが視界ではなく
気配で相手の位置を察しているらしく、また恐怖の感情もないらしく、カースファルスは速度を全く落とさ
ずにエリーに向かってきた。エリーはそれをまた寸前で後退してよけようとするが、今度は鋭くとがった
尾の部分が、エリーを串刺しにしようと迫り来る。だが、エリーの顔に恐怖は見えなかった。
「やっぱりそう来たわね・・・」
その場から微動だにせずエリーは言った。そしてその直後、エリーの前を横切った光弾が、敵の尾先を
焼き払う。こうして後ろから突き刺される心配のなくなったエリーは、全力で一発、カースファルスの頭を
叩くとまた距離を取った。

「・・・・・・」
敵二人の呼吸があってきたことに用心という感情を抱いたのか、カースファルスは動かなくなった。こう
なると、リビアもエリーも、逆に身動きが取りづらい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
重苦しい空気が、その場を支配した。だが、決着までの時間が長引けば長引くほど、不利になるのは
エリー達である。そのことは、全ての者が理解していた。

「まずいわね・・・」
エリーがそう言うと、リビアはコクリとうなずいた。
「さっきから、外皮にしかダメージを与えてないし・・・」
「うん・・・そこなのよね・・・ってぇっ!」
考え込む二人めがけ、突然放たれたエネルギー弾を叩き落しながらエリーは言った。相手もまた、自分
達に隙があればすぐに殺そうと思っているということが、これで分かった。そしてこの攻撃が、二人の危
機感を覚悟に変えた。

「リビアさん・・・こうなったら二人でしかけましょう!一人一人じゃ外皮だけでも、二人なら!」
「ええ!」
「それじゃあ先行するわ!あわせてねっ!」
リビアの同意をみると、エリーは敵目がけ一気に駆け出した。カースファルスも、それに呼応して動く。
まず無数のエネルギー弾を放つカースファルス。それらの何発かをエリーは打ち落とすが、何発かは
彼女の体に命中する。だが、それでもエリーは怯まなかった。エリーは敵に再接近すると、三度胴体に
蹴りを放ち、それを軸に相手の体を駆け上がる。
「鎧通しぃっ!」
そう言うとエリーは、左手のロッドをカースファルスの頭部を守る皮膚の隙間に突き刺した。そして右手の
ロッドでそのグリップエンドを、まるで金槌で釘を叩くかのように、全身の力を使って打ち付ける。
「グォッ!」
その攻撃に、カースファルスは苦しそうな声をあげながらエリーを振り落とそうとした。だがエリーは前傾
気味になった体を、勢いのまま前方に一回転させ、宙返りしながら敵の後頭部を取る。
「えぇいっ!」
カースファルスと背と背を向け合うような形になったエリーは、そのまま両足をピン、と伸ばして敵の後頭
部を蹴り飛ばした。そしてその一撃でカースファルスの体はグラリと前に傾く。そしてその先に、リビアが
待ち構えていた。

「リビアさん!決めて!!」
「わかってるわ!あなたなんか・・・消えろぉぉぉっ!」
かけ声とともに、リビアは両手に宿した巨大な光弾をカースファルスの頭部に突き刺さったロッドへと叩き
こんだ。そして光弾は、ロッドを入り口として一気にカースファルスの体内へと流れ込む。やがてその体内
から無数の光の筋があふれだした。
「グゥォオオオォォォ・・・」
カースファルスは、苦しそうな声をあげるが、その体から発する光の量が多くなるにつれ、その声はどん
どん小さくなっていく。そしてカースファルスの体すべてが光に飲み込まれると、リビアとエリーの意識も
遠のいていった。

・・・
・・

「・・・リビア、さん・・・?」
「・・・エリー、ちゃん・・・?」
「私達・・・」
「勝った、の・・・?」

ほぼ同時に意識がもどったあと、若干呆然とした口調で二人は言った。だが間もなく、自分達の勝利を確
信すると、二人とも大声で笑い出す。

「リビアさん!」
「エリーちゃん!」
「私達、勝ったのよね!?」
「そうよ!勝ったのよ!エリーちゃんの精神世界で!エリーちゃんのこと食い殺そうとしてた化け物に!」
リビアとエリーはそう言い合うと、お互いを強く抱きしめあった。

--------------------------------------------------------------------------------------------

「・・・で、それから少ししたら、アレンさんが来てくれて、外から発破つかって鍵を壊してくれて、それから
 エヴィン達のところに行ったってワケよ。道中も化け物が出たけど、全部アレンさんが倒してくれたし。」
「そう、だったんだ・・・」
エリーの長話が終わると、エヴィンはそう言ってつぶやいた。

「それで、エリーちゃんと先輩の仲が良くなったんだ・・・」
「だからエヴィン、その言い方やめてくれない?」
エヴィンの言葉尻をとらえエリーが言った。そして悪戯っぽい笑みを浮かべるエリーに、エヴィンは何も言え
なくなってしまう。だからエヴィンは、話をそらすことにした。

「そ・・・それで、お爺ちゃんとディルナさんは?」
「アレンさんはどこかに出かけたみたいだけど分からないわ。パパは・・・トライデントの後始末に行った。」
「後始末?」
若干不安そうな口調でエヴィンがたずねる。
「うん、あの城を砂漠の上かなんかで爆発させるとか、四傑以外のトライデントの人との手切れとか・・・」
「手切れ、って・・・まさか・・・」
嫌な想像がエヴィンの頭をよぎる。だがエヴィンの想像に勘付いたエリーは、すぐにそれを、怒りを交えた
口調で否定した。
「もちろん平和的手段でよ!お金で!!」
「お金って・・・もしかして、ラシュートにあったあの金塊のこと?」
エヴィンの質問に、エリーは軽くうなずいた。
「ええ、あれを使うって言ってたわ。パパお手製の純金ね。」
「お手製の純金、って・・・どういうこと?」
額に冷や汗を浮かべながらエヴィンは言った。そして、そんなエヴィンの質問に、エリーは「そのままの意味
よ。」と答える。
「パパ、昔から錬金術の研究をしてたから・・・純金も、神話みたいに無限じゃないけど作れるって言ってたわ。
 だから、偽金とかじゃないの。そもそも金なんて、紙幣と違って鉱物なんだし。」
「・・・そういう、ものなのかなぁ・・・」
「・・・まあ、トライデントが潰れたからにはもう使わないって言ってたけど。でも、あんなすぐにそういうことを
 しに出かけなくてもいいのに・・・ケガも治りきってないのにさ。」
不満そうな顔でエリーは言った。すると今度はエヴィンが、「案外、照れくさかったのかもね。」と言いながら
ニヤリとした笑みを浮かべる。エリーは、そんなエヴィンに「どういうこと?」とたずねた。

「だって、ディルナさん回復系の技を使えないから・・・それで、回復系と、静のテレパスが使えるリビア先輩を
 捕まえて、エリーちゃんと同じ部屋に入れた・・・しかも、外からの邪魔が入らない場所に・・・それって全部、
 エリーちゃんを助けるためだったんじゃないかなぁ、って・・・」
「あ・・・」
エヴィンの言葉に、エリーはハッと驚いた顔をする。そしてその直後に、ニッコリと微笑んだ。

「なんか・・・久しぶりだな。」
「なにが?」
ちょっぴり不思議そうな顔でエヴィンがきいた。するとエリーは微笑みながら答える。
「こんなに幸せなのって。」
と・・・

「そっか・・・よかった。」
エリーの言葉に、微笑みながらエヴィンは答えた。するとエリーは、ちょっとだけ顔を赤くする。そしてまた口を
開いた。
「エヴィンのおかげよ、ありがと。」
「な゛・・・そんな!だって僕なにもしてないし!!」
エリーの突飛な一言に、エヴィンは思い切り慌てた。なんで感謝されるのか分からない。だがエリーは、そんな
反応こそが、自分の予想通りだと笑いながら言う。
「ホント、エヴィンって自覚症状ないわよね。ま、それがらしいと言えばらしいんだけど。それに、そんなエヴィン
 だから・・・」
「そんな・・・僕だから・・・?」
そこで急に口を動かさなくなったエリーに、エヴィンは不安そうに聞き返した。しかしエリーは何も答えず、ただ
ただ顔を紅潮させる。けれどある瞬間、エリーは大きく息を吸い込み、小さく口を開けた。
「そんなエヴィンだから私は・・・私はエヴィンの事が好き・・・」

第三部第三十五話 完

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