「ねぇ〜、一人で何してんのさぁ〜」
「ヒマしてんなら俺達と遊ばな〜い？」
あまりガラの良さそうに見えない、高校生と思しき数人のグループがそう言いながらエリーに
声をかけたきた。しかも彼らの一人はエリーの肩に馴れ馴れしく手を乗せてくる。エリーは無
言のまま軽くその手をどかし、彼らを押しのけて進もうとするが、そこで少年達のリーダー格
と見える一人が、ガッとエリーの左手首をつかんだ。
「無視すんじゃね・・・え？」
そう言いかけた瞬間、少年の視界は天地がひっくり返っていた。そしてさらに次の瞬間、背中
から強烈に石畳に叩きつけられる。
「ぐわっ・・・」
「な・・・何しやがるこのアマ！」
そう言うと他の少年達はすかさずエリーを取り囲んだ。手にはナイフや振り出し式の特殊警棒、
それにスタンガンなどの武器も持っている。だがそれらの武器を持ってもなお、彼女が仲間を
投げ飛ばした時の動きの見事さを警戒してか少し遠巻きになり、腰もひけている。しかも構え
もまるでなっていない。彼らにとって、それらの武器がちらつかせて脅すためだけの、ただの
アクセサリーにしかなっていないことがエリーにはすぐに分かった。しかしそれでいて口だけは
やれ「後悔させてやる」だの「詫びを入れるのなら今のうちだ」だのと勇ましい。エリーはそんな
連中を真正面から、座った瞳で睨みつけた。
「な・・・てめぇ俺達が持ってるのが玩具だと思ってるんじゃねぇだろうな！」
「だとしたら違うって事を、その体にたっぷり教えてやるぜ！」
「それが嫌なら俺達に持ち金を財布ごと渡すか・・・」
「俺らと一晩、大人しくつきあうかだな！」
おびえないエリーを見て、声を荒げながら少年達は言った。実力差を全くわきまえてない彼ら
の言動は滑稽でさえある。けれどそんな彼らを軽く笑い飛ばす心の余裕も今のエリーには無
かった。
「オモチャだなんて思っちゃいないわよ。こけおどしだとは思っているけどね。」
「なんだとぉ・・・」
「かかって来るならかかって来る・・・目の前から失せるなら失せる・・・どっちかにしなさいよね。
今の私は、機嫌最悪なんだから。」
「ふ・・・フン・・・男にでもフラれた帰り道ってかぁ？まあ、テメェみたいなじゃじゃ馬じゃあ、男に
逃げられても無理はないがなぁ！」
「！」
それは、今のエリーには決して言ってはならない言葉だった。頭の中の線が一本切れた音が、
エリーの耳にはたしかに聞こえた。そしてエリーは、即座に行動に出た。まず目の前の相手の
足を払い、体勢を崩したところを掴み背負い投げで投げ飛ばす。さらに投げ飛ばされた先には
別のメンバーもいて、彼らをぶつけ合うことで一度に二人をＫＯした。
「こんのアマ！」
それを見てもう一人のメンバーが警棒を片手に迫ってきた。エリーは相手が振り上げた警棒が
自分に振り下ろされるのに合わせて左足で上段蹴りを放ち、相手の手から武器を弾き飛ばす。
「遅い上に・・・単調なのよ！どいつもこいつも！！」
言いながらエリーは蹴り足を前に踏み込むように降ろした。そして同時に宙を舞う警棒を右手
を挙げて掴み取る。さらにそれをそのまま斜めに振り下ろし、彼らの持っている武器の中で最
も危険なスタンガンを警棒の横払いで弾き飛ばすと、飛んでいったスタンガンはその先にいた
もう一人の顔面に直撃した。全て、エリーの予定通りだった。
「な・・・なんだこいつ・・・」
「強え・・・異常にケンカ慣れしていやがる・・・」
仲間四人を立て続けにやられ、残された二人は顔を青くしながら言った。お互い目をあわせ、
どちらが先に仲間を捨てて逃げ出すかと牽制しあっている。そのあまりの情けなさに、エリー
は思わずため息をついた。
「なってないったらありゃしない・・・あんた達の根性叩き直しがてら、こいつの正しい使い方を
教えてあげるわよ・・・イヤってほどにね！」
右手の武器を構えながらエリーは言った。だがエリーが次の攻撃に出る前に、警察官達の怒
鳴り声が響いてくる。
「お前達！そこで何をしている！」
「やべぇ！ずらかるぞ！！」
その声で少年達は、エリーが倒した連中も含め一目散に逃げ出した。彼らが倒れたまま動か
なかったのは、絶対に勝ち目がなさそうなのでこのままじっとていようと思っていたから、そう
考えた方が自然なくらい、倒れていた連中の逃げ足も速かった。その上ここの土地にかなり
詳しい連中だったらしく、瞬く間に闇夜に消えて行く。そしてただ一人残されたエリーは、無言
でその場に立ち尽くしていた。警察官二人、逃げようと思えば難しいことは何もなかったのだ
が、逃げようという気は起きなかった。それどころか、誤解のもとにしかならない武器をどこか
にやる気も起きなかった。半ば、自暴自棄になっていた。
「君・・・名前は？」
三十代半ばと思しき中肉中背の警官と、彼の部下と思しき十歳くらい下の痩せた警官の二人
組、そのうちの年配の警官がエリーに問いただした。だがエリーは無言のまま答えない。
「見たところ中学生のようだが・・・観光客か？保護者は？」
「・・・・・・」
「何とか言ったらどうなんだ！そんな物（警棒のこと）を持って何をしていた！！」
何も言わないエリーに苛立ちを隠せず年配の警官は言った。それでもエリーが無言なのを見
ると、彼は部下の方を見る。
「こりゃ立ち話じゃラチがあかん。交番に連れて行くぞ。」
「は、はい・・・ほら、来るんだ。」
若い警官はそう言うとエリーの左腕を掴んだ。抵抗されるかと警戒していたが、エリーにその
意思は見受けられない。そしてそのままエリーと警官が数歩歩いたところで、彼らの後ろから
声をかけて来る者があった。
「すみません、ちょっとお待ちいただけませんか？」
「ん？」
後ろからのその声に三人とも振り返ると、そこにいたのは一人の女性だった。髪は白髪まじり
の金髪で、身長はエリーと同じか彼女よりも少し高い。中年と言うには年だが、老人と言うには
まだ若いように感じられるその女性は、警官たちの方を見るとニコ、と微笑んだ。
「私がこの子の身元引受人になりますわ。ですから、ここは一つ穏便にしていただけません？」
「（えっ？）」
その女性の発言に、誰よりもエリーが一番驚いた。もしかしたら自分の親戚か誰かかとも考えた
が、頭のどこをつついても全くの初対面である。けれどエリーがその事を言おうとすると、その女
性はエリーに軽くウィンクをした。
「ここは私に任せておきなさいな。」
その女性がそう言っているように感じられ、エリーは口をつぐんだ。
「・・・しかしなぁ・・・どこの誰とも・・・」
年上の警官は腕を組み、困った顔でそう言いかける。だが、そこで部下の警官が後ろから彼の
右袖を軽く引っ張り耳打ちをした。
「じゅ、巡査長巡査長・・・」
「なんだ？」
「こ、こちらの方ってたしかこの前まで・・・第二惑星の副総督だった・・・」
「・・・！！！」
部下の言葉に警官の顔は青ざめた。そしてすぐに直立の姿勢になり、女性に対して敬礼する。
「し、失礼をばいたしました！どうぞ、お連れください！！」
「ええ、そうさせていただくわ。悪かったわね、ご迷惑をおかけして。」
「め、滅相もございません！！」
「いいえ、お勤めご苦労さま。・・・それじゃあ行きましょうか？」
女性はエリーを見ると微笑みながらそう言い、その右手を握る。エリーは、訳も分からないまま
その女性に引っ張られて歩いた。
「あ、あのっ・・・」
歩くことしばし、こらえきれなくなったエリーが口を開いた。
「私を・・・誰かと勘違いしてませんか？私・・・」
「いいえ、人違いなんかしていませんよ、エリーさん。」
「！！」
女性の言葉にエリーは目を見開いた。けれど女性の顔からは、相変わらず柔らかい笑みが消
えていない。
「孫の命の恩人ですもの。間違うわけがないでしょう？」
「え・・・孫のって・・・それじゃあ、それじゃもしかしてエヴィンの！？」
エリーがそう言うと女性は会釈程度の軽さでうなずいた。
「ええ、祖母のアリスです。はじめまして。」
「・・・あなたが・・・アリス、さん・・・」
唐突と言えば唐突すぎる出会いに、エリーは絶句した。だがアリスにとって、これは唐突なこと
ではなかったらしい。
「元々はお爺さんに・・・アレンに用があってここまで来たんだけど・・・風があなたの、とても悲し
んでいる心を運んできてくれた・・・そして来てみたら、あなただったので驚いた・・・」
「・・・・・・」
アリスの言葉に、エリーは何も言うことができなかった。今の自分が悲しんでいる理由・・・それを
エヴィンの祖母である彼女に言えるはずがない、そう思った。そしてアリスも、エリーが悲しんで
いる理由を聞こうとはしなかった。
「もう少し歩いてもいいかしら？」
「え？あ、はい・・・」
そう言ってエリーはアリスに言われるままに歩き続けた。そしてアリスに導かれ、着いたところは
川原だった。
「よいしょっと。」
そう言ってアリスは草の上に腰をおろした。
「エリーさんもお座りなさいな。」
アリスがそう言うと、エリーも無言で腰を下ろし、体育座りに座った。
「いい景色でしょう・・・空気が澄んでいて、川の流れる音がして・・・ほら、お星様もあんなに綺麗
で・・・」
「は、はぁ・・・でも・・・」
「蚊なら心配しなくて大丈夫よ。今は来てくれるな、って言ってあるから。」
「・・・？？？」
アリスの言葉はエリーの言おうとしていた事を正確に先回りしていた。しかし言っている意味は、
エリーには理解できない。そしてそんな呆気に取られたエリーの顔を見て、アリスは悪戯っぽい
笑みを浮かべた。
「やっと・・・少し顔が和らいだかしら？」
「え？いえ・・・私、そんな、別に、元々・・・」
アリスの発言にエリーは口ごもった。どんな反応をしていいのか分からない。だからエリーは、顔
をアリスから背けた。そんなエリーの反応に、アリスも少し寂しそうな顔つきになる。
「エリーさん・・・」
「・・・・・・」
「ごめんなさいね。エヴィンが、あなたのことを傷つけてしまって・・・」
「・・・！！」
アリスの言葉にエリーはビクとした。そしてそのまま顔を膝にうずめ、背中を震わせる。アリスは、
そんなエリーの背中を優しくなでた。
「今はお泣きなさいな・・・どんな形でもいいわ。一度は気持ちを爆発させれば、少しは・・・」
エリーの背中をなでながらアリスは言った。けれどアリスが言い終わる前に、エリーはアリスの胸
に顔をうずめ、号泣していた。
「ひくっ・・・えぐっ・・・うっ・・・う・・・うわぁぁぁああああっ！！」
「・・・・・・」
アリスは無言でエリーの背中に両手をそっとそえた。そして思った。きっとこの子は、こういう風に
涙を受け止めてくれる大人が、長いこと近くにいなかったんだろう、と・・・
「ごめんなさい、アリスさん・・・」
泣けるだけ泣いて、アリスから受け取ったちり紙で鼻をかむとエリーは言った。アリスは、そんな
エリーに微笑みながら「いいのよ。」と言ってうなずく。
「いいのよ、気にしなくて。」
「アリスさん・・・」
アリスに二度「いいのよ」と言われると、エリーはまた涙目になった。そしてまた「ごめんなさい」と
言って謝る。
「ごめんなさい・・・ただ、嬉しくて・・・」
「嬉しい？」
「うん・・・きっと、おばあちゃんがいたら、こんな感じだったんだろうなぁ、って・・・だから・・・」
「そう。」
優しい口調でアリスは言った。そしてそのまま語尾に「けどね」と付け加える。
「けどね、私も嬉しいのよ。孫娘がいたら、こんな感じだったんだろうなぁ、って今思ってるから。」
「アリスさん・・・」
そう言うとエリーは、瞳いっぱいに涙をためながら、ニッコリと微笑んだ。
「やっと、笑ってくれたわね。」
エリーにそう言うと、アリスもニッコリと微笑んだ。
それから二人は色々と話をした。学校の事や住んでいる地域の事、そして家族の事・・・いくら話
しても話し足りない、そんな気がエリーはした。そして、そんな話の流れの中で、アリスは人生に
ついて触れた。
「エリーさん。」
「はい・・・」
「あなたはまだ若いから、これからの人生で色々な事があると思うわ・・・楽しい事、悲しい事、辛い
事・・・そして残念なことに、これは誰でもそうだけど、楽しい事より悲しい事や辛い事の方が、人
生にはずっと多い・・・」
「・・・・・・」
「けれど、どんな時も決して一人じゃない・・・たとえ人間がそばにいなくても、風や大地も、明確な
意思と声を持っている・・・」
「・・・？」
エリーはいぶかしげな顔でアリスを見た。そんなエリーの顔を見て、アリスはまた微笑みかける。
「私の言うことが信じられない？」
「え？いえ・・・あの、言っている意味が分からなくて・・・」
「そう・・・まあ、無理もないかしらね。それじゃあ、ためしに私の手を握ってみなさい。そうすれば、
意味が分かるかもしれないから。」
「はい・・・！？」
言いながら何の気なしに手を差し出しかけるエリーだったが、そこで彼女はピクリと手を止めた。
アリスが差し出している右手が光っているように見え、驚いて顔をあげるとアリスの容姿が急に、
自分と同じくらいの年齢の物になっていたのである。
「（ええっ！？）」
エリーは慌てて数回まばたきをした。そして再びアリスの顔を見るのだが、その姿は年相応の物
でしかなかった。
「・・・（目の錯覚だったのかしら・・・）・・・」
「どうかしたの？」
「え？い、いいえ・・・」
動揺しながらそう言うと、エリーはアリスの手を握った。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「うわあ・・・」
数秒後、エリーは感嘆の声をあげていた。風の音や水のせせらぎ、そして土の動きまでもが、自
分に話しかけてきている。その賑やかさと言ったら今まで全く聞こえなかったのが不思議なくらい
だとさえエリーは感じ、同時にこの声でアリスはさっき自分を見つけてくれたのだと悟った。
「どうかしら？何か・・・聞こえる？」
「え・・・あの、私、気づきませんでした・・・世界が、こんなに声を持っているなんて・・・」
「ええ、そしてこの声は、どんな時でもあなたと一緒にいてくれる・・・だから、しっかりね！」
「はいっ！」
アリスの言葉に、エリーは力強くうなずいた。
そしてしばらくして、アリスとエリーは再会を約束して別れた。その後一人になったアリスは、足を
止め、神妙な面持ちで空を見上げる。
「これで、良かったのかしら・・・」
そうつぶやくと、アリスは一つ、ため息をついた。
「本当は孫のエヴィンか、『静のテレパス』を使いこなせているというギゾの秘書官のリィズさんに、
私の力を渡そうと思っていた・・・けれどあの子の純粋で傷つきやすい心を見て、あの子の未来
に幸あらんと願って、思わずあの子にライアの力を、『動のテレパス』の力を渡してしまった・・・」
「そして、あの子はそれをいとも簡単に受け止めた・・・きっと親は、かなりの術者・・・」
「けれどテレパスの力は戦いにも使える力・・・戦う力を得て、世界の声を感じ取ったあの子は、必
ず戦いに行こうとする・・・間もなく始まる、一番大きな戦いに・・・それを考えると・・・」
そう言うとアリスは軽くため息をついた。
「いいえ・・・ここは孫を信じましょう・・・エヴィンが、エリーさんのことを守ることを・・・人生の全ては
無理だとしても、せめて戦いの場では守ることを・・・そして、本人も無事に帰ってくることを・・・」
そして、アリスは再び歩きはじめた。
「時の交差後伝」のトップに戻る
トップページに戻る