あれからどう歩いたのか、それさえもよく覚えていない。無事に部屋の前まで帰ってこれたのが
奇跡と言ってもいいくらいだった。泣きはらした顔が、ひどくはれぼったい。
「エリーちゃん・・・僕は・・・」
小さな声でそうつぶやきながら、エヴィンは自室のドアをノックしようとした。さっき外に出るとき
鍵を持っていき忘れてしまったので、寝ているマークに起きてもらうしかない。そう思っていたの
だが、そんなエヴィンの予想に反して、彼がドアの前に立つと同時に内側からドアが開いた。
「戻ってきたか。」
エヴィンの顔を見るなりマークは言った。
「起きてたの？」
「まあな。それにもう二十分も前から、お前の出すどんよりとしたオーラがこっちに近づいて来て
たからな。すぐに分かったさ。」
そう言うとマークはエヴィンを部屋の中に入れた。
「・・・ふって来たのか・・・エリーを・・・」
エヴィンが部屋の中に入るのとほぼ同時にマークは言った。だがエヴィンは何も答えない。そん
なエヴィンに対し、マークは追い討ちをかけた。
「今度は、カマをかけてるワケじゃねぇぜ。根拠はないが、確信はある。」
「・・・どういう・・・？」
「顔に書いてあるんだよ。」
さっきまで寝ていたソファに腰をかけながらマークは言った。マークの指摘に、エヴィンは立った
まま顔をうつむかせ、何も言うことができない。そんなエヴィンの反応に、マークは一つため息を
ついた。
「あいつの事だ。お前のことを殴らず、罵りもせず、去って行ったんだろう・・・お前にしてみりゃ、
むしろそうされた方が気が楽だったかもしれんがな。」
「・・・・・・」
「誰かに殴られて気が晴れるってのなら・・・オレが引き受けようか？」
「・・・頼むよ・・・」
少し不安そうな声でそう聞くマークに対し、小さな、弱々しい声でエヴィンは言った。そしてその言
葉を受けたマークは立ち上がると、指の関節を数回鳴らす。
「歯ぁ喰いしばっとけよエヴィン・・・状況が状況だから『技』は使わねぇ。けど『力』は全力だ。」
マークがそう言うと、エヴィンはコクリと頷いた。それを見てマークは、拳をグッと握り締めて足の
立ち位置を直す。
「行くぜっ！」
そう言うとマークは大きく振りかぶった。彼自身も歯を食いしばり、文字通り全力の拳を直立不動
のエヴィンの左頬に叩きつける。その衝撃で、エヴィンは体を壁に叩きつけられた。
（こういう形でお前を殴るのは、これっきりにしてほしいモンだな）
壁によりかかったまま動かないエヴィンを見て、拳に軽い痛みを覚えながらマークは思った。それ
からしばらくして、エヴィンは起き上がる。その顔は相変わらず悔恨に満ちていたが、それでも少
しは「やつれ」が取れているように思えた。そんなエヴィンの顔を見て、マークも少しほっとする。
「・・・少しは、気がすんだか？」
「うん・・・ありがと。」
「いらねぇよ。殴って礼を言われちゃ世話がねぇ。」
そう言ってマークは、エヴィンの礼をあえて鼻で笑った。そしてそのままエヴィンに伝言を伝える。
「ああ、そうだ。さっきオレが起きた直後にアレンの爺さんがここに来てな。」
「お爺ちゃんが？出かけてたんじゃないの？」
「さあ？そこまでは分かんないけど？でもまあ、とにかくお前が戻ってきたら３１２号室にいるから
来るように伝えろってさ。」
「・・・・・・」
マークの言葉に、エヴィンは無言でうなずいた。そんなエヴィンに、マークは何か心当たりがある
のかと尋ねた。
「あるよ・・・一応は。」
「へぇ・・・どんなだ？」
「たぶん・・・ネイソードのことだと思う。」
「ネイソード？ああ、アレン爺さんが前に言っていた剣のことか。」
「うん。」
「けどよ・・・」
そう言ってマークは考えこんだ。彼にはネイソードが何の役に立つのか見当がつかなかった。自
分達の中に剣術の心得がある人間が誰もいないからである。唯一アレンが五十年前の戦いの
ときに長剣を武器にしていたらしいが、それもあくまで当時の話で、それからは一度も剣を握って
いないらしい。
「（いくら強力な武器でも、使いこなせる人間がいなけりゃかえって足手まといなんじゃないか？）」
それがネイソードに対するマークの印象だった。けれど言葉の端からマークのそんな考えを読み
取ったのか、エヴィンはマークの考えを否定する。
「ネイソードは・・・ただの武器じゃないから・・・」
「・・・？」
「魂が込められてるから・・・」
「・・・分からんな、さっぱり。」
右手で頭をボリボリと掻きながらマークは言った。
「けどまあ、お前が分かっているんなら大丈夫だろう。さっさと行って来いや。」
「うん。・・・じゃ、また後でね。」
マークにそう言うと、エヴィンは部屋を出て二つ先の客室に向かった。
「開いとるぞ。」
エヴィンがドアをノックすると、中からそう答えるアレンの声がした。それでエヴィンはドアを開けて
部屋に入ると、床の上であぐらをかき、鞘に収まったネイソードを両手で持ち、じっと見るアレンが
いた。
「おお、来たか。」
エヴィンを見ると、ついさっきまでの険しい表情とはうって変わった、柔和な表情でアレンは言った。
そして立ち上がると、今度は若干苦笑いをしながら右手に掴んだネイソードをエヴィンに差し出す。
「話はついたよ。この剣は、もう正式にお前さんのだ。」
「・・・？」
アレンの言葉に、エヴィンは狐につままれたような顔をした。
「お前さんも分かっておるんじゃろう？ネイソードが、意思を持っていることを。」
「うん・・・」
「そして、ネイソードは中の者達が認めた人物なら、そこに入って行くことができる。」
「入って行く・・・？剣の、中に・・・？」
エヴィンがそう言うと、アレンはコクリとうなずいた。
「認められた人間にとっては、何も難しいことはないさ。そうでない人間には、何百年粘ろうと無理
じゃがな。まあ座れ。」
そう言うとアレンは、エヴィンにさっきまでの自分のように、床にあぐらをかかせた。
「それで剣の鞘を左手に、柄を右手に持ち・・・もう少し肩の力を抜いた方がいいな。」
エヴィンの両肩に手を置きながらアレンは言った。
「そして深呼吸を一回、剣身の出るところに目をやり、集中しながらゆっくりと剣を抜く・・・」
エヴィンはアレンの指示の通りに動いた。鞘から剣を抜くと、まばゆい光が溢れ出す。そしてその
光に呑み込まれるかのような感覚に襲われると同時に、エヴィンの周囲の景色は一変していた。
「・・・ここが・・・ネイソードの中？」
周囲を見渡しながらエヴィンは言った。青白い光がさす、どこかの洞窟のようである。また洞窟の
中にさらに一つ、入り口のような穴がぽっかり口を開けていた。剣の中の世界の筈なのに、なぜ
だかネイソードはまだエヴィンの手の中にある。エヴィンがそれを鞘に収め直し、鞘についていた
紐で腰に結いつけるのとほぼ同時に、穴の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
「誰・・・？」
高鳴る心臓の鼓動に、金縛りにあいながらエヴィンは思った。その間も、足音はどんどん近くなっ
てくる。そして間もなく、暗闇の中から出て来たのは一組の男女だった。
「よう、来たか少年。」
エヴィンの緊張をはぐらかすような軽い口調で男は言った。服装は茶色をベースにしたズボンと
ノースリーブのシャツ、それに白いマントを身に着けていた。外見上の年齢は二十歳前後、緑色
の長髪は赤い紐で簡単にまとめられている。その青年（風の男性）は未だ緊張の解けていない
エヴィンにもう一度、軽口を叩きながら自己紹介をした。
「そう緊張すんなって、何も取って喰うつもりはねぇんだからよ。ああそうそう、俺の名前はライル、
フルネームはライル・ラ・ミラーってんだ。」
「ライル、さん・・・」
ライルにそう言われ、エヴィンはオウム返しに彼の名前を繰り返した。そんなエヴィンにライルは
自分の隣にいる白装束の女性を紹介しようとする。
「それと、隣のこいつは割と新入りなんだが特にお前に会いたがってな・・・名前が」
「分かってます・・・」
エヴィンはそう言ってライルの言葉を遮った。初対面の女性だが、それが誰かはすぐに分かった。
やや小柄な体格、長い栗色の髪の毛に、ぱっちりとした深い青の瞳、彼女がどういう人なのか、
間違えるはずが無かった。
「エリーちゃんの・・・お母さんですよね？たしかセレナさんって・・・」
「はい・・・」
セレナはそう言ってコクリとうなずいた。その直後に、エヴィンは彼女に心底申し訳なさそうな顔を
向ける。正直、気まずい事この上ない。
「ごめんなさい・・・僕・・・エリーちゃんのことを・・・」
「いいんですよ。」
セレナはそう言って、エヴィンの言葉を遮った。
「あなたはディルナとエリーの命を救ってくれた・・・私にはそれで十分です。」
「・・・・・・」
「もちろん、エリーとあなたの間に先ほど何があったかは知っていますけど、それも大丈夫ですよ。
あなたのおばあさんが、エリーの心を癒してくれたようですから・・・」
「おばあちゃんが・・・？」
セレナの言葉にエヴィンは意外そうな、それでいて心からほっとした顔を見せた。するとセレナは少
し意地の悪い笑みとともにエヴィンの事を見る。
「ええ・・・ただ、それでも私の娘のどこに不満があるのかと言うことについては、あなたのことを小一
時間ばかり問い詰めたくはありますが。」
「ぁ゛・・・」
セレナの言葉に、エヴィンは大量の冷や汗とともに凍りついた。と、同時に横からライルの咳払いが
入る。
「セレナ、俺も人の親だ。気持ちは分からんでもないが、そう苛めるなよ。第一、話が先に進まん。」
「すみませんねぇ・・・ただ、ちょっとからかいというか意趣返しというか仇討ちがしたくなって。」
「（・・・やっぱりこの人、エリーちゃんのお母さんだ・・・）」
笑いながらライルにそう答える様子を見て、エヴィンは心から思った。
それからエヴィンはライルに連れられ奥に入ろうとする。セレナはその場に残っていた。だけど彼ら
が奥に行こうとする前に、セレナはもう一度エヴィンに話しかけた。
「エヴィンさん、どうか二人には・・・ディルナとエリーには無理をするなと伝えてください。何かあると、
すぐに周囲が見えなくなる人達ですから・・・とくにディルナは。」
「・・・分かりました。必ず伝えます。」
そう言ってうなずくと、エヴィンは洞穴に足を踏み入れた。
「ここは・・・」
足を踏み入れた直後、エヴィンは軽い目眩を覚えた。足元が常に波を打っているような感覚、と同
時に、空間その物もねじれているような感じがした。実際「空間がねじれている」場面に遭遇した事
などないので、あくまで「感じ」なのだが。その空間は果てしなく広く、障害物などはない、けれども１
メートル先も見えないくらいに闇が深い。この中を適当に歩き出したりでもしたら、たぶん永遠に帰
ってこれないだろうなとエヴィンは思った。
「あまり動き回るなよ。迷子になってるヒマは無いからな。勝手を知らないヤツが奥に行くと、下手
すりゃ永遠に戻ってこれなくなる・・・」
あたりを見回すエヴィンにライルが言った。
「どういう所なんですか？ここって・・・」
「ここは歴史の眠る場所、奥に行けば行くほど、人々の過去の歴史を体感できる所だ。俺の話が本
題に入る前に、ちょっと覗かせてやろうと思ってな。歴史、好きなんだろう？」
「はい・・・それは、そうですけど・・・」
「んじゃ、さっさと行くとしようぜ。あと必要な準備と言ったら・・・」
そう言うとライルの体が緑色の光に包まれ、輝きだした。その光の中でライルの姿と大きさが変化を
していくのが、エヴィンにも見える。そしてしばらくの後、エヴィンの前には一体の翼竜がいた。
「ライル・・・さん？」
「・・・時間が惜しい。早く俺の背に乗れ。」
「は、はい・・・」
エヴィンはそう言ってうなずくと、竜の背中に飛び乗った。そして彼が自分の首にしっかりつかまった
ことを確認すると、ライルはその羽を大きくはばたかす。
「それじゃあ行くぞ。」
エヴィンにそう言うとライルは離陸し、その奇妙な空間の中を一直線に進みだした。暗闇の中を飛び
続けるライルとエヴィン、だがしばらくすると彼らの周囲の風景は一変した。
「ここは・・・」
ライルの背の上で周囲を見渡しながらエヴィンは言った。見渡す限りの雪原である。だが雪原の真っ
ただ中にいるのに、寒さは感じない。そして彼の眼下では一人の中年に近い年齢の金髪の男性と、
自分と同年代か少し年上に見える青い髪の毛の少年が剣を交えていた。
「ならばアレン･ハランツ！貴様はどうだ！この仲間達とどのような道を歩む！」
金色の髪を持つ剣士が吼えた。その一言にエヴィンはビクとする。
「あ、アレンって・・・」
「そう・・・これはお前の祖父が、お前と同じくらいのときの戦いの映像・・・そして相対している男の名
は、ルラキルと言う・・・」
「・・・・・・」
「この空間にはこれまで己の住む地を守るべく戦った者達の、全ての戦いの記録が収められている。
お前達の世界で言うのならば、超高性能な立体映像という形でな・・・技術的には全くの別物だが。」
呆然としたエヴィンに、ライルはそう説明した。そしてそのままライルが飛び続けると、今度はかなり
原始的な、森林地帯へと景色が変わった。
今度は金と茶の入り混じった髪の毛で、黒をベースとした服と白いマントを着た男性が、多くの兵士
達を率いて巨大な化け物と戦っていた。
「あれは・・・クルウェル！？」
男とその兵達が戦いを挑んでいる相手を見て、エヴィンは目を見張って言った。自分が見た物とは
若干姿形が違うが、紛れもなくクルウェルである。そして、またライルが口を開いた。
「そう・・・クルウェルだ。ダークファルスとの戦いの後、アリサ三世がたどり着いたこの星系、そこに
根を張っていたのがヤツだった・・・けれど、お前に見せたい物は、まだ山ほどある。」
そう言うとライルは飛ぶ速度を速めた。
目の前の景色が宇宙空間となった。立体映像の一種なのは分かっているけど、それでも一瞬焦る。
そしてその空間の中に、巨大なドームの集合体とも言える宇宙船が現れた。
「ライルさん・・・これは・・・」
「アリサ三世号・・・我々の祖先が母なる星パルマを破壊されてからネオアリサにたどり着くまで二千
年、数多くの人々が生涯を送ってきた場所だ・・・そこが宇宙船だということさえ知らずにな。まあ、
かく言う俺も生きてる間に全てを理解していたわけじゃあないんだが。」
やや自嘲気味にライルは言った。そんなライルにエヴィンは「でも、僕達だって自分の住んでる世界
のこと、きちんと分かっているわけじゃないですから。」とフォローする。ライルはエヴィンの言葉を軽
く鼻で笑い飛ばすとそのまま飛び続けた。
アリサ三世の戦いの記録は、ネオアリサのそれより遥かに膨大だった。先にクルウェルと戦っていた
人物、ノイン王とダークファルスの戦いから始まり、シーレンに似た、しかしシーレンよりも激しい心を
持ち、復讐にその身を捧げようとしたサイレンや、帰らぬ主人を待つため、砂漠の中を彷徨い続けた
ミューンというアンドロイド達の存在や、彼らと関わりを持つ、ノイン王の父祖の冒険・・・そして、アリサ
三世号の中の人々と文明を二分したライア･オラキオ戦争・・・
「このまま遡れば、我らが母星パルマの崩壊、そしてアリサ三世号の旅立ちへと行き着く。けれど今
お前に見てもらいたいのは、そっちの話よりもむしろ・・・」
「・・・？」
「ちょっと、進む方角を変えるぞ。」
ライルはそう言うのだが、そもそもライルがどこをどう飛んでいるのか分からないエヴィンには、全て
を彼にゆだねるしかない。エヴィンは息を呑み、次に何が出て来るのかを見守った。
そして暗闇の中を進むこと数分、周囲の景色は三つの惑星からその中の一つである砂漠の惑星に、
さらにその中にある、闇の混沌へと目まぐるしく変わった。空間の奇妙さは、形容のしようがないほど
ひどく、見ているだけで頭痛がしてきそうだった。しかし、そんな空間の中で、戦っている人達がいた。
金色の髪の少年と、水色の長髪を束ね、ローブを羽織った青年、シーレンに似た、アンドロイドと思
しき大柄の人物、頭からツノ？（耳かもしれない）を生やした少女、そして青髪の少女・・・彼らの背中
を追いかけながらエヴィン達も深部へと進んで行く。そしてその最下層と思しきところで、エヴィンは自
分が見てきた者達の中で、最も禍々しく思える物体を見た。
「・・・これが『深遠なる闇』の形を得た姿なのか！？」
「深遠なる・・・闇？」
禍々しい物体を見た少年が言うその一言に、エヴィンは敏感に反応した。明らかに、どこかで聞いた
ことがある。それがどこで聞いた名前なのか、エヴィンは必死に考えた。そして彼は、ディルナが自分
との戦いの中で言った言葉を思い出す。
『そもそも、ダークファルスとは一体ではない。『深遠なる闇』と呼ばれる精神生命体が産み出した
代行者にすぎなかった。だが、中には『深遠なる闇』の手を離れ、独自の力を得た物もあった。
それが、お前の中にあるダークファルスであり、今もネオパルマにいるダークファルスだ。』
「そうだ・・・たしかディルナさんがそんなことを・・・それで、これがその、深遠なる闇・・・」
「そうだ。」
エヴィンの言葉を、ライルは短く肯定した。その直後に、少年達と『深遠なる闇』の戦いがはじまった。
だがその力は、自分が戦ってきたどの相手よりも圧倒的で、少年達は次々に傷つき、倒れていく。
けれどそれでも彼らは立ち上がり、力を合わせ、次第に『闇』を追い詰めていく。そしてついに、少年
の放った渾身の一撃を受けると『闇』は崩れ去っていった・・・
「やった・・・」
彼らの勝利を見て、エヴィンはつぶやいた。と、同時に一つの疑問がわきあがり、ライルに尋ねる。
「ライルさん・・・これって、いつ頃の話なんですか・・・？」
「ＡＷ２２８４年、今から二千年以上も前の話だ。」
「・・・！それじゃあ・・・」
「ああ、たぶんお前の思っていることは正しい。けれど、まだその認識は半分だ・・・次いくぞ。」
そう言うとライルは、今度はこれまでよりも少し逆の方向に、今までの進行方向が過去だったとするの
ならば未来へと向かう方向に進みだした。
・・・そして数分後・・・
「ついたぞ。こいつが、今のお前に見せておきたい最後の場面だ」
エヴィンが何も言う前にライルは言った。どうやらさっきの場面から十数年後の未来らしい。さっき『闇』
と戦っていた少年が、青年に成長しているのを見てエヴィンは思った。そのそばには、さっきの映像で
少年と一緒に戦っていた人達もいるし、彼らの子供と思しき子達もいる。そして彼らの前に今度は、金
色の甲冑をまとった、光り輝く者がいる。その者は彼らに自分のことを創造主、『大いなる光』であると
名乗った。
「闇・・・そして、光・・・」
その姿を見て、呆然とした口調でエヴィンは言った。そして『闇』を倒した者達は、『光』にも剣を向ける。
そしてそこから起こる戦いと、彼らの間でかわされる言葉の全てを見聞きし終えると、エヴィンは深く、
ため息をついた。
「ライルさん・・・この戦いの時代は・・・」
「ＡＷ２２９６年だ。」
「やっぱり・・・」
ライルの答えに、エヴィンは暗い気持ちになった。
「『光』も『闇』も・・・戦いの原因になった大元はとっくに滅んで・・・それでも戦いは続いていた・・・僕ら
の祖先の戦いって・・・一体・・・」
「なんだったと思う？」
エヴィンの問いかけにライルはそっけなく言った。そしてその返答に、エヴィンは答えることができない。
そんな答えに窮するエヴィンを見て、ライルは地上に降りた。
「降りろ。」
「は、はい・・・」
ライルにそういわれ、エヴィンは彼の背から降りた。幸いここの地面は普通の土のように固い。そして
エヴィンが降りると、ライルも自身の変身を解いた。
「過去の戦いの意味を、今を生きる人間が論じるのはたやすいことだ。しかもその者が無知であれば
あるほど、過去の戦いを無意味と断じたがる。」
「・・・・・・」
「だがな、人々が流した血は決して無駄ではない・・・その時必要であった戦の中で、誇りと信念を持ち、
勇敢に戦っていった・・・生き残った者は、そう思ってやらんと・・・」
少し遠くを見るような瞳でライルは言った。
「俺も小国と言えどかつては王と呼ばれた男だ。兵を動かした事もあるし、その結果死んだ連中もいる。
そんなヤツらの事を思うと・・・な。」
「ライルさん・・・」
「けれど、過去の戦いで死んだ者は戻らんが、将来の争いによる死者を避ける術は存在する。お前が
今、一番知りたいのは、そのための方法なんだろう？」
「はい。」
ライルの問いに、エヴィンは今度は力強くうなずいた。するとライルは、小さく息を吸い、話し始める。
「ネオパルマのダークファルス、ヤツからこの星を守る方法は二つある・・・一つはネイソードの持つ力、
その全てを解放させ、ダークファルスの結界を打ち破り、剣の力をネオパルマのエネルギー炉に直
撃させることだ。この星にとって、これが一番リスクが少ない。」
「・・・けど、そんな力が宇宙船のエネルギー源を直撃したら・・・」
「中の人間は当然全滅だな。」
事も無げな口調でライルは言った。その返事に、エヴィンは慌てふためく。
「そんな！それってディルナさんの言っていた『トライデント』と同じ方法じゃないですか！」
「ああ、その通りだ。ディルナ･ロックフィールド、あいつの選択はネオアリサの人間が当面の危機を回
避するには最善の物だった。」
「でも！」
「しかも、それだけの衝撃に巻き込まれれば、おそらくダークファルスも無事には済むまい。そうなれば
ヤツが再び力を得るには、うまく行けば再び千年の時間を要することになる・・・」
「千年・・・」
「そう、千年だ。」
唾をのむエヴィンに、たたみかけるようにライルは言った。
「お前だけじゃない、お前の子、孫、ひ孫、玄孫・・・そのはるか先の世代まで、ダークファルスの脅威に
対する心配が消え去るのだぞ？なのにお前は、何を迷う？」
いぶかしげにそう聞いてくるライルに、エヴィンは言葉に詰まった。ライルの言うことに、心は決して納得
していないのだが、うまく反論するだけの言葉がみつからない。
「無論、お前の言いたいことも分かる。ネオパルマの人間も助けられれば、それに越したことはない。そ
して、そのための方法も・・・『賭け』になっちまうが俺達は持っている・・・けどな、全ての者が平和を得
るには、一部の者の犠牲の上に成り立つ平和を得るよりも、得るために何倍もの力と覚悟が要る・・・
まして今回は、失敗したらそのツケをネオアリサ全体で払うことになっちまうんだ。それだけの覚悟と、
何よりそれを実現させるだけの力が、お前にはあるのか？」
「・・・・・・」
そしてしばらくの沈黙が流れた。その間エヴィンは、頭をフル回転させている。そして彼の口をついて出
た言葉は、彼自身これまで、一度も言ったことのない類の言葉だった。
「力は・・・あります。」
「ほう・・・何を根拠に？」
「僕が・・・エヴィンだからです。」
「・・・その心は？」
エヴィンの答えに、ニヤリとした笑みを浮かべながらライルは言った。そしてそれを受け、エヴィンは自分
の言葉を説明する。
「僕の中にはミューさんがいます、ダークファルスがいます、そんな形の『力』を持った人は、僕が今みせ
てもらった戦いの歴史の中でも誰もいなかった・・・だから・・・」
「だからお前にはできると言いたいのか？この世界に残る最後の千年紀、止められると言いたいのか？」
「・・・はい・・・」
かなり冷めた口調で言うライルに、エヴィンは震える声で答える。と、ライルは一回舌打ちをした。
「チッ・・・言ってくれるぜこのボンボンが！」
「ぼ・・・ボンボンって・・・それは関係ないでしょう！」
顔を真っ赤にしながらエヴィンが言った。するとライルは、笑いながらエヴィンをはぐらかす。
「ああ、今のは単なるからかいだ。とりあえずこの俺に、そこまで言い切ったのは誉めてやる・・・だが！」
そう言うとライルは、懐から二本の戦闘用の杖を取り出し身構えた。
「お前が本当にその言葉に見合うだけの力を持っているのか・・・この俺が試してやる！」
「ライルさ・・・」
「問答無用！行くぞ！！」
言い終えるよりもはやく、ライルはエヴィンに斬りかかった。大きく踏み込み、右手の杖での横薙ぎを放つ。
エヴィンはそれをかがんでかわすと、そのまま下段の回し蹴りでライルの足を払いにかかった。
「あめぇ！」
ライルはエヴィンの蹴りを軽くジャンプしてかわし、そのまま今度は上空からエヴィンの頭部目がけ杖を振
り下ろす。エヴィンはそれを両手を使い『白刃取り』で受け止めるのだが、直後にライルの左手の方の杖
がエヴィンの右の脇腹、下の方の肋骨を一・二本砕いていた。
「ぐっ・・・」
「どうしたぁ！テメエの口は、ただの大口かぁ！」
一度つかんだペースで、そのまま相手を押し切ろうとライルは攻撃のペースを上げた。速く、鋭く、その上
隙が全くない。杖の動きは千変万化で、まるでそれが道具ではなく腕の延長でようにさえ感じられた。
（強い・・・きっと、ディルナさんより・・・でも！）
自分にそう言い聞かせ、エヴィンは一歩、大きく前に踏み出した。
（くっつくぐらいの接近戦なら、素手の僕の方が！）
そう思いエヴィンは、左腕でライルの右手の攻撃を封じながら彼の懐に飛び込んだ。そして彼の顔面目が
けて力いっぱいの右ストレートを叩き込もうとする。だが、そんなエヴィンの動きを読み、いち早く杖を収め
ていたライルの左手が、エヴィンの拳を受け止めていた。
「捕まえたっ！」
しかし次の瞬間、そう叫んでいたのはエヴィンだった。彼が右腕を大きく振り動かすと、咄嗟にエヴィンの
拳から手を離すことのできなかったライルの体が、天地が逆さまになって宙を舞う。そこからエヴィンは、
ライルの胴体に中段蹴りを放った。しかし・・・
「え・・・？」
エヴィンは目を疑った。振りぬいたエヴィンの足の上で、ライルが冷笑とともに倒立をしていたのである。
しかも彼の体の重さを、エヴィンはまるで感じない。
「よっ・・・と。」
そう言ってライルは、宙返りをしながら着地した。
「軽気功だ。」
「けい・・・きこう？身体を羽のように軽くするっていう・・・」
「ああ、こんな所で、ヒマにまかせ腕を磨いていると、こんな物も身につけることができる。」
ライルの言葉に、エヴィンは青ざめた。軽気功なんて漫画でしか見たことがない。だが、そんなエヴィンの
動揺などまったく構う様子なく、ライルは自分の口で第二ラウンドの始まりを告げた。
「んじゃ、いくぜ。」
そう言ってライルは襲いかかる。エヴィンは逃げたくなる心を必死に抑え、果敢に打って出るが、彼の打
撃は全て、ライルの軽気功の前に無力化されて役に立たない。
（なんとか捕まえないと・・・もう一度、もう一度・・・いくら軽気功でも、攻撃のときは解除してるはず・・・）
（どうにかして、大振りの攻撃を誘わないと・・・そのためには！）
そしてエヴィンは、もう一度ライルに殴りかかった。だが、攻撃は相変わらず全く通用しない。それでも打
ち続けること十数発、エヴィンの大振りのパンチをかわしたとき、ライルが反撃に出た。
「もらったぁっ！」
ライルの蹴りが、がら空きになったエヴィンの胴体に突き刺さる。だがエヴィンはその足をつかみ、一緒
に崩れるようにして倒れこんだ。そしてそのまま、ライルの右足の関節を極める。
「ぐぁっ！」
その痛みでライルは初めて苦痛の声をあげた。エヴィンはこのチャンスを逃すまいと一気に締め上げる。
だが直後にライルの全身が燃えるように熱くなり、エヴィンの力が緩むと、ライルは一気に脱出した。
「・・・最初から、カウンターでこれを狙ってたのか・・・」
ライルがそう言うと、エヴィンはコクリとうなずいた。
「しかもいきなりカウンターを誘うため技を大振りにすると警戒されるから、少しずつ打撃の隙を大きく・・・
年の割に、上手い戦いをする・・・普通の格闘技の試合だったら、あれでお前の勝ちだった・・・最後の脱
出に俺が使ったのは闘気を使った、一種の反則みたいなモンだしな。けどよ・・・」
そこでライルは一気に顔を険しくさせた。そしてそのまま無言でエヴィンに歩み寄ると、彼の胸ぐらを掴む。
「ら・・・ライルさん・・・？」
「テメエ・・・俺をナメてんのか？」
「な・・・」
「お前の中にはミューがいる・・・ダークファルスがいる・・・そう言っておきながらお前は、お前の人としての
力しか使わねぇ・・・」
「・・・・・・」
「この俺に、敬老精神でもブラさげてるつもりか？」
「そ・・・そういうワケじゃ・・・」
「だったら使え・・・見せてみろ・・・ディルナ･ロックフィールドにブチかました力を・・・お前のトライデントを！」
そう言うとライルは手を離し、エヴィンのむなぐらをドン、と押した。だがエヴィンは動かない。
「それとも人間相手ならやりづらいか？もし、そうだと言うのなら・・・」
そしてライルの全身を再び緑色の光が包み、彼の身体は竜へと変わる。ライルは雄たけびをあげると飛び
上がり、エヴィン目がけ急降下した。
「うわっ・・・」
ライルの第一撃を辛うじてエヴィンはかわした。だがライルから感じられるパワーはこれまでの比ではない。
「貴様のネオパルマの人々を思う心は！真実を知ったがゆえの罪悪感から逃れるための方便に過ぎねえ
のか！」
上空でライルが吼えた。エヴィンはそれに下から大声で「違う！」と反論する。
「ならばその証拠を見せてみろ・・・俺だけじゃない・・・ネイソードに宿る全ての者を納得させるだけの力を、
この俺にぶつけてみろ！」
「・・・・・・」
「それができないのなら、お前はこの地で朽ち果ててろ！」
その言葉とともに二回目の突撃がエヴィンに迫る。エヴィンはそれもかわしにかかるが、今度は彼の身体を
かすった。けれど、その接触でライルの意思が、エヴィンの中に入り込んでくる。
（この悲しみ・・・ライルさんも・・・ネオパルマの人を助けたがっている・・・いや、僕なんかより、ずっと強くそれ
を願って・・・）
（だから、僕に覚悟をさせようとしている・・・生半可なことじゃ絶対ダメだから・・・ライルさん・・・）
（そしてライルさんが、今くらいの威力で僕にぶつかっていくことができるのは、あと一回・・・）
・
・
・
「ライルさん！」
上空のライルに向かいエヴィンは叫んだ。そしてそのまま、腰のネイソードを鞘ごと外して両手で構える。
「僕、全力で行きます！だからあなたも・・・勝負ですっ！」
「・・・わかってくれたか・・・ならば行くぞ！」
そう言うや否や、ライルはエヴィンめがけ突撃した。エヴィンも、今度は逃げない。ネイソードを鞘から抜くと、
強烈な光が剣身から溢れ出し、エヴィンの身を覆った。
「翼よ！」
同時にエヴィンがそう叫ぶと、彼の背中に闇の翼が展開する。そしてネイソードの持つ光の力と、翼の持つ
闇の力が共鳴し、増幅しはじめた。
「これが・・・これが僕の！」
ライルが地表にあと３メートルくらいに接近したところで、エヴィンも跳躍した。両者の力が空中でぶつかり、
力の渦が二人の中間で渦巻く、均衡状態となる。
「く・・・」
エヴィンは歯を食いしばった。こめかみと腕、それに足の数箇所の血管から血が吹き出す。そしてライルの
方も、身体の一部が崩れてきていた。だが今はお互い、そんな相手のことを見やる余裕なんてない。けれど
そんな状況なのに、エヴィンの頭の中にはまた別の映像が飛び込んできはじめていた。それは、アリサ三世
号とは違う、別のドーム型の宇宙船だった。
（あれは・・・まさかネオパルマ！？）
反射的にエヴィンはそう思った。そして宇宙船の中から数機、小型の宇宙船が射出される。だが、それは間
もなく、不可解な爆発を起こし、宇宙の塵と成り果てた。
（あれが・・・ダークファルスの力・・・）
それを見てエヴィンは思った。すると今度は、ネオパルマの中の様子が映し出される。しかしそこにあるのは
混乱の極みだった。それを見て、エヴィンの心臓がドクン、と大きく鼓動する。
（ダメだ・・・そんなことしたら・・・相手の思うツボになる・・・）
（僕が・・・僕がみんなのことを助けるから！一緒に・・・暮らせるように・・・っ！）
「だからもっと力を・・・全てを助けられるだけの・・・力をっ！ミューさん！そして・・・僕の中のダークファルス！」
「・・・ぬぅっ！？」
エヴィンがそう言うと同時に、彼の放つ力はもう一段、強さを増した。ライルは目を見開き、必死にそれを抑え
ようとする。だがそれも長くは続かなかった。
「こいつは・・・俺の力でも・・・これ以上持ちこたえることは・・・っ！！！」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「・・・・・・」
地上に降りたエヴィンは、呆然とその場に座り込んだ。ライルは自分の力に弾き飛ばされ、どこに行ったのか
分からない。だが、それからものの十秒もしないうちに、エヴィンは竜の翼の音を聞いた。
「ライルさん・・・だいじょう・・・」
「戻るぞ、早く乗れ。」
心配そうなエヴィンの声を無視するかのように冷めた口調でライルは言った。それでエヴィンが、躊躇しながら
彼の背に乗ると、ライルは行きよりもはるかに速い速度で来た道を戻りだす。エヴィンは、ライルの背にしがみ
つくだけで精一杯だったが、ライルはそんな状況でもエヴィンに話しかけた。
「とりあえず、合格にしておいてやる。」
「ライルさん・・・」
「今から五日後だ・・・大きな戦いが起きても騒がれない場所・・・そうだな。クルウェルとの戦いがあった場所が
適当かもしれん・・・そこで、ネイソードの力を解放させろ。」
「解放・・・それでどうなるんです？」
「ダークファルスをネオパルマから引き離す。そしてお前達のいる場所に連れて来た上で、周囲に結界を張り、
お前らとダークファルス以外入れないように、そして、そこから何者も出られないようにする・・・あとは、お前
達次第だ。お前らが負けたとしたら、俺達もそれからずっと、ダークファルスを押さえ込むことはできん。」
「ライルさん・・・あ、でも・・・」
「なんだ？まだ何かあるのか？」
「でも、そこでネイソードの力を使っちゃったら、僕がさっき使ったような力は・・・」
「フン・・・」
エヴィンの心配を、ライルはまた、鼻で笑った。
「・・・さっきの力、ネイソードはきっかけに過ぎん・・・力を引き出しているのはミューとダークファルス、そして何
よりもお前自身だ・・・だからそういう心配はすんな・・・とにかく、負けんなよ。」
「・・・はい・・・」
ライルの言葉に、エヴィンはもう一度うなずいた。
それから数十分、ライルは無言で飛び続けた。エヴィンも、彼に何も話しかけない。そして最初にいた入り口に
戻るとライルは変身を解いた。
「それじゃあ、達者で、な。」
言いながらライルは右手をスッと差し出す。エヴィンも右手を出し、お互いの手を力強く握りしめた。と同時に、
エヴィンの身体は実世界に戻るため、消えうせていく・・・そしてエヴィンの姿が完全に見えなくなると、ライルは
ドカとその場に腰をおろし、身動きが取れなくなった。
「痛たたた・・・さすがに、バテたなこりゃ・・・」
「カッコつけすぎるからだ。」
いつの間にか彼の後ろに立っていた、青い髪の毛の青年が言った。
「うるせぇ、これが俺のダンディズムなんだよ。」
ライルは苦笑いとともに、青年にそう言い返す。と、青年は一つ、ため息をついた。
「よくやるよ。あの子の力を出すために、脳波にネオパルマの映像を乗せてやったりしてるし・・・」
「そうでもしねぇと、全力になりそうになかったからな。とことん甘ちゃんだぜ。生まれ持った物か、ミューの影響
かは知らねぇけど。」
「ああ、まったくだ。」
ライルの言葉に、青髪の青年も苦笑いする。と、ライルはすわったまま口を開いた。
「まあとにかく・・・しっかりやれよ、エヴィン！」