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「・・・っ！」
エヴィンの視界が、貧血をおこしたときのように真っ白になった。けれどすぐにそれも晴れ、回
復する。すると彼の周りの世界はホテルの一室へ戻っていた。窓からは、もう朝日が射し込ん
でいる。
「エヴィン君・・・」
「・・・リビア先輩？」
いきなり自分の目の前にあらわれたリビアに戸惑いながらエヴィンは言った。と同時に横から
アレンの「おお、戻ってきたか。」という声が聞こえてくる。
「お爺ちゃん・・・」
頭を揺さぶりながらエヴィンは言った。
「なんで・・・先輩がここに？」
「いやエヴィン、お前がネイソードの中に入っていった直後にここに来たもんでな。ワシは心配
いらんと言ったんじゃが、それでもお前のことを、不安そうに見つめておった。」
「直後からって・・・ずっと？」
「ああ。」
「時間にして、どれくらい・・・」
「軽く一晩じゃな。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アレンがそう言うと、エヴィンとリビアの顔が赤くなった。それからリビアは小さく息を吸い込むと、
自分の聞きたかったことをエヴィンに聞き始める。
「一体・・・どうしてたの？なんか魂抜かれたみたいになっちゃって・・・」
「魂・・・抜かれてましたから・・・」
「え？？？」
エヴィンの答えにリビアはきょとんとした顔をして目をまたたく。そんなリビアに、エヴィンは鞘に
おさまったネイソードを差し出した。
「これの中に行ってました。」
「・・・？？？」
「これ・・・何千年も前からある剣で・・・中には色んな人の魂がこめられていて・・・僕、その中に
いる人達に会ってきていて・・・って、信じられないですよね、そんなこと言っても。」
自分の言葉を途中で止め、照れ笑いしながらエヴィンは言った。けれどリビアは微笑みながら
首を横に振った。
「大丈夫、信じるわよ。言ってる意味はよく分からないけど。」
「先輩・・・」
「だって、私も最近は多少のことじゃ驚かなくなったもん。誰かさんのおかげで。」
「だ、誰かさん、って・・・それ、僕のことですよね？」
「さあ？他に誰かいると思うなら、挙げてみてくれない？」
「・・・・・・」
ニヤリとした、少し意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう言うリビアに、エヴィンは黙り込んで
しまった。アレンは、そんな二人のやり取りを横から笑いながら見つめる。そしてリビアのことを
「まあ、そういじめんでくれ。」と笑いながらなだめると、とりあえず朝食にしたいから、他の部屋
のみんなを起こしてきてくれと二人に言った。
「ただ、他の連中も疲れとるじゃろうからな。もう少し遅くなりそうだったら教えてくれ。」
アレンにそう言われ、エヴィンとリビアは部屋を出る。そしてそのままエヴィンはマークを、リビア
はリィズを起こしにいった。
けれどリィズもマークも、もう起きていた。そして十分もしないうちに、五人が支度を整えて一階の
ダイニングルームの前に集合する。と、リビアは不安そうにみんなのことを見た。
「あら・・・エリーちゃんは？」
「・・・！！」
リビアの一言にエヴィンはビクとする。そしてそれとほぼ同時に、マークが彼女の質問に答えた。
「エリーは・・・あいつはここには戻ってこないと思う・・・」
「え・・・？」
マークの答えにリビアの顔が青ざめた。その裏で、エヴィンの顔も少し青くなる。そして何故と聞
くリビアに、マークはさらに答えた。
「やっぱり親父さんのことが気がかりらしくってな。あとはよろしく、だってさ。」
（マーク・・・）
「そう、なんだ・・・」
心底残念そうな表情でリビアは言った。
「まあ、あいつにも色々と事情ってモンもあるだろうしな・・・とりあえず、メシにしようぜ。こちとら
クルウェルとやる前から何も食ってないんだ。」
マークはそう言って他のメンバーを食事にせかす。そんな彼に押される形で彼らは中に入った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
中に入り、席につくと全員、ほぼ無言で黙々と食べ続けた。マークが言った空腹だというのは嘘
ではない。実際五人のうちエヴィン以外は昨日の戦いの前から何も食べていなかったし、唯一
夕食をとっていたエヴィンも、その後ネイソードの中の世界を旅したりしていたので、彼らに負け
ないくらい腹が減っていた。ビュッフェ形式で用意された朝食とテーブルの間を彼らは何度も往
復する。そして一息ついたところでエヴィンは口を開いた。
「あの・・・僕、みんなに話が・・・」
「まあ待てエヴィン。」
「お爺ちゃん？」
「お前の言いたいことがわかるが、こんな公衆の面前で話すことでもなかろう。」
コーヒーカップを片手にアレンが言った。それから間もなく彼らは食事を終え、部屋に戻ろうとす
るのだが、そこでリビアがマークの肩を後ろから軽くつつく。
「マーク君、ちょっといいかしら？」
「・・・リビアさん？」
「・・・少し、二人で話がしたいんだけど・・・」
「・・・・・・」
リビアの言葉にマークは表情を曇らせた。それに気づいたエヴィン達も足を止める。だがマーク
はすぐに彼らを追い払うような手振りをした。
「なんでもねぇよ。すぐに行く。」
「マーク・・・」
「ぐだぐだ言ってんなよ。」
エヴィンの顔を見て、笑いながらマークは言った。そして廊下に、マークとリビアだけが残された。
「・・・でリビアさん、話ってのは・・・」
「エリーちゃんのことよ。」
とぼけるマークに、あくまで冷静な声でリビアは言った。
「エヴィン君に直接きくのが怖くて・・・それに、あなたなら何か知ってそうだったし・・・」
「・・・ああ。」
頭を下げ、視線をそらしながらマークは言った。それから二人は無言のままロビーに行き、椅子
に座る。それからしばらくはお互い無言だったが、やがてマークの方から口を開いた。
「リビアさん・・・」
「は、はい・・・」
「あんたの言うとおりだ・・・エリーが戻ってこなかったのは、本当は親父さんを探しに行ったから
じゃない・・・」
「・・・それじゃあ・・・」
「・・・ふられたんだよ・・・エヴィンに。」
「・・・！！」
マークの言葉に頭が真っ白になったリビアは反射的に立ち上がろうとする。だがマークは、そん
なリビアの手首をぐっと掴んだ。
「待ってくれよ、リビアさん！」
「マーク君・・・」
マークに言われ、リビアはもう一度腰を下ろした。
「ごめんなさい・・・何かしようと思ったわけじゃないんだけど・・・ちょっと頭が白くなっちゃって・・・」
「いや、それは別にいいんだ・・・ただ、それよりもオレからあなたに頼みたいことがあるんだ・・・」
そう言うと今度はマークが立ち上がる。そしてリビアに深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっとマーク君！？」
「お願いだリビアさん！あいつの・・・エヴィンの気持ちをくんでやってくれ！」
「マーク君・・・」
「・・・こんなこと、第三者なオレが言うべきことじゃないのは分かってる・・・第一、エヴィンがエリー
をふった理由も、聞き出したわけじゃない・・・でも・・・」
拳を強く握り締め、声を震わせながらマークは言った。それに気圧され、リビアは少し体をそらす。
それと同時に、マークは頭を上げた。
「リビアさん・・・一つ、教えてほしいんだ・・・エヴィンのこと・・・どう思ってる・・・？」
「・・・そ、それは・・・」
「・・・もし、あいつのことを何とも思ってないんだったらオレが諦めさせる・・・でも・・・」
言いかけたところでマークは完全に言葉に詰まった。そしてお互い、無言のまま沈黙してしまう。
けれどそれからワンテンポおくと、マークはリビアにもう一度頭を下げた。
「悪かった・・・」
「・・・マーク君？」
「オレが、聞くべきことじゃなかったよな・・・ましてや、学校の先輩相手に・・・」
「・・・・・・」
「じゃあ、またあとで・・・」
「っ・・・マーク君！」
立ち上がりながらリビアはもう一度マークの名前を呼ぶ。けれどマークは振り向かず、そのまま歩
いていってしまった。
「先輩・・・か。」
ため息をついてリビアは言った。
「遅かったじゃない。」
部屋に戻ってきたリビアへの、リィズの第一声がそれだった。
「アレンさんが自分の部屋でミーティングを始めるって。はやく行きましょう。」
「あ、はい。」
気の抜けた声でリビアが答える。と、リィズは呆れた顔でため息をついた。
「一体マーク君に何を言われたの？・・・まあ、何かしらの形でエヴィン君が絡んでいることだとは
思うけど。」
「・・・分かり、ます・・・？」
「あなた達二人の共通点が、それしか思いつかなかったからね。」
「・・・・・・」
「まあ、今はそれよりも早くアレンさんの部屋に行きましょう。ただでさえ待たせてるんだから。」
「はい・・・」
そう言ってリビアは部屋を出ようとした。立ち位置の関係で、リビアの方がリィズより先に部屋を
出る。と、そこでまたリィズはリビアに声をかけた。
「ただ・・・リビア。」
「はい？」
「これはあなたとエヴィン君のことを見ててずっと思ってたことなんだけど・・・」
「ことなんだけど・・・？」
「あなた、ずっとエヴィン君に妙に気をつかうって言うか遠慮してるわよね。たま〜に、地が出る
こともあるけど。」
「・・・」
リィズの言葉に、リビアの動きが止まった。それからリビアは、そのまま首だけ後ろに向ける。
「そ、それは・・・私、学校でも部活でも先輩だし・・・その、年も上だから・・・」
「年上、ねえ・・・」
やれやれという表情で、ため息を一つつくとリィズは言った。
「原因はそこだったわけね・・・年上って言ったって、たかが１つか２つの話でしょうに・・・」
「それは・・・そう言ってしまえば、そう、なんです、けど・・・」
「ま、過度の干渉はやめておくわ。私が言いたいことは、前にも言ったし。」
「リィズさん・・・」
リィズにそう言われ、リビアは昨日のことを、クルウェルに戦いに行く前にリィズが自分に言って
いたことを思い出した。けれど、そんな彼女の脇をリィズは無表情で通り抜ける。
「行くわよ。」
リィズはそう言うと、リビアの前を歩き出した。
二人がアレンの部屋に来ると、他の三人はすでに集合していた。その中でエヴィンは真っ先に
リビアのことを心配そうな目で見るが、リビアは反射的に目をそらしてしまう。
「・・・先輩？」
不安そうな声でエヴィンは言った。けれどリビアはエヴィンの方を見ない。
（・・・みんなが変なこと言うから・・・）
急激に高まった心臓の鼓動を必死に押さえ込みながらリビアは思った。けれど、そんな彼女の
挙動に気づいていないのか、それともあえて無視しているのか、アレンはリビアに何も言わず
エヴィンに事の次第をみんなに話すように促す。
「う・・・うん、それじゃあ・・・」
ものすごく複雑な面持ちでそう言うと、エヴィンは大きく息を吸い込む。そして「実は・・・」という
切り出しで話し始めた。エヴィンはまずライルという人物に出会ったこと、戦いの根源となって
いた者は大昔に滅んでいたこと、しかしそれでもまだ戦いが続いてきたことまでをまず話す。
「ずいぶんとまあ・・・エラい世界を見てきたんだなあ・・・」
エヴィンの話を現実のものと捉えきれず、少し間の抜けた口調でマークは言った。
「爺さんも行ったことあるのか？そこ。」
「・・・大昔にな。もっとも、そのときライルさんは今おきていることについては何もワシに語って
くれんかった。万一の事態に備える意味でネイソードに封印を施してくれ、というの以外はな。」
「ふ〜ん・・・」
「けど、本当はその頃から分かってんじゃろうな。エヴィンが、ワシの孫がダークファルスの力や、
ミューさんの魂を受け継いで生まれてくることを・・・」
アレンがそう言うと、他の全員が黙り込んだ。
「けれど、そんなことを言っても何にもならん。平時において、変に孫を意識することになるだけ
じゃろう・・・それに、黙っていても時が来たらしっかり発動したしの。」
「うん・・・」
アレンの言葉に、不思議そうな顔で胸に手をあてながらエヴィンは言った。と、横からマークが
また口をはさむ。
「しかし、そうは言っても敵さんにあっさり盗まれたりもしたんだよなぁ・・・」
ネイソードに目をやりながらマークは言った。けれど今度エヴィンが横から口をはさむ。
「うん・・・でも、これは考えすぎかもしれないんだけど・・・」
「ああ、そりゃ考えすぎだな。」
「まだ何も言ってないって！」
あまりにもありふれた、しかし完全に虚をついたマークのからかいに、本気で顔を真っ赤にして
エヴィンは言った。けれどすぐに気を取り直し、自分の言いたかったことを言い始める。
「いや、僕が言いたかったのは・・・盗まれたのってある意味、剣にしてみれば『わざと』だったん
じゃないのかなぁ、って・・・」
「・・・なんでそう思うんだ？」
「だってディルナさんとの戦いでネイソードが無かったら僕は絶対負けてたって言うか殺されてた
って言うか・・・」
「なるほど・・・一理あるかもしれんの。」
エヴィンの言葉にアレンはそう言ってうなずいた。そして、どこまで話が進んでいたかとリィズが
言うとエヴィンは思い出したかのように顔色を変える。
「そうだよ！こんなふうに和んでる場合じゃなかった！あと５日・・・いや、下手したら４日でダーク
ファルスが来る！」
「！？」
エヴィンの一言で、さっきまでニヤけていたマークを含め全員の顔色が変わった。
「どういう意味なのそれ！？」
「説明しろよエヴィン！」
真っ先に反応したリビアとマークが、そう言ってエヴィンに詰め寄った。それをアレンが制止した
ところで、エヴィンはさっきの話の続きを話し始める。そしてエヴィンはライルとの勝負の内容と、
そのあとの彼との約束事の全てを四人に話した。
「・・・なんと、まあ・・・」
「とんでもないこと、してくれるわね・・・軽はずみとは言わないけど・・・」
「気持ちは分からんでもないが・・・」
「・・・・・・エヴィン君・・・・・・」
これが、話を聞き終えたときのアレンとリィズ、マークとリビアの反応だった。全員、短い言葉を
言って黙り込んでしまう。けれど四人の中で一番最初に平静さを取り戻したアレンが他の皆に
指示を与えた。
「リィズさん・・・四日後、頼りにしていいんじゃな？」
「ええ。」
さも当然という口調でリィズは答えた。
「・・・ありがとう・・・けれど戦力は多い方がいい、フィル･グレアムは間に合わんとしてもエレナ･
バーンハイトとシーレン、この二人に協力を頼めるか？」
「たぶん・・・とりあえず、心当たりはあるのでそこからあたってみます。」
「うむ・・・」
アレンはそう言ってうなずくと、今度はマークの方を見た。
「マーク、お前さんの攻撃はまだまだ荒削りで我流ゆえに防御も甘い。生傷も絶えず、危なっか
しいことこの上ない・・・」
「ぐ・・・」
「じゃが、それでもお前さんは戦いから勝って帰ってきている・・・お前さんの持つ、理屈で計れぬ
意外性と強運に賭けさせてもらうぞ。」
「フン・・・若者の実力を素直に認めろよ。それより爺さん、あんたこそ腰に気をつけなよ。最近の
場数は、言っちゃ悪いがオレの方が多いんだ。」
「若造が・・・そこまで老いぼれておらんわい。」
マークが笑いながら言うそのセリフに、アレンはそう言ってニヤリと笑い返した。そのままアレン
は「そしてエヴィン・・・」と言葉を続ける。だが、それをエヴィンが遮った。
「お爺ちゃん！『そして』じゃないでしょ！僕まだ最後じゃないし！！」
「そうかの？」
わざとらしくとぼける口調でアレンは言った。
「今ワシが指示を出そうと思っているのは、ダークファルスとの決戦での働きが期待できる者だけ
なんじゃが・・・」
「・・・・・・」
アレンがそう言うと、リビアは音もなく立ち上がった。
「先輩・・・」
「いいのよ。」
少し硬い笑顔を作りながらリビアは言った。
「私は、みんなが勝って帰ってくるのを待つことにするわ。実際、その方が安全そうだし、むしろ
みんなの役に立ちそうだから。」
「で、でも・・・」
「じゃ、私は邪魔になるといけないから。」
そう言うとリビアは、すぐに部屋から出て行った。
「先輩！」
「エヴィン！！」
リビアを追おうとするエヴィンを、怒気のこもった声で後ろからアレンが止めた。エヴィンはその
声に一瞬立ち止まるが、それでもすぐにリビアを追って外に出てしまう。
「・・・爺さん・・・狙ったな。」
「人のことをやり手ジジイみたいな言い方はしないでくれんかの。それにあの嬢ちゃんをダーク
ファルスとの戦いに連れて行く気がないのは嘘偽りのない事実じゃ。」
「ふうん・・・」
「それにダムには水が満ちておる。一筋の亀裂が入れば、すぐに決壊するほどにな。」
「いや・・・」
アレンがそう言うと、マークはニヤリと笑ってそれを否定した。
「亀裂は二筋入ってるな。」
「ほぉう・・・」
マークがそう言うと、アレンもまたニヤリと笑う。と、今度は横からリィズが割り込んだ。
「そういうことなら、亀裂は三筋入っていることになるわね。」
「・・・リィズさんも？」
「・・・意外じゃの。」
アレンとマークは、そう言ってお互い顔を見合わせた。
「あの二人には、私もいろいろと助けられたからね。せめてもの恩返しよ。恋愛って、案外第三
者の言動に左右されるし、ね。」
二人の、ちょっと間の抜けた顔を見て笑いながらリィズは言った。
そしてその頃、部屋の外・・・
「先輩、どこに行ったのかなぁ・・・」
左右をキョロキョロと見回しながらエヴィンは言った。鍵はリィズさんが持っていたように見えた
から、部屋には戻っているはずがない。そしてリビアの姿が廊下にも見当たらないと、エヴィン
はすぐに階段を下りてロビーに向かった。
「え〜っと・・・いた！」
ロビーでもまたキョロキョロと周囲を見回していたエヴィンだったが、すぐにホテルの外に出よう
としているリビアの後ろ姿を見つけると、それに向かって一直線に走っていく。そしてリビアの背
中の真後ろまで来ると、エヴィンは彼女に声をかけた。
「先輩！」
「エヴィン君・・・」
「散歩ですか先輩？ご一緒しますよ。」
エヴィンに声をかけられ、少し驚き顔のリビアに、間髪をいれずエヴィンは言った。
「いいの？アレンさんたちとの話、まだ途中なんでしょう？」
「まあ、それは、そうなんですけど・・・」
「だったら戻」
「いえ・・・」
そう言ってエヴィンはリビアの言葉を遮った。
「おととい、先輩と一緒に出かけようと思ったときも色々あって流れちゃいましたから・・・」
「・・・そう言えばあれ、一昨日だったのよね。なんか、すごく昔な気がする・・・」
「やっぱり、みんなそうなんですね。」
苦笑いしながらエヴィンは言った。と、今度は逆にリビアから間髪いれず「みんなって誰？」と言
われてしまう。前にそのセリフを言ったのがエリーだったので、エヴィンは言葉に詰まった。
「と、とりあえず外いきましょうよ！いい天気ですし！」
竹に接木をする、ということわざの見本とも言えるくらいに不自然なフォローでエヴィンは言った。
けれどエヴィンのその反応で、リビアはそれが誰のセリフだったのか理解する。リビアはそれで
フッと笑うと「じゃあ行きましょうか？」とエヴィンに言った。
「は・・・はいっ！」
顔を少し赤くしてうなずきながらエヴィンは言った。そんなエヴィンに連れられて、リビアは外に
出る。最初は喫茶店にでも入ろうかと思ったが、朝食を済ませたばかりで、お腹も空いていな
かったし、せっかくいい天気なのに建物の中に入るのも勿体ないような気がしたので、二人は
町の中心部にある、大きな噴水のある広場へ行った。天気のいい日曜日だったので、わりと
人は多い。
「何か飲みます？」
二人が座るのにちょうどいい大きさのベンチを確保し、すぐそばにあるコーヒースタンドを見な
がらエヴィンは言った。けれどリビアは、ほぼ即答的に断ってしまう。
「いいんですよ、遠慮しなくて・・・」
「・・・遠慮・・・」
エヴィンにそう言われ、リビアはさっき、リィズに言われた言葉を思い出した。たしかに、ずっと
彼には遠慮してきた。たまにそうじゃないこともあったけど、たとえばマークやエリーに比べて、
自分はどこか、エヴィンに他人行儀なところがあった。
「（でも、私はあの二人とは性格違うし、マーク君はエヴィン君と同い年だし男の子同士だし・・・
エリーちゃんは・・・）」
「・・・先輩？」
「あ・・・」
エヴィンに（彼女にしてみれば）急に声をかけられ、リビアはビクと反応し、エヴィンの方を見る
と顔を赤面させて硬直した。
「・・・大丈夫ですか？」
「え、ええ・・・あ、エヴィン君、やっぱり悪いけどアイスティーか何か、買ってきてもらえる？」
「あ、はい。あの・・・レモンとかミルクとかは・・・」
「レモンでお願い。あ、あとガムシロ一つね。」
「わかりました。それじゃ、ちょっと待っててください。」
そう言うとエヴィンは、小走りで買いに行った。待っている間、リビアはボ〜ッと物思いにふける。
アイスティーを二個持って帰ってきたエヴィンに声をかけられるまで、彼が戻ってきたことにも気
がつかなかった。
「大丈夫ですか先輩・・・なんか今日、いつもとひどく様子が違うんですけど・・・」
「そ、そう？」
「はい・・・やっぱり、ショックだったんですか？お爺ちゃんにあんなこと言われて・・・」
「ううん、ショックって言うのとは違うわ。」
軽く首を振るとリビアは言った。
「ただ、なんか呆然としちゃってね。私の旅はここで終わりなんだって思うと、虚脱感とか解放感
とか、それにある種の燃え尽き感とか・・・いつも不安だったから・・・」
「不安・・・」
「ええ、自分が傷つくことももちろんなんだけど、自分のせいで誰かが傷つくんじゃないか、って。
私、ああいう所じゃ何もできないから。」
「そんなことないですよ！」
リビアがそう言うと、エヴィンは急に語気を荒げた。
「シーレンさんとの戦いで僕やリィズさんがやられたときも、先輩がエレナさんのこと説得してくれ
たから僕達助かりましたし、病院でクルウェルの手下が襲ってきたときも先輩が身をていして
僕を止めてくれたから、僕は人を殺さずに・・・」
「・・・エヴィン君・・・あんまり街中で物騒なこと言わない方が・・・」
「あ・・・」
リビアにそう言われ、エヴィンは周囲の人のうちかなりの目が自分を見ていることに気がついた。
エヴィンは気まずそうに口ごもってしまう。そんなエヴィンを見て、リビアはクスと笑った。
「本当にエヴィン君は変わらないのね・・・こういう風に話をしていると、春に会ったときから全然・・・
あれだけのことがあったのに・・・何があっても、自分を失わないのね・・・本当に強いと思うわ。」
「え？い、いや、それは・・・」
リビアにそう言われ、エヴィンの顔はこれまでにないくらい真っ赤になった。その火照った顔を冷や
すため、左手のお茶を一気に飲み干すが、顔の赤さは全くひかない。それでもエヴィンは、震える
声でリビアに言った。
「僕は、強くなんかないです・・・」
「え？でも・・・」
「先輩が、そばにいてくれたからですよ・・・僕が踏みとどまれたのは。」
「エヴィン君・・・」
エヴィンにそう言われ、リビアの顔も赤くなりかけた。けれどその前に、リビアはエヴィンに一つ聞か
ずにはいられなかった。
「・・・それって・・・エリーちゃんにはできないことだったの・・・？」
「・・・・・・」
リビアがそう言うと、エヴィンは視線をそらして顔をうつむかせた。けれどそこで一回、深呼吸をした
だけで、再びリビアのことをじっと見る。
「え・・・エヴィン君？」
「・・・二度目でした・・・」
「二度目・・・？」
「リビア先輩のことを忘れようって本気で思ったのは・・・レガードとの戦いの後、僕がみんなの元を
離れて、一人で生きていこうと思ったとき以来・・・」
「・・・・・・それ・・・どういう・・・・・・」
「エリーちゃん、ずっと一人ぼっちで、寂しい時間をずっと過ごしてきて・・・苦しい思いもたくさんして、
それでようやく幸せになろうとしてた・・・それを壊すようなこと、しちゃいけないって・・・だから・・・」
「エヴィン君・・・」
「・・・だから僕は先輩のことを忘れようとして・・・でも、できなくて・・・忘れようとすればするほど・・・
自分の全部を、エリーちゃんにぶつけられる自信が持てなくて・・・」
「・・・・・・」
「もう一度言います・・・僕、リビア先輩のことが好きです・・・」
エヴィンが話し終えるとリビアは黙り込んだ。彼女の頭もエヴィンと同じくらい混乱している。そして
お互い無言のまま何分もの時間が流れたが、やがてリビアは口を開いた。
「エヴィン君・・・」
「は、はい・・・」
「だったら・・・」
「だったら・・・？」
エヴィンの心臓の音は、もう完全に自分に聞こえるくらいに大きくなっていた。身体は完全に硬直し、
身動き一つ取れない。エヴィンは、次にリビアの口の動きを見守ることしかできなかった。
「だったら、二度と私のことを忘れようなんて思わないでほしいな・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・それって・・・先ぱ・・・」
「あ〜、ちょっと待って！」
真っ赤な顔でそう言いかけるエヴィンの言葉を、同じくらい顔の赤いリビアは右手を平手で突き出し
ながら止めた。
「できれば・・・その『先輩』ってのもやめてほしいな・・・先輩って呼ばれると私、どうしてもそれらしく
振舞わなくちゃいけない気になっちゃうから・・・」
「・・・え・・・えっと・・・あの、その・・・つまり・・・はい・・・」
言葉にも何もなっていなかったが、一応話の内容は理解しているようだった。エヴィンは大きく息を
吸い込み、それを吐き出すことをニ、三回繰り返す。
「それじゃあ、これからもよろしくお願いします・・・リ・・・リビア・・・さん・・・」
「ええ・・・よろしく、エヴィン君。」
少しあきれた、けれども幸せそうな笑みとともにリビアは言った。
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