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ネオアリサにある街の一つ、オータム。古くは最先端の科学技術と、それを扱う技術者達が
集い、「技術者の町」とも称された街である。だが、８０年の月日は「技術の街」という根底は
残しながらも、その方向性を少しずつ変え、結果的に元と大きく異なる姿へと変貌していった。
アレン・ハランツらの戦いの後、オータムはそこで培われた技術を専門の技術者だけでなく
多くの一般人にも開放するようになった。そしてその結果、先端技術をふんだんに活かした
家電製品と、それを求める人々で賑わう「家電の街」となった。だが人々の生活にゆとりが
増えると電子技術の応用品の主役はそれらの、冷蔵庫や洗濯機と言ったいわゆる「白物家
電」から娯楽、いわゆるゲームやＣＧを駆使したアニメといった物が主役となり、結果オータ
ムもそうした方面の物を取り扱う店が軒を連ねるようになっていった。
そしてそんな街の、表通りから一本入った通りにあるビルの中に、シェリーが行きつけの店、
マンダーケ商会はある。あまり広くないが掃除、換気ともによく行き届いている店内に、中古
のゲームソフトや玩具、フィギュアなどが所狭しと並べられていた。
「いや〜、シェリーちゃんのこの前紹介してくれた店、ホントに良かったよぉ〜」
店番のジェイクは嬉々とした表情でシェリーに言った。
「どれも保存状態が抜群に良かったから、すごい高値で売れて大儲け！店長も喜んでくれ
たし、その話をしたらウチのワイフも誉めてくれてさぁ〜」
「はいはい。」
ハイテンションなジェイクとは対照的な、気の無い声でシェリーは言った。
「おかげで私は、その大儲けを思い切りし損なったけどね。」
「まあまあシェリーちゃん、でもね、それがアナタの、いいト・コ・ロ！」
「は？」
ジェイクのセリフにシェリーはまず呆れた。
「ジェイクさん・・・今の・・・もしかしてＣＭネタ？十年以上前の・・・元ボクサーが出てた・・・」
シェリーの言葉にジェイクはニコニコ顔で首を縦に振った。
「そう・・・いや、正直すっごく寒いんだけど・・・て言うかいい所ってどういう意味？」
「だって僕のこと、お店からあのガラの悪い借金取りみたいなの追い返すために、自分の
儲け度外視で呼んだんでしょ？それくらい分かるって、そろそろ付き合い古いんだから。」
驚き顔のシェリーにそう言うと、ジェイクはニカと笑った。
「ま、そんなワケでシェリーちゃんに何の実入りも無いのもかわいそうだし・・・」
言いながらジェイクはレジの下の引き出しをゴソゴソとあさる。そして二枚のチケットのよう
なものをシェリーに差し出した。
「どっちかあげるよ。一つはウチの１０００メセタ分の商品券、もう一つは店に回ってきた、
コンサートのペアチケット。この前シェリーちゃんが取り損ねたって言ってたヤツ。」
「マジで！？」
ジェイクの言葉にシェリーの目が一気に輝いた。そしてジェイクの手からチケットの方を
パッと奪い取る。
「しかもＡ席１０列目！？すごい前の方じゃない！！」
「商会のネットワークをなめちゃいけないね。」
おどろき顔のシェリーに、得意満面な顔でジェイクは言った。
「んでシェリーちゃん、彼氏とでも行くの？」
「いやしないわよ、そんなモン。」
あっけらかんとした口調でシェリーは即答した。
「あら・・・」
「アンチェインな生き方が、モットーなもんでね。」
「う〜ん・・・」
ニヤリと笑ったシェリーがそう言うと、ジェイクは少し残念そうな顔をした。
「シェリーちゃんはまだ若っかいから、分っかんないんだろうなぁ、お互いを甘く、それで
いてちょっと窮屈に束縛する心地よさ。そう・・・」
「はいはい、ごちそうさま。んじゃ。」
そう言うとシェリーは、ジェイクのノロケが始まる前に店を出た。
「ふふ〜ん。」
自宅に戻ったシェリーは、満面の笑みで貰ったチケットをもう一回見た。
「プラチナチケットって言うのはこういうのを言うのよねえ・・・Ｐ'ｚのライブの１０列目・・・
誰と行こっかな・・・」
ベッドに寝そべりながらシェリーはそんなことを考える。と、下の階からアーサーの声が
聞こえてきた。
「姉さ〜ん、夕飯だって〜。」
「わかった〜。」
アーサーの声にそう返事をすると、シェリーはベッドから起き上がった。
「どうしたのジニー？」
いつもと違い、あまり食の進まないジニーを見て少し心配した様子でシェリーは言った。
「体育の授業でケガしたんだってさ。」
口を開かないジニーの代わりにアーサーが答える。
「体育の担任、キーナだって。」
「ああ成る程ね。」
アーサーの言葉にシェリーは頷いた。
「最低教師だもんねアイツ・・・」
「僕と姉さんに散々コケにされた恨みをジニーにってワケみたい。」
「先生が・・・」
シェリーとアーサーがそう話していると、横からジニーが口を開いた。
「先生が思いっきりボール投げつけてきて・・・お姉ちゃんやお兄ちゃんにやるのと同じ
感覚でやっちまったよって・・・ハハハハハって・・・」
「ふ〜ん・・・」
涙声で言うジニーに、シェリーとアーサーは抑揚の無い声でそう言い合い頷いた。それ
からシェリーは急に口調を変える。
「まあさ、ジニー、そんなつまんないことで落ち込んでないで！週末私と気晴らしにでも
出かけない？」
「気晴らし？」
キョトンとした顔でジニーはシェリーのことを見た。
「そ、Ｐ'ｚのコンサートのペアチケット、とある人脈スジから貰ったんだけどね。」
「！行く行く！！」
さっきまでとは打って変わり、目を輝かせてジニーは言った。
そして三日後の週末・・・
「それじゃ行ってきま〜す。今日は夕飯いらないから。」
「はい行ってらっしゃい、シェリー、ジニー置いてったりしないようにね。」
玄関でリビアはシェリーに、少し心配そうな口調で言った。そんな母の言葉に、ジニーは
少し不満げな顔をする。
「大丈夫よぉ！そんな心配しなくたって！」
「はいはい、楽しんでらっしゃい。」
ニコリと笑ってそう言うと、リビアは二人を送り出した。リビアはそのまま、リビングへ戻る。
リビングではエヴィンが夕刊に目を通していた。
「さすがに今回は、遊びに行くシェリーに文句が言えないな。」
「そうねえ・・・」
新聞から目を背けてエヴィンが言うと、リビアは苦笑いした。
「でもホント、仲はいいわよね。うちの子たち。」
「リビアのおかげだよ。僕はなかなか家にいられないから。」
夕刊をたたんでテーブルに置くとエヴィンは言った。
「あらありがと・・・でもあなたも頑張ってくれてるわよ。世間の亭主に比べればずっと。」
「・・・ありがとう。」
エヴィンがそう言うと、二人は軽く微笑みあった。
その頃、シェリーとジニーは駅に向かい歩いていた。他愛の無い雑談をしている中、ジ
ニーがふと、何かを思い出したような声を出す。
「あ、そう言えばお姉ちゃん。」
「なに？」
「今朝、お兄ちゃんが手紙くれたんだ。」
「手紙？」
いぶかしげにシェリーが言う。
「うん。これをキーナ先生に渡しとけって。私、お兄ちゃんの言うとおり渡したんだけど、
そしたらなんか、先生の態度が急に優しく・・・て言うか私のこと怖いものを見るよう
な目になっちゃって・・・」
「ぶっ・・・」
不思議そうにそう言うジニーの言葉にシェリーは思わず吹き出した。
（アーサーもやるわね・・・ま、あんな最低教師、叩けばホコリの１つや２つバサバサと
出て来るだろうけど・・・）
「・・・お姉ちゃん？」
「あ、ああゴメンゴメン。けど良かったじゃない。心配のタネが一つ減って。」
「うん！」
シェリーの言葉に、ジニーは嬉しそうにうなずいた。
それから二人はハンバーガー屋で軽食を済ませ、駅に行った。コンサート会場までは
電車で一時間くらいかかる。シェリーはジニーに切符を買いに行かせると、自分はガム
を買うために売店に行った。
「えっとブルーベリーガムは・・・あった。あとはついでにペロリ・・・」
だがそこでシェリーの手は止まった。急に、何かに見られている感じがした。敵意・・・？
いや、そんな単純なものではない。友好的な気配では間違っても無いが、自分にケン
カを吹っかけてくる不良連中が持っているような、剥きだしで脳ミソ空っぽな敵意とも
また違う。初めて感じる背筋の冷たくなるような気配に、シェリーはバッと振り返った。
「お姉ちゃん・・・？」
「なぁんだ・・・」
妹の顔を見て、ホッとした顔でシェリーは言った。
「ちょっと待って。まだお金払ってないから。」
そう言うとシェリーは会計を済ませ、買ったお菓子をポケットに入れた。
「でもどうしたのジニー、なんか今、慌てて私のところに来た感じだったけど。」
「・・・・・・」
「どうしたのよ？」
そう言ってシェリーは、答えないジニーに回答をせかした。
「なんか今・・・ゾクッとして・・・」
（・・・ジニーも・・・？）
ジニーの言葉に、シェリーはこめかみをピクと動かす。
「なんかすごい変な感じだった・・・お姉ちゃん・・・怖いよ・・・」
「気のせいでしょ。疲れてるのよ、ジニーも。私と同じで勉強のしすぎなんじゃない？
さ、行こ。今日は楽しまないと。」
自分のことでいっぱいいっぱいになったジニーが自分の一連の反応に気づいてい
ないことを確認すると、シェリーはニコと笑ってそう言った。そしてジニーの手首を
掴むと、スタスタと改札へ歩いて行った。
コンサート会場の最寄り駅に近づくにつれ、電車の中の人もどんどん増えていった。
だが会場につくと、その人の多さはますますもって尋常ではない。遊園地に併設さ
れた普段は公称５万５千人が入るというネオアリサ初のドーム式のスタジアム、今
日はいつもはグラウンドになっているところまで客席になるので、１０万人近くの観
衆が見込まれている。あまりの人の多さにチケットを持っているのにもかかわらず
中に入るのでさえ一苦労だったが、その大変ささえも事前の気分を盛り上げた。
「すっごい人だね・・・」
「そうね・・・はぐれちゃダメよジニー。」
「分かってるよぉ！」
そんなことを言い合いながら、ほころぶ顔を抑えきれぬまま、二人は入り口を見つ
け会場内へと入っていった。
・・・
・・
・
数時間後、大盛り上がりのうちにコンサートは終了した。スタジアム内は勿論エア
コンがきいているのだが、シェリーもジニーも大声を張り上げ、思い切り盛り上がり、
かなり汗をかいていた。席も本当にいい席だったので、歌手の顔も表情が分かる
くらいだったし、声も肉声が感じ取れるくらいだった。十万の観衆が一体となって盛
り上がるコンサート、その楽しさの中、二人は駅で感じた妙な気配のことなど、きれ
いに忘れ去ってしまっていた。
その後二人はそのまま帰ろうと思ったのだが、あまりの人の多さに辟易し、併設の
ゲームセンターで時間を潰すことにした。クイズやクレーンゲームなどをやり、一時
間ほど時間を潰したが、それでもなかなか人が減らないので、やっぱり一駅歩こう
と二人が決めたときには、時計の針は１０時をとうに回っていた。
「あちゃ・・・一応ママに連絡入れといた方がいいかな・・・ジニーも一緒だし。」
歩きながらそう言うと、シェリーはポケットから携帯電話を取り出した。
「あ、ママ？うん、そう、今スタジアム前、ごめん分かってるって。んで、これから一
駅歩いて電車に・・・え？アーサー？いいわよ別に・・・はい、・・・はい、分かった。
んじゃ。」
シェリーはそう言うと電話を切った。
「ママ、なんだって？」
「アーサー迎えに来させるって。別にいいのに・・・ママも心配性なんだから。」
やれやれと言わんばかりの口調で、歩きながらシェリーは言った。
「それじゃ母さん、行ってくるよ。」
約一時間後、玄関で靴を履きながらアーサーは言った。
「悪いわね、女の子二人で夜道だと不安だったから・・・前みたいなこともあるし・・・」
「そうだね。ジニーもいるから。姉さんだけなら、本人より犯人の心配をしたほうが
いいんだろうけど。」
意地の悪い笑みを浮かべながらアーサーがそう言うと、リビアはクスと笑った。
「悪いこと言うわねぇ・・・」
「だって違わないでしょ？あ、帰りにコンビニで何か買ってくるものある？」
靴を履き、立ち上がりながらアーサーが尋ねた。
「そうね・・・じゃあ明日の朝の食パンお願いできる？」
「オーケー」
そう言うとアーサーは家を出た。
自宅から駅までは、徒歩約十分の一本道である。アーサーは特に何も考えず、テク
テクと鼻歌まじりに夜道を歩いた。人通りはほとんど無く、夜風がすごく心地良い。
「しかしコンサート・・・ちょっと羨ましかったな。」
そんなことを考えながらアーサーは歩いた。だが曲がり角を曲がった瞬間、背中に
ゾクと、突き刺さるような気配を感じ、アーサーはビクと振り返る。
（なんだ・・・この感覚・・・）
（敵意・・・それも単純な敵意じゃない・・・）
（もっと複雑な・・・それでいて・・・）
（来る！）
急速に接近する気配を前に、アーサーは身構えた。
・・・
・・
・
「ふぅわぁ〜あ・・・」
駅で待つこと十数分、なかなか来ないアーサーに待ちくたびれたジニーは大きな
あくびをした。時刻はもうすぐ１２時、いつもの彼女なら１００％寝ている時間なの
で無理もない。
「お兄ちゃん遅いね〜」
「そうねぇ・・・て言うか珍しいわよね。あいつが時間に遅れるなんて。」
「会場からかかる時間を勘違いしちゃったのかしら？」
「そうかもしれないわね。じゃ、とりあえず行きましょ。一本道なんだから、歩いてりゃ
そのうちぶつかるだろうし。」
「そだね。」
そう言うと二人は歩き始めた。
「アーサー！」
シェリーとジニーが傷だらけで電信柱に寄りかかるアーサーを見つけたのは、それ
からすぐのことだった。
「どうしたのアーサー！？」
「お兄ちゃん！」
シェリーとジニーがアーサーの耳元で声をかける。息はしているし命に別状がある
ようには見えないが、意識は全くない。顎などの骨も折れてるようだった。
「お兄ちゃん！お兄ちゃんっ！！」
「ジニー！揺らしちゃダメ！」
アーサーの両肩をガクガクと揺するジニーを一喝すると、シェリーは携帯電話を取り
出し、家に連絡を入れた。
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