「ホン・・・トにっ・・・コイツ・・・っ」
息つく間もなくやってくる攻撃を一つ一つかわしながら、シェリーは歯噛みした。だが、そん
なシェリーにふと別の考えが浮かぶ。
（こりゃ簡単に態勢を直せそうにないわね・・・それなら！）
そう思うとシェリーはユエリの次の攻撃をかわしながら、ニヤリと笑いながら叫んだ。
「ハズレッ！」
「っ！！」
シェリーの人をバカにした物言いに、ユエリの目つきがさらに険しくなった。間合いを詰め
直し、再度中途半端な姿勢のシェリーに蹴りを放つ。だが攻撃を一切考えず、回避に徹
したシェリーに攻撃を当てるのは、プロの格闘家だって難しい。シェリーはユエリの攻撃を
一つ一つかわし、その都度挑発するセリフを浴びせ続けた。
「遅いっ！」
「あと５センチ！」
「あら残念っ！」
「・・・・・・！！！」
ただでさえ攻撃が当たらないことに加え、散々そんなことを言われ続け、ユエリはどんどん
冷静さを失っていった。その結果焦りで大振りになったユエリの蹴りに生まれた隙を、シェ
リーは見逃さない。空振りして一本足状態になったユエリの足元に転がり込むように入り
込むと、シェリーはさっき自分がやられたのと同じようにユエリの足を払う。そして完全に宙
に浮いたユエリの身体を捕まえると、シェリーは相手を背中から地面に叩きつけた。
「これで、攻守交替！」
言いながらシェリーは横たわるユエリめがけローキックを放った。だが、ユエリの太ももに
蹴りを入れたシェリーの方が、逆に痛さで顔が歪む。
「ぐ痛っ・・・アンタ・・・ポケットに何か入れ・・・」
半泣きの顔で右の足首をさすりながらシェリーは言った。折れてはいないがすごく痛い。何
か金属の棒でも蹴り飛ばしたような感触だった。そんなシェリーを前に、ユエリはゆっくりと
両腕を交差させてズボンのポケットに手を入れる。
「別に、防具のつもりで入れてたワケじゃないわ・・・」
言いながらユエリは左右両方のポケットから一本ずつ、短い鉄製のバトンのような物を取り
出した。そして両手に一本ずつそれを持ったユエリが両腕を同時に振ると、バトンはカシン
という金属的な音を立てて三倍ほどの長さに伸びる。
「振り出し式のロッド・・・しかもダブル・・・イヤなモン持ってるわね〜」
こめかみをポリポリと掻きながらシェリーは言った。
「そこらの連中ならともかく、アンタがそんなの持ち出しちゃシャレになんない。」
「怖気づいた？」
落ち着きを取り戻したのか、抑揚の無い声でユエリは言う。だが、シェリーはそんなユエリに
「いんや別に」とまた軽口を叩いた。
「ただ気になっただけよ。なんで私らをそんな目のカタキにするのか。」
「・・・・・・」
「そりゃ私だって、聖人君子な生き方してきたワケじゃないから、どこで恨み買ってるかなん
て分かったモンじゃないけど。」
「あなた自身に恨みがあるわけじゃないわ・・・」
シェリーの軽い口調とは対照的な、静かな口調でユエリは言った。
「ま、そりゃそうよね。ジニー助けてくれたんだし。・・・で、んじゃ何なの？」
「・・・・・・」
「理由が無いってことは無いわよね？」
「理由はあるわ・・・でもそれを言ったところで、誰も信じやしない・・・」
「なんで言う前からそういう事言うかしらね〜諦め早すぎ。」
呆れ口調でシェリーは言った。そんなシェリーにユエリは再び答える。
「だって私も信じられないもの。なんでこんなことが起きたのか・・・一体、どうすればいいの
か・・・」
自嘲的な口調でユエリは言った。そしてユエリはロッドを構える。
「ただ一つ言えるのはシェリー、私があなたに勝てば、あなた達三人よりも私の方が優れて
いることの証明になる・・・今私の心を癒せるのは！私にできるのは！それくらいしか思い
つかないのよ！！」
そして次の瞬間、ユエリはシェリーめがけ突撃していた。
「やっばぁい・・・」
ユエリの鬼気迫る攻撃を回避しながらシェリーは冷や汗をかいた。
「完っ全に電波入っちゃってるって言うか・・・うわっと！」
シェリーは間一髪でユエリの突きをかわした。腕を使用した攻撃なので足技よりもはるかに
小回りがきくし、移動しながら攻撃が出来る。しかも武器を持っているからリーチも破壊力も
足技に引けをとらない。
「こりゃ、このままいったらあと一分持ちこたえられりゃいい方ね・・・それなら！」
そう思うとシェリーは両手の拳をぐっと握り締めた。
「私も武器使うよ！」
バックステップしながらシェリーが叫ぶ。ユエリはその言葉を聞きピクと身構える。と、そんな
ユエリの頬に何か小さなものが当たった。
「・・・？」
ユエリは構えを解かずに足元を見た。小指の爪ほどの小さな石が転がっている。
「小石か・・・」
小さな声でそうつぶやくとユエリは再び身構え、シェリーに向かおうとした。だが、そこで再
びユエリの顔に小石が当たる。そこでユエリは、どうやらそれがシェリーの蹴ったものだと
気づいた。
「これが・・・あなたの『武器』・・・？」
”信じられない”と言わんばかりの口調でユエリは言った。そんなユエリを、シェリーはさらに
からかう。
「う〜ん、とりあえず間違っちゃいないわね。」
しれっとした顔でシェリーが言う。
「こんなのが効果あると・・・」
「案外あると思ってんだけど。」
言いながらシェリーはもう一度、足元に転がる小石を蹴った。ユエリは顔に飛んできたそれ
を、ロッドでパシンと叩き落す。
「バカにするのもいい加減にして！」
「ま、バカにされたと思う思わないはあんたの勝手だけど・・・」
「うるさい！黙れっ！！」
そしてユエリはまた、シェリーに向かって行った。これまでを上回る、強烈な速度でシェリー
に接近する。そしてシェリーの身体めがけ、力任せにロッドを振り下ろした。
・・・
・・
・
「そう思った瞬間から、私の術中なのよね」
シェリーの背後に隠れていた電信柱を全力でロッドで殴ってしまい、その衝撃で右手のロ
ッドを落し、痺れた手首を押さえるユエリを見てシェリーは言った。
「そして、あんたは『まさか最初からそれが狙いで』と言う。」
「・・・まさか最初からそれが狙いで・・・ハッ！」
ユエリのそのセリフにシェリーは会心の笑みを浮かべた。自分の好きなマンガの一場面、
一度は使ってみたかったセリフ、それがまさかこんな風に使う機会に恵まれ、しかも思い
通りの結果になるとは思わなかった。
「いや〜付き合いいいわねアンタ、案外息があってるのかも。」
「！うるさい！」
言いながらユエリは、足元に転がるロッドを奪い拾おうとした。だがシェリーはそれを自分
の目の前に蹴り上げて手に取る。
「へぇ〜、よくよく見るとなかなか高そう・・・ってあら？」
シェリーはロッドのグリップに文字が刻印がされているのに気づいた。
「！返せ！！」
刻印に気づいたシェリーからロッドを奪い返そうとユエリは飛びかかる。だがそんなユエリを
かわすと、シェリーはグリップの刻印を再度見た。
「Ｙ.Ｒ・・・ワイ・アール・・・これってあなたのイニシャルよね？ＹはユエリでＲは・・・」
「それ以上・・・」
刻印を読み上げるシェリーに、ユエリはロッドを振り下ろした。
「うわっと！」
ユエリの攻撃を、シェリーは自分が手にしたロッドで受け止めた。そしてシェリーはニヤリと
笑う。
「この手のはあんまり使ったことないけど・・・たまにはお互い同じエモノで勝負ってのも面白
いかもね。」
シェリーはそう言うと右手のロッドを持ち直し、身構えた。
「ハッ！」
「クッ！」
「せいっ！」
「うわっと！」
「そこっ！」
「つっ！」
「それそれそれそれぇっ！」
二人のロッドは鈍い金属音を立てながら何度もぶつかり合う。そして打ち合うこと数分、時
間を追うごとに有利になっていったのはシェリーの方だった。武器自体の熟練度ならユエリ
の方が上だが、利き腕かそうでないかの違いというのはやはり大きい。しかもシェリーの攻
撃は、回数を重ねるごとにその鋭さを増していっていた。
（シェリー・ハランツ・・・やっぱり強い・・・けど私は負けたくない・・・負けたくないっ！）
（このまま押し切って武器を弾き飛ばす・・・そうすれば私の勝ち！）
そう思いシェリーはユエリのロッドに狙いを定め、自身のロッドを振るった。しかし、それが
ユエリのロッドに当たる前にユエリの手からロッドがスルリと抜け落ちる。
（嘘っ・・・）
豪快な空振りでシェリーの体勢は大きく崩れた。無論、それを待っていたユエリは千載一
遇のチャンスを逃さない。
「喰らえッ！」
ユエリの中段蹴りがシェリーのみぞおちに深く突き刺さった。人体の急所に攻撃をもらい、
シェリーの息が止まる。そして右足の突き刺さったみぞおちを踏み台に、前かがみになっ
たシェリーの肩に左足を乗せる。
「バルキ・・・」
「・・・っ・・・させっ・・」
だがそこでシェリーは自分の身体を無理矢理大きくのけぞらせた。そして自身の顎を膝
蹴りで狙った右足を、両腕でがっちりとキャッチする。
「！！」
「させるかぁ！」
次の瞬間、シェリーとユエリ、二人の身体が同時に宙を舞った。ドラゴンスクリューと呼ば
れるプロレス技である。シェリーもアーサーとかに面白半分でかけたことは何度かあった
が、実戦で使うのは初めてだった。二人とも同時に、受け身も満足に取れずアスファルト
の地面に身体を叩きつける。そしてそこからシェリーは、ユエリの足を掴んだまま立ち上
がった。
「一気に仕留める！」
そしてシェリーはさらにユエリにプロレス技の第二段、スピニング・トゥホールドをかけた。
二回、三回と足首を痛めつけられ、ユエリの顔が苦悶の表情を浮かべる。
「いい加減にっ・・・！」
残る左足でシェリーの腕に蹴りを入れることで、ユエリはようやく解放された。けれど立ち
上がれば立ち上がるで、右足全体がズキズキと痛い。完全に、足を引きずっていた。
「その足じゃ、さっきみたいな動きはできないわね。手数も私よりだいぶ多かったからバテ
も来てるみたいだし・・・降参したら？」
「フン・・・」
口元にニヤついた笑みを浮かべながらシェリーは言った。だがユエリはそんなシェリーを
鼻で笑う。
「あぶら汗浮かべた顔で言ったって、説得力はないわ。」
負けずにユエリも口元にうっすらと笑みを浮かべながら冷淡な声で言い返した。彼女も彼
女で、さっきの腹部への蹴りがシェリーの肋骨を少なくとも一本、確実に折っているという
実感があった。実際、今のシェリーは浅く呼吸をしただけで脇腹が涙が出そうなくらい痛い。
「これ以上の長期戦はきつい」、それは二人に共通していた。
「それじゃ、続きを始めましょうか・・・」
素手になったユエリを見て、自身もロッドを捨ててシェリーは言った。シェリーのその言葉
にユエリも軽くうなずく。が、そんな二人の耳に、何者かの足音が聞こえてきた。
「いかんなぁ・・・最近残業続きだったから、つい寝込んだ・・・」
「！・・・その声・・・もしかして・・・」
ビクとしたシェリーは足音と声のする方向を見た。そして思い切り気まずそうな声をあげる。
「パパ・・・」
「・・・・・・！！！」
やってきたエヴィンを見て、ユエリの表情も変わった。息が乱れ、全身がワナワナと震える。
そんなユエリを、エヴィンは不思議そうな目で見た。
「・・・この子が・・・」
「あ・・・ああ・・・」
「・・・・・・？」
ユエリの表情の変化を、シェリーはいぶかしげな目で見た。そんな二人の前で、瞳孔の開
いたユエリは大きく息を吸い込んだ。
「なんで・・・なんでぇぇぇええええっっっっっ！！！」
ありったけの声でユエリは叫んだ。そしてそのまま一気に、シェリーにも追いつけない速度
でエヴィンに向かっていく。しかしエヴィンは動かない。文字通り微動だにせず、ユエリが来
るのを待った。
「バルキリーストライクッ！！」
「パパッ！」
叫ぶシェリーの前に、ユエリの連撃がエヴィンに突き刺さった。みぞおちへの中段蹴りから
それが突き刺さった腹部を踏み台にし、肩に駆け上っての顎部への膝蹴り、そして上空か
ら見舞う、両手の拳を組んでの脳天へのスレッジハンマーの一撃・・・だがそれらを全て喰
らっても、エヴィンの様子に変化は見られなかった。
「・・・今の直撃を受けても・・・」
「直撃していないということだ。」
愕然とした顔のユエリに対し、いつもと変わらぬ、おだやかな口調でエヴィンは言った。
「・・・・・・」
ユエリはその表情のままクルと１８０度振り返り、その場から走り去ろうとする。だが首筋
にエヴィンの当て身をトン、と受けると、そのまま前のめりに倒れこんだ。
「おっと。」
倒れるユエリをエヴィンが慌てて受け止める。そして完全に気を失っているのを確認する
と、エヴィンはユエリをおぶった。
「帰るぞシェリー。」
「あ、うん。」
エヴィンの言葉に、シェリーはあわてて頷く。そしてシェリーはユエリを背負うエヴィンの姿
に目をやった。
「どうした？」
「あ、うん・・・」
エヴィンの問いかけにシェリーは口を開く。
「いや、なんか今のパパの恰好、ハタから見ると親子みたいだな〜って。」
「ハハ・・・」
シェリーの言葉に、エヴィンは適当に笑った。そんなエヴィンに、シェリーはもう一つ質問
をする。
「ところでパパ・・・なんで今のユエリの技喰らって平気だったの？」
「ああ、あれか？」
「空気の流れを読み、相手の動きを感じ取る。そして相手の攻撃をわずかに急所を外し
た上で、そこに防御を集中する、そうすればダメージは最小限に抑えられる。」
「へぇ〜」
驚きと感心の入り混じった顔でシェリーは言った。
「パパも若い頃には色々ムチャをしたからな。そんな中でコツを掴んだ。」
「そうなんだ・・・なんかいつものパパからは、想像できないなぁ・・・」
「あ、それとシェリー。」
「？」
「母さんの言いつけを破って危ないことしたバツだ。二ヶ月間小遣い抜き。」
「ひぃぃぃぃっっっ！！！」
シェリーの顔が戦慄の色に染まった。
「そ、そんないつもの優しいお父様からは想像もつかない非情なお言葉をぉぉぉっっっ！」
「今更そんなこと言ってもダメだ。あと傷の手当ては母さんにしてもらえ。無論、母さんも
カンカンだがな。」
「ひえぇ......」
一気にテンションが低くなり、トボトボと歩くシェリーをしり目に、ユエリを背負ったエヴィン
はスタスタと歩いていった。
「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る
オンライン小説のコーナーに戻る
トップページに戻る