そして翌日・・・
「う・・・ん・・・」
顔に射す朝日でユエリは目を覚ました。
「うう・・・頭痛い・・・まあいいか・・・トイレ行って寝直そ・・・って・・・？」
言いながらユエリはボーッとした意識で、周囲を見回した。どうやらここはどこか自分の
知らない家のリビングで、自分はソファに寝かされていたらしい。
「ここは・・・」
「僕の家だよ。」
「！？」
背後からのその声にユエリはビクリと反応した。慌てて振り向くユエリ、その視線の先
にはエヴィンが座っていた。
「よく寝てた・・・疲れてたんだろう。」
「・・・・・・」
優しげな声でそう言うエヴィンの言葉に、ユエリは視線を逸らして答えない。だがユエリ
は、すぐに自分の足に丹念な（『上手な』に非ず）手当てが施されているのに気づいた。
「そんな感じで大丈夫だったかな？」
少しバツが悪そうな笑みを浮かべながらエヴィンは言った。
「いつも怪我の手当ては妻任せなものでね・・・だがその妻が今回はシェリー・・・あ、娘
を三時間以上も叱りっぱなしだったから、君の手当てまで手が回らなかった・・・」
「・・・大丈夫・・・」
エヴィンにそう言うと、ユエリは少しだけ微笑んだ。そしてそんな二人のいる居間のドア
がバタンという音を立てて開く。
「あ！起きた起きた！！」
ユエリの目が覚めたのを嗅ぎ付け、喜色満面でそう言って飛び込んできたのはジニー
だった。ソファに腰掛けるユエリの目の前に来て、ジニーはペコリと頭を下げる。
「助けてくれて、ありがとうございました！」
「・・・フン・・・」
元気よく礼を言うジニーに、しかしユエリは冷たい眼差しを向けた。
「いくら小さくても、あんな連中にあの体たらくとはな・・・情け無いと言ったらない・・・私
が１０のときでも、あれくらい何とかなったぞ・・・」
「・・・・・・」
ユエリの言葉にジニーは黙ってしまった。そしてワンテンポ置き、おどおどと喋りだす。
「で・・・でも私・・・お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいな・・・」
「才能が無いと思うなら勝手に思っていつまでもいじけてるんだな。成長を諦め、思考を
停止させて。」
「・・・・・・」
ユエリに言葉に、ジニーは再び黙り込む。そしてグスと涙ぐみ始めたのを見ると、ユエ
リはため息をついた。
「上の兄弟に力で勝てないと思うのなら、それ以外の何かで超えることを考えればいい。
人生は一度でも、道は１つじゃない・・・可能性を、自分で否定するな。」
「うん・・・」
「焦らず、止まらず、探し続けるといい。」
「うん・・・」
ユエリの言葉に、ジニーは二度ゆっくりとうなずいた。
「あ、そういえば私、名前をまだ聞いて・・・」
「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るのが先のはずだけど？」
「あ・・・」
ユエリの指摘に、ジニーは顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい・・・私ジニー・ハランツって言います・・・えっと・・・それで・・・」
「私はユエリだ。」
慌てるジニーの表情を微笑みながら見つめ、ユエリは言った。そんな二人の様子を見
て、エヴィンも少しだけ笑う。
「そうか・・・ユエリさんと言うのか・・・あ、私の名前はエヴィン・・・」
「知ってる・・・」
エヴィンの言葉を、ユエリはそう言って止めた。そんなユエリを、ジニーは不思議そうな
顔で見る。
「ユエリちゃん・・・パパのこと知ってるの？」
「・・・よく、知ってるわ・・・この人じゃないけど・・・」
「・・・？？？」
ユエリの言葉に、ジニーは混乱しかかった顔をする。そんな二人の横で、エヴィンは一
つ、ため息をついた。
「ユエリさん、君の目的を知りたい・・・話してくれるね？」
「”うん”と言う以外の選択肢は無いんでしょ？」
「まあね。」
口元に少しだけ、笑みを浮かべながらエヴィンは言った。それからエヴィンはジニーの方
を見る。
「ジニー、他のみんなを呼んできてくれないか？みんなで少し、話をしたいことがある。」
「分かったわ。ちょっと待ってて。」
エヴィンの言葉にそう言ってうなずくと、ジニーはパタパタと駆け出して行った。
「全員が揃うまで少し時間がかかるだろう。何か飲むかい？」
立ち上がり、冷蔵庫に向かいながらエヴィンが言った。そんなエヴィンに、ユエリは感じた
疑問を口にする。
「今、ジニーは私の間合いに無防備に入っていた・・・私が彼女を人質に取ってここから逃
げることは考えなかった？」
「全然。」
微笑みながらエヴィンは答えた。
「今の君からはジニーに対して何ら悪意を感じなかったからね。いや・・・悪意が無いって
だけじゃないな。なんて言うか・・・妹に対する姉のような暖かさを感じた。」
「・・・・・・」
「ただ、どっちかって言うとシェリーよりアーサーのジニーに対する接し方に近かったかな。」
「そう・・・」
静かな声でユエリは言った。
「けれど、気配を消していただけかもしれないわよ？もしそうだったら？」
「もしそうだったら・・・」
そう言うとエヴィンは言葉を止めた。そして険しい目でユエリのことを見る。
「その結果について、君に相応の覚悟をしてもらうことになっていた。」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉にユエリは黙った。そしてうつむき、軽く息を吸う。
「強いのね・・・あなたは・・・」
「・・・・・・？」
「なんで、そんなに強くいられるのよ・・・なんで、そんなに頼もしくいられるのよ・・・」
「ユエリ・・・？」
「いや、理由は分かっている・・・理由はたった１つ・・・違いは・・・たった、１つ・・・」
「たった１つの差・・・たった一つの違い・・・それがなんで・・・なんでぇっ！」
その言葉とともに、ユエリはエヴィンに飛びかかっていた。クッションのバネを利用しての
加速のついた飛び蹴り、しかしそれはエヴィンのガードに簡単に弾き返された。
「本当に、強い・・・」
着地し、嘆息してユエリは言った。
「あなたのさっきの言葉が、ハッタリじゃないってよく分かる・・・」
「当然だ。」
落ち着いた口調でエヴィンがそう言うと同時に、リビングのドアが開いた。
「どうしたの？なんか今また凄い音がしたけど・・・っておはよユエリ、よく寝れた？」
「シェリー・・・」
あっけらかんとしたシェリーの言葉にユエリは少し面食らった。そんなユエリの前で、シェ
リーは大あくびをする。
「ふぅわぁ〜あ・・・こっちは寝不足よ・・・ケンカした後に三時間ぶっ通しで説教喰らった上
にやっと深い眠りに入ったと思ったらジニーに叩き起こされて・・・おまけにママにまで小
遣いカット言われちゃってさあ、もう散々よ。三ヶ月も収入無しじゃ干上がっちゃう。」
言いながらシェリーは隣にいるアーサーをチラと見る。
「そんなワケでさあアーサー、弟の敵討ちという涙ぐましい行動に出た結果、あらぬ誤解
を受けて底知れぬ悲劇と窮乏に見舞われたお姉様に・・・」
「カンパならしないよ。」
アーサーはあっさりと言った。
「て言うか僕の敵討ちって、すごく後付けな気がするんだけど・・・単に気になったのを抑
えきれなくなったって言うか・・・」
「う〜ん、たぶん気のせい。」
「それに弟に金せびるってのも姉のプライドがどこにいったのかと・・・」
「ごめん、そんなのドブに捨てた。」
「・・・・・・」
シェリーとアーサーの掛け合いに、ユエリの口元が少し緩んだ。だがそんなユエリを、隣に
いたリビアが厳しい表情で見つめる。
「この子がアーサーを病院送りに・・・」
ボソとした声で、説教のしすぎで少しかすれた声でそう言うと、リビアはツカツカとユエリの
方へ歩み寄ろうとする。しかしそんなリビアの手首をつかんで止めたのはそのアーサーだ
った。
「待ってって母さん！今はそういう話じゃないんだから！」
「アーサー・・・」
「て言うかさ、僕が一番情けない思いしてるんだから、ほじくり返さないでよ・・・姉さんが引
き分け、父さんが圧勝の相手に僕一人だけ惨敗なんてさ。」
「お兄ちゃん一人だけ、って・・・私もいるもん。」
アーサーの言葉の中で、頭数に入れられなかったジニーが不満そうに言った。
「ジニーは実際物の数に入れられてなかっただろ。ま、それで良かったと思うけど。」
「・・・そんな風に言わなくったって・・・」
「アーサー、気持ちは分かるが、今のはお前の言い方が悪い。」
「はぁ〜い・・・」
エヴィンの言葉に、少ししょんぼりした口調でアーサーは言った。ジニーは、そんな兄を見
て、こっそりと少しだけ嬉しそうな顔をする。そしてそれぞれが、思い思いの椅子に座った。
「んじゃまず、自己紹介から行ってもらいましょうか。あ、こいつはアーサー、それとママの
名前はリビアね。」
いつの間にかすっかり場を仕切りに入っているシェリーがそう言って、ごく簡単にユエリが
名前を知らないであろう二人を紹介した。それを聞いたユエリはうなずき、軽く息を吸い、
ワンテンポ置いて気持ちを整えてから口を開く。
「名前はユエリ・・・ユエリ・ロックフィールド・・・」
「・・・ユエリ・・・・・・」
「ロックフィールドですって・・・！」
ユエリの名乗りに、エヴィンとリビアの顔がピクと動いた。
「どしたのパパ？ママ？」
「誰か知り合いの人と同じ苗字？」
「ええ・・・」
シェリーとアーサーの質問に、リビアは静かにうなずいた。
「エリーさんの旧姓だ・・・」
「・・・エリーさんって・・・」
「夫のジャンさんが首都で代議士やってる・・・」
「『オバサン』が禁句のあのエリーさん？」
「そうだ。」
三兄弟の言葉に今度はエヴィンが頷いた。
「しかし彼女は一人っ子・・・父親に・・・ディルナ・ロックフィールドに兄弟がいたのか・・・
ちょっと意外だが、いたとしても縁を切っていそうだからな。そう見えなかっただけだっ
たのか。」
「違う・・・」
エヴィンの言葉をユエリは即座に否定した。
「私の母さんはエリー・ロックフィールド・・・」
「え？でも・・・」
「そして父の名は・・・・・・・・・」
「父の、名は・・・？」
「・・・エヴィン・ロックフィールド・・・」
ユエリはそう言うと小さく息を吸い、口を閉ざす。そして自分の言葉に対する、周囲の反
応を見守った。
最初、シェリー達がユエリに見せたのは沈黙だった。そしてワンテンポおき、誰からとも
なく苦笑いの笑い声が漏れ出す。そしてその微妙な笑い声が五人全員に伝播したとこ
ろで、シェリーが席を立ってユエリに歩み寄った。
「ユエリ、あんた勉強不足ね。ちょっと予習が足りないんじゃない？」
「・・・姉さんに予習のこと言われたくないと思うけど・・・」
「はいアーサーあんたは黙ってる。」
背後からのアーサーのボソとした突っ込みに、シェリーはすぐに反応した。それから気を
取り直し、再びユエリの方を見る。
「ともかく、ウソつくならもう少しマシなウソをつきなさいってこと。」
「ウソ・・・？私がついてるとでも・・・？」
「そ。」
ユエリの言葉にシェリーは力強く頷く。
「悪いけど私達、エリーさんちとは家族ぐるみの付き合いなの。」
「そう・・・」
「エリーさんのダンナはジャンさん、ここにいる全員が知ってることよ。」
「・・・私も知ってるわ・・・それくらい・・・」
シェリーの言葉に、視線をそらしたままユエリはそう返事をした。
「見てきた・・・幸せそうだった・・・すごく、安心した・・・」
「ユエリ？」
ユエリの言葉に、シェリーはまた呆れた顔をした。
「だったら、さっさと本当のこと言いなさいよ。お父さんの名前も、うちのパパと同じ名前
なんて適当に出してないで・・・」
「適当に出したんじゃない・・・そもそも同名の他人じゃない・・・私の父さんは・・・あなた
達と同じ・・・」
バカにしきった口調のシェリーと対照的な、静かな声でユエリは言った。
「父さんの旧姓はハランツ・・・エヴィン・ハランツ・・・」
しかしユエリがそう言うと、怒りに満ちた顔でアーサーがガタと席から立ち上がった。
「いい加減にしておけよ・・・」
言いながらアーサーは一歩、また一歩とユエリの方に歩いていく。
「本当のことを話さないだけならまだしも、父さんを侮辱するんじゃない・・・隠し子だなん
て言って・・・」
「隠し子じゃない！」
アーサーと同じくらい、怒りに満ちた顔でユエリは立ち上がった。しかしそんな二人の間
に、シェリーが割って入る。
「やめときなさいってアーサー、話の腰を折るのは。」
「姉さん・・・」
「大体、あんたじゃ勝てないって。また大ケガするのがオチよ。」
「ぐ・・・」
シェリーの言葉にアーサーは歯噛みした。そんなアーサーを無視して、シェリーは再びユ
エリの方を見る。
「それにユエリ、私まだ話がちっとも見えてないんだけど。続けてくんない？あんたの話、
なんかまだオチがありそうだから。」
「分かったわ・・・」
そう言うとユエリは再び席に着いた。もっとも、アーサーとの間の、睨みあうような視線は
お互いはずしていない。
「私の父さんはエヴィン、母さんはエリー、これは事実よ。ウソだと思うなら、ＤＮＡの検査
でもなんでもやってみればいいわ・・・もっとも・・・」
「もっとも・・・？」
「母さんはともかく、父さんの方はちょっと自信ないけど。」
「ほら見ろ。」
ユエリの言葉を捉えアーサーが言った。
「舌の根も乾かないうちに前言撤回か？それとも予防線にもならない予防線のつもりか？」
「・・・・・・」
アーサーの言葉に、ユエリは嘲笑で応えた。
「だって誰にも分からないもの・・・ダークファルスの力の有無が、遺伝子の構成にどんな
影響を与えるかなんて。」
「！！」
ユエリの言葉に、エヴィンとリビアの顔色が一気に変わった。
「君！今なんて言った！！」
「ダークファルスですって！？」
「なんでそれを！」
「・・・ねえ・・・パパとママどうしちゃったの・・・？急に、怖いよ・・・」
「私に聞かないでよ・・・アーサー、あんた何か分かる？」
「ダークファルス・・・大昔の・・・アルゴル時代の神話に出て来る邪神の名前だけど・・・」
「それが、パパとママにどう関係があるって言うのよ？」
「そこまでは分からないよ・・・ただ・・・」
「ただ？」
「宇宙船ネオパルマがこの星を発見できたこと自体、ダークファルスの影響があったって
言い張る人もいるし・・・カルト宗教の類だけどね。」
「ふぅ〜ん・・・」
アーサーの言葉に、シェリーとジニーは分かったような分からないような顔をした。エヴィン
もリビアも、３０年前の戦いについて子供たちには何も語っていない。いや、当事者以外の
誰にも語っていなかった。だからエヴィン達二人にしてみれば知らないはずのことを知って
いたユエリに対し当然起きた狼狽を、子供たちはワケも分からずただ見つめることしかで
きなかった。
「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る
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