「私はエヴィンとエリーの子・・・あなた達から見たらパラレルワールドから来たね。」
５人に対し、ユエリは改めて言った。
「パラレル、ワールドって・・・」
その言葉を聞いたアーサーが絶句する。と、そんなアーサーの首根っこをシェリーが掴み
グイと引いた。
「ぐえっ・・・」
「・・・なんなのよ、それ。あんた一人で驚いてないで、ちゃんと説明しなさいよね。」
「わ・・・分かった・・・分かったから・・・」
「よろしい。」
そう言うとシェリーは手を離した。それからアーサーは数回咳き込み、シェリーとジニーに
説明を始める。
「平行世界って意味だよ。」
「平行・・・世界？」
「そう、つまり僕らのいる世界と同じ時間軸にあるけれど決して交わらない、ｉｆの延長上に
ある世界ってこと。」
「・・・分かったような分からないような・・・」
「・・・そうだな・・・」
頭を抱えるシェリーとジニーに、アーサーは再び言葉を選んで説明しだした。
「たとえば今から約１００年前、この星で革命がおきてリーク王家は滅亡した。」
「うん。」
「その結果ネオアリサは総督を頂点とする、やや中央集権的な政治体制になったけど、そ
れからも緩やかに性質を変え続け、議会民主主義へと移行して行き今にいたる・・・」
「まあ、そうねえ。」
うんうんと相槌をうちながらシェリーは言った。しかしそんなシェリーにアーサーは疑いの眼
差しを向ける。
「・・・ホントに分かって言ってる？」
「もちろんよ！アンタ私をバカにしてるでしょ！」
「それじゃ姉さん、今の議会法が成立したのは何年？」
「・・・・・・・・・」
「・・・やっぱり二浪は固そうか・・・」
シェリーの反応に、アーサーはため息をついた。そんなアーサーに、シェリーはムッとした
顔をする。
「そ、それがその平行世界の説明とどう関係があるのよ！」
「いや、とくに関係ないけど。ただついでに聞いてみただけ。」
しれっとした顔でアーサーは言った。
「ア〜サァ〜・・・あんたあんまり人をナメてると・・・」
「あ、大丈夫大丈夫、これから本題に入るから。」
殺気立ってきたシェリーに少し慌てた様子でアーサーは言った。
「つまり１００年前に革命が成功したから今の世界があるワケだけど、たとえば革命が失敗
してリーク王家が続いていたら・・・その結果暴政が続いていたら・・・それとも逆にすごい
名君が登場していたら・・・議会法が否決されていたら・・・そういう『もしも』の先にある世界、
それがパラレルワールドってこと。」
「ふ〜ん・・・」
さっきより少しは分かったような顔でシェリーは言った。
「んで、そのパラレルワールドっていくつあるのよ？」
「え？い、いや、それは分かんないけど・・・て言うか基本的に空想世界の話だし、それに今
ある世界だって無数の分岐の上に成り立っているから・・・」
「・・・無数じゃない・・・」
「？」
アーサーの解説に、突如後ろからユエリが口を挟んだ。そんなユエリに、皆の視線が集まる。
「私のいる世界とこの世界を分けたのは無数の分岐の末、そうであれば私もここまで苦しま
なかった・・・けれど私の住む世界とこの世界を分けたのはたった一つの違い・・・たった一
つの、戦いの結果・・・」
「・・・それは、どんな戦いだと言うつもりだ？」
悔しそうに話すユエリに、今度はエヴィンが口を挟んだ。そんなエヴィンにユエリは話す。
「父と祖父の・・・エヴィン・ハランツとディルナ・ロックフィールドの一騎打ち・・・」
「！！」
ユエリの一言で、エヴィンとリビアの身体がビクンと動いた。そしてエヴィンは、深いため息を
一つつく。
（僕とディルナさんの戦いか・・・）
椅子に座ったまま、エヴィンは三十年前の戦いに思いを馳せた。大昔の出来事なのに、その
ときの記憶は今も鮮明に残っている。
（そして、僕が敗れた先の未来・・・・・・・・・おそらく、ネオパルマは・・・）
そこまで考えると、エヴィンはもう一度深いため息をついた。そんなエヴィンを、リビアは不安
そうな目で見つめる。
「あなた・・・まさかこの子の言うことを信じるの？たしかに当時のことを知っている人は少ない
けれど・・・マークやリィズさんとかだって話としては聞いているんだし・・・」
しかしそう言うリビアに対し、エヴィンは静かに首を横に振った。
「単に知識だけの問題じゃないんだ・・・知識に直感が何重にも重なっている・・・」
エヴィンはそう言うと、自分の子供たちの方を見た。
「お前たちがユエリの気配を感じた時、敵意と同時に親近感も感じた、そう言っていたよな？」
エヴィンの言葉に、シェリーら三人は無言で頷く。それを見てエヴィンもまた頷いた。
「実は父さんもなんだ・・・シェリー、昨日気絶したユエリを父さんがおぶったとき、『親子みた
いに見える』そう言ったよな？」
「え？うん、たしかに言ったけど・・・でも別にあれに深い意味は・・・」
「だろうな。けど、その言葉を父さんは全否定することができなかった・・・何をバカなと、笑い
飛ばすことができなかったんだ・・・」
しみじみとした口調でエヴィンは言った。
「きっとそれは、血がつながっているから・・・別の世界から来た僕の子供・・・お前たちにとっ
ては異母兄弟だから・・・」
「バカバカしい・・・」
エヴィンの言葉を遮るように、ため息をついてリビアは言った。
「あなた達・・・本気でそう言ってるの？」
エヴィンと同じように、子供たち三人を一度に見ながらリビアは言った。そんなリビアの言
葉に、シェリーは手を顎に当てながら「そうねぇ・・・」とつぶやく。
「まあ、最初に会ったときからユエリが他人に思えなかったのは事実だし・・・それに・・・」
「それに？」
「私らの異母兄弟だとしたら、どっか別の世界から来たって言った方が自然でしょ。パパが
よそで浮気してできたって言うよりよっぽど。」
そう言うとシェリーはニカと笑った。そんなシェリーの言葉に、場にいた一同は一瞬呆気に
取られたが、それから次々に笑い始める。
「たしかにね・・・父さんが浮気していて、しかも相手がエリーさんで、子供までいて、それを
１５、６年も隠し通していた、それに比べりゃ、平行世界から来た異母兄弟の方がよっぽ
ど真実味がある。」
笑いながらアーサーは言った。
「・・・と言うことは・・・ユエリちゃんもお姉ちゃんってこと？」
不思議そうな顔でユエリを見ながらそう言ったのはジニーだった。そんなジニーの視線から
ユエリは不機嫌そうに顔をそらす。そしてそんな二人の間に、シェリーが割って入った。
「ま、そういうことになるんじゃないの？それで私にとっては妹で、アーサーにとっては・・・」
シェリーはそこで言葉を止め、ユエリの顔を見た。
「ねえユエリ、あんたいくつなの？」
「・・・それも分からないで姉だの妹だの決め付けてたの？」
呆れ顔でユエリは言った。
「まあね、けど見当はつくでしょ？横に並べりゃ、年の順なんて。」
「まあね・・・」
フゥとため息をついてユエリが言う。そんなユエリに、シェリーはもう一度彼女の誕生日を
たずねた。
「・・・５月１５日よ。ＡＷ４３４６年のね。」
「へえ・・・」
ユエリの言葉に、その場にいた全員がびっくりした目で彼女のことを見た。
「・・・何か変なことでも？」
怪訝な顔でユエリが言う。
「いや、変じゃないわ。変って言うワケじゃないわよ。ただ、アーサーと全く同じだったから。」
「・・・・・・！」
シェリーにそう言われ、ユエリは驚きアーサーの顔を見た。若干、その表情にイヤなものが
見えなくも無い。
「なんだよそのイヤそうな顔・・・」
ムッとした表情でアーサーは言った。しかしユエリは、そんなアーサーに素っ気無い口調で
「別に・・・」とだけ答える。
「あなたの考えすぎでしょ。私はむしろ安心してるんだから。」
「安心・・・？」
「そう、同年同日に生まれた相手に圧勝だったから。あ、でも不安もあるわね。自分の成長
限界とかは。」
「こいつ・・・！」
苦虫を噛み潰したような顔でアーサーは立ち上がる。だが、そんなアーサーをシェリーが止
めた。
「だ〜からやめなさいって、家具壊す気？」
「姉さん・・・」
「それにさっきも言ったでしょ？アンタの勝てる相手じゃないって。」
「・・・・・・」
シェリーの言葉に、アーサーはものすごく不満そうな顔をした。
「けどこれは僕にとって名誉の問題・・・」
「名誉なんてモンがあんたにあったっけ？」
「な・・・」
シェリーのあんまりと言えばあんまりな一言に、アーサーの顔は真っ赤になった。けれど、
そんなアーサーを見てシェリーはクスクスと笑う。
「冗談よ冗談、いい機会だったから、古いマンガのセリフを使ってみたかっただけ。」
「あ、あのねえ・・・」
「いいでしょ別に？あんただってさっき、人のことを二浪確定だのなんだの言ったんだから。」
「・・・論点すりかえてない？」
「て言うかさ、一息つかない？まだまだ話は続きそうだし、こっちはお腹へって仕方ないん
だけど。昨日暴れてから何も食べてないし。」
「それもそうだな・・・」
シェリーの提案に、すでに九時近くを指している時計を見てエヴィンもうなずいた。
「じゃあ、そろそろ朝食にするか。話も大体分かったしな。ユエリ、君も食べて行くか？」
「え？いやパパ・・・私は『まだまだ話が続きそうだから』一息つこうって言ったんだけど・・・
決して『分かったから』終わりにしようとは・・・」
エヴィンの言葉にシェリーは慌てて口を挟んだ。けれどエヴィンは、静かに首を横に振る。
「いや・・・もう十分だ・・・これ以上彼女の口から言わせることはない・・・」
「・・・・・・！！」
エヴィンの一言に、ユエリはびっくりした顔でエヴィンのことを見た。そんなユエリに、エヴ
ィンは柔らかい、しかし少し哀れみの混じった微笑みを向ける。
「せめて勝ちたかったんだろう・・・違う世界で生まれ育った、自分の兄弟達に・・・」
「・・・・・・」
エヴィンがそう言うと、ユエリの瞳は今にも泣きそうなものになった。ユエリはそんな瞳を
右手で覆い、歯を食いしばる。そしてそのまま、誰にも顔を見られないようにしながら立ち
上がると、ユエリは逃げるように部屋を出た。
「ユエリ！」
そんなユエリに呆気に取られたシェリーだったが、すぐに我に返ると慌てて席を立った。
そして玄関に向かうユエリに追いつくと、シェリーはその手首を掴む。
「待ちなさいっての！」
しかし次の瞬間、ユエリが放った掌底にシェリーはのけぞり、息が止まった。そしてその
間に、ユエリは家から出て行ってしまった。
「ケホ・・・ちょっと、油断しちゃったわね。ま、いいか。」
シェリーはそう言うとリビングへ戻っていった。
「お姉ちゃん・・・ユエリちゃんは？」
「逃げちゃった。」
不安そうな声で聞いてくるジニーに、そっけない口調でシェリーは言った。そんなシェリーの
言葉に、ジニーは心底残念そうな顔をする。
「もっと、色々話したかったな・・・よく分からない話を、ただ聞いてるだけだったから・・・」
「ま、でもどうせまた近いうちに会えるわよ。必ずね。」
「アテがあるんだ。」
「ま、そのへんはご想像にお任せします。」
アーサーの言葉に、シェリーはニヤリと笑った。そしてそれから間もなく朝食となる。シェリ
ーはトーストにやや厚切りのハムを二枚のせて折り曲げるとまずはそれを一口かじった。
「・・・・・・・・・」
シェリーは口の中のものをよく噛んで飲み込む。そしてグラスに入ったミルクを一息に飲み
干すとまた一口トーストをかじり、それからサラダボウルに手を伸ばした。
「・・・聞かないんだ・・・」
ただひたすら黙々と食事をするシェリーを見てアーサーは言った。
「てっきり、すぐにでも父さんに色々聞こうとすると思ってた。」
「そう？」
「それとも、アテがあるから後で本人から聞くつもり？」
「いんや。」
シェリーはそう言うと軽く首を横に振った。
「言っておくと、気にならないワケじゃないわよ。けど、名前も素性もとりあえず分かったし、
私たちに勝負してきた理由もなんとなく分かった。とりあえず、それで良しとしようと思っ
てね。」
「へえ・・・」
シェリーの言葉に、全員が意外そうな顔をした。
「だってあの子、これ以上何か聞くと泣きそうな顔してたんだもん。趣味じゃないのよね。
そ〜ゆ〜のって。叩きのめして泣かすのならともかく。」
「気配りはあれど・・・」
「最後はやっぱり姉さんらしいや。」
エヴィンとアーサーはそう言って苦笑いした。
そして休日の朝はごくごく平穏に流れていった。いつもと変わらぬ休日の風景・・・そんな
中、昼ごろになるとシェリーは紙袋を片手にコンビニに行くと言って家を出た。少し周りを
見回しながら歩くシェリー、やがて彼女は足を止めた。
「・・・いた。」
家を出て、角を曲がった少し先、電信柱にもたれかかるユエリを見てシェリーは言った。
「待ってた、って言うのはちょっと違うわよね。戻るに戻れず立ち往生、ってトコかしら？」
からかうような口調でシェリーは言った。ユエリはそれに対して何も答えず、無表情を装う。
しかし彼女の視線と関心がシェリーの持っている紙袋に向いていることはシェリーにも分
かった。
「はい、忘れ物。」
シェリーはそう言うとユエリに歩み寄り、手にした紙袋をポンと渡した。ユエリはすぐに紙
袋を開ける。そして中にあった二本のロッドを取り出した。
「お日様の下で見ると、結構年代物だったのね。」
ホッとした顔でロッドを見つめるユエリにシェリーは言った。
「ママが、昔使っていた物だから・・・」
「へぇ・・・」
少し驚いた顔をしてシェリーは言った。
「母娘二代の思い出の品かあ・・・あんまり色気があるとは言えないけど。」
「フン・・・」
シェリーのからかいを、ユエリは鼻で笑った。
「それでどうするつもり？昨日の決着・・・」
「そうねえ・・・」
ユエリの言葉に、シェリーは顎に手を当てた。
「昼間あんな派手な立ち合いするワケにはいかないし・・・かと言ってまた夜中にやって
これ以上小遣い止められちゃかなわないし・・・って。」
シェリーはそこで言葉を止めた。
「ねえ、あんたこそお金大丈夫なの？見たところお風呂とかちゃんと入ってるみたいだ
し橋の下でダンボールハウスってことはなさそうだけど。ホテル暮らし？お金もつの？」
「どっちでもないわ。」
あっさりした口調でユエリは答えた。
「ちゃんと寝泊りする場所は確保してるから。仕事つきでね。」
「ふ〜ん・・・」
言いながらシェリーは眉をしかめた。
「こっちの世界じゃ戸籍もない、住所不明で年端も行かない女の子に宿と仕事を提供・・・
大丈夫なの？それ。」
「・・・もしかして、心配してくれてるの？」
「まあね、一応妹だし。」
「私はあなたのことを姉さんだとは思ってないんだけど。」
「あっそ。」
素っ気無くシェリーは言った。そんなシェリーに、ユエリも素っ気無く話す。
「とにかく、あなたにそんな心配されるほど抜けちゃいないわ。」
「そ。じゃ心配しない。」
「ありがと。じゃあね。」
そう言うとユエリは、シェリーに背を向けてスタスタと歩き出した。だが、そんなユエリに
シェリーもスタスタとついてくる。
「・・・なんでついてくるのよ・・・」
呆れ果てたと言わんばかりの口調でユエリは言った。
「別について来てなんかないわよ？たまたま、あんたと歩く方向が一緒なだけ。」
「・・・そう・・・で？それじゃあ目的地は？」
「たまたまユエリと同じとこ。」
「・・・なんなのよそれ・・・」
「ま、気にしない気にしない。そんじゃ出発しましょうか。」
苦虫を噛み潰したようなユエリの表情もどこ吹く風、シェリーはニコニコと笑いながらユ
エリのあとをついて行った。
「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る
オンライン小説のコーナーに戻る
トップページに戻る