〜始まりの終わりとなる日々に〜

第九話 保護者

それから約二十分後、ユエリは憮然とした表情で道を歩いていた。そんな彼女の後ろには
対照的な、ユエリにしてみれば腹立たしいまでの笑顔なシェリーがいる。
「甘いのよね。地元の人間を撒こうなんて。」
「・・・うるさい。」
勝ち誇った顔でそう言うシェリーに背中を向けたままユエリは言った。
「ましてや私、子供の頃は一部からハウンド(猟犬)シェリーって言われてたくらいだし。」
「・・・それ、微妙に褒めてない気がするんだけど・・・警官とかじゃないんだから・・・」
「かもね〜、そのあだ名付けたのって、私に逆恨みしてた連中だし。あ、ちなみに今の私の
 自称はアンチェインだから。」
「・・・勝手に言ってて。」
ため息を一つつくと、疲れ果てた声でユエリは言った。そしてそれから駅に入り、電車に乗
る。そこでもまた撒こうとしたが、それもかなわぬことだった。

「どうして、そこまでしてついて来ようとするワケ?」
さっきよりももっと呆れ果てた、苛立ち混じりの声でユエリは言った。
「どうして、って・・・ちょうど私もバイト探してたとこだし。」
「は?」
シェリーの一言に、ユエリは顎が外れそうな気分になる。
「さっきも言ったでしょ?アンタとのケンカが原因で、小遣い止められてるって。だから当座
 をしのぐためにも、多少のバイトは不可欠なの。」
「・・・・・・」
「それに、それなら知り合いがいた方が色々と楽だし便利だし。」
「あなたね・・・」
「うん?」
「私が、あなたの採用に有利になるようなこと言うと思う?」
「大丈夫。『言ってもらう』んじゃなくて『言わせる』つもりだから。」
ニコニコと笑いながらシェリーは言った。そんなシェリーの言葉に、ユエリのコメカミがピク
と動く。そしてそんなユエリをシェリーはまた笑った。
「ホントにあんたって、挑発に弱いわよね〜、しかも怒りのツボが、アーサーによく似てる。
 やっぱり生年月日が同じだと、性格まで似るものなのかしらね〜。」
「っ・・・」
小さく舌打ちすると、ユエリはシェリーに襲いかかった。振り返りざまの回し蹴り、しかしシ
ェリーはそれを軽くかわす。
「自分がするように仕向けた攻撃に当たっちゃうのはバカのすることよ。前も言ったでしょ?
 私の言葉に反応して攻撃してきた相手は、すでに私の術中だって。」
「・・・・・・」
シェリーの言葉に無言で方向転換すると、ユエリはまた歩き出した。

「・・・教会・・・」
歩くこと数分、ユエリが足を止めた建物を見て、つぶやくようにシェリーは言った。白を基
調とした小さな教会である。建物、庭とも手入れは行き届いているように見えるが、それ
でも純白とは言えない、やや灰色がかった白色をした姿から、建築後かなりの年数が経
っているであろうことは確実だった。そして隣には、この教会の管理人が住んでいると思
われる、小さな二階建ての民家が併設されていた。
「ここに世話になってるんだ。」
シェリーの言葉にユエリは無言でうなずく。と、それとほぼ同時に教会のドアが開き、中
から70代半ばと思われる、小柄な白髪の女性が出てきた。
「おやお帰りなさい・・・あら?そちらの方は?」
ユエリの方へ歩み寄るなり老婆は言った。身長は見たところ140センチ台なかば、ジニ
ーより少し低いかといったところである。穏やかな微笑を浮かべる老婆に、シェリーは軽
く頭を下げた。
「あ、どうもはじめまして・・・シェリー・ハランツって言います。」
「あらそうですか・・・シェリーさんとおっしゃるんですね。はじめまして、この教会の司祭を
 していますマレジアと申します。」
マレジア司祭はそう言ってシェリーに会釈をした。
「ユエリさん、お友達ですか?」
「え・・・」
マレジア司祭の言葉に、ユエリはかなり困った顔をした。
「いえ・・・その、なんて言うか・・・」
「まあ、平たく言えば異母きょ・・・」
しかしシェリーのその横槍は、ユエリに足を思い切り踏んづけられたことで強制的に停止
させられた。
「・・・腐れ縁とでも言うべき間柄です。・・・まだ会って二日ですが・・・」
「あらあら・・・」
ユエリの言葉を、マレジア司祭はそう言って笑った。
「ともかく、立ち話もなんですから中にお入りくださいな。お茶くらいはご用意できますから。」
マレジア司祭はそう言うと教会に隣接した、自宅の方へと歩いていった。

(司祭さんかあ・・・)
マレジア司祭のあとをついて歩きながら、シェリーは少しだけ安心した。
(悪そうな人には見えないわね・・・それに宗教家の人だったら、人助けが生きがいみたい
 な人がいても不思議じゃないか・・・)
そんなことを考えているうちに、すぐにシェリー達は家についた。マレジア司祭は二人を居
間のソファに座らせると台所に向かい、すぐに水に火をかけ、お湯が沸く間にポットと紅茶
の葉を用意する。シェリーとユエリは、手持ち無沙汰気味にお茶が出てくるのを待った。
「あんた、ここに住んでるんだ・・・けど。」
ニヤリとした、ちょっと意地の悪そうな笑みとともにシェリーは肘でユエリを小突いた。
「何よ・・・」
不機嫌そうにユエリが言う。
「意地はっちゃってさ。寝泊りする場所を『仕事つきで』確保してるなんて。」
「・・・・・・」
シェリーの言葉にユエリはそっぽを向いた。けれどそんな二人のいる居間にマレジアは
「そんなことはありませんよ。」と言いながら入ってくる。
「ユエリさんには随分と助けられていますよ。」
ティーポットとクッキーの乗ったお盆をテーブルに置きながらマレジアは言った。
「高いところの掃除とか重い物の荷運びとか買い出しとか・・・それに何より、この老人の
 話し相手とか。若い人との会話は、何か私も若くなった気持ちにさせてくれます。」
マレジアはそう言うとニコリと微笑んだ。
「は、はあ・・・」
「ところでシェリーさん・・・とおっしゃったかしら?は学生さんかしら?」
「え゛・・・」
マレジアの一言に、今度はシェリーが返答に窮した。
「えっと・・・この春に高校を卒業して・・・今は来年大学生になれるよう奮闘中と言うか・・・」
「平たく言うと浪人です。」
隣に座っていたユエリはそう言うと手にしたクッキーを半分かじった。
(む・・・・・・)
無言のままシェリーはユエリに据わった目を向けた。だがユエリは気にせず話し続ける。
「でもマトモに勉強してないので、実質たんなる居候です。」
「あ、あんたねえ・・・」
シェリーのこめかみに青筋が一つ浮かんだ。
「家族は居候って言わないの!それにマトモに勉強してないって何を根拠に・・・」
「リーク王家最後の国王の名前は?」
「・・・・・・」
「アーサーじゃないけど、二浪確定ね。」
ユエリはクッキーの残り半分を口に放り込んだ。

「ホンっ・・・トに・・・可愛く・・・ない・・・っ・・・」
歯ぎしりしながらシェリーは言った。マレジアはそんな二人のやり取りを、最初は微笑ま
しく見つめていたが、やがてコホンと一つ咳払いをする。
「シェリーさん。」
「はい?」
「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからずと言います。ユエリさんの言葉
 に毒があったのは認めますが、あなたもまた、精進を怠るべきではないのではありま
 せんか?」
「うぐ・・・」
「ところで今の司祭の言葉、ちゃんと意味わかってるわよね?」
「分かってるわよ!」
ユエリの意地の悪い突っ込みに、シェリーはムキになって反論した。
「・・・パパに何度言われたか分かんない言葉なんだから・・・」
目をそらしながら、ボソボソとした口調でシェリーは言った。と、そらした視線の先に掛
けてあった宗教画と思しき一枚の絵が目に入る。それは黒髪の青年と金髪の少女と
いう一組の若い、しかし威厳ある男女の姿が描かれたものだった。

「あ・・・」
「あの絵がどうかしましたか?」
シェリーの反応を見てマレジアが言う。
「いえ・・・ただ綺麗な絵だなと思って・・・宗教画みたいですけど、あれがこの教会の神
 様なんですか?」
「ええ。」
シェリーの質問にマレジアはニコリと頷いた。
「オハリオ様とアイナ様・・・今から三千年の昔、母なる星を失った我々の祖先を、導い
 てくださった方達です。」
「オハリオとアイナ・・・」
シェリーはマレジアの出した名前を口にした。
「最初、二人は母なる星を護るために戦いました。しかし残念ながらオハリオ様もアイナ
 様も、滅び行く星そのものを救うことはかないませんでした・・・しかし滅び行く母星から
 多くの人々の命を救ったお二人の魂は、死後も永きにわたり我々を見守り続けた・・・
 そして二千年の時を経て、残された人々・・・旅立った時からしてみればほんの僅かな
 人々ですが・・・はこの星に、ネオアリサへと辿り着き、永久に続くと思われた旅に一つ
 の終着を迎えることができた・・・私たちは今ここにある平穏が、オハリオ様とアイナ様
 の、そして彼らとともに天国にあって寄り添う数多の人々の導きと加護のもとにもたら
 されているのだということを忘れず、日々に感謝の気持ちをもって、過ごしていかなけ
 ればならないのですよ。」
「は、はあ・・・」
マレジアの言葉にシェリーは気まずそうに頷いた。こういう話は、好き嫌い以前にピンと
来ない。だからシェリーはそこからまた適当に話を変え、小一時間ほど雑談をしてから
席を立った。

「また、いらしてくださいね。」
玄関まで見送りにきたマレジアが言った。ユエリはその横で、何も言わずに立っている。
けれどシェリーは、そんなユエリの前でふと、何かを思い出したような顔をしてポケットに
手を入れた。
「あ・・・そうだユエリ。」
「?」
「これ、一応渡しとくわ。私の携帯電話の番号。何かあったら連絡して。」
「・・・どういう風の吹き回し?」
心底不思議そうな顔でユエリは言った。
「どういうって・・・ま、一応ね。社交辞令として。ジニー、あんたともっと話したがっていた
 ことだし。」
「ジニーが・・・?」
「ま、あの子にしてみりゃ命の恩人ってとこだからね、あんたは。」
「・・・そう・・・」
シェリーの言葉に、ユエリは少し照れくさそうにうなずいた。
「ま、そんなワケで、じゃ〜ね〜。」
そういい残すとシェリーはスタスタと歩き去って行った。そして角を曲がり、ユエリらの姿
が完全に見えなくなったところで、シェリーは一つ、ため息をつく。
「やれやれ・・・とりあえずバイトの方は完全にアテが外れたわね・・・これも少しは真面
 目に勉強しろっていうオハリオ様とアイナ様の意志ってことになるのかしらね。司祭
 さんに言わせれば。」
「・・・とりあえず、たまには少しは気持ち程度には勉強もしようかしらね・・・そうすれば、
(小遣いカットの)刑期が少しは短くなるかもしれないし。」
ブツブツとそう言いながら、シェリーは帰路についた。

シェリーが帰った後、教会の方は教会の方で雑務に追われていた。礼拝堂の清掃に
ワープロを使った広報の清書をはじめとする休日礼拝の準備をし、それから少し遅め
の昼食になった。
「けれど良かったわねユエリさん。」
「?」
パスタを食べる手を少し休めてのマレジアの、言葉にユエリは不思議そうな顔をした。
「シェリーさんのことですよ。あの子、きっとあなたのことが心配で、ここまでついてきて
 くれたんでしょう?」
「・・・・・・」
マレジアの言葉に、ユエリは今度はびっくりした顔をした。
「いい子じゃないですか。ああいう友達は、もっと大切にしなくてはいけませんよ。何が
 あったのかは知りませんけど。」
「は、はい・・・」
その言葉に、ユエリはただ頷くことしかできなかった。

そしてその日の夜中・・・

「・・・・・・?」
遠くでした『カチャ』という音にユエリは目を覚ました。
「・・・司祭・・・?」
ユエリは一瞬そう思ったが、すぐにその考えを否定した。階下から聞こえてくる足音は、
司祭の物にしては若すぎるし慎重すぎる。
(まさか侵入者・・・?)
ユエリの背筋にゾクとした物が走る。だが彼女は慌てず騒がず、寝巻きのままロッドを
手にすると下へと足音を立てずに降りて行った。
「・・・・・・!」
侵入者は一階の奥、予備の祭具などが置いてある物置部屋にいた。暗いので姿はよ
く見えないが、十代後半から二十代前半の、比較的大柄な男性だということは見当が
つく。ユエリは手にしたロッドで、壁を軽く一回、コツンと叩いた。
「!?」
侵入者は物音に慌てて後ろを振り返った。そしてユエリの姿を見ると、彼女のことをギ
ロリと睨みつける。
「なんだテメエは・・・」
「・・・それはこっちの台詞なんだけど。」
相手のドスのきいた声に物怖じせず、いつも通りの冷静な口調でユエリは言った。だが
男はそんなユエリの言葉を鼻で笑う。
「俺か?俺は孫だよ、ここの婆さんの。」
「は?」
男の言葉にユエリは脱力した。
「この世のどこに、真夜中に侵入して物置部屋をガサゴソと漁る孫がいるのよ・・・まあ、
 とりあえずアンタの目的、きっちり喋ってもらうわよ。」
ユエリはそう言うと、両手に持ったロッドを構えて戦闘態勢を取った。
「勇ましい小娘じゃねえか・・・けど、そんな脅しで素直に言うと思うか?」
構えたユエリを見て、腰から刃渡り15センチほどのサバイバルナイフを抜き出し男は
言った。けれど、そんな男の言葉を今度はユエリが鼻で笑う。
「分かっちゃいないわね・・・」
「ん?」
「あんたに『言ってもらう』つもりは無いわ。『言わせる』つもりなのよ。」
「なるほどね・・・・・・ブッ殺す!」

第九話 完

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