「どうしたんです！？今の音は！！」
「司祭・・・」
「！この人は・・・」
「強盗です。問い詰めたらいきなり刃物で斬りかかってきました・・・」
「ピーター！」
「・・・え？」
強盗のことをそう呼ぶ司祭の一言に、ユエリの言葉は止まった。
「もしかして・・・本当に司祭のお孫さん・・・？」
「ええ、そうですが・・・しかし刃物とは・・・」
言いながらマレジアは、床に落ちている二本のナイフを拾い、眉を曇らせた。
「この子が・・・こんなものであなたに襲いかかってきたというのですか・・・」
「はい・・・」
ゆっくりとした、それでいて少し小さな声でユエリは答えた。司祭の気持ちを考えると悪い
気もしたが、だからと言って嘘は言えない。
「そしてあなたはそれを、その二本の棒で撃退した・・・」
「はい・・・」
ユエリの両手に握られたロッドを見てのマレジアの言葉に、ユエリは再び頷く。マレジア
がユエリのロッドを見たのは、これが初めてだった。しかしマレジアはそのことについて
は大して気にした様子も見せず、ピーターの骨折した手をサンフォースで治した。ユエリ
が見たところ、回復力はかなり高い。そして続けざまにムーンフォースをかけられると、
彼は意識を取り戻した。
「・・・婆さん・・・」
「ピーター・・・」
目の前にいる祖母を、ピーターは驚きの目で見た。ちなみにマレジアの背後には「下手
な動きを見せたら殺す」と言わんばかりの目をした、無言のユエリがロッドを構えて不動
の構えで立っている。ピーターはそれを見た上で立ち上がり、服の埃をはたいた。
「ネオパルマに行っていたのではなかったのですか？」
ピーターを不安そうな目で見ながらマレジアは言った。だが、そんなマレジアの言葉に、
ユエリがビクンと反応する。
「ネオパルマ・・・ですって・・・？」
「・・・ユエリさん？」
声を震わせながら、うわごとのようにそう言うユエリをマレジアは驚きの目で見た。そして
その瞬間、ピーターの目が光る。
「どけっ！」
「！！」
二人の虚を見逃さなかったピーターはマレジアを突き飛ばし、玄関に向けて一直線に走
りだした。そして我に返ったユエリが慌ててそれを追いかける。
「！しまっ・・・こいつ！」
表に出たピーターをユエリは追いかけた。しかし土足で家に上がりこんでいたピーターと、
つっかけサンダルのユエリではスピードが決定的に違う。しかも土地勘のまだ薄いユエ
リは、ほどなく彼を見失ってしまった。
「・・・ネオ・・・パルマ・・・」
夜道で一人立ち尽くしたまま、ユエリはもう一度その名を口にした。
「すみません・・・見失いました・・・」
家に戻ると、玄関で待っていたマレジアにユエリは言った。
「いいんですよユエリさん、あなたに怪我がなくて良かった・・・」
「いえ、私は・・・それよりマレジア司祭、今ネオパルマって・・・」
「ええ・・・」
ユエリの言葉にマレジアは静かに頷いた。
「数年前にアテも無いのに急にこの家を出て・・・二年ほど前から音沙汰が無かったの
ですが・・・」
「そうだったんですか・・・」
「けれどユエリさん、あなたもネオパルマと何か関わるものがあるのですか？ネオパル
マの名前を聞いたときのあなたの反応は、普通じゃなかった・・・」
「・・・・・・」
マレジアの言葉にユエリは何も言わない。しかし体は小刻みに震えている。
「ユエリさん？」
「すみません・・・いえ、大丈夫です。おやすみなさい・・・」
マレジアに返事なっていない返事をすると、ユエリは二階の寝室へと戻っていった。そ
してベッドに潜り込むと、やがて眠りについた。
・
・
・
それからユエリは夢を見た。夢の内容はまだ自分が小学校に上がる前、父や母と毎
日同じ寝室で寝ていたときの記憶、夢の中のユエリは隣で寝ている父、エヴィンが急
に苦しそうな声をあげだしたことに気づいた。
「う、うう・・・」
「パパ！どうしたの！？しっかりして！」
エヴィンの体を揺さぶりながらユエリは叫んだ。だがエヴィンは起きず、苦しそうに言葉を
言い続ける。「・・・すまない・・・すまない・・・」と・・・
「みんなのこと・・・守れなかっ・・・みんなの命を・・・未来を・・・」
「パパ！どうしたのよパパ！ねえ起きて！起きてよ！！」
「ごめん・・・ネオ・・・パルマの・・・」
「ネオ・・・パルマ・・・？」
「・・・・・・！！！」
そこでユエリはガバと起き、いまだ暗い部屋の中を見渡した。心臓がバクバクと音を立て、
寝汗がひどく気持ち悪い。
「夢・・・か・・・」
ベッドから半起きの状態でユエリはつぶやいた。
「何度見ても嫌な夢・・・何度見ても・・・慣れない・・・」
「ネオパルマ、か・・・」
そう言うとユエリは深く息を吸い込んだ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、さっきま
での嫌な気分が少しだけ癒されるような気がする。
「パパとママ・・・どうしてるかな・・・心配、してるだろうな・・・」
「警察に捜索願とか出してるんだろうな・・・二人とも、すごく心配性だから・・・」
そう言うとユエリはもう一回深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。それからしば
らく、ユエリはボーッとこちらの世界に来てからの出来事を思い返していたが、やがて彼
女の頭にこの世界の、シェリーらの父親としてのエヴィンのことが頭に浮かんだ。
「直撃していないということだ。」
「もしそうだったら・・・その結果について、君に相応の覚悟をしてもらうことになっていた。」
「せめて勝ちたかったんだろう・・・違う世界で生まれ育った、自分の兄弟達に・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉を思い出すと、ユエリは胸が締め付けられるような思いに駆られた。大の
大人をも倒してきた自分の得意技をノーダメージで受け流したエヴィン、挑発する自分を
ビクとさせるような、身内からしたらこの上なく頼もしいであろう言葉と態度を示すエヴィン、
そしてすべてを見透かした上で、優しさと哀れみに満ちた目を自分に向けたエヴィン・・・
それらを思い返すと、ユエリは歯を食いしばり頭をブンブンと振った。
「その通りよ・・・私は勝ちたい・・・シェリー・ハランツに勝ちたいのよ・・・私の心が負けな
いうちに・・・シェリーのことを・・・姉さんだって受け入れちゃう前に・・・」
ユエリの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。だがユエリはそれを、頬を伝う前に必死で止めた。
そして再び肩まで毛布をかぶると、ユエリは再び眠りについた。
そして、ここで時間は半日ほど遡る。
「ふぅ・・・」
教会から戻ってきたシェリーは、ため息を一つつくと玄関のチャイムを鳴らした。そして間
もなく、家の中から玄関の方へ走ってくる、大人の男性の足音が聞こえてくる。
「お帰り。」
シェリーを出迎えたエヴィンが言う。
「うんただいま・・・って他のみんなは？」
エヴィン以外の人の気配がしないのを感じ、靴を脱ぎながらシェリーは言った。
「ジニーはさっき、友達と約束があるって出かけて行ったよ。アーサーは・・・」
「どうせ図書館か何かでしょ。言わなくても分かってるって。」
「いや、今日は道場の方に行くって言ってたな。」
「へえ・・・」
エヴィンの言葉に、シェリーは意外そうな顔をした。
「でも、今日って稽古の日じゃ無かったと思ったけど・・・」
「よほど悔しかったみたいだな。お前とユエリにコケにされたのが。」
「なるほど・・・」
言いながらシェリーは苦笑した。
「それでママは？」
「買い物に行ったよ。近所の商店街に。」
「へえそうなんだ・・・って、それにパパが一緒じゃないのは・・・」
「鍵も持たないで出かけたバカ娘が、延々道草食ってるからだ。」
「すんましぇん・・・」
エヴィンの言葉に、シェリーはバツが悪そうに頭を下げた。
「・・・で、ユエリはどうだった？」
「！？」
次に出てきたエヴィンの言葉に、今度はシェリーは父をびっくりした目で見る。
「なんで分かるの？」
「分かるさ。バカ娘の行動くらい。」
「ば・・・バカ娘バカ娘って二度も言わないでよ！」
怒ったシェリーがそう言うと、エヴィンは少しだけ笑った。
「とりあえず居間に行ってるぞ。手を洗ったら話を聞かせてくれ。」
エヴィンはそう言うと先にリビングへと入っていった。
「・・・なるほど・・・」
シェリーの話を一通り聞き終えたエヴィンはそう言うと紅茶を一口飲んだ。
「教会の人の世話になっていたのか。」
「うん。」
エヴィンの言葉にシェリーは頷く。
「それでどうだった？その司祭という人はお前の目から見て・・・悪人には見えなか
ったか？」
「うん。悪人に見えないと言うよりすごく良い人に見えたけど・・・とりあえず第一印
象は。」
「そうか・・・」
静かな口調でエヴィンは言った。けれどその表情は晴れない。
「やっぱり心配？」
「ああ、色々とな・・・」
不安そうに聞いてくるシェリーにエヴィンはそう答えた。
「不安・・・やっぱり不安よね・・・あ、それならパパ、ユエリ、うちで暮らすワケには
いかないの？」
ポンと手を叩きシェリーは言った。だがエヴィンは彼女の提案に首を横に振る。
「いや・・・それはよした方がいい・・・教会の調査を、興信所にでも依頼するさ。」
「なんで？そんな回りくどいマネを・・・もしかして、お金の問題？だったら私が働」
「そういう問題じゃないさ。家族が一人増えても大丈夫なくらいの稼ぎはある。お前
に心配されるほど、落ちぶれちゃいないさ。」
苦笑いしながらエヴィンは言った。しかしシェリーの「だったらなんで」という質問を
受けると、エヴィンの表情は言いようの無い寂しさに包まれたものになる。
「あまりに・・・残酷だ・・・」
「・・・残酷・・・？」
エヴィンの言った『残酷』という言葉、その言葉の意味がシェリーには分かったよう
な分からないような、そんな気分になった。けれどそのことについてそれ以上問い
詰めることを、シェリーの中の何かが止める。だからシェリーは、なんとか話題を
変えようと別の話のネタを探った。
「あ、そういえばパパ。」
「うん？」
「司祭さんが言っていた二人の英雄さん・・・えっとオハイナ・・・？」
「オハリオとアイナだ。混ぜてどうする。」
「あ、そうそうハハハ・・・んで、その二人って実在なの？」
「ああ。」
シェリーの問いにエヴィンはコクリと頷いた。
「二人とも三千年以上前に実在した人物だ。それが神として祀られるようになった
のは、リーク王家の権威を高めるため・・・昔の教会は皆、王立だった。」
「へえ・・・」
エヴィンの説明に、シェリーは興味深げに頷く。
「それが今から約百年前、革命が起きて王家は滅亡、多くの教会も人々から腐敗
した権力への協力者として目の敵にされ、また最大のパトロンを失ったことも原
因でだいぶ規模が小さくなったが、それでも今なお活動を続けている教会は少な
からずある・・・むしろ今残されている教会の方が、純粋さという意味では昔の教
会より純粋かもな。」
「そうなんだ・・・」
そう言うとシェリーはもう一度興味深げに頷いた。
「やっぱり詳しいわね・・・さすがプロ。」
「ま、一応な。」
ニヤリと笑いながらエヴィンが言う。
「けど珍しいな。お前が歴史のことを聞いてくるなんて。」
「珍しいって・・・嫌ぁねえパパ、私受験生よ？さ、勉強勉強......たまにはね。」
乾いた笑いとともにそう言うと、シェリーは階段を上り自室へと戻って行った。
「勉強ねえ・・・ホントに真面目にやってくれればいいんだけど。」
穏やかな微笑を浮かべてそう言うと、エヴィンはソファの背もたれに身を委ねた。
だが、それからの彼の表情は見る間に険しさを増していった。
「ユエリ・ロックフィールド・・・平行世界の僕の子供・・・平行世界の存在・・・」
「普通じゃありえない存在・・・それを生み出したのは、きっとただならぬ何か・・・
何者かの意思が動いている・・・三十年前にも匹敵するような何者かのが・・・」
だがそこまで言いかけると、エヴィンは一つため息をついた。そしてゆっくりと部屋
の中を見回し、最後に目の前のガラスのテーブルの上に置いてある、家族の集合
写真に目が行くと、エヴィンは写真を拾い上げた。
「三十年前の僕だったら、きっと学校とかそういうのを全部放り出して、調べに走っ
たんだろうな・・・けど今の僕は・・・」
「何かを得れば、何かを失う・・・不便と言うべきか、よく出来てると言うべきか・・・」
自分以外誰もいない部屋の中で、エヴィンは自嘲気味につぶやいた。
「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る
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