（一目惚れってヤツか・・・リアルで見るのは初めてだな）
素晴らしい勘違い。しかもブレーキをかける人間は周囲にいない。ホームルームの終了を
待ちきれず、エリックは再びアーサーの背中をツンツンとつついた。
「へっへっへ、、ダンナダンナ。」
「なんだよ？」
「これから一年、宿題全写しでサポートいたしますぜ。」
「？なんのこと？」
いぶかしげな顔でアーサーが言う。
「いやいやいや隠さなくても分かるって。一目出会ったその日からって言葉もあることだし。」
「・・・ますますもって、意味分からないんだけど・・・」
「一発でホレちゃったんだろ？あの転校生に。」
「・・・は？」
この上なくポカンとした顔でそう言うと、アーサーは眉をしかめた。
「・・・いや、呆気に取られたのは別にそういう意味じゃないから・・・」
「またまたまたまた・・・」
「だから違うっての！」
「！？」
ホームルーム中なのも忘れてアーサーは怒鳴った。そんな彼の怒声に、ユエリはビクンと
反応する。そこで彼女はようやく、アーサーの存在に気づいた。
『なんでアンタがそこにいるの』
そんなユエリの心の声が、アーサーの耳に確かに聞こえた。それに対する『それはこっち
のセリフだ』というアーサーの心の声も、たぶんユエリの耳には届いているだろう。そして
二人のそんな反応は、ただでさえ転校生を迎え活気付いているクラスのみんなをさらに活
気付かせるのに十分な起爆剤だった。
「なになに今の反応！」
「もしかして知り合い！？」
「ど〜ゆ〜関係なの！？」
「まさか恋人！？」
「親戚？」
「それとも強敵（とも）？」
「「・・・・・・ハァ・・・」」
周囲の状況に、アーサーとユエリは同時に互いの顔を見合わせ、同時にため息をついた。
（ど〜するよこの騒ぎ）
（アンタがなんとかしなさいよ。私はみんなのこと何も知らないんだから）
（なんで僕が）
（それともなに？自信ないの？）
（・・・分かったよ）
ユエリと完璧なアイコンタクトができる自分に少し複雑な気持ちになりながらも彼女に目で
そう伝えると、アーサーは口を開いた。
「ま、とりあえず秘密の方向で。」
ニヤリとした笑みを浮かべながらアーサーが言うと、周囲からブーイングがあがった。
「なんだよそれ〜」
「ケチ〜」
「隠さなきゃいけないような間柄？」
無責任にみんながブーブー言う。けれどアーサーはうろたえず、「とりあえず、みんなが思
っていたり、期待してるような間柄じゃないとだけは言っておくけど。」とだけ言うと、何食わ
ぬ顔で席に着いた。
「・・・・・・？」
みんな、狐につままれたような表情になった。そして彼らの視線は、そのままユエリの方へ
と向く。
「あっちがそう言うなら、こっちも秘密でお願いさせてもらうわ。他の質問は、喜んで答えさ
せてもらうけど？」
アーサーと同じような、ニヤリとした笑みとともにユエリは言った。
そんな流れで二人の関係について聞くことをクラスメート達はとりあえず諦めた。そして彼
女の趣味やら特技やらといった質問に話は流れていったが、そこではユエリの口はかな
り滑らかだった。どうやらこちらの事態は十分に想定していたらしい。みんなの質問に時折
笑顔さえ浮かべて答えていくユエリの姿を見て、アーサーは少しホッとした。
（とりあえず、大丈夫そうだな）
思いのほかすんなりとクラスに馴染んでいけそうなユエリを見て、アーサーは素直にそう思
った。もっとも一秒後には、そんなの自分には関係のないことだと必死に自分に言い聞か
せていたのだが。しかしそんなアーサーが、ユエリと顔見知りでかつクラス委員だからとい
うことで、放課後学内の案内をすることを担任から頼まれてしまった。
「役得だな。」
相変わらず疑念をもったままのエリックが、ニヤニヤしながらアーサーに言う。
「だからいい加減その考え捨てろよ。」
うんざりした顔でアーサーは言った。
「だったらこの仕事、俺が貰っちゃっていい？」
「ああ、好きにし・・・」
ため息交じりの声で、はき捨てるようにそう言いかけたが、アーサーは途中で言葉を止めた。
「どうしたよアーサー。」
「・・・やっぱり、自分がやるよ。先生に頼まれたことだし、ちょっと聞きたいこともあるから。」
「ふ〜ん・・・」
「・・・人の言うことまるっきり信用してない目だな・・・」
「まあね〜。『自分が頼まれた仕事だから』なんて大義名分をつけた上に、『ちょっと聞きた
いこともあるから。』なんて難しい顔作って言われちゃあ逆に。どうせ彼氏がいるかどうか
とか、そういう質問なんだろ？お前の『聞きたいこと』って。」
「お、お前なあ・・・」
「ホラホラ、俺になんて構ってないでさっさと行けよ。お姫様が待ってるぞ。」
（お姫様ってガラかよアレが・・・無知というのは恐ろしいと言うべきか・・・）
心の中でそう思いながら、アーサーはユエリの待つドアの方へと歩いて行った。
こうしてアーサーはユエリの案内を始めた。教室から比較的近い保健室から始まり美術室、
購買部、図書室、第一体育館、理科室などの場所を紹介していく。ここまではそれぞれの
距離が短いので移動中も無口でいられることができたが、最後の一つ、離れにある第二体
育館までは少し距離があった。
「・・・・・・」
無言のまま歩くその空気が、アーサーには何とも重苦しく感じられた。そんな気持ちを表情
には出さないまま、ユエリの顔をチラと見る。しかしユエリの顔にはいつもと全く違いが見ら
れない。自分と同じように感情を抑えこんでいるのか、冷静なのか、自分のことなんて眼中
にないのか、それともあれこれ考えてしまう自分が気負いすぎなのか・・・ともあれ今の沈黙
に耐えられなくなったアーサーは、初めて場所と設備についての説明以外でユエリに話しか
けた。
「ユエリ。」
「？」
「司祭さんの所に世話になってたんじゃなかったのか？」
歩きながらアーサーは言った。
「そうよ。」
同じく歩きながらユエリが答える。
「学生なんだしすることが無いのも何だろうからって。」
アーサーが聞くよりも早く、ユエリは次の質問に答えた。
「よく書類とか工面できたな。住民票とか戸籍証明とか・・・」
「うん・・・」
アーサーの問いに、ユエリは少し複雑そうな顔をした。
「正直、私もそれは疑問だったわ。でもマレジア司祭がそのへんの手続きは全部してくれて
・・・司祭は自分がここの校長と古い知り合いだからって言ってたけど、ここ、公立でしょ？
私立ならまだしも。」
「・・・・・・」
「それに最近、ちょっとしたこともあったし・・・だから司祭、何か色々と隠してるんじゃないか
って、最近少しそう思うように・・・」
憂いに満ちた顔でユエリは言った。しかし言い終わると同時に、彼女はハッと我に返る。
「・・・って何でアンタにこんなこと喋らなけりゃならないのよ！」
「知るかよそんなの！」
表情を一変させたユエリに面食らいながらアーサーは言った。そんなアーサーに、ユエリは
一歩詰め寄った。
「あなた・・・今の話エヴィンやシェリーにするんじゃないわよ！」
「な・・・」
「もしあの人達が今の話を知ってるようだったら・・・分かってるわね。」
凄みを増した声と表情でユエリは言った。けれどアーサーも、そこから先の言葉が何か分
かっていながら、自尊心から敢えてシラを切る。
「分かんないな。何だって言うんだよ。」
「・・・・・・」
アーサーの言葉に、ユエリの眼光は鋭さを増した。
「タダじゃ済まないって言ってるのよ。」
「やってみろよ・・・こっちだって、いつまでも言われっぱなしじゃない・・・」
そう言うとアーサーは拳をクッと軽く握り身構える。今日、ここを部活動で使うクラブはなく
広い体育館には彼ら二人しかいない。しかしそこで流れかけた一触即発の空気を、ユエ
リは鼻で笑い流した。
「フン・・・」
「・・・・・・」
ユエリの態度に少し腹が立ったが、戦う気のない相手と勝負はできない。アーサーは拳
をおろした。
「ま、せいぜい頑張りなさいよ。どこまで出来るか知らないけど。」
「言われなくても。」
口元に微笑さえ浮かべながらアーサーは言い返す。
「けど、そっちも何かあったらすぐウチに来いよ。父さんも姉さんも、お前の味方だ。」
「・・・一応、ありがとうって言っとくわ。今日の案内も含めて。」
短くそう言うと、ユエリは小走りに駆け出した。
「・・・何だかなあ・・・」
去り行くユエリの背中を見ながら、ため息交じりにアーサーはつぶやいた。
「ユエリがアンタのクラスに？」
夕食の席でその報告を聞くと、シェリーは心底驚いた顔をした。
「何て言うか・・・ねえ。それでどうなのさ？」
「どうなの、って？」
「あの調子なの？クラスでちゃんと馴染んでる？」
「やっぱり心配してるんだ。」
シェリーの問いに、柔らかい笑みを浮かべアーサーは言った。
「やっぱりって？」
「前も姉さん、ユエリのこと気遣ってる風があったから。」
「ま、そりゃね。」
「そりゃ何さ？」
「一応私の妹だし。」
「妹、ねえ・・・本人が聞いたらヤな顔しそうなセリフだね。」
「うん、実際ヤな顔してた。」
悪戯っぽい笑顔でシェリーは言った。そんな二人の会話にジニーが口を挟む。
「ねえお兄ちゃん！」
「ん？」
「今度ユエリちゃんに、またウチに遊びに来てって伝えてよ！」
喜びと期待に満ちた顔だ。満面の笑顔でそう言うジニーは言った。
「お前は本当に、ユエリのことが好きなんだな。」
「うん！」
「・・・即答だな・・・」
「だって危ないところを助けてくれたし、私のこと励ましてくれたし・・・それに前回うちに
来てくれたときには、あんまりお話できなかったから。」
（姉さんとジニーは、本当にユエリのことが気に入ってるみたいだな）
二人の反応を見てそう思うと、アーサーはフォークの上で十分に冷ましたポテトグラタン
を口に運んだ。
「そういうアーサーはどうなのよ？」
二口、三口とグラタンを食べるアーサーに、今度はシェリーが聞いてきた。
「どうなのよ、って？」
食事の手を止めてアーサーが聞き返す。
「いや、アンタにとってのユエリってどんなんかな〜と思って。生年月日同じだし、私ら
よりも“近い“存在でしょ。性別除けば。」
「どんなんかな、って言われてもなあ・・・」
「顔が好みだったってのは分かってるから置いとくとして。」
「な゛・・・何でそうなるのさ！」
顔を耳まで真っ赤にさせ、怒鳴るような口調でアーサーは言った。そしてそんな弟の反
応に、姉は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。
「あらアーサー、アンタ自分が病院送りにされた翌日、何を言ったのかもう忘れたの？」
「何って・・・」
「『キツイけどキレイな、まっすぐな目をしていた』『悪人の目じゃなかった』そう言わなか
ったかしら？」
「つっ・・・」
シェリーの言葉に、アーサーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「・・・訂正するよ。て言うか今の僕なら、警察の質問に嘘は言わなかった。」
「あらそう。」
素っ気無くそう言うと、シェリーは受話器の方を指差した。
「じゃ、今からでも警察に電話したら？あの事件、時効はまだまだ先なんだし。」
言うやシェリーは腕を組み、ニヤニヤと笑いながらアーサーを見た。そして微動だにす
ることのできない弟を前に、シェリーは得意げな口を開く。
「あ〜らどうしたのかしら？私の記憶が確かなら、今頃アーサー君は受話器を手にして
１１０番に通報してるハズなんだけどぉ？」
「・・・・・・・・・」
「甘いのよ、お姉様に勝とうだなんて。」
ピクリとも動けなくなったアーサーを前に、シェリーは勝ち誇った。そしてピクルスを一切
れ、口に運ぶ。
「て言うかいい加減素直になんなさいよね。アンタだってユエリのこと、嫌いじゃないんで
しょ？」
「それは・・・」
「どうなのよ？」
「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないよ。ただ、負けるワケにはいかない。男の意
地として。」
「ふ〜ん。男の意地って言う割に、それをぶつける相手は女の子だけどね。」
「う・・・・・・」
「しかも比べる力は、単純なまでの戦闘能力。」
「・・・・・・・・・・・・」
シェリーの言葉に、アーサーは完全に沈黙した。
「お兄ちゃんってホント、お姉ちゃんに弱いね〜」
事実をありのままに述べたジニーの一言が、アーサーに追い討ちをかける。けれどシェ
リーは、ジニーの言葉にチッチッチと舌打ちをした。
「違うわよジニー、私が強いのは、アーサーにだけじゃないから。」
「そうなの？」
「もちろん！私は誰にも負けやしないわよ・・・・・・ママ以外にはね。」
向かいに座る母リビアの視線に、シェリーはそう付け足した。
そして翌日・・・
（ユエリはまだ来てないのか・・・）
教室に入り、辺りを見回してアーサーは思った。しかしまだ始業まで３０分近くあるので、
特に気にすることでもない。だがユエリはチャイムが鳴っても現れず、一時間目の授業
が終了してもなお登校してこなかった。
「先生に連絡は？」
「まだ来てないみたいだけど・・・」
アーサーの問いに級友の一人が答える。アーサーは早足で職員室へ向かった。
「先生、ユエリが来ていないんですが・・・」
「ああ、彼女の家に連絡もしているんだけどな。何度電話しても連絡がつかんのだ。」
困り顔で担任が言う。
「様子、見てきましょうか？ここからそう遠くない筈でしたし。」
極力平静な、いつもと変わらぬ口調でアーサーはそう言ったつもりだった。しかし、担
任の目にはそう映らなかったらしい。
「なんだアーサー、お前さん、今日はエラく焦っとるじゃないか。」
「・・・・・・！？」
「気持ちは分かるが顔が青いぞ。大丈夫か？」
「僕が・・・ですか？」
「ああ、なんなら鏡でも見てみるといい。家には、もう何度か連絡を取ってみるさ。」
「は、はあ・・・」
まるで気持ちの入っていない声でそう言うと、アーサーは職員室を出た。
「うわ、ホントだ・・・」
直後、トイレに入ったアーサーは鏡を見るなりつぶやいた。
「ホントに青白い・・・眉間にシワも・・・って」
アーサーは歯をギュッと噛む。
（なんでこんな風に気にしなくちゃいけないんだよ！関係無いだろ！！）
高鳴る胸騒ぎを少しでも抑えようと、心の中でアーサーは叫んだ。そして数回深呼吸
をし、冷たい水で顔をザバザバと洗う。十回くらい顔を洗うと、アーサーはもう一度鏡
に映る自分の顔を見た。ただし今度は、意識的に睨みつけるような視線で。
「関係・・・無いワケないだろ・・・」
唸るような声でそう言うと、アーサーは歯を食いしばった。
「おいアーサー、どこ行くんだよ？二時間目始まるぞ。」
鬼のような形相で校門へと歩くアーサーとすれ違ったエリックが慌てて言う。
「サボる！」
怒鳴るような声で一言そう言うと、呆気に取られたエリックをあとにアーサーは校門を
飛び出していた。
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