「それじゃあ、その情報教えてくれない？」
続けざまにシェリーは言った。しかしマレジア司祭は笑顔でそれを拒否する。
「あなたに話す内容も、他の子たちに話す内容も、変えはしませんよ。」
「ちぇっ・・・」
シェリーは舌打ちをしたが、情報を聞き出せないことにはどうしようもない。あと一時間、
どうやって暇を潰そうかと考える。と、教会の中から一人の男が姿を見せた。
「婆さん、礼拝堂の片付け終わったぜ・・・って誰だ？アンタ。」
うさんくさい物を見るような目でシェリーを見ながら男は言った。
「司祭さんに呼ばれたから来ただけだけど、文句ある？て言うか、あんたこそ誰？」
元から少し不機嫌だったのも手伝って、シェリーも少し挑発的な物言いで返す。そんな
両者の雰囲気を見て、マレジアが口を挟んだ。
「彼は私の孫ですよ。ピーターと言います。」
「へえ・・・」
「警察には、彼が暴漢を退けたと伝えてあります。あなた方に降りかかる騒ぎを、大き
くしたくはありませんでしたので。」
「なるほど。」
マレジアの言葉に、シェリーは素直に頷いた。
「けど、ちょっと説得力なくない？この人が十人単位の相手を撃退したってのは。」
思い切り毒の入った言葉と相手を見下した視線でシェリーは言った。その言葉にピー
ターの顔は真っ赤になる。
「なんだとこの小娘・・・」
「思ったことを言ったまでだけど？だって・・・」
そう言いかけた瞬間、シェリーの姿はピーターの視界から消えた。そしていとも簡単に
ピーターの懐に飛び込んだシェリーは、相手の鼻先を軽く小突く。
「アンタ弱いもん。」
しれっとした顔でそう言うと、シェリーは一歩後退し軽く構えた。
「今のが不意打ちだって言い訳するのなら、もう一回やる？今度は先手譲ってあげるわよ。」
「ぐ・・・」
「大体、な〜んかあんた、胡散臭いのよね。極悪人には見えないけど、信頼できる相手には
もっと見えない。この六感は、外してる気がしないわ。」
「・・・・・・」
ユエリの言葉にピーターは完全に返す言葉を失った。両手の拳を難く握り、歯ぎしりを立てる。
けれどシェリーは、そんな相手の変化を歯牙にもかけない。
「どうしたの？来るの？それとも来ないの？さっきも言ったとおり、先手は譲るわよ？」
「小娘が・・・調子に、乗るなぁっ！！」
シェリーの挑発に耐えかねて、ピーターは鬼の形相でシェリーに殴りかかった。そんな相手の
反応を見て、シェリーはため息をつく。
「相手の挑発に乗った瞬間から、勝負って決まっちゃってるのよね。」
誰にも聞こえない小さな声でそう言うと、シェリーは相手の突きをブロックで弾く。そして次の瞬
間、パンッという乾いた鞭のような音が鳴り響くとピーターは地面に崩れ落ちた。
「ちょっと、やりすぎちゃったかな。」
気を失ったピーターを見下ろしながら、今さらのようにバツの悪そうな顔でシェリーは言った。
そんなシェリーのところにマレジアが駆け寄る。マレジアはピーターの顔を見ると、深いため
息をついた。
「これくらいやられても仕方ないことをしてきたと言えばしてきたのですが・・・」
「司祭さん・・・」
複雑そうな面持ちの司祭を見て、シェリーは言葉に詰まった。そしてそんな２人のもとに、２つ
の人影が近づいてくる。それがアーサーとユエリだということは、すぐに分かった。
「姉さん、先に来てたんだ。」
「まあね。ところであんた大丈夫だった？」
「大丈夫って・・・何がさ。」
いぶかしげな顔でアーサーが逆に聞いてくる。そんな弟の顔を、シェリーはニヤニヤした顔で
見た。
「だって授業すっぽかしたんでしょ？真面目が取り柄のアンタが。しかも女の子と一緒に戻って
きた・・・ただでさえ転入生とハナから知り合いってことで怪しまれてるのに。」
「怪しまれてるって何さ。」
ムッとした顔でアーサーが言う。
「そりゃみんなからしてみたら気になるでしょ。恋人なのか親戚なのか、はたまた強敵と書いて
『とも』なのか・・・いや〜クラスがどんな騒ぎだったか、想像するだけで楽しいわ。」
まるで昨日のホームルームを見ていたかのような物言いである。シェリーは自分の言っている
内容が外れているかもなんて全く思っていないし、事実恐ろしいまでに当たっている。そして
それらの言葉はアーサーと、隣で黙って聞いていたユエリの記憶をほじくり返した。
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「なんて言うか・・・頭痛いな。」
校門の前でため息まじりにアーサーが言う。
「奇遇ね、私もよ。」
同じくため息まじりにユエリも言った。
「でも、このまま不登校ってわけにもいかないし・・・」
眉をひそめたままアーサーがそう言いかけた瞬間、彼は今、最も目にしたくない相手の一人を
見ることになった。
「エリック・・・」
「よ、ご両人。」
校門の内側から、思い切りニヤついた顔をエリックは見せた。
「なんでこんなタイミングに・・・」
「そりゃ気になるでしょ。クソ真面目なお前が『サボる！』なんて一言残して、鬼の形相で飛び出
してっちゃった日にゃあ。」
「・・・・・・」
「そんで、行きは一人で帰りは二人、あの形相の理由は転校生のユエリさんってのは間違いな
さそうだね。ダンナ。」
「・・・鬼の形相？」
意外そうな顔でアーサーを見てユエリがつぶやいた。
「そ。アーサーとは入学以来の付き合いなんだけど、あんな顔初めて見たってくらい。一時間目
の授業中から、全然集中できてなかったし。」
「・・・・・・」
エリックの言葉に、ユエリはさらに意外そうな顔でアーサーを見た。アーサーはそんな状況に腕
組みをし、苦々しい顔で目を閉じながら口を開く。
「エリック・・・そろそろ手相の生命線を見直しておいた方がいいぞ・・・あれって時間で変わる物
らしいから。」
「わあ怖い。」
相変わらずのニヤついた顔でエリックが言う。
「ま、とりあえず休み時間の終りも近いから、教室行こうぜ。大丈夫、クラスの連中は、もうチン
チンにあっためといたから。みんな手ぐすね引いて待ち構えてるぜ、二人のこと。」
「ち、ちょっと待・・・」
「早く来いよ〜、先生には二人とも四時間目から出るって伝えとくから〜」
絶句したアーサー達をしりめに、エリックは嬉々として駆け出して行った。
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「あのあとクラスで弁解するのにどれだけ労力費やしたか・・・反論すればツケ上がるし、無視
決め込もうとすれば好き勝手に想像で話すし・・・ハァ・・・思い出すだけでげんなりする・・・」
「奇遇ね・・・私もよ・・・」
「エリック・・・あとで絶対に泣かす・・・」
「やるときは教えて・・・手伝うから・・・」
記憶のフラッシュバックに対し、とっても深いため息をついた後、つぶやくように二人は言った。
（なんかこの二人、回を重ねるたびに、いいコンビになっているわね）
そんな二人を見てシェリーはそう思ったが、そろそろ話の本題に入りたかったので、これ以上
話をわき道にそらす真似はやめておくことにした。シェリーとアーサー、ユエリ、そして意識の
戻ったピーターの四人は、マレジアに連れられて教会の中に入る。そして礼拝堂まで行くと、
マレジアは足を止めて壁に掛けられた、木製の大きな印を指差した。
「これが何か分かりますか？」
印を指差しながらマレジアは言った。アルファベットのＹの字、その内角部分それぞれに一つ、
合計三つの球が描かれたような模様である。
「この教会の・・・旧リーク正教のシンボルマークですよね？たしか自分達の先祖が住んでいた
と言われる太陽系をモチーフにしたと言う・・・名前は確か・・・アルゴル・・・」
「ええ、そのとおりです。」
アーサーの答えにマレジアは頷いた。そして次に、ポケットから壁に掛けられた模様と同じ形
の、金色のブローチを取り出して見せる。
「そしてこれが、私が常に持ち歩いている携帯用の物・・・もっともこれはフェイクですが。」
「？フェイクって？」
不思議そうな顔でシェリーが聞く。
「本物があるって事だよ。崩壊前のリーク王家が、各教会に配布した正規品がな。」
マレジアが答える前に、横からピーターが答えた。そしてマレジアは、「普段はしまってある
物なのですが」と言いながら、別のポケットからもう一つ、同じ形のものを取り出した。
「うわあ・・・」
形と大きさは同じでも、輝きは全く違う物だった。メインとなるＹ字のマークは鮮やかな金色、
三つの球体はそれぞれ緑、茶、そして青色の宝石がはめ込まれている。そしてマレジアが
裏返すと、そこには旧リーク王家のシンボルである歯車の文様とともに、コロナ・サ・リークと
いう寄贈者と思われる人間の名、そしてＡＷ４１００という年号が刻まれていた。その豪華で
ありながらけばけばしさがない、品位のある美しさにシェリーら三人は息を呑んだ。それに
しばらく見入ってから、ユエリの顔がピーターの方を向く。
「そして、あなたはこれを盗むために、夜中に押し入ったのね。」
「・・・まあ、な・・・」
「高価な宝石を使用した、旧王家が下賜した宝物・・・好事家に売ったら１０万メセタ以上には
なりそうね。」
バツの悪そうなピーターに、ユエリが追い討ちをかける。だがそこでピーターは「違う」とユエリ
の言葉を否定した。
「そんなんじゃねえ・・・俺が、信じるものの為だ。」
「信じる・・・もの？」
シェリーら三人が異口同音に聞き返す。
「お前ら『深遠の探求者』というのを知っているか？」
「カルト教団ですよね。リーク正教における邪神、ダーク・ファルスを崇拝する・・・」
「・・・本当に何でも知ってるのね・・・」
「うん。だから近くにいるとかなり便利。」
ピーターの問いアーサーは即答した。そんなアーサーにユエリは驚き、シェリーは少し自慢する。
だがアーサーの答えに、ピーターはあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「勝手にカルト呼ばわりするんじゃねえぞ小僧・・・」
「そういう風に怒るということは、あなたも信者なんですね。」
ピーターの睨みを全く気にせずアーサーは言い返す。
「その通りだ。第一オハリオやアイナがどれほどのモンだってんだよ、戦いに負けて、故郷壊さ
れて、尻尾巻いて逃げ出した連中が英雄だあ？神格化だあ？ブラックジョークにもならねえ。」
「ピーター！」
ピーターの発言にマレジアが気色ばんだ。自分の信仰対象を、孫によってあからさまに罵倒さ
れたのだから無理もない。そしてピーターの言葉に、続いてユエリも怒気をあらわした。
「つまり、教団での自分の地位を上げるためにしたってことね・・・」
「ま、話の筋からすればそうなりそうね。金目当てって言われたときは違うって言っときながら、
出世目当てなら全然同じじゃない。」
「それで、本当は自分が一人でこっそりやるつもりだったのを、どこからか他の教団員にもかぎ
つけられて、手柄の争奪戦という内ゲバに発展させた、と・・・」
「まあね〜たしかに身内でもない限りこんなボ・・・あ、いやこじんまりとした教会に、そんな大層な
お宝があるとは思わないもんね〜」
「・・・・・・・・・」
三人による代わる代わるの追求に、ピーターはうずくまって何も言わなくなった。そんな孫の様子
をさすがに少し哀れに思ったのか、マレジアが助け舟を出す。
「まあ、この子もそれで今朝また来たんですけどね。一刻も早く手放せって。暴漢が襲ってきた時
も、一人で立ち向かっていってくれましたし。」
「私が戻ったときにはもうやられてたみたいだけどね。」
横からユエリがボソと言う。
「それから僕が来て、最後に姉さんが来てとなったワケか・・・ようやく話がつながった。」
アーサーはそう言うと、やれやれと言わんばかりの顔をした。
「で？これからどうするの？」
一息ついてからシェリーが言った。
「このシンボルは博物館に寄付しようと思います・・・いつまた、これを目当てにした人がここに来
るとも分かりませんし・・・」
「そう・・・」
淡々と言うマレジアの姿に、ユエリは少し寂しそうな顔をした。
「僕も歴史は好きですから、これが価値ある物だというのは分かります・・・革命戦以後、相当な
数が紛失してしまったと聞きますし・・・」
「相手の力に敏感だったり・・・上手く自分を隠し通したのはこれを守るためだったのね・・・」
「ええ・・・」
シェリーの言葉にマレジアはコクリと頷く。
「ごめんなさい、変に勘ぐっちゃって。」
「いいえ、構いませんよ。」
申し訳なさそうに謝るシェリーに、マレジアはニコリと微笑んだ。
それから間もなく、その場は解散となった。博物館には今日、連絡をつけることができなかった
ので、明日再度連絡するとのことだった。シンボルは、今日一晩ユエリとピーターがガードすると
言っている。ピーターはともかく、ユエリがいるのなら大抵のことは大丈夫だろう。しかしシェリー
とアーサーには、あれを手放すと言ったときにマレジアが見せた寂しそうな表情が頭から離れな
かった。
「あ〜ムカつくあのバカ孫！要はアイツが全部悪いんじゃない！もうあと二、三発くらい殴っとけ
ば良かった！ついでに関節の一つくらい外して！！」
「姉さん・・・」
「しかし何とかならないかな・・・あのままじゃ司祭さんが可哀想だよ・・・」
「何とか、って・・・例えば？」
「そうね・・・その教団を完全に叩き潰すとか。」
「どうやってやるのさ・・・『深遠の探訪者』って本部あるのネオパルマだよ？構成員だって結構
いるみたいだし・・・全部で４桁はいたかな・・・」
「そうなんだ・・・・・・・・・で、アーサーは何も思わないワケ？」
「思わないワケ無いよ・・・１６０年以上前に下賜された物だ。司祭さん一人が保管してきたんじゃ
ない。そして過去の人の気持ちを、たぶん司祭さんは引き継いでいる・・・そう考えるとなお更ね。
けど、解決策が思い浮かばない・・・」
「そうよね〜・・・ハァ・・・」
深いため息をつくとシェリーは言った。
「姉さん・・・」
「？」
「とりあえず・・・父さんに相談してみようか。」
「そうだね・・・」
アーサーの提案に、シェリーは歩きながら頷いた。
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