「ふん・・・」
扉の先、礼拝堂の教壇の前にいるピーターを見ると、男は彼のことを鼻で笑った。
「ピーター・テレズ・・・」
「ヤルム・チャベス・・・」
ピーターも相手がしたのと同じように相手を見据えながら、目の前にいる男の名を口にした。
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「くぅっ！」
最初に二回、立て続けに喰らった敵のテクニックだったが、次の１セットはユエリはかろうじて
かわすことができた。しかし反撃に出ることを完全に放棄したその行動は、「かわした」という
よりも「逃げ切れた」と言った方が正しいかもしれない。服はボロボロ、体中キズだらけ、幸い
足は比較的軽傷だが、氷弾をガードした腕には絶対ヒビが入っているし、口の中は血の味が
する。
「シェリー達は何してるのよ・・・」
愚痴るような口調でユエリはつぶやいた。けれどその愚痴は、すぐに自分への嫌悪感に変わる。
「何口走ってるのよ私は・・・」
小声でそう言いながら、ユエリはカオスソーサラーの方へ自分の足を向け直した。
「絶対シェリーに情けないところは見せない・・・絶対借りを作らない・・・信じてもいい人たちかも
しれない・・・でも、頼らない！」
叫ぶことでユエリは、自分で自分を一喝した。そしてそのまま、敵に向かって駆け出して行く。
「・・・・・・・・・」
無言のまま、カオスソーサラーの右腕が動いた。
「そう何度も！」
敵の右腕めがけ、ユエリは右手に持っているロッドを全力で投げつけた。そしてロッドが当たり
テクニックの発動が阻害されると同時に、カオスソーサラー自身が炎に包まれた。ある種の魔
術は途中で中断すると威力が術者に逆流する。その現象だった。
「望外！」
敵の技の発動を少しでも遅らせるために取った策の結果を見て、ユエリのスピードがさらに上が
った。左手から右手に持ち替えたロッドの一撃で、まずはカオスソーサラーの持っている杖を弾
き飛ばす。そして続けざまに、身体全体を回転させて放った右の浴びせ蹴りがカオスソーサラー
の首筋を捉えた。カオスソーサラーは地面に転がり倒れ、ユエリも膝から地面に落ちる。そこから
地面に転がっているロッドを拾ったユエリと、カオスソーサラーが立ち上がったのは、ほとんど同
時のタイミングだった。
（敵は丸腰・・・攻めるなら今！）
息を吸い込み、歯を食いしばり、ユエリは相手に向かっていった。けれどユエリは、また読み違い
をしていた。身体の前で構えたカオスソーサラーの両手から、蒼紫色のエネルギー弾が撃ち出さ
れたのである。ユエリは全くかわすことができず直撃を喰らい、後ろに大きく弾き飛ばされた。
「う・・・つ、つくづく・・・」
ユエリはすぐに立ち上がったが、さっきまでよりもさらに全身が痛く、視界も朦朧としてきた。この
場に倒れこむことが許されるのならそうしたい。けれど、それができないこともよく分かっている。
疲労で震えだした足を、ユエリはバンバンと叩いた。視線の先で、カオスソーサラーが再び両手
に力をためはじめたのが見える。
（さっきの弾速・・・タイミングを読めても今の私にかわせる確率は五割以下・・・タイミングを外さ
れたらほぼ確実に・・・それなら！）
ユエリは敵の攻撃に対し、真正面から向かって行った。回避は考えない。防御も殆ど考えてない。
ただ全速力で、最短距離で、カオスソーサラーとの間合いを詰めにかかる。
「・・・・・・」
そんなユエリに、カオスソーサラーは相変らず無言のままエネルギー弾を放った。それは当然の
ようにユエリに直撃するが、ユエリは後ろに飛ばされない。一気にエネルギー弾を貫通し、カオス
ソーサラーの眼前に迫った。
「こいつっ！」
ユエリが右のロッドで出した突きが、カオスソーサラーのマスクを砕いた。けれどユエリは攻撃の
手を緩めない。後ろにのけぞった敵の胴体に、刃物のような鋭さを持つ右の回し蹴りが突き刺さ
った。それを踏み台に、ユエリはカオスソーサラーの体を膝蹴りを喰らわせながら駆け上がる。
「バルキリー・・・ストライクっ！！！」
上空から残る力を全てこめて、両手のロッドを敵の脳天に叩きつけた。着地したユエリは、その場
で全く動かなくなった敵の様子を見守る。
（これで倒せてないと・・・さすがに・・・）
祈るような気持ちでユエリは思った。そんなユエリの前でカオスソーサラーは静かに、前のめりに
倒れる。そしてシュー・シューという音とともに、異臭をもった煙を出しながらマントを残し消滅した。
「勝った・・・」
小さな声でそう言うと、ユエリは教会の方へ歩き出そうとした。けれど、そんなユエリの視界がグラ
リと傾いた。
「えっ・・・？」
ユエリには何が起きたのか分からなかった。そして次の瞬間、ユエリは地面に倒れこんでいた。
「さすがに・・・ダメージが・・・でも・・・でも、まだ・・・倒れるわけには・・・」
弱々しい声で自分を叱咤激励し、フラつきながらもユエリは立ち上がろうとする。けれどまた地面
に倒れようとしたところで、誰かがユエリの肩をつかんだ。
「な〜に一人でフラついてんのよ。」
「シェリー・・・」
「て言うか思い切りズタボロなんだけど・・・何があったの？」
「・・・・・・」
ユエリは無言のまま、地面に転がるカオスソーサラーの杖とマントに目をやった。シェリーはそれを
見て「なるほど」と言いながら頷く。
「なんか分かんないけど、とんでもないのと戦ってたみたいね・・・で、状況は？」
「中に一人入った・・・もう結構時間経ってる・・・」
「わかったわ。」
そう言うとシェリーは手を離した。
「んじゃ、さっさと中に行って片付けてくるわ。あんたはここで待ってて。」
しかしユエリは、一人で行こうとするシェリーの肩を掴んだ。
「待ちなさいよ・・・私も・・・」
「・・・・・・」
食い下がろうとするユエリのみぞおちへ、シェリーは無言で一撃を入れた。その一撃で、ユエリの
全身から完全に力が抜ける。
「あんたがついてこうとするってことくらい、簡単に読めるのよ。選手交代、ちょっと休んでなさい。」
そう言ってユエリを物陰に寝かせると、シェリーは夜だからと着ていたトレーナーを脱いでユエリに
かぶせる。そして教会の中に入っていった。
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「てめえが、今回の黒幕ってワケかい。」
ヤルムと呼んだ男を前に、ピーターは舌打ちをして吐き捨てるように言う。けれどそんなピーターを
あざ笑う。
「黒幕？違うさ。相変らず論点のズレている男だね君も。」
「なんだと・・・」
「お前も、私も、そして今朝、人数だけを頼みにここを襲ったバカどもも、どれも自分の考えだけで
行動している・・・思わぬ身近にあったお宝のためにね。」
そう言うとヤルムはまた笑った。だがすぐに、鋭い眼光でピーターを見る。
「今は貴様が持っているのだろう。旧王家から伝来の品を。」
「いや？婆さんがどっかに隠しちまったみてえだが？」
「ウソは、つかない方が身のためだ・・・」
冷めた口調でヤルムは言った。
「うまく祖母を騙して手に入れたか、それとも血肉の義理に駆られたか・・・いや、その狭間にいると
いうところかな？」
「・・・・・・」
「正直貴様も迷っているのだろう。手柄顔して教団に持ち込むべきか否か・・・その答えでも聞きたく
て礼拝堂に・・・アイナとオハリオの前に懺悔でもしにきたか？」
「そんなワケねえだろ！」
「では、なんだと言う？」
「・・・・・・」
「何も考えていなかったということか。くだらんな。半端者で異教徒の孫なんざ。」
言いたい放題言うヤルムの言葉にピーターは何も言い返すことができない。そんなピーターに、ヤ
ルムはさらに言葉を続けた。
「ピーター、お前に選ばせてやる。シンボルマークを私の手引きと立案で、この教会から盗み出した
ことにするか、それとも教団を裏切り、私から制裁を受けたこととするか・・・」
「制裁？ふざけんな！」
ヤルムの言葉にピーターは怒鳴り声で反論した。
「なんで、貴様に制裁される義理があるんだよ！関係ね〜だろうが！」
「・・・たしかに、私はお前の上司でも監査役でも無い・・・だが、教団内での地位はお前はＤ級、私は
Ｂ級だ・・・順位からすれば筋は通る。理由は、後付けでいくらでもつけられる。」
「Ｂ級・・・よく言うぜ、金と小知恵で成り上がっただけのＢ級ドベのクセしてよ。」
「・・・・・・」
ピーターの言葉にヤルムのコメカミがピクリと動いた。
「やはりお前に点数を稼がせる義理は無いな・・・死ね。」
言うやヤルムの右手から、青白い小さな光の球が発せられた。しかしそれは、ピーターにぶつかる
直前で、壁にぶつかったか水風船のように弾け飛ぶ。ヤルムは、それに一瞬おどろいた顔を見せ
たが、すぐにまた、歪んだ笑顔を浮かべた。
「シンボルマークの力か・・・」
「バレちゃあしょうがねえ。」
言いながらピーターは、自慢げにシンボルマークをポケットから取り出してみせる。
「リーク王家数百年のホンマモンだ。てめえの魔術なんてメじゃねえぜ！」
「・・・たしかにな。だが。」
言いながらヤルムは、懐に忍ばせていたナイフを投げた。ナイフはピーターの手に突き刺さり、ピー
ターは手にしていたシンボルマークを落とす。そしていとも簡単に、ヤルムに奪い取られた。
「て・・・てめえ！」
ピーターは慌ててシンボルマークをヤルムから奪い返そうとする。しかし、そんなピーターにヤルムは
再び青白い光の球を撃ち出す。そして今度はきちんと命中し、それと同時にピーターは全く身動きが
取れなくなった。
「ぐ・・・」
「・・・今のナイフ・・・お前の額を刺し貫くことも余裕でできた・・・なぜしなかったか分かるか？」
「・・・・・・」
「許せないんだよ！お前ごときが！私の術を弾き返したことが！」
怒鳴り声でヤルムは言い、棒立ちのピーターの顔を数発殴った。それから一回、ヤルムが指をパチン
と鳴らすと、ピーターの右手は自らの喉元を掴んだ。
「うがっ・・・」
「死ね。」
ピーターが自分で自分の首を絞める力は、どんどん強くなっていった。けれどピーターが窒息死しそう
になるその瞬間、彼らの背後で礼拝堂の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。
「何者！」
ヤルムは懐からもう一本ナイフを取り出し、ドアを開けた人間に投げつけた。けれどドアを開けた人間
はそれを自分の目の前で、指二本で挟み止める。
「な・・・」
「返すわよ！二指真空把！！」
「！！」
顔に驚愕を浮かべながら、ヤルムは自分めがけ投げ返されたナイフをかわした。そのせいで彼の集
中力は途切れ、ピーターにかけていた術も解ける。ピーターはゲホゲホと、苦しそうに咳き込んだ。
「ま〜ったく、どこの誰が映画をパクったマネしてるかと思えば・・・ま、パクリは今の私もそうだけど。」
「女・・・？お前は・・・」
「シェリー・・・ハランツ・・・」
「ハランツ・・・？その名、どこかで・・・！」
ピーターが口にしたシェリーの姓を聞きヤルムは一瞬考え込んだ。だがその隙を、シェリーの飛び蹴
りが襲う。それはヤルムの左腕をものの見事に蹴り飛ばしていたが、同時にシェリーの身体から自由
が消えた。
「な、なによこれ・・・」
何が起きたのか理解できず、シェリーの表情に焦りが浮かぶ。そんなシェリーに、ヤルムは得意げに
説明した。
「傀儡の術・・・私の得意技だよ。もっとも、一度に一人しかできないが・・・」
「・・・悪趣味・・・」
「なんとでも言え。さてと、ではまずお嬢さんには、そこのピーターを始末してもらおうかな。お前の戦闘
能力は、彼の何倍も優れていそうだからね。難しいことではないだろう。」
「だ・・・誰があんたの指示なんかで！」
「歩け！」
ヤルムが命じると、シェリーの身体は彼女の意思と関係なく、ピーターの方へ歩き出した。そんなシェ
リーに対し、ピーターは一歩、また一歩と後ずさりをする。だがすぐに、壁際に追い詰められた。
「ちょっ・・・シェリー・・・よせ・・・」
「蹴れ！」
ヤルムがそう言うと同時に、シェリーの鮮やかな上段蹴りがピーターの首筋に入った。その一撃でピー
ターは膝をつく。
「ぐかっ・・・うう・・・」
「ふふふ・・・さあて次は・・・」
その様子を見て、ヤルムは満足げに笑う。そして彼が少し考え、次の指示を出そうとした瞬間、シェ
リーはピーターに下段蹴りを見舞っていた。一瞬何が起きたのか分からず、ヤルムは唖然とする。
「え・・・」
「ちょっとやめなさいよアンタ！」
言いながらもう一発、シェリーのローキックがピーターに入った。この一撃で、ピーターは地面に倒れ
伏せる。
「いや、こっちはまだ何も・・・」
「人を操ってこんなことさせて！」
今度は地面に倒れたピーターにサッカーボールキックが一発入る。
「だから、その・・・」
「ああっ！また身体が勝手にぃっ！！」
次にはさらに、ストンピング（踏みつけ）が数回、ガシガシと入った。
「だから待てと！・・・」
顔を真っ赤にしてヤルムは怒鳴りかけた。しかしその瞬間、振り返ったシェリーの放った飛び膝蹴りが
ヤルムの顎先を蹴り飛ばす。
「がっ・・・」
「ブレイク！」
そう叫びながら、シェリーは上空から拳を垂直に振り下ろした。握り拳の中で中指だけを他の拳よりも
前に出す形で握った中指一本拳、そのパンチがヤルムの眉間を割る。そして着地すると、相手がダウ
ンするよりも先に、シェリーは再び拳を放った。
「音速拳！」
空気が破裂するような乾いた音が二回すると同時に、シェリーの左右の拳がヤルムの喉元とみぞおち
に命中した。それでヤルムは完全にＫＯされ、後ろ向けに周囲の椅子を巻き込みながら倒れる。それを
見てシェリーはパンパンと両手をはたいた。
「よしっ！」
「よしじゃねえ！」
満面の笑みなシェリーの後ろでピーターの怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめえ！二発目から先の蹴りはヤルムの術関係無かっただろ！」
「あら、そう？」
不思議そうな顔でシェリーは言った。
「変ね〜、たしかに間違いなく体は勝手に動いてたんだけど・・・無意識の行動ってヤツ？」
「な゛・・・」
「ま、いいじゃない。全殺しのところが半殺しで済んだんだから。」
「よくねえよっ！」
「あら、そう？じゃあ・・・」
シェリーの指がコキコキと音を立てた。
「サブミッション（関節技）フルコース追加で四割り増しの九割殺しにしてあげてもいいんだけど？まあ、
それでもまだ軽傷でしょうけどね・・・外で戦ってたユエリよりは！」
「っ・・・・・・」
「半殺しで済んで良かったわね。」
「・・・・・・」
「よ・か・っ・た・わ・ね・？」
「はい・・・」
ピーターは『素直に』頷いた。
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