〜始まりの終わりとなる日々に〜

第十八話 シェリーの決心(後編)

「う・・・」
暖かい、春の日差しを浴びるような感覚の中、ユエリは目を覚ました。そんな彼女の前に、
まずは一安心したという表情のマレジア司祭がいる。
「良かった・・・とりあえず大丈夫なようですね・・・軽く回復はしましたが・・・立てますか?」
少しだけ笑いながらマレジアは言った。そんなマレジアに、ユエリは「ええ。」と言いながら立
ち上がる。
「それじゃあユエリさん、中に入りましょうか?ここではじっくり手当てもできませんから。」
立ち上がったユエリにマレジアは言う。けれどユエリは首を横に振った。
「中に入った相手が気になるので見て来ます。・・・シェリーも中にいる筈ですし。」
ごく当然のようにユエリは言う。けれどそんなユエリの言葉に、今度はマレジアが首を横に
振った。

「明るい所で、きちんと手当てをしておきたいのです。あなたは女の子ですから・・・傷跡でも
 残してしまったら、ご両親になんとお詫びしていいのやら・・・」
「・・・・・・」
マレジアの言葉に、異世界にいる両親の顔がユエリの脳裏をよぎった。
「服もぼろぼろですから、着替えも用意しないといけませんし。」
「え?」
マレジアにそう言われ、ユエリは改めて自分の恰好を見た。たしかにズボンは泥だらけだし、
上着も同じく泥だらけ、しかも上着はズボンに比べて生地が薄い上に攻撃を受ける割合が
多かったため所々破け、角度によっては下着が見えそうになっている。こんな恰好を、後か
ら来るであろうアーサーとかに見られたくなかった。
「それじゃあ、お願いできますか?」
少し複雑な面持ちでユエリは言った。そんなユエリの言葉に、マレジアはニコと笑う。
「ええ、もちろんですよ。さ、中に入りましょう。あ、それと・・・」
言いながらマレジアはユエリのロッドを差し出した。
「あなたを探しているときに拾いました。大切な物なのでしょう?」
「はい・・・」
言いながらユエリはロッドを受け取る。そして片方のロッドの、グリップが焼け溶けているの
に気づいた。
(たぶん、敵の炎を逆流させたときだろうな・・・こんなに汚くしちゃったのは初めて・・・ラバー、
 交換しとかないと・・・?)
ラバーの溶けた部分を見たユエリは、その下に何か模様が刻印されていることに気づいた。
(なんだろう?これ・・・)
ユエリは刻印を凝視した。二頭身の、可愛らしい謎の生き物と言った趣の刻印である。そし
て刻印の下にはマイラという、この生物の名前と思しき文字が刻まれてあった。
(なんなんだろう?これ・・・)
そう思いながらユエリは、マレジアのあとをついていった。

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「こいつっ!」
大声を出しながら町を徘徊し、さらには放火などもしながら騒ぎを大きくさせようとしていた
ヤルムの部下に、アーサーがトンファーの一撃を見舞う。そんなアーサーに背後からもう
一人、彼らの仲間が襲いかかった。
「このガキ!」
「!」
背後からの鉄パイプでの不意打ちを、アーサーは両腕のトンファーで防御する。そして手の
中でトンファーの握りをクルと一回転させると、右の一撃を相手に入れようとした。
「喰らうかよ!」
アーサー渾身の一撃を、敵は鉄パイプでガードする。けれどそれもアーサーの読み通りだ
った。男は直後に左のローキックで体勢を崩され、続けざまにもう一回アーサーが放った右
の一撃を、今度は防ぎようもなく喰らい地に倒れた。
「今のはどう?父さん!」
振り返りながらアーサーは、喜色を隠し切れずにそう言いかける。だがアーサーが2人倒す
その間に、エヴィンが息も切らさず4人倒しているのを見ると、彼の言葉は途中で止まった。
「フェイントを交えたワンツー、悪くなかったんじゃないのか?」
言葉が止まったアーサーにエヴィンが言う。
(しかもこっちの様子まで見てたのか・・・)
アーサーの言葉は、完全に止まった。
「行くぞアーサー。」
「あ、う、うん・・・」
「どうも、少し悪い予感がする・・・」
「悪い予感?」
「ああ、教会は・・・こっちの方角だな。」
アーサーにそう言うと、エヴィンは教会の方へ正確に走り出した。

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「これでよしっと。」
教会の礼拝堂、未だ気絶から醒めないヤルムをロープでぐるぐる巻きにたシェリーは言った。
彼女の手には、縛り上げる前に取り返した教会のシンボルマークが握られている。
「こうして目の前で見ると・・・やっぱりキレイね。」
「単に骨董品、宝石類として見ても、数十万メセタは下らんだろうからな。」
横でシェリーに蹴られた箇所を自分の手でマッサージしながらピーターが言う。
「しかし音速拳か・・・あの音、本当にマッハ超えてたな・・・そんなのを喉元とみぞおちに入れて、
 さらに前段として飛び膝蹴りを顎先に、右の一拳を眉間にの計四発、全部人体の急所だ。そ
 んなのを不意打ち同然で喰らっちゃどんなヤツだって一たまりもねえ・・・エゲツねえ上にバケ
 モンだな貴様は。」
「・・・十八歳の女の子つかまえて随分な言いようね・・・もっとも私の弟もたまに似たようなこと
 言うけど。・・・それで大抵、その弟がその後どうなるか知りたい?」
言いながらシェリーは拳を軽く握りなおした。
「いや・・・遠慮しとく。」
シェリーから目をそらしながらピーターは言った。

「ところで、あんたこれからどうするの?」
礼拝堂の椅子に座ったシェリーが言った。
「どうする?どういう意味だ?」
「いや、(ヤルムを指差しながら)こいつとかのいる教団に戻るのかな〜って。ま、今の状況じゃ
 戻っても居場所なさそうだけど。」
「チッ・・・」
ものすごくイヤそうな顔で、ピーターは舌打ちをした。けれどそのまましばらく考え込み、やがて
深いため息をつく。
「たしかに・・・そうかもしれねえな。ここの襲撃で、何十人も逮捕者が出た。それが自分一人だ
 け無事で、手土産も無しにノコノコ帰ってきた日にゃあ・・・」
「あら?これ諦めたんだ。」
わざとらしくシンボルマークを見せながらシェリーは言った。
「どうやって取れって言うんだよ。本当に性格悪い・・・オトコできね〜ぞそんなんじゃ。」
「大丈夫、興味ないし。」
しれっとした顔と口調でシェリーは言った。そんなシェリーに軽く舌打ちしてからピーターは自分
の言葉を続ける。
「それに・・・婆さんのこともあるしな。俺が家出したときに比べて・・・少し、体が小さくなってた。
 しばらく様子見だが・・・教団が俺のことを目の仇にせずに済むのなら、ここを手伝うかな・・・」
「そう・・・」
ピーターの言葉にシェリーは軽く相槌を打つ。
「そういう考えなら別にいいけど、間違ってもついでにユエリに手ぇ出そうなんて思わない方がい
 いわよ。下手なことすると、ユエリだけじゃなくてアーサーまで飛んできてボコにされるから。」
「誰があんな子供に手ぇ出すかよ・・・ってちょっと待て。アーサーってメガネかけたお前の弟か?
 ・・・・・・できてるのか?あの二人・・・?」
「さぁねぇ〜?」
ニヤニヤと笑いながら、頭の後ろで両腕を組みながらシェリーは言った。
「とりあえず、二人の間柄は他人以上とだけは言っておくけど。」
「・・・・・・」
シェリーの発言にピーターは一瞬ポカンと間の抜けた顔になる。だがすぐに我に返った。
「・・・それって、どうせ従兄妹とか親戚とか、そういうオチだろ。」
「あら・・・案外良い勘してるのね。」
「まあ、なんとなく、な。て言うかそれならお前だって『他人以上の関係』だろうが!」
「ま、そうとも言うわね。でも今は別に、私とユエリの関係は聞かれてなかったし。」
「ったく・・・返す返すも良い性格してるぜ。」
「フフフ・・・」
ピーターの言葉にシェリーは少し笑う。と、横から「フフフ」と別の笑い声が聞こえてきた。

「フフフ・・・ククク・・・」
「・・・あんた不気味な声で笑うのね〜」
呆れた口調でシェリーは言った。だがピーターは怪訝そうな顔をする。
「いや?俺は別に笑ってなんかいないが・・・」
「じゃあ、となると・・・」
言いながらシェリーは縛り上げたヤルムの方を見る。気味の悪い笑い声をあげていたのは、
確かにヤルムだった。しかし声の質はヤルムと全く違うし、何よりヤルムは気を失ったまま
で、口が全く動いていない。まるで彼の腹の中にスピーカーがあり、そこから声が発せられ
ているような感じである。やがて、ヤルムの中から明らかに別人物の声が聞こえてきた。

「シェリー・ハランツ・・・そう言ったな・・・」
「・・・!?」
低音の、中高年の男性と思しき声である。何か寒気を感じさせるその口調と、さっき倒した
ヤルムとは明らかに違うプレッシャーの強さに、シェリーの眉がピクリと動く。
「今から三十年の昔・・・人の身でありながら闇の力をその身に纏い、人のために戦った者が
 ネオアリサにいた・・・その者の姓はハランツ・・・我らが中でも不確定要素の多い、伝説の
 域を出ない話ではあったが・・・素人でありながらその力、そしてその姓・・・」
「はあ?」
姿の見えぬ男の声に、シェリーは呆れ顔でため息をついた。
「・・・悪いけど、腹話術ならもっと可愛いのでやってくんない?ノビて縛られてるカルトな人間
 なんて最悪の人選よ。どうせやるなら、たとえばウシとカエルのパペットとかないの?それに
 話題もさあ・・・」
「シェリー!」
物怖じせず軽口を叩き続けるシェリーの肩をピーターはガッと掴んだ。その顔には、シェリー
とは対照的なまでの焦りと恐怖が色濃く浮かんでいる。
「あんたまさか・・・パペットマスター・・・」
少し震えた声でピーターは言った。
「何?あんたの知り合い?」
「・・・・・・」
シェリーの問いに、ピーターは無言のまま首を横に振る。そして深く息を吸い込むと
「深遠の探訪者・・・その最高幹部『S級』の一人だ・・・専門は裏仕事・・・D級の俺にとっちゃ、
 存在の噂しか聞いたことは・・・」
「・・・末端のD級まで私の名を知っているか・・・情報網は少し引き締めんといかんようだな。」
ピーターの言葉に男の声はこたえて言った。
「ならば、私の力も、少しは理解していると思うが・・・」
男の声は静かにそう言う。そして言い終えた瞬間、ヤルムを縛っていたロープは炎に包まれ
消し炭になった。

「!!」
「こいつ・・・しかも燃えたのは縄だけ?服は、全然・・・」
目の前で起きた事態に、ようやくシェリーも目つきを険しくさせた。そんなシェリーとピーターに
対し、ヤルム(と言っていいのか分からないが)は無言のまま右腕を突き出す。
「グラブト・・・」
「!!」
強烈なプレッシャーがあたりを包み込んだ。木製の長椅子はひしゃげ、シェリーも全身がきしむ
音がする。
「く・・・!」
強烈な力場に歯を食いしばって耐えるシェリー、だがそんな彼女の前、上空にヤルムがいた。
跳躍と言うより、まるで空中に浮かんでいるかのように見える。
「いつの間に・・・」
「・・・・・・」
無言のまま、うつろな目のヤルムはシェリーに空中で右蹴りを放った。シェリーはそれをガード
するが、ヤルムは宙に浮いたまま、今度は左足で蹴りを放つ。
「つっ・・・」
ガードを固めるシェリーへの連続蹴り、それが三発、四発と続いた。しかし五発目の蹴りを放っ
たその足を、シェリーはガッチリと掴む。
「てぇぇぇえええいっ!」
掛け声とともに、シェリーは掴んだ足で一本背負い投げを出した。投げ飛ばした先にあるのは
礼拝堂の長椅子、そこにシェリーは、全力で叩きつけた。ヤルムの体は受身も満足に取らず、
ゴッという鈍い、大きな音がした。

「やったのか!?」
完全に蚊帳の外で二人の戦いを見ていたピーターが言った。しかしヤルムは無言のまま、頭
から血を流しつつ立ち上がる。
「やっぱりこういう相手はただ痛めつけるんじゃだめみたいね・・・それなら!」
小さく舌打ちしてシェリーは言った。そしてシェリーは数歩分後退してから、ダッシュで一気に間
合いを詰め、長椅子を踏み台に跳躍する。
「・・・・・・」
上空のシェリーに向かって、ヤルムはバータを放った。強烈な水圧を持つ水の槍、けれどシェ
リーは天井からぶら下がっている小さなシャンデリア状の電灯につかまってそれをかわす。そ
して全身を使い電灯をスイングさせると今度は壁の方に飛んだ。さらに空中で壁を蹴って加速
をつけると、改めてヤルムめがけて飛びかかった。
「もらったっ!」
シェリーは空中から鋭い飛び蹴りを放った。ヤルムはそれを簡単にかわす。しかしヤルムが三
たび攻撃テクニックを放とうと突き出した腕を、着地したシェリーは踏み込みながら掴み取った。
そしてそのまま、肩への関節技の一つである「脇固め」の体勢に取る。
「悪いけど・・・容赦はしないわよ!」
シェリーはそこから全体重をかけて相手を押し倒した。ゴキンという音ともにヤルムの右肩が外
れる。それからシェリーは、至近距離から攻撃テクニックを喰らわないため、すぐに立ち上がり
間合いを取った。
「・・・・・・」
シェリーが離れるとすぐに、相手も静かに立ち上がった。顔に苦痛の表情はない。けれど右腕を
持ちあげようとしても上がらず、右手を使いシェリーに攻撃テクニックを放つことはできなくなって
いた。

「次は左腕?それとも足?どこがいいかしら!?言っとくけど、極めてから外すまで、一秒いらな
 いわよ!」
顔に凄みをきかせながらシェリーは言った。するとヤルムの中からまた、パペットマスターの笑い
声が聞こえてくる。
「クッククク・・・」
「なによ・・・」
「やはり借り物の、しかも素質の低い身体ではキレが悪い・・・」
「何かと思えば負け惜しみ?」
相手を小馬鹿にした口調でシェリーは言った。
「そう思いたいなら、そう思ってもいい。事実今の戦いは小娘、お前が有利に進めていた。実に
 素晴らしい動きだ・・・身体能力ならば私の配下と比べても、十分上位に入る・・・」
「そりゃど〜も!」
パペットマスターの言葉にシェリーは皮肉っぽく言い返した。
「でも案外素直なのね。もっと言い訳がましいこと言うかと思ってた。」
「今の勝負、勝ち負けは気にしていないのでな。それにどうやら邪魔者も近づきつつあるようだ。
 とりあえずネオアリサのハランツ・・・その噂が信じるに足るモノであることは理解した・・・今後
 軽視すべからざる相手だということもな。」
「・・・・・・」
「心せよ・・・」
静かな、穏やかとも言える口調でパペットマスターは言った。
「何をよ。」
イラついた気持ちそのままの口調でシェリーは言い返す。
「世は、再び血みどろの混沌を迎える・・・光と闇の戦いによる混沌ではなく、人と人が呼び起こす
 混沌・・・」
「どういう意味よ?もっと分かりやすく言ってくんない?自慢じゃないけど、私国語苦手なもんで。」
「そうだな・・・」
シェリーの文句にパペットマスターは答えた。
「シェリー・ハランツ・・・お前が己の力で、私を訪れることができたのなら、話してやってもいい。」
「・・・あんまり遠くなら考え込むけど、とりあえず場所だけ聞いとくわ。あんた、どこにいるのよ?」
「ネオパルマ・・・」
パペットマスターがそう言うと、周囲を包んでいた重苦しい空気が消えた。ヤルムも我に返り、全
身に彼が知らぬ間にできた傷の痛さで言葉にならない悲鳴をあげている。だが、そんな物はシェ
リーの耳に、雑音としても入って来なかった。

(ネオパルマってあんた・・・めちゃくちゃ遠いっつ〜の。しかもめっちゃアバウト・・・て言うか・・・)

(三十年前って言うとパパが私より少し若いくらいの時?今の口調だと、もしかしてパパが昔何
 かしたって言うの・・・?パパが前に言ってた「若い頃は色々無茶をした」っての、まさかそれ?)

(ううん・・・そんなことはどうでもいい・・・)

(こんな気持ちの悪い状態、放っておけるわけないじゃない・・・)

(そっちがケンカ売るって言うのなら、とことん買ってやろうじゃない!)

第十八話 完

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