〜始まりの終わりとなる日々に〜

「本当は、もっとおしとやかになって欲しいんだけどね〜。まあ、年齢が上がれば落ち着いて
　くるとは思うけど。十年スパンで気長に待つよ。」
「・・・（十年ねえ・・・下手すりゃその頃には、もっと手に負えなくなってそうな気もするが・・・）」
「？マーク、今なにか言った？」
「え？いやいやいや、そういうのは、むしろジニーに期待した方がって思っただけさ。」
「確かにね・・・ジニーは大人しいよ。まだ２つだけど、少なくとも今の段階では三人の中では
　一番、手がかかららない。」
「なるほど。」
「マークの方はどうなのさ？」
「昨日が五ヶ月検診、おかげさまで、順調そのものだ。」
「そっか・・・」
マークの答えにエヴィンは幸せそうに微笑んだ。
「ま、今も大変だろうけど、本当に大変になるのはそれからだからね。今から覚悟しといた方が
　身と心のためだよ？」
「知ったような口を・・・ま、これに関しちゃお前が大先輩だから仕方ねぇか。」
エヴィンの胸板を手の甲で軽く叩いてマークは言った。今から、十年前のある日のことだった。

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（そう言えば、シェリーと拳を交えるのは今日が初めてだったな・・・）

シェリーと対峙したエヴィンは、ふと昔のことを思い出してそう思った。

（たしかに、良いセンスをしてるとは思う・・・だが・・・）

「ねえパパ。」
両手を下ろし、戦闘態勢を完全に解いた状態でシェリーは口を開いた。
「なんだ？」
「これでもし、私がパパに勝てたら、ネオパルマに行かせてくれる？」
「いや。」
シェリーの問いにエヴィンは即答した。そんな父を見て、シェリーはニコリと笑う。
「やっぱり、そう言うと思ってた。ねえパパ、覚えてる？初めて私を歯医者に連れて行った時の
　こと。」
「ああ。」
口元に苦笑いを浮かべながらエヴィンは答えた。
「あの時は大変だったさ・・・お前を納得させるのに、どれだけ骨が折れたか・・・」
「・・・そこなのよね。パパのすごいトコって。」
笑顔のままシェリーは言った。
「あの当時、クラスのみんなに聞いてもパパみたいに『説得』して歯医者に連れて行ったなんて
　のは全然いなかったのよね。騙して連れてくか、力づくか、物で釣るかの三者一択。ある意味
　奇異な目で見られたわ。」
「そうか。」
シェリーと同じような笑顔でエヴィンは答えた。
「だから、勝負の結果に関わらずパパは申請書にサインなんかしてくれない、そんなこともよく
　分かる。けど・・・」
「けど？」
「これくらいしか前に進む方法が思いつかないのよね。『馬鹿娘』には。」
そう言うとシェリーはファイティングポーズを取って身構えた。そしてニコと、満面の笑顔を父親
に見せる。
「行くよ！パパ！！」
元気な声で一声そう言うと、シェリーは一直線にエヴィンに向かって行った。

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「婆さん、大丈夫か？調子の方は。」
「あらピーター。・・・終わったのですね？」
「さあ・・・とりあえず今晩のところは。」
揺り椅子にゆったりと腰かけ、腰に毛布をかけてジャムの入った紅茶をすするマレジアに
ピーターは言った。
「いろいろと大変だったようですが・・・皆さんご無事でしたか？」
「ああ。」
マレジアの問いにピーターは軽くそう答える。と、彼は急にハッと、何かを思い出したような
顔をした。
「やべえ！例のシンボルマーク、シェリーに持たせっぱなしだ！」
「あら・・・」
「婆さん、ちょっと俺、ひとっ走りしてくるわ！」
慌てた声でそう言うと、ピーターはすぐに走り去ろうとする。だがマレジアはそれを静かな声
で制止した。
「いいえ・・・」
「いいえって・・・」
マレジアの言葉にピーターは唖然とした。けれどマレジアは、そんな孫の様子など全く構わず
話し続ける。
「あれは、シェリーさんが持っていた方が良いのかもしれません。」
「・・・婆さん？」
「その方が世の役に立つ・・・そんな気がしてならないのです。」
そう言うとマレジアはまた一口、紅茶を口に運んだ。そして外から聞こえてきた風の音に耳を
傾ける。
「風が強くなってきましたね。」
ティーカップを皿の上に置いてマレジアは言った。
「強い風は人の真価を明らかにする・・・疾風が吹いて簡単に倒れてしまう草か、それとも疾風
　にも耐え抜く強い草、勁草か・・・」
「婆さん・・・？」
「ピーター、あなたも疲れたでしょう。お茶でも飲みませんか？」
柔らかい笑みとともにマレジアは言った。

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「行くよ！パパ！！」
そのかけ声とともにシェリーは一気にエヴィンとの間合いを詰めた。そして間合いを詰め
ながら瞬時に身をかがめ、体を少し回転させながらの足払いでエヴィンを転ばせようと
する。だがエヴィンは一歩後ろに身を引くことでそれを簡単にかわした。
「ならっ！」
エヴィンが自分の攻撃をかわすや、シェリーは即座に身をかがめた状態、しかも体を回
転させていたため少し背中を見せている状態から起き上がりざまに後ろ蹴りを放った。
スピードの乗った、鋭さを持った蹴り技、しかしエヴィンはそれをも簡単にかわすと、逆に
シェリーの足首を掴む。そして次の瞬間、シェリーの体はまたさっきのように、数メートル
上空に打ち上げられていた。

（強い・・・）
落下しながらシェリーは思った。そこからシェリーは空中で一回転して着地すると、すぐに
大地を蹴って再度の攻撃にかかる。
「やっ！たっ！せいっ！」
左右のパンチと中段の蹴り、流れるような動きのコンビネーション、しかしそれも、一発も
エヴィンに当たらない。だけどシェリーにとっても、そこまではもう想定の範囲内だった。
「さすがに動きがいい！でもこれなら！！」
そして、シェリーの拳が音速の壁を越えた。空気を切り裂く、パンという破裂音が周囲に響
きわたった。

だが、それすらもエヴィンを捉えることはできず、逆にエヴィンの拳が、シェリーの顔の前
で、寸止めで止められていた。

「音速拳に・・・カウンターを・・・」
「どうしたシェリー。」
拳を収めてエヴィンが言った。
「さっきからまるで、道場で試合をやるような動きじゃないか。お前の得意分野はむしろ、周
　りの物を使ったところにあると聞いたことがあるんだが。だからお前は、自分自身のことを
　縛られざる者・・・”アンチェイン”と呼んでいると。」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉にシェリーは答えることができなかった。するとエヴィンは少し笑い、明るく
優しい声で語りかける。
「シェリー、遠慮はいらない。いつもお前がやっているように、普段どおりのやり方でかかっ
　てくるんだ・・・」
「・・・・・・」
エヴィンの言葉にシェリーは無言でうなずいた。

・
・
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「ふぅわぁ・・・」
眠たい目をこすりながら、ジニーはあくびを一つした。
「ジニー、無理して起きてなくてもいいのよ？」
隣に座っているリビアが言う。だがジニーはブンブンと首を横に振った。
「だって心配だもん、パパやお姉ちゃん、お兄ちゃん、それにユエリちゃんのこと・・・それ
　に・・・」
言いながらジニーはテーブルに置いてある、色とりどりのサンドイッチの山に目をやった。
「お夜食・・・せっかく上手に作れたし・・・」
「そうねえ・・・」
言いながらリビアは壁にかけてある時計を見た。もう時間は午前一時をとうに過ぎている。
幸い、家の方に別段変わった動きはなく、エヴィンの心配は取り越し苦労に終わっていた。
「まったく、状況報告の一つでもよこせばいいものを・・・」
ソファに座ったマークが、少しイラついた声で言う。だがすぐに彼は考え込んだ。
（ダークファルスを崇拝し、復活を願う邪神教団・・・いずれ、ハランツに行き着かないと思う
　方が不自然だ。ましてや既に雑魚を何人も撃退してるんだ・・・）
「・・・どうしたのマークさん？」
（！？）
ジニーの一言でマークは我に返った。
「なんか怖い顔して考え込んで・・・パパ達・・・大丈夫だよね？」
「ああ、大丈夫だ。」
不安げな顔で言うジニーに、マークは笑顔で即答した。
「どうして分かるの？」
それでも不安そうな顔でジニーは言う。
「こちとら、エヴィンとはジニーちゃんが生まれるずっと前からの付き合いだからな。勘だよ
　勘。なあリビアさん？」
「ええ・・・まあ、そうねえ・・・」
急に自分に話題を振られたリビアは、戸惑いながらそう答えた。そんなリビアとマークの顔
を見て、ジニーは再び口を開く。

「ねえ、マークさん。」
「ん？」
「パパって・・・そんなに強いの？先生なのに・・・マークさんみたいなお仕事してないのに・・・」
「仕事に関しては好き嫌いの問題だな。あと、リビアさんからそっちの道に誘うなって言われ
　たのもあるが。」
マークはそう言うとリビアの顔をチラと見た。
「本当は、マークさんにも、あまり格闘技とかしてほしくはなかったんですけどね。友達が血を
　流す姿を、テレビで見る趣味はないから。」
「ハハ・・・」
リビアの返事にマークは苦笑した。そしてマークは、話を元に戻す。
「ま、昔は昔で強かったけど、今はある意味それ以上かもしれない。若い頃よりも、今の方が。」
「・・・どうして？」
不思議そうな顔でジニーが言う。そんなジニーに、マークは笑顔を見せた。
「ジニーちゃんやシェリー、アーサー、リビアさんがいるからだよ。」
笑顔のままマークは言った。そんなマークの言葉に、ジニーはキョトンとした顔をする。そんな
ジニーの顔を見ながら、マークはチラとテーブルの上にあるサンドイッチに目をやった。
「ところでジニーちゃん。」
「？」
「腹・・・減らないか？」
「ダメ。パパ達が帰ってきてから。」
甘えた声で言うマークの言葉を不機嫌そうな言葉でジニーは拒んだ。けれど、そんなジニーの
お腹からも、グゥという音が鳴る。
「ジニーちゃんも腹へってんだろ？だったらさあ・・・」
「・・・ダメ。」
口をとんがらせてジニーは言った。

・
・
・

「どうした？来ないのか？」
首を縦に振ってから約一分、シェリーは全く動かなかった。
「公園の設備、道に転がっている物、何を使ったって父さんは構わないんだが？」
エヴィンがそう言っても、なおシェリーは動こうとしない。すると、風が木の葉を揺らす音が
二人の耳に聞こえてきた。
（来た！）
風の音を耳にした瞬間、シェリーはエヴィン目がけ、一直線に駆け出して行った。そして
二人の間合いが詰まるのに合わせ、風の勢いが強くなる。
「えぇぃっ！」
シェリーの上段蹴りがエヴィンの首筋を狙った。エヴィンはそれを左腕でブロックするが、
顔色に驚きが少し見える。そして風がやむと、シェリーは再び間合いを離した。
「なるほど・・・」
ブロックした腕を軽くさすりながらエヴィンは言った。そしてまた風が強くなると、それに
合わせてシェリーは間合いを詰める。
（強風に紛れて自分の動き、それによる空気の変化を消そうっていうことか・・・そういえば
　前に空気の流れを読めるって説明したことあったっけな・・・）
シェリーの攻撃を防ぎながら、ユエリと初対面だった晩のことをエヴィンはそう思い出した。
「たしかに上手い・・・だが！」
風がやみ、再び間合いを取ろうとするシェリーに対し、エヴィンは一気に間合いを詰めた。
「相手が攻めてきたらどうする！」
「どっちかって言うとそっちが狙い！」
ニヤリとした笑みを浮かべながらそう言うと、シェリーは後方に大きく跳躍した。飛んだ先
には公園のブランコがある。シェリーはもう一回軽くジャンプし、ブランコの後ろに入ると
それを思い切り蹴り飛ばした。
「おっと。」
エヴィンはそれを反射的に受け止めてしまった。結果、両手は塞がり下段に対する防御も
甘くなる。そんな隙に、シェリーは迷わず飛び込んだ。
「もらい！」
前に大きく踏み込みながら、シェリーは姿勢を落とす。そして切れ味の鋭い、下段の回転
足払い。だが、シェリーの蹴りの先にエヴィンの身体は無かった。エヴィンは受け止めた
ブランコの上に倒立し、攻撃をかわしていた。
（嘘っ！）
このまま屈んでいたら戻ってくるブランコにぶつかる。けれどシェリーは、横に避けたり
せず、屈んだ姿勢から倒立状態のエヴィンめがけ飛び膝蹴りを放った。
（ほう・・・）
そんなシェリーを見ながら、エヴィンは腕の力で後ろに跳躍、空中で一回転しながら着地
する。今度は逆に、シェリーがブランコの上に乗っかる形になった。

「なんて言うか・・・四十代も半ばを過ぎた、中年オヤジの動きじゃないわね。」
苦笑いしながらシェリーは言った。
「今のよけられるとは思わなかった。しかも連続で。」
「フフ・・・」
シェリーの言葉に、エヴィンは得意げに笑う。そして最後に「楽しいな。」と言葉を加えた。
「お前とこうして勝負するのは初めてだが、ここまで良い動きをするとは、正直予想外だ。」
「へへ・・・」
エヴィンの言葉に、今度はシェリーは得意げに笑った。
「昔、マークがお前のことを天才だと言っていた。あながち間違ってないかもな。」
「マークさんが？へえ・・・」
「まったく、その才能をもう少し有効に使っていれば、体育大の推薦枠でも何でも狙えた
　だろうに。」
「悪いわねパパ。」
「ああ、つくづく本当に馬鹿娘だ。」
微笑を絶やさずエヴィンは言った。けれどエヴィンは、そこで一息ついて表情を変える。

「シェリー、お前がまっとうなファイターとの武者修行でにも出るというのであったなら、今の
　お前でも十分かもしれない・・・父さんも止めやしない。だが・・・」
「だが・・・？」
「相手はそういう手合いじゃない・・・卑怯とか不条理とか、そういうものを躊躇無く使うだけで
　なく、通常のパワーやスピード、技術などとはまったく異質の力をたぶん持っている・・・そう、
　たとえば・・・こんな風な！」
「！？」
瞬間、シェリーは我が目を疑った。目の前にいる父親、その背中に二枚の翼が突如現れた
のである。色は青黒く半透明、言葉では説明しづらいが、固体とか気体とか液体とか、そう
いった区分のできる通常の物体ではない、強いていうなら映画のＣＧのだが、その翼から感
じる威圧感は、ＣＧでは決して説明できない。

「パパ・・・それ・・・」
「闇の翼だ。１５歳だった私を戦いに引き込んだ力、そしてその戦いの中で、常に私とともに
　あった、ユエリが言っていたダークファルスの力だ。空も飛べれば、武器にもなる。」
「ダーク・・・ファルス・・・」
呆然とした顔で、少し声を震わせながらシェリーは言った。そんな彼女の前でエヴィンの背に
ついていた翼は消え、身体全体を軽く覆う、青黒い霧のようなものが現れる。
「これが、その力を使用した一時的な戦闘力強化『リーインフォース』だ。・・・行くぞ。」
エヴィンはそう言うと、睨むような目つきでシェリーを見た。

「・・・・・・」
そんなエヴィンの姿に、シェリーの目は険しさを増した。相手のわずかな動きも見逃すまいと
集中する。だが、そんなシェリーの視線さえも、急接近したあとのエヴィンをとらえることはでき
なかった。
（！消え・・・）
瞬間、シェリーの右横顔をそよ風が撫でた。シェリーはその風の動きに対し、瞬時に腕を上げ
防御を固める。そしてそんなシェリーの右腕に、エヴィンの蹴りが激しくぶつかった。
（くっ・・・）
右腕が強く痺れる。骨にヒビが入ったかもしれない。守りの手薄になったシェリーの右側面、
そこを守ろうとシェリーの意識は無意識のうちに身体の右側へと集中する。しかし、その結果
他の部分への守りが手薄になり、結果シェリーは普段なら絶対に貰わないような、真正面か
らの掌打を腹部に喰らい、大きく後方へ弾き飛ばされ、公園の木に強く体を叩きつけられた。

（何なのよこれ・・・！！）
よろめくシェリーに、今度はエヴィンの飛び膝蹴りが迫る。シェリーはそれを間一髪でよける
が、木を蹴り飛ばしたエヴィンに痛がっている様子が見えず、逆に木の方がへこんでいた事
にシェリーはさらに肝を冷やした。
（これが・・・パパの本気・・・）
シェリーはゴクリと唾を飲んだ。
「けど・・・こんなのを見せられたら・・・ますます私も退けない！」
ズボンの埃を手ではたき、シェリーは体勢を整えた。

・
・
・

「ユエリ！」
教会の外にフラフラと歩き出てしまったユエリをアーサーが見つけたのは、彼女が教会を出
てからほんの数分後のことだった。
「どこに行こうとしてるんだよ？」
「アーサー・・・」
アーサーの顔を見て、ユエリは今さらのように驚いた顔をする。
「どうしたの・・・？」
「どうしたの、って・・・」
呆れ顔のアーサーがため息をついた。
「姉さんに言われてね。追いかけてきた。」
「そう・・・」
視線をそらしながらユエリは言った。そして道路脇の壁に、左腕を軽く当ててよりかかる。
「みっともないとこ見せたわね。」
相変らずアーサーと視線をあわせずユエリは言った。そんな彼女の言葉にアーサーは
「ああ、まったくだ。」
とため息交じりに言い返す。だがそれからすぐに「けれど・・・安心した」と付け足した。

「・・・安心？・・・どういう意味よ？」
アーサーの言葉に勘繰り半分で、少し苛立ちの混じった声でユエリは言った。
「父さんのことだよ。たぶん、こっちの世界と同じで、子煩悩なオヤジなんだろうなって、ユ
　エリの反応を見てすぐにそう思った。」
「・・・まあ、ね。」
少し照れた様子でユエリは言う。
「たぶんそれは、エヴィンって人間の永遠に変わらないところなんだろうな。ちょっとやそっ
　とのことじゃあ・・・いや、たぶん何があっても変わらない、本質なんだろうな・・・」
「でしょうね・・・」
「珍しく意見が合うな。」
「そうね。」
そう言い合うと二人は、誰に見られているわけでもないのに、話している間に自然と近づ
いていった互いの視線を、再びプイと逸らした。

「・・・なあユエリ？」
視線を逸らしたままアーサーが言う。
「なによ？」
「元の世界・・・はやく戻りたいか？」
「そりゃ当ぜ。」
しかしユエリは、反射的に口をついて出た「当然」という一言を途中で止めた。
「・・・どっちも好き勝手に往復できれば、それが一番いいかな・・・」
「そうか・・・そうだな・・・」
ユエリの言葉にアーサーは静にそう言った。言いながら無意識のうちに顔がほころぶが、
それをユエリに悟られまいと少し焦る。ただ、それでも視線だけは、ユエリがどんな顔を
しているのかと横目を向けていた。そして自分と同じように相手の表情が気になったのか、
同様に横目を向けていたユエリと目線があった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そのまま二人は、今度はさらに９０度、思い切り顔を横に向ける。だがそれから間もなく、
ゆっくりとお互いの顔を向け合った。

「・・・・・・」
こういう風に、無言でユエリの顔を凝視するのは初めてだった。いつもなら何も考えなく
ても出てくる憎まれ口が、不思議と何も出てこない。
「ユエリ・・・あのさ・・・」
沈黙に不安を感じ、あとの言葉を何も考えないまま、アーサーは口を開いた。だが彼が
何も言っていないのに、ユエリの顔が急に厳しくなる。
「アーサー！」
「！？」
「今・・・何かすごい妙な感じがした・・・」
「妙な・・・？」
「たしか公園がある方角よ！行きましょう！」
ユエリはそう言うと、アーサーの返事も何も聞かないうちに走り出していた。

・
・
・

「父さん・・・」
「シェリー・・・」

公園に駆けつけたアーサーとユエリは、傷だらけのシェリーと身体の部分部分を青黒い
モヤのような物で覆われているエヴィンを見て言葉を失った。
「父さんと姉さんが・・・戦ってる・・・？」
「とにかく止めないと！」
ユエリはそう言って割って入ろうとする。だが、そんなユエリの肩をアーサーは後ろから
掴んで止めた。

「アーサー？」
「父さんと姉さんが戦う・・・僕だってこんなの見たのは初めてだ・・・それも、あんなに必
　死になってるなんて・・・普通じゃ絶対ありえない。」
静かな声でアーサーは言った。その声には、自分を抑制しようという意思が感じられる。
「絶対、理由がある・・・絶対、何か理由がある・・・」
「踏み込んじゃいけない・・・僕らが勝手に、止めちゃいけないんだ・・・」
絞り出すような声でアーサーは言った。

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