〜始まりの終わりとなる日々に〜

「でも目の錯覚か？父さんの周りにある青黒いモヤみたいなものが見える・・・」
「錯覚じゃないわ・・・私にも見えているもの。」
小声でつぶやくアーサーに、ユエリが答えた。
「あれが多分、ダークファルスの力・・・」
「ダークファルス？あの伝説の？」
驚いた表情でアーサーが言う。
「ええ。こっちの世界じゃ、まだ持ち続けている筈だから・・・」
「・・・・・・あとで父さんに聞かなきゃいけないこと、山ほどありそうだな・・・・・・」
アーサーはそう言うと、再び戦況に目を向けた。

状況は、エヴィンが圧倒的に押していた。スピード、パワー、いずれもシェリーを大きく上
回っている。しかもシェリーは右腕を痛めているらしく、腕の動きが明らかにおかしい。
「決着がつくのは時間の問題だな。」
それがアーサー、そしてユエリの素直な感想だった。

「せいっ！」
エヴィンの左足が放った上段蹴りがシェリーの首筋を襲う。シェリーはかがんでそれを避け、
そのままローキックでエヴィンの右足にダメージを与えようとするが、その瞬間、エヴィンの
両足はフワリと宙に浮き、そのまま空中で静止していた。
（嘘っ！）
シェリーは反射的にエヴィンの方を見た。その背中には翼があり、上空からシェリーを見下
ろしている。
「エアレイドっ！」
上空から放った、高速の踵落とし。しゃがんだ姿勢のため、避けていたら間に合わない。結
果シェリーは、残る左腕で防御するしかなかった。
「つっ・・・」
上段蹴りを受けた右腕以上の痛みがシェリーの左腕を襲った。右腕はヒビが入った「かも」
だったが、今度は確実に亀裂が入った。エヴィンは一歩うしろに下がりシェリーの顔を見た。
「これで、両腕が使えなくなったな。」
抑揚のない声でエヴィンが言う。
「・・・・・・」
「もう勝ち目は無いだろう・・・そろそろ、諦めて終わりにしないか？」
今度は優しい声でエヴィンは言った。けれどシェリーは、痛みをこらえながらも、笑顔で父の
ことを見た。
「これくらいでやめるんなら、とっくにギブアップしてるわよ。」
「ほう・・・」
「続けましょ。少なくともこっちには、まだまだ機動力はあるんだから。」
「・・・そうだな。」
穏やかな顔でエヴィンは言った。

「・・・やっぱり、単なる親子ゲンカじゃないみたいね。」
二人の会話を聞き、ユエリが言った。
「うん。けど、なんでこれ以上続けようとするんだろう・・・勝ち目、ありっこないのに・・・それに
　父さん、『諦める』って言ってたけど、何を諦めさせようとしてるんだろう・・・」
「分からないわ・・・でも、単なる勝ち負けじゃない気がする。」
「そうだな・・・僕にも分からない・・・けど、姉さんも父さんも、頑固だからな・・・」
ハァとため息をついてアーサーは言った。そんな二人の前で、エヴィンとシェリーの勝負は
次のラウンドへと突入する。

「てやぁぁあっ！」
エヴィンの拳と、シェリーの蹴りが交差した。エヴィンの拳はシェリーを紙一重で捕らえきれ
ず、逆にシェリーの蹴りはエヴィンの頬をかすめる。
（やっぱりだ・・・）
自分の蹴りがかすめたのを見てシェリーは思った。
（今のパパ、攻撃力は上がってるけど防御が少し甘くなってる・・・空気の動きが読めなくな
　ってる？それなら、勢いに負けず攻撃あるのみ！）
そう自分に言い聞かせると、痛みを堪えながらシェリーは大きく前に一歩を踏み出した。下
段の蹴りを放ち、それが避けられるとしかし、反撃でエヴィンが出したパンチもかわす。
（気づいたのか？この状態の欠点に・・・）
シェリーの動きを見てエヴィンはすぐにそう悟った。それに、欠点に気づく気づかないを別と
しても、シェリーの動きは目に見えて良くなっている。少なくとも防御面では、フットワークが
両腕の負傷を十二分に補っていた。
「クラックシュート！」
シェリーが放った、全身を回転させての前方宙返りからの踵落とし、だがエヴィンはそれを
横への移動でかわす。そして中段、腹部への蹴りで反撃しようとした瞬間、パン、という破
裂音とともに、シェリーの右拳がエヴィンの頬を殴り飛ばしていた。

「音速拳・・・」
殴られたエヴィンは、驚きに満ちた顔をした。もう動かせないと思っていたシェリーの右腕、
それがこんな風に動くとは、予想だにしていなかった。

「姉さんの右腕、まだ動いたんだ・・・」
驚いた顔でアーサーが言った。
「今まで右腕使わなかったのって、フェイントだったのかしら・・・？」
「いや・・・それにしちゃ温存しすぎと言うか、右腕を痛める以上のダメージを全身に受けて
　いる・・・限界に近いのは間違いないだろうな・・・いや、限界超えてるかも。」
ユエリの問いかけにアーサーはそう答えた。そして二人はもう一度、戦況に目を向ける。し
かしシェリーは無言のまま自分の拳をただ見つめていて、エヴィンもそんなシェリーの様子
をただ無言で見ている。戦いは、完全に止まってしまっていた。
「・・・なんでシェリー動かないの？チャンスなのに・・・」
「・・・なんとなく分かる気がする・・・ちょっと言葉にしづらいけど、今の姉さんの気持ち・・・」
ユエリの問いに、アーサーは静かにそう答えた。

「・・・・・・」
初めて全力で父親の頬を殴った。初めて全力で、肉親のことを殴った。右の拳に、形容の
しがたい感覚が残る。シェリーはゆっくりと拳をおろすと、顔をうつむけて動かなかくなった。
「どうしたシェリー。」
感情の感じられない、機械的とも言える声でエヴィンは言った。
「まだワンヒットだ。同じレベルの打撃をあと十発・・・少なくともあと十発は入れないと、この
　僕を倒すことはできないぞ。」
「・・・・・・できないよ・・・」
いつものシェリーからは考えられない、弱々しい声だった。今にも泣きそうな顔をしている
のが、離れた場所にいるアーサーとユエリからも容易に想像がつく。
「こんな感覚・・・一度でも十分すぎる・・・パパのこと本気で殴るのなんて、一度で・・・」
「そうか。」
短くそう言うと、エヴィンの身体を覆う闇の闘気が消えた。

「シェリー、それがお前が戦い続けるのに足りない所、そして女の子としての大切な所だ。」
シェリーの肩にポン、と手を置きエヴィンは言った。それでもシェリーは、顔をうつむけたま
ま上げようとしない。
「・・・・・・」
「自分が戦おうなんて、考えなくていい・・・いや、考えるな・・・」
「・・・・・・」
「帰るぞ。母さんもジニーも、きっと心配してる。・・・アーサー達もすぐそばにいるしな。」
（・・・バレバレ？）
（・・・みたいね・・・）
エヴィンの言葉に、アーサーとユエリは顔を見合わせた。エヴィンは、そんな二人の方へ
ゆっくりと歩いてくる。
「アーサー。」
いつもと変わらない、穏やかな口調でエヴィンは言った。しかしそんなエヴィンの肩を、シェ
リーが後ろからつかむ。

「どうしたシェリー？」
「・・・ガマンする・・・」
首を振り向けるエヴィンに、震える声でシェリーは言った。
「パパを殴るときのイヤな感覚・・・ガマンする・・・」
「・・・・・・」
エヴィンは無言のまま、全身をシェリーの方へ向け直した。その瞳には、怒りにも似た感情
がこめられている。
「シェリー。」
いくぶん凄みを効かせた声でエヴィンは言った。
「本気・・・なんだな？」
「うん・・・」
静かな声でそう言うと、シェリーは再び拳を構えた。凛とした瞳で、眼前のエヴィンを見る。
「私がパペットマスターに売られたケンカだし、この先に何があるのか自分の目で見たい。
　それにパパのこと、あのカルト連中に知られたくないから・・・だから、私が戦う！」
「・・・・・・」
シェリーの言葉に、エヴィンは目をつむった。そしてしばらく無言で、棒立ちでいる。
「父さん・・・」
すぐ横にいるアーサーには、何もすることができなかった。ただ横で、事の成り行きを見守る
ことしかできない。やがてそんなアーサーやユエリ、そしてシェリーの前で、エヴィンは深く息
を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。

「シェリー、お前にとって私は、そんなに頼りないか？」
「そういうんじゃないわよ。」
少し笑みを浮かべシェリーは言った。
「ただね、パパに何かあると困るってのはあるかもね。家のローン、まだ十年以上は残ってる
　でしょ？」
「・・・十八年間預貯金ゼロのお前に、台所を心配されるほど落ちぶれたつもりはないが・・・」
「あら・・・何を根拠に？」
肩をすくめながらシェリーが言う。
「分かるさ・・・て言うか、小遣い三日もったことあるのか？」
「・・・ないわね、たぶん。」
「フ・・・」
シェリーの言葉にエヴィンは苦笑する。けれどそれからすぐに、エヴィンは両手の拳を構えた。
そしてそれを見て、シェリーも再び戦闘態勢に入る。
「・・・アーサー・・・ユエリ・・・さがっているんだ。」
「うん・・・」
短くそう言うと、アーサーとユエリは再び、戦いの範囲外に出た。

「いくぞ、シェリー。」
「うん・・・ありがとう、パパ・・・！」
はにかみながらそう言うシェリーをしかし、エヴィンの蹴りが襲った。
「つっ・・・」
シェリーはそれを体勢を大きく崩しながらかわす。だがそこを狙ったエヴィンのローキック
が、シェリーの左太ももを強打した。
「うぅっ・・・」
シェリーはガクリと片膝をついた。そんなシェリーに、エヴィンはさらにもう一発下段蹴りを
放つ。今度は、右足一本のジャンプでそれをよけた。
（違う・・・さっきまでとは気迫っていうか迫力が全然・・・）
鬼気迫る父を見てシェリーは思った。
（でも・・・ここまで来て、気合負けはしない！）
そう自分に言い聞かせると、シェリーの左足はしっかりと大地を踏みしめる。そして地面を
蹴り飛ばし、一直線にエヴィンの方へと向かって行った。

「姉さん・・・両足使って・・・腕も・・・」
エヴィンに真っ向勝負を挑むシェリーを見て半ば呆然とした口調でアーサーは言った。足
の動きで、腕で、エヴィンの猛攻を正面から受け、捌く。両腕と片足の負傷を感じさせない
どころか、さっきまでよりもさらに鋭さを増した動きだった。
（これほどまでか・・・）
攻撃を受けながらエヴィンは思った。自分の攻撃が、効いていない筈がない。それなら今
の動きは気力でそれを無理矢理押さえ込んでいるか、それとも痛みする忘れさせる程の
目的意識があるのか・・・そんなことを考えるエヴィンの、集中力の糸が一瞬切れた。
「！！」
もう一回、シェリーの音速拳がエヴィンの頬を打った。さっきよりも明らかに威力の高い
一撃、けれど今度は、それでもシェリーの動きは止まらない。続けざまに左の一拳が、
エヴィンの下腹部を捉えた。

（・・・本当に、いい動きをする・・・）

エヴィンの足が、ほんの少しだがふらついた。そんなエヴィンに向かってシェリーは跳躍
し、上空からの飛び蹴りで追撃にかかる。

（だが・・・まだ甘い！）
（！？）
その瞬間、シェリーの視界からエヴィンが消えた。
（しまった・・・また翼を！？）
反射的にそう思ったシェリーは首をひねって上を見る。そしてそこには、彼女の想像通り
エヴィンがいた。ただ一つ予想と違ったのは、エヴィンが翼を使っていないことだった。
純粋なジャンプ力で、エヴィンはシェリーの上を取っていた。

「シェリー！」
一喝とともにエヴィンは、両手の拳を握り合わせた腕を思い切り、シェリーの首筋に振り
下ろした。シェリーは何とか空中で身体を捻り、防御しようとするがとても間に合わない。
父の一撃をまともに喰らったシェリーは加速をつけて全身で地面に激突した。
「く・・・」
激突でシェリーは肩と腰を強打した。それでも何とか立ち上がろうとする。だが、そんな
シェリーのすぐ目の前に、片膝をついて自分の顔をのぞきこむエヴィンがいた。
「まだっ！」
シェリーは反射的に左の拳をエヴィンに放つ。しかし激突のダメージに加え立ち上がる
途中の中途半端な姿勢で出したパンチは、エヴィンに簡単に受け止められてしまった。
「これ以上は危険だ・・・」
静かにそう言うと、エヴィンはサッと、自分の右手親指と人差し指をシェリーの頚動脈に
押し当てた。そしてシェリー次の反撃が来るよりも早く、二本の指は彼女の意識を失わ
せていた。

「・・・・・・」
シェリーが完全に意識を失ったことを確認すると、エヴィンは無言で彼女をおぶった。
「父さん・・・」
決着がついたのを見て、アーサーとユエリが駆け寄ってくる。
「とりあえず帰ろうか。今日はさすがに、ちょっと疲れた。」
少し疲れた、しかし柔らかい笑みを浮かべ、エヴィンは言った。
「父さんは先に行くぞ。アーサー、お前はユエリさんを教会に送ってから帰ってこい。」
「え゛・・・」
エヴィンの言葉にアーサーは反応に困り硬直した。けれどアーサーがそんなことをして
いる間にも、エヴィンはスタスタと家の方へ歩いていってしまった。

・・・・・
・・・・
・・・
・・
・

「うん・・・？」

気がついたとき、シェリーは自分の部屋にいた。

「あれ・・・私、パパと勝負してて・・・空中で一撃喰らって・・・それで・・・・・・」
そこまで思い出すと、シェリーはガクリと肩を落とし、重く深いため息を一つついた。
「あ〜あ〜、なんか全部思い出しちゃったわ・・・そ〜ね・・・そ〜だったわね・・・」
一人でブツブツそう言いながら、シェリーは部屋の中を見渡した。まだ夜は明けてい
ないらしく、部屋の中は暗い。手探りで机の上に置いてある電気スタンドのスイッチ
を入れ、置時計の針を見ると、午前三時を三十分ほど過ぎたところだった。
「なんかお腹すいた・・・あ、そう言えばジニーが夜食作ってくれたハズ・・・」
そんなことを思い出すと、シェリーは大きく一回伸びをして部屋を出た。階段を降りて
キッチンに向かう。冷蔵庫のドアを開けると、ラップをしたサンドイッチの乗ったお皿
が入っていた。ラップの上にはジニーの字で「お姉ちゃんの分」と書かれたメモ紙が
貼られている。
「ジニーったらわざわざ・・・て言うか思ってたよりキレイにできてるわね。」
言いながらシェリーは冷蔵庫からサンドイッチを取り出し、レタスとターキー、それに
トマトが挟まったサンドイッチを一つ、口に放り込んだ。そして口を動かしたまま牛乳
を取り出し、食器棚にグラスを取りに向かった。

（こりゃ美味いわ・・・）
大きめのグラスにミルクを注ぎながらシェリーは思った。

十数分後、サンドイッチ３つとグラス二杯の牛乳を飲んだシェリーは、ようやく人心地
ついたという面持ちだった。
「さあて、これからどうしますかねえ・・・」
こめかみのあたりをポリポリと掻きながらシェリーは言った。
「つ〜か何なのよあのオヤジ・・・四十五よ四十五！なんで十八歳の娘より身体能力
　が上なのよ！それに妙な反則技使うし！ど〜ゆ〜中年オヤジよ一体！！」
「・・・何を一人で騒いでるんだ？」
「！？」
急に後ろから声をかけられ、シェリーは慌てて振り向いた。するとエヴィンとリビアが
半ば呆れた顔で立っている。
「全身傷だらけで気絶して帰ってきたから何かと思えば・・・全部パパとの勝負でつけ
　た傷なんですって？」
「え？いや、ははは・・・ぜ、全部ってワケじゃないわよ・・・ほんの九割五分くらい・・・」
「実質同じです。あなたももっと早く勝負をつければいいものを・・・」
「は、ははは・・・す、すまんな・・・途中つい楽しくなって・・・」
「・・・楽しく？」
「い、いや・・・今のはちょっと、言葉のアヤ・・・」
リビアの指摘に、引きつった顔でエヴィンは言った。リビアはそんなエヴィンにため息
をつくと、シェリーと反対側の席につく。そしてエヴィンも、リビアの隣の席に座った。

「シェリー、あれから母さんと二人で、いろいろと話をしたんだ。」
「話・・・」
エヴィンの言葉に、シェリーは軽く息を呑む。
「ネオパルマに行きたいという気持ち・・・お前を突き動かすもの・・・それがどれだけ
　強いか、お前と勝負している中で少しは理解できたつもりだ。こういう所が親に似
　たのを、喜ぶべきか悲しむべきか複雑な心境だがな・・」
「パパ・・・」
「それでシェリー、お前、やっぱりネオパルマに行きたいか？」
「・・・・・・」
エヴィンの問いに、シェリーは無言で頷いた。そんなシェリーを見て、エヴィンの視線
はリビアの方へと向く。リビアは「やれやれ」と言わんばかりのため息を一つついた。

「分かりました・・・シェリー、あなたのネオパルマ行き、認めましょ。」
「！？」
リビアの言葉にシェリーは目を白黒させた。
「ほ・・・ホントに！？」
「ああ本当だ。」
腕を組みながらエヴィンが言う。
（な・・・なにこの展開・・・これがもしかして『試合に負けて勝負に勝つ』ってヤツ！？
　何が決め手だったのか分からないけど・・・とにかくラッキー！？）
シェリーは自分の気持ちがパァッと明るくなるのを感じずにはいられなかった。そんな
彼女の顔を見て、エヴィンとリビアも少し笑う。
「ありがとう・・・パパ、ママ・・・」
「なあに、可愛い娘のためを思えばこそだ。」
笑顔を崩さずエヴィンは言った。

「んじゃ、そうと決まれば明日から早速、バイト探さないと。なんせ無一文だし。」
「あら・・・そんな心配しなくていいわよ。」
笑顔で席を立ちかけるシェリーにリビアが言った。
「え？ママ、それって・・・」
「お金は出すって言ってるのよ。チケット代と向こうでの生活費、それに学費くらいは
　ちゃんと持ってあげるから。」
「いいの！？シャトル代に生活費！それに学費まで！！・・・・・・って・・・ちょっと待って
　ママ・・・」
シェリーの動きがピタと止まった。
「・・・学費？今・・・最後に学費って言った？」
「ええ。」
言いながらリビアは、シェリーの前に家のプリンタで打ち出した数枚の紙を差し出した。
その一枚目には学校と思しき建物の写真が印刷されている。
「ウェンフィールド　エクステンションスクール　ネオパルマ校・・・エクステンションって
　・・・予備校？」
不安に駆られながら、シェリーは二枚目の紙に目を移した。
「当校はあらゆるレベルと志望に対応した、総合かつ寮を完備した予備校です・・・国
　立私立の難関校を志望される方も、これまでの学習方式で自分の力を発揮できな
　かった方にも、必ずや最適のプログラムをご提供・・・って・・・」
プリントを見るシェリーの表情が、一気に暗鬱な物になった。プリントを両手で持ちな
がら、上目遣いにリビアとエヴィンの方を見る。
「あ、あの・・・お父様？」
「ここに入るのなら、滞在費は持つし申請書にサインする。もしイヤなのなら、私達は
　１メセタたりとも出さん。」
「お母様？」
「あ、シェリー、言っておくとこの学校、基本は半年コースだけど成績向上の見込みが
　見られない生徒は、どんどんキックアウトするらしいから。」
「あう・・・（それって・・・単に留学するようなモンじゃん・・・て言うか自由に動けるのって
　週末くらい？）」
「「さ、どうする？」」
異口同音にエヴィンとリビアは言った。

・
・
・
・
・

「まあ、そんなワケで半年ばかしネオパルマ行くことになったから。店に顔出さない
　けど、心配しないでね。」
オータムの街にあるマンダーケ商会、そこのカウンター越しにシェリーはジェイクに
言った。
「ほほ〜ぅ。」
相変らずの少しズレた口調でジェイクは相槌を打つ。
「まあ、人生何事も経験だからね。たまには思い切り勉強もいいんじゃない？あそ
　この学校、本当に評判良いし。」
「そりゃ、客観的に見たらそうなんでしょうけどね・・・」
重いため息をついてシェリーは言った。
「もし何か、ネオパルマ限定なレア物でもみつけたらゲットしといてね。シェリーちゃ
　んなら目は確かだと思うから、高く買い取らせてもらうよん。」
「オーケー。」
笑いながらシェリーは言った。

「シェリーちゃん、親元離れるのは初めてでしょ？」
「？うん。ま、そうだけど。」
「だったら、少し羽も伸ばせるんじゃない？」
「・・・伸ばせるどころかアンタ・・・（事情知らないから仕方ないだろうけど・・・）」
苦笑いしながら、歯切れの悪い口調でシェリーは言った。そんなシェリーに、ジェ
イクはさらに喋り続ける。
「だってシェリーちゃん長女でしょ？いつも弟クンや妹チャンのこと、気にかけてた
　みたいだから。」
「・・・そう？」
「そうだよお。」
「私は別に、そんな気にかけてたりしたつもりないんだけど・・・」
「自分の良さに無頓着、それがシェリーちゃんのいいトコロね。」
相変らずニコニコ顔でジェイクは言った。それからジェイクは「あとはね・・・」と言っ
てさらに自分の言葉を続ける。

「あとはシェリーちゃん、なんと言っても・・・」
「なんと言っても・・・？」
「ネオパルマ行って、素敵なカレシが見つかるといいね！」
「ぶっ・・・」
ジェイクの言葉にシェリーは思わず吹き出した。
「いや、だから別に遊びに行くわけじゃないし・・・第一私今の所、そういうの作る
　気持ちも予定も無いから！」
「チッチッチ・・・」
ムキになって反論するシェリー、そんな反応にジェイクは笑いながら舌打ちした。
「分かってないなあシェリーちゃん。出会いなんてのは、気持ちや予定があれば
　来るもんじゃないし、気持ちや予定が無くても、来るときは来るもんなんだな。
　現に僕とワイフの出会いも・・・」
「はいはいごちそうさま。」
笑いながらそう言うと、シェリーは店をあとにした。

それから二週間後、惑星ネオアリサ首都、ネオカミニートシャトル発着場・・・

「ＮＳＬ３９５便、ネオパルマ行きのシャトルは１５番ゲートからの搭乗になります。
　ご搭乗の方は、今しばらくお待ちください・・・」

発着場の中に女性のアナウンスが響き渡った。シェリーはもう一度、チケットを
取り出して自分の便名を確認する。
「ＮＳＬ３９５便・・・うん、間違いないわね。」
一人でそう言って頷くと、シェリーは荷物を転がしながら、１５番ゲートの方へと
向かっていった。

「ネオパルマ・・・どんな所なんだろう・・・何が、あるんだろう・・・」
初めてのシャトル、初めての外国、そして初めての親元を離れての生活・・・敵で
ある「深遠の探訪者」との決戦以外にも、シェリーを揺り動かす物は山のように
あった。

「何が出てくるかわかんないけど・・・・・・とりあえずキックアウトだけはされないよう
　にしないといけないけど。・・・まったく貯金のない我が身が恨めしい・・・」
シェリーはそう言うとまた、ため息をついた。

ともあれ、シェリーはネオパルマへと旅立った。

ネオパルマで彼女を待つものは何なのか？

ダークファルスを崇拝する教団「深遠の探訪者」彼らの目的は何なのか？

制限された行動範囲の中、シェリーはどこまで真相に迫ることができるのか？

物語はネオパルマへとその舞台を移す・・・

「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る

オンライン小説のコーナーに戻る

トップページに戻る