〜始まりの終わりとなる日々に〜

第二部第一話 対立者の出迎え

「ふわ・・・」
ネオパルマに向かうシャトルの中で、シェリーは大きなあくびをした。

ネオアリサから16万キロメートルの彼方にある大型宇宙船ネオパルマ、そこへのフライト
時間はおよそ二十時間かかる。

乗っている間機内放送の映画を三本くらい見たし文庫本も一冊読み終えた。シャトルに乗
る直前に売店で買った二冊の漫画はとうの昔に読み飽きた。座りっぱなしのため、大して
お腹も空いていないのに運ばれてくる、微妙にこってりした機内食も、なんのかんので三度
全部平らげた。持ち込んだ携帯ゲーム機でも少し遊んだが、目が疲れるのでやめた。もう、
全部飽きた。窓から外を見ても、宇宙空間は相も変らず何も見えない。

「ふわ・・・」
シェリーはもう一度あくびをした。また寝ようかとも思ったが、横幅が狭ければ前後も狭い
シャトルの座席では、安眠できないことは身をもって体験している。なんか足もダルい。
「なんて言うか・・・エコノミー症候群って言葉の意味がよく分かるわね。あれ?今は呼び方
 違ったっけ?」
ブツブツと独り言を言いながら、シェリーは屈伸でもしようかと思い席を立つ。と、そこで
機内にアナウンスが流れた。

「長らくのご搭乗、おつかれさまでした。当機はあと三十分ほどで、ネオパルマ第三エリア、
 第一生活区画へと到着いたします。」
「・・・やっと・・・つくのね・・・」
機内放送に心からの安堵を覚えながら、シェリーは席に戻った。

「正面モニターに、入港の様子が表示されます。」

しばらくしてそんなアナウンスが流れた。それを聞いてシェリーは、行く前にマークから聞
いた話を思い出す。

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「シャトルは到着するとき、正面モニターでその様子が映るんだ。ま、一種の乗客サービス
 ってヤツだな。」
「へえ・・・」
マークの言葉にシェリーは少し驚いた顔をしてそう言った。けれど、そんなシェリーの顔を
見てマークはニヤリと笑う。
「けど、あれに反応するかしないかで、旅慣れてるかどうかが一発で分かるんだ。はしゃぐ
 ヤツは間違いなくシャトルの搭乗経験が少ない。ま、カーブで必ず電気が一瞬消えてた、
 一昔前のどこぞの地下鉄みたいなモンだな。」
「う・・・」
「ま、気が向いたら観察してみるのもいいかもな。」
笑いながらマークは言った。

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(マークさんはああ言ってたけど・・・まあ、別に知り合いがいるワケじゃないし)
心の中でそう言いながら、シェリーはいそいそとモニターの方へ視線を向けた。その先
には紛れも無い巨大宇宙船、ネオパルマがある。

(あれが本物・・・本物の、ネオパルマ・・・私、本当に来ちゃったんだ・・・)
モニターに映し出される景色を見ながら、シェリーは言いようの無い高揚感に駆られた。
7つの巨大なドームからなる宇宙船、三千年以上前の、現代よりも遥かに高い科学力が
作り出した人口の大地ネオパルマ・・・シャトルは速度を落とし、ゆっくりとそのうちの一つ
に接近してゆく。ドーム下部にあるゲートが開き、シャトルは静かに中へと進入して行った。
進入後シャトルはゆっくりと降下し、やがてガタンと軽い衝突音がする。

「皆様、長らくのご搭乗、お疲れさまでした。当機はただ今、ネオパルマ第三発着場へと
 到着いたしました。ドーム内の天気は晴れ、気温は摂氏二十度、時間は午後一時三十
 分でございます。どなた様も忘れ物のございませんよう・・・」

機内に再度アナウンスが流れると、人々は頭上の荷台から自分の荷物を降ろしだした。
シェリーも頭上から鞄を下ろし、シャトルを降りる。

「うわ・・・なんか広告が新鮮・・・」
ネオアリサでは見たことのない企業の広告が壁に貼られているのを、シェリーはまじまじ
と見た。目に入るもの全てが、シェリーの好奇心を刺激せずにいられない。
「とりあえず、ここで半年か・・・まずは、きちんと半年いられるようにしないと。」
シェリーは自分にそう言い聞かせた。

それから入国審査を済ませたシェリーは、まっすぐ発着場の出口に向かう。両替は出発
前に済ませていたので、今ここで両替する必要はない。出口近くにあるエスカレータで地
下に降りてそこから出る地下鉄で学園近くの駅に。そこからタクシーを拾い学園へ、そう
いう予定になっていた。だが発着場の出口近く、プラカードや画用紙を持って待ち人の到
着を待つ人々の群れの中に、シェリーは自分の名前があることに気づいた。

(同姓同名・・・?)
画用紙に書かれた「ネオアリサティリア、シェリー・ハランツ」という名前を見た瞬間、シェ
リーは思った。けれど名前はまだしも、地名まで一致しているのは奇妙、そう思いながら
彼女はカードを持っている者の顔を見た。年齢は14〜15歳くらいの少年で、長めの髪
はボブカットに整えられ、色は見事なまでのブロンド。背はシェリーより低く同年代の少年
と並べても低い部類に入るだろう。服装は赤茶色のブレザーにグレーのズボン、そして
青のネクタイ、碧色の瞳を持ち顔立ちはそれなりに端整、しかしまだ幼さの残っている少
年だった。

「ネオパルマにようこそ、ハランツのお姉さん。」
少年は明らかにシェリーに向かいそう言った。シェリーはキョトンとした顔で少年のことを
再度見る。
「待っていたんですよ。あなたがここに来るのを。シャトル、少し遅れたみたいですね。」
「・・・私、出迎えを頼んだ覚えはないんだけど。誰からもそういうの聞かされてないし。」
そう話すシェリーの口元は笑顔、しかし瞳は全く笑っていない。そんなシェリーの顔を見て、
少年も同じような表情になる。
「そういう顔をするってことは・・・僕がどういう人かも感づいているんですね?」
「まあ、大体はね。でも、まさか幹部クラスのお出迎えとは思ってもみなかったけど。」
「・・・とりあえず、知ってて言ってる筈はないですよね?カマでもかけたつもりですか?」
静かで丁寧な言葉遣いで少年は言った。しかしその口調には、明らかにシェリーに対し
見下した雰囲気が感じられる。
「まあね、けど、あんたの言葉で大体分かったわ。私の言ったことが間違ってないことが。
 ・・・で、その幹部様が何の用?」
シェリーはそう言うと、睨むような視線を少年に向けた。

「やだなあお姉さん、そんな怖い顔をしちゃあ。」
シェリーの醸し出す雰囲気をはぐらかすかのように少年は言った。
「別に今は何もするつもりはありませんよ。それより長旅で疲れたでしょう?そこの喫茶
 コーナーでお茶でもいかがですか?ごちそうしますよ。」
飛行場内にある小さな喫茶店を指差しながら少年は言った。
「悪くないわね。」
少年の申し出にシェリーは不敵な笑いを浮かべながらそう返す。
「けど、アンタ達に貸し借り作ると後がめんどくさそうだから、自分の分は自分でもつわ。」
「いいですよそれでも。」
ニコと笑ってそう言う少年とともに、シェリーは喫茶店に入って行った。

「しかしまあ、到着早々ナンパされるなんて思ってもみなかったわよ。ましてや目の仇に
 してた、これからケンカをしようって集団の人間に。しかも・・・」
缶に入ったまま来たコーラの栓を開けながらそう言うと、シェリーは少年の方に視線を向
け直した。
「しかも自分より年下の男の子に。これも教団のお仕事なワケ?」
「いいえ。」
レモンスライスの浮かんだ紅茶のカップを片手持ちながら少年は即答した。
「個人的な興味ですよ。お姉さんがパペットマスターの操るヤルムと戦った一戦、僕も見て
 ましたから。」
「・・・パペットマスター・・・」
少年の発した単語に、シェリーは眉をピクと動かした。
「ええ。かなり楽しみにしているようですよ。あなたのこれからの活躍を。」
「へえ・・・」
表向きは平静さを装いながらシェリーは言った。
「パペットマスターはあなたのことを『大木』だと言っていました。今はまだ苗木だけれども、
 底知れない潜在能力を秘めていると。」
「・・・・・・」
「しかし僕にはその言葉が理解できない。テクニックも使えず、他に目立った特殊能力も無
 い。身体能力はたしかに常人を軽く上回るけれど、それも『超人』というレベルまでには至
 っておらず、あくまで常識の範囲内・・・」
「・・・なんか、好き放題言ってない?」
「僕は冷静に分析しているだけですが?それとも何か間違っていますか?」
「冷静に、ねえ・・・」
少年の言葉にシェリーは苦笑した。
「そういうこと言ってる連中に限って、後で読みが外れて大泣きすることになるのが世の常
 なんだけどね。ケンカって、カタログスペックで決まるモンじゃないし。」
「へえ・・・」
完全に他人事という顔で少年は相槌を打った。そんな少年に、シェリーは今さらながら名
前を聞いてみる。
「そういや、あんたの名前は?」
「アルケミスト、仲間内ではそう呼ばれています。」
「アルケミスト・・・?」
少年の言葉に、シェリーは眉をひそめた。

「・・・ごめん、それって何屋さん?」
「・・・勉強が苦手だというデータに間違いはなさそうですね。」
シェリーの質問を鼻で笑いながらアルケミストは言った。
「自分で調べることをお薦めしますよ。安易に人から聞いたものは、知識として身につき
 ません。」
「く・・・」
アルケミストの言葉にシェリーは苦々しい顔をした。
「な〜んで私の周りの、あんたくらいの年齢はこうも可愛げのない連中ばかりなのかしら。
 アーサーと言いユエリと言い、さらに付け加えてアンタと言い・・・二度までは偶然、三度
 続いたら必然って言うけど。」
「それならば、必然と思っていただくしかありませんね。」
「・・・自覚症状があるなら何とかしなさいよね。」
そう言うとシェリーはまた一口、コーラを口に運んだ。

「しかしお姉さん、よく本当にネオパルマまで来ましたね。」
ティーポットからもう一杯注いだ紅茶を手に持ちながらアルケミストは言った。
「たしかにね・・・我が事ながら未だにピンと来てない部分もあるわよ。アンタ達が腹の底
 で何を考えてるか、ってのもね。ピーターあたりじゃ何も知らないし。」
「そりゃそうでしょう。」
口元に微笑を浮かべながらアルケミストは言った。
「あのクラスの人間にまで全部バラしていたらキリがありませんし、何より危なっかしくて
 仕方ないですから。でも・・・」
「でも?」
「お姉さんが入信したら、もっと詳しいことを教えてあげますよ。」
「・・・は?」
シェリーの眉間に思い切りシワが寄った。

「あんたそれ・・・本気で言ってる?」
「ええ。」
相変らずの笑顔でアルケミストは言った。彼の顔はさっきからずっと笑顔である。
「こっちも人手不足なもので。どうです?三食と寝るところくらいは保証しますよ。」
「人手不足ねえ・・・」
胡散臭いものを見る目でシェリーは相手のことを見た。
「足りないのは人質?それともモルモット?」
「やだなあ、そんな風に勘ぐらないでくださいよ。いじけちゃいますよ?」
「あらそう?ま、どのみち遠慮しとくわ、アスリート君。」
「・・・アルケミストです。人の名前を言い間違えないでもらえますか?」
「ああそうそう、悪かったわね、アルカノイド君。」
「・・・・・・」
無言のまま、アルケミストの眉がピクリと動いた。
「・・・お姉さん、もしかしてわざと言ってませんか?」
「そりゃもちろん。」
そう言うとシェリーは飲み干したコーラの缶をテーブルに置いた。
「ムカつくでしょ?こういうのって。わざとだって分かってても。」
「・・・・・・」
「特にあんたみたいな、普段チヤホヤされてるお子様には。」
ちょっと得意げな顔でシェリーは言った。そんなシェリーの態度に、アルケミストは
軽く息を吸い、気持ちを落ち着かせようとする。そんなアルケミストに、シェリーは
さらに話し続けた。

「でもさ、あんたもよくここに来たわよね。」
「?どういう意味です?」
「いや、実はそう見えて、案外ケンカに自信があるのかな〜と思って。」
「まさか。」
笑って手を横に振りながらアルケミストは言った。
「お姉さんと一対一でケンカして、勝てる筈ないじゃないですか。ただ・・・」
言うやアルケミストは指をパチンと鳴らした。その瞬間、シェリーの左右方向から
ナイフを持った小柄な男と素手だが巨体の男が挟み撃ちにするように、シェリー
目がけて襲いかかる。

「なるほど。」
口元に笑みさえ浮かべながらそう言うと、シェリーはテーブルに置いてある、コー
ラの空き缶を手に取った。
「死ねぇぃっ!」
狂気の表情を浮かべた男のナイフがシェリーに迫る。シェリーは身体を少しひね
って上半身を男の方に向けると、自分を突き刺そうと迫るナイフに空き缶の底を
あわせた。
「!!」
自分のナイフが缶に突き刺さった瞬間、男は焦りの表情を浮かべた。ナイフの刃
がすっぽり空き缶の中に入ってしまっている。
「くっ・・・」
男は慌ててナイフを缶から抜こうとした。しかしその瞬間、無防備なからの頭部に
シェリーの手刀がのめりこむ。脳震盪を起こした男はそのまま地面に崩れ落ちた。
「こんな所でナイフ抜かないでよね。嫌いなのよ、キーキー言った金切り音。」
動かなくなった男を見下ろしながらシェリーは言った。しかしそんなシェリーの手首
を、大男の太い手がむんずと掴む。
「捕まえた・・・」
ボソボソとした声で男は言った。そのまま男は力任せにシェリーを自分の方へ引き
寄せる。
「放しなさいよ!」
残った左腕でシェリーは男の顔面めがけ横からパンチを出した。男はそれを、首を
後方に逸らして紙一重でかわす。しかし完全に避けたのにも関わらず、男は自分の
目を押さえて苦しみだした。結果シェリーを掴む力も弱くなり、シェリーは簡単に男の
腕を振りほどく。
「ぐ・・・痛・・・」
「せいっ!」
見事なまでに理想的なフォームの上段蹴りが男のこめかみに入った。その一撃で、
大男の方も脳震盪を起こして地面に崩れ落ちる。
「よしっ。」
指をパチンと叩くと、シェリーは笑顔でそう言った。

「お姉さん、今、何を・・・?」
「知りたい?」
少し呆気に取られた様子のアルケミストに満面の笑みを浮かべながらシェリーは言
った。そして次の瞬間、何か小さな物がアルケミストの頬にペチンと当たる。アルケ
ミストはその物体をそっと頬からはがした。
「これは・・・レモンスライス?僕が紅茶に使った・・・」
「そ。お茶も染みてて、良い目潰しになったわ。手の中に簡単に隠し持てるし。」
「・・・・・・」
「だから言ったでしょ?ケンカはカタログスペックじゃないって。」
「確かにそうですね・・・」
思いのほか素直にアルケミストは言った。
「しかし空き缶にレモンスライス・・・セコイと言うか何と言うか・・・」
「勝てばいいのよ、勝てば。」
「・・・勝てば・・・いい・・・」
目を大きくさせながらアルケミストは言った。そして彼は「プッ」と吹き出し、やがて大
きな声で笑い出す。それは年相応の子どもらしい、明るい笑い声だった。
「アハハハハッ・・・そうかあ・・・勝てばいいかあ・・・」
「・・・?なんなの?この、まだ殴ってないのに打ち所が悪かったかのような反応・・・」
「勝てばいいから何でも使う、勝てばいいから実力の底を相手に隠す、勝てばいい
 から、一撃で相手を気絶させて必要以上に傷つけない、それがお姉さんの戦い方
 なんですね。」
言いながらアルケミストは一人でウンウンと頷いた。
「面白い・・・お姉さん、すごく面白いですよ!」
「あっそ。じゃあ・・・」
言いながらシェリーは、アルケミストの方へ一歩踏み出す。しかしアルケミストは椅
子を後ろに引くとフワリと跳躍した。
「!?」
音も立てず、風に舞う羽毛のような跳躍。そしてアルケミストはシェリーのはるか後
方、喫茶店の出口前に着地する。
「またお茶しましょうね!お姉さん!」
笑顔で手を振りながらそう言うと、アルケミストは足早に去って行った。

「なんて言うか・・・もしかして懐かれた?」
シェリーの口から重いため息が漏れた。
「前途多難ねこりゃ・・・」
そう言うとシェリーは荷物を掴み、改めて地下鉄乗り場の方へと歩き出した。

第二部第一話 完

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