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「う゛〜〜〜〜〜〜〜」
ネオパルマに到着してから五日経った金曜日の午後、終業のチャイムが鳴るとシェリーは
言葉になっていない声をあげた。
「やっと一週間が終わったぁ・・・・・・」
机に伏したまま、心底疲れ果てた声でシェリーは言った。何年ぶりか分からない、本気で
頭を使った五日間、しかも週末用の宿題も、彼女を苦しめるのに十分な量が出されている。
「こんな生活があと半年・・・ハゲそう・・・」
そんなことをブツブツ言いながら、シェリーはテキストを鞄にしまおうとする。と、自分と同じ
コースの生徒の一人が、シェリーに声をかけてきた。
「シェリー。」
「なに？」
「明日さ、みんなで観光にでも行かない？今、他のメンバーにも声かけてるんだけど。」
「あ、ゴメン・・・ちょっと先約があるの。」
相手の申し出に申し訳なさそうにシェリーは言った。
「先約？」
「うん、第二地区の方に、パパの古い知り合いって人がいてね。何はともあれ最初の休み
には会うように、って言われててさ。」
「そう・・・」
「また今度誘ってよ。」
ちょっぴり作った笑いを浮かべながらシェリーは言った。
そして翌日、シェリーは第二地区へと向かう急行の中にいた。各ドーム内部を走る列車は
地上を走るものもあるが、ドーム間の交通はかつてドーム間をつないでいた地下通路を改
修して作られた地下鉄が主な交通手段になっている。
「宇宙船に地下鉄・・・どっちも真っ暗。長旅の景色を楽しもうって心意気はこっちの人には
ないのかしらね？」
そんなことをブツクサ言いながら、シェリーは車内で買ったお茶を一口飲み、袋詰めの煎
餅をバリバリとかじる。ネオアリサには無かった種類のクラッカーだけど、意外と美味い。
ネオパルマに来たシェリーが最初に気に入った食べ物がこれだった。
その煎餅をかじりながら、シェリーはネオパルマのガイドブックを開いた。これによると
第二地区は工業・技術地区という区分らしい。ネオパルマで最新技術を取り扱う会社の
殆どが、ここに集まっているとのことだった。
「だったら、何かレア物あるかな・・・ジェイクさんが高く買ってくれそうな。」
ガイドブックを見ながら、シェリーはそんなことを考えた。
そして地下鉄に揺られること約一時間半、シェリーは第二地区のホームに下りた。生活臭
の強い第三地区と違い、第二地区はビジネスで使う人が多いからだろうか、観光に行く人
などでわりと込み合っていた第三地区の駅と違って、休日に構内を行く人はまばらである。
（技術区と言っても、オータムとはだいぶ雰囲気違うわね・・・ま、あそこは「技術区」って言う
よりも「マニア区」だけど）
そんなことを言いながらシェリーは駅を出て市街へ。そして事前にもらっていた地図を片手
に歩くこと三十分、ようやく目的地であるビルに到着した。
「トライデント技術センター・・・ここね。」
全面ガラス張りの三十階はありそうな大きなビルである。正面玄関から中に入ると、それま
で暇そうにしていた中年の受付女性がシェリーに声をかけた。
「何がご用ですか？」
「えっと・・・ここの所長・・・バーンハイト博士に会いたいんですけど。」
「所長に？失礼ですがアポイントメントはおありですか？」
「はい。」
「それではこちらにお名前を・・・」
そう言われて差し出された受付用紙にシェリーは自分の姓名を書く。それを見た受付は手
元にあった受話器を取り、三回ほどボタンを押した。
「所長、お客様のようですが・・・はい、シェリー・ハランツと言う・・・はい、分かりました。」
そう言うと女性は受話器を戻した。そして近くで立っていた警備員に、シェリーを所長室まで
連れて行くように指示した。
「こちらです。」
ひどく無愛想で無機質な声でそう言う警備員の顔をシェリーはチラと見る。そこでシェリーは、
その警備員が人間でないことに気づいた。
（ロボット・・・？）
明らかに人工的な皮膚、レンズが内臓されている瞳、声を聞き、近くで見ればこそ確実にロ
ボットだが、遠目に見る分には全くそれと気づかないほど精巧だった。
（すごい・・・）
シェリーはロボット警備員の顔をもう一度凝視した。警備員はそんなシェリーの様子に全く
反応しない。一緒にエレベータに乗り、ほんの数十秒でエレベータは最上階についた。
「どうぞ。」
警備員にそう言われ、シェリーはエレベータを降りた。警備員はすぐにそのまま、エレベー
タで降りて行ってしまう。そしてそれと入れ替わるように、一人の女性がシェリーの前にやっ
て来た。年齢はおそらく五十代半ば、細い金色のフレームをした眼鏡をかけ、スカイブルー
の髪の毛には白いものがあちこち混じっている。ワインレッドのスーツを着たその女性は、
シェリーを見ると驚きまじりの笑顔を浮かべた。
「シェリーちゃんよね？」
「あ、はい・・・バーンハイト所長・・・ですよね？」
「ええ。あ、エレナで良いわよ。そっちの方が気楽だから。」
女性はそう言うとニコと笑った。
「ともかく、立ち話も何だから場所を変えましょう。」
エレナはそう言うと、シェリーを応接間に案内した。
「あなたに会うのは、あなたが二歳のとき以来ね・・・もっとも覚えてないでしょうけど。その
頃から可愛い顔してたけど、キレイになっててびっくりしちゃった。」
ポットの紅茶をカップに注ぎながらエレナは言った。そして戸惑うシェリーの顔を見てニコ
と笑う。
「お父さんに似てるって言われない？」
淹れたての紅茶を口にしながらエレナは言った。
「え？そうですね・・・まあたまには。」
そう言うとシェリーも紅茶を口にふくむ。
「あの・・・父の古い知り合いだと聞いたんですけど・・・」
「ええ。エヴィン君と初めて会ったのは三十年前だったわね。」
シェリーの質問に答えながらエレナはもう一度紅茶を口にした。
「可愛かったわよ〜、あなたのパパ。私があと五歳若かったら、放っておかなかったかも。」
「は、はあ・・・」
エレナの言葉にシェリーは返答に窮した。それで話を変えようと、さっき自分が見た警備員
について聞くことにする。
「ところで、さっきここまで案内してくれた警備員なんですけど・・・」
「ああ、あれ？・・・もしかして、アンドロイドを見るのは初めてだった？」
エレナの問いにシェリーはコクリと頷いた。
「よくできてるでしょ？まだプロトタイプだし、融通がきかない点が多いんだけどね。いかん
せんコストの要求が厳しくて。そのくせスペック要求もうるさいし。」
「あれって・・・エレナさんが設計されたんですか？」
「まあ、基礎の部分はね。細かいところは社員に任せてるわ。」
「すごいですね・・・いつ頃からそうした研究をしてきたんですか？」
「・・・それも、三十年以上前からよ。あなたのお父さんとも出会う前から。・・・て言うか、その
研究がきっかけで、エヴィン君とは知り合ったんだけど。」
「・・・？でもパパ、別に機械工学は・・・」
不思議そうな顔でシェリーがそう言いかけると、廊下から何者かの足音が聞こえてきた。
「『きっかけ』が帰ってきたわよ。」
ニヤリとした笑みを浮かべながらエレナが言う。そして彼女はドアの方に首を向け、声をか
けた。
「シーレン！」
廊下を横切ろうとする足音に、エレナはそう声をかけた。その一言で足音は止まり、ドアが
カチャリと開く。
「・・・・・・・・・」
その姿を見て、シェリーは再び言葉を失った。顔の模様にところどころ機械が露出している
ボディ、一目見ただけで、それが人間でないことは分かる。しかし外見だけを見たら、さっき
の警備員のほうがはるかに人間に近いのに、不思議と今、目の前にいるアンドロイドの方
がはるかに人間味を感じる。笑顔で愛想を振りまくわけでも、逆に不機嫌そうなわけでもな
い、きわめて無感情な、機械的な顔つきなのに、なぜかシェリーはそう思った。
「・・・・・・」
エレナにシーレンと呼ばれたアンドロイドは顔つきを変えずシェリーの前に来た。そして無言
のままシェリーのことをじっと見る。
「・・・？」
相手が何を考えているのか、シェリーには全く分からない。間もなくシーレンは、ゆっくりと口
を開いた。
「過去のデータと照合完了・・・同一該当データは無し。しかしエヴィン・ハランツおよびリビア・
トウェインとはＤＮＡにて多数の類似点を発見。」
「そりゃまあ、二人の子どもだからね。」
苦笑いしながらエレナは言った。
「紹介するわ。私のパートナー、シーレン、古代文明の技術がベースのアンドロイドよ。」
「古代・・・文明・・・」
「ええ。」
にこやかに頷きながらエレナは言った。
「シェリーちゃん、あなたアリサ三世の古代テクノロジーについては知ってる？」
「え？いや・・・あはは・・・」
「そう・・・」
ちょっと呆れた顔でエレナは言った。
「あったのよ、そういう物が二千年以上前に。ライア・オラキオ戦争って言う戦乱で崩壊した
けど。シーレンはその当時の文明で、古代の技術者によって生み出されたの。」
「二千年前の古代技術・・・？って、このシーレン・・・さんって一体今いくつ・・・」
「最初に作られてからは１８００年以上、もっともうち千年は土の中だったけど。」
「・・・・・・」
「そしてネオパルマはアリサ三世に比べてアンドロイドの開発は進んでいなかった。だから
今でも、シーレンは世界最高のアンドロイドよ。」
言い終るとエレナは自慢げにニヤリと笑った。
「シーレン・・・世界最高のアンドロイド・・・」
誰に聞かせるでもなくそう言いながら、シェリーはもう一度シーレンのことを見た。
「それで、このシーレンさんとパパがどういう・・・」
「戦った・・・」
しばらく無言だったシーレンはシェリーの問いに静かにそう答えた。
「え・・・？」
「エヴィン・ハランツとは三度戦った・・・ダークファルスとミューの力を持つエヴィン・ハラン
ツとは・・・」
「ダークファルス・・・それと・・・ミュー？なんか女の人みたいな名前だけど・・・」
「シーレンの古いパートナーよ。あなたの曾お爺さんとも一緒に戦った、今は亡き女性型
アンドロイド、エヴィン君には、彼女の魂も力として宿っている・・・」
「アンドロイドの・・・魂？」
「ええ。奇妙に感じるかもしれないけど、それより妥当な言葉が無いのよね。」
笑いながらエレナは言った。そんな彼女の言葉に、シェリーは唖然とする。
「あ、あの・・・自分の中でパパがどんどん遠い存在になってってるんですけど・・・」
「でも、そういう人よ。あなたのお父さんは。あなたが接してきた優しいパパというのもまた、
まごう事なき本質だろうけど。」
「・・・・・・」
エレナの言葉に、シェリーは何と返していいのか分からなくなった。このビルに入ってから
まだ一時間も経っていないのに、あまりに新しいことが多すぎてワケが分からなくなりそう
になる。シェリーは手にした紅茶をもう一口、グイと飲んだ。
（なんだか目が回りそう・・・って・・・あれ・・・？）
そう思った瞬間、実際シェリーの視界は回り始めていた。目の前の世界が急に不安定に
なり、ぐるぐると回転をしはじめる。
「ごめんなさいねシェリーちゃん。」
ぐらつく視界の中、申し訳なさそうな声でエレナは言った。
（何これ・・・急に・・・）
シェリーの身体がグラリと傾いた。身動きもできなくなるほどの強烈な睡魔が、波状攻撃
のようにシェリーを襲う。
「エヴィン君にもよろしくって言われてたし、あなたのことも嫌いじゃない。本当はあなたの
力になってあげたいんだけど、こればかりはどうしようもないのよ・・・」
（これってもしかして・・・いや、もしかしなくても・・・一服盛ら・・・れ・・・でもあの人が先に
飲・・・とに・・・やば・・・）
シェリーはフラフラと席から立ち上がろうとする。しかし中腰になったくらいでシェリーの視
界は完全にブラックアウトし、前のめりにテーブルに倒れこんだ。
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