「出かけて一週間か・・・お姉ちゃん、どうしてるかなあ・・・」
言いながらジニーは青空の彼方を見つめた。ジニーは生まれてこの方、飛行機にもまだ
乗ったことがことがない。高い空のさらにはるか彼方、宇宙空間を隔てた先に姉はいる。
なんかすごそうだとは思っても、それ以上はピンと来なかった。
ジニーはシェリーの主目的が戦いだということを知らない。あくまで留学、勉強をしに行った
と思っている。
「帰ってきたら、お兄ちゃんみたいに頭よくなってるのかなあ・・・でも大丈夫なのかなあ？
全然知らない所に、すっごく遠い所に、一人で出かけちゃって・・・しかも半年も・・・」
ジニーはそんなことを漠然と考えた。
「ジニー！朝ごはん出来てるわよ！」
階下でリビアがそう呼ぶ声がする。ドアを開けると、コーンスープの美味しそうな匂いが
上までしてきた。
「は〜い！今行く〜。」
言いながらジニーはパタパタと足音を立てながら階段を降りて行く。
（大丈夫だよね・・・だってお姉ちゃんは『アンチェイン』なんだから！）
昔シェリーが自分に言った言葉を思い出し、ジニーはそう思うことにした。
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「ふ・・・ふぅわぁ〜あ。」
「・・・随分、緊張感の無い欠伸してくれるわね・・・」
「・・・・・・？？？」
自分の間近で聞こえてきた呆れ声にシェリーは我に返った。冷たい床の上に座る彼女の
身体はロープで何重にも柱に括り付けられ、腕は後ろ手に手錠が、足には鉄の足枷が嵌
められている。そして誰が自分にそうしたのか、考えるまでもなかった。
「なんせ慣れない勉強漬けだったもんで。ついぐっすりと。」
白い歯を見せてニヤついた笑いを浮かべながら、シェリーはそう言って眼前のエレナを見
上げる。
「大物なのか、それとも単なる脳天気なのか・・・」
言いながらエレナは懐から拳銃を取り出し、シェリーの額に突きつけた。
「シェリー・ハランツ、今ならまだ引き返せるわ。深遠の探求者から手を引きなさい。」
「・・・・・・」
エレナの言葉にシェリーはピクと反応した。
「・・・私が何も言う前から知ってるってことは、つまりそういうことね。」
「ええ。」
シェリーの言葉をエレナは全く否定しない。
「深遠の探求者Ｓ級が一人、技術の統括を行う通称『トライデント』、それが今の私の、もう
一つの顔よ。」
「またＳ級・・・一体何人いるのやら・・・」
「・・・また？あなた他のＳ級、どれくらい会ってるの？」
「声しか知らないけどパペットマスターとかいう人と、スペースポートでナンパしてきたアル
なんとかって子。」
「パペットマスターとアルケミスト・・・またクセが強いのに会ってるわね・・・」
やれやれという面持ちでエレナは言った。そしてその呆れ顔に、厳しさが少し混じる。
「それにしても、あなたは脇が甘すぎる・・・あの紅茶、私が先に飲んだから安心した？」
「・・・・・・」
「カップの方には、気が回らなかった？」
「・・・・・・」
「エヴィン君が今のあなたをネオパルマに行かせた理由、なんとなく分かる気がするわ。」
「・・・言ってみなさいよ・・・」
「それじゃあ、僭越ながら。」
ニコと笑うとエレナは語り始めた。
「一言で言うと、あなたが未熟だからよ。」
「・・・？」
「私の方でも軽く調べさせてもらったけど、あなた平日は予備校行ってるんでしょ？」
「まあね。」
「そうじゃないと親がお金を工面してくれなかった？パスポートの申請書に、サインをして
くれなかった？」
「・・・・・・」
エレナの言葉に、シェリーは一言も言い返すことができなかった。
「そういう所よ。今のあなたなら、エヴィン君達もあなたの行動に色々と制約をつけられる。
敵も、未熟で取るに足らぬ相手と思えば、わざわざ殺したりして事を荒立てる可能性は
まだ低い・・・あなたも、命あっての物ダネと懲りて逃げ帰ってくるかもしれない。だから
早いうちに出発させた。あなたが中途半端に深入りできるだけの力、行動の自由と経済
力を身に着けて、死んでしまう前に。」
「っ・・・・・・」
エレナの言葉にシェリーは反論できなかった。そしてそんなシェリーに、エレナは淡々とした
口調で自分の言葉を続ける。
「ネオアリサに帰りなさい。親の言うことを聞いて勉強に励みなさい、そして大それたことは
考えずありふれた、しかし大切な、人並みの幸せを求めなさい。」
言い終わるとエレナは今一度、銃口をシェリーに向けなおした。だが、そんなエレナの言
葉に、今度はシェリーが「やれやれ」という顔をする。
「私も本当はそうしてたかったんだけどね〜。させてくれないのよ、誰かさんが。」
「教団のことを・・・」
「ご名答。」
笑いながらシェリーは答えた。
「無防備で無関心を決め込んでれば、誰からも攻められない。そんな風に考えるほど私、
無邪気で天真爛漫な性格してないの。」
自嘲と皮肉が混じった声でシェリーは言った。しかしその瞳は、すぐに刺すような物に変
わる。
「私がここで何とかしないと、パパがまた出張ることになる・・・そうすると、うちにとっての
揉め事ってダース単位で増えるのよ。パパも、ママも、アーサーもジニーも、そんな事に
巻き込ませたくないのよ！エレナ・バーンハイト！！」
「・・・・・・！」
自分を一瞬で飲み込みそうになるシェリーの気迫に、エレナは一歩後退しかける。だが
エレナは再び、指先を震わせながらその銃口を向ける。
「そんな減らず口を叩いてワガママ言ったって！現に手も足も出ないじゃない！」
「それは・・・どうかしら！」
「！！」
シェリーは一瞬で自分を縛る縄から抜け出した。そして低姿勢から拳銃めがけて放った
アッパーカットが、エレナの銃を弾き飛ばす。
「あなた・・・」
「『アンチェイン』の二つ名は、ダテじゃないんでね。関節外しての縄抜けは、得意中の得
意なの。それこそ誰も気づかないうちに、速攻でできるくらいに。」
「・・・・・・」
「ついでに言うと、自分の関節より他人の関節外す方が、もっと得意だったりして。」
指先をコキコキと鳴らし、邪悪な笑みを浮かべながらシェリーは言う。しかしそんな彼女に
対し、エレナが返したのは深いため息だった。
「不縛者（アンチェイン）、か・・・」
哀しいものを見るような目で、エレナはシェリーのことを見た。
「若い頃、人はそう信じる・・・自分は自由だ、自分を縛れるものなど、何もありはしない、
そう信じる・・・けどね。」
エレナがそう言うと同時に、二人がいる部屋の扉が開いた。
「シーレン・・・」
扉を開けた主の名前を、シェリーは呆然とした口調で口にする。
「それはいつか砕かれる物なのよ。理由はいろいろあるけれど、たとえば自分の抗えな
い、圧倒的な力によって・・・！」
そう言いかけるエレナだったが、シェリーは彼女の言葉を遮るかのように真横へ跳んだ。
その跳躍でシーレンとエレナ、そしてシェリーが一直線上に並ぶ。そしてそこからさらに
もう一回、今度はエレナの方へと低姿勢のダッシュで向かっていった。
「もらい！」
エレナに反撃する隙を与えず、シェリーは相手の懐へ飛び込んだ。そして素早く腕を掴
み、関節を極める。
「私に向かってきてみなさいよ・・・この人の腕が折れても知らないから！」
シーレンに向かい、怒鳴り声でシェリーは言った。そんなシェリーに、エレナは驚いた顔
をする。
「・・・アンドロイドに人質が通用すると思ってるの？」
「ええ。」
即答でシェリーは言った。
「だってあのシーレンってアンドロイド、ものすごく人間臭いんだもん。ぶっきらぼうな顔
してるけど。」
「・・・・・・」
「まあ、こんなマネしてちゃ、どっちがカルト教団の幹部だか分からなくなるけどね。」
自嘲気味にシェリーは言った。
「けど、私正直、全っ然勝てる気がしないのよ。あんな全身超合金の塊みたいなのに。
大方全身に火器とかも内蔵してるんでしょ？私の知らない超兵器とか。」
言いながらシェリーはジリ、ジリと部屋の出口へと近づく。シーレンはその間、身動きを
取ることができない。
「あなた・・・このまま私を連れてビルから逃げ出す気？」
「まさか。」
笑いながらシェリーは答えた。
「そんなことしたら、動きづらいし自分が不利になるだけだもん。こっから先は、一人で
脱出してみせるわよ。」
「自慢じゃないけど、ここの防犯システムかなり頑丈よ？」
「けど、それくらいしてみせなきゃ。アンチェインを名乗るからには。」
「できなかったら？」
「お望みどおり、荷物まとめて故郷（くに）に帰るわよ。」
「言うじゃない・・・」
シェリーにそう言葉を返しながら、エレナも口元に微笑を浮かべた。
「でもそれだけじゃダメね。帰る前に私の前で土下座十回、それにこのビル全部、隅
から隅までチリ一つなく掃除してもらうから。」
「なら、なおさら捕まるワケに行かないわね。掃除苦手だし。」
エレナの言葉に、シェリーはもう一度笑った。
「そんじゃ、よーいドンってことで！」
言いながらシェリーはエレナを軽く突き飛ばす。そしてその勢いを利用して、目の前の
廊下を一直線に駆け出して行った。
「それじゃあ、こっちも始めるわよ・・・防犯システムを！！逃がさないで！！」
エレナの怒声が周囲に響き渡った。その顔にはどこか楽しそうなものが見える。ビル
中に警報が鳴り響いた。
「はじまったわね・・・」
ニヤリと笑いながらシェリーはつぶやく。
「それじゃあ、強行突破と行きますか！」
腕をポン、と叩いてそう言うと、シェリーは非常階段へと駆け出した。
「いたぞ！」
「あれか！？」
「他に誰がいる！」
「でも・・・」
「とにかく確保するぞ！」
非常階段へと通じるドアを開けた瞬間、シェリーは警備員二人と鉢合わせた。数の上
ではもちろんのこと、階段の上にいる警備員と下にいるシェリーでは立ち位置も不利
である。しかしシェリーの外見に騙されてか、相手の表情には驚きと動揺が見えた。
そしてシェリーは、そんな絶好の隙を決して見逃さない。
「遅いっ！」
階段を一歩踏み、その勢いで今度は手すりに飛び移る、そしてさらにそこも蹴って今
度は壁へ、非常階段の狭い通路を活かしたシェリーの三次元的な動きに、警備員は
完全に翻弄された。結果、いとも簡単にシェリーに後ろに回られる。
「こいつっ！」
警備員の一人が警棒を振りかざした。だがその警棒も、シェリーのキックで簡単に弾
き飛ばされる。
「な・・・」
「しっかりしなさいよ？ロッドの使い方、プロのクセに知り合いの女の子にも負けてる
んだけど。あ、もしかしてバイト？」
動揺を隠せない警備員を前に、不敵な笑みを浮かべてシェリーは言った。シェリーの
そんな挑発に、言われ慣れていない警備員はあっさり頭に血が上る。
「ナメるなぁっ！」
もう一本のロッドで警備員は襲いかかった。けれどそれもさっきと全く同じように弾き飛
ばされる。しかし、それと同時にもう一人の警備員が下からシェリーに向かっていった。
「調子に乗るなぁっ！」
叫びながら男はロッドを突き出した。スピードは遅く、狙いも甘い。しかし何か本能的に
危険なものを、シェリーは相手の動きから感じた。
（まずはこいつから先に仕留める！）
そう思うとまずシェリーは眼前の、自分が丸腰にした警備員を両手でドンと押した。警
備員の足はフラつき、後ろの壁に軽くぶつかる。そしてそれと時を同じくして、階下から
来た男のロッドが、シェリーの身体に迫ろうとする。だが相手のそんな動きに合わせ、
シェリーの右足が動いた。
「甘い！」
持ち上げたシェリーの右足、正確に言えばスニーカーの裏がロッドの先端を受け止め
ていた。しかも警備員がそこからさらにロッドを押し込もうとしてもピクリともしない。
「てぇいっ！」
シェリーはそこから、一気に右足を打ち抜いた。ロッドを防がれ弾き飛ばされ、さらに
蹴りを胸元に喰らった警備員はそのまま階段を転がり落ちて行った。
「そんな・・・」
「隙ありっ！」
狼狽するもう一人の警備員、その鳩尾にシェリーの飛び膝蹴りが深々と突き刺さった。
警備員は苦しそうなうめき声をあげながら、前のめりにうずくまるようにして倒れこんだ。
「よしっ、んじゃ後ろからシーレンさんとか来ないうちに・・・」
そう言ってシェリーはその場を去ろうとするが、その前に地面に転がっているロッドを
一本拾い上げる。と、そこでシェリーはロッドのグリップに何かスイッチがついている
ことに気づいた。
「スタンガン機能つきの電磁警棒だったのね・・・スニーカーのゴム底で防いで正解だっ
たってワケだ。」
そう言うとシェリーはニヤリと笑った。どうやら自分の第六感は、いつも通り正常に働
いているらしい。そう思うとシェリーは警備員が持っていた他の三本も回収し、ポケット
へとしまう。
「ちょっと貸してね。あとで返すから。」
その言葉がまず確実に耳に入っていないであろう相手にそう言うと、シェリーは足早に
その場から立ち去った。
「へえ・・・」
シェリーの様子をモニタで見ながらエレナは感心して頷いた。
「どうやらズブの素人ってワケじゃあなさそうね・・・Ｃ級戦闘員が十人がかりで傷一つ
つけられなかったっていうのも納得できるわ。」
「追撃しますか？マスター？今出撃すれば、二分以内の捕捉が可能です。」
「・・・まだ、いいわ。」
自分の後ろに立つシーレンに、エレナは短くそう言った。そしてポケットから十数個の
ボタンがついた、リモコンのようなものを取り出す。
「それじゃ、第二ステージと行きましょうか。」
そう言うとエレナは、ボタンを数個押した。
（ここは地下三階か・・・）
通路の壁に貼られた案内を見てシェリーはつぶやいた。階段を駆け上がり、目の前に
ある鉄製の扉を開こうとするがビクともしない。
「ロックされてる・・・たぶん偶然じゃないわね。」
シェリーは舌打ちをしてそう言う。だが次の瞬間、シェリーの視界がグラリと歪んだ。
（あれ・・・？）
自分の身体に急に起きた異変にシェリーは戸惑った。と、そこでエレナのアナウンスが
周囲に響き渡る。
（まだ睡眠薬が残って・・・いや、この感覚は・・・）
「悪いけど、非常階段口の酸素をストップさせてもらったわ。」
「エレナ・・・！」
「本来は防火用の設備なんだけどね。こうすれば侵入者対策にも応用できるのよ。」
「・・・・・・！」
シェリーは無言のまま、スピーカーを睨みつけた。その額には、うっすらと汗がにじんで
いる。
「付近の酸素が完全に無くなるまであと３０秒、あなたが酸欠で倒れるまで、あと二分弱
ってところかしら？」
「・・・・・・」
「非常口と外をつなぐドアは全部ロックしたわ。さ、どうする？アンチェインさん。」
皮肉がたっぷりと含まれたエレナの声が、狭い通路にこだました。
「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る
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