〜始まりの終わりとなる日々に〜

「三階・・・」
シェリーが到着した階を見てエレナはつぶやいた。もう、室内の酸素は完全になくなっている。
一度でも息を吸おうとしたら、その瞬間に倒れるだろう。けれどそこでシェリーは壁によりかか
ったまま数秒間動かない。けれど急に壁から跳ね上がると、一つ下の二階に飛び降りた。
「！！あの子・・・」
シェリーの様子にエレナは目を見開いた。そんなエレナ（と言うよりモニタ）の前で、シェリーは
電磁警棒を取り出し、ドアのロックをコントロールしているパネルに突き刺す。バチンという大
きな音と煙があがり、シェリーがドアを引くとそれは難なく開いた。
「ぷはぁぁっ！」
オフィスの部屋に飛び込むや、シェリーは息遣いも荒く呼吸を繰り返す。
「マスター、今のシェリー・ハランツが行った行動は・・・」
「陽動よ。」
シーレンの言葉にエレナが答えた。
「地下は駐車場、暗く広いため敵に囲まれる恐れがある。一階もロビーフロア、単独で多くの
　敵を相手するには不利、それに対し二階ならオフィス区画で障害物が多く、しかも高さ的に
　窓から飛び降りることも可能・・・けどそれを読んでいることも見越して、あの子は一度三階
　まで移動した・・・ドアの向こうにいるであろう警備兵を陽動するために。」
誰に聞かせるでもなくそう言うと、エレナはチッと舌打ちをする。
（頭が悪いって聞いてたけど・・・とんでもないわね。学校の勉強が嫌いなだけよ、あれは）
「マスター、シェリー･ハランツが二階からの脱出を図っています。」
シーレンの一言で、エレナは我に返った。

「えぇぇいっ！」
警棒を片手に、シェリーは力任せに窓ガラスを殴った。しかし相当に強化されたガラスらしく、
手が痺れるばかりでビクともしない。
「スイッチも近くに見当たらないし・・・よっぽど悪いことしてんじゃないの？ここ・・・」
舌打ちしながらシェリーが言う。と、そんな彼女の耳に、上の階から降りてくる警備員達の足
音が聞こえてきた。
「・・・来ちゃったか・・・それなら迎え撃つ・・・」
シェリーがそう思うのとほぼ同時に、扉が荒々しく開いた。

「逃げ場は無いぞ！産業スパイ！」
警備員のうちの一人が荒々しい声で叫んだ。
（産業スパイ・・・？）
警備員の声に、屈んで引き出しの陰に隠れていたシェリーが怪訝な顔をする。
（なんで私が産業スパイなのよ・・・って言うかあの口調だと、教団とは関係なさそうね。あの
　警備員）
「威嚇射撃用意！」
そんなシェリーの頭上でそういう声がすると、立て続けに数初、パパパパパンという乾いた音
が響き渡る。
「暴徒鎮圧弾・・・」
足元に転がってきた銃弾をシェリーはサッと拾い上げた。硬質ゴムを使用した火薬未使用の
ライアット弾、ゴム弾と言えど喰らえば普通に身動きが取れなくなる。骨に当たれば折れる可
能性も高い。
「制圧開始！」
指揮官のその一言で、警備員達は拡散した。
（この足音・・・敵は６人！）
そう判断するとシェリーは身をかがめたまま動き始めた。

「いたぞ！」
それからほんの数秒後、警備員のうち一人があっさりとシェリーの存在に気づいた。そして彼
と目が合った瞬間、シェリーは自分自身にスイッチを入れる。
（行くわよ・・・アンチェインアイ！）
「喰らえ！」
警備員の一人が引き金を引こうとした。しかしそれよりも早く、シェリーは手にした警棒を投げ
つける。
「うわっ！」
銃を持つ警備員の腕が大きく上にブレた。そのまま引かれた引き金は、天井の蛍光灯を一つ
破壊する。そしてその隙に懐に飛び込まれた警備員は、次の瞬間には電磁警棒の一撃で気絶
していた。
「貴様！」
それに気づいたもう一人の警備員が、背後からシェリーに銃口を向ける。敵は自分に背を向
けているという圧倒的に有利な状況の下、警備員は引き金を引く。しかしそんな彼の銃弾が
捉えたのはシェリーではなく、すでに気絶していた警備員の胸だった。シェリーは男の方の上
に倒立し、難を逃れていた。そして着地しながら、シェリーは気絶した男の持っていた銃を奪い
取る。
「お返しよっ！」
シェリーが立て続けに放った二発の銃弾は、相手の腹部に的確に命中した。これで六人中
二人が沈黙する。
「長引いたらこっちが不利だからね・・・速攻で決めさせてもらうわよ！」
そう叫ぶとシェリーは腰ほどの高さがあるテーブルに足をかけ、そのまま天井ギリギリまで銃
を構えたまま跳躍した。

（あとのターゲットは四人、場所は全員拡散、行動優先順位は・・・）
そうした判断を瞬時に行いながら、シェリーは空中で銃を構えた。銃身全体を自分の前部に
向けるのではなく、身体は全くひねらず、まずは銃口のみを真横、右方向に向けた。
（まずはこいつ！）
シェリーはそのままライアットガンの引き金を引いた。それは相手の利き腕を捉え、男は心底
痛そうな顔をしながら銃を落とす。
（次は・・・）
シェリーは銃身を少しだけ左に逸らした。そこにシェリーを狙った銃弾が飛んでくる。だがその
銃弾はシェリーの持っているライフルのグリップエンドに当たり、結果シェリーの身体は無傷の
まま大きく右に動かされた。
（この勢いで！）
シェリーの飛ばされた先にもう一人の警備員がいた。上空から迫るシェリーを前に、その警備
員には明らかに焦りと恐怖の色が見える。そんな敵の首筋めがけ、シェリーはライフル銃を鈍
器として叩き付けた。そして行きがけの駄賃とばかりに、すぐそばでうずくまっている、自分が
銃を落とさせた警備員を電磁警棒で気絶させたる。

「な・・・なんなのよ、あれ・・・」
その様子をモニタで見ていたエレナの瞳には、さっきまでは無かった驚愕で満ちていた。
「今の行動を分析・・・シェリー･ハランツの視界領域は上下１８０度、左右２００度以上と推定。」
「バカな・・・なんなのよそれ・・・」
シーレンの言葉にエレナは言葉を失いかけた。一般に人間は集中すれば集中するほど、視界
というものは狭くなる。まして戦闘時、しかも相手の動きを見極めるとなれば、かなりの集中状
態だろう。その状況でこれだけ視界が広い・・・視界が広ければ多数の敵の動きを同時に捕捉
できるし、足場の悪い場面で戦う場合も相手の動きを見ながら足場の選別ができる。見た目は
地味ながら、局地戦や集団戦ではかなり有用な能力だと言っていい。そしてそれから十秒も経
たないうちに、残る二人の警備員もシェリーに倒されていた。

「シーレン！あの子を止めて！！」
鬼気迫る表情でエレナが叫んだ。
「シェリー・ハランツ・・・あの子は危険よ・・・底の知れない力を秘めている・・・それが、本当に
　開花する前に・・・」
「・・・任務、了解しました。」
エレナに短くそう言うと、シーレンは部屋から出て行った。

「・・・・・・」
自分以外誰もいなくなった部屋で、エレナは呆然と立ち尽くしていた。
「これで私は、本当にシェリー・ハランツの・・・エヴィン君の子どもの敵になる・・・無傷のまま
　捕獲するのはもう不可能・・・読み間違えた・・・あの子の力を・・・」
（無防備で無関心を決め込んでれば、誰からも攻められない。そんな風に考えるほど私、
　無邪気で天真爛漫な性格してないの。）
エレナの脳裏にシェリーの顔と、さっき言った言葉が浮かんだ。そんな言葉にエレナは
「分かってるわよ・・・」
とつぶやいた。
「あなたがそう思うよりも、たぶんずっと前からね・・・だから・・・」
そこでエレナは数回荒く呼吸する。
「だから私は戦うのよ・・・戦わなければ守れないものを守りたいから・・・」
言い終わると、エレナの頬を数行の涙が下った。

「シェリー・ハランツ。」
それから間もなく、開かない窓に四苦八苦しているシェリーの耳にシーレンのアナウンスが
飛び込んできた。
「マスターの命令により、一対一の勝負を申し込みたい。」
（ちょっと待って・・・）
アナウンスを聞いたシェリーの額に冷や汗が流れる。
「私はロビーにいる。警備員は全員避難させた。外部とのロック以外の警備システムも、全
　て解除を完了している。」
（信じていいのは間違いなさそうね・・・でも・・・）
シェリーは顎に手を当てて考えた。
「目的が読めない・・・けど・・・」
「なお、申し出を拒否し、五分以内に現れなかった場合、今後一切の安全は保証しない。」
「・・・やっぱりね。」
シェリーの思考を先回りするようなシーレンの言葉に、シェリーは深いため息をついた。そ
して地面に転がっている電磁警棒を拾い、ライフル銃にはできる限りのゴム弾を詰める。
（どっちも戦闘アンドロイドに通用するとは思えないけど）
自嘲気味にそう言うとシェリーは階段を下りて行った。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
非常口の扉を開けると、前言に違わずシーレンはいた。その場に他には誰もいない。しか
も周囲の窓には来たときにはなかったスモーク処理が施され、外から様子を伺うことができ
なくなっている。来たときとは全く様子の違う、異空間とも言えるロビーがそこにあった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
両者は無言のまま向かい合った。だがそれもほんのわずかなことで、すぐにシーレンは口
を開く。
「シェリー・ハランツ・・・排除、開始・・・」
言い終わるやシーレンの右腕に装着されたハンドガンがシェリーの足元を撃った。パパパ
パパンという乾いた音とともに、大理石の床が粉々になる。
（実弾！）
その銃口は、今度は驚くシェリーの身体へと向けられた。
（くっ・・・）
シェリーは再び、さっき使った広域視界『アンチェイン・アイ』を発動させる。強烈に神経と
集中力を要するので、あまり長時間は使いたくない技能だが、今はそんなことを言ってい
る場合では全く無い。シェリーはその力で銃口の動きを読み、次に来るハンドガンの攻撃
を横っ飛びで回避した。そしてジャンプをしながらライフルを構え、立て続けに数回、シー
レンに向けて引き金を引く。しかし硬質ゴムの弾丸はシーレンの持つ鋼鉄の身体の前に
は、何の用もなさない。
（まあ、常識で考えればそりゃそう・・・ってぇぇえええっ！）
シェリーの目の前でシーレンの背にあったパーツの一部が前面、に移動した。大型ライフ
ル銃の銃身のようになったそれは、シーレンの左右の腰部で構えられる。
「Ｆ型９１式ツインライフル・・・発射・・・」
二門のレーザー砲が唸りを上げた。目にも留まらぬ速さを持つその光線が、シェリーの両
脇を掠め背後の壁をドロドロに溶かす。
「・・・・・・」
シェリーの顔がひきつった笑顔のようになった。今のは相手がわざと外した。そんな事は
容易に想像が付く。
「投降を勧告する。」
無機質な声でシーレンは言った。
「・・・ねえシーレンさん。」
その言葉に対しシェリーは問いかけた。
「今の勧告は、エレナさんの指示？」
「・・・・・・」
「違うのね・・・」
「マスターからの指示はシェリー・ハランツの停止、それだけしかない。」
「そう・・・」
シーレンの言葉に、シェリーは少しだけさびしそうな顔をした。

「シーレンさん、あなた、『第六感』って知ってる？」
「視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚の五感、それ以外に人間が持つとされる感覚。物事の
　本質を見極めるための感覚・・・」
「百科事典そのままの回答ね・・・」
シーレンの答えにシェリーは苦笑した。
「しかしそれは、現在の状況との関係を認められない。」
「いんや。」
シーレンの言葉をシェリーはそう言って否定する。
「それが私に告げているのよ・・・エレナさんがカルト教団なんて入ったのには、きっと
　それなりの理由がある。やむにやまれぬ理由ってヤツがね。」
「・・・・・・」
「でも、だからって『ハイそうですか』って受け入れられるモンでもない。もっとハッキリ
　言っちゃうと、騙されてるって感じかな？あなたのマスター。」
「・・・・・・」
「あなたが銃を向けなきゃいけない相手は、他にいるんじゃない？」
「・・・・・・」
シェリーが話す間、シーレンは何も言わなかった。シーレンが何を考えているのか、表
情から読み取ることはできない。だがしばらくして、シーレンは再び銃口をシェリーに向
ける。
「私はマスターからの指令を優先する。」
「・・・こういう場合、『シーレンノ　アタマハ　カタイ』とでも言えばいいのかしらね？」
呆れ顔でシェリーは言う。そして言いながら、シェリーの身体がユラリと動いた。
「それなら、まずは力づくで押し通る！」
「・・・・・・」
シーレンのハンドガンがシェリーを狙った。しかしシェリーは横の移動でそれをかわす。
そして手にしたライフルを天井へ向ける。
「修理代は・・・ツケにしといてね！」
シェリーは天井のシャンデリアに向けて引き金を二回引いた。発射された二発のゴム
弾は両方とも正確にシャンデリアのロープを撃ち抜き、巨大なシャンデリアが天井から
シーレンの頭上めがけて落ちてくる。
「・・・・・・」
シーレンは無言のまま横に動き、それを避けようとした。だがシャンデリアが地面に落
下するよりも速く、シェリーがシャンデリアのすぐ前に来る。
「てぇぃっ！」
シェリーは落下するシャンデリアを、まるでサッカーのボレーシュートのように蹴り飛ば
した。そして蹴飛ばされたシャンデリアは、ガシャンという破壊音とともにシーレンに命
中した。
「好機！」
シーレンがよろめいたのを見て、シェリーは一気にシーレンとの距離を詰めた。あれだ
け遠距離用の攻撃兵器を内蔵している相手である。近接戦闘でもどんな武器を持って
いるかは予想できないが、少なくともシェリーは近づいた方が手数が多い。
「・・・・・・」
少しグラついた体勢を立て直しながら、シーレンはハンドガンをシェリーの方へ向けよう
とした。しかしハンドガンが装着された右腕をシェリーはキックで横へ逸らす。そして蹴り
足が地面につくと同時に、シェリーは右の拳を矢のように引き絞る。その拳には、彼女が
抜け目なく拾った、シーレンが銃で砕いた大理石の欠片が数個握られていた。
「一撃必倒・・・剛・体・術っ！」
シェリーの一撃がシーレンの腹部を打ち抜くと、ドンという鈍い音がロビーにこだました。
剛体術・・・インパクト（打撃）の瞬間全身の間接を固定させることで力の無駄な逃げ場
を無くし、全体重と打撃の衝撃を相手に叩き込む技である。全身の間接を同時に加速
させて一気に打ち抜く音速拳とは全く逆のコンセプトを持つ技とも言えた。当てづらいと
いう欠点はあるが、破壊力は音速拳より数段大きい。自分の倍以上ウェイトがある相手
をこの一撃で沈めたこともあった。そしてドスンという大きな音ともに、シーレンの身体が
仰向けに倒れた。
「やっぱりあなた、人間くさいよ・・・私の言葉を聞いてから、動きに迷いがあった・・・いや、
　迷いはきっと最初から・・・エレナさんのことを考えてか、パパのことを考えてか知らない
　けど。・・・そうでなけりゃ、私は一分で蜂の巣よ。」
仰向けになったまま動かないシーレンにシェリーは言った。だが、そんなシェリーの前で、
シーレンはゆっくりと起き上がる。
「累積ダメージ５％未満・・・戦闘行動の続行に支障なし。」
「・・・もしかして、まだ、やる気？・・・って言うかダメージ５％未満ってアンタ・・・」
シーレンの言葉に、平静を装いながらシェリーの内心は冷や汗まみれだった。シャンデ
リアを蹴っ飛ばしたせいで足は痛いし、剛体術で鉄の塊ような相手を殴ったせいで拳も
ヒビが入ってるんじゃないかというくらい痛い。
（こりゃ、やばいかな・・・）
しかしシェリーがそう思った瞬間、非常口の方から何か黒い物体が飛んできた。

「・・・カラス？なんでビルの中に！？」
その黒い物体を見たシェリーは反射的にそう言わずにはいられなかった。シーレンの
注意もそのカラスの方へと移る。
「・・・・・・」
シーレンは一直線に自分の方へ飛んでくるカラスを見た。そしてそのカラスのことをハン
ドガンで射殺する。と、カラスは爆弾を撃ったかのごとく爆発した。
「！？」
光と爆風にシェリーは思わず顔を腕で覆った。その間にもカラスは二羽三羽と立て続け
にシーレンめがけて飛来する。
「・・・・・・」
シーレンは無言のままそれを立て続けに撃ち落した。そのたびに爆発が起き、シーレン
のボディを少しずつ傷つける。そしてついに、一羽がシーレンの身体に張り付いて爆発
した。バンという耳をふさぎたくなるような爆発音とともにシーレンが片膝をつく。その一
撃でかなりのダメージを受けたことは、少し離れた場所から状況を見守るシェリーにも分
かった。そして身動きの取れなくなったシーレンに、さらに三羽のカラスが立て続けに襲
いかかる。
「シーレン！」
それを見てシェリーは反射的にライフルを構え直し、飛んでいるカラスを狙撃した。銃の
威力が低いことが幸いし、シェリーのゴム弾はカラスを弾き飛ばすことはしても爆発はさ
せないらしい。
（こりゃラッキーだわ・・・）
頭の中でそう思いながらシェリーは視界にいる三羽を立て続けに撃ち落す。と、そこで
彼女が持っていた暴徒鎮圧銃の弾が尽きた。

「これ以上来たらヤバいわね・・・」
空になった銃を虚勢で構えながらシェリーは思った。そんなシェリーに、シーレンは膝を
ついたまま声をかける。
「シェリー・ハランツ・・・」
「シーレン・・・？」
「エヴィン・ハランツにも昔、他者の攻撃から守られたことがあった・・・そのときのエヴィ
　ンは私と交戦中であったにも関わらず、だ・・・」
「へえ・・・」
シーレンの言葉にシェリーは少し意外そうな顔を浮かべながら笑う。
「何故だ？」
笑顔を浮かべるシェリーにシーレンが問いかける。
「あなたを助けたかったからに決まってるでしょ？守るっていうのは、そういうことなん
　だから。」
「エヴィンと同じように答えるか・・・」
（・・・シーレンさん、今、笑っ・・・）
シーレンの表情を見てシェリーはそう思う。だがそれを口にする前に、息を吹き返した
カラスがシーレンに襲いかかった。
「シーレンさんっ！」
それを見てシェリーは叫んだ。シーレンはハンドガンを構え、うち二羽を撃ち落すが、対
応が遅れ、至近距離での撃破だったため、爆風で浅からぬダメージを受ける。しかし残
りの一羽はシーレンに向かわず玄関のドアへ一直線に向かい、ドアのロックを破壊した。
（なんなの・・・？）
カラスがドアロックを爆破したのを見て、これがシーレンを攻撃するためというよりも、自
分を逃がすための行動だったことをシェリーは確信した。敵の気配はもうしない。あるの
はポッカリ開いた脱出口と大ダメージを受けて行動不能になったシーレン、そして手足に
傷を負い、飛び道具も無くなった自分だけである。
「悪いけど、とりあえず勝負は預けるわよ！」
シェリーはそう言うと、開いた扉を一直線に駆け抜けた。

「シーレン！」
それから間もなく、涙目になったエレナがシーレンのもとへ駆け寄った。
「大丈夫！？シーレン！！」
「・・・体機能の損傷８０％オーバー・・・行動可能になるまで十五分、戦闘能力が回復
　するまでは約一時間かかります・・・」
「分かったわ・・・セーフモードに移行、最速で復帰できるようにして。」
「了解。」
エレナの言葉にそうこたえると、シーレンは全身のスイッチを遮断した。
（こんな真似ができるのはあいつしかいない・・・）
一人つぶやくエレナの瞳には、明らかに憎悪の炎が宿っていた。

・・・・・
・・・・
・・・
・・
・

「ここらへんまで来れば大丈夫かな・・・エレナのオバサンも追いかけてきそうにないし。」
エレナのビルから約１キロ離れた路地の裏、足の痛みに耐えながら全力疾走したシェ
リーは息を切らしながらそう言った。
「でも、最後のあれはなんだったのよ・・・カラスが飛んできて、シーレンにぶつかっては
　爆発して・・・でも、あれが無かったらまず負けてたし・・・一体、誰の仕業・・・？」
「つくづく、理解できない人ですね。あなたは。」
「・・・・・・・・・」
背後から聞こえてきたその声に、シェリーはビクと振り返る。その先にはブロンドの髪と
紺碧の瞳を持つ少年が、苦笑いをしながら立っていた。
「銃を向けてきた機械人形に話しかけるわ守ろうとするわ・・・何考えてるんですか？」
「あなたは・・・」
「僕のこと、きちんと覚えてくれていたみたいですね。」
呆然と警戒が入り混じった顔のシェリーに対しブロンドの少年、アルケミストは言った。
「あなただったのね・・・シーレンのこと攻撃したの。」
「さあ？何のことやら。」
言いながらアルケミストは肩をすくめる。
「・・・ものすごく白々しいんだけど。」
「あ、やっぱりそう思います？」
悪戯っぽい笑みを見せながら、悪びれもせずアルケミストは言った。
「どういうつもりよ・・・」
「どうもこうもありませんよ。前にも言いましたでしょ？お姉さんの考え方、面白いと思
　ってるって。つまんなくなっちゃうんですよ。ここでお姉さんに帰られちゃうと。」
「・・・・・・・・・」
「あれ？どうかしたんですか？」
「何考えてんのよ！バカじゃないの！？」
「・・・・・・？」
シェリーの怒鳴るように言ったその言葉に、今度はアルケミストが目を白黒させた。
「お姉さん？」
「あんたねえ、私はアンタって言うか、アンタの組織から見たら敵なのよ？１００％まじり
　っけなしで！そんなの手助けをして！しかも仲間の邪魔してどうすんのよ！後でどうな
　っても知らないわよ！？」
「・・・それって・・・もしかしてお姉さん、僕のこと心配してくれてるんですか？」
「心配って言うか・・・まあ、無くわないわね。呆れてるって方が大きいけど。」
「・・・・・・」
シェリーが難しそうな顔でそう言うと、アルケミストの顔はパァッと明るくなった。
「嬉しいなあ・・・お姉さん、僕のこと心配してくれるんだ。」
「・・・？？？」
「教団じゃそんな人いないですからね。特にトライデントのオバサンなんて大嫌い。大体
　あんな風に機械に頼るなんて、人間として間違ってますよ。」
あっけらかんとした顔でアルケミストは言った。しかしそんな彼の言葉に、シェリーは
「それじゃあ、あのカラス爆弾はどうなのよ。」
と返す。
「カラス爆弾・・・ああ、ホムンクルスのことですか？」
「ホムンクルス・・・」
アルケミストの言葉をシェリーは鸚鵡返しで返した。
「あれが？なんか、言葉本来の意味と違くない？」
「へえ・・・お姉さん、勉強したんだ。」
「ま、学校の図書館で気晴らしにね。」
「フフ・・・」
シェリーの答えにアルケミストは少し笑う。
「たしかに違いますよ。あれは僕のオリジナル。錬金術は、生命を輝かすための研究、
　その総称だと考えてますから。」
「生命を輝かす？・・・あれが？」
「ええ。」
顎が外れそうなシェリーとは対照的な、全く迷いのない笑顔でアルケミストは言った。
「考えてもみてくださいよ。あのカラスが何の役に立ちますか？存在するだけで街の美
　観を損ねているのに、ゴミ袋を破り残飯を漁る、病原菌を撒き散らし、時にはその爪
　と嘴で人間を襲う、役に立たないどころか害悪でしかない。それが、僕が捕獲する事
　で街から消え、改造することで僕という人間の役に立つことができるんです。プラスは
　あっても、マイナスはないでしょう？」
「なるほど。」
皮肉めいた笑顔を浮かべながらシェリーは言った。そんなシェリーの顔を見て、アルケ
ミストも満足げに微笑む。
「でもそれならもう、僕の名前を間違えることはありませんよね？」
微笑みながらアルケミストは言った。
「もちろん！ね、アルガイド君。」
「・・・・・・・・・・・・お姉さん？」
「冗談よ冗談。だって長くて言いづらいんだもん、アンタのそれ。」
「長くて言いづらいって・・・そんな理由で・・・」
「本名だったら、長くてもちゃんと呼んであげるけど？」
「遠慮しときますよ・・・いたずらに本名を明かさないのが、Ｓ級の決まりなんで。」
「あっそ・・・んじゃさ、『アル』でいい？」
「いいですよそれで・・・アルカノイドだのアスリートだの言われるよりは。」
うんざりした顔でアルケミストは言った。

「でも、話を元に戻すと、やっぱりあんたの立場はヤバいと思うけど？」
「大丈夫ですよ。トライデントのオバサンも僕に出し抜かれたなんて大っぴらにはしたく
　ないでしょうし。それよりお姉さんこそ、気をつけた方がいいと思いますけど？あんな
　風に銃に対応できるとなると、こっちも警戒レベルを上げざるを得ませんから。」
「ま、あれくらいできないと集団戦は勝ち抜けないからね・・・って、どこから見てたのよ
　アンタ。」
「戦闘はほとんど最初からですよ。ホムンクルスはカラスだけじゃありませんので。」
「なるほど・・・って、まさか普段の生活まで覗き見してるんじゃ・・・」
「してませんよ、そんなこと。」
ため息まじりにアルケミストは言った。
「そこまでＣＣＤカメラのバッテリーがもちませんし、ホムンクルスだって無尽蔵じゃない
　ので。偵察型は作るのに手間がかかる上に教団内でも需要が多いんですよ。」
「そう。」
そっけなくシェリーは言った。
「けど、もし隠し撮りなんかしたら、一直線にツブしに行くからね？」
少しだけ声にすごみをきかせてシェリーは言った。
「分かりましたよ・・・って、それより一言くらいはお礼言ってくださいよ。あのまま勝負を
　続けていたら、お姉さん確実に負けていたんですからね。」
「ごめん、それもそうね。」
シェリーはそう言うと右手をアルケミストの肩にポンと乗せると、ほんの少し身を屈めて
自分の顔をアルケミストに近づけた。顔と顔の距離が３０センチくらいになると、アルケ
ミストの顔はびっくりしたような表情で硬直する。
「あ・・・・・・」
「助かったわ。ありがと。」
ニコと笑顔を見せながらシェリーは言った。
「分かればいいんですよ・・・」
少し紅潮した顔を反射的にうつむかせてアルケミストは言った。

「それじゃね。」
言いながらシェリーはクルリと回って背を向ける。そして右手を軽く挙げながら立ち去ろう
とすると、アルケミストはもう一度後ろから声をかけた。
「・・・あ・・・あの、お姉さんっ・・・！」
「なに？」
訝しげに振り返りながらシェリーが言う。
「・・・さっき僕に『隠し撮りなんかしたらツブす』そう言いましたよね？」
「言ったけど？」
「・・・・・・じゃ、じゃあ、隠しじゃなければ文句はない、はず、です、よね？」
挙動不審なほどに上ずった歯切れの悪い言葉で、途切れ途切れにそう言いながらアル
ケミストはポケットからモゾモゾと小型のデジタルカメラを取り出した。
「・・・悪巧みに使わないのならね。」
「しません。そんなこと。絶対に・・・」
上目遣いにシェリーの顔を見ながらそう言うと、アルケミストのカメラはシェリーの笑顔を
そのシャッターに納めた。

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