「おじいちゃん・・・おばあちゃん・・・」
夜明けのほの暗い部屋を見渡してユエリは言った。
「久しぶりだな・・・夢に出てきたの・・・心配してるかな・・・私のこと・・・」
そう言うとユエリは瞳を閉じ、深く息を吸い、そして吐き出す。
「心配、してくれてるよね・・・たった一人の孫なんだし・・・私にも、たった、一人の・・・」
そこまで言いかけるとユエリは言葉に詰まり、左手で目頭を押さえた。
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「おはよぉ〜」
翌日の朝九時過ぎ、淡いピンク色の寝巻きを着たジニーが、気の抜けた声で眠そうな目
をこすりながら階段を降りてきた。
「あらおはよう。」
ソファに座り、コーヒーカップを片手に朝の美術番組を見ていたリビアが言う。ジニーはリ
ビングを軽く見渡した。
「パパは？」
「まだ寝てるわ。最近ちょっと疲れてるみたいだから、起こさないようにね。」
「うん。・・・お兄ちゃんもまだ寝てるの？」
「アーサーなら一時間くらい前に出かけたわ。ジョギングしてくるって。もうそろそろ戻って
くる頃じゃないの？」
「へえ・・・ちょっと珍しいね。」
「そうね。」
そう言うとリビアはコーヒーを飲み干した。そして、それとほぼ同時に玄関のベルが鳴る。
「噂をすれば・・・」
言いながらリビアは立ち上がった。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「汗かいた。シャワー浴びていい？」
「いいわよ。ジニーもさっき起きたし、いっしょに朝ごはんにするから、浴びるなら早くね。」
「はいはい。」
笑いながらそう言うと、アーサーは額の汗を拭いながら自分の部屋に向かった。
そして約十五分後・・・
「そう言えばあなた達、今日は教会に行くとか言ってたっけ？」
「うん。なんか大掃除するらしくて人手が必要なんだって。」
バターロールをちぎりながらアーサーが答える。
「何時の約束なの？」
「１１時よ。ユエリちゃんも待ってるって。」
今度は隣にいたジニーが、ホットミルクの入ったマグカップを片手に答える。そんなジニ
ーの返事にリビアは「そう。」と短く答えた。
「そう言えば最近ユエリちゃん、学校ではどうなの？」
目玉焼きにナイフを入れる手を休めジニーは聞いた。
「ん？別に普通だけど？」
「お兄ちゃんとケンカとかしてない？」
「・・・とりあえずは。」
「よかったぁ・・・」
アーサーがの返事に、ジニーは嬉しそうに微笑んだ。
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それから約一時間後、支度の終わったアーサーとジニーは玄関にいた。
「それじゃ行ってくるわ。」
「夕方には戻るよ。」
「はい行ってらっしゃい。みなさんによろしくね。」
リビアはそう言って二人を見送ると玄関を閉じる。そしてリビアが居間に戻ろうとすると、
一階奥の寝室からエヴィンが起きてきた。
「・・・おはよう。」
「あらおはよう。どう？疲れの方は？」
「ああ、よく寝たおかげでだいぶ良くなった・・・ジニー達はどこに行ったんだ？」
「マレジア司祭の教会ですって。なんでも大掃除の手伝いだとか。」
「そうか・・・」
そう言うとエヴィンは自分の言葉に一呼吸おいた。
「あそこの教会、たしか孫が帰ってきたんだよな・・・」
「ええ。そんな話を前に、シェリーかアーサーから聞いたけど？」
「ああ・・・」
エヴィンはそう言うと次の言葉を切り出せなくなった。
「ユエリのことが気がかりなの？」
そんな夫の様子を見てリビアが言う。そんな彼女の問いかけにエヴィンは「まあね。」と
言って頷いた。
「司祭にしてみれば、これ以上嬉しいことは無い筈だ。だがそれはユエリにとって・・・」
「この世界での、自分の居場所を奪われることでしかない・・・」
「そうだ・・・」
嘆息してエヴィンは言った。
「やっぱりユエリのことが気になるのね。」
そんなエヴィンの様子を見てリビアは言った。その声には胸中かなり複雑なものが感
じられる。
「不満かい？」
「いいえ。別世界でのあなたの行動にまで文句をつける気はないですから。」
「そりゃそうだ。僕もそこまでは責任もてない。」
苦笑しながらエヴィンが言う。
「しかし、気にはなるけど聞くわけにもいかんしなあ・・・聞いて解決の糸口が見出せる
とも思えない。」
「そうね・・・気にはなるけどね。結局あなたとエリーさん、それにユエリ以外の人間が
どうなったのか、分からないし・・・」
「いや・・・一人だけ分かる・・・」
目つきを少し厳しくさせてエヴィンが言った。
「それって・・・」
「ディルナさんだ。」
「ディルナさんが・・・？」
「ああ。あの人のことだ。僕との対決に勝って、ネオパルマを破壊したあと、生きている
とは思えない・・・数万の命を奪った後、彼はきっと・・・」
「そう・・・」
そう言うと今度はリビアがため息をついた。
「あなたがそう言うのなら、きっとそうなんでしょうね・・・」
リビアがそう言うと、二人はそのまま無言で、しばしその場に立ち尽くした。
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アーサー達がマレジア司祭の教会に到着したのは、約束の時間の十分ほど前だった。
司祭に元気よく挨拶するジニーに、マレジアは笑顔を向ける。
「今日はよろしくお願いしますね。」
「はいっ！」
マレジアの言葉に、ジニーはもう一度笑顔で返事をした。アーサーもそんな司祭に軽く
挨拶をすると、目の動きでユエリのことを探す。やがてアーサーは礼拝堂の入り口近く
にユエリがいることに気づくと、彼女のもとへと駆け寄った。
「ユエ・・・」
何の気なしにアーサーはユエリに声をかけようとした。しかしユエリの顔つきが昨日ま
でとは明らかに違っているように感じられ、声をかけるのをためらってしまう。
「・・・ユエリ？」
「！？」
おそるおそる話しかけたアーサーのその声に、ユエリはビクと我に返った。
「アーサー・・・いたの？」
「ああ。一瞬声をかけていいものか迷ったけどな。」
「なんで？」
「何かおっかない顔してたからさ。」
「・・・私が？」
「ああ。・・・何か、あったのか・・・？」
「何もないわよ。」
ユエリはそう言うとプイと顔を逸らした。そんな彼女の脳裏に、昨日の老人の顔がまた
浮かぶ。
（悪いが、この勝負は私の勝ちだな。）
（・・・・・・）
（不服だというのなら、また明日来るといい。同じ場所、同じ時刻に待とう。準備が必要
なら、してくるといい・・・もっとも、如何なる備えをしても、私に通じるとは思えんがな。
未熟であるだけでなく、迷いや劣等感に支配された技では。）
（あなたは・・・）
（答えが知りたければ聞き出すことだな。己自信の手で。）
「・・・・・・」
昨日の記憶にユエリは無言で歯噛みする。
「あれはたしか午後一時だった・・・」
誰にも聞こえない小さな声で、ユエリはボソとつぶやいた。だがユエリが拳をグッと握り、
決意を新たにしようとした瞬間、
「ユエリちゃん！」
と背後から相当にボリュームの大きな声で呼びかけるジニーの一言に、ユエリは心臓
が口から飛び出しそうになった。
「な、なによジニー・・・」
バクバクと音を立てる鼓動を必死に隠しながらユエリはジニーの顔を見る。
「え？えっと・・・『なに』って言われても・・・声かけただけだし・・・」
そんなユエリの言葉に、ジニーは困った顔をする。そんなジニーに、ユエリの表情も少
し緩んだ。
「どうなの？最近調子は？」
「調子？」
「見つかった？シェリーやアーサーとは別の、二人の前に出られそうな道。」
「まだ、見つかんない・・・」
「そう。」
ジニーの言葉にユエリは柔らかい笑みを浮かべた。
「難しいかもしれないけれどね。頑張ってればそのうち見つかるでしょ。」
「うん！・・・あ！ねえ、ユエリちゃんは？」
「私？」
「うん、何か今、目標とかあるの？」
「私は・・・そうね。とりあえず目の前に一つはあるわ・・・」
「どんな物？」
「成功したら話すわよ。」
ジニーの肩に軽く手を置いてそう言うと、ユエリは礼拝堂の中へと歩いていく。二人はそ
んなユエリと逆方向に行こうとしたが、振り返りざま、ジニーがドン、と誰かにぶつかった。
「痛たた・・・」
「おお悪ぃ、大丈夫か？」
ジニーがぶつかった相手がジニーを気遣い心配そうな声で言った。
「ピーターさん・・・？」
声の主をアーサーは、ちょっと驚きの混じった顔で見る。
「おお、ハランツの。・・・どうかしたか？」
珍しい物を見るような視線のアーサーに、明るい声でピーターは言った。そんなピー
ターにアーサーは「いえ、別に何でもないです。」とだけ答える。
「今日はよろしくお願いします。」
「こっちこそ。姉貴にもよろしく言っといてくれや。」
「あ、はい。」
アーサーがそう言うと、ピーターはどこかへ歩き去ってしまった。
「お兄ちゃん、今の人は？」
「司祭のお孫さんだ。」
「そうなんだ・・・感じ良さそうな人だね。」
「うん、そうだな・・・（て言うか前とは別人レベルだぞあれ・・・）」
「お兄ちゃん？」
「あ、いや、それじゃ手伝いはじめようか。」
「うん！」
それから二人はもう一度司祭の所に行った。そしてアーサーは高所のガラス拭き、
ジニーは床掃除から始めることにした。
それから二時間近く、時間はきわめて平穏に過ぎて行った。近所から手伝いに来て
くれた他の人たちと談笑しながら窓を拭き、床を掃き、教会の儀式などに使う大道具
の埃を払い整理して行く。そしてそろそろ昼食の休憩にしようかとマレジアが言ったと
き、ユエリは一人、教会を出て自室の方へと歩いていった。
「あれ・・・？」
教会の隅っこを掃除していたジニーが、そんなユエリの唯一の目撃者だった。
「忘れ物かな？」
深い考えもなしにジニーは思う。と、そんなジニーにアーサーが後ろから声をかける。
「こんな所にいたのか・・・探したぞ。司祭がそろそろメシにするって。」
「うん、お兄ちゃん先に行ってて。私、ユエリちゃんと一緒に行くから。」
「・・・ユエリと？」
アーサーが訝しげな顔をする。
「うん。さっき一人で家の方に歩いていって・・・」
「・・・・・・！」
ジニーの言葉にアーサーの表情が変わった。
「ジニー。」
真剣な眼差しでアーサーが言う。
「な・・・なに？？？」
「ちょっと、ユエリの様子みてくる・・・」
「？？？」
目を白黒させ、状況が全くつかめていないジニーにそれだけ言うと、アーサーも表に
歩き出して行った。ジニーもそんな兄の後ろを反射的について行く。そして二人は、
玄関でユエリに会った。
「どこに行くつもりだ？」
小脇に小さなバッグを持ったユエリを見てアーサーが言った。
「・・・どこでもいいでしょ。」
無愛想にそう言うとユエリは先を急ごうとする。
「最初に会ったときから妙に殺気立ってたと思えば・・・バッグの中身はいつものロッ
ドか？」
「・・・・・・」
アーサーの問いかけにユエリは無言になる。そんなユエリを見て、ジニーは不安そう
な顔になった。
「ユエリちゃん・・・誰かとケンカしに行くの？」
「関係ないでしょ・・・悪いけど急いでるから。」
それだけ言うとユエリはその場から立ち去ろうとする。だがアーサーはそんなユエリと
一緒の方向に歩き出そうとした。
「なんのつもりよ！」
不機嫌と苛立ちを隠さずユエリが言う。だがアーサーは「しれっ」と
「どこに行こうが関係ないだろ？」
と返した。
「急いでるんだったら、僕なんかに構わず急いだ方がいいんじゃないの？」
「・・・・・・」
アーサーの言葉にユエリは深いため息をつく。
「良い性格してるわね・・・シェリーといい勝負だわ。」
「いやあ、それほどでも。」
口元に笑みさえ見せながらアーサーが言う。だが次の瞬間、アーサーは目つきを鋭く
させてジニーの方を見た。
「そんなワケでジニー、司祭には適当にフォローしといてくれ。」
「わ・・・私が？？？」
「ああ。よろしく頼む。」
戸惑うジニーにそう言うと、アーサーはすでに駆け出しているユエリの後ろをダッシュで
ついて行った。
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「来たか・・・」
公園に着くと、昨日の言葉を違えることなく老人はいた。ユエリは凛とした眼光でその
老人を睨みつける。
（この人が・・・）
アーサーの視線も自然とその老人の方を向いた。そして間もなく老人と目が合うと、老
人はニヤリと笑う。
「フフ・・・」
（なんだこの人・・・）
老人の醸し出す雰囲気にアーサーは少し気圧された。それでもプレッシャーに負けま
いと気合を入れ直す。だがアーサーがそんなことをしている最中に、ユエリはバッグ
からロッドを取り出していた。そしてそれを構えると、老人の眉がピクと動いた。
「何よ・・・」
老人のわずかな表情の変化を見逃さずユエリが言う。
「いや・・・なんでもない。それに・・・」
静かな口調で老人は言った。そして自らも両手を前に出し、戦いの構えを取る。
「聞き出したいことがあれば、その腕で聞き出せば良い。」
「言われなくても・・・」
「気をつけろユエリ！そいつ・・・並の相手じゃないぞ！」
「ほう・・・名はユエリと言うのか・・・」
アーサーの叫びに反応し、老人は再びニヤリと笑う。
「それが・・・どうしたって言うのよ！」
言いながらユエリは老人めがけ突き進んで行った。三歩でトップスピードに達し、老人
の前に迫るとそのままの勢いで飛び蹴りを放つ。だが老人は身を屈めてそれをかわ
した。
「まだ！」
叫びながらユエリは身体を回転させ、裏拳の動きでロッドを振るう。しかし老人は右手
を正面で構えると、ユエリの右手首をグッと掴んだ。
「つっ・・・」
右腕に電撃のような痛みが走り、腕がピクリとも動かせない。老人はユエリの手に握
られたロッドをじっと見た。
「このロッド・・・やはりバルキリーか・・・」
「・・・・・・」
ユエリの腕を掴んだまま、背後から老人が言ったその言葉にユエリは目を見開いた。
「・・・なんで・・・なんでこれの名前を・・・」
「私が作った物だからな。」
「デタラメを！」
その言葉とともにユエリは後頭部で老人の額に頭突きをかます。それで老人の握力
が弱まるとユエリは一気に腕を振りほどき、間合いを取り直した。
「昨日から好き勝手ばかり言って・・・もう許さない！」
「怒るか・・・しかし力が無ければ、その言葉も、怒りにも、何の意味も・・・」
「うるさい！黙れ！」
一喝とともに放ったユエリ渾身の中段蹴りが老人のみぞおちへと突き刺さった。
「トドメっ！」
かけ声とともにユエリは、相手にめりこんだ右足を踏み台に自らの左足を敵の肩へと
乗せる。ユエリ最強の技「バルキリーストライク」、しかし二発目の攻撃である膝蹴りは
相手に当たることなく、かえってその足を相手に掴み取られていた。
「ふんっ！」
老人はその足を一本背負い投げで投げ飛ばした。ユエリの視界はグルリと周り、右肩
と背中が強烈に地面へと叩きつけられる。ユエリの呼吸が、一瞬止まった。
「う・・・」
「初弾が甘い！」
倒れ伏すユエリの顔を老人は踏みつけようとした。ユエリはそれを両手で受け止めるが、
体勢の悪さから反撃にうつれない。不自由な姿勢のまま老人の力は、どんどん強くなり、
ユエリの顔に近づいていく。そして目の前でおきているその状況に、アーサーは頭の中
を真っ白になりながら飛び出していた。
「貴様ぁ！」
アーサーは老人めがけ、文字通り飛びかかっていた。空中で体当たりをかまし、そのま
ま老人を押し倒し砂の上をゴロゴロと転がる。だが老人はそんなアーサーは軽く引き剥
がすと、服についた砂埃をバンバンとはたいた。
「アーサー！」
「ほう・・・こっちはアーサーと言うのか・・・」
ユエリの言葉を聞き、老人はさっきと同じようにニヤリと笑う。
「その目・・・面白い・・・ついでだ、かかってくるといい。」
言うと老人は両腕を広げ仁王立ちした。
「二人がかりでも構わん。」
「こいつ・・・舐めるなっ！」
怒気を隠さずアーサーは突っかかって行った。そして左右の拳によるジャブとストレート、
そして右足によるローキックを放つが、片足立ちになったところを簡単に払われる。
「せいっ！」
空中に浮いたアーサーの腹部に、老人は拳を振り下ろした。胃の中にあるものが全て
逆流するかと思うような一撃を受け、さらにそのまま大地に叩きつけられる。
「くっ・・・」
アーサーは即座に立ち上がった。しかし今の一撃で軽い脳震盪を起こしていたらしく、
視界はドロドロに歪んでいる。アーサーはそれでも攻撃をしようとするが、突き出した
拳は難なく掻い潜られる。そして懐に潜り込んだ老人は両手の掌をピタとアーサーの
みぞおちに当てた。
「これを『発頸』と言う・・・」
アーサーにしか聞こえない程度の声で老人は言った。そして次の瞬間、アーサーの身
体は数メートル後方に弾き飛ばされる。
「アーサー！！！」
それを見て今度はユエリが向かって行った。しかし彼女の攻撃は、今度もまた老人に
当たることなくいなされる。そして逆に、老人の放った中段蹴りが、刃物のような鋭さで
ユエリに突き刺さった。
「っ・・・」
痛みでユエリの視界がホワイトアウトしそうになる。老人は、そんなユエリの肩に自らの
左足を乗せた。
（これはまさか・・・無理・・・かわせない・・・）
次に来るのは間違いなく顎への膝蹴り、そして脳天への一撃、しかし回避はできない。
ユエリはただ自分の瞳を閉じた。
しかし膝蹴りは来なかった。気がつくと肩に乗っかっていた老人の重みも消えている。
おそるおそる目を開けると、腕を組んだ老人が立っていた。
「真剣勝負の最中に瞳を閉じるな・・・勝負を最後の瞬間まで諦めるな！」
「！！」
老人の一喝にユエリはビクとする。それから老人は、ヨロヨロと立ち上がるアーサーを
見た。
「未熟だな。無様なほどに。」
「・・・・・・」
アーサーは敵意を持って老人を睨みつけた。しかし睨む以上の行動ができない。その
足は少し震えていた。
「その震え・・・痛みゆえか？それとも恐怖ゆえか？はたまた両方か・・・」
アーサーが決して答えられないと分かっている質問を、老人はあえてした。それから
彼は二人のことを同時に見た。
「貴様らは力を求めるか？」
「・・・？？？」
「顔を見れば分かる・・・目を見れば分かる・・・貴様らは力を欲している・・・」
「・・・・・・」
「もしも貴様らに、真に力への欲求があるのなら・・・勝利への執着があるのなら・・・」
そこで言葉を止めると老人はゆっくりと組んだ腕を解いた。そして右腕の人差し指で
ゆっくりと地面を指す。
「両手と頭を地につけて私のことを師と仰げ。そして、私について来い・・・」
「！！」
老人の言葉に二人は目を見開いた。
「ふざけるな！」
一瞬の沈黙の後、アーサーが叫ぶ。しかしユエリは違った。一歩、もう一歩と老人の方
へと歩み寄る。
「・・・本当に、強くしてもらえるの・・・？」
「二言は無い。貴様にその覚悟があるのならばな。」
「・・・・・・」
老人がそう言うと、その場に今日何度目かの沈黙が走った。やがてユエリは膝を折り、
右膝、そして左膝を地面につける。そして右の手の平も地面につけようとした瞬間、アー
サーがその腕を掴んだ。
「バカなことすんな！ユエリ！！」
「やめてよ！あなたには関係ないでしょ！」
「関係・・・」
そこでアーサーの言葉はまた止まった。しかしすぐに言葉を改める。
「ついて行くって、司祭には何て言うんだよ！」
「司祭・・・」
アーサーの反論に、今度はユエリの言葉が止まった。顔をうつむかせ、アーサーから
視線を逸らす。
「もう私はいない方がいいのよ・・・たった一人の身内が戻ってきたんだし・・・」
「・・・そういうことか。」
ため息をついてそう言うと、アーサーは掴んだ腕を放した。
「つまり、今自分がいる所に居場所が無くなりそうだから、どっかに逃げたいんだ。」
「！！」
「違うか？そうじゃないって否定できるか？」
「あんた・・・言っていいことと悪いことがあるわよ・・・」
「フン・・・」
ユエリの脅迫じみた言葉をアーサーは鼻で笑った。
「悪いけど・・・今のユエリがそんなこと言ったって、全然怖くない・・・」
「・・・・・・！」
「強くなりたいっていうのはウソじゃないだろうけど、そんな気持ちじゃあこの爺さんや
姉さんはおろか・・・この僕にだって勝てやしない。」
言いながらアーサーはスッと両手を身構えた。
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