〜始まりの終わりとなる日々に〜

第二部第九話 アンバランス

「死ねぇっ!アルケミストォッ!!」
男はバイクのエンジンをふかすと、土煙を立てながらアルケミストに突撃をかける。対する
アルケミストは、口元に笑みを浮かべながら、そこから一歩も動かず、ただ腕をゆっくりと、
真正面に突き出してみせる。
(攻撃テクニックでも使うつもりか!?)
バイクの男は走りながら直感的にそう思った。バータやフォイエ、ザン、グラブト・・・いずれ
も民間人の使用は固く禁じられているが、教団がそんな法律を遵守しているとも思えない。
(だが、発動前に叩いちまえば・・・)
「違うよ。」
相手の心を見透かしたアルケミストはニヤリと笑ってそう言うと、突き出した右腕を左に動
かした。するとバイクのハンドルが急に右に切られ、コンクリートの壁めがけ一直線に突き
進む。
「なああああぁぁぁぁっ!?!?!?」
男は慌ててコントロールを失ったバイクから飛び降りようとした。しかし腕がバイクから離れ
ない。そして次の瞬間、男の身体はバイクもろともコンクリートの壁に叩きつけられていた。
「う・・・うが・・・」
「へえ・・・まだ意識があるんだ。さすがに、からっきしの素人じゃなさそうだね。」
うずくまる相手を遠くに見ながらアルケミストはそうつぶやいた。

「今・・・袖から何か糸みたいなの飛ばしてた?」
「・・・あれを見切られますか。」
シェリーの独り言に運転手は少し驚きながら言う。
「うん、一瞬キラッと光ったし。細かく何かまでは見えなかったけど。」
「・・・・・・あのお方が貴女を見込まれるのは、そうした能力もあってのことなのですね。」
運転手はそう言うと一つ、ため息をついた。
「正直に言いまして、若干戸惑いを感じております。」
「何がよ?」
いぶかりながらシェリーが言う。
「アルケミスト様の、あなたへの態度です。自らの称号を『アル』などと略称で呼ばれても
 平然としているあのご様子は・・・」
「ご様子は?」
「あまりに平素のあのお方とかけ離れているのでございます。」
「ふ〜ん・・・」
運転手の言葉に気のない返事をすると、シェリーは再び戦況に目をやった。

「どうしたの?かかってきなよ。」
ワケも分からぬまま仲間の一人をやられ気圧されている二人にアルケミストは言った。
「さっきも言ったけど、僕は暇じゃないんだ。これから楽しい食事会だしね。」
(・・・楽しみにしてるのはアンタだけって噂もあるけどね・・・)
アルケミストの言葉にシェリーは心の中でツッコミを入れる。
「だから、君達が仕掛けないのなら・・・こっちから行くよ。」
そう言うとアルケミストはそっと自分の右手で左の袖を持った。そしてワイシャツの袖から
薄紅色をしたひし形の、カフスボタンが顔を出す。そして次の瞬間、カフスボタンが発した
一瞬の閃光が敵対する二人を照らした。
「な・・・何が起きた?」
「見たところ何も異常は・・・」
互いの顔を見合わせて二人は言う。だがそんな二人をアルケミストは嘲笑した。
「そう思うのなら、かかってきたら?僕は動かないからさ。」
「く・・・このガキ!」
悠然と近づいてくるアルケミストに対し、二人は武器を振り上げる。しかしそれを振り下ろ
そうとした瞬間、両者の身体は金縛りにあったかのように動かなくなった。
「な・・・何が起こっ・・・」
「分からない?」
嘲笑したまま、アルケミストはもう一度、カフスボタンを相手に見せる。
「これにはナイトのテクニックが込められている・・・テクニック以外の攻撃は、全部封じら
 れているんだよ。そして君達は、テクニックなんて上等な物は使えやしない。」
そう言うとアルケミストは金縛りにあった相手から鉄パイプを奪い取った。
「うわ・・・重いや。」
鉄パイプのズシリとした重量感を確かめながらアルケミストは言った。
「ダメだよこんな物使って人を殴ろうとしちゃ・・・ぶたれたら、きっと凄く痛いんだよ?」
そう言うとアルケミストは素人丸出しな動きで鉄パイプを振りかぶる。
「どんだけ痛いか・・・自分で試してみなよ!」
アルケミストが力任せにブン回した鉄パイプが相手の脇腹を殴った。男は口から何か変
な物を出して悶絶し倒れる。残る一人も同じように殴られ、同じように倒れた。そしてアル
ケミストは、地面に転がっているバールのようなものを拾い上げる。
「これなんか、先端尖っちゃってるよね・・・こんなの振り回しちゃ・・・身体に刺さったりしち
 ゃあ・・・一生消えない傷跡が残りそうだよね・・・」
氷のような瞳で言いながらアルケミストはそれを振り上げる。だがそんな彼の手首を、シェ
リーが後ろから掴んで止めた。

「よしなさいよ、アル。」
「お姉さん・・・」
ものすごく不満そうな声と視線を、アルケミストはシェリーに向ける。
「かばうんですか?この連中を。」
「まさか。」
シェリーはそう言って笑いながらアルケミストの言葉を否定する。
「三人がかりで不意打ち同然、おまけに全員当たり所が悪けりゃ死ぬような鈍器持ち。私
 が一番嫌いなタイプよ。ケンカの相手としてはね。」
「だったらなんで・・・」
「見たくないのよ。アルがそんなモノ振り回してるトコ。」
「・・・・・・・・・」
シェリーの言葉にアルケミストは呆然とした面持ちでシェリーのことを見た。そんなこと、過
去に誰一人として自分に言った人間はいない。
「それって、どういう・・・」
「ま、どうでもいいわ。ただ、アルがこいつら痛めつけ足りないっていうのなら、ここから先
 は私が代わる。とりあえず、八割殺しくらいにしといてあげるわよ。」
シェリーはそう言うと、指の関節をパキパキと鳴らした。
「・・・・・・・・・」
シェリーの言葉にアルケミストはしばらく考え込んだ。そしてニコとした笑みを、シェリーに
向ける。
「遠慮しておきますよ。この程度の相手、しかもケガ人とお姉さんが戦うところ見ても、面白く
 なさそうですし。」
「フフ・・・」
アルケミストの言葉に、シェリーはニヤリと笑う。
「ただ、こいつらこのままってのも何か気が済まないから・・・そうだ。」
そう言うとアルケミストはフラフラと立ち上がろうとする相手のポケットに手を突っ込み、一枚
のハンカチを取り出した。
「ねえ君。」
立ち上がりきらない相手に見下した視線を向けながらアルケミストが言う。
「こんな土の地面歩いたら、靴が汚れちゃった。キレイに磨いてくれないかな?」
「な・・・」
フルフェイスヘルメットで表情は見えないが、その顔がひきつっているであろうことは声から
容易に推測できる。そしてアルケミストはもう一人の方へ視線を移した。
「ただ、立ちっぱなしじゃ靴磨きはできないだろうから、そっちでまだ転がってるお兄さんが
 四つん這いになって椅子になってさ。」
「貴様・・・ナメたことを言って」
「悪い話じゃないと思うんだけどなあ?それだけでもう、痛い目みなくて済むんだよ?あっち
 でコンクリートの壁に激突した人も、病院に連れてく人が必要だろうし。」
「・・・・・・」
「それがイヤなら、昨日僕が作った新薬の被験者でもする?動物実験もまだのヤツだけど。」
とことん意地の悪そうな笑みを浮かべてアルケミストは言った。そして実際のところ、そんな
彼に反撃する力も気力も、彼らには残されていない。身体を怒りで震わせながらも一人は
椅子になり、もう一人はそこに座ったアルケミストの靴を磨く。そしてアルケミストは、足を組
んで相手に靴を磨かせながら、思いつくかぎりの嫌味を浴びせ続けていた。
「ほらほら、もっと丁寧に磨いてよ。これから大事な用なんだからさ。」
「大体さあ、カッコ悪いんだよねえ、あんな武器。まあ、力が無いからせめて見た目だけは、
 って気持ち、分からなくはないけど。小型化するには知恵もいるし。」
「わきまえた方が身のためだと思うよ。自分の身の程ってヤツをね。」
(ホント、良い性格してるわ。ま、こいつらにはこれくらい、って気もするけど。)
そんなアルケミストを横で見ながら、シェリーは心の中で苦笑した。

「それじゃあ行きましょうか。」
靴磨きを終えた相手が逃げるように退散した後、にこやかな笑顔とともにアルケミストは言
った。シェリーはそんな彼の言葉に「そうね」と答える。そして車に乗った後、シャツについて
いるカフスボタンに目をやった。
「しっかし、こんな小さなボタンによくあんな強力なの仕込めるわね。」
「すごいでしょ。」
無邪気な笑顔を見せながらアルケミストが言う。
「苦労したんですよ。このサイズまで小型化するの。」
「あの糸も含めて?」
「ま、そういうことです。」
そう言ってアルケミストは、袖から透明な糸を一本抜き出した。
「持ち主の思考に反応する『生きてる糸』これで下手なワイヤーより頑丈なんですよ。」
また少し自慢げにアルケミストは言った。
「よくやるわね。」
「当然ですよ。」
「当然?じゃあ、それってやっぱり・・・」
「ええ。これくらいの大きさにしておかないと、スーツのシルエットが歪んじゃいますからね。」
「・・・・・・・・・」
アルケミストの答えに、シェリーは両手で頭を抱えた。

「あれ?どうしたんですかお姉さん?頭なんか抱えて。」
「いや・・・そういう問題なのかな、って・・・もっと、ほら・・・」
「悪いことするのに便利だから、って言ってほしかったですか?」
皮肉な笑いを浮かべながらアルケミストが言う。
「もちろん、そういうのも否定はしませんけどね。ただ、僕が作ったものを他の人がどういう
 風に使おうと、それはその人の自由ですから。干渉する気はありません。」
「アル・・・」
アルケミストの言葉にシェリーは少し、きつい眼差しを向けた。
「もう少し、自分が持ってる力のすごさ、自覚した方がいいと思うけど?」
「そうですね。」
心のまったくこもっていない口ぶりでアルケミストは言った。それに対しシェリーが何か言い
返そうとした瞬間、車が停まる。
「到着しました。」
「ありがとう。あとでまたよろしく。」
そう言ってアルは車を降り、シェリーもまた車を降りた。

「へえ・・・なかなか良い雰囲気のお店じゃない。」
白いレンガと赤い屋根の小さなレストランだった。おそらく民家を改造したものだろう。前庭
の青々とした芝生は短く刈り揃えられ、花壇には淡い色をした小さな花が植えられ、薄茶
色の石畳が店の入り口まで続いている。清楚という表現がぴったりくるそのたたずまいは、
シェリーの趣味によく合っていた。
「この界隈じゃけっこう有名なお店なんですよ。」
言いながらアルケミストはドアを開ける。しかし中にはウェイターと思しき男性が一人いる
だけで、客席には誰もいなかった。
(やっぱり罠?)
シェリーは一瞬嫌な予感がしたが、何食わぬ顔で
「有名店の割にはガラガラだけど?」
と、いつもの口調で聞いてみた。
「そりゃそうですよ。」
笑いながらアルケミストが言う。
「貸し切ってますから。」
「・・・・・・・・・」
アルケミストの言葉に、シェリーはまた、右手で頭を抱えた。
「ねえ、アル・・・」
「なんです?」
「貸し切りなんかして、私が断ってたらどうするつもりだったのよ?」
「??どうもしませんけど?」
不思議そうな顔をしてアルケミストは言った。
「だったらキャンセルすればいいだけじゃないですか。まあ、お姉さんだったら絶対に来て
 くれると思ってましたけど。」
「なんでよ?」
「だってお姉さん、情報ゼロでしょ?困ってると思って。」
「ああそう・・・」
思い切り白けた顔でシェリーは言った。
「んじゃやっぱり帰るわ。そんな風に敵が出す情報なんて、てんで信用できないし。部屋で
 週末の課題でもやってるわ。」
「!!」
そう言ってドアの方に歩き出そうとしたシェリーの手首を、アルケミストは慌てて掴んだ。
「アル?」
シェリーは少し驚きながらアルケミストの顔を見た。うつむいたまま何も言わず、少しだけ
紅潮している。そして彼女の手首を握る握力は、たぶん彼が全力だと思えるくらいに強く、
そして、少し震えていた。
「・・・・・・・・・」
(・・・アル・・・)
アルケミストの様子に、シェリーは頭が混乱しそうになった。決して長い付き合いではない。
会ったのはこれで三度目、最初に出会ってからわずか二週間、一緒にいた時間は、全部
足してもせいぜい二時間・・・だけどそこで彼がシェリーに見せた表情は毎回違っていた。
シェリーの脳裏に、さっき運転手が言っていた言葉がよぎる。

(あの方があなたに見せる表情が特別なのであり、これから彼らに見せるのが本来のあの
 お方であることを理解すべきです。)

(あまりに平素のあのお方とかけ離れているのでございます。)

(こんな恰好・・・教団内じゃ絶対に見せないんだろうな・・・見せないのか、見せられないの
 か・・・でも・・・「それは僕にとって、『死ね』と言っているのと同じです。」なんてこと言って
 たしなあ・・・きっと無理してる・・・けど、なんで・・・)

(教団のS級幹部アルケミスト・・・この子は・・・この子はあまりに・・・)

そこでシェリーは、一度自分の考えを遮断した。

「・・・ねえ、アル?」
「・・・・・・」
明るくそう語りかけるシェリーの言葉に、アルケミストの腕がピクと反応した。
「早く席に案内してよ。私、お腹すいちゃった。」
「・・・・・・!!」
シェリーがそう言うと、アルケミストはパァッと顔を明るくしてシェリーの顔を見た。
「お姉さん・・・」
「行こう、アル。」
「はいっ!」
シェリーの呼びかけに、アルケミストは元気よく頷き、そう言った。

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そして所かわって市内の病院・・・

「すみません、カークスさん・・・」
先ほどアルに返り討ちを喰らった三人が、首をうなだれながら青髪の青年に言った。
「単車一台、ダメにしちまいましたし治療費も複雑骨折だったから高く・・・」
「気にするな。」
報告する男の肩にポンと手を置きカークスが言う。
「ゴーツにも僕から報告しておく。悪いようにはしないよ。」
「ありがとうございます・・・」
カークスの温情的な言葉に涙目になりながら彼らは言う。
「あの人、最近怖くて・・・助かります、カークスさん・・・」
「いいよ、これも僕の仕事だ。ただ、知っていることは全部教えてほしい。その場で起きた
 こと、全部だ。」
「分かりやした・・・」
そう言って彼らは口々に、まずアルケミストの技と、自分達がどういう風にやられたのか
を説明した。そしてアルケミストとシェリーの間柄がどう見えたかを聞かれたとき、彼らは
しばらく悩んだ後、こう答えた。

「上司と部下、という関係には見えませんでした・・・また、アルケミストの言葉から、あの
 女もかなり腕が立つみたいです・・・『お姉さん』とは言っていましたが、姉弟には見えま
 せんでした。アルケミストのことを『アル』と略称で呼んでいましたし、おそらく組織的な
 関係ではなく親しい友人・・・パートナー・・・年齢が4つくらいは離れてそうだし恋人って
 のは無いと思いますが・・・なんかよく分かんないです、色々と混ざりこんでるように・・・
 けど、教団のS級幹部と仲が良いなんて真っ当な筈が・・・」
「そうか・・・分かった。あとは休め。」
三人にそう言うと、カークスは病室をあとにした。

(シェリー・ハランツか・・・君にはどういう役割を、演じてもらおうかな・・・)

(そうだな・・・まずは一度、ゴーツと会ってもらおう。その後は・・・)

第二部第九話 完

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