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アルケミストとシェリー、貸しきったレストランでの二人きりの食事会は、意外なほど和やかな
雰囲気で始まった。まず最初に、琥珀色の食前酒が二人のグラスに注がれる。
「それじゃお姉さん、まずは乾杯といきましょうか。」
慣れた手つきでワイングラスを前に差し出しながらアルケミストが言う。
「いいの？未成年なのに。」
「大丈夫ですよ。分解薬、飲んできてますから。」
「分解薬？」
「ええ。体内に入ったアルコールを一瞬で分解・無効化する薬です。僕の作った薬の中では、
売れ線の一つなんですよ。教団の資金源の一つにもなってます。」
「へえ・・・」
感心した口調でそう言うと、シェリーはアルケミストとグラスを軽く、カチンと合わせ、グラスの
中にある酒の半分を飲み干した。
「よくそう言うの作れるわね・・・さすがはＳ級幹部様って所かしら？けど・・・」
「けど？」
興味深そうにアルケミストはシェリーの次の言葉を待つ。
「お酒ってのはほろ酔い加減も楽しむものだって分かってないあたり、まだまだお子様ね。」
笑いながらそう言うと、シェリーはグラスの残りを飲み干した。
それからしばらく、取りとめの無い話が続いた。前菜であるネオパルマ産の生ハムとハーブ
を使ったサラダに舌鼓を打ちながら、互いのお国自慢のような雑談に花を咲かす。それは当
初の妙な空気を和らげるためであり、双方の出方を探るためでもあった。しかしそれ以外に、
少しの間だけでも今のこの空気を楽しみたいという気持ちが二人の間に無かったといえば、そ
れは嘘になる気がした。だからごく親しい友人同士の食卓・・・レストランの従業員から見たら、
おそらくそうとしか見えなかっただろう。
けれど二皿目、トマトと海鮮のリゾットが来たあたりから二人は急に無口になった。お互いに、
ただ食事をしに来たのではない。シェリーにはシェリーの、アルケミストにはアルケミストの目
的がそれぞれある。だが、なかなかそれを切り出すことができず、ほとんど口をきかないまま
リゾットは空になった。そしてメインデッシュである牛フィレ肉のステーキが運ばれてきたとき、
アルケミストは口を開いた。
「ところでお姉さん・・・」
「・・・・・・何？」
軽く深呼吸をしてから口を開いたアルケミストに少し身構えながらシェリーは言う。
「前の話、考えてくれましたか？」
「前の話？」
いぶかしげな口調でシェリーが聞き返す。
「ええ。スペースポートの喫茶店で話したじゃないですか、教団に入る気は無いかって。」
「あんたね・・・」
口であきれ声を出しながら、気持ちを元通りにしながらシェリーは言った。
「あれ本気だったの？て言うかどういう神経してれば今もそういう言葉が出てくるのか、理解
できないんだけど。」
「そういうお姉さんこそ。」
少しムッとした口調でアルケミストは言い返した。
「今も教団に立ち向かおうと思っているのなら、それこそ理解できないんですけど。」
「・・・どういう意味よ？」
「教団の構成員は千人以上、Ｓ級だけでも僕を含めて７人います。その全てを、お姉さん一
人で相手に出来ると思いますか？」
きわめて冷めた口調でアルケミストは言った。
「たしかにお姉さんはＣ級レベルが何人束になっても敵わない力を持っていますが、そんなの
所詮はさざ波です。組織全体から見れば蚊に刺された程度の痛みしか与えられず、組織を
グラつかせることもできやしない。リスクばかりでリターンはゼロ、そう思いませんか？」
「思ってたら、とっくにやめてるわよ。」
平然とした様子でシェリーは言い返した。
「それに気をつけた方がいいわよ、蚊が媒介の病気って、けっこう怖いのもあるのから。」
「そう来ますか・・・」
シェリーの言葉にアルケミストはクスリと笑い、ステーキを一口、口に運んだ。
「大体、教団にとって私は何なの？私のこと、気にも留めてないようなことを言ってみたり、その
わりに、こういう場所をセッティングしたりで一貫性が感じられないんだけど。」
「う〜ん・・・」
シェリーの質問にアルケミストは手の中でワイングラスを弄びながら、困ったような顔で苦笑い
した。
「お姉さんの自尊心潰すようなことは言いたくないですけど、組織としてのお姉さんへの警戒心
は相当低いですね。僕やパペットマスターみたいに、個人的に楽しみにしてる人間以外は。」
「言い切るわね。」
苦笑いを浮かべながらシェリーは言う。
「だから、教団も様子見なんですよ。今は無駄な騒ぎは起こしたくない。けど、本当に危ない芽
ならば潰さねばならない・・・見極めの時期ですね。」
「あら・・・随分慎重なのね。」
意外そうな顔をしてシェリーが言う。と、アルは「そりゃそうですよ。」と返した。
「教団として、お姉さんはともかくお姉さんのお父さんとは、極力ぶつかりたくないですから。」
「・・・パパと？」
シェリーの眉がピクリと動く。と、アルケミストはわが意を得たりとばかりな顔をした。
「お姉さんのその表情・・・やっぱり何かあるんですね。」
「・・・・・・」
「もっとも、お姉さんがどんな顔しても、今のセリフ言うつもりでしたけど。カマかけた、ってヤツ
ですよ。」
「っ・・こ・・・」
「ダークファルスの力を持つ存在・・・僕らが崇める物とは違うもう一つの・・・『二つの闇』の存
在・・・それが確信できただけでも、レストランの貸しきり費用はペイできます。あとは、お姉
さんがどこまで知ってるか教えてくれれば万々歳なんですけど。」
「ああ、そう・・・」
アルケミストの言葉にシェリーは笑顔でそう返した。しかし「笑顔」と言っても目は全く笑ってい
ない。
「で、言うと思う？」
「・・・無理強いはしたくないんですが。」
軽く握りこぶしを作るシェリーに対し、スーツの袖口に軽く手を当てながらアルは言った。
「私が何も準備してないと思ったら、大怪我するわよ？」
「お姉さんこそ、さっきのチンピラに見せたのが僕の全てだと思ったらタダじゃすみませんよ？」
「ふふふ・・・」
「フフフ・・・」
二人の間にピンとした空気が張り詰める。手を出せば確実に相手を仕留められる至近距離、
しかしお互い、動くに動けない。
「お客さ・・・」
皿を片付けにきたウェイターも言葉を止めてスタスタと退散した。そんな緊張した空気が十秒
流れ、二十秒流れる。シェリーとアル、双方の額を、冷たい汗が伝う。
「やっぱりこうなったわね・・・」
「そうですね・・・」
シニカルな、しかし少し寂しそうな笑みを浮かべてアルケミストが言う。そしてまた、数十秒の
時が流れた。すると額の汗も拭わずに、アルケミストはククッと笑う。
「けど、らしくないじゃないですか・・・」
「何がよ・・・？」
「僕が見てきたかぎり、お姉さんの戦い方はいつも電光石火、先手を打つことを基本としてた
筈です・・・なのに今は・・・」
「・・・そういうアンタこそ・・・」
アルと同じように、額の汗を拭わずにククッと笑ってシェリーは言った。
「私のこと、散々大したことないって言ってた割に、やけに慎重じゃない。」
「ふふふ・・・」
「フフフ・・・」
お互い顔を見合わせるとまた笑い出した。眉をひそめ、「しょうがないなあ」と言わんばかりの
苦笑い。二人は笑いながら、戦いの構えを解いた。
「今日は、さっきの情報を得られただけで良しとしておきますよ。」
渇いた喉を赤ワインで潤してアルケミストは言った。
「僕も宗教者ですからね。ケンカをやめて仲良くする努力は見せないと。」
「よく言うわ。」
言いながらシェリーも、赤ワインが注がれたグラスに手を伸ばした。そしてワイングラスを口に
運ぶシェリーの顔を、アルケミストはじっと見る。
「？どうかした？」
「え？いえ・・・」
シェリーの言葉にアルケミストは慌てて視線を逸らした。
「一週間待ちます・・・その間に、よく考えてください・・・千人の構成員と七人のＳ級、それを敵に
回すということの意味をもう一度・・・」
「・・・・・・」
「教団に入ることをそんなに警戒しないでください。教団内でお姉さんのことは、僕が守ります。」
「アル・・・」
「あなたが守る？・・・私を・・・？」
予想外の言葉にシェリーは目を泳がせた。そんなシェリーに、アルは語り続ける。
「Ｓ級の権限なら、難しいことではありません。それに汚れ仕事をさせるような真似も・・・」
「・・・アル・・・」
シェリーは静かな口調でアルケミストの言葉を遮った。
「つまり、あなたの教団は汚れ仕事もする時はするし、アルもそれを自覚してるのね。」
「そういうことになりますね。」
シェリーの問いかけにアルケミストはそう言って頷いた。その顔に、罪悪感は感じられない。
「それは・・・何のためなの？なんでアンタみたいな子にまで、そんな事・・・」
「ボイスのためです。」
「ボイス（声）？」
アルケミストの言葉をシェリーは鸚鵡返しに返す。
「七人のＳ級幹部、その頂点に立たれている方です。僕を拾ったのはパペットマスターです
けどＳ級にまでなれたのは、あの方のおかげです。」
「（それが教団のトップ・・・）じゃあ、今日のセッティングをしたのも、そのボイスって人の指
示なのね？」
「そうです。」
「ねえ、そもそも教団の目的って何なのよ！？何をしようとしてるの？」
「それは、企業秘密ですよ。」
アルケミストはそう言うとクスリと笑った。そんな彼とシェリーの前に、デザートのチョコレート
ケーキが運ばれてくる。
「堅い話はここまでにしましょう。ここのチョコレートケーキ、名物なんですよ。かなり甘ったる
いですけど。」
そう言うとアルケミストはケーキにフォークを入れた。そんな相手を見て、シェリーは一つ、
質問をする。
「ねえ、アル？」
「なんです？」
「さっき運転手の人が私に言ったわ・・・私と話しているときのアルと、教団にいるときのアル
は別人みたいだ、って。」
「・・・そうかもしれませんね。」
少し照れくさそうにアルケミストは言った。
「それじゃあ、アルは・・・あなたは、どっちの自分が好きなの？」
「・・・・・・」
シェリーの問いかけに、今度はアルが黙り、考えこんでしまった。顔をうつむかせ、黙々と
小さなケーキを口に運ぶ。そしてケーキを食べ終えるとナプキンで口を拭き、再び視線を
シェリーの方へと向けた。
「その答えは、来週会うときまでに用意しますよ。だからお姉さんも・・・」
「・・・分かったわ。」
コーヒーカップ片手にシェリーは頷く。こうして食事会は終りを告げた。
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「深遠の探求者・・・その頂点に立つ『ボイス』・・・その狙いは・・・」
天井の蛍光灯を見つめながらシェリーは言った。
「パパやマークさんがいるから、家の方は大丈夫だと思うけど・・・」
「でも、パパが本気出したら、きっと連中はパパを付け狙う・・・それじゃあ本末転倒・・・」
「う〜ん・・・」
「でも私・・・なんであんな風に攻撃を躊躇ったんだろう・・・いや、私だけじゃなくてアルも
・・・」
「・・・・・・」
「お互い、相手を敵として思い切れてない・・・でも、それならどうすれば・・・」
シェリーは答えの出ない考えを、いつまでも考え続けた。そしてそのままうとうとと眠りに
落ちつつあったとき、自室のドアがカチャリと開く。
「あ、シェリー帰ってたんだ。」
「ジェニファー・・・うん、今さっきね。」
シェリーはベッドからその身を起こすと、ドアを開けた相手にそう言った。
ジェニファー・シウム、シェリーのルームメートで、二浪しているので彼女より一つ年上に
あたる。体型は細身で丸縁のメガネを着用、背はシェリーと同じくらい。成績はかなり良
く、Ｃコース在籍のシェリーと違って最難関の国立私立を受験するためのＡコースに在籍
している。留学してから二週間、彼女にはずいぶんと助けられてきた。
「どこ行ってたの？食事？」
「うん。週末だしちょっとね。それよりシェリー？」
「？」
「あれから例の男の子と運転手つきの車で出かけて行ったんだって？」
「どうして知ってんのよ・・・」
上着をハンガーにかけながらそう聞く相手の言葉に、シェリーは軽く頭を抱えた。
「あの後私もロビーに行ったんだけど、ちょっと話題になってたわよ。なかなか可愛い子
だったし、何よりシェリーに二人きりで話がしたいって言ってたってことだし・・・」
「・・・・・・・・・」
ジェニファーの言葉に、シェリーは思い切り頭を抱えた。
「それ、ダレが言ってたのよ・・・」
「その場にいた、不特定多数の大多数。で、あの男の子、シェリーとどういう関係？」
「どういう関係、って・・・」
そこでシェリーは言葉に詰まった。「敵」と言っても相手にされないに決まっているし、相
手にしてくれたら、それはそれでもっと困る。
「パパの知り合いの知り合い、それだけよ。」
「本当に？」
「本当に！」
「そう・・・」
ジェニファーはそう言うと椅子に座り、机の引き出しから参考書を取り出した。
「え・・・もう始めるの？週末よ？」
「ええ。そうしないと不安だから。」
「不安、って・・・アンタが不安なら私は何、って感じになるんだけど。」
「そう思うんだったら、シェリーも早く始めたら？最初の足きり試験、二週間後よ？親御
さん泣かしたくなければ、やることはやっておいた方がいいと思うけど。」
「・・・心得ております・・・」
心底気だるそうな声でそう言うとシェリーはベッドから起き上がり、ゴソゴソと単語帳を取
り出した。
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