「ネオアリサか・・・」
眉間に皺を寄せてアルケミストは言った。
「お姉さんと、来週も会う約束してたんだけどな・・・」
寂しそうな顔でそう言うとアルケミストはため息をつき、鍵のついている机の引き出しを
開けた。そして研究資料の書かれたノートを開けると、そこには一枚の写真があった。
先週、彼がシェリーに頼んで撮らせてもらった写真だった。
「仕方ないか・・・任務だもんな。」
アルケミストはそう言うと、ノートを旅行鞄に入れた。
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「・・・っくしょん！」
「シェリー、風邪？」
アルケミストとボイスが打ち合わせをしているのとほぼ同時刻、クシャミをしたシェリー
にジェニファーが聞く。
「ううん、そんなこと無いと思うけど・・・誰かウワサでもしてたのかな？」
「誰か、って、さっきの男の子とか？」
「そうかもね。」
相手にするのも面倒なのであっさりした口調でそう言うと、シェリーは参考書を畳んで立
ち上がった。
「・・・もうやめるの？まだ一時間もやってないじゃない。」
「うん・・・やっぱりお酒入ってると集中できないわ。ちょっと、散歩してくる。」
シェリーはそう言うと、足早に部屋から出て行った。
「お酒ねえ・・・集中できない理由はそれだけじゃないでしょうに。」
閉じたドアを見て呆れたような笑いを口元に浮かべると、ジェニファーはパタンと参考書
を閉じた。
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寮を出たシェリーは、一人学園の敷地内を散歩していた。学園はそれなりに広く、緑も
多いので散歩のコースとしては悪くない。シェリーはそんな中を歩きながら、さっきまで
の出来事をもう一回思い返していた。
（なんで、手が出なかった・・・）
軽く握った右拳を見てシェリーは自問自答した。そんな彼女の心に、ふとエヴィンの言葉
が響いてくる。
「シェリー、それがお前が戦い続けるのに足りない所、そして女の子としての大切な所だ。」
（そう・・・パパと勝負したとき、パパは私にそう言ったっけ・・・）
（相手によっては拳を振るえない・・・それが実の親ならまだしも、敵の幹部相手にもそん
な調子じゃ・・・）
シェリーがそんなことを考えていると、一陣の風が木々を揺らした。そして落ち葉が十枚
ほど、シェリーの眼前をヒラヒラと落ちてくる。
「・・・ハッ！」
かけ声とともに放ったシェリーの手刀が、目の前の落ち葉を鋭利な刃物で切られたかの
ように真っ二つにした。そしてシェリーは一歩踏み込み、左右の手刀で立て続けに落ち葉
を切り裂いていく。そして残る一枚をハイキックで粉々にすると、シェリーのまわりに完全
な形をとどめた落ち葉は一枚も落ちていなかった。
「・・・・・・」
砕いた落ち葉に目をやると、シェリーは近くにあったベンチに腰を下ろした。その顔には、
焦燥の色が浮かんでいる。
「なんか・・・イラついてるな、私・・・私、何をしたいんだろう・・・」
眉間を指でつまみ、シェリーは自問自答する。
「アルは、私が大人しくさえしていれば、教団はパパ達に危害を加える気は無いって言っ
てた・・・私の安全も保証するって・・・そもそもパパもママも、私が戦うことを望んでない
から、こういう学校に通わせたんだし・・・」
・
・
・
「やめよっかな・・・」
力ない声でシェリーはつぶやいた。手を膝に置き、うなだれたまま沈黙する。と、ポケット
の中にある携帯電話が鳴った。
「？」
シェリーは携帯の液晶画面を見た。着信はジェニファーからである。
「もしもし？」
「シェリー？」
「うん。どうかしたの？」
「今、あなたを訪ねてきた人がいて・・・」
「訪ねてって・・・誰？」
「私は初対面だから分からないわ・・・それで出かけてるって言ったら『それじゃあ待つ。』
とか言って寮の玄関に・・・」
「どんな人？」
「赤い髪の毛の、筋肉質な感じの人。ちょっと怖そうな・・・」
「赤い髪の毛・・・」
シェリーは電話を持ったまましばらく考えた。とりあえず、クラスメートやこっちの友人には
該当しそうな人間はいない。
「知らない人だったら、もうしばらく戻ってこない方がいいわよ。」
「オーケー、分かったわ。ありがと。」
シェリーはそう言うと携帯電話を切った。
「どこの誰だか知らないけど、教団とかの変な連中だったらいけないし・・・」
そう言うとシェリーはポン、と拳を叩いた。
「今は、迷いは置いておく・・・」
自分自身に言い聞かせるかのようにそう言うと、シェリーは寮へと駆け出して行った。
数分後、シェリーは寮へと戻ってきた。しかし直接寮の玄関には行かず、物陰から軽く様
子を窺う。
（！あれって・・・）
玄関の前に立っている相手を見たとき、シェリーはそれが誰なのかすぐに分かった。数日
前、バスケットボールコートに乱入してきた男である。煙草をくゆらせ、玄関の柱にもたれ
かかりながら、シェリーの戻りを待っていた。
（やっぱり、何かある・・・？ただの偶然じゃなかった・・・？）
胸の鼓動を抑えつつ、何食わぬ顔でシェリーは玄関へと歩いて行った。
「待ってたぜ。」
歩いてきたシェリーを一瞥すると、くわえていた煙草を投げ捨てて男は言った。
「何の用かしら？でもその前に・・・部外者のくせに学校汚さないでくれる？」
言いながらシェリーは自分の方へ転がってきた吸い殻の火を踏み消すと、相手の顔面め
がけて蹴り上げた。
「そりゃ悪い。」
冷笑を浮かばせながらそう言うと、男は吸い殻をピンとデコピンで横へ弾き飛ばす。吸い
殻はそのまま、吸い込まれるようにゴミ箱へと入った。
「ここじゃ人目があるな。ちょっと場所を変えて話がしたいんだが。」
「構わないわよ。行きましょ。」
男の言葉にそう答えると、シェリーは相手と二人で、寮の前から歩き去って行った。
「ねえ、今のシェリーよね・・・あの男の人、どんな関係なのかしら・・・」
寮のロビーから二人のやり取りを遠目に見ていた学生達がひそひそ声で言った。
「さあ・・・彼氏とかじゃねえの？いたって不思議じゃないと思うが？」
「でもシェリー、夕方は夕方で別の男の子と会ってたわよ？」
「・・・マジ？」
「うん。ローティーンの男の子・・・黒塗りの高級車に運転手つきの。」
「そうそう。『お姉さんと二人きりで話がしたい』とか言って誘われてた。」
「ホントかよ・・・」
「モチロンよ。証人、ほかにもいるし。」
「シェリーっていつもすっぴんだし、竹を割ったような性格だと思ってけど・・・」
「案外あれで魔性の女だったりしてね。」
こうして、当の本人が聞いていたら殴り倒されそうな内容の会話がロビーでは続いた。
「・・・っくしょん！」
「・・・風邪か？」
「う〜ん、そんなことないと思うんだけど・・・なんかくしゃみが続くわね。とりあえず、後で
薬飲んどくわ。」
「そうか・・・ただし、飲むのは風邪薬じゃなくて傷薬になるかもしれねえな。」
「・・・・・・」
人影のなくなったところでそう口走った相手の言葉に、シェリーはゆっくりと振り返り、睨
みつけるよな視線を相手に向けた。
「思ったよりも落ち着いているじゃねえか・・・覚悟はできてるってとこか？」
「まあ、そんなトコね。」
「フン・・・」
男はポケットからタバコを取り出し火をつけた。そしてシェリーのことを、つま先から頭ま
で一瞥する。
「なるほど・・・たしかに連中じゃちょっと分が悪いな・・・」
「何がよ？」
「攻撃は打撃が四割で関節系が五割、投げ技は補助程度・・・固定の流派は無い実戦
で磨いた我流の技、レベルはまあ、全国レベルって所か。」
「！！」
男の言葉にシェリーの右眉がピクと動いた。けれどシェリーは平静を装い「どこで調べ
たのよ。」と聞いてみる。
「今、この瞬間だ。特技なんでな。」
得意げな笑みを口元に浮かべて男は言った。
「ついでに、こういうのも分かるぜ。上から８３・５６・・・」
「セクハラッ！！！！！！」
男の言葉が終わるよりも早く、シェリーは顔を真っ赤にして飛びかかった。だが男は、シ
ェリーの飛び蹴りをいとも簡単にさばき、逆に腹部にからかい混じりの軽い一撃を入れ
る。
「自分の挑発に乗っての相手の攻撃、それを喰らうほど間抜けじゃないさ。」
耳まで真っ赤にしたシェリーの顔を見て、笑いながら男は言った。
「あんた何なのよ？バスケットコートでコナかけてきたときから変だとは思ったけど。」
「『深遠の探求者』・・・それに対する抵抗勢力『レネゲイツ』」
「レネゲイツ（背教者）・・・教団の、抵抗勢力？？？」
「そのリーダー、ゴーツ・ドーシュだ。アンタにゃ、夕方アルケミストにやられた三人の仲
間と言った方が分かりやすいか？」
「アイツらの・・・（アルのヤツ、さも私以外に教団に歯向かう人がいないかのような言い
方して・・・）」
夕方のことを思い出し、シェリーは舌打ちをした。
「そんなワケでだ。女をいたぶる趣味は無えが、カタキの片割れ、教団の協力者が相手
となったら話は別だ。」
「・・・へ？」
シェリーはポカンとした顔で、自分で自分の顔を指さした。
「私が・・・教団の協力者？？？？？・・・ごめん、寝言は布団の中で言っててくれる？」
「違うってのか？だが、アンタは直接手は出さなかったが、アルケミストに協力する気が
あったって話は、こっちの耳にも入ってる。・・・トボケたって無駄だ。」
声に凄みをきかせてゴーツは言った。
「いや、だからそれ誤解・・・」
「フン・・・それじゃあ聞かせてもらおうか？アルケミストとはどういう関係だ。」
「・・・アルとの・・・関係・・・？」
「答えられないか？」
「答えられないことはないけど、答える気がしないだけよ。野蛮人には。」
「野蛮・・・人だと？」
「そ。野蛮人。ローティーンの男の子に武器つき三人がかりでケンカふっかけて、その
次はレディをつかまえて脅迫じみた上からの物言い。マトモに話す気も起きないわ。」
「・・・・・・」
「分かったら帰ってくんない？受験生はヒマじゃないの。」
「テメエ！」
ゴーツは間合いを詰め、シェリーに掴みかかる。しかしシェリーはいとも簡単にかわす。
「自分の挑発に乗っての相手の攻撃、それを喰らうほど間抜けじゃないさ、ってね。」
ゴーツの声色を真似てシェリーが言う。だがシェリーが言い終えるとほぼ同時に、ゴー
ツの嵐のような連続攻撃がシェリーを襲った。
（くっ・・・）
ローキックと見せかけてもミドルキック、腹部を狙った掌底突き、そのどれもが速く、重
く、そして隙が無い。カウンターを狙おうにも、攻撃を捌いた腕がジンジンと痺れてそれ
すらもおぼつかなかった。
「このっ！」
一瞬の間隙を縫ってシェリーは殴りかかった。だがゴーツはシェリーの拳を避けると逆
に相手の手首を掴み力任せに投げ飛ばそうとする。シェリーは宙を舞いながらもそん
なゴーツの身体に連続で蹴りを入れ、手を離させると両足で地面に着地した。
（強い・・・これまで私がケンカした相手とは、てんでレベルが違う・・・）
構えを取り直しながらシェリーは思った。けれど顔に悲壮感は浮かばない。むしろ笑み
さえ浮かべている自分を、シェリーははっきりと感じていた。
「続けるわよ。」
「まだ始まってもいねえよ。」
皮肉じみた声でゴーツは言った。しかし彼の顔も、シェリーと同じような笑みを浮かべて
いる。
「ウォーミングアップは終わったか？」
「ま、大体ね。」
「そうか・・・それじゃあ、第一ラウンドの開始と行くか。」
「オーケー。」
そう言うと二人は、相手めがけ真正面から挑みかかって行った。
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