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それから電車とバスを乗り継ぐこと約一時間、シェリーは隣のドームである第二生活区画、
通称「水の世界」と呼ばれる場所に来ていた。このドームにある豊富な水は本来ネオパ
ルマのエンジンを冷却するために用いられる物だが、同時に豊富な魚介の供給源ともなっ
てきた。最近は漁獲量が多いため安価なネオアリサ産に押されているらしいが、それでも
水面を見渡せば数隻の漁船はすぐに見つけられる。シェリーそんな景色を眺めながら沿岸
を散歩し、やがてジュースや軽食を売る、小さな屋台の前で足を止めた。
「いらっしゃい。何にしましょう？」
明るい笑顔を見せながら、コロコロと太った店主は言った。けれどシェリーが
「特製レモネード。」
と言うと店主の眉がピクリと動く。だがそれも一瞬のことで、すぐにまた愛想の良い顔に戻
るとレモネードのサイズを聞いてきた。そこでシェリーが
「Ｌサイズ、氷は半分ガムシロ一つで。」
と答えると、男はもう一度、今度はハッキリと表情を変えた。
「・・・こっちへ。」
レジに鍵をかけると男はシェリーを水辺にあるボートハウスに案内した。そしてそこにいる
店主とは対照的な、陰気で細身な男に何かを話すと細身の男はシェリーをモーターボート
に乗せた。
「アンタ・・・名前は？」
「ユエリよ。ユエリ・ロックフィールド。」
ボートを運転しながらぶっきらぼうに名前を聞いてくる男に対し、シェリーは偽名で答えた。
「そうか・・・いや、ウワサで聞いたシェリー・ハランツってのの特徴と、妙に似てた気がした
んでね。」
「・・・へえ・・・私と似てる・・・そんな人がいるんだ。で、ウワサってどんなウワサ？」
「深遠の探求者、それに外部から協力してると言われる女だ。戦闘力は未知数だが相当に
高く、性格はかなりキツイと言われている。ま、教団に与する人間なんざ、外道に決まって
いるけどな。」
「ふ〜ん。」
「俺達のアジトは水上の小島にある。まあ、あと五分くらいでつくが・・・ところでアンタ・・・ユ
エリとか言ったか？」
「うん。」
「誰のツテでここに来た？」
「あなた達のリーダーよ。」
「・・・・・・・・・」
シェリーの答えに男は顔を向けて黙った。そして数秒後、再び口を開く。
「・・・紹介がいつあったのかは知らないが、あの人の紹介ってのなら引き返した方がいい
かもな。仲間内の人間が言うのも何だが、最近のあの人はワケが分からん。」
「あら・・・そうなの？」
「ああ。最近、レネゲイツを実質仕切っているのはナンバー２のカークスさんだしな。」
「ふうん・・・」
「って、俺がそんなこと言ったって、間違ってもあの人の耳に入れるなよ。入れたらこっち
がどうなるか・・・ほら、目の前に見えてきたあの島が俺らの・・・」
そう言いかけたところで男は絶句する。シェリーもまた、彼が絶句した理由がすぐに分か
った。島の沿岸で男が数人、傷つき倒れていたのである。
「おい！どうした！！」
船頭をしていた男は倒れていた仲間の一人に声をかける。だが仲間の男は意識を取り
戻し目を開くと半狂乱の顔つきでシェリーを指差し叫び声をあげた。
「て・・・てめえシェリー・ハランツ！！何しに戻って来やがったあ！」
「！？！？！？」
「何だと・・・シェリー・ハランツが戻ってきたのか！？」
「けしかけて速攻去ったと思ったら！？」
「それなら返り討ちにしてくれる！」
「な・・・何事！？！？！？」
シェリーには何が起きたのか分からなかった。ただ一つ分かるのは手負いのレネゲイツが
揃いも揃って悪し様に自分のことを罵りながら、弁解なんてとても聞いてくれそうにない表情
で襲いかかってくるということだけである。
「何だかワケ分かんないけど・・・ワケ分かんないままやられるワケにはいかないし！」
そう考えてシェリーは襲い来るレネゲイツを迎え撃った。ダメージが残らないように音速拳で
顎先をかすらせる、一撃での気絶狙い。瞬時に自分を取り囲んだ四人を倒し、あわせて同
時に向かってきた船頭の男も同様の方法で黙らせた。
「何なのよ一体・・・」
気を失った彼らを見下ろしながらシェリーはつぶやいた。自分がアルの仲間だと思われて、
彼らに敵視されているのは知っている。だけど今の彼らからは、それだけでは到底説明が
つかない物が感じられた。
「なんか絶対誤解されてるなあ・・・それに、このままだと絶対誤解の上塗りされるわよね。」
シェリーは髪をグシャグシャとかきながらそう言うと彼らにしごく簡単な手当てを施す。そし
てペロリーメイトを一本ずつ、気絶した連中の手に握らせると島の奥へと潜入した。
レネゲイツの本部である島の面積はそれほど広くない。正確な面積は分からないが、おそ
らく外周４００メートル程度、陸上競技用のトラックとほぼ同じと考えて間違いない。ごく小
規模な町程度の大きさとも言えた。島全体は木々に厚く覆われ鬱蒼としている。だがそんな
中をしばらく歩くと、ほぼ一直線に破壊の跡が残されている場所があることにシェリーは気
づいた。
「かなり、新しい・・・何かありそうね。」
荒々しく折り倒された木々や焼け跡を見てシェリーは思う。そしてその道を一直線に駆けて
行くと、やがて小さな家に行き当たった。この家もまた、何か巨大な物で貫通されたかのよ
うに一部が破壊されている。
（ゴーツは、ここに？）
胸の鼓動を抑えながらシェリーは家へと近づいて行く。そしてテラスの脇へ来た瞬間、逆の
方から出てきたゴーツとバッタリ顔を合わせた。
「ゴーツ！」
「シェリー・ハランツ！！」
一瞬で顔を強張らせた二人は、怒りの表情で互いの名前を呼び合った。
「どういうつもりよ・・・あんな馬人間つれて襲撃して！死人が出るトコだったわよ！」
「馬人間？襲撃・・・？言うに事欠いて何寝言ほざいてやがる！」
「何が寝言よ！」
「襲撃してきたのはテメーだろうが！ロケットパンチなウドの大木連れてよ！倒すのすっげ
え手間取ったぞ！死人が出るかと思ったのはこっちの方だ！」
「はあ？」
「とにかく、今はテメーの相手してる暇は無え、島にいる他の連中が気がかりなんでな。勝
負はそれから受けてやる。」
「・・・やっぱり、変よ。」
「何がだよ。」
シェリーのつぶやきに、ゴーツは即座に反応した。
「ここに来るまでに耳に挟んだんだけど、みんな最近のあなたが、暴君入ってるって言って
た。けれどあなたは今、仲間の心配をしてるし、夜に学校でケンカ吹っかけてきたときも、
私があんたの仲間に詫びを入れることを何よりも求めてた。どっちが本当なのよ？」
「・・・言ってることが分かんねえな。とにかく、こっちにも優先順位ってモンがある。お前の
相手は、二番目だ。」
言いながらゴーツは、シェリーをどかして先に進もうとする。だがシェリーはもう一度、彼の
行く手をふさいだ。
「私がここで見たアンタの仲間は四人、それに船頭さんが一人、ケガ人に応急処置くらいは
したわ。」
「ほう・・・」
「これ以上、いらない恨み買いたくないしね。」
「なら、キサマの言うことが本当かどうか、ちょっくら見に行ってみようじゃねえか。文句は無
えよな？」
「そりゃまあ。」
ニヤリとした笑みを浮かべてそう言うと、シェリーはゴーツと一緒に今来た道を戻って行った。
「ここがレネゲイツのアジトなの？」
茂みの中を歩きながらシェリーが言う。
「そうだ。」
ぶっきらぼうな口調でゴーツは答えた。
「水の上なら攻められにくいからな。」
「その割には、あっさり奇襲喰らってたみたいだけど？」
「やった本人が言うんじゃねえ。」
「だから人違いだって！」
少しピリピリした空気の中、二人はそんな話をしながら岸辺の方へと歩いて行く。シェリーは
そんな空気に相当居心地の悪さを感じていたが、それも岸辺につくまでだと思い歩く。その
岸辺に辿りつくと、さっきシェリーが見た五人の他にもう一人、彼らに手当てを施している
青髪の青年が増えているのに気づいた。
「カークス、来てたのか。」
青髪の青年を見てゴーツが言う。
「ああ。僕も連絡を受けてね・・・って・・・」
言いながら青髪の青年・・・カークスはシェリーを見た。そして瞬間、表情を一変させてナイフ
を抜き、シェリー目がけて飛びかかる。なかなかの速度を持った一撃だったが、距離があっ
たので難なくかわせた。
「あなた、たしかバスケしてた時に来た・・・そう、ナンバー２のカークスってのはアンタだった
のね。」
軽く身構えながらシェリーが言う。そんなシェリーの言葉にカークスは「そうだ」と答えた。
「レネゲイツが副長、カークス・ヤース。悪いけど、あなたと話をする気は無い。襲撃の恨み、
倍にして・・・」
「カークス！」
そう言いかけるカークスを、ゴーツが横から止めた。
「お前は他の連中つれてここから離れろ。」
「ゴーツ？」
訝しげな顔でカークスはゴーツのことを見る。
「シェリー・ハランツは俺がサシで片付ける。仲間が何をするか分からなくて、なんて言い訳
されたくないんでな。」
言い終わるとゴーツは両手を前に構え、ファイティングポーズを取った。
「一対一・・・男の勝負だ。」
「・・・・・・私、女なんだけど・・・・・・」
「気にするな。」
「気にするわよ！」
「なら、どうする？」
「どうもしないけど。」
「なら、始めるぞ。」
「オッケー。」
口元にうっすらと笑いさえ浮かべながらシェリーは言った。そんなシェリーにゴーツは「ああ、
そうそう。」と話しかける。
「何よ？」
ゴーツの言葉にシェリーは拍子抜けした顔をする。
「この前の話、最後の数字は８４だったな。」
「な゛・・・だからそういうこと！」
また顔を真っ赤にして、叫びにも似た声でシェリーは言う。だがそう言いかけた瞬間、神速
とも言える速度で踏み込んだゴーツの肘撃ちが、シェリーの腹部に深々と突き刺さった。
「出た！ゴーツさんのカルティケーヤ！」
「あれを喰らえば三日はメシが食えなくなる！」
島から出ようとしていたレネゲイツがボートに向かう足を止めて思わず叫んだ。そんな彼ら
の前でシェリーは前のめりに崩れ落ちる。
「一撃か！？」
だがギャラリーがそう言いかけた刹那、シェリーの身体はクルと回転し、ゴーツの顔から肩
にかけて浴びせ蹴りを叩き込んだ。
「三日は食事ができなくなるですって・・・？」
腹部を押さえながらシェリーが言う。
「ちょうどいいわ。ダイエットしなくちゃって思ってたところだから。」
「・・・もっと食わなきゃ、俺には勝てねえって昨日言ったと思ったんだが。」
「冗談。あと、ちょっと浅かったわね。これが初対決だったら、今のでヤバかったけど。二回
目だったから、少しは見切れた。」
「二回目だって、こいつを見切ったのはそういねえよ。」
顔についた泥を払いながらゴーツが言った。
「みんな、行くぞ。」
「え？でもカークスさん、まだ二人の勝負が・・・」
「ゴーツに言われたこと、忘れたのか？」
「・・・そうでした。」
カークスにそう促され、他のギャラリーは全員、島から去った。これで島に残されているのは
シェリーとゴーツしかいない。
だが、そんなこと、二人にとってはとっくの昔に、関係なくなっていた。お互い、完全に戦闘に
集中している。初めは一進一退の攻防、しかし十分も経つと、戦況は完全にゴーツ優位とな
っていた。
「くっ・・・」
痛めた左腕を押さえながら、シェリーはゴーツとの間合いを取り直した。攻撃を当てた回数を
比べればシェリーの方がずっと多いが、ダメージはシェリーの方がずっと大きい。後手に回る
シェリーに、ゴーツは真正面から突っ込んできた。
「ちぃっ！」
相手の足を止めようと、シェリーはローキックを放った。だがその蹴りは虚しく空を切る。
「！？」
シェリーは咄嗟に上を見た。そこには、ジャンプでシェリーの蹴りをかわしたゴーツがいる。
ゴーツはニヤリと笑うと、そのまま空中で回転し、回し蹴りをシェリーの左肩に叩き込んだ。
直撃に近い一撃を受け、シェリーの身体は土の上をゴロゴロと転がる。
「トドメっ！」
立ち上がりかけるシェリーにゴーツは再び、仲間が「カルティケーヤ」と呼んだ肘撃ちを放つ。
しかしその肘撃ちを、シェリーは今度こそ、しっかりと受け止めていた。
「せいっ！」
相手の技の勢いを利用し、今度はシェリーが、ゴーツの身体を空中で転がした。そしてその
ままゴーツを後ろの木に叩きつける。木は大きく揺れ、緑の葉っぱがバラバラと散った。
そして相手が体勢を立て直す前に更なる追撃を狙ったが、ゴーツの前蹴りに阻まれてそれ
はできなかった。
「すげえな。まさか完全に防がれるとは思わなかった。」
「ああも同じ技を何度も何度もやられれば、かわし方くらい分かるわよ。」
「違いねえ。けど、俺にとってこの程度、ダメージのうちに入らねえんだが。」
「そうみたいね。ゴーツ・ドーシュ・・・あなたは強い・・・これまで私が勝ってきた相手で三番
目に強いわよ。」
「三番・・・？じゃあ、一位と二位は誰なんだ？」
「一人はパパ、もう一人は、『トライデント』のシーレンさん。」
「そうか。」
シェリーの回答に、ゴーツは短く返した。
「じゃあ、その二人を倒せば俺がお前のナンバーワンになるってワケだ。」
「倒せればね。けど、悪いけど。」
言うやシェリーは右手の人差し指をクイ・クイと動かし、ゴーツを挑発した。
「もう見切ったわ。あなたの動き。」
「そうかい！」
シェリーの挑発に乗り、ゴーツは一直線に向かってきた。そして掌打を出すが、シェリーは
それをいなし、カウンター気味の膝蹴りをゴーツの腹部に叩き込む。
「やるじゃねえか！」
膝蹴りを当てられた所を軽くはたくと、ゴーツは再び向かってきた。今度は蹴り技を出すが、
足元をシェリーに払われ、浮き上がったところをシェリーに投げ飛ばされる。そして立ち上
がり際を狙い左腕で音速拳を数発放ちゴーツの体勢を崩すと、右の拳が唸りを上げた。
「もらった！一撃必倒・・・剛・体・術っ！」
「！！」
そう叫びながらシェリーが出した一撃を、しかしゴーツは紙一重でかわした。だがその顔に
は、かなりの驚きが浮かんでいる。
「剛体術・・・そんなのまで使えるのか。」
「ええ。当てづらいから、あまり好きじゃないんだけど。」
外したにも関わらず、顔に余裕の表情を浮かべながらシェリーは言う。そして
「けど、もう何回か試せば当たるでしょ。」
と付け加えた。だがそんなシェリーの言葉を、ゴーツは鼻で笑う。
「悪いがシェリー、そりゃ無理だ。」
「なんでよ？」
「答えは簡単、次に剛体術を出したときが、お前の負ける時だからさ。」
「へえ・・・負け惜しみを！」
瞬間、シェリーの足は大地を蹴った。ゴーツの足もまた同時に地面を蹴り、真正面から
ぶつかり合った。
その直後、パンッという乾いた鞭のような音が周囲に鳴り響く。そして地面にうつぶせに
なって倒れていたのは、シェリーだった。
「今度こそ、勝負ありだな。」
悠然とシェリーを見下しながらゴーツは言った。シェリーはふらふらと立ち上がろうとする
が、ゴーツはそんなシェリーの左腕を掴み、力任せに投げ飛ばす。投げられる中、シェ
リーは相手の顔を蹴り飛ばして技から逃れるが、肩からグキという嫌な音がし、左腕が全
く上がらなくなった。
「今の・・・音速、拳・・・？」
「そうだ。同じ技をああも何度もやられれば、コツくらい掴める。剛体術の直前に連発喰ら
っただろ？あれがダメ押しだったな。・・・お前にとっての。」
「・・・・・・」
「もう諦めろよ。どう考えたって、これ以上やっても無駄だ。」
「フン・・・」
ゴーツの言葉を、今度はシェリーが鼻で笑った。
「昨日も言ったわよね・・・勝負の線引き、勝手に決めるなって・・・」
「・・・まだ、やるつもりか？そりゃ俺は構わんが・・・！」
そう言いかけたところでゴーツは言葉を止めた。これまでとは違うシェリーの立ち方、拳の
構え方、そして何より、衰えるどころかさっきまでよりもむしろ強くなっている気迫と、表情
に滲み出ている覚悟の量、ゴーツはこの勝負で初めて、ゴクリと唾を飲みこんだ。
「その構え・・・まさか・・・『武神の咆哮』・・・」
「ご名答。」
痛みにゆがむ顔を無理に笑わせながらシェリーは言った。
「まさか、これまで使うことになるとは思わなかったけどね。」
「フン・・・ここまで温存するってことは、大方未完成なんだろ？」
「まあね。」
シェリーは包み隠さず即答する。
「こっちくる前何度か練習したけど、成功率はいいトコ五割、しかも自分の関節あちこちに
ダメージのオマケつき。乗るか反るかはフィフティフィフティ、この賭け、付き合ってもらう
わよ。」
「わかった・・・正面からブチのめしてやる。」
足を踏みなおし、拳を握りなおしながらゴーツは言った。その間、二人の間に笑みがこぼ
れる。
「フフ・・・」
「フフ・・・ねえ、ゴーツ？」
「・・・なんだ？」
「私達・・・何のために戦ってたんだっけ？」
「忘れた・・・たぶん、くだらん理由だろう。」
「そうね。きっと、くだらない理由・・・」
「そんじゃ、行くぞ。」
「いつでもどうぞ。」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
今までいた所に深い足跡ができるくらいの強さで、ゴーツは大地を蹴った。シェリーはそ
れを、じっと静止して迎え撃つ。一秒が十秒にも感じられるような感覚の中、狙いを定め、
ゴーツの接近を待つ。やがてシェリーは、身体の中の引き金を引いた。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
「ぐはっ・・・」
「あぐっ・・・」
相討ちだった。シェリーの放った「武神の咆哮」は急所こそ外したもののゴーツの脇腹を
捉え、そこから踏ん張ったゴーツの一撃も、シェリーの腹部を捉える。二人ともヨロヨロと
後ずさり、同時に仰向けに倒れると身体が言うことを聞かなくなった。
「相討ち、か・・・」
大の字になって空を見ながらゴーツが言った。
「そうね・・・」
「身長で１５センチ以上、リーチで１０センチ以上、体重で３０キロ以上下の相手に相討ち
とはな・・・負けと一緒だ、こんなの。」
「よく言うわね・・・」
同じく大の字になって空を見ながらシェリーが言う。
「最初から最後まで、私の顔を狙わなかった・・・これが偶然だとは言わせないわよ。」
「偶然だ。」
「ウソつきなさいよ。あんたの攻撃、どれか一つでも顔に貰ってたら一撃でＫＯよ。そん
なハンデつけてた相手に相討ちなんて・・・私こそ負けと一緒よ。」
「いいや、俺の負けだ。」
「私の負けよ！」
「俺だ！」
「私よ！」
「いや・・・二人とも、だね。」
「！！」
突然横から聞こえてきたその声に、シェリーとゴーツはガバと上半身を起こす。そんな
二人の視線の先にいたのは、島を出た筈のカークスだった。
「負けたのは君ら二人、勝ったのは僕一人ってことさ。」
「カークス！・・・どういう意味だそりゃ・・・」
「分からない？」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらカークスは言う。そして懐からおもむろに、レーザー
ピストルを取り出した。
「カークス・・・！！」
「全部、僕のシナリオ通りってことさ。レネゲイツメンバーのゴーツへの信頼悪化、そして
ゴーツ・ドーシュとシェリー・ハランツの相討ち、こうも上手く行くとはね。」
「あなた、レネゲイツの副長でしょ？・・・やっぱり、ナンバーワンになりたくて・・・」
「違うね。僕がなりたいのは、こんなののトップなんかじゃない。『深遠の探求者』のＡ級さ。
この任務に成功したら昇進させてくれるって、上司から言われてるんで。」
「上司・・・だと？」
「そう。教団７人のＳ級幹部が一人・・・『ダブルフェイス』にね。」
カークスはそう言うとポケットからガムを一枚出し、口に入れた。
「何も分からないまま死ぬのも可哀相だから、少し喋ってやるよ。」
冷たい瞳でそう言うと、カークスはまず、ゴーツの方を見た。
「レネゲイツは小さな組織だけど、目障りにならないと言えばウソになる。かと言って教団
としては、今はことを荒立てたくはない。」
言い終わると今度はシェリーの方を見る。
「シェリー、君もだ。教団としては、君本人よりも、君の父親に介入されると厄介だった。」
そして今度は、シェリーとゴーツの二人を同時に見る。
「なら、答えは一つ。潰しあいさせるに如くは無い・・・うまく行けばシェリー、逆上した君の
お父さんが、レネゲイツを根絶やしにしてくれるかもしれないしね。」
「そういうこと・・・じゃあ、今朝学園を襲ったのは・・・」
「僕の変装だよ。普段からゴーツのそばにいるんだ。派手な戦いはさすがにマネできない
けど、クセや言葉づかいを真似るのは容易い。」
「なら、島を襲ったのは・・・」
「僕の指図だよ。シェリーのことは逆に誰も知らない。姿形さえそれっぽければ、いくらでも
誤魔化しはきく。」
言い終わるとカークスはゆっくりと、その銃口をゴーツに向けた。
「話はそんな所さ。見てると二人の仲は悪く無さそうだし、誤解が解ければ気も合いそうだ。
あの世で仲良くデートでも楽しむんだね。」
「せいっ！」
カークスがそう言って引き金を引きかけた瞬間、シェリーは跳躍し飛び膝蹴りをカークスの
腕にぶつけていた。これまでの膝蹴りを上回る、弾丸のような速度の一撃、シェリーは攻撃
を当てた後も勢い余って転がって行ったが、同時に拳銃も、はるか彼方は転がっていた。
「く・・・シェリー・ハランツ・・・貴様どこにそんな・・・」
「・・・カークス。」
「！！」
その声に振り向くと、ゴーツも立ち上がっていた。鬼のよう、としか言いようのない形相で
ある。カークスは反射的に、声にならない声をあげながらパンチを出すが、ゴーツはそれ
を横にかわし、両腕でがっちりと絡め取っていた。
「餓狼の牙に喰い殺されろ！キングタイガー！！」
その言葉とともに、ゴーツの左足もカークスに絡みついた。そして残る右足で、身動きの取
れなくなったカークスの顔を、顎の下から膝蹴りで粉砕する。そしてそのまま全体重を相手
の右腕にかけて肩の骨も粉砕、全く動かなくなり前のめりに倒れたカークスの首の上に、
ゴーツは乗っかっていた。
「ケッ！」
最後に一言そう言うと、ゴーツはカークスに一瞥もせず、まだ立ち上がれないシェリーの方
へと歩み寄った。
「すまなかったなシェリー・・・大丈夫か？」
「う〜ん・・・まあボチボチ・・・ってアンタ、今の技キングタイガーって言った？」
「ああ、そうだが？」
「あんな超必殺技持ってるんなら、ますます私の負け確定じゃないのよ！狼なのか虎なのか
よく分からなかったのは置いといて！」
「武神の咆哮、最後わざと位置をずらした相手に言われなくねえな。」
苦笑いしながらゴーツが言う。
「なんでだ？」
「なんで、って・・・いや、なんとなくだけどね。あのまま当てたら後悔する気がしたから・・・」
「第六感ってヤツか。」
「ま、そんなトコね。」
「んで、最後の蹴りは・・・」
「音速拳と逆に、全部のスピードを蹴り足に集中させた音速脚、思いつきでやったにしちゃ、
うまく行ったわね。これからの戦いでも使えるかも。」
「フフ・・・」
「フフ・・・」
そう言うと二人は、互いの顔を見つめながら口元に笑みを浮かべた。
「しかし、これからが大変だな。なんか連中、俺のこと誤解してたらしいし。」
「そうね。けど証拠もあるし、何とかなるんじゃない？」
「証拠？」
キョトンとした顔をするゴーツに、シェリーは自分の携帯電話を見せた。
「さっきあいつが言ってたこと、録音しといたの。何かの役に立つと思ってね。」
「・・・マジで？」
「マジで。」
「いつの間に・・・」
「抜け目がないのが、シェリー・ハランツですから。」
「へへ・・・」
シェリーの言葉に、ゴーツはまた笑った。
「んで、シェリー、これからどうする？」
「う〜ん、どうしようかしらね・・・とりあえず、ちょっと疲れたわ。」
「それじゃあ、茶でもどうだ？家も壊されたが、台所まわりは無事だった。」
「ありがと。んじゃ、お言葉に甘えて・・・」
言いながらシェリーは立とうとする。しかし足に激痛が走り、すぐまた座り込んでしまった。
「おい・・・大丈夫か？」
「さすがにちょっと、ガタが来たみたいね。音速拳に剛体術、武神の咆哮に音速脚、どれ
も関節に負担のかかる技ばっかりだから。」
「たしかにな・・・じゃあ茶よりも先に手当だな。治療セットの類も家にある。」
「そうね・・・そうしてもらえると助かるわ。」
「んじゃ、行くか。」
「え？いや行くかって言われても・・・・・・ってぇぇぇえええええええええ！！！」
その瞬間、シェリーの叫び声が島中にこだました。ゴーツがシェリーの体を、ヒョイと抱え
上げていたからである。いわゆる「お姫様抱っこ」の形だった。
「ちょっ・・・ちょっとちょっと！何考えてんのよ！降ろしなさいよ！！」
１８年の人生で最も顔を赤くし、手足をジタバタさせながらシェリーは叫んだ。心臓は音が
聞こえるくらいにバクバク言っているし、言葉をきちんと発音するのも精一杯だった。だが
ゴーツの方は、意外なほど平然としている。
「ここで降ろしたら、手当てできんだろうが。薬は家にあるんだし。」
「だったら、薬取って来てよ！」
「行って帰って来んのが、面倒なんでな。」
「そ〜ゆ〜問題！？」
「ああ。お前、軽いしな。この感じだと・・・」
「そこから先言ったら殺すわよ！」
「はいはい。・・・しかしこの軽さ、ますますお前に負けたのが信じられなく・・・」
「だから負けてないって！」
顔を真っ赤にしながら、シェリーは叫び続けた。このテンションで口を動かしていないと、
とても正気を保っていられなかった（実際はすでに、十分すぎるほど正気を保っていない
のだが）
ただ、それが嫌な感じかと聞かれると、決してそうではなかった。恥ずかしさとか照れとか
それ以外とか、とりあえずシェリーはそのことについて考えるのはやめ、ただ騒がしく口を
動かしていた。
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