「後のことなんて考える必要はないわ。」
意識を失ったカークスを見下ろしながら針を撃った下手人は言った。無論、下手人の声は
カークスの耳に届いていない。
「感謝しなさいよね。消されることを考えたら、まだ幸せでしょうから。」
下手人はそう言うとポケットから通信機を取り出す。
「こちらエージェントNo.13『レジスタンス』、捕虜を一名確保。これからポイントＣへ引き上げ
る。捕虜の運搬に一名、救援を要請します。」
自らを『レジスタンス』と名乗った下手人はそう言うと無線機を切った。
「シェリー・ハランツ・・・あの子が今日見せた戦闘力は、昨日の行動と従来のデータから来
る推測値を超えていた・・・どこまで気づかれずに監視できるか・・・どこから、私も表に出
るべきか・・・」
「・・・あの子の、親御さんを泣かすような真似はさせないようにしないと・・・」
頼んだ救援が来るのを待ちながら、下手人はそうつぶやいた。
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「よし、着いたぜ。」
歩くこと数分、ゴーツとシェリーはさっき二人が出くわした家の前に戻ってきた。無論、シェ
リーは相変らず抱きかかえられたままである。
「それじゃあ、いい加減降ろしてよ。」
騒ぐ元気も無くなったという表情でシェリーは言った。視線はゴーツから逸らし、顔は少し
赤い。だがゴーツが降ろそうとすると、シェリーは何か、不思議そうな顔をして遠くを見た。
「・・・・・・？」
「どうしたシェリー？」
「いや、なんか今、知ってるような声が聞こえた気がして・・・」
「気のせいだろ。ここにいるのは俺とお前、あとはいるとしてもレネゲイツの連中だけだ。
それより歩けるか？」
「大丈夫。」
「分かった。気ぃつけろよ。」
言うとゴーツはシェリーをそっと降ろした。地に足をついたシェリーはそのまま歩き出そうと
するが、また膝に激痛が走り、ガクンと前のめりに倒れそうになる。そんなシェリーをゴー
ツはさっと受け止めたが、差し出した右手は思い切りシェリーの胸を押さえていた。
「ヘンタイ！」
次の瞬間、叫び声とともに出したシェリー音速のビンタが、周囲に乾いた音を響き渡らせ
る。シェリーの手形がくっきりと、ゴーツの頬にプリントされた。
「あんたねえ！」
「ぐ・・・偶然だ偶然！事故だ事故！！つ〜かメチャクチャ元気じぇねえか！」
「痛みも吹っ飛ぶわよ！まったく・・・って自分の右手凝視しない！」
言いながらシェリーは、漫才のような裏拳を出した。ゴーツは呆れた顔でそれをかわす。
「・・・・・・で、結局薬はいるのか？お前・・・」
「一応、あればありがたいわ。」
「分かった。」
そう言ってゴーツはドアを開けた。レネゲイツの本拠地として使っているだけのことはあり、
十人やそこらは寝泊りができそうな、わりと大きな家である。また造りも、どことなく上品
だった。
「これって・・・ゴーツの家なの？」
「ああ。前はどこぞのお大尽の別荘だったらしいが、殺人事件が起きてな。」
「殺人・・・」
シェリーの背筋に冷たいものが走る。
「で、解決したの？それ・・・」
「一応したらしい。そんな経緯があったから、かなり安く買えた。あ、靴のままでいいぞ。
玄関のあたりで一番派手に戦った。ガラスの破片とか、まだ片付けてないからな。」
そう言って土足のまま上がるゴーツの後ろを、シェリーも靴を履いたまま着いて行く。そし
てゴーツは医務室と書かれた部屋にシェリーを案内した。
「普通の傷薬や包帯の類は机の上にある箱に入ってる。トリメイトやアトマイザーは鍵つ
きの棚に入ってるが・・・使うか？」
「ううん。別にそこまで重傷じゃないし。ディメイト軟膏とテーピングくらいあれば大丈夫。」
「ああ。それならさっき言った救急箱に入ってる。」
「ありがと。じゃ、あとは自分でやるわ。五分くらいで終わると思う。」
「分かった。んじゃ俺はリビングで、茶でも淹れてるわ。紅茶とコーヒー、どっちがいい？」
「紅茶で。」
「オーケー。」
ゴーツはそう言うと、部屋から出て行った。
「・・・・・・」
救急箱を取り、ベッドの上に腰を下ろすとシェリーは無言になった。今日こっちに来てから
起きた色々な出来事の記憶がシェリーの頭をよぎり、ワケが分からなくなりそうになる。と、
ポケットの中に入れていた携帯電話がチリチリと鳴った。誰からだろうと思って取り出すと、
電話ではなくメールだった。
「誰からだろう・・・って、ジェイクさん？」
二週間ぶりに目にする名前に少し意表を突かれながら、シェリーはメールを開いた。
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やっほ〜シェリーちゃん、元気元気ぃ〜？(^-^)V
シェリーちゃんがネオパルマ行ってから、こっちのお客さんが減っちゃったよ〜(>_<)
お店でも何度か、シェリーちゃん最近見ないねって聞かれるしぃ(*_*)
シェリーちゃん、今日は学校お休みでしょ？もしかしてデート？お邪魔しちゃった？
いい人できたら教えてね〜。こっちは明日、ワイフとお花見に行きま〜す。
外国暮らし、大変だと思うけど気をつけて。それじゃ、アディオ〜ス
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「ジェイクさん・・・」
普段の会話同様、妙にハイテンションな文面にシェリーは苦笑した。
（まさかデートどころか果し合いしてるとは思わないでしょうね・・・元殺人現場で）
（けど、ジェイクさん、よっぽど私にこっちで彼氏作ってほしいのかしらね。こっちにゃそん
な予定はこれっぽっちも無いってのに・・・）
だがシェリーがそう思いかけた瞬間、さっきの出来事、特にゴーツに抱きかかえられたり
したことの記憶や感触が鮮明に蘇る。
「いや、だから私、別にそういう予定やつもりは・・・」
シェリーは自分で自分にそう言い聞かせようとする。だが今度は、前にジェイクが自分に
投げかけた言葉が、ジェイクのチッチッチという舌打ち音とともに響いてきた。
「分かってないなあシェリーちゃん。出会いなんてのは、気持ちや予定があれば来るもん
じゃないし、気持ちや予定が無くても、来るときは来るもんなんだな。」
（いやだから！そういう問題じゃないし！！）
「おいシェリー、まだかかりそうか？」
身体をバタバタさせてそう言うシェリーに、外からゴーツの声が聞こえてきた。
「あ、ゴメン！あと三分で行く！ちょっと待ってて！！」
あたふたとした口調でそう言うと、シェリーは手早く、そして雑に自分の治療を済ませた。
「ごめん。お待たせ。」
リビングに入るなりシェリーは言った。タバコのニコチン臭が少し鼻につく。
「まったくだ。女ってのは身支度に時間がかかっていけねえ。」
吸い終わったタバコを灰皿に押し付けてゴーツが言った。そして白いティーカップに注いで
ある紅茶を、まずはシェリーに勧める。安いティーバッグで淹れた、普通の紅茶だった。
「それでだ。」
自身も紅茶を一口飲んでゴーツが言う。
「悪いがレネゲイツのリーダーとして、白黒つける所はつけとかなくちゃならん。」
「白黒・・・まあ、何のことかは見当つくけど、何？」
「教団のアルケミストだ。お前、ヤツとどういう関係だ？」
「関係、ねえ・・・」
ティーカップを片手にシェリーは考えた。ゴーツはその間、ピーナツ交じりの煎餅をつまみ
ながらシェリーの顔色を窺う。だがイラついたのか、すぐに彼の方から話を振った。
「カークスのヤツはお前を教団員じゃない、外部の協力者と言っていた。これは嘘か？」
「嘘か勘違いかは知らないけど、それは違うわね。私も、教団とケンカするためにここまで
来たんだし。Ｓ級幹部の一人、パペットマスターに誘われてね。」
「パペットマスター・・・」
「知ってるの？」
「そりゃまあな。ヤツには仲間も何人かやられた。」
「そう・・・」
「けど、ヤツに誘われたってどういう意味だ？」
「家族が教団の連中に襲われたのよ。パペットマスターは首謀者ってワケじゃないけれど、
裏でそれを見ていた。そして最後に言ったのよ。ネオパルマに来いってね。」
「なるほど。」
シェリーの言葉にゴーツは頷いた。
「それで、ネオパルマまで来たってワケだ。手がかりも何もない状態で。」
「まあね。」
「なかなか、無茶するな。」
「無茶をするのが、アンチェインでしょ？」
「そりゃそうだ。」
ゴーツは笑いながらタバコに火をつけた。が、その紫煙が顔に近づくと、シェリーは少し
顔を逸らす。
「タバコ、苦手なのか？」
そんなシェリーの仕草を見てゴーツがたずねる。
「正直言ってね。家族、誰も吸わないし。」
「そうか。」
ゴーツは火をつけたばかりのタバコを押し消した。
「そういやシェリーって何人家族なんだ？」
「五人よ。高二の弟と、中一の妹がいるわ。二人とも真面目よ。悪党な姉と違って。」
笑いながらシェリーは言う。そんなシェリーを、ゴーツは少し遠い目をして見た。
「家族仲・・・良さそうだな。顔を見れば分かる。」
「おかげさまで。ゴーツはどうなの？何人家族？」
「俺か・・・俺は、実質一人だ。」
「・・・実質？」
「ああ。」
短い言葉でゴーツは答えた。シェリーは『実質』という言葉が気になったが、何となく深入り
してはいけないような気がして、そこから先はあえて聞かない。ゴーツもそんな彼女の気遣
いを感じ取ったらしく「すまんな。」と付け加えた。
「それで話を元に戻すが、仲間がアルケミストに襲撃されたときシェリー、お前も近くにいた
と聞いたんだが、これは本当か？」
「襲撃？アルが！？冗談じゃないわ。先にケンカ吹っかけてきたのはそっちの方よ。」
「・・・アル？」
「あの子のあだ名よ。アルなんとかってのが長いから、略させてもらってるの。」
「Ｓ級は自分の称号に誇りを持っていると聞いたんだが？」
「お付きの運転手さんもそう言ってたわ。ともかく、あの日私とアルは一緒に食事に行く所
だった。そこをアンタんトコの連中が三人がかりで武器もって襲ってきた。それを撃退し
た。それだけよ。」
まくし立てるような口調でシェリーは言った。ゴーツはそんなシェリーの言葉を、険しい表
情で聞く。
「一緒に食事か・・・」
「そ。そういえばあの時の空気、今とちょっと似てるかもね。ただ一つ違うのは・・・」
「違うのは？」
「あの子の方が、だいぶ紳士的だったってことかしら。」
笑いながらそう言うと、シェリーは紅茶を口に含んだ。
それからしばらく、シェリーは自身とアルの間に起こった出来事について話した。スペース
ポートのロビーでの初対面、シーレンとの戦闘と、そこで彼が取った行動、そして食事会で
のこと、それらを主観を交えず、ありのままに淡々と話した。
「ふ〜ん・・・」
ポットから紅茶のおかわりを注ぎながら、ゴーツは考え込んでいた。
「妙な関係だな・・・」
「そうね。自分もよく分からないのよね。当事者の私が言うのもなんだけど。」
苦笑いしながらシェリーが答える。
「ただ・・・何となく放っておけない存在なんだと思う。お互いにね。」
言いながらシェリーはナッツを数個、口に運んだ。そんなシェリーに、ゴーツは「なあ。」と
話しかける。
「何？」
「やっこさん、お前に惚れてないか？」
「ぶっ・・・」
シェリーは食べかけのナッツを吹き出した。一部は気管に入り、豪快にむせる。おぼつか
ない手で紅茶を喉に流し込み、やっと落ち着きを取り戻した。
「ゴーツ、今あなた何て・・・？アルが、私に・・・何？」
「惚れてるんじゃないかって言ったんだが。」
「まさか！だってあの子、どう見てもまだ中学生くらいよ？四つやそこらは年下の。」
「・・・あれくらいの年だと、割と普通だと思うが？」
「・・・そうなの？」
「ああ。」
「・・・・・・・・・」
ゴーツの言葉にシェリーは無言になった。そしてもう一度、アルの行動を思い返す。確かに
写真をねだったり、食事の席から帰ろうとする自分の腕を震える手で掴んだりした彼は、そ
ういう視点で見れば、そういう風に思えないこともない。
「アルが・・・私を・・・？」
「動揺してるな。」
シェリーの表情を見てゴーツは言った。
「シェリー、お前教団と戦うつもりだって言っていたが・・・そんなことで教団と戦えるのか？
見ればお前は、アルケミストには多分に同情的だ。教団と戦えば、やがてヤツとも本格
的に対決することにもなるだろう。その時、正面切って戦えるのか？」
「戦えるわ。」
ゴーツが喋っている間に落ち着きを取り戻したらしい。シェリーは凛とした表情で、ゴーツ
の問いかけに即答した。
「ありがとうゴーツ。あなたが指摘してくれたおかげで、私の迷いは消えた。」
「・・・？」
「私は、アルを教団から引き離す。ゴーツ、力を貸して。」
「フ・・・」
シェリーの答えに、ゴーツは少しだけ笑った。
「できるのか？俺らの調べじゃ、ヤツの教団への忠誠心の高さは１、２を争うぜ？」
「やってみるしかないでしょう。」
「ま、頑張ってみろや。こっちも協力はさせてもらう。だが・・・」
「だが？」
「ギブ・アンド・テイクだ。そっちもレネゲイツに協力してもらうぜ。なんせこちとら、戦力不
足なんでな。一緒に戦ってくれればこっちとしても相当に助かる。」
「分かったわ。」
ゴーツの提案にシェリーは快諾する。だが続いてゴーツが「それじゃあ学校を辞めてこっ
ちの活動に専念してほしい」と言うと、シェリーは眉を曇らせた。
「悪いけど、それは難しいわね・・・」
「どうしてだ？寝る場所と食い物くらいは、こっちで用意できるぞ？」
「そういう問題じゃないのよ。私、未成年だからね。パスポートは保護者の承諾で通って
るし、滞在は学生ビザで来てる。このビザ、学校退学になったら速攻取り消されて、一
週間以内の退去が命じられるの。そうしたら私は不法滞在、教団より先に、政府の入
国管理に追っかけられるわ。」
「ふ〜む・・・」
「大それたことをやるのなら、それ以外の部分で余計な揉め事は極力避ける。この考え、
間違っているかしら？」
「いや・・・正しい。」
ため息をついてゴーツは言った。それから彼はしばらく考え込む。シェリーは菓子をつま
み、紅茶を飲みながらゴーツが再び口を開くのを待つ。そして待つこと数分、ゴーツは数
回、小さく頷いてから顔を上げた。
「シェリー。」
「？」
「結婚しよう。」
「ぶふぉっ・・・」
シェリーは口に含んでいたものを、さっきより豪快に吹き出した。
「おいおい・・・汚ねえな・・・」
「ゲホッ・・・え・・・いや汚いって・・・ゴホッ・・・そりゃむせたくもエホッ・・・なるわよ！」
「・・・咳き込むか話すかテーブル拭くかのどれかにしてくれないか？」
「え・・・いや、ごめ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
深呼吸すること数回、シェリーはようやく落ち着きを取り戻した。
「えっと・・・それで、何の話だったっけ？」
「だから結婚しようって。」
「あの・・・いや、おっしゃられる意味が理解不能なんですけど？」
「そうか？」
意外そうな顔をしてゴーツは喋りだした。
「自分で所帯持っちまえば、親はもう『保護者』じゃなくなる。ダンナがネオパルマ人なら、
ビザだの何だの問題はどうとでもなる。さっき言ってた問題が一気に解決するだろ。」
「あ〜あ〜なるほど。そんじゃ早速役所に行ってってバカァ！！！！！」
シェリー全力の平手打ちが、ゴーツの後頭部を引っぱたいた。
「痛えな！何急にノリツッコミみたいなマネしてんだよ！！」
「みたいな、じゃなくてその物よ！私の人生、今ほどハリセン欲しかった瞬間は無いわ！」
「ハリセン・・・」
「ったく・・・アルは初対面でナンパしてくるし、ゴーツは会って実質二日目でプロポーズして
くるし・・・どうなってんんよこの国の男は。軽いんじゃないの？住処が宇宙船なだけに。」
深いため息をついてシェリーは言った。
「ともかく、私はそんな政略結婚する気はないから。」
「ワガママだな・・・」
「当然の反応だと思うけど。」
「ふむ・・・」
シェリーの言葉にゴーツはまたしばらく考えた。
「たしかに、ちょっと性急すぎたかもしれんな。」
「ちょっとじゃなくてかなりね。」
引きつった笑みを浮かべながらシェリーが言う。
「ともかく、しばらく組んでやってみようや。他の連中にも、一応話しは通しておく必要が
あるだろうし、答えはそれからでも遅くない。」
「そうね。」
「んじゃ改めて。」
ゴーツは右手を差し出した。シェリーも右手を差し出す。
「よろしくね。」
「ああ。」
互いの手をグッと握り締め合いながら、二人はそう言った。
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