〜始まりの終わりとなる日々に〜

第二部第十六話 ライアー・ゲーム

ジニーと話をはじめる前に、アルケミストは今一度自分が見につけている物を確認した。
両袖のカフスボタンには、それぞれ相手の物理攻撃を封じる「ナイト」とテクニックを封じ
る「フォール」がこめられている。この二つは、今の状況では関係ない。また、服の中に
は睡眠薬、痺れ薬、自白剤、そして攻撃テクニックを凝固し粉末状にしたパウダーなど
が仕込まれているが、これも今は使えないと彼は判断した。今は無風だから粉末状の薬
を風上から流すことはできないし、錠剤を相手の口に押し込もうにも人目がある。

(となると、話だけで聞き出すしかないな・・・)

そう思ってアルケミストはジニーの方を向きなおした。顔に少し、作った笑顔を浮かべて
いる。
「驚いたよ。フィノが僕以外の人になつくなんて、初めてだったから。」
左腕にとまったフィノの顎を指先で撫でながらアルケミストは言った。そんなフィノとアル
の方へジニーは歩み寄る。
「そうなんだ〜フィノちゃん!」
「ピィ!」
ジニーが話しかけると、フィノは羽を羽ばたかせてジニーの方へと飛んだ。目の前で急に
羽ばたかれたジニーは、びっくりして腕をばたつかせ、尻餅をついて転びそうになる。だが
そうなる前にアルは手を差し伸べ、ジニーの手首をスッと掴んだ。
「大丈夫?」
「あ・・・は、はい・・・」
手を掴まれた瞬間真っ赤になった顔を見られまいと、ジニーは反射的に顔を背けた。そん
なジニーの反応にアルケミストの顔が少しほころぶ。
(運動神経は、お姉さんと違って大したこと無さそうだな・・・)
表向きの笑顔は笑顔で本心だが、別の観察眼も忘れず働かせアルケミストは思った。やが
て顔の熱さがひくと、ジニーは再び、ゆっくりと相手の顔を見る。
「ごめん。ほらフィノ、女の子驚かせちゃダメだろ?」
「ピィ。」
「今度は、大丈夫だから。」
そう言ってアルケミストはフィノを腕から飛び立たせた。フィノはゆっくりと、ジニーの腕に停
まる。ジニーは最初こそ少し戸惑った様子を見せたが、フィノと目が合い、そしてそのフィノが
上機嫌そうな顔を見せると、彼女も少し微笑んだ。そしてアルからフィノの餌である豆を数粒
受け取るとそれを右手に乗せてフィノの嘴に近づける。フィノはそれをついばむと、もう一度、
雲ひとつない空へと羽ばたいて行った。

「キレイ・・・」
太陽の光を受けて飛び去るフィノを見てジニーは言った。それから彼女は、視線を空から
アルへと移す。
「ところでフィノって名前、どういう意味なんですか?」
「お酒の名前だよ。」
アルケミストは笑顔でこたえた。
「シェリーってお酒の一種類。」
「シェリー・・・」
ジニーはびっくりした顔で言葉を繰り返した。
「どうかしたの?」
「え?えっと・・・お姉ちゃんの名前と同じだったから。」
(やっぱり・・・この子、本当にお姉さんの妹だ。)
今の言葉で、アルはようやく目の前のジニーが本物だと心の中で念を押した。
「へえ・・・どんなお姉さん?」
「今はネオパルマに勉強しに行ってるわ。勉強は嫌いだけど、優しくて、男の人よりケンカ
 が強くて・・・」
そう言ってジニーは、嬉々としてシェリーのことを語った。そんな彼女の表情と話す内容に、
アルの顔は自然と優しいものになる。
「仲、良さそうだね。」
「うん!」
アルケミストの言葉にジニーは元気に頷いた。
「ホントすごいんだよ。ちょっと前とか、教会に来た悪い人やっつけて、そのお礼にすっごく
 キレイな宝石貸してもらってたり。」
「・・・宝石?」
「うん、金色でアルファベットのYの字みたいな形してて、色んな宝石で飾られてて・・・」
「・・・・・・!」
ジニーの話す内容に、アルは初めて眉を険しくさせた。
(それが、お姉さんが言っていた『準備』か・・・)
「・・・?」
急に考え込むような顔になったアルケミストを、ジニーは不思議そうな顔で覗き込む。
「どうかしましたか?」
「あ、いや・・・ごめん。何でもないよ。ただ・・・」
「ただ?」
「羨ましいと思って。僕には兄弟とかいないから。」
「そうなんですか・・・」
「一度、会ってみたいな。そのお姉さんに。」
我ながら白々しい、そう思いアルケミストは心の中で舌を出した。
「きっと、仲良くなれると思いますよ。お姉ちゃんと、えっと・・・」
そう言いかけたところでジニーは口ごもった。そんなジニーにアルは「どうしたの?」と
聞いてみる。
「え?えっと・・・なんて、呼べばいいのかなって思って・・・」
「そう言えば、そっちの名前は聞いたのにこっちのはまだだったね。」
口ごもるジニーの様子をクスと笑いながらアルは言った。
「ダニエルだよ。ダニエル・ブライト」
表情にいささかの迷いも見せず、アルは偽名で答えた。

「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。」
偽名をジニーに告げると、アルは間もなくそう言った。彼が見たところ、ジニーはごく普
通の女の子、それ以外の何者でもない。身体能力も並以下だし、アルとの会話に対す
る受け答えにも、少しどもっているくらいで一般人と変わった様子は特にない。
(お姉さん、たぶん、妹には自分の目的とか、何も教えてないんだろうな。知れば巻き
 込む可能性が高くなるから・・・優しいんだな。やっぱり)
そう思うとアルの口元は、誰にも気づかれないくらいに、ほんの少しだけ微笑んだ。だが
そんなアルの表情とは反対に、『そろそろ行くよ』という言葉にジニーの表情は寂しそうな
ものになる。
「行っちゃうんですか・・・」
「うん。そろそろ知り合いと、待ち合わせの時間だしね。」
ジニーは基本的に何も知らない。そうなるとアルの心に、もはやジニーへの関心は残っ
ていなかった。だからその返事もひどくあっさりしたものになる。
「・・・・・・」
立ち去ろうとするアルを前に、ジニーは少し考え込んだ。そして慌てて口を開く。
「あっ!そういえばフィノちゃんは?」
「今頃、どっかそのへんを飛んでるよ。お腹がすいたら、戻ってくる。鳥のくせに、鼻が
 きくからね。」
「そう・・・もう一回、顔みたかったんだけどな・・・キレイな鳥だったから。」
「ハハ・・・そりゃ無理だな。あれはあれで、けっこう気ままな性格して・・・」
アルはそう言いかけたが、そこで彼の言葉は止まった。フィノがスーッと下降して、アル
とジニーの間の着地したからである。
(バカな・・・)
アルは目を見開いてフィノのことを見た。フィノには今、一時間程度の偵察任務を指示
していた。それが完全に無視して戻ってきた。改造後今日まで、こんなことは一度も無
かったのに、である。
(機械のバグ?でも、基板の類は全部ネオパルマから持って来たし・・・)
面には出さないが、アルはかなり動揺していた。だがそんなアルの気持ちなど知らず、
ジニーは左腕を前に突き出し、そして直角に曲げる。
「フィノちゃん!」
「ピィ!」
ジニーの呼びかけにそう応えると、フィノは青い翼を羽ばたかせ、ジニーの腕へ止まっ
た。アルケミストはそれを、半ば茫然とした様子で見つめる。
「ダニエルさん!フィノちゃん、戻ってきてくれましたよ!」
「え、あ、ああ・・・そうね。」
「私が来てほしいと思ったから・・・なんてことはないですよね。」
言いながら自意識過剰だと思ったのか、照れ笑いをしながらジニーは言った。だがアル
にはそれが、単なる自意識過剰だとは思えない。
「・・・あの、ジニーさん?」
「?」
「最初ジニーさんがフィノを見たのって・・・」
「家の前にいたわ。それで目が合って・・・飛んでいこうとするから『ちょっと待って』って
 言ったら本当に待ってくれて・・・」
「・・・・・・」
「どうかしましたか?」
「いや・・・ちょっとと言うか、かなりびっくりしたな。さっきも言ったけど、フィノって本当に、
 僕以外に懐いたことがないから。」
言いながらアルは左手をポケットに入れた。そして自分で鳴らした携帯電話を、耳元に
持って行く。
「もしもし?うん。え?ええ〜、そうなの?・・・仕方ないな、待ってる。」
アルケミストはそう言うと、携帯電話をポケットに戻した。

「まいったな・・・」
困ったような顔をしてアルケミストはジニーの方を見る。
「どうしたんですか?」
「いや、知り合いがね・・・そろそろ駅で待ち合わせる筈だったんだけど、車が壊れたら
 しくて。二時間ばかり遅れそうだって言うんだ。」
「そうなんですか・・・」
「こっちもティリアは初めてだから、時間つぶすにも何をしたらいいのか・・・」
言いながら彼は、ジニーに視線を向けなおした。
「そうだ!悪いけどジニーさん、ちょっとこのへん、案内してもらえないかな?」
「えっ?・・・私が、・・・ですか?」
「うん。・・・迷惑かな?」
「え?い、いいえ!そんなことないです!」
裏返った声でそう言うと、ジニーはスタスタと歩き出した。

それから小一時間、二人はティリアの街を散歩した。歩きながら話す内容はとりとめの
ないことばかり、ティリアの気候がどうだとか、どんな仕事をしている人が多いのか・・・
逆にアルも、自分がネオパルマの人間だと言う素性は明かし、自分が住んでいる町の
話を少しした。
「ダニエルさん、ネオパルマから来たんですか?」
「うん。そう言えば、ジニーさんのお姉さん、今ネオパルマだってさっき言ってたよね。」
アルの言葉にジニーは笑顔で頷く。
「それじゃ案外、どこかですれ違ったりしてるかもね。まあ、ネオパルマって言っても広い
 から、難しいかもしれないけど。」
そう言うとアルは笑い、そして腕時計に目をやる。時間は十二時半を少し過ぎていた。

「ジニーさん。」
「?」
「そろそろ、お昼にしませんか?ご馳走しますよ。」
相変らずの笑顔でアルは言った。だがそんなアルとは裏腹に、ジニーは心底困った顔を
する。
「どうかしたの?」
「いえ・・・あの、親や保護者なしで外食とかしちゃいけないって、校則で・・・」
「校則・・・」
ジニーの言葉に、アルは心の中で深いため息をついた。
(お姉さんだったら、コンマ1ミリも気にしなさそうな物を・・・ホント、血のつながりを感じ
 させるのは顔だけだな)
「すみません・・・」
困った顔のアルを見て、ジニーは慌てて頭を下げる。だが下げた頭を上げた瞬間、彼
女の顔はパァッと明るくなった。
「?どうかし・・・」
「ちょっと、待っててくださいね!」
アルが自分の言葉も言い終わらないうちにジニーは駆け出して行く。そして間もなく、一
人の男性の腕を引いて戻ってきた。

「おいおいジニーちゃん、何なんだいきなり・・・」
急に腕を引っ張って連れてこられた男性はかなり困惑していた。年齢は四十代半ば、髪
の毛は茶色で髪質はやや硬そうな男性である。
(あれ?この人、どこかで・・・)
男の顔を見てアルは思った。どこかで見た顔なのだが、思い出せない。そして男の方も
アルを見て、次にジニーの顔を再度見た。
「ボーイフレンド?」
「!!!ちっ・・・ちが・・・違います!!!」
顔を真っ赤にして、首をブンブンと振ってジニーは言った。そんなジニーの仕草を見て、
男は満足そうに笑う。ジニーはそんな彼から視線をアルの方へと逸らし、そこでアルが
何か考え込んでいることに気づいた。
「・・・?どうかしましたか?」
「え?いや・・・」
考え込んでいる最中に話しかけられ、アルは少し戸惑いながら男性の方を見た。
「こっちの人、どこかで見た気がしたんだけど・・・気のせいだよね。」
「マークさんを?」
「・・・マーク?」
「ええ。あ、ごめんなさい。まだ紹介も・・・マークさんって言って、近所のおじさんなの。
 パパとも昔からの友達で、この人と一緒なら先生にも怒られないと思って・・・」
「へえ・・・でもなんでだろう、そんな人を見た気がするのは・・・」
「映画俳優だったんですよ、マークさん。」
(!!)
ジニーの言葉でアルは、彼をどこで見たのか思い出した。
(マーク・ロンド・・・元世界格闘選手権五連覇、アルマダ(無敵艦隊)の異名を取ったが
 全盛期に引退して俳優業に転身、巨万の富を築く・・・教団も一時期勧誘してた男・・・
 そういえばこの人もティリア在住だった・・・エヴィン・ハランツの、親友だったのか・・・)
アルは自分の身体が軽く震えるのを感じた。改めてマークのことを見ると、何気ない所
作の一つ一つをとっても驚くほど隙が無い。
(戦闘になったら・・・微妙だな。距離を取らなきゃ勝ち目は薄い。そうでなくても今、僕が
 やっていることは任務の範囲外だ。ケガでもしたら言い訳できない。とにかくここは、あ
 くまで普通の子供として振舞った方が得策だな)
自分にそう言い聞かせると、アルケミストは心の中で頷いた。

「道理で・・・あなたの映画、先週テレビでやっていました。お会いできて光栄です。」
「こっちこそ。今もネオパルでまで放映されてるってのはな。」
「!!なんでそれを・・・ジニーさんから聞いたんですか?」
「いんや、発音がちょっとな。かなりこっちの標準に近づけてるけど、アクセントで分かる。」
「・・・すごいですね。さすが俳優さん・・・」
「ま、職業病ってヤツだな。昔ついたクセってのは、そう簡単には取れない。」
マークはそう言って苦笑する。そして三人で、近くのレストランへと入った。

「私はビーフシチューセットで。マークさんは?」
「そうだな・・・オレはクラブハウスサンド、紅茶はミルクティー、食後で頼む。」
「ダニエルさんは?」
「そうだね・・・オススメは?」
「ティリアは山地だからな。山菜のパスタはけっこうイケる。」
「そうですか・・・それじゃあそれで。」
注文を終えると、三人は食事が来るのを待った。ジニーは笑顔、アルもにこやかな顔を
しているが、心の中では頭を掻いている。
(完全に予定が狂ったな・・・)
この状況では、食事に薬を混ぜることなんかできそうにない。フィノがなぜ、ああもジニー
に懐いたのか気になるところではあるが、ここは一度、無難に食事を済ませて退いた方
が無難だと判断した。

(教団の写真ミス、マーク・ロンドとエヴィン・ハランツのつながり、あとは不確定要素とし
 てのジニー・ハランツか・・・最後の一つだけはまだ、教団に黙っておいた方がいいな。
 ホムンクルスを無効化されたとなると、こっちの立場も悪くなるし)
「そう言えば・・・ダニエル君って言ったかな?」
「あ、はい。」
考え事をしている最中、急にマークは話しかけてきた。ジニーは中座していて、今席には
アルとマークの二人しかいない。
「ネオパルマから、なんでティリアに?観光にしちゃ、ちょっと季節はずれだが。」
「・・・そうですか?」
「ああ、このあたり、夏場はけっこう避暑で来る人間多いけどな。それ以外の季節に目的
 もなく来る人間は少ない。さしたる観光名所があるワケでもないしな。」
「目的はちゃんとありますよ。」
相手の意図を探りながらアルは言った。そして今しがた運ばれてきた、まだ湯気の立って
いるパスタをフォークで弄びながら、また嘘の理由を言いかける。だがマークは、そんな彼
の言葉を押し止めた。
「世の中ってのはね・・・お天道様に対して恥ずかしくない生き方をしていれば、味方する
 人はちゃんといるんだよ。」
「・・・どういう、意味です?」
「深遠の探求者・・・まさか自分から、こっちに来てくれるとは思わなかった。」
「!!」
マークの一言にアルはドキリとした。しかし、それを面に出すほど、彼も抜けてはいない。
「やだなあ、何です?それ?」
苦笑いしながらアルは返す。
「深遠の探求者が何者か・・・それはこっちより、そっちの方がよく知ってると思うが?」
「だから人違いですよ。何のことか知りませんが、そんな怖い顔して睨まないでください。」
「どうだか・・・だが一つ言っておく。こっちの『準備』はかなりデカいぞ?そっちが思っている
 よりも・・・いや、おそらく本人が思っているよりも、よっぽどな。」
「・・・言ってる意味が分からないんですが?それとも、俳優復帰の練習ですか?」
「フン・・・」
マークはアルの言葉を鼻で笑うと、相手の瞳をじっと見た。そしてクスリと笑う。
「・・・昔、君によく似た目をした人間を見たことがあるよ。」
「・・・誰です?」
「ティーズ・ド・フラン・・・オレのひい爺さんだ。見たのは本人じゃなくて、写真でだがな。優し
 さの仮面の下にある冷徹さと欺瞞・・・だがそれもまた、己の本性ではない・・・仮面を被る
 事で彼は・・・」
だがマークがそう言いかけた所でジニーは席に戻ってきた。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって。・・・どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ、ちょっと、暇潰しに話をしていただけ。」
ジニーに笑顔を見せてマークは言った。それから改めて昼食が始まる。そして表向きは平
穏なまま食事が終わりかけたところでレストランの扉が開く。そしてドアを開けた人物は、そ
のままマーク達のいる席へ一直線に向かってきた。

「ごめんなさい。待たせてしまって。」
「?」
その声にマークとアル、ジニーの三人は一斉に視線を向けた。その先には、長身の男性が
一人で立っている。
「グエン・・・」
「探しましたよ。まさかこの店にいるとは思いませんでした。」
そう言うとグエンは、今度はマークの方を向く。
「申し訳ありませんマークさん、ご迷惑をおかけしてしまいまして。」
「マークさん・・・この人、知り合い?」
「え?いや・・・」
ジニーの質問にマークは首を横に振る。だがそんなマークの態度は意に介さず、グエンは三
人分の食事代をテーブルに置いた。
「そろそろお時間が迫っています。急ぎましょう。」
「あ、ああ。そうだな。」
アルケミストはそう言うと慌てて席を立った。だが席を立とうとするアルに、ジニーが後ろから
声をかける。
「ダニエルさん!」
「なに?」
「あの・・・また、お会いできますよね?」
「きっと。」
笑顔でジニーにそう言うと、アルはグエンと一緒に店を出た。



「・・・さすがに今回は、礼を言っておくよ。」
グエンの用意した車の助手席に腰を下ろしてアルは言った。後ろの席はフードをかぶった女性、
ナターシャが占領している。座席に横たわり、死んでいるかのように動かない。
「こちらこそ驚きました。ニーヤの司祭が、あなたが行き先も告げずに出かけたと言うので。」
「よくここが分かったね。」
「シェリー・ハランツの故郷ですから。あなたが休みを貰ったら、最初に行かれるだろうと思って
 いました。」
運転しながらグエンは優しい笑みを向けた。
「シェリー・ハランツに関わる任務をするようになってから人当たりが良くなった。貴方のお世話を
 する人たちから耳にしました。」
「・・・・・・」
グエンの言葉に、アルケミストは仏頂面で窓の外へと視線を逸らした。
「・・・エヴィン・ハランツがどんな人脈を持っているか、もう一度洗い直した方が良さそうだ。どうや
 ら個人対組織じゃなくて、組織対組織の争いになる。」
「そうですか・・・厄介な戦いになりそうですね。」
「ああ。思っていたよりもね。」
アルケミストはそう言うと、ダッシュボードの中にあったガムを取り出して口に運ぶ。そして今一度、
後部座席に横たわるナターシャに軽く目をやった。
「今、ナターシャの状態は?」
「仮死状態です。『ブラウニー』として活動した直後なので。」
「!!」
アルケミストはその言葉に驚き、今度はナターシャのことを凝視する。季節はずれのコート、その
下からは血痕が見えた。
「さきほど、当初任務をひとまず実行してきました。騒ぎが大きくなる前に引き上げませんと。」
そう言うとグエンは、ニーヤ行きの高速道路入り口へとハンドルを切った。

第二部第十六話 完

第二部第十七話を読む

「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る

オンライン小説のコーナーに戻る

トップページに戻る