| 第一話 | ・０週目週末：シェリー、ネオパルマへ移動。 |
| 第二話〜第四話 | ・一週目週末：シェリー、エレナのもとを訪問。エレナ、シーレンらと戦闘。 |
| 第五話〜第七話 | ・一週目週末：アーサーとユエリ、正体不明の老人と戦闘、敗北。 |
| 第八話〜第十話 | ・二週目金曜夕方：シェリー、ゴーツと初顔合わせ。アルケミストと会食。 |
| 第十一話 | ・二週目金曜夜：シェリー、ゴーツと初戦。 |
| 第十二話〜第十四話 | ・二週目土曜：シェリー、ゴーツと第二戦、和解。 |
| 第十五話 | ・二週目土曜夜：アルケミスト、ネオアリサへ移動。 |
| 第十六話 | ・三週目土曜：アルケミスト、ジニー、マークと遭遇。 |
「ふぅわ・・・」
授業が終わるとアーサーは涙目で大きく伸びをした。ボーッとした顔つきで、こめかみの辺りを
ポリポリと掻く。
「眠そうだね。ダンナ。」
「・・・ああ、ちょっとね・・・」
気のない返事をしながらアーサーは教科書を鞄に詰め、終業前のホームルームに備える。と、
二人の横をたまたまユエリが通った。
「ユエリさんも眠そうだったね。珍しい。」
「そう？うん、そうね・・・」
アーサーと同じく、気のない返事をユエリはエリックに返す。それからエリックはニヤリと笑った。
「ま、二人ともほどほどにな。」
「・・・ありがとう。けど、そうもいかなくてね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
妙に穏やかな声でそう答えるアーサーに、エリックは完全に言葉を失った。明後日の方向を向
き、深いため息をついてから、右手をアーサーの肩にポン、と乗せる。
「分かった・・・もう何も言うまい・・・幸せにな。」
「・・・・・・？」
エリックの言葉にアーサーは思い切り怪訝な顔をする。すでに二人の前を通り過ぎかけていた
ユエリも同様だった。二人は同タイミングでエリックの言葉、そしてアーサーの言葉を反芻する。
それから二人が、エリックの素晴らしき勘違いに気づくまで、そう時間はかからなかった。
「「エリック！！」」
完全にシンクロした二人の声、前後でエリックを挟むような位置にいた二人は右腕を水平に突
き出し突進する。一人の人間相手に前後からのラリアートによる挟み撃ち。それは見事なまで
のクロス・ボンバーだった。エリックは声にならない声をあげ、二人の腕の間からガクリと首を
すり抜けさせて膝をついた。
「痛えな！顔の皮剥がれるかと思っただろ！」
「いや剥がれないから。常識で考えて。」
「まったく・・・誤解と妄想にも程があるわ・・・」
わめくエリックを呆れ顔で見ながらユエリとアーサーは言った。
「誤解と妄想？・・・意義ありだな。」
両手で頭を掴み、首の関節をコキコキとストレッチさせながらエリックは言った。
「俺はアーサーに『ほどほどにな』って言った。んでお前は『そうもいかなくてね』と答えた。これ
が何を意味していたのか・・・まだ結論は出ちゃいないぜ？」
「く・・・」
アーサーの顔が少し引きつった。エリックはそれを勝機と見て、さらに追求する。
「おっと、暴力はナシだぜ？第一言葉に対して腕力で返すなんて、それこそ圧政。・・・って言う
か、さっきの一撃、前より威力がエラく上がってたんだが。」
「そうか？」
「ああ。普段から喰らい慣れてるこの俺だから耐えられたって感じだな。」
「喰らい慣れるなよそんなの・・・」
「そっちこそ、喰らわせ慣れるなっての！」
笑いながら怒ったような顔でエリックは言い、そしてなおも食い下がる。
「大体アーサー、お前最近付き合い悪いぞ？放課後もさっさと帰っちまうし・・・」
「悪い。ただ、それもあと二週間ちょっとだからさ。」
「二週間・・・付き合い悪くなってから一月、ってトコか。」
「まあね。」
「・・・・・・」
アーサーの返事にエリックは訝しげな顔をした。アーサーがユエリと付き合っているのなら、こ
うして期限を設けるのは不自然だったが、どうも顔を見るに嘘をついているようには見えない。
彼が嘘をつくのが下手なのは、エリックもよく知っている。
「分かった。んじゃあと二週間したら、ちゃんと白状しろよ。」
「了解。」
やれやれという顔つきでアーサーはそう答えた。
「まったく・・・」
校門をくぐり、下校の道中うかない顔でアーサーは言った。
「なんでああいう風に絡んでくるかね、あの男は・・・」
「暇なんじゃない？」
肩を並べて歩きながらユエリが言う。アーサーは「そうだな。」と相槌を打ってユエリの方を見た。
二週前、公園で老人に敗れてから二人は毎日、特訓を続けていた。授業が終わったらすぐに
家に帰り、服を着替えて近所にある河川敷、橋の下に集合する。そして日が落ち、互いの姿が
見えなくなるまで全力でぶつかり合う。朝も朝で早朝から訓練を再開。家に帰ったらシャワーで
汗だけ流して、パンをかじりながら登校するような毎日だった。二人とも根が真面目なので宿題
くらいはこなすが、授業中にもなると体力の限界が来た。むしろ授業時間が二人の、体力回復
の時間だった。
「それじゃあ、また後で。」
「うん。」
互いの帰路の分かれ道まで来ると、二人はそう言って一度別れた。
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そして同日、ほぼ同時刻・・・
「これが、ティリアですか。」
グエンは車を路上の駐車場に停めると、街の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ナターシャ、降りられますか？」
「ええ・・・大丈夫・・・」
助手席に座っていたナターシャは、そう言ってヨロヨロと助手席から降りようとする。その危なっ
かしい動きに、グエンは右手を差し出してエスコートした。
「ここが・・・」
弱々しい瞳でナターシャはティリアの空を見上げた。雲ひとつない、快晴の天気である。
「ここが、ティリアなのですね・・・空の色が、本当に綺麗・・・」
「ネオパルマはドームに覆われていますからね。やはり遮蔽物のないネオアリサの方が、空は
遥かに美しい。」
ナターシャと同じように空を見上げ、グエンは言った。
「しかし、よろしかったのですか？先行したアルケミスト様のサポート程度でしたら、自分一人で
も何とかなったと思うのですが。」
「いいえ・・・」
グエンの言葉にナターシャは首を横に振った。
「私が動かないと・・・私は私の存在意義が無くなってしまうから・・・それに・・・」
「それに？」
「教団が手配している老人、ここにいる確率が高いのでしょう？それであなたに、もしものことが
あったら私・・・」
「ナターシャ・・・」
ナターシャ向かって優しく微笑むと、グエンは人目もはばからず、彼女をそっと抱きしめた。
「ありがとう、ナターシャ・・・」
「はい・・・」
「いずれにせよ、少し休みましょう。私も、長い運転で少し疲れました。」
「はい・・・」
ナターシャがそう言うのを聞くと、グエンはティリアの地図を広げた。そして今居る場所から程近い
場所に小さな公園があるのを見つけると、ゆっくりとした歩みでそこへ向かった。
「ふう・・・」
公園のベンチに腰を下ろし、一息ついた様子でグエンは言った。ナターシャの方は相変わらず、ほ
とんど動かない。グエンもまた、隣にぴったりと座ったまま、ほとんど口を動かさなかった。
「どうですか？気分は・・・」
やがてグエンが発した、短い問いかけにナターシャは少し微笑んだ。
「少し、動けるようにしますか？」
「・・・・・・」
次にグエンが発した短い問いかけに、今度は首をゆっくりと横に振った。
「何か飲むものを買ってきますよ。トマトジュースでいいですか？」
「・・・・・・」
「すぐに戻ります。」
ナターシャが静かにうなずくのを見ると、グエンは小走りで近所にあったコンビニまで走って行った。
「・・・・・・」
ベンチに座ったまま、ナターシャは空を見た。そして青い空と、そこを自由に飛び回る鳥達の姿を
見る。
「いいなあ・・・」
誰に聞かせるでもない言葉をナターシャはつぶやいた。だがやがて、雲ひとつない天気だった筈な
のに、ナターシャの前に日陰ができる。
「・・・・・・？」
ナターシャは視線をずらして日陰がさしてくる方を見た。するとそこには、一人の老人が立っていた。
「あ、ああ・・・」
「お嬢さん・・・気分がすぐれぬようだが・・・」
「あなたは・・・」
「・・・？」
「あなたは敵・・・ニーヤを・・・支部の人をたくさん傷つけた敵・・・」
「・・・・・・！！！」
最初は少し心配そうな目でナターシャを見ていた老人だったが、彼女のその一言で目の色が変わ
った。
「貴様・・・教団の者か！」
「・・・・・・」
「そうか・・・ならば事情は違ってくる・・・よくよく見れば、普通の人間とは異なるその空気・・・少し話
に付き合って・・・！！」
そう言いかけた老人の背後をクロスボウの短い矢が襲う。老人はそれを右手で握り止めると、硬化
アルミでできた矢をクシャと折り曲げて捨てた。
「彼女に触るな・・・」
ボウガンを構えそう言ったのはグエンだった。老人はグエンを一瞥し、侮蔑の笑いを浮かべる。
「よしておけ・・・貴様では私に勝てんよ。」
「やってみなければ分からん！」
言うやグエンはボウガンの矢をさらに数本、立て続けに放った。連射がきくように改造されているら
しい。だが老人はその矢を軽々と打ち落とす。
「行くぞ・・・」
そう言うと老人は、一気にグエンとの間合いを詰めた。グエンはそれに対抗しさらに矢を放つが、老
人は接近の速度を落とすことなく、間合いを詰めながらそれを捌く。やがて、装填されていた矢玉も
尽きた。
「貰った！」
「それは・・・どうかな！」
言うやグエンは目をつぶる。そしてボウガンの横にあった赤いボタンを押すと、強烈な閃光がボウ
ガンから発せられた。そして同時に、ボウガンに仕込まれていた刃が飛び出し、刀のようになる。
グエンはそれを持って、視界を奪われた老人に斬りかかる。だが老人はそれをもかわすと、グエン
の腹部に掌を押し当てた
「発頸だ。」
「ぐわっ・・・」
長身のグエンだったが、その身体は軽々と弾き飛ばされ、後ろにある木に叩きつけられた。立ち上
がろうとするが、足元がフラついてよく動けない。そこに老人が、視界の戻りを待ちながら、ゆっくり
と向かってきた。
「インパクトの瞬間、タイミングをずらしてダメージを抑えたな・・・今のボウガンと言い、通常の者で
ないことは分かっている・・・」
「・・・・・・」
「貴様は何者だ？知っていることを話してもらうぞ。」
「フン、誰が・・・！！」
そう言いかけたところでグエンの言葉が止まった。そして老人の後方に向かって「来るな！」と叫ぶ。
「・・・？来るな？何を・・・！」
そこで老人も、グエンが何に対して言っているのか分かった。ナターシャが立ち上がり、自分達の方
へ向かおうとしていたのである。
「健気だな。」
フラフラと立ち上がったナターシャの様子を見て老人は言った。だが次の瞬間、ナターシャの姿は老
人の視界から消えた。
「！！？？」
老人は周囲を見回す。そしてナターシャが一瞬で、自分の背後、グエンの正面に回りこんでいたこと
に気づいた。
「バカな・・・」
「ナターシャ・・・今、どうやって・・・」
グエンは言いながらポケットから何か、リモコンのような物を取り出した。そしてそこに表示されている
デジタルの数値を見て驚きの声をあげる。
「心拍数６０！？バカな・・・何も操作してないのに・・・」
「・・・グエン・・・貸して・・・」
声を荒げるグエンとは対照的なボソボソとした声でそう言うと、ナターシャはグエンからそのリモコンを
奪い取った。
「ナターシャ！いけない！！」
グエンはナターシャの手からリモコンを取り返そうと手を伸ばした。だがそれよりも先に、彼女はリモ
コンのスイッチを入る。デジタルで表示されている数値が、１００近くまで跳ね上がった。
「・・・・・・」
一瞬のうちに、これまで蒼白だったナターシャの顔色に血の気がさした。そして全身から、沸き立つ
ような気迫が立ち上る。
「貴様は！」
老人はナターシャに向かって拳を出した。しかしその一撃は彼女のフードをかすめるだけで、逆に彼
女が放った蹴りは深々と老人の身に食い込み、弾き飛ばす。
「この力・・・一体・・・！！！」
辛うじて踏みとどまった老人はナターシャの顔を見る。そしてフードの取れた彼女の顔を見て絶句し
た。背中の真ん中まで伸ばした髪の色は赤紫色で瞳の色もほぼ同色、年齢は十代後半に見える。
だがそんなことは問題ではなかった。彼が絶句したのは彼女の耳が、常人の三倍以上の長さを持
っていたからである。
「その耳・・・お前は、一体・・・」
「ナターシャ・エリス・インスプリック・・・深遠の探求者、Ｓ級が一人『ブラウニー』・・・」
老人の言葉に対し静かにそう答えると彼女は服の中から二つのクローを取り出し、両手に装着した。
「ブラウニー・・・Ｓ級・・・面白い・・・」
服についた埃を叩き落とすと、老人は静かにそう言った。そして両者は再びぶつかり合う。
ブラウニーのクローが老人の頚動脈を狙った。だが彼はその一撃をブロックして止める。ブラウニー
はそこからさらに数発、左右のクローで老人を切り裂きにかかる。彼はそれをも四発・五発と防いだ。
「甘い！」
老人はブラウニーの腹部めがけ蹴りを突き出した。だがブラウニーは身を逸らせてかわす。しかし
老人はそんな彼女めがけ、追撃の正拳突きを顔面めがけ放った。
「遅い・・・」
ブラウニーは身を翻し、それをもかわす。そしてかわしがてら右手のクローを、アッパーカット気味に
放つ。その一撃は、相手の左腕を深く傷つけていた。
「ぬぅっ！」
左腕を切り裂かれながらも、老人は右の腕で発頸を放った。掌がブラウニーの腹部に深く食い込ん
での一撃、ブラウニーもまた、これまで彼の発頸を喰らってきた相手と同じように弾き飛ばされる。
「ナターシャ！」
それを見たグエンが叫ぶ。だが彼がその声を発し終わるよりも先にブラウニーは空中で一回転し、
音もなくフワと着地する。そしてそのまま再び、相手に目がけて斬りかかっていた。
（ダメージが無いのか！？）
ダメージを全く感じさせない相手の動きに老人は驚愕した。しかしブラウニーはそんな、驚愕の時間
さえも老人に与えない。
「私はあなたを倒す・・・グエンのために・・・」
「ほざくなっ！」
再び接近してのブラウニーの攻撃を老人は、吐き捨てるようにそう言って受け止める。そして再び
高速の攻防戦が始まるのだが、止まらない左腕の出血が彼の動きから次第にキレを失わせてい
った。致命の一撃は辛うじて避けるが、全身にもう十箇所以上、深い傷を負っている。この状態で
まだ戦えることの方が、グエンにとっては驚きだった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「・・・あれだけの傷で何故・・・」
「潜ってきた修羅場の数が違う・・・」
血まみれの顔をニヤリと歪ませながらそう言うと、老人の掌が怪しく光った。
「二度と使うまいと思っていた忌まわしき技・・・冥土への手土産がわりに見せてやる・・・来い・・・」
「・・・・・・」
そう言う老人に対し、ブラウニーはもう一度斬りかかった。そして彼女のクローは老人の心臓近くに
深々と突き刺さる。だがクローは、老人に刺さったまま抜けなくなった。
「かかったな・・・」
クローを抜こうとするブラウニーだったが、そんな彼女の腹部に、今度は老人の右手、五本の指が
深々と喰い込んだ。
「地獄を迎える、準備はできたか？俺もすぐに追ってやる・・・」
噛み締めるような口調でそう言うと、老人は深く食いませた五本の指から魔力を流し込み、ブラウ
ニーの身体を内部から破壊しにかかる。だが、どうにも感触が変だった。完璧なタイミングで入っ
ているのにも関わらず、魔力を流し込もうとした瞬間から指先の感覚がどんどん浅くなる。
「・・・・・・？」
老人は眼前のブラウニーを見た。その姿は半透明のようになっている。そしてその姿もまた、蒸発
したかのように彼の眼前から消えた。
「バカな・・・これは・・・」
「質量を維持した残像術『ディスラプト』・・・今は滅んだ、古代の技術・・・」
「！！」
周囲から聞こえてきたブラウニーの声に、老人は首を振った。するとそこには、さっきのように半
透明な姿をしたブラウニーがいた。しかも三人・・・四人・・・老人を取り囲むようにして包囲している。
そのうちの一人が動き、駆け抜け様に老人の大腿部を深く切り裂いた。
「ぐうっ・・・！」
老人は痛みで片膝をついた。そんな彼に対し、四人のブラウニーは冷たい瞳でクローを構え直す。
「これで終わりよ・・・オーキッドイリュージョン！！」
四方から襲い来るブラウニー、その高速の動きが老人をズタズタに切り裂いた。そして老人が倒れ、
ブラウニーが技を解除したところで、グエンもリモコンを手にし、スイッチを切った。
「ナターシャ、人が来たようです・・・今はこの場を離れましょう。」
グエンは新しいフードをナターシャの頭にかぶせるとそう言い、足早にその場から離脱した。
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「ふう・・・」
河川敷でのアーサーとユエリの特訓、一時間ほどの組み稽古をした後、二人は小休止に入った。
水筒のスポーツドリンクを飲み、昂った神経を落ち着ける。
「やっぱり速いな、ユエリは。こっちの攻撃が全然当たらない。」
「そりゃあ、ね。」
自慢げな顔でユエリは言った。
「あれからもう二週間経つのに、ユエリ相手にマトモな一本、取れてないし・・・」
「こっちも、譲るつもりは無いから。」
「言うね・・・」
ユエリの言葉にアーサーは苦笑する。と、そこで彼はユエリが彼女自身の腕をじっと見つめている
ことに気づいた。
「どうかした？」
「ん？いや・・・硬くなったなって思って。私の腕・・・それにちょっと、太くも・・・」
「・・・・・・」
ユエリにそう言われ、アーサーは自分の腕を見た。たしかに自分の腕も太く、そして硬くなってきて
いる。遠目からはまだ分からないが、近くで比べたら一目瞭然なくらい違ってきていた。こんな生活
をもう二週間も続けたらきっと、誰の目にも分かるくらいの違いが出てくるだろう。
「やっぱり気になる？」
「そうね・・・」
ため息まじりの、諦めが入った声でユエリは言った。そんなユエリをアーサーは（そりゃ気になるか
・・・女の子だもんな）と思い見る。
「だったらやめとくか？後のことは僕に任せて。」
「冗談。」
アーサーの言葉にユエリは苦笑する。
「あの人との戦いは私の戦い、そう決めてるから。それに・・・」
「それに？」
「私がやめたら、誰があなたの特訓に付き合うのよ。」
「・・・確かにね。まあ、それはお互い様だと思うけど。」
「・・・違いないわね。」
二人はそう言って笑い合った。だがそんな二人が再び稽古を始めようと立ち上がったとき、ユエリ
は「あれ？」という顔をする。
「どうした？ユエリ？」
「あれ・・・河川敷の上にいるのって・・・」
「あ・・・・・・」
二人は一緒に河川敷を駆け上がる。と、そこには例の老人がいた。服は前よりもボロボロで、皮
肉な笑いを浮かべて二人を見ている。
「どうした？」
表情を変えずに老人は言った。
「どうした、って・・・それはこっちのセリフの筈だけど？約束は３０日、まだ半分も経ってない。」
「ああ、そうだな・・・」
「だったら、どういうつもりよ・・・」
「様子を見に来ただけだ。嘴の黄色いヒヨッ子二人、少しは進歩したものかとな。さあ、稽古を続け
るがいい・・・約束の日までの時間は長いようで短い・・・」
「あ、はい・・・」
老人の言葉に、二人は素直に頷いた。
「見ていなさいよね・・・あと二週間強、私は必ず、あなたを超える・・・！」
「そうか・・・」
「僕もです・・・二人とも、あなたを超える・・・あとは、どっちが先に超えるか、それだけです。」
「そうか・・・」
老人はそう言うと、これまでの皮肉な笑顔を、少し和らげた。
「ともに、歩むか・・・それもまた、良・・・」
だがそう言いかけたところで、老人の口から血が流れ出す。そして彼は、大量の吐血とともに前の
めりに倒れこんだ。
「！！」
アーサーは慌てて老人の身体を受け止めた。見ると、身体の中も無数の傷がある。ここまで意識が
あったのが、不思議なくらいだった。
「ユエリ！」
「ええ！」
そして二人は手分けをし、老人への応急処置と、病院への連絡を行った。
・
・
・
そして約一時間後、ティリア市内の病院・・・
・
・
・
「先生、どうなんですか？患者の容態は・・・」
「助かりますよね・・・？」
集中治療室から出てきた医師に、病室の外で待ち構えていた二人は聞いた。
「信じられん体力だ・・・見たところ７０をとうに過ぎているのに、あれだけの傷と出血で、まだ持ち
こたえている・・・だが・・・」
「だが・・・？」
医師がつけた言葉に、二人の心臓はドキンと動いた。
「あの患者は、血液を失いすぎている。」
「そ、それじゃあすぐに輸血を・・・」
「・・・・・・」
アーサーの言葉に対し、医師は首を横に振った。
「患者の血液型はＲＨマイナスのＢ型、千人に一人しかいない型だ。そしてこの病院に、その血液
はストックしていない・・・」
「・・・・・・！」
「今、ネオカミニートの中央病院からは在庫があるとの返事を貰ったが、ネオカミニートからここま
では、どう急いでも１２時間はかかる。そこまで、患者が持ちこたえてくれるか・・・正直、否定的
にならざるを得ない・・・」
「そんな・・・！」
アーサーの顔に深い絶望が走った。頭の中が真っ白になりそうになる。そしてそのまま頭を動かし
ユエリの方を見ようとする。と、ユエリはアーサーよりも必死な、半狂乱とも言える形相で医師の肩
を掴んでいた。
「使ってください！」
「・・・・・・？」
「私、その血液型なんです！ＲＨマイナスのＢ！！使ってください！私の血を！！」
「・・・・・・それは、本当か？」
「はい！」
「分かった・・・君、すぐに輸血、そして血液型検査の準備を！！」
医師は興奮した様子で、隣にいた看護婦にそう言った。
・
・
・
そしてそれからさらに二時間後・・・
・
・
・
「う・・・」
ユエリは病院の一室で目を覚ました。隣ではアーサーが、病室に置いてあった文庫本を片手に座
っている。
「起きたか・・・気分はどう？」
「アーサー・・・」
ユエリは起き上がろうとするが、急に眩暈がして起き上がれなかった。
「身体の血、四分の一近く抜いたんだ。無理に動こうとしない方がいい。」
「そう・・・って、あの人は！？」
「まだ意識は戻ってないけど、命の危険は過ぎたって先生が言ってた。ユエリのおかげで。」
文庫本をパタンと閉じて手元に置くと、アーサーはニコと微笑んだ。
「しかし、すごい偶然だよな。ユエリとあの人の血液型が同じだなんて。」
「・・・本当に、偶然だと思う？」
「・・・・・・いや。」
ユエリの質問に対し、アーサーは視線を逸らし、うつむきがちにそう言った。
「千人に一人の血液型・・・この血液型は母方の遺伝・・・それにあの人、私のロッドを見て、自分が
作ったって、そう言ってたわ・・・」
「そうなんだ・・・」
「前からそうじゃないかって思ってたけど、これで確信したわ・・・あの人は・・・」
「あの人は・・・？」
「・・・あの人は私のお爺ちゃん・・・ママのパパ・・・ディルナ・ロックフィールド・・・」
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