「キミさあ、さっきボクのこと、弱いって思っただろお？運動神経なんてゼロだってさあ」
「違うとでも？」
「違わないよお、実際これがスポーツテストだったらボクに勝ち目はないだろうねえ。けど、
だけどねえ・・・ボクはエスパーなんだよ」
「エスパー？」
相手の言葉にシェリーは呆気に取られた。
「するってえと何？スプーン曲げたりテレパシーで遠くの相手と話したり、挙句の果てには素
手で電話帳裂いたり舌で扇風機止めたりでもするの？」
「・・・後半は超能力関係なくない？」
「あらそう？一応エスパー自称してたんだけど、テレビでそれやってる芸人」
「ふうん、ま、そんなのどうでもいいや。それじゃあ、そろそろボクからも行かせてもらおうか
なあ。島にいる、他の連中が来る前に」
（・・・マジックバリア・・・名前からすれば防御だけの技・・・なら、攻撃するときには隙が出る
筈・・・そこを突く！）
シェリーは全身をピン、と緊張させた。相手の一挙手一投足、そのすべてを捉えようとする。
しかしそんなシェリーに向かってきたのは大きく振りかぶったダブルフェイスの、軌道が丸分
かりな顔面狙いのテレホン・パンチ（予備動作が大きく、事前にコースをしらせているかのよ
うなパンチ）だった。シェリーは少し拍子抜けしながらも定石通りにそれにあわせ、いわゆる
『後の先』を取る形でカウンターの一撃を叩き込もうとする。だが途中までは目をつぶっても
かわせるように思えたそのパンチが、次の瞬間シェリーのみぞおちを打ち抜いていた。
「うぐっ・・・」
予期せぬ一撃にシェリーの足が落ちかけた。
「おやおや、情けねえなあ、あんなトロいのがかわせねえのかい？」
「ウソ・・・今の・・・なに・・・？」
「だから言ってんだろ？オメエは俺に勝てねえってよ。んじゃ次いくぜ？」
ダブルフェイスは、今度は蹴り技の構えをした。それに対しシェリーは足を使って立ち回る。
下手なプロボクサー顔負けのフットワーク、しかしそれを使っても、ダブルフェイスの緩慢な
攻撃を防ぐことができない。ダブルフェイスに太股を強く蹴り飛ばされ、さっきよりも大きく膝
が落ちそうになる。シェリーはそれを必死で食い止め、踏みとどまった。
「素人の攻撃でも、まるきり防御してないところに直撃しちゃあ、けっこう効くだろ？ま、仕方
ねえわな、これがボクの実力だしい」
（ちょっとマズイわね・・・どんな手を使ってるのか分からないけど、これじゃジリ貧・・・こうなっ
たら・・・）
「逃げるかい？」
「ええ」
自分の行動を完全に見透かした相手の言葉にシェリーは悪びれることなく頷いた。
「逃げ足ってのはさすがにスポーツだしね！」
言うが早いかシェリーは足元の砂を蹴り上げ、ダブルフェイスの視界を奪いながら大きく後
ろに飛びのこうとする。だが一秒以上後ろに跳躍したシェリーが踏んでいたのは、さっきと
１ミリもずれていない地面だった。
「シェリー・ハランツ・・・アンタ、テレビゲームはやるかい？」
一瞬愕然としたシェリーにダブルフェイスはそう聞いてきた。その一言で我に返るとシェリー
は軽く息を吸い、吐く。そしてやや不機嫌そうな声で「マニアって呼ばれるくらいには」と言い
返した。
「ほう・・・ロープレの類は？」
「格ゲーの次にやるわね。ファンタシリーズとか」
「あっそう。じゃあ、俺が言いたいこと分かるなあ？」
「全然？」
「なら教えてやるよ・・・ボスキャラ戦ってのは、逃げられねえと相場が決まってるんだ」
「・・・・・・」
「ましてやこれは敗北確定のイベント戦闘、もっともゲームと違うのは、シェリー・ハランツの
旅は、ここでジ・エンドって所だけどねえ。クク・・・悲しいねえ、辛いねえ、これから自分が
どうなるのか、一度想像しだすと悪いほうへ悪いほうへと考えちゃう」
「そうね・・・もし本当に、万策尽きてたらね！」
怒鳴るような声でそう言うと、シェリーは懐に手を入れ、黄金色に輝くアイナ・オハリオ教会の
シンボルマークを突き出した。
「！それは・・・」
「魔力よ・・・消え去れ！」
吸血鬼に十字架を突きつけるようにダブルフェイスにそれを突きつけ、シェリーは叫んだ。し
かしシンボルマークは何の反応も示さない。それを見て初めて、シェリーの顔が真っ青になっ
た。
「そんな・・・なんで・・・」
「ちょっと前の報告で、アンタがカオスブリンガーの砲撃を叩き返したって聞いたけど、タネは
それだったんだあ」
ニヤニヤと笑いながらそう言うと、ダブルフェイスはジリとシェリーに詰め寄った。シェリーは
歩み寄られたのと同じだけ、ジリと後退する。
「ま、仕方ないよねえ。アンタ、いかにも日曜学校とか行ってなさそうだもん。そんな不信心な
人間が、たまに神様おねがいって縋ったってねえ、ボクの大いなる加護は破れない」
「っ・・・」
「ちょっと、足音が近くなってきたかな？それじゃあそろそろ・・・」
「ゴーツ！助・・・」
だがシェリーがその言葉を言い終える前に、ダブルフェイスの鉄拳が何発もシェリーの腹部
を打ち抜く。
「これで、ジ・エンドだね」
その一言とともにシェリーの後頭部をゴンという鈍い痛みが襲う。そしてシェリーの意識は、
深い闇へと落ち込んでいった・・・
・
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「う・・・ん・・・ここは・・・！！！」
どれくらいの時間が経ってからか、意識が戻るとシェリーはガバと飛び起きた。周囲を見渡
すとそこはどこか、大きな書斎のような部屋、床には赤茶色の絨毯が敷き詰められ、それと
同じような色をした本棚には人間の心理、魔術、地政学などの書物がきちんと整理して並べ
られている。そして反対側の壁には逆に銃火器、剣、戦斧、槍、弓矢、クローなど、あらゆる
種類の武器が掛けられていた。
「この部屋・・・まさか・・・」
「お目覚めかあい？シェリー・ハランツ」
その声にシェリーはビクとしながらも部屋の中央奥を見た。小太りの男が革の椅子に深々と
腰を下ろし、木製の机の上に長くもない足を投げ出し、百科事典のように分厚い書物に目を
通している。右手で本のページをめくり、左手は机の上にある、サンドイッチの皿に手を伸ば
しているそれが誰なのか、確認するまでもなかった。
「ダブルフェイス・・・」
「そおう！覚えててくれた？嬉しいなあ、ボクの書斎へよ〜こそ」
目を本に向けたままダブルフェイスは言った。
「よ〜こそって・・・拉致ってきた人間の言うセリフじゃないわよね、とりあえず」
「フフ・・・そうだねえ、でも安心したよお、まだそんな減らず口が叩ける力が残ってて。一回
負けただけでへこたれちゃ、達成感ってモンがないからねえ。せめて２、３回は叩きのめ
してからじゃないと」
「・・・・・・」
「あ、かかってきたかったらいつでもいいよお。キミの身体には何もしてないし、そこの壁に
かけてある武器も、あとで弁償してくれればどれ使ったって構わないからさあ」
（どうする・・・）
ダブルフェイスは相変らず、視線をシェリーに向けようともしない。シェリーは再度、部屋の
中を見渡した。ずらりと並べられた武器以外にも、使えそうなものは山ほどある。だがここ
は相手のテリトリー、罠の可能性も同じくらいあった。しかしそんなことよりも問題なのは
マジックバリア、とにかくそれを何とかしないことには勝ち目はない。
（とにかく、あの技がどんな特性なのか、それをきっちり掴まないと・・・）
相手への一歩を踏み出せず、シェリーはそう考える。が、身動きをしないシェリーに対して、
ダブルフェイスは自分が座っている机の引き出しから、一丁の拳銃を取り出した。
「来ないのかなあ？だったらこっちから、軽くいかせてもらうよお」
そしてダブルフェイスは銃口をシェリーに向け、引き金を引いた。だが両者の距離は１０ｍ
以上ある。その距離なら、シェリーにとって銃弾を避けるのは難しいことではなかった。敵の
指の動き、銃口の動きにあわせて身を翻す、パンという乾いた音が室内に鳴り響き、シェリ
ーの後ろにある高そうな花瓶が粉々になった。
「やるじゃあん」
拳銃片手にダブルフェイスは言った。別に驚いている様子は見えない。
「ダテにアンチェインを名乗っちゃいないってことだねえ、それじゃあ、こいつはどうかな？」
言いながらダブルフェイスは拳銃を自分のこめかみに押し当てた。
「え？」
「ハハハ、驚いてる驚いてる。そりゃそうだ、この状況、ハタから見たらどう見ても自殺だも
んね。じゃあ、もっと驚いてもらおうかな？」
シェリーの表情にダブルフェイスは心底満足そうな顔をする。そして彼は、笑いながら自ら
のこめかみに押し当てた拳銃の引き金を引いた。
パァン！
さっきと同じ乾いた音がして、ダブルフェイスは椅子から転がり落ちた。そして部屋はシー
ンと静まり返る。
「な・・・何が・・・」
シェリーは茫然とした。てっきり銃弾はバリアに遮られ、あさっての方向にでも飛んでいくの
かと思ったが、そうでないらしくダブルフェイスは椅子から転がり落ちている。ただし机の裏
側へと落ちたので、シェリーの方から姿は見えない。
（もしかしてどこかへ消えた・・・？）
シェリーはジリ・ジリとにじり足で武器が立てかけてある壁へと向かい、一本の短剣を手に
取った。そしてそれをダブルフェイスの死体が転がっていると思われる場所の上にある防
火用のスプリンクラーに投げつける。ダガーは狙い通りに当たり、スプリンクラーから水が
噴き出した。
（音は？）
シェリーは耳を澄まし、水が地面に当たるその音に聞き入った。ダブルフェイスが倒れて
いると思われる場所だけ、明らかに音が違う。
（もしかして本当に・・・？）
シェリーは音速脚で飛ぶように移動した。慎重に歩いていったらかえって敵に付け込まれ
る、そう思ったからだった。机の上に着地したシェリーはゴクリと唾を飲み込んで下を見る。
するとそこにあったのは、こめかみを打ち抜かれ絶命している、自分が見たこともない人
間の死体だった。
「え・・・」
「驚いたかあい？こいつはこの前とっ捕まえた、教団の裏切り者さあ」
「！！」
真後ろからした声にシェリーは振り返り、裏拳を放つ。だがそれは相手の体をわざと避け
たかのように空振り、逆に声の主が放った拳が、シェリーに深々とめり込んでいた。
「ダブル・・・フェイス・・・」
「言っただろお？ボクはエスパーだってさあ。あ、もちろん、キミが期待してたようなマネも
ちゃんと出来るよ？」
言いながらダブルフェイスは再び自分のこめかみに銃口を押し当て引き金を引いた。乾
いた音とともに弾き出された銃弾はしかし、大きく跳弾し、天井にめりこんだ。
（こいつ・・・本当のバケモノ・・・？）
「だからあ、バケモノじゃなくてエスパーだって。アンダスタン？」
「・・・・・・」
「おやあ？足元が震えてるよお？ちょっとお嬢さんには、刺激が強すぎたかなあ？」
「っ・・・・・・」
ダブルフェイスがゆっくりとシェリーに向けて手を伸ばす。シェリーはそれから逃れようと
飛び退くが、やはり前回同様、少しも後ろに動けていなかった。
「だから言っただろお？ボスキャラからは逃げられないってさあ」
「・・・・・・」
「あらあら、すっかり口数が少なくなっちゃって。足も、さっきより震えちゃってるし」
「う・・・うるさい！黙れ！！」
精一杯の力でそう叫び、シェリーはその場でオーバーヘッドキックを放った。だが、もち
ろん当たらない。ダブルフェイスは両手をポケットに入れると、ニヤリと笑って机の上か
ら飛び降りた。
「マジックバリア、解除」
「・・・？」
「聞こえなかったかシェリー・ハランツ？マジックバリアを解除するって言ったんだ」
表情を変え、口調を変え、しかしシェリーのことをバカにした様子だけは微塵も変えず
ダブルフェイスは言った。
「どうやらもう、ビビっちまって話になんねえみてえだからな。最後に一回、チャンスくれ
てやるよ。キサマの持ってる最高の一撃、叩き込んでみるがいいさ」
「・・・・・・」
ダブルフェイスの言葉に対し、シェリーは動くことができなかった。こんな相手の言葉が
信用できるはずがない。だがもう、チャンスらしいチャンスは今しか残されていない。そ
してそれが外れたら・・・色々なことが頭をめぐる。
「さっき俺が言った通りだな？これから自分がどうなるのか、一度想像しだすと悪いほう
へ悪いほうへと考え出して止まらねえ。ま、来たくねえてんならいいぜ？それならこっち
が動いて、速攻終わらせるだけだからな」
言いながらダブルフェイスは左手はポケットに突っ込んだままゆっくりと右手を上げ、掌
をシェリーの方へと向けた。
「喰らいな・・・ダブルフェイス最大の攻撃技、ディストーション！」
「！！・・・・・・・っ・・・ああ・・・っ・・・！」
これまで受けたことのない苦痛がシェリーを襲った。全身を内部からかき回されるかの
ような、そのうえ外部からもグチャグチャに歪められるかのような感覚。体中がミシミシ
と音を立て、手足の一部から血が噴き出す。しかも倒れることもできない。
「や・・・やめ・・・」
「フン」
シェリーの言葉でダブルフェイスは一度、技を解除した。そして人差し指一本でゼーゼー
と息の荒いシェリーを手招きする。
「来いよ、シェリー・ハランツ」
「・・・・・・」
シェリーは無言で机の上から飛び降りた。足を開き、腰を落とす。腕を引き、息を吸い、
全身の力を整える。
「武神っ！」
その一言で、シェリーは最後の勇気と一緒に、残った力を全部解放した。実戦で使うの
は二度目の『武神の咆哮』、ゴーツとの勝負で使ったときから多少は研究も重ねている。
しかも今度は、前みたいに意図的に的を外すような真似はしない。自分が出せる最高
の威力とタイミングで、敵の肋骨の上から心臓を狙い、打ち抜いた。
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「効かねえなあ」
しばらく沈黙の時間が流れたあと、ダブルフェイスが最初に言ったのがその言葉だった。
「せっかくバリア解除してやったってのによお、バカなオマエにも分かるだろ？今の一撃、
きちんと肉撃ったってのが」
「・・・・・・」
「終わりだな、シェリー・ハランツ。・・・ディストーション！」
さっきのが悪ふざけだったと思えるような、うめき声すらあげられない苦痛がシェリーを
襲う。その痛みが途切れると同時に、シェリーの意識もプツリと切れた。
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「う・・・」
「お目覚めかあい？シェリー・ハランツ」
「ひっ！」
朦朧とした意識の中で呼びかけられたその声に、シェリーは飛び起きた。両腕で自分の
体を抱え、うずくまって震える。
「おやおやあ？ずいぶん元気ないじゃなあい、せっかく第三ラウンドやろうと思ったのに」
「や・・・お願い・・・もう・・・」
瞳に涙を浮かべ、シェリーは懇願した。だがダブルフェイスは、そんなシェリーの顔を見て、
ものすごく嬉しそうに首を横に振る。
「ダメダメ、こっから先は、このボクに選択権があるんだからさ」
そう言ってダブルフェイスはうずくまるシェリーを足蹴にした。今度は何の変哲もない蹴り
だったが、シェリーにかわすことはできない。
「もう・・・やめて・・・」
「だぁからあ・・・ダメだって言ってんだろ！」
シェリーを怒鳴りつけ、ダブルフェイスはまた、彼女のことを足蹴にした。何度も踏みつけ、
何度も蹴り飛ばす。そうして間もなく、シェリーは今日三回目の意識を失った。
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「う・・・」
どれくらい時間が経っただろうか、シェリーは三度意識を取り戻した。今回、シェリーは寒
くて薄暗い、すえた臭いの立ち込める石造りの狭い部屋にいた。目の前には窓枠に鉄格
子がはめられた、分厚い鉄の扉がつけられている。
「私は・・・」
無意識にシェリーは身を動かそうとした。と、そこでシェリーはチャリという音が手元でする
ことに気づく。腕には、頼りないくらいに細い鎖の手錠がつけられていた。
「これ・・・ダブルフェイスが・・・！！！」
瞬間、脳裏をさっきまでの出来事がフラッシュバックする。シェリーはガタと飛び退き、そし
て壁に貼ってある、赤い文字で書かれた一枚の張り紙に気がついた。
その鎖を切ったら殺す
〜ダブルフェイス〜
ちょっとしたことで切れてしまいそうな手錠の鎖が、彼女の中で急にどんな太い鎖よりも重
く、ニトログリセリンのように怖くなった。ダブルフェイスの顔が、彼から受けた痛みとともに
シェリーの全身を駆け巡る。
「いや・・・助けて・・・誰か・・・」
独房の隅でうずくまり、絶望的な気持ちでそう言うことが、今のシェリーにできる精一杯だった。
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