〜始まりの終わりとなる日々に〜

「くそっ…」
ゴーツは顔をしかめ、カードを握り潰した。そんな彼の様子に、仲間達が何事かと群が
ってくる。ゴーツはそんな彼らに、皺くちゃになったカードをゴミでも捨てるかのように投
げ渡した。彼らはカードを広げ、書かれたものを見る。そして彼らもまた、ゴーツと同じ
ような顔をし、ゴーツ以上に全身をワナワナと震わせた。
「ダブルフェイスって、Ｓ級の一人だよな…？」
「ああ、表じゃ広報や渉外のトップ、裏では資金洗浄や詐欺的事業にも手を染めている、
　教団きっての腐れ外道…」
「襲撃に、気づかなかったってことか…」
「まだ警備システムも復旧しきってないしな…それにしても…」
カードを見た他のメンバーはやがてざわざわと騒ぎ出した。そして彼らの視線は、自然
とゴーツ一人へと集中する。
「ゴーツさん、あのシェリーって子、やっぱり…」
「ああ、ここでダブルフェイスに出くわした。そして一方的にやられて連れてかれた、そう
　考えて間違いねえだろうな」
「一方的って…なんでそんなこと分かるんですか？」
「足跡だ」
いぶかる彼らにそう言うと、ゴーツはそこから少し離れた砂浜へと歩く。そして足元に残
された、無数の足跡を指差した。
「たぶんこのへんで、シェリーとヤツは戦ったんだろう。あいつ（シェリー）っぽい足跡が集
　中してるからな。だが、シェリーの足跡があちこちに散らばってるのに比べて、もう一種
　類の足跡は極端に数が少ない。悠然と構えてるダブルフェイスに何度も挑んで、挙句
　手も足も出なかった、そんなところだろう」
「…なるほど」
ゴーツの説明に他のレネゲイツは異口同音にそう言って納得した。と同時に、彼らはま
た、ざわざわと騒ぎ出す。
「ダブルフェイスは戦闘力については大したことないって話だったが…違うのか？」
「情報が違っていたのか、それとも…」
「それとも？」
「ゴーツさんと互角に戦ったあの子が手も足も出ないレベルでも、Ｓ級の中じゃ下の方
　だ、とか…」
「そんな…じゃどうするんだよ！？だとしたらブラウニーやバード、それにＳ級じゃない
　けどシーレンなんて論外にも程があるぜ！？」
彼らは勝手に騒ぎ、勝手に悪い方向へ想像を膨らませ、勝手に落ち込みだした。やが
て彼らの視線は、今度はすがるような目つきで、再びゴーツ一人に集まりだす。だがゴ
ーツは、そんな彼らに背を向けたまま、スタスタと屋敷の方へと歩き、入り、扉を閉じた。
「ゴーツさん！」
取り残されたメンバーはしばらく茫然としていたが、やがて彼らの一人がドアに飛びつ
いた。肌は浅黒く背は小柄、野球帽を逆向きにかぶり年齢は１６、７くらい、メンバーの
中でも若そうな少年である。
「くそ…誰か、合鍵持ってないか！？」
ドアノブを数回ガチャガチャやってから少年は他のメンバーに向かい、頼み込むような
口調で言った。それに応え、細身で背の高い、温厚そうな青年がポケットの中を探り、
合鍵を見つける。そしてそれを浅黒い少年に手渡そうとしたところで、今度は大柄で肉
付きの良い、金髪でツンツンした髪の青年がそれを止めた。
「渡すなよ、ジョリス」
「ネイサン…」
「ケニーもだ、みんなちょっと放っておいてやろうぜ」
「なんで…」
金髪の青年、ネイサンにそう言われ、ケニーとジョリスは不服そうな顔で相手のことを
見た。他のメンバーも、大なり小なり、その二人と同じような目をしている。ネイサンは
ため息をつくと、彼ら全員の方を向いた。
「ゴーツさんだって、一人になりたい時くらいあんだろ」
「そりゃそうだろうけどさ…でも困るだろ、この非常時にリーダーがそんなことじゃ」
「まあな、けど程度ってモンがあるわな。恋人が拉致られたんだ、とても冷静に指示出
　せる状態じゃあ…」
屋敷に背を向け、他のメンバーの方を見て、ネイサンはそう語りかけた。けれど彼が
そのセリフを言い終わらないうちに、屋敷の扉がバンという破裂音にも似た音とともに
開き、中からゴーツが弾丸のような勢いで飛び出してくる。
「ネイサンっ！！！」
ゴーツが絶叫にも似た声とともに彼の背後に迫るまで、時間にして約一秒、誰一人と
してマトモに反応できない。
「ひっ！？」
顔を引きつらせながらネイサンはゴーツの方を向こうとした。だがそれよりも早くゴーツ
はネイサンの後頭部をはたき、彼の唇を浜風で適度に湿った地面に、めり込むような
キスをさせる。
「だぁ〜れが誰の恋人だって？ん？ネイサン」
「痛っててててて…ってゴーツ！何なんだよいきなり！」
「そりゃこっちのセリフだ、何を勝手に、ワケの分からん舞台設定作り上げてるっ！」
地面から顔をひきはがすとネイサンは顔についた泥を払い、後頭部をさする。そんな
彼に対するゴーツの表情と口調は、心底あきれきったものだった。すると今度はケニ
ーが、びっくりした顔でゴーツの前にやってくる。
「だ、だって…付き合ってたんじゃないのかよ！？」
「付き合う？俺が？シェリー・ハランツと？」
ケニーの言葉にゴーツはこの上なく驚いた顔をし、ゆっくりと自分で自分を指差す。そ
してその手でそのまま自分の顔をつかむとコメカミのあたりを押さえ、天を仰ぎ、ケラ
ケラと笑い出した。
「冗談だろ？お前らもしかして、みんなそんな風に思ってたのか？」
「うん…みんなゴーツが、あの子と付き合ってるんだとばかり…」
「『付き合い』じゃなくて『ド突き合い』はしたけどな。ま、それ以外じゃあ手もつないじゃ
　いねえよ。提携を約束した時っていう、きわめて社交辞令的なの以外はな」
ジョリスの問いかけにそう答えると、ゴーツはまた笑い出した。彼が仲間の前で笑う
こと、それ自体は珍しくない、だが今の彼みたいな自虐的な笑い声というのは他の
メンバーにとって初めてのことだった。そんなゴーツにどう声をかけるべきなのか、誰
も自信を持った答えを出すことができない。そんな時間が数分ほど流れてからやっと、
ゴーツは笑うのをやめて皆の方を向いた。
「お前ら、俺がこれからどう動くのかを知りたがってるみたいだが…」
ゴーツの口から出た言葉に、レネゲイツの全員が彼の方を向きなおした。ゴクリと唾
を呑み、ゴーツの言葉を見守る。だがそんな彼らの前でゴーツが口にしたのは、
「何もしねえよ」
の一言だった。
「どういう意味ですゴーツさん！」
「見捨てるんですか？あの子のこと！」
「そうだ」
抑揚のない声でゴーツは言った。
「あいつは、レネゲイツのメンバーじゃない。あくまで、外部協力者だ。向こうも限定的
　な協力しかしないから、こっちも限定的な協力しかしない、ギブ・アンド・テイク、最初
　からそういう約束で、お互い動いてる」
「でも…」
「そんな人間を助けるために、お前らを危険に晒すことはできねーよ。第一、シェリー
　がどこにいるのか分からねえし、そもそも生きてるのかさえも掴めていない。さ、今日
　はもう解散だ。お前らもたまには、彼女か身内の所にでも行ってやれ」
口元に薄笑いを浮かべながら淡々と、それでいて異論を挟ませないペースでそう言う
と、ゴーツは再び家の中へと戻っていった。後ろで仲間達が色々と声をかけたが、その
言葉のどれにも、ゴーツは振り返らなかった。

「…………」
「…………」
「…………」
残されたレネゲイツはみな、その場で力なく腰を下ろした。誰も、何も言うことができ
ない。彼らはしばらく、ゴーツが出てくるのを待った。しかし出てこない。ドアの向こう
に彼が立っている気配も、まるで無かった。
「…なあ、みんな…」
うつむいたまま膝を抱え、誰とも視線をあわさずケニーが言った。つぶやくような声
だったが、皆が彼の方を向いた。
「ゴーツさんの言ってたこと、どこまでホントだったと思う？」
「さあなあ…けどよ」
またしばらく沈黙した後、そう言い出したのはネイサンだった。ネイサンは両手を地
面につき、青空を見上げながら語り続ける。
「男と女の話はともかく、今回の件に俺達をそれに巻き込みたくないってのは、本当
　だろうな」
「だよね…」
ネイサンの言葉に、ジョリスがそう言って相槌を打った。片膝を立て、地面を歩く蟻を
見ながら、彼は口を開く。
「僕ら、一度はそんな人を見放してたんだよね…カークス副長の策に乗って」
「…………」
「…………」
「…………」
ジョリスの言葉に、彼らはまた黙り込んだ。

その頃ゴーツは屋敷の中で湯を沸かしていた。しかし喉が渇いたのでなければ、空
腹なわけでもない。特に意味もなく電気ポットの水を捨て、新しい水をいれ、コンセン
トをつなぎスイッチを入れる。何ら目的があっての行動ではなかったので、ゴーツは
湯が沸くのを待たずに部屋へと戻り、ベッドにドサと身を投げ出す。そしてゴロリと腕
枕を組んで目を閉じると彼は眠りに落ち、夢を見た。

・
・
・
「師匠！師匠〜！！！」
まだあどけなさの残る赤髪の少年が、木剣を片手に森の中から飛び出してきた。もう
片方の手には、意識を失った山鳥が一羽、握られている。少年は人懐っこい子犬の
ような目をしながら、切り株に腰を下ろしている中年男性のもとへ息も切らさず駆けつ
けた。
「今日の夕飯、取ってきました！」
「…見せてみろ」
少年に『師匠』と呼ばれた男は少年の獲物を受け取ると、その全身を指で撫でた。そ
して口元を少しだけ微笑ませ、少年の頭にポンと手を置く。
「腕を上げたな」
「は…はいっ！ありがとうございますっ！」
師匠の言葉に少年は嬉しそうに、元気一杯の声で答えた。そんな少年の前で、師匠
は腰を上げる。
「今日の稽古はここまでだ、帰るぞ」
「もうですか？いつもよりだいぶ早いですけど…」
不思議そうな顔で師匠の顔を見つめ、少年は言った。師匠はそんな彼に対し、師匠は
一つ問いを出した。
「今日が何の日か忘れたか？」
「え？えっと…」
どうやら皆目分からないらしい。師匠の言葉に少年は本気で悩み、考え込んだ。そん
な少年に対し、師匠は呆れ顔で笑う。
「自分の生まれた日くらい覚えておけ」
「あ…」
師匠の言葉に少年は恥ずかしさで顔を赤くした。
「行くぞ、お前の兄貴とメイが、メインディッシュと主賓が来るのを心待ちにしている」
「兄さんと…メイさんが…」
師匠のその言葉に少年はびっくりした顔をし、それからもう一度、満面の笑みで頷いた。
そして山鳥を手に、家への道を全力疾走で走り出す。
「コケるなよゴーツ」
夕日を背に駆ける愛弟子を見ながら、師匠はそうつぶやいた。
・
・
・

「…また、あの頃の夢か…」
眠たそうな目をこすり、ゴーツはイラついた声でそうつぶやいた。我ながらいつまで
引きずっているんだと、心の中で自分を責める。
それから彼は起き上がり、枕元にある置時計を見た。時間は二時間ほど経過して
いた。どうやら少し寝過ぎたらしく、日も暮れかけ、真っ赤な夕日が窓から差し込む。
そしてその夕日は、腹立たしいほどに夢で見た夕日とよく似ていた。
「嫌な夕日だな」
言いながらゴーツは、机の上にあるタバコに手を伸ばした。慣れた手つきで箱から
一本取り出し、口にくわえ、ライターを点火する。そしてライターの火をタバコに近づ
けたところで彼はふと思った。
「いつ以来だ？」
と…
ゴーツはタバコに火をつけず、点火したライターを手にしたまま考えた。毎日一箱
は吸っていたのが、思い返すとこの一週間ばかりは一本も吸っていない。
最後に吸ったのはいつだったか、ゴーツはもう少しじっくりと考え、そして思い出し
た。彼が最後にタバコを吸ったのは、シェリーと話をしたときだった。
あのとき、自分の吐き出す紫煙にシェリーは無意識のうちに顔を逸らした。
「タバコ、苦手なのか？」
シェリーの仕草を見てゴーツは聞いた。そしてそれに対するシェリーの答えは
「正直言ってね。家族、誰も吸わないし」
であった。その言葉を受けて火を消したタバコ、それが目下、最後の一本だった。
その言葉で禁煙しようと思ったということは全くない。だが気がつくと、あの瞬間を
境に、ずっとタバコから遠ざかっている。
（らしくないことしてるな）
考えをまとめると、ゴーツは思わず苦笑した。なんでそんな風にしてたのか、自分
にも分からない。分からないというのなら、そんなことを思いながら、結局タバコに
火をつけず、箱に戻している自分にもワケが分からなかった。そんな自分に、ゴー
ツはひとしきり笑った

（せめて外の空気でも吸うか）
笑いがおさまると、ゴーツはそう思い窓を開けた。が、その瞬間、窓の外から何
かが、ヒュンという風切り音とともに彼の顔目がけ一直線に飛来した。
「！！」
間一髪でゴーツは身を引き、飛来物をかわした。そしてすぐさま二撃目に備えるが、
どうやらそれは来そうに無い。彼は振り返り壁に突き刺さった飛来物を見た。それ
は一本の矢だったが、羽の所に何か紙がくくりつけられていた。
「矢文…？いつの時代だよ…いや、それより一体誰が？」
正体不明の相手から放たれた矢文、ゴーツはそれを壁から引き抜き、紙を解いた。
そして手紙を読み出すのだが、すぐに彼の手は震え出す。そこに書いてあったのは
シェリーの幽閉場所と、その見取り図だったからである。しかも最後にはご丁寧に、
彼一人で来るようにと指定されていた。
「こんなの…罠に決まっている！」
手を震えさせたまま、ゴーツは手紙を破き捨てようとした。だがほんの１ミリ、ピリと
破いたところで彼の腕は止まる。もしこれが本当だとしたらどうする、そんな気持ち
を、彼は心から拭い去ることができなかった。
「シェリー、お前は本当に、ここにいるのか？」
手にした紙に、ゴーツは静かに問いかけた。そして手紙をもう一度見直す。そこで
彼は、手紙の筆跡が間違いなく女性の物であることに気づいた。だがこんな手紙
を、こんな方法でよこしてきそうな相手は、ゴーツには思いつかない。
「ムカつくことだらけ、分からねえことだらけだな、今日って日は」
ため息ひとつついてそう言うと、ゴーツは拳をポンと叩いた。

「ゴーツさん！」
それから数分後、玄関から出てきたゴーツの姿を見て、レネゲイツの面々は異口
同音に叫んだ。
「お前ら…あれからずっと待ってたのか？」
「そりゃそうですって！まったく、のんびりしすぎですぜ！リーダー！」
「お前らもな」
笑顔でそう言う彼らに対し、ゴーツは微笑で応えた。だがすぐに顔を引き締め、彼
らの前に、矢文を突き出す。
「これはさっき、俺の部屋に矢文で撃ちこまれた物だ。シェリー・ハランツの居場所
　が記されている上に、ご丁寧にこの俺に、一人で来いと書いてある」
「ほ、本当に…？」
「ああ、もっとも差出人は書いてないし、本物だって保証もゼロだがな」
「けど、行くんでしょ！？」
「ああ」
完全に吹っ切れた表情でゴーツは頷いた。
「目的は知らんが、これは明らかに俺への挑戦だからな。部外者（シェリー）の救
　出はともかく、俺への挑戦とあっちゃ捨ておけねえ」
ジョリスとケニーの言葉にそう返すと、ゴーツは矢文を丸めてポケットに入れる。
そんな彼の言葉と様子にネイサンは
「無理しちゃって」
と言って笑うのだが、直後にまた、ゴーツの拳骨を脳天に喰らいうずくまっていた。
「シュフ、船の用意をしておいてくれ。三十分後に出る」
彼らのやり取りをずっと笑顔で見ていた。コロコロと太った団員にそう言うと、ゴー
ツは準備に取りかかった。

そして数時間後…

ゴーツは矢文に記された場所、深遠の探求者本部の麓へと来ていた。本部は高
級別荘地である第７区画にある。緑が多く、森に囲まれた閑静な邸宅群は、外部
との接触を絶つのにも非常に適していた。
すっかり暗くなった森の中を、ゴーツは一人歩いていた。服装は警備員を殴り倒
して奪い取った制服、ＩＤカードの類も財布ごと抜き取っている。ただし物盗りと思
われるのは自尊心が許さなかったらしく、お金だけは縛り上げた相手と一緒に、
物置の中へと放り込んでおいた。
警備員の帽子をやや深くかぶり、ゴーツは歩道を堂々と歩いていた。体格が良い
ので、警備員姿に違和感は全くない。たまに教団の下級構成員と思しき人間とす
れ違ったが、彼らもゴーツに会釈をして通り過ぎるか、全く気にせずに通り過ぎる
か、であった。
「そちらの状況は？」
携帯端末でジョリスが聞いてきた。それに対しゴーツは、現状とくに異常は起きて
いないと、いかにも警備員のような口調で告げる。
「こちらは平穏無事、静かなもんだ。何か起きたら連絡する」
そう言ってゴーツは通信を切った。もう本部屋敷のかなりそばまで来ている。この
状況で彼らから通信が入ってくるのは、藪蛇になりかねなかった。

それから程なく、ゴーツは本部の入り口前へと到着した。さすがにここの警備は厳
重で、固く閉ざされた鉄の門の前には、二人の門番が目を光らせている。どちらも
なかなかできそうで、絶対に負けないとは思うが声も立たせずに瞬殺することも難
しそうに思えた。
「でもまあ、手はいくらでもあるさ」
ニヤリと笑ってそう言うと、ゴーツは懐から何かを取り出そうとした。が、その瞬間
音もなく浮遊してきた細い糸が、彼の首を締めようとする。
（なんだ！？）
出しそうになる声を必死でこらえると、ゴーツは身を屈めそれをかわした。だがそ
の糸はまるで意志を持っているかのように動き、ゴーツを追いかけてくる。
（なめるな！）
追いかけてくる糸を相手に、ゴーツは手刀を構えた。そして向かってくる糸に対して
後方へ軽く飛びながら手刀を振り下ろし、相手を両断する。糸はそれでもなお向か
ってこようとしたが、ゴーツが寸断するとパラパラと地に落ちた。
（今の、まさか…）
自分を襲ってきたこの糸が誰によるものであるのか、ゴーツの脳裏に一人の人物
が思い浮かんだ。その相手が近くにいないかと、彼は周囲の動きを目と耳で追う。
そんなゴーツめがけ、今度はサッカーボール大の火球が前から飛んできた。
（フォイエかっ！）
ゴーツはすぐにそれが何かを理解した。そして自分を攻撃してきたフォイエを、素
手で叩き落とす。だがその間にもう一発、飛来したフォイエが彼の隣にある木へ
着火した。
（やばいっ！）
ゴーツはすぐに制服の上着を脱ぎ、火を消そうとした。しかしそんな彼の周囲を、
急につむじ風が包んだ。その風は刃物のような鋭さでゴーツの皮膚を切り、同時
に炎を燃え広がらせ、その渦をもってゴーツを包んだ。
（蒸し焼きにする気かよ！）
炎の勢いは強く、すでに周囲では木の枝がバラバラと火の粉とともに落ち始めて
いた。そんな中でゴーツは手近に一本、幸いまだあまり火がついていない木があ
ることを確認する。彼はそれを飛ぶような勢いで頂上まで駆け上ると、そこから跳
躍し、炎の渦の外へ逃れようとした。だがそんな彼を、空から襲うものがあった。
「ギィッ！」
「鳥っ！？」
空中でゴーツに襲いかかったのは白い胴体に青い翼を持つ鳥だった。ゴーツは
そいつ目がけジャンプ中に突きを放つが、鳥類相手に空中戦は彼でも分が悪す
ぎる。青と白の鳥はいとも簡単にゴーツの攻撃をかわすとそのまま突撃し、嘴を
ゴーツのみぞおちへとめり込ませた。
「げふっ…」
鳥の一撃でゴーツの呼吸が止まった。空中での一撃を受け、地面に落ちそうに
なる。だが何とかそう低くない場所にある枝の上に着地すると、彼は再び跳躍し
炎の渦から逃れようとした。が、そんな彼の苦労をあざ笑うかのように、炎の渦は
急に消滅した。
（なめやがって！）
着地すると心の中でそう叫びながら、ゴーツは自分を襲撃してきた相手を探した。
そしてすぐに、少し離れた場所にいる人影に気づく。ゴーツは逃がすかと思い相手
の影めがけ走った。だが逃げるかと思っていた相手は、ゴーツの意に反して逃げ
ず、腕を組み、悠然と構えて彼が来るのを待っていた。
「ゴーツ・ドーシュ、レネゲイツのリーダーか…さすが、動きがいいと誉めておくよ」
「そいつぁ嬉しいね」
目が全く笑っていない笑顔とともにゴーツは言い、、そして相手の姿を見た。目の
前にいるのはブレザーをきちんと着こなした、ブロンドの少年。手には先ほどの鳥
を載せ、悠然とゴーツのことを見据えていた。
「自己紹介、したほうがいいかな？」
クスと笑って少年は言った。ゴーツはそんな相手の言葉に
「いらねえよ」
と返す。
「お前のことは、知り合いの女からよく聞かされてるんでな」
「知り合いの…女…」
「ああ、お前もよく知ってる相手だよ。なあ？アルケミスト」
ムッとした表情の少年にそう言うと、ゴーツは得意げな顔で少し笑った。

「始まりの終わりとなる日々に」トップに戻る

オンライン小説のコーナーに戻る

トップページに戻る