〜始まりの終わりとなる日々に〜

「後悔してるかい？さっきの言葉と行動を。けど、ちょっと許すことはできないなあ」
　チャリ、という足音を立てて、ダブルフェイスは一歩、シェリーとの間合いを詰めた。シ
ェリーはそんな相手に、足元に転がっていた石を蹴りつける。だがそれは、当然のよう
にダブルフェイスの体を避け、背後にコロコロと転がった。
「どうやら本当に、勢いだけでやっちゃったみたいだねえ」
　背後に転がっていった石を振り返り、ダブルフェイスはニヤリと笑った。そしてそのま
まゆっくりと、自身の右手を持ち上げる。
「ディストー…」
「嫌っ！！！」
　ディストーションを発動させようとするダブルフェイスに、シェリーはもう一度石を蹴り
つけた。顔は涙目で、ほとんど本能的な行動。だがさっきは一歩も動かなかったダブ
ルフェイスが、今度の石は大げさなほどの動きで避けた。
「うぉっ！！」
「………？？？」
　シェリーは、目の前で起きたことを一瞬信じられなかった。ダブルフェイスが石を避け
た。しかも大げさなまでの動きで、焦りの声さえもあげながら。
（もしかしてこいつ…二つの技を同時には使えない？？？）
　シェリーは自分の推量にゴクリと唾を飲んだ。
　だがそんなシェリーの耳に、ダブルフェイスの間の抜けた声が飛び込んでくる。
「そうだよぉ。んで？だからナニ？」
「な、ナニって…」
「バリアでキミの攻撃は届かない、ディストーション喰らったらキミは成す術がない、逃
げようと思っても空間捻じ曲げて引き戻される、その三つは何も変わってないってこと、
気づいてるぅ？」
「………」
「悪いねえ、せっかく唯一の弱点を見つけられたのに、活かす方法が全然なくて」
　シェリーのことを目一杯見下し、哀れみさえたたえた口調でダブルフェイスは言った。

　だがその言葉を、シェリーの心はさっきまでよりずっと冷静に受け止めていた。恐怖
はしぼみ、かわりに闘志がふつふつと湧き上がってくる。
（人は本能的に嘘を強調する…そしてヤツは今！『唯一』を『強調』した！）
　それを感じ取ったから、もうシェリーの心はさっきまでと一変していた。
　無論、それだけで勝てる相手じゃない。この弱点自体、大きな取っ掛かりではあるが
決定的ではない。だが、そんな後ろ向きな思考は心の隅に追いやった。
（あとは、私がアイツのもっと致命的な弱点を見つけるか、それとも見つける前にディ
ストーションを喰らうか…それだけの勝負！）
「気に入らねえな…貴様のそのツラ！！！」
　脅しをかけても怯えない、むしろさっきまでとは一転して視線を強くするシェリーに、
ダブルフェイスは歯軋りをして怒鳴りつけ、再び手をかざす。
「ディストー…」
「遅い！！」
　瞬間、シェリーはマッハの速さでダブルフェイスの懐に飛び込んでいた。息を軽く吸
い、両手での掌打を肥えた胴体に叩き込もうとする。だが、彼女の一撃はダブルフェ
イスの体をスルリとすり抜けた。
「あら？」
「フェイントなんだよ！」
　体勢を崩したシェリーの腹部を、ダブルフェイスは逆に強烈に殴りつけた。
　だが派手に吹っ飛ばされたにも関わらず、ダメージは少ない。シェリーはすぐに立
ち上がり埃を払うと、笑みさえ含んだ表情でダブルフェイスを見た。
（クソ…直撃したのに効いてねえのか？）
　声には出さないが、ダブルフェイスが内心そう思っているのがありありと分かった。
だからシェリーも、無言の言葉で“まあね”と答える。
（防御を意識した防御は捨てる）
　接近戦に関しては、それが彼女の作戦だった。防ぎようのない攻撃なら、いっそ全
身の力を抜き、踏ん張らないようにした方が威力を吸収することができる。こういう所
は、実戦経験の豊富なシェリーの方が一枚上手だった。

（本番はここからね…）
　シェリーはもう一度、自身に気合を入れなおした。ここから先は、少しのつまずきも
許されない。
（まずは！）
　ダブルフェイスが動くよりも速く、シェリーは横っ飛びに跳躍した。跳躍の高度は低く、
速度は最大、地面に足がつくと、今度は同じような高度と速度で真後ろへと跳んだ。
（…何をしている？…ははぁ…さては…）
　高速かつ無軌道な跳躍を繰り返すシェリーの意図を、ダブルフェイスはしかしすぐに
見抜いた。シェリーはディストーションをよけているのだと。ダブルフェイスの動きよりも
速く動き、的を絞らせなければディストーションは喰らわない、そう考えているのだと。
「たしかにそいつは正解だがな嬢ちゃんよ！」
　離れた間合いで無言の跳躍を繰り返すシェリー相手に、ダブルフェイスはわざと大
声で言った。
「それでどうするつもりだい！こっちはバリア張ったままで、アンタの足がへばってき
た所でディストーション使えばいいだけだぜ！」
「………」
　それでもシェリーは、ダブルフェイスの声が聞こえていないかのように跳躍を繰り返
した。ダブルフェイスはニヤニヤと笑いながら、それを見守る。たまに彼が軽く手を動
かすと自分の方へ飛んでくるが、またフェイントであることを警戒してか深追いしない。
　やがてそんなことを何十回も繰り返していると、シェリーの息が上がってきた。
「どうしたぁ？もう限界かぁい？」
「くっ…」
「そろそろ使っちゃおうかなあ、ディストーション」
「黙れ！」
　ダブルフェイスがそう口にした瞬間、シェリーはダブルフェイスのいる方向へ一直線
に飛びかかった。限界が近いからか、さっきまでよりスピードは速い。
　だが距離を取っていたせいで、一回の跳躍では距離が足りなかった。
「届けぇっ！」
　シェリーは足が地面につくと同時に再度跳躍しようとしたが、疲労のせいで膝がガク
ッと落ち、大きく姿勢を崩した。
「もらったぁ！ディストーション！！！」
　待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、ダブルフェイスはディストーシ
ョンを発動させた。瞬間、シェリーの全身はディストーションの力場に絡め捕られる。
全身をシェイクしながら引き裂くような激痛がシェリーを襲った。
「う…く…ぁ…」
「ヒャハハハハ！だから勝ち目なんて無えって言っただろこのボケ頭が！」
　そう叫ぶダブルフェイスの顔は、苦痛に顔を歪めるシェリーとは対照的に狂喜で歪
んでいた。そんなダブルフェイスを、全身がピンと伸び、顎の上がった状態で見下し
ながらシェリーは何とか、一歩前に踏み出そうとする。
「おっとお」
　そんなシェリーをニヤリと笑い、ダブルフェイスは腕を少し上にかざした。シェリーの
体がわずかながら宙に浮き上がり、空中で苦しげに足をバタつかせる。
「どうだ？痛いか？苦しいか？なら、さっきみたいに泣き叫んでみろ！震えてみろ！！
この俺に、命乞いをしてみろ！！」
「あ…あぐ…」
「このダブルフェイス様に、絶対の服従を誓…」
「冗談っ！！」
　シェリーは待っていた。勝ちを確信したダブルフェイスが、油断から技の威力を弱め
るその瞬間を。そして激痛に堪えながらその時間がやってきたとき、シェリーは右足を
高く蹴り上げた。垂直に、膝が頭にぶつかるくらいに高く。
「アンチェイン！」
　蹴り上げた足をシェリーは全力で振り下ろした。瞬間、その遠心力で膝の関節が鈍い
音とともにはずれ、伸びた足が地面を蹴った。前方向につんのめると同時に、シェリー
はディストーションの効果範囲から抜け出すことに成功する。
「んなぁっ！？」
「ダブル…フェイス！」
　予想外の出来事に虚を突かれ、ダブルフェイスの行動が遅れた。
（やっぱりこいつ…実戦の場数は踏んでない！）
　シェリーの右足はもう一度地面を蹴り、外れた関節を元に戻す。
「私の勝ちよ！！！」
　その言葉とともに、シェリーはマッハの速さでダブルフェイスに飛びかかっていた。
ディストーションの解除とバリアの装着は、このタイミングでは間に合わない。シェリー
渾身の体当たりを喰らい、二人の体はゴロゴロと転がった。

「クソがっ！」
　転がりが止まると、ダブルフェイスはぐったりとしがみついたシェリーを突き飛ばし
た。
　シェリーは自分の勝ちだと言いながら飛び込んできたが自分は体の何箇所かを打
っただけで、大した怪我はしていない。ディストーションを受けたシェリーの方が、よっ
ぽどダメージを受けていた。
「残念だったなぁ、シェリー・ハランツ」
　突き飛ばされたまましばらく動けず、ようやくヨロヨロと立ち上がってきたシェリーを
悠然と見下し、彼は言った。
「何か言い残すことはあるか？」
「…さ…がし…」
「聞こえねえな。それじゃあディストー…」
　しかし、そう言いかけたところでダブルフェイスの顔は見る見る蒼くなっていった。
そして次の瞬間、ゆらりと振りかぶったシェリーの右フックが彼の横っ面を殴り飛
ばす。
「ぶへっ！」
　言葉にならない声をあげながら、ダブルフェイスの体はゴロゴロと転がり、壁にぶ
つかった。

　そして立ち上がろうとする彼の耳に、今度は歌声が聞こえてきた。うなだれたまま
のシェリーが歩きながら歌うその歌声は、曲調は明るいのに音程は低い。まるで地
獄から響いてくるかのような歌声であった（※彼女が意図的にそうしているのであっ
て、音痴という意味では決してない）

「探し物はなんですか♪見つけにくいものですか♪」
「き…貴さま」
　ダブルフェイスは歯を食いしばって立ち上がりかけるが、それより速くシェリーの左
フックが、さっきとは反対側の横っ面を殴り飛ばしていた。ダブルフェイスはまた、さっ
き同様の情け無い声をあげて反対側の壁まで叩き飛ばされる。

「くっ…バカな…そんなバカな…あ、あれは一体どこに…」
　ダブルフェイスは服の上から自身の身体をさぐった。しかし探れば探るほど、彼の
顔に浮かぶ焦りの色は濃くなる。
「ズボンの中も♪上着の中も♪探したけれど見つからないのに♪」
「ふざけやがってぇ！」
　追い詰められたダブルフェイスは、苦し紛れに突きを入れようとした。だが、格闘技
については素人の彼がただ出したパンチが、シェリーに当たる筈はない。
「まだまだ探す気ですか♪」
　そう歌うシェリーの歌声とともに、その拳はブロックされた。そして次の瞬間、彼女の
放った渾身の連撃がダブルフェイスの全身に叩き込まれる。
「それより僕と踊りませんかぁ♪」
　右に殴られ、左に打たれ、沈みかけたと思ったら今度はアッパーカットで浮き上がら
せられる、まさに拳のマシンガン・ダンス。遠目に見たら確かに二人で、踊りでも踊っ
ているかのように見えるかもしれない。ダブルフェイスは意識が途切れかけたが、そこ
で一発、シェリーの強烈のボディへの横蹴りを喰らうと彼の意識は引き戻される。
　そして半屈みの姿勢な彼が見たものは、殺意の波動にでも目覚めているかのような、
シェリー・ハランツの表情だった。
「悪夢（ユメ）の中へ♪悪夢（ユメ）の中へ♪逝ってみたいと思いませんかぁ♪」
　敵が立ち上がるのを待ちながら、シェリーは片手で、左手の間接をコキコキと鳴らす。
そして右手はポケットから、おもむろに小さな機械を取り出した。手の平にすっぽり収
まる程度の、ちょうど女性向けコンパクトくらいの、丸みを帯びた白い機械である。
「返せ！」
　シェリーの手からそれを奪い返そうとダブルフェイスは飛びかかった。だが、シェリ
ーに足を引っ掛けられ、転んで頭から地面に突っ込む。
「機械仕掛けだったとはね」
　再び立ち上がろうとするダブルフェイスにシェリーは言った。
「普通、マジックバリアみたいな補助系はある程度はかけたらかけっぱなしになるの
にそうじゃないのも、司祭から借りた教会のシンボルマークで無効化できないのも、こ
れで合点がいったわ」
「……」
　シェリーの言葉に、ダブルフェイスは返す言葉が無かった。そんな彼に向けて、シェ
リーは掠め取った装置を突きつける。
「ディストーション！」
　満面の笑みでシェリーは叫んだ。しかし、反応は無い。
「あら？」
　シェリーは訝しそうな顔で装置を軽く振った。
「バカが！そいつは俺にしか使えねえ！俺の指紋が登録されてんだよ！」
「ふ〜ん…」
　その言葉を受けたシェリーの瞳は、ゾッとするくらいに冷ややかだった。喜怒哀楽の
いずれも感じさせない視線で、口元だけ少し、微笑を見せる。
「じゃあ、アンタの手首でも切り落としちゃえば、私にも使えるんだ」
「ひぃっ…！」
「なんてね、冗談よ冗談。そんなことしたら、どっちが悪役だか分からないじゃない」
　さっきまでとは打って変わった、明るい笑顔でシェリーは言った。そしてシェリーは
“それならさ”と言って装置を装置を床に落とした。
（………？）
　シェリー突然の行動に、ダブルフェイスの目が点になった。装置は少しだけ転がり、
ダブルフェイスとシェリーの間で止まる。距離はシェリーからは３メートル弱、ダブルフ
ェイスからは２メートル強といった位置だった。
「拾いなさいよ」
　呆気に取られたダブルフェイスに、薄笑いを浮かべたシェリーが言い放った。
「そいつにアンタが手を伸ばすのが速いか、私が蹴り飛ばすのが速いか…西部劇風
に言うなら“抜きな、どっちが速いか試してみようぜ”ってヤツよ」
「………」
　シェリーの言葉に、ダブルフェイスはしばし無言だった。やがて彼の肥えた身体はブ
ルブルと震え出す。
「…この小娘が！小娘が小娘が小娘がぁぁぁあぁああああっっっっっ！！！！！」
　ダブルフェイスの顔は本気の怒りに燃えていた。飄々としたお調子者の顔からも、脅
すときに使う脅迫者の顔からも違う、ありのままの感情を剥き出しにした顔、そしてそこ
から来る爆発力は、誰にとっても予想外の物だった。
（速い！）
　その瞬発力に驚きながらシェリーもスタートを切った。だが相手より一瞬出遅れた上
に距離もある。シェリーが装置を蹴り飛ばすよりも一歩速く、ダブルフェイスは装置を
その手に取り戻していた。
「ディストーション！」
　すでにキックの態勢に入っているシェリーに向かって、地べたをはいつくばったまま
装置を突きつけながら彼は叫んだ。この場合先にバリアを張って仕切り直しをする方
が本来は安全なのだろうが、逆上し、爆発した彼の感情がシェリーからの逃げを許さ
なかった。
　逃げたりしない、どんな強烈な一撃を受けても、装置さえ手放さなければディストー
ションは発動する、そのための痛みには、耐えてみせる、それがダブルフェイスの決
意だった。
　次の瞬間、彼の身体はシェリーの蹴りで上空へと蹴り上げられていた。垂直に舞い
上がり、大して高くない天井に叩きつけられる。それでも彼は意識を失わず、装置もそ
の手にしっかりと握られている。
（ざまあ見ろシェリー・ハランツ…これで、俺の逆転勝ちだ！）
　ボロと崩れた天井の一部とともに落下しながら、ダブルフェイスはそれでも顔をに
やけさせてシェリーのことを見た。

　しかし、シェリーはディストーションにかかっていなかった。周囲の空間にも、歪みは
感じられない。
（バカな…！）
　事実を受け入れられず茫然自失のダブルフェイスを前に、シェリーはスタンスを大
きく取り、弓を引くかのように拳を引く。顔は、笑いを噛み殺していた。
「喰らえ…これが私の…恨みとつらみと憎しみの！！」
　そして落下してくるダブルフェイス相手に、シェリーは拳に溜め込んだ力のすべてを
叩きつけた。
「武神！咆哮砕ぃぃいっ！！！」

・
・
・

「よし…オッケイ！」
　ダブルフェイスは一応生きている。だがもうピクリとも動かない。そんな彼を前に、
シェリーは輝かんばかりの笑顔とともに、存在しない野球帽を頭から高々と放り投
げた。
「借りは、返させてもらったわよ。あ、そうそう」
　ポンと軽く手を叩くと、シェリーはダブルフェイスの手から装置を回収する。そして、
全く耳に入っていないことは十分理解した上で、彼に話しかけた。
「結局、一番の嘘はエスパーていう自称だったワケね。しかも、その嘘をつい最近ま
で女子高生やってた私に見破られて、さらに…」
　言いながらシェリーは、もう一度右手でポケットをガサゴソと漁った。そして目的の
物を取り出すと、それを親指でピンと弾いて相手の頬の上に乗せる。それは、彼女
があらかじめ装置の中からむしりとっていた赤青数本のケーブルだった。
「こんな小細工に気づかれず騙されちゃうんじゃ、廃業した方がいいんじゃない？」
　シェリーはそう言い残すと、改めて館の出口を探すため歩き出そうとした。

　だが、そんなシェリーに物陰から、誰かが不意に声をかけてきた。

「出口ならこっちよ」
　物陰からそう言ってくるその声にシェリーはドキとして身構えた。だが直後に彼女は
“え？”という顔をする。
　今の声に、シェリーは確かな聞き覚えがあった。それが誰なのかもすぐに分かる。
　そしてシェリーが相手の名前を呼ぶよりも早く、声の主は姿を見せた。
「しかしあなたも予想以上に性格悪いわねえ…何あの“恨みとつらみと憎しみと”って」
「ジ…ジェニファー！」
　相手の姿を見てシェリーは思わず叫んだ。モスグリーンのシャツにクリーム色のコット
ンパンツ、髪型はいつもと違いポニーテールで、メガネのかわりにサングラスをかけて
いるその相手は、まごうことなき学校でのシェリーのルームメイト、ジェニファー・シウム
だった。
「親御さんを泣かすような真似はするなって、何度も言っておいたのにね」
　ジェニファーはそう言って肩をすくめた。そして何か言い出しそうなシェリーにトリメイト
を一つ、ポケットから出して投げ渡す。
「質問には、寮に帰ってからでもゆっくりと答えるわ。今は、ここから出ることが先決よ。
さ、ついて来て！」
「ま、待ってよジェニファー！」
　駆け出そうとするジェニファーを、シェリーはしかし慌てて止めた。
「私まだ、やることあるのよ！」
「アルケミストの事？」
　当然首を立てに振るか、びっくりして硬直するだろうと思ってジェニファーは言った。
しかしシェリーは、首をゆっくりと横に振る。
「ゴーツのことよ」
　シェリーの答えに、逆にジェニファーが驚いた。彼がここにいることを、シェリーが知
っている筈は無い。
「なんでそう思うの？」
　驚きを隠した口調でジェニファーは聞いた。シェリーは、冷静な口調で話し出す。
「アルが私を助けに来てくれたとき、どっか別の場所でも戦闘があったみたいだから。
それで、もしかしたらと思って。さっきのジェニファー見る限り、当たってるみたいね」
「…あなたの疑問に、一つだけ今のうちに答えておくわ」
　シェリーの言葉にそうだとも言わず、違うとも言わず、ジェニファーは一見まったく無
関係なことを話し出した。
「私の仕事はあなたの護衛なの。あなたのお父さんに頼まれて、ウェンフィールド財団
から派遣された」
（パパが…そうだったんだ…）
「だから私にとって最優先なのはあなたの無事。赤の他人に構ってる暇は無いわ」
「ふぅ〜ん…」
　突き放したようなジェニファーの口調に、シェリーはしかしククッと笑った。
「私の無事が最優先なら、私に何かあったら任務失敗になっちゃうわね」
「え…」
「さ、ついて来て！」
　言うが早いかシェリーはスタスタと歩き出す。
（大変な仕事になると思うが、どうかよろしく頼む）
　任務を引き受けたときにエヴィンから言われたその言葉を思い出し、ジェニファーは
軽く舌打ちをする。そして“まったくね”と心の中でぼやきながらも、彼女はシェリーの後
を追った。

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