〜始まりの終わりとなる日々に〜

　するとその叫びに呼応したかのように何者かの声がユエリの脳に直接響いてきた。
「ダメージチャージ完了…精神感応を確認…フォトンブラスト、強制発動…」
「………え？」
　エヴィンの声じゃない、キースやジニーの声でもない、ユエリがこれまで聞いたことのな
い、むしろ人間とは毛色の違う無機的な声がユエリの耳に飛び込んでくる。
　そしてジニーにしがみつきながらもしっかり握って離さなかったバルキリーロッドのグリ
ップが、鮮やかな青とピンクの光をそれぞれ放つ。
「これは…」
「ユエリ…？」
「ただの鈍器ではないと気づいていたが…！何だ？何が起きる！？」
　突然の出来事に三人とも言葉を失う。
「マイラ＆ユウラ、発動…」
　声とともにユエリの頭上には青と赤の小さな、可愛らしくも不思議な生き物がいた。二匹
は互いの顔を見て頷くと、自分達を見上げてポカンと口を開けるユエリめがけ飛び込んで
くる。
（これは…！）
　驚く間も無く、ユエリの体中に力が漲ってきた。全開なんて言葉じゃ足りない、これまで
自分が体験したことのない、突き抜けるような絶頂感。
「これなら！」
　ジニーにしがみついたたま、ユエリは地面を蹴りこんだ。石造りの床にくっきりとした蹴り
跡を残し、瞬間移動でもしたかのような速度でジニーをエヴィンのもとに運ぶ。
「ジニー！ユエリ！！」
　隙を見せていたキースを突き飛ばすと、エヴィンはオーバーランしそうなユエリとジニー
の前に飛び込み、二人をしっかりと受け止める。そして間髪いれずジニーの頭を鷲掴み
にすると、彼が受け継いだもう一つの力を解放した。
「グランツ！」
　エヴィンの全身をさっきの蒼黒とは対照的な、暖かい金色の光が包む。
「もうこれ以上…僕の愛する人達を…」
「ぐ…がぁあああっ！！」
　グランツの光がジニー内部のキースを焼き、キースは急激に苦しみ悶え出した。
「ぐ…グランツ、だと…バカな！あれは伝せつぐあぁっ！」
　脳味噌を直接平手打ちされるような頭痛にキースは頭を抱え、周囲の椅子や机を無分
別に蹴り飛ばす。そして床に転がり、のた打ち回って暴れ出した。
「やめ…が…こ、これ以上は…」
　苦しみに耐えかね、キースは術を解いた。同時にジニーも意識を取り戻す。瞳に生気が
戻り、目を潤ませて父とユエリのことを見た。
「パパ…？ユエリ…ちゃん…？」
「おかえり、ジニー」
　優しい父親の顔でそう言うと、エヴィンはジニーをぎゅっと抱きしめた。

「あとは…頼むわね」
　爆発的な力は得たものの傷まで治したわけではなかった。元に戻ったジニーに目をやり
ながら息も絶え絶え、しかし顔は笑わせてユエリは言う。
「なぜ…なぜ君がここまでするんだ…次にディルナさんに会うときのためか…」
「それだけじゃないわ…」
　弱々しい笑顔で首を横に振ってユエリは言う。
「それも一つには違いないけど、ジニーには色々偉そうなこと言っちゃってるから…逃げる
なんて出来ない…それに私はアーサーの代わりにここに来た…アーサーだって、きっとこ
れくらいはした…」
「ユエリ…」
　ロッドを落として崩れ落ちようとするユエリをエヴィンは急ぎ受けとめた。目から溢れそう
になる涙を必死で食い止める。
（僕にこの言葉を言う資格はたぶん無い…それでも…せめて心の中で言わせてくれ…）
（…ありがとう、世界を超えてやってきた僕の…もう一人の娘…）
「ユエリちゃん…」
　意識を失ったユエリをジニーが不安げに覗き込む。
「ジニー、さっきまで使っていたマジック、まだ使えるか？」
「え？う、うん。たぶん…」
「それじゃあユエリを治してやってくれ。パパのことは気にしなくていい。傷を残さないように
丹念に、集中して治すんだ…」
　言うとエヴィンは二人に背を向けた。そして戦士の顔でキースを見据える。
　視線の先では頭痛が消え、体勢を立て直したキースが手を叩いていた。

「素晴らしいですね。反吐が出るほど素晴らしい力、そして家族愛です。おかげでこちらは、
戦力について見直しをしなくてはならない」
「そんなこと、できると思うか？」
「ええ。これからじっくりと」
　言ってキースは右手の二本指を額に当てた。そしてトルーパのマジックで逃げ去ろうとす
るのだが、何故かマジックは発動しない。
（バカな…まだ魔力は十分余裕があるのに…）
「足元を見るといい」
　相手の考えを見透かしエヴィンは言った。キースが見るとごく細く力を絞った闇の力がワ
イヤー状に絡み付いている。
「これのせいで…」
　だが全てを理解したキースがそれを言い終える前に、エヴィンの鉄拳がキースの顔面を
殴りぬいていた。
「がっ…」
「ディストーションを解くため接近したときに巻きつけておいた」
「…あの隙に…」
　エヴィンの言葉にキースは舌打ちをする。
「言っておくと、トルーパ以外の力は制約していない。そしてこの力をこう使っている限り、
攻撃や防御に使うことはできない…だいぶ君に有利な状況だ。それでも、君に負ける気
はしないがね」
　エヴィンの挑発にキースの血管がピクピクと動いた。こんなに自分を見下した言葉、聞
いたことがない。
「中年男が！」
　片膝をついた姿勢からキースはギバータを放った。巨大な氷の塊が嵐のようにエヴィン
を襲う。
「その程度か！」
　吹雪のようなギバータにも怯まずエヴィンはキースめがけ突っ込んだ。それに対しキー
スはギバータの弾幕を張りながら逆に距離を取ろうと立ち上がる。
　だが立ち上がった瞬間視界が歪み、キースはまた片膝をついた。
「！？」
「実戦不足だな。脳を揺らされるような拳を受けたことはないか…ならば蹴りはどうだ！」
　言いながらエヴィンはキースの腹部に蹴りを入れた。身体が『く』の字に曲がり息が止ま
る。そして同時に彼の身は上空に打ち上げられていた。
「うぉっ！？」
「君はさっき僕のことを見くびっていたことを撤回する、そう言ったな？」
　地上からキースを見上げエヴィンがつぶやく。
「言わせてもらうが、まだ見くびりすぎだ！」
　天井に届きそうなキースを追いかけエヴィンは跳躍した。上空で両手の拳を握り合わせ、
相手の首筋めがけ振り下ろす。キースは受け身も取れず、石の床に叩きつけられた。
「立て…」
　キースの上に着地したエヴィンが憤怒の形相で言い放つ。その様はまるで毘沙門天と、
それに踏みつけられる邪鬼のようだった。
「くっ…」
　しかしキースもまだ戦意は失っていなかった。腕を動かし、攻撃マジックを撃とうとする。
　だがエヴィンはその腕を容赦なく踏みつけた。鈍い音がして、キースの腕が変な方向に
曲がる。
「お前が今までどれほどのことをしてきた…どれだけ私の家族を苦しめ、傷つけてきた…
これくらいで、済むと思うな…」

「ごめんね…」
「大丈夫？」
「まだどこか痛い所ない？」
　ユエリの全身にくまなくメディスをかけながら、ジニーはその３フレーズを何度も繰り返し
ていた。そんなジニーの前髪をユエリはかるく撫で、微笑んでみせる。
「大丈夫よ。ありがと。しかしすごいわね…あれが、エヴィンの本気…」
　一方的な戦いが展開しだしてからもう十五分は経過していた。技とか力より、気迫にユ
エリは寒気を覚える。
　すでにキースは、辛うじて生きているとしか言いようが無くなっていた。そんな彼をエヴ
ィンはもう一度掴み上げ、頬を思い切り殴りつけると吐き捨てるように失せろと言い放つ。
「あ…あが…」
　痛みを堪えながらボロボロの腕を動かし、キースは顎にヒールをかけた。
「何故殺さない…やはり殺人の前科者にはなりたくないか」
「お前の命を、ジニーに背負わせたくないだけだ」
「フッ…」
　満身創痍の身を壁にもたれかけ、キースは鼻で笑う。
「甘いなあ。しかしあなたは、その甘さを自分の力の源だと思い込んでいる」
「そう思ってもらって構わんよ」
「………」
　顎は治しても他のところは治していない、喋って傷口が疼くのか、キースは顔をしかめた。
「………」
　無言で痛みを我慢し、キースはジニーの方を見た。キースと目が合うとジニーは無言で
白い歯を見せ“イーっだ！”と言わんばかりの顔をする。横ではユエリがロッドを構え、今
にも飛び掛らんばかりに睨みつけていた。
「ハハ…嫌われたモンだな…いいだろうジニー、次に会うときは敵同士だ」
「貴様…」
　キースの言葉にエヴィンが耳ざとく反応する。
「余計なことを！」
　闇の力をセイバーに変えてエヴィンは突撃する。だがキースはトルーパで離脱し、エヴィ
ンの一撃は空を切っていた。

「消えちゃった…」
「最後まで口が減らないヤツだったわね…すぐにまた戦う気なのかしら？」
「いや…かなり強がりが入っていた。それに今の戦いはここの監視カメラで撮られている。
ほとぼりが冷めるまでは出てこないだろう」
　ユエリにそう言うとエヴィンは監視カメラに目を向ける。
「次はＳ級だ。誰を狙うかは決めていないが…せいぜい首を洗っているといい」
　そう言い残すとエヴィンは跳躍し、セイバーでカメラを両断した。着地したエヴィンにジニ
ーが駆け寄ってくる。
「パパ…終わったの…？」
「ああ、とりあえず今日のところはね。さあ帰ろう」
　不安げなジニーの頭を撫でてエヴィンは言う。そして遠巻きに戦況を見守っていた連中
の視線を受けながら三人は施設をあとにした。

　施設を出るとジニーは振り返り、建物をもう一度見た。白い壁と赤い屋根の教団施設、
ついさっきまで自分もここで魔力を全開にして暴れまわっていた。覚醒された自分の力
は、未だ消えることなく体の中に残っている。
「いいだろうジニー、次に会うときは敵同士だ」
「次に会うときは敵同士だ」
「敵同士だ」
　キースの言葉が頭に焼きつき、何度も頭の中で繰り返される。
「ねえパパ…」
　また不安そうな顔でジニーはエヴィンを見る。
「今度は私が、キースと戦うの…？」
「気にしなくていい、そんなこと、させやしないさ」
　ニコと笑ってエヴィンは言った。何も心配はいらない、全部自分に任せておけばいい。
そうとも言った。けれどジニーはそれが本当に一番なのか、すぐには納得できない。
（私…これからどうすればいいんだろう…）
　うなだれてトボトボと歩きながら、ジニーはずっとそれを考えていた。

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