〜始まりの終わりとなる日々に〜

第二部第五十一話 腐れ縁の果てに

「君がシーレンさんと戦う“相応の理由”?」
 ゴーツの発言にエヴィンは怪訝な顔をした。
「ああ」
 自信ありげに、ゴーツは頷く。
「前にシェリーに、俺はあいつが戦ってきた相手の中で三番目だって言われたからな。
親父とシーレンに次ぐ三番目だと。それが間違いだってことを証明する」
「………」
「………」
「………」
 エヴィン、エレナ、シーレン、三者ともそのゴーツの言葉に顔から表情が消えた。正確
に言うとシーレンは元から無表情なので、残る二人がシーレンみたいな顔つきになった。
もっと言うと、シーレンの顔つきさえも、心なしか無表情さを増したように見える。
「…一つ聞きたい」
 内側から沸き起こる色々な感情(主にネガティブ)を無理矢理抑え込みエヴィンが言う。
「ん?なんだ?」
「一対一の勝負に乱入して、それでたとえ君が、シーレンさんに勝てたとして、それでうち
の娘は納得するのか?いや…それ以前に、男として君は納得できるのか?」
「あ〜、そういやそうだな。向こうも、無傷じゃねえみたいだし」
 今更のようにゴーツは言う。そしてゴーツは少し考えるとエレナの方を向き、
「おい婆さん!」
 と、あっけらかんとした声で呼びかける。
「え〜と…何か幻聴が聞こえたようだけど…」
「なにお約束のボケかましてるんだよ!あんた、S級の『トライデント』だろ?だったらさ、
ちゃっちゃと直してくんねえかな。そしたら、俺が相手すっから」
「君という男は…何を考えている?」
 苛立ちを抑えきれない声でエヴィンは問いかける。
「いろいろだよ」
 だが、そんなエヴィンの顔を見て、ゴーツはシニカルに笑い、そう答えた。
「オヤジ…ネオパルマは初めてか?」
「仕事では何度かあるな。有給使って来たのは初めてだが」
「そっか。じゃせっかくだ。シェリーに案内させて観光でもしてなよ。遠路はるばる、怪我
しに来ることもねえだろ。どうせシェリーに、頼まれてきたんでもないんだろうし」
 視線をシーレンとエレナに向けたままそう言うと、ゴーツは相手の反応を待った。
 そして彼は、エヴィンが笑うのを見た。
「つくづく君は、僕の期待を裏切らないな」
「それ、どういう意味だ?」
「教えないよ。言えばきっと、調子に乗る」
「なんだよそれ」
 エヴィンの言葉にゴーツは少しふてくされる。そんな顔を見てエヴィンはまた笑い、エレ
ナはその間、なんのかんのでシーレンの修理を進める。ただその手の動きはあくまでゆ
っくりで、二人の会話を気にしながらだった。
 結局ゴーツのおかげでさっきまでの戦いとはうって変わった、静かな時間が訪れていた。

 シェリーと対峙していたアルケミストが『変身』し、そのことに四人全員が気付いたのは、
その直後のことだった。

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「なんの…これしきっ!」
 絡みつこうとする木々の枝に対し、シェリーは即座に全身の関節を外していた。そして
まだ自由に動く右腕で逆に枝をつかむと、それを利用して一気に拘束から脱出する。
「アルっ!」
 上空からシェリーの踵落としがアルケミストを狙った。しかし当たらない。シェリーは続け
ざまにサイドキックを放った。だがそれも空を切った。
「動き、よくなったわね」
 外見上同年代に成長したアルケミストを見据えてシェリーが言う。
「ですね。正直、僕も驚いてます」
 言うとアルケミストは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「反則ですか?」
「ま…まあ、正直いろいろ、ちょっとズルいとは思うけど」
 笑みを向けられ、ちょっと慌てた顔でシェリーは言う。と、そこで一回、コホンと咳払いを
した。
「でもいいわ、これでよ〜やく互角ってとこだろうし。あ、でも一つだけ許せない」
「許せない?」
 シェリーの言葉にアルケミストは一瞬、怪訝な顔をする。
 けれどその顔は、すぐにうんざりした物に変わった。
「ものすごくくだらないこと言うって確信できるのは、そろそろ付き合い長いからですかね」
「いいえ、大事なことよ」
 意外なほど真顔でそう言うと、シェリーは再び相手めがけ、真正面から跳び込んでいた。
「せっかくのベルトなのに!」
 真空飛び膝蹴りとともにシェリーは叫ぶ。
「しかも外見思い切り変わってるのに!」
 膝蹴りの膝を支点とし、さらに逆の足で回転蹴りを叩きこむ。
「なんでポーズ決めて“変身!”って言わないのよ!もう心底がっかりよ!!」
 さらにもう一発蹴りを叩きこみ、その反動で後方に飛び退くとシェリーはさらに叫んだ。
 攻撃は全てガードの上、相手にダメージは通っていない。
「やっぱりくだらないことじゃないですか!」
 それでも痛む両腕をさすりながらアルケミストは叫ぶ。
「重要なことでしょ!」
「まったく…お姉さんのそういうところがイヤなんですよ!」
「!?」
 “イヤなんですよ”その一言にシェリーは一瞬完全に心を飛ばされた。
 だがそのわずかな、ほんのまばたき数回程度の時間の中で、アルケミストの魔力は爆
発的に膨れ上がる。
「何の特殊能力も持ってないくせに!年上だからって妙に上から目線で!」
 立て続けの暴言(?)とともに悪魔の樹木が動きだした。しかも枝や幹の太さも禍々しさ
も、目に見えて膨張している。枝ですら、シェリーの腕くらいに太かった。
「僕がどんな気持ちでいるのか、分かってるんですか!!!」
「好き放題言ってんじゃないわよ!ちょっと背が伸びたからって!!」
 売り言葉に買い言葉、その文字通りの言葉を返すと、シェリーは跳躍した。
 悪魔の木々は彼女を捕らえようといっせいにその枝を伸ばす。しかし太くなったそれらは
逆に、シェリーに格好の足場を与えてくれる。
「とりあえず…一発殴る!」
 枝の一本に蹴りを入れ、加速をつけての突撃、だが次の瞬間、シェリーの左手はベチャッ
という音とともに木の幹に張り付けられていた。
「魔力を持った物の動きにばかり気を取られると、こうした自然物への反応が遅れる。樹液
の粘着力ってバカにできないんですよ」
「くっ…」
 それでも、左手の自由を失いながらもシェリーは自分に迫る悪魔の枝の動きを見切って、
かわして、残った手足で払いのける。けれど左手はまだ、自由にならない。
「関節外せば縄抜けはできるかもしれないけど粘着剤相手じゃ無理でしょう。それに…」
 奮戦するシェリーを見据えアルケミストが言う。
 と、同時に周囲から、ものすごい羽音が聞こえてきた。
「樹液って虫の大好物ですよね」
「うぇえええええっ!?」
 自分を中心に輪を狭めてくる黒い霧のような昆虫の群れに対し、シェリーは声にならない
悲鳴をあげた。
 昔からよく誤解されてきたが、シェリーは虫が苦手だった。彼女にとって数少ない、年相応
の女の子らしい弱点と言っていいかもしれない。
 特に嫌いなのはカマキリやバッタと言った足の長い虫、無論、黒い悪魔も受け付けない。
 蜂には小学生のときに誤って巣を破壊したことから集中砲火を喰らったことがある。
 ただしそのときは生まれて初めて体内の導火線が切れ、結果的に巣一つ分の蜂を全滅さ
せ、見切りやらフットワークやらで今の身体能力を作る基礎にはなったが、それでもトラウマ
はしっかり残った。
「おおおおおおおっ!!!」
 涙目でさらに叫ぶと、シェリーは火事場の馬鹿力で樹液を木の生皮ごとひっぺがし拘束を
解く。
 そして剥した木の皮を遠くに投げ捨てると、虫の群れもそれにつられていなくなった。
「あっはははは」
 向こう側からアルケミストの明るい笑い声が聞こえてくる。
「驚きましたよ。ここまで効くとは思わなかった」
「大きなお世話よ!て言うかもう怒った!泣かす!絶対泣かす!!」
「いいんですか?そんなに頭に血をのぼらせてると、足元すくわれますよ?」
 アルケミストがそう言うと同時に、悪魔の樹木がまた、背後からシェリーに襲いかかった。
「もう!アンタらに構ってる暇はないの!」
 背後からの追撃を振り切り、アルケミストとの距離を詰めるため、シェリーは前に踏み出す。
 が、そんな彼女の足元がボコと大きく陥没した!
「なぁああっ!?」
「だから言ったのに。足元すくわれるって。地中の微生物や分解者を活性化させました。お姉
さんの足元、ほとんどがらんどうですよ?」
 アルケミストの言葉も耳に届かない中、シェリーの身体は底の見えない落とし穴に落っこちて
行く。そしてそれを追いかけるように、大量の土砂が穴の上に降り注ぎ、シェリーの姿を完全に
消し去った。

「シェリー!」
 シェリーが地中に呑みこまれた直後、アルケミストにも聞き覚えのある声が響き渡った。
「あなたはたしか…ジェニファーって言いましたっけ?ウェンフィールドのボディガード」
「…アルケミスト…よね?」
「この外見になっても、分かる人は分かるんですね」
 あらためて自分の外観を確認し、アルケミストは不敵に笑った。
「いい力です。殺傷力も制圧力も、いくらでもコントロールできる。穴の底は強力な接着剤、そし
て上は土砂の山、いくらシェリー・ハランツでも脱出はできないでしょうね」
 ジェニファーを前にアルケミストは一人語りにつぶやいた。同時に、これまでとは別人のように
尖った戦闘気配をジェニファーに向ける。
「しばらくすれば、あの人も負けを認めるでしょう。それでこの戦いは僕の勝ち。ただその前に助
け出されたりすると困るから、あなたにはご退場願いますけどね。もう少し…手ひどくね」
 その言葉とともにアルケミストの魔力が上昇し、大地が鳴動する。
 だがジェニファーは動かない。動かないどころか腕を組んだままカラカラと笑いだした。
「甘く見すぎよ、自分のお姫様を」
 ジェニファーがそう言うのと同時にシェリーの腕が地面から突き出し、まるでホラー映画のゾン
ビのようにアルケミストの足首を掴む。
「ア〜〜〜〜〜〜ルゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「ひっ!?」
 表情が引きつるのと同時にアルケミストは腕を振りほどき大きく後ろに飛び退いた。
(あとちょっと遅かったら、関節を外されていた)
 足首に残るかすかな痛みからアルケミストにはそれがはっきりと分かる。
「ったく…帰ったらまずシャワー浴びないと。あと洗濯」
 地中から這い出し、髪と服に着いた土や埃を払い落しながらシェリーは毒づく。
「ほかの溜まってる洗濯物とは分けた方がいいわよ。泥で汚すだけだから」
「分かってるわよ。ていうかそんなに溜めてないし」
「そんな…一体どうやって…」
「落下しながら錐揉みキック出して、落とし穴の底を蹴り抜いた。深さがあって助かったわ」
 唖然とした顔のアルに事もなげにシェリーは答える。
「見抜いてた?底に接着剤の層があるのを?」
「見抜くっていうか…落とし穴の底に何か仕掛けるのは定番だからね。落とし穴、結構得意だった
から。ひいお婆ちゃんも得意だったらしいし血筋かも」
「………」
「何を考えてるの?アル」
 言葉を発しない相手を前に、少し勝ち誇った顔でシェリーは言う。けれどそれでも、アルケミスト
の口は動かない。
「………」
 彼とシェリーの間に沈黙の空気が流れる。ジェニファーはそんな二人を、見守っていた。
「どうして…」
 やがてアルケミストは苛立った感じに口を開いた。
「どうして僕の気持が分からない!」
 表情を一変させ、剥き出しの感情でアルケミストが叫ぶ。
「僕は…僕は貴女を傷つけたくない!それなのに!」
「同じよ!そんなの!!」
 相手とほとんど同じ顔と口調でシェリーも言い返した。
「私だってアンタを傷つけずにこの勝負終わらせたかった。けど相手を傷つけずに取り押さえるの
なんて、よっぽど力の差でもない限り難しい…だったら」
 そこでシェリーは一呼吸おき、そして自分の言葉に力をこめた。
「あんたの無傷と私の勝利!天秤にかけるまでもない!!」
「!!」
 シェリーが次に何を言うのか、固唾を呑み、胸の鼓動を抑え見守っていたアルケミストは、完全
に虚を突かれた。
「せぇいっ!」
 体に回転を加え、遠心力で威力を増したハンマーのようなバックブロー、アルケミストはそれを
何とか両腕でブロックする。
(重い…っ!)
「もういっちょ!」
 さらに間髪を入れず、今度は側頭部を狙った胴回しの回転蹴り、防戦一方ではあるが、それも
辛うじて防いだ。けれど腕に伝わってくる衝撃と痛みは、これまでに経験したものではない。同時
に、中枢神経に直接響いてくるかのようなシェリーの闘気の熱さも。
(本気…なんだな、これが、シェリー・ハランツの本気…)
 アルケミストの表情に一瞬哀しみが色濃く浮かぶ。だがそれも、すぐに消えた。
「それならさ!」
 語気を強め、シェリーの蹴りをブロックした腕で、そのまま相手を押し返す。
 予想以上の力強さに、今度はシェリーが虚を突かれバランスを崩した。
「こっちも全力で!叩きのめしてやるよ!!」
 アルケミストの叫びに呼応するかのように、ベルトのバックルが赤く光る。血液のような、少し黒
ずんだ深い赤、同時にシェリーの足を掴むその腕力も、彼女の予想を遥かに超える。
「いつまで掴んで…っ!」
 そのまま押し倒されそうになるのを、シェリーはもう片方の足を蹴り上げることで防ぐ。
 だがアルケミストはそれを見越していたらしく、すぐに手を離し距離を取っていた。
(来る…)
 距離を取ったのは逃げたり仕切り直するためではなく更なる攻撃に移るため。相手の醸し出す
雰囲気にそれを明確に感じとり、シェリーはこの戦いで初めて、気を呑まれそうになる。
「来い!」
 裂帛の気合いともにアルケミストは両手をあわせる。
「生命の更なる輝きとともに…」
「!?」
 瞬間、シェリーの足元にある大地が鳴動した。
 彼女の周りにある悪魔の樹木はすでにその形を元に戻し、そして地中に吸い込まれるようにし
て消え失せている。
「出でよ!」
「!!」
 瞬間、自分の足元が隆起するのを感じ、シェリーは即座に飛び退いた。そして彼女の両目は眼
前に立ちふさがる異形の者をじっと見据える。アルケミストの力によって大地の力を集結させたそ
の怪物の身体は岩のようであり、大木のようであり、そして煮えたぎる溶岩のようであった。
「こいつは…」
「邪神クルウェル。お姉さんの星にかつて存在したと言われる存在。文献で得たイメージを参考に
作ってみました。いい線行ってると思いますよ?」
「あんた…忘れかけてたけど一応宗教団体の幹部よね?ダークファルスを崇拝してる。それが別
の神様作っちゃっていいワケ?」
「分かってないなあ」
 冷笑とともにアルケミストは言う。
「だから、遠慮なく操って使い倒せるんじゃないか!」
 クルウェルは鉱物でできた腕を振り上げ、そして力任せに振り下ろした。突風をもまとったその一
撃は大地を抉りクレーターのようにするがシェリーの身体にはかすりもしない。
「大振りすぎるのよ!」
 涼しい顔で敵の一撃をかわすと、シェリーは即座に反撃体勢に入る。
「武神っ!!」
 射程内に入ってきた敵の腕に、シェリーは渾身の一撃を放った。だが効果はない。敵の口元(?)
がニヤリと笑ったように見えた。
「ハハハハ!効くわけないだろ!体格差体格差!」
 背後からアルケミストの小馬鹿にした罵声も飛んでくる。
「それにこいつは、ただのデカブツじゃない!」
 アルケミストが指をパチンと鳴らすと無数の物体がシェリー目がけ飛んできた。シェリーはそれを
よけきれず何発も喰らうが、痛みはない。見ると、木の実のような物が足元に散らばっていた。
「これが最後の手加減、そして警告だ」
 腕を組み、勝利を確信した笑みでアルケミストは言った。
「………」
 シェリーは少し考え、後ろで戦況を見守っていたジェニファーの顔を見る。
「ジェニファー!」
「助太刀ですか?いいですよ。あなたがそれでいいのなら」
 横からアルケミストが口を挟む。けれどシェリーは気にせず自分の言葉を続けた。
「シャワー確保しといて!奥から二番目のヤツ!」
「分かったわ。ついで着替えも用意しとく?」
「ありがと、助かる」
「はいはい」
 笑ってそう言うと、ジェニファーはそのまま立ち去った。

「言っとくけど、別に暗号とかじゃないからね」
 何か言いたそうなアルケミストに先んじてシェリーが言う。
「体も服もこの有様だからね。戦いが終わったら、すぐにさっぱりしたいだけ。うちの寮、ボロくてさ。
お湯の出方が一番いいのよ。奥から二番目のヤツが」
「つまり、この期に及んでまだ勝つつもりだと?」
「当然でしょ?」
「ハハハ…」
「フフフ…」
 乾いた笑い声をあげあうと、二人は戦いを再開した。

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「どうやら本気になったみたいだな。あのアルケミストとかいう少年。そして、うちのバカ娘も」
 そうした空気の変化を感じとり、エヴィンはつぶやく。
「あなた、心配じゃないの?この力、私が知ってるアルケミストとは桁が違うわよ?しかもこの感覚
は…」
「もちろん心配してますよ。ただ…なんて言ったらいいんでしょうね」
 エレナの問いかけに、エヴィンは少し困った顔を浮かべた。
「最初、シェリーが彼と対面したときは少し油断していました。あの二人の雰囲気なら、いきなり戦
いになったりはしないだろうと。けれど二人の戦いが始まったとき、読みが外れたことに正直不安
になった。でも今は、なんて言うんでしょうね。二人が本気でぶつかりあっている、それが伝わって
くる今この瞬間が、一番、安心していられる…」
 淡々と語るエヴィン、しかしゴーツはその言葉を素直には信じられなかった。
「オヤジ…それ、本気で言ってるか?」
「本気…とは?」
「オヤジが行けば残る俺がシーレンと戦うことになる。かといって、二人でシェリーの所に行こうにも、
それはあちらさんが許しちゃくれねえだろ。ついでに言うと、二人がかりでボコろうにもマトモなコンビ
ネーションが期待できなきゃ、勝率はかえって下がる」
「………」
 ゴーツの言葉にエヴィンは答えない。だがゴーツは、そんなエヴィンを見て満足そうに笑う。
「それでこそだよ、さっきのが本音だったら、むしろドン引きだ」
「…喰えない男だな、君は」
「褒め言葉と受け取っておくさ」
 そう言ってゴーツは、さらに自分の言葉を続けた。
「なら俺は、悔しいが信じることにするさ。ここまで無茶苦茶な状況を跳ね返してシェリーの力を、そ
れに…」
「それに?」
「…いや、なんでもない」
 そう言ってゴーツは言葉を止めた。アルケミストもシェリーを愛している、それを言うのが卑怯な
気がしたし、大人げない気もしたし、何よりその言葉に対し、エヴィンがどんな反応を見せるのか
怖かった。

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「………」
 それから数分後、アルケミストはじっと、倒れて動かなくなったシェリーを見つめていた。
 その瞳に喜びはない。勝者の優越もない。哀しみと、そして何か祈るような眼差しで、倒れ伏し
た相手を見つめている。
 だがそんなアルケミストを前に、シェリーはまたも立ち上がった。
「…どうしたのよ…倒れた相手には攻撃しない主義?」
「なんでだ!なんでまた立ちあがってくる!!」
 満身創痍なのにまだ減らず口を叩く、そんなシェリーにアルケミストは叫ばずにいられなかった。
「もう十分だろうゲイルも!武神の咆哮も!クルウェルには通用しなかった!なのに!!」
「…そんなの、決まっているじゃない…」
 圧倒的に不利な状況の中、シェリーはなおも笑う。
「まだ、決着がついてないからよ…もっとも決着は、私の勝ちしかないけどね」
「もう聞き飽きた!」
 その声を合図に、またもクルウェルはその巨大な腕を薙ぎ払った。
 棒立ちのシェリーはそこから一歩も動かず、巨木と岩石で作られた腕に軽々と弾き飛ばされる。
 インパクトの瞬間、肉と、骨がミシミシと軋む音が自分の耳にもはっきりと聞こえた。
「こんな大振りな攻撃も避けられない、そんな状態でまだ強がりを言うつもりか!」
「…もちろん」
 ヨロヨロとシェリーは立ち上がり、侮蔑の表情さえ浮かべて言葉を続ける。
「アル、あんたこいつをクルウェルだって…“いい線いってる”って、そう言ってたわよね…けどね、
私に言わせりゃ紛い物もいいトコよ」
「紛い物…だと?」
 アルケミストの顔が怒りで紅潮する。
「ええ。私は本物のクルウェルと戦った人を知っている。そしてそいつがどんな相手だったのかを、
その人の膝の上で小さい頃から聞いてきた。その時はただの楽しいおとぎ話だと思っていたけど、
今なら分かるわ。あの話は全部本当だったって」
「それが…どうした!!」
 クルウェルの剛拳が再度、シェリーを襲う。
 そしてそれは、またも棒立ちのシェリーに直撃した。
 けれど今度は、シェリーは弾き飛ばされなかった。鉄壁のようにクルウェルの一撃を受け止め、
立った場所から少しも動いていない
「え…」
「あのバカ親父…」
 驚きで目を見開くアルケミストの前でシェリーはつぶやく。
「空気の流れを読み、相手の動きを感じ取る。そして相手の攻撃をわずかに急所を外した上で、
そこに防御を集中する、そうすればダメージは最小限に抑えられる。(第一部六話で)そう言って
いたけど…メチャクチャ痛いじゃない…自分のタフさ、気付いてないわねあれは…」
「それを試すために…身につけるために、ずっと攻撃を受けてたと?」
「殺気がない攻撃だったから。たしかに本気だったかもしれない。けど、バードやダブルフェイス、
それにキース・ドーシュ…あいつらの持っていた殺意も、悪意も、邪気もなかった…」
「でも、倒すことはできる!」
 そう言ったアルケミストが片手を上げると、クルウェルの身体を構成する無数の石つぶてが一
斉にシェリーを襲った。
 だが、それらは一つもシェリーには当たらない。全てがまるで、シェリーの身体をすりぬけたか
のように後ろに流れて行った。
「終わらせるわよ」
 冷たく、透き通った水のような声でシェリーは言う。
「深遠の探求者S級幹部が一人アルケミスト…そいつとの攻防を、次で終わらせる」
「僕はアルケミストだ…これまでも、そしてこれからも!やれ!クルウェル!!」
 アルケミストがそう叫ぶと、クルウェルは大地を揺るがすような雄叫びをあげた。
 そしてさっきよりさらに多く、巨大な石塊の嵐がシェリーに襲いかかる。
 だが、シェリーは動じない。
(空気の流れを読み、動きを感じとる…)
 シェリーがそう考えながら身体を動かすと、攻撃は全て、まるで意思を持って彼女を避けてい
るかのようにすり抜ける。
 だがその流れの中で、シェリーはそっと、手を伸ばした。
(そして流れに乗った上で、合気の要領を加えれば…!)
「!!!」
 瞬間、アルケミストの額に汗が浮かび、顔色が変わった。
 シェリーに向かっていた無数の石塊がその流れを変え、立て続けにクルウェルに当たり、その
身を抉っている。
「ウソだろ…」
「うわぁぁぁあああっ!」
 攻撃を跳ね返しながら、シェリーは敵との間合いを詰めた。
 そして懐に飛び込むと、その身をねじりなが姿勢を落とす。
「ゲイル!」
 コンマ数秒の「ため」を作ってから、シェリーは矢のような飛び蹴りを放った。狙いは敵の中で
最も魔力が集中する、中心の一点。シェリーの右足は、それに正確に突き刺さる。
「効かねえよ!その程度!」
 シェリーの蹴りを見ながら、アルケミストはなおも叫んだ。実際、コアは厚く守られていてシェ
リー渾身の一撃もかすかにヒビを入れる程度でしかない。
 だがそれでも、次の瞬間シェリーも叫んでいた。
「こいつをただの!ゲイルと思うな!!」
 一撃じゃ敵を倒すことはできない、シェリーもそれは分かっていた。だから右足の蹴りが敵に
突き刺さるや、すぐにそれを足がかりに左膝を同じ場所に叩きこむ。プロレスで言うシャイニン
グウィザード風の膝蹴り、コアを守る装甲がさらに剥がれ、そしてシェリーは、クルウェルの体
に左手一本でしがみついた。
「秒間十発!フラッシュピストンマッハパンチ!!!」
「くっ…クルウェル!!」
 残った右腕を一心不乱にコアに撃ち込むシェリーにアルケミストは命じる。最初はその身か
ら散弾を発し撃ち落とそうとするが、その攻撃を喰らいながらもシェリーは怯まない。
「オ…オオオ…」
 ダメージを蓄積させつつあるクルウェルは、その身をグラつかせながらも巨大な右腕を振り
上げ、無防備な背中を晒しているシェリーに振り下ろした。
「…ツブ…れ、ロ…」
「!!」
 瞬間、アルケミストの表情が一変した。クルウェルの腕の勢いは、彼が予想していたよりも
遥かに強い。それは、仮初めとはいえ命を得た邪神が、創造主の手を離れて放った、本気
の殺意がこもった一撃だった。

グシャァッ!!

 鈍くそして巨大な破壊音、だがそれは、シェリーが壊れた音ではなかった。
 クルウェルがその巨大な腕で破壊したのは…クルウェル自身だった。シェリーは身を翻し、
向かってきた腕を踏み台に上空に逃れていた。
「トドメ…いくわよ」
 相手を見下ろしシェリーは呟いた。今の音速拳も、無防備な背中も、全て相手の自爆を誘う
ための罠にすぎない。
(空中からの蹴りはゲイルみたいに全身のバネを使っての加速はできない…けど、自由落下
の加速と、何より回転数を一気に上げることができる…二倍の高さと三倍の回転、そいつで
威力を補えば!)

「疾風来たりて嵐となれ…命名!テンペスト!!」





 シェリーがテンペストと名付けたその蹴りは、名前は嵐だが、雷光のような一撃だった。その
一撃は、もはやボロボロになっていたとは言え、クルウェルのコアを完全に貫き、風穴を開ける。
 そしてシェリーは、音を立てて瓦解していくクルウェルを背に、土煙を巻き上げながら片膝をつ
いて着地した。
「なんて…」
「言ったでしょ…紛い物なんかに…負けないって…」
 ヨロと立ち上がり、振り返ってそういうシェリー。しかし彼女は直後に膝をついた。
「ハァ…ハァ…」
 シェリーは肩で息をしていた。激戦のダメージと多技の消耗、そこに演技は見られない。
 けれど闘気は消えていない。確実に何かを狙っている。
(それでも勝機は今しかない)
 そんなシェリーを前にアルケミストは思った。手持ちの技は全て破られ、飛び道具もない。武器
らしい武器と言ったら、至近距離で相手に打ち込む麻酔針くらいしか残されていない。
 シェリー相手に接近戦を仕掛ける、それがどれだけリスクがあるかは分かっている。けれど休
ませれば回復される。そうなったら、分はもっと悪くなる。
 だから彼は走った。動かないシェリー、そのすべてを注視しながら、彼女のわずかな動きにも
対応できるように細心に、しかし全力で。
 だがシェリーまであと一歩の間合いに踏み込んだ瞬間、彼は足を滑らせた。
(え…?)
 呆気に取られ、信じられないことが起きたような顔を浮かべる彼の視界に、嫌味なほどに真っ
青な青空が映る。
「もらっ……たぁっ!」
 仰向けに倒れかかるアルケミストに、シェリーは最後の力を振り絞り飛びかかった。相手の顎先
を狙った閃光のジャブ、ピンッ!というごく軽い音とともに、アルケミストの意識をはるか彼方へと
吹き飛ばす。そしてそのまま、気絶した相手を抱え込みながらシェリーもその場に倒れ込んだ。
「………」
 シェリーは首をわずかに動かし、くっつきそうなくらい近くにいるアルケミストの顔を見た。気は完
全に失っている。そしてその顔も、体格も、すでにシェリーがよく知る姿に戻っていた。
「よし…オッケイ…」
 深い安堵のためいきをつくと、シェリーは力なくそう呟いた。

第二部第五十一話 完

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