「びっくりしたのよ。私、あの子に急に“シェリーの部屋はどこ？”なんて聞かれて…」
寮の前で最初にユエリに話しかけられた女子生徒が言う。
「体はボロボロだしまだ高校生みたいだろ？だから医務室案内しようかって言ったら
“いいから”“大丈夫だから”って…それ以上俺も、何も言えなくて」
「あのときの感じ、ちょっと怖かったわよね。鬼気迫るって言うか」
「…鬼気迫る相手にシェリーの部屋番号教えちゃったのかよ」
「ま、まあ…年下？だったし酔っぱらってるとか薬やってるとかじゃなさそうだったし」
「ポケットに警棒二本突っ込んでたけどな」
言い訳する相手にゴーツは白い目でツッコミを入れる。
「そこはまあ、ゴーツも部屋にいたっぽいし」
「そ、それにほら、シェリーってカンフーの達人なんだろ？」
「……（カンフーねえ…）…」
「あとなんて言うか、ちょっと雰囲気がシェリーに似てたって言うか…身内の子？」
「え？」
身内の子と言われて、思わずゴーツは間の抜けた声を出した。
さっきシェリーの家族写真を見た。そこにあんな子の姿は無い。じゃあ従姉妹か？
て言うかそもそも結局あの子は何者なんだ？
シェリーはさっきあの子のことをユエリと呼んでいた。ユエリ、どっかでごく最近、聞
いた気がする。
（どこだったっけ…あ）
ジェニファーが言ってた名前だ、ゴーツはすぐに思い出した。シェリーの新しい武器
レブヒート、それが“ユエリ・ロックフィールドのバルキリーロッド”を参考にして作った
と言っていた。
（それに…）
さらに自分の記憶をたどり、シェリーが前にもユエリという名前を口にしていたことを
思い出す。
「あなたが今までどれほどのことをしてきたと思ってるのよ…どれだけジニーや
アーサー、ユエリを傷つけてきた思ってるのよ…」
（そう…兄貴と対峙したとき、たしかあいつはそう言ってた…それが、あの子なのか…）
そんなことを考えていると、ポケットに入れていたゴーツのケータイがチリチリと鳴る。
呼び出し人は案の定シェリーだった。
「どうしたシェリー？」
「そっか、よかったな」
「ん、おう。オーケー…って気にすんなよ、そんなの」
「じゃ、あとでな」
そう言って電話を切ると、ゴーツは寮の出口に足を向ける。
「なんだって？」
「とりあえず、応急処置は済んだそうだ。骨は何本か折れていたが、命に別条はない
らしい。腹すかしてるから購買部で何か、消化の良いもの買ってきてくれだってさ」
「ふ〜ん、とりあえず、よかったな」
「骨折を軽傷みたいに言っちゃうのは、あなたもシェリーも感覚ズレてると思うけど」
「ハハ…ま、じゃ悪ぃけど」
言われてみればその通りだと苦笑し、ゴーツは彼らと別れようとする。
と、緊張が緩んだ彼らの表情がニヤついたものに変わった。
「まあまあ、そう急ぐなって」
男子生徒の一人が後ろからゴーツの肩にポンと手を置く。
「？」
「怪我が大事ないんだったら、少しこっちの話に付き合ってくれてもいいんじゃない？」
女子生徒の一人はそう言って前からゴーツの顔を見上げる。
「じっくり？」
「そりゃま、聞くまでもないだろ？」
「痴話ゲンカの声、まる聞こえだったもんね〜」
そう言いながら、別の男女二人が左右の退路も塞いだ。
「あぁ〜」
完全包囲し、少しどころでなくニヤつきはじめた彼らの顔を前に、ゴーツは再び、間
の抜けた声をあげる。
「そっちの話か」
「ま、そーゆーこと！」
「んで、どこまで行ったんだ？」
「何回キスした？」
「つか、ぶっちゃけもうやった！？」
わいのわいのと囃したてる彼らにどう対処するかで、ゴーツは少し困った。
シェリーが隣にいればむしろ悪乗りに相乗りしていくらでも話を膨らませられたけど、
一人だとどうにも匙加減に困る。
「とりあえず、親への挨拶は済ませたよ」
一瞬沈黙してから、わりと事もなげにゴーツは答えた。瞬間、みんなキョトンとする。
「え？親って…」
「オヤジが昨日から来てる。このへんシェリーと一緒に歩いてたみたいだけど、見なか
ったか？髪の長い、四十代半ばのオッサンなんだけど」
「いや…って言うかとりあえずでそれかよ！？」
「ああ、“とりあえず”で“それ”だな」
相手のツッコミにニヤリと笑って答える。
「あとの話は、シェリーにでも聞いてくれ。あいつもあれで結構照れ屋でな。下手なこと
言ったら、またスープレックスで投げ飛ばされちまう」
笑ってそう言うと、ゴーツはすり抜けるようにその場から離れた。
「…今、“また”って言ってたわよね…」
「てことは当然、喰らったことあるんだろうな。スープレックス」
「それを笑って済ませてるって、ある意味すごくね？」
「要は、バカップルってことよね…」
残された彼らはゴーツの背を見ながら口ぐちにそんなことを言って、やがて解散した。
「ありがと。悪かったわね」
十分後、ペロリーメイトやパン、牛乳、それに歯ブラシなどが入ったビニール袋片手
に戻ってきたゴーツに、シェリーは軽く礼を言った。
「ホントに代金いいの？」
「大した額じゃないからな」
言いながらシェリーに袋を渡すと、ゴーツは視線を壁に寄りかかっているユエリに向
けた。起きているしたしかに大怪我はしていないが、それでも腕に巻かれた包帯や、
頬に貼られた絆創膏が痛々しい。
だがゴーツと目を合わせた瞬間、それまで半ばボーッとしていた彼女の表情が変わ
った。
「キース！」
ゴーツを激しく睨みつけると、ユエリはベッドから跳ね起き、机の上に置いてあったロ
ッドに手を伸ばす。
だがそんなユエリが飛びかかるよりも先に、シェリーが彼女を抑えた。
「落ち着いてユエリ！人違いだから！」
「え…？」
取り押さえられながらユエリは改めてゴーツの顔を凝視した。たしかに顔立ちは似て
るが、体格も、何より髪の色も違う。。
「あ…その…ごめんなさい」
人違いだと分かると、申し訳なさそうに顔を赤くし、ベッドに腰を下ろした。
「いいって。兄弟なんだ。似てても仕方ねえ」
「兄…弟？」
「ちょっとゴーツ！」
「いいさ。認めたくはねえが事実なんだから。俺はゴーツ・ドーシュ、キース・ドーシュの
実の弟で…」
言うとゴーツは、シェリーを自分の方へグイと引き寄せる。
「こいつのツレだ」
「え………」
その言葉で再び警戒モードになりかけていたユエリの目が点になった。
ユエリはさらにその目でもう一度ゴーツの顔と、彼の腕の中で照れながら怒鳴って
いるシェリーを凝視する。怒鳴っているがその実全く怒っていない、そんなシェリーの
顔は間違いなく、これまでユエリが見たことないものだった。
「そっかあ…アーサーが言ってたのって、あなたのことなのね」
クスクスと笑いながらユエリは言う。
だがその一言に、シェリーは思わず目を見開いた。
「え…ちょ、ちょっと待ってユエリ」
「？シェリー？」
その反応にジェニファーが思わず口を挟んだ。その言葉でシェリーは、いったん言
葉を呑み込む。
「あ、ううん。何でもないの。ってこっちの人はジェニファー・シウム。私のルームメイト
で、ウェンフィールド財団が派遣してくれたボディガード」
「ついでに言うと、お目付役ね。この子が落第しないために」
「さ、最近は真ん中くらいまで上がってきたでしょお！？」
「まあ、苦労の甲斐あって少しはマシになってきたわね」
「へぇ…」
ユエリはニヤリと笑って、理数、そして歴史関連でいくつかの問題を出してみた。
けれどシェリーがスラスラと答えたから、思わず目を丸くする。
「…ホントに勉強してるのね」
「さすがに、高二レベルの問題じゃもうつまずかないわよ」
「…なあシェリー、んで結局、この子何者なんだ？」
「あ、そういえばきちんと紹介してなかったわね。この子はユエリ。ユエリ・ロックフィ
ールド。別の世界から来た、私の妹よ」
「別の世界…妹？？？？？」
シェリーの言葉にゴーツは目を白黒させた。ぶっちゃけ説明になっていない。それ
に何だかユエリも、妹呼ばわりされて微妙な顔をしている。
もっともシェリーもそれは分かっていた。だからそこからユエリのことについて追加
で、かいつまんで説明する。
「………（パラレル…ワールドか………）」
「どうしたのゴーツ？」
シェリーがいぶかしげにゴーツの顔を覗きこむ。
「…いや、ただ…な」
「ただ？」
聞き返すシェリーを前に、ゴーツはニヤリと笑う。
「上から７９に５４ってところだなって思っただけだよ」
「７９と５４？」
二つの数字を聞いて、横にいたジェニファーは不思議そうな顔をした。
けれどシェリーにはそれが何を指しているのか一瞬で分かった。拳を握り、顔面を
プルプルと震わせる。
「…それってまさか…」
一瞬の間をおいて、ユエリは真っ赤な顔で両手で体を隠してゴーツを睨みつけた。
それは彼女にとって、とても馴染みのある数字だった。
「ゴーツ」
冷たい声で言い放つと、シェリーは彼の脇腹を思い切りつねった。背後からなので、
反撃は受けづらい。
「私の身内にまで、そーゆーセクハラやめてくれる？」
「いだ！わ、悪かったって！！」
「て言うかさあ？まさか実はジェニファーも、測定完了してたりしてないわよねえ？」
「え？いやこれは相手の戦闘力を測る上で勝手に身に付けた副産物って言うか、戦
力測定と漏れなくセットでって痛だだだマジ痛えって！！」
「あの…ジェニファー…さん？」
シェリーとゴーツを横目に見ながら、おそるおそるユエリが口を開く。
「いいのよ別に放っといて。ただのじゃれあいなんだから。でもシェリー、意外と焼き
モチ焼きなのね」
「えっと、いや、それもそうなんですけど…あの、電話借りられます？星間通信だから、
通話料金高くなりますけど…」
「あ、ごめんね。気にしなくていいわよ、そんなこと」
言ってジェニファーは自分の携帯電話（業務用）を手渡した。ユエリはディスプレイを
見ながら、少し緊張した面持ちで番号を押し、受話器を耳にあてた。
「あ、あの、マレジア司祭？」
（………）
ユエリが口を開くと、シェリーもゴーツとのじゃれ合いを止めた。
「あの、信じられないんですけど私今、ネオパルマにいて…」
「私にも分からないの。道で前に戦ったことのある相手に襲われて、戦ってるとき急に
ワープして…」
「…うん、光った。それが無かったら、ちょっと危なかった…」
「今は、シェリーの寄宿舎にいるわ。本当に…ごめんなさい……うん、ありがと」
それらのことを言って、ユエリは電話を切った。
「…あのさ、ユエリ」
「いいわよ別に、いつも通りに話してくれて。今はもう、落ち着いてるから」
「あ…そう？」
ユエリの言葉でシェリーはあっさりと、顔色と口調をいつものそれに戻した。
「何があったの？今、司祭との話で物騒なキーワードがいくつか出てきてたけど」
「…襲われたのよ。二時間くらい前に、キース・ドーシュに」
「！！？」
その言葉で、三人全員の顔色が変わった。
「ウソ…」
「キース・ドーシュって…たしかあなたとゴーツが」
「ああ、死んだ筈だ。戦ってるときに自滅した。闇の中に、呑み込まれて行った…」
「闇の…中？」
「ああ。兄貴は“深遠”の力がどうとか言っていた。それを扱うことでこれまでにない
力を得ていたが、最後は追い詰められてそこからより多くの力を引き出そうとして、
逆にな」
「…じゃあきっと逆に、そこを支配したんでしょうね。それっぽいこと、言ってた」
それからユエリは、自分の身に起きたことについてゆっくりと語りだした。
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二時間ほど前、ユエリは一人、夕方の町を歩いていた。
教会の檀家に対し、司祭から頼まれていた用を済ませ、夕食の手伝いをするために
帰宅すべく、足早に歩く。
「あのシェリーに彼氏ねえ…」
アーサーから聞いたばかりの情報をつぶやくと、ユエリは一人クスと笑った。どんな
相手なのか、純粋に好奇心として気になる。ジニーが写真をねだるメールを出したっ
て話だし、もし手に入るようだったらぜひ見てみたい。
（明日が楽しみね）
心の中でユエリは思う。
が、その視界に見覚えがある、けれど心底二度と会いたくないと思っていた相手の姿
が入った瞬間、彼女の顔から微笑みは消えた。
「久しぶりだねえ、ユエリ・ロックフィールド」
「キース・ドーシュ…」
睨みつけながらユエリは、ポケットに仕込んでいたバルキリーロッドに手をかけた。
ポケットを改造してあるジーンズだ。ロッドを表から目立たせず、すんなり二本入れら
れる作りになっている。
だがそれに手をかけながら、ユエリは心臓の鼓動がどんどん強くなるのを感じていた。
サングラスをかけているから目の表情は読みとれない。それ以外は、前に対峙した時
の彼と表向きは何も変わらないのに、『この世ならざる者』と言い表すしかない威圧感を、
何もせぬままユエリに与えている
「そのサングラスは、イメチェン？」
「まあ、そんな感じだな。小賢しく立ち回るピエロから、深遠の残塊、その支配者へと変貌
を遂げたその証」
「深遠の…残塊の支配者？」
「ああ、なにせ」
言いながらキースは静かにサングラスを外す。その下にあった彼の瞳は、血のように
赤かった。
「ちょっと、目立つし照れ臭くてね」
「カッコつけて…どうせカラコンでしょ」
精一杯の強がりだった。実際、そんなのじゃないことは分かっている。
（止めないと！）
相手が何を考えているのか分からない。まだ夕方で多少は人目もある。でも、そんな
ことよりも先に、その気持ちだけが反射的にユエリを突き動かしていた。
「マイラ！ユウラ！！」
バルキリーロッドを抜きざまに、ユエリはフォトンブラストを発動させた。フォトン
によって形づくられた二体の妖精、それがユエリに力を与え、彼女の力をフルに引き出
させた上で強化する。
「キース…ドーシュっ！！！」
アスファルトの路面に蹴り痕がつくくらいに踏み込むと、ユエリは一直線にキースへと
立ち向かっていった。
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