〜始まりの終わりとなる日々に〜

第二部第六十一話 思い出づくり

「スト…リッ…プゥ?」
 ゴーツの提案にユエリの表情は引きつった笑顔で固まった。
「え…えっと…」
 そのままユエリは、油の切れたブリキのおもちゃみたいな動きで首をシェリーやジェニ
ファーの方へと向ける。
「いいわね。私もまだ行ったことなかったし」
「…シェリー?」
「ちょっと主旨から逸れるかもしれないけど…考えがあるんだったらいいんじゃない?」
「…ジェニファー…さん?」
 予想に反して、二人とも全然怒ったり慌てたりしていなかった。それならたぶんこの場合、
自分が思っているストリップとは意味が違う。
(て言うか、頼むから違う意味でいて)
 心の中でユエリは手を合わせて願った。とにかく今、焦りは禁物。下手にここで取り乱し
たりしたら、場合によってはかなり恥ずかしい。
「い、いいんじゃないかしら?わ、私はそういうの初めてだから、お任せするしかないけど」
「おう。じゃ、ちょっとプラン練っておく」
「じゃ私はパパに電話して…あ、大丈夫よユエリ、あなたが想像してるのと、絶対違うから」
 シェリーはそう言ってニヤリと、ちょっと意地の悪そうな笑顔を見せる。そしてそれに釣ら
れて、ゴーツとジェニファーも思わず吹き出した。
「なるほどね。ま、たしかに予備知識なかったらそっちを考えちゃうわよね」
「え?あ、いえ…」
「でも、そっちを想像しておきながら“お任せする”っていうのもなかなか大胆じゃない?」
「…いえ、別にそういうつもりでは……
 ジェニファーにからかわれて、ユエリは顔を耳まで真っ赤にして俯く。
「安心しな。俺だってそこまでデリカシー無いわけじゃねえよ」
「えっと…ちなみにどういう所なんですか?」
 ま、知らないんだったらむしろ幸い。行ってみるまでのお楽しみってヤツだ。シェリー、絶
対に事前情報与えるなよ」
「はいはい」
 ゴーツの言葉に、シェリーは笑って同意した。

 翌朝、四人は予備校の駐車場に集合していた。ジェニファーが用意した車は4ドアタイプ
の紺色のセダン、車体全体の感じと言い、品よくまとめられた革張りの内装と言い、車に
詳しくないユエリにも一見して安くないというのは分かった(イメージ:アウディA6)
 運転はジェニファーが担当し、ユエリは助手席に座る。シェリーとゴーツは、若干照れくさ
そうにしながらも後部座席に並んで座った。
「ネオパルマにはいくつのドームがあるか知ってる?」
 高速道路に入ると、ジェニファーはユエリにそう聞いてきた。
「7つですよね。地理の授業で習いました」
 その質問にユエリは即答する。
「たしかそれぞれが王都を中心とした政なる世界、エンジンの冷却を兼ねた水の世界、最
先端の技術者達が集う技(ぎ)の世界、パルマ時代の生態系の保存を目的とした森の世界、
それに一般人の居住区になる東の世界と西の世界、そして牧畜を目的とした草原の世界…」
「へえ…思ってたより知ってるのね」
「中間テストの範囲内でしたから」
「なるほどね。それなら話が早いけど、今向かってるストリップっていうのは草原の世界の中
にあるの」
「?それじゃあ、牧場とかなんですか?そのスト…リップって」
「やっぱり教科書レベルだと、まだ情報が古いわね」
 ユエリの答えを聞いて、後部座席に座っていたシェリーが得意げな顔になる。
「草原の世界が牧畜を中心としていたのは十五年くらい前までの話。冷凍しての持ち運びが
しやすいお肉なんかはネオアリサ産のに押されてかなり苦戦。それで草原の世界の人達が
活路を見出したのが、リゾート地への大規模な再開発。元々草原で平地が多かったのも、好
都合だったみたい」
「…リゾート地?」
「ああ。カジノリゾートを中心としたネオパルマ随一の歓楽街だ。それが一筋の道を意味するスト
リップと呼ばれる街道を中心に建設されている。つっても、昨日言ってたご期待に沿える部分も
あると思うぜ?」
「えっと、それってどういう…」
「まあそれは、着いてからのお楽しみにしましょう?」
 そう言うとジェニファーはアクセルを踏み込んだ。高速道を走り、ドーム間を連結するトンネル
を抜け、一面の草原地帯をしばらく走る。そして遠目に銀色の、高い塔のようなものが丘の上
に建っているのが見えた。
「あれがストリップの玄関口、バヤマーレの塔だ」
「バヤ…マーレ?」
「ええ。それに上を見てみなさい」
 言ってジェニファーはサンルーフを開ける。ユエリが言われるままに上空を見ると、そこには
一棟の巨大な天空城が在った。
「え!?あれって…」
「エアキャッスル、かつてのパルマ摂政にして闇に堕ちた国王、レイバード・ラ=シークの居城だ。
ま、もっとも予算と安全面の都合でありゃ立体映像だがな」
「映像…なんですか?あれ。遠目だけどホンモノにしか…」
「そりゃ、せめて立体映像の技術と設備は、最高のモノを使っているみたいだからな」
 苦笑してゴーツは言い、そしてそのままやや自慢げに、解説を続けた。
「バヤマーレとエアキャッスルだけじゃない。砂漠の中にある湖や氷の星の地下居住区、それに
検問所を舞台に留置所から隠し通路を見つけて脱出しろだのゾンビが徘徊する極寒の地の死
体置き場から伝説の鎧を見つけ出せだのというデカい建物まるごと使ったアトラクションだのと
まあ色々あるワケだが、それはみんな過去のアルゴル太陽系に存在した景色や建物がモデル
で、スケールはいじりながらも可能なかぎり再現している」
「アルゴルの…」
「ああ。今から三千年前、俺らの遥か昔のご先祖が捨てた故郷だ。知ってるとは思うが」
「それは知ってるけど…でも、なんでわざわざそんなことを?」
「やってみたくなったからってことなんだろうな。さすがに古すぎて断片的な物もあるけど、幸い、
当時の写真やデータはそれなりに残ってる。少なくとも、途中で文明衰退レベルのドンパチやっ
てたアリサ三世よりかはな。今がそれを形にする、チャンスだと思ったんだろう」
 言ってゴーツは笑う。
「自分の目で見て、手で触ることのできるのできる、これまで生きてきた連中とその世界の縮図、
それなりにリクエストに沿えてるかと思うんだけどな」
「まあ、それを再現するのがカジノホテルや遊園地的なアトラクションっていうのは少し俗っぽい
気はするけどね〜」
「うるせえ。それで、どっから行きたい?バヤマーレは最後にとっとくとして、やっぱりオススメは
ペルセウス湖のレイクサイドリゾートなんだが。ストリップも最近は博打打ち以外の客も集めよう
って欲かいて、去年大々的にオープンしたばかりの目玉スポットだ。絶対、損はしないと思う…」
 と、熱心にそう語るゴーツの隣で、シェリーが彼の肩をチョンチョンとつついた。
「おう?」
「…私もそこの広告は見たことあるんだけどさ、たしかそこ、かなり立派な湖水浴場があるのね。
あたりのホテルも、中には泊まり客以外にもレンタル水着のサービスをやってるとこもある」
「おう」
「まさか“水着の女の子三人に囲まれる絶好のチャンス”なんて思ってないわよね?」
「否定はしないぜ?男である以上は」
「あんたね…」
 あまりにあっさり肯定されて、シェリーは逆に言葉に詰まった。
「だからってそっち系の話は」
「二人っきりのときだけにしてちょうだい、かしら?」
「ちょっ…ジェニファー!う、運転に集中してよ!!」
 一瞬で顔を真っ赤にして、シェリーはあわてふためいて叫んだ。そしてユエリはそんな、これ
まで見たことのないシェリーの顔を見てまた笑う。
「ほ、ほらユエリ!リクエストとか無いの?て言うか趣味とかそういうの!」
「私の趣味…」
 言われてユエリは少し考える。
「絵を観るのとかは好きだけど(第二部第六話より)」
「絵、か…そうか、そういう方法もあったな…」
「ゴーツ?」
「ジェニファー、運転代わるわ。少し先のカイザービルってとこの中にギャラリーがある。絵が
好きだって言うならちょうどいいかもしれん」

 それからまもなく、道路脇に車を停めると二人は運転を代わった。
 そして二十分ほど車を走らせると、ゴーツは繁華街の中心から少し離れたところにある、高
層ビルの駐車場に車を滑り込ませる。
「着いたぜ」
 素っ気なくそう言うと、彼は車からキーを抜いた。

 ギャラリーは四十階建てのビルの最上階にあった。街外れの美術館、まだ午前中ということも
あって、人はそう多くない。ゴーツは受付で係員と少し何か話をしてから戻ってくると、チケットを
全員に渡した。
「まず最初に、見てもらいたいモンがある」
 入り口から奥に進むこと十数メートル、途中にあった風景画や人物画、彫刻などには脇目も
ふらず歩いて行った先に、彼が目的としていた絵はあった。
「これって…」
 畳ほどもありそうな巨大なキャンバスに描かれたその絵に、三人は息を呑んだ。
 暗黒に染まった天は裂け、世界を妖魔が埋め尽くす、傷つき、逃げ惑う人々はしかし、ある者
は恐怖に色濃く染まっているが、反面妖魔を恍惚たる目で眺め、崇めるような素振りさえ見せる
者達もいる。そして左隅には血まみれの剣士と思しき一人の男が膝をつき、血涙を流しながら
折れた刀を手に妖魔の群れを睨みつけている。全体的にあまりに非現実的な風景でありながら、
しかし圧倒的なまでのリアリティを感じさせる一枚の絵、絵画としての出来はともかく、少なくとも
女の子達に是非にと見せるような物ではないように思われた。
「…あれ?ゴーツ、これって…」
 だが視線を剣士に向けたところでシェリーは口を開いた。その顔にはどこか、見覚えがある。
「ああ。師匠の若い頃だ。と言うかこれ自体、師匠が描いた絵だ」
「!!」
 その一言にユエリは目を見開いた。
「“バード”の教団内での役割は武力だけじゃない。芸術面でも、その腕はトップに君臨している。
ダークファルスに侵されたネオパルマ、このテーマで師匠は定期的に絵を描いている。その多く
は教団施設で飾られているが、中には好事家を通じて売却し、資金源としている物もある。これも、
その一枚ってところだろう」
「これが…」
 ゴーツの解説を聞き、ユエリはまたその絵に目を向ける。けれど彼女は、そこに違和感を感じた。
「これが、仕事で描いた絵だって言うんですか?」
「?どういう意味?」
 言葉の意味を掴みかねて、シェリーはキョトンとする。
「お金目当てや業務として描いたようには見えない、そう言いたいのかしら?」
「…はい…」
 ジェニファーの問いかけにユエリは首を縦に振る。
「たしかに、それだけじゃないだろうな。あの時の気持を忘れないためにも描く、師匠はそう言って
いた。そのとき感じた絶望感、敗北感、圧倒的な力への憧憬、それら全部引っくるめて。群衆の表
情は当時の実像であると同時に、自分の心の投影でもある、そう言っていた」
「………」
 それからユエリは、しばらくその絵を見つめていた。
 数歩後ろに下がって全体を見渡し、それから許される範囲でめいっぱい近づいてディテールを
凝視する。シェリー達はそんなユエリのことを三十分以上、ただ後ろで黙って見ていた。
「ありがとうございますゴーツさん」
 頭を上げ、ひとつ息をついてユエリは言った。
「師匠のこと、何か分かったか?」
「いいえ」
 微笑みながら、ユエリは首を横に振る。
「分からないのが分かったって感じです。たぶん会って話ができたとしても理解できないと思うし、元
の世界でパパやママに話せる人とも思えない」
「…まあ、そりゃそうだろうな。カタギじゃねえし」
「ただ、なんて言うか…お爺ちゃんとは気が合ったと思います。お爺ちゃんとも、結局一度もじっくり
話をしてないから、あくまでも“そんな気がする”だけなのかもしれませんけど」
「ディルナ・ロックフィールドって言ったっけ、爺さんの名前」
「?はい」
「俺も会ってみたかったな。一歩間違えてたら、こちとら存在しなかったんだぞと文句の一つでも言
って、軽くぶん殴っておきたかった」
「強いですよ?」
「師匠が勝った相手に、負けるワケにゃいかねえよ」
「フフ…」
「ハハ…」
 ユエリが笑うとゴーツも笑い、シェリー、そしてジェニファーもつられるように笑った。
「あの、他の絵とかも見てみていいですか?」
「もちろん」
 シェリーが言うと、ユエリは嬉しそうに足を速めた。
「ありがとね」
 そんなユエリの背中を見ながらシェリーが言う。
「絵が好きだってのを聞いて、ここのこと思い出してな。ぬか喜びさせるといけないから、係員に確
認するまで黙ってた」
「まあ、無かったら無かったでも楽しんでくれてたとは思うけどね。お土産にここのガイドブックでも
プレゼントしようかしら」
「そういうのって結構するわよ?お金足りてる?」
「…貸してくれると、ありがたいかな。できれば分割払いで」
「はいはい。さ、私達も回りましょう?」

 結局四人は、ユエリに付き合う形で午前中はまるまる美術館で過ごした。
 それからホテルのビュッフェ(こちらの発音では『バフェ』と言うらしい)でネオパルマの味を堪能
し、それからユエリの希望で死体置き場をモチーフにしたというホラーハウス“グアランの死体置
き場”に向かう。
「ユエリ…あんたこういうの好きだったの?」
 おどろおどろしい建物を前にシェリーが尋ねる。
「大好きかどうかはともかくとして結構好きかしら」
「そう…」
 相槌を打つ彼女の表情は、かなり暗い。
「シェリー、あなたもしかしてこういうの苦手?」
「ものすごく意外だな…て言うか普段もっととんでもない化け物とやりあってるのにか?」
「やりあえる相手ならいいのよ」
 ため息まじりにシェリーはつぶやく。
「こういうのっておどかされるばかりで反撃できないじゃない。したらしたで怒られるし」
「そりゃまあ…て言うか、反撃したのか?」
「小学生のときにね。ちょっとお化けの機械相手に反撃のフライングレッグラリアートかましたら
建て付けの悪いセットがそれこそどこぞのコントの落ちみたいにバキバキと崩れて、セットの下
敷きになってケガするわ親にもすごく怒られるわ…酷い話だと思わない?」
「なるほど…たしかにそりゃ酷いな。主にお前が」
「え゛…」
「同感、バカね」
「悪いけど…バカだと思う」
「ちょっ…たかが小学生の茶目っ気でしょ!?と、とにかく行くわよ!私だってもう18なんだから、
いくらトラウマが残ってるって言ったって、ショセン演技ノほらーはうすクライ…」
「あれ?でもここのホラーハウス、制限付きだけど反撃できるみたいよ?」
「え?」
「あらホントね。入り口で剣、爪、銃、杖から好きな武器を選んで、って…」
「………」
 それを聞いて、シェリーの瞳がキュピーンと輝く。
「さ!じゃあ行きましょうか!ゴールの宝箱まで行ければ記念品も貰えるみたいだし!」
 数秒前とは別人のような爛々たる目つきとともに、シェリーは集団の先頭を歩き出していた。

そして一時間後、夕方…

「ああもう!ムカつく!!」
 悔しそうに手のひらを殴るシェリーの声が車の中に響き渡る。
「途中まではトントン拍子だったんだけれどね」
「ホント、楽勝だと思ってたらまさかゴールの扉手前で落とし穴があるなんて…」
「けどま、面白かったじゃねえか。落とし穴のあとの巨大滑り台とか」
「終着点がボールプールで良かったわ。テレビみたいに水のプールとかじゃなくて。ま、さすがに
水着でもない客相手にそんなことしないだろうけど」
 四人はそんなことを話しながら、バヤマーレの塔に向かっていた。塔の高さは300メートル、
ネオパルマどころかこの星系にある建物の中でも圧倒的に高い建築物になる。彼らはジェニ
ファーが事前に押さえておいたチケットを片手に、展望台に通じるエレベータに乗り込んだ。

「うわあ…」
 屋外の展望台に出た瞬間、ユエリは思わず感嘆の声をあげた。夕陽に照らされた街は黄金
色に輝き、その華麗さ、壮大さに目を奪われる。
「それに、あれが…」
 次にユエリの目を引いたのがゴーツが朝に言っていた人工湖だった。名前はペルセウス湖と
言うらしいその湖は彼女が思っていたよりもずっと大きく、砂浜も夕陽で赤く染まる。浜辺には
椰子の木と建設中の物も含めたホテルが建ち並び、多くの人々で賑わっているのが遠目にも
分かった。
(あそこはあそこで、行ってみたかったかな)
 ちょっぴり悔しいなと、ユエリは思った。
 それから反対側に回ると、そこにはやや古ぼけた、おそらく開発開始前の雑多な建物郡が並
び、そこから先は、まだ一面の牧草地帯が広がっていた。右を向くのと左を向くのでは全くの別
天地が広がって、まるで不思議の世界に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。
「これがネオパルマ…それに、アルゴル太陽系をモデルに作り上げた街…」
 展望台をぐるりと一周し、そこからの景色をひとしきり堪能した後、ユエリは壁にもたれかかる
ジェニファーを見つけた。
「あれ?ジェニファーさん一人ですか?…シェリー達は」
「あそこよ」
 ユエリの質問にジェニファーは呆れ果てた顔と口調を見せながら、ゆっくり視線を動かす。
 その先には、夕日を前にぴったりと肩を寄せ合い、眼下の世界を見下ろしながら二人の世界
に浸りきっている二人がいた。
「本当にキレイね…」
「できれば夜景も見せてやりたかったんだけどな。ここからの景色、夕方が黄金なら夜景は宝石
箱って言われてる。ま、オヤジが夜しか時間ないって言うんだから仕方ねえ」
「じゃあ、また来ましょうよ。ペルセウス湖の湖水浴ってのもしてみたいし。その…二人でさ」
「をぅっ……」
 照れ気味にそう言うシェリーの言葉にゴーツは言葉にならない声をあげ、その表情が思わず緩
む。
「それ、ついでに部屋もおさえといていいか?」
「それは………パパに勝ってからかな」
「オヤジがこっちにいるのって、いつまでだったっけ?」
「来週いっぱい」
「…けっこう時間短いな」
「言われてみれば、そうね」
「言われてみればって、考えずに言ってたのかよ」
「あ、あはははは…」
「ま、それでもやるしかないんだけどな」
 ゴーツはそう言って笑い、シェリーも微笑む。
 そして、二人の間に沈黙が訪れた。
 と言っても別に気まずい沈黙じゃない。肩を寄せあって、同じ景色を真っ直ぐに見つめて、ただ
それだけで、居心地の良さを感じる、そんな沈黙だった
「まったく…放っておいたら文字通り日が暮れるわね。適当なところで切り上げさせないと」
「ですね」
「こういうのをこれから延々何ヶ月も間近で見せつけられるわけよ。酷い話だと思わない?」
「それは…ご愁傷様ですとしか…」
「ま、それはそれで楽しみ方もあるんだけど。ところでユエリちゃんは彼氏とかいないの?」
「いっ、いません!」
 ジェニファーの問いかけを、ユエリは慌てて否定する。
「電話で話してたシェリーの弟くんは?」
「関係ないです!」
「そう。それならそれでいいんだけど」
 さらにムキになるユエリに対して微笑んでそう言うと、ジェニファーはそれ以上詮索しようとはし
なかった。
「さ、いつまでもそうしてないで次いきましょ。この時間帯、道路混むんだから」
 言いながらジェニファーは、いつの間にか見つめる対象が眼下の景色から目の前の相手に変
わり、五秒後にはキスをしていそうだったシェリーとゴーツを引き剥がした。

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