〜始まりの終わりとなる日々に〜

第二部第六十七話 ハードモード

「ジニー!」
 眼前に迫るモンスターの大群、それらと戦うためにアーサーがまずしたのは敵との
距離を取ることだった。妹を抱えながら、視線は逸らさずバックステップで敵群との
距離を確保しながら、アーサーは頭の中を整理する。
「よし、僕がまず突っ込んで敵を引きつける。だからジニーは…」
「あ、言い忘れてたけど」
 アーサーがジニーに作戦を伝えかけた瞬間、リィズの声がフィールド内に響く。
「一般的なテレビゲームとかと違って、あなた達同士の攻撃にも当たり判定きちんと
あるからね」
「え?」
「妹さんの放った火の玉がお兄さんの体をすり抜けて行くとか大爆発の中心にいても
無傷とか、そういうことは無いから」
「ありがとうございます!理解してます大丈夫です!!」
 咄嗟に言い返したが、こめかみの辺りには冷や汗が浮かんでいる。ゲーム感覚と
言うつもりも無かったけれど、ジニーのマジックの破壊力をそのまま喰らう自分の
姿も想像していなかった。と言うか、想像したくない。それがどれほどの力を持つ
のか、間近で見たこともあるので十分すぎるほどに想像はついている。
(それでもとにかく、まずは数を減らさないことには話にならない。だから)
「ジニー!どんなのでもいいから攻撃マジックを叩き込め!」
「えっ?」
「狙いは適当でいい!威力重視でぶっ放せ!あれだけいれば、どれかには当たる!!」
「う、うん!分かった!!」
 アーサーに首根っこを掴まれ、半ば引きずられるように敵群との距離を取りながら、
ジニーは必死にその腕に魔力をこめるべく念じ、力を溜める。ジニーの右手の周囲に
4つの火球が集まり、1つに集約していく。
「フレエ…」
 だが、ジニーがマジックを発動させるよりも早く、巨大なハエのようなモンスターが
巨大な羽音を立てながらジニーの眼前に迫る。
「きゃぁっ!!」
 引きつった声とともにジニーのフレエリはモンスターではなく、アーサーの顔面めが
けて飛んで行った。
「うわぁっ!?!?」
 アーサーは反射的にジニーを思いっきり突き飛ばし、オーバーアクション気味に仰け
反って、髪一重でそれを回避する。そしてそのままトンファーの一撃で目の前にいた敵
を一撃で潰した。どうやら戦闘力自体は大したことが無いらしかった。
「痛たたたた…お兄ちゃん!尾てい骨打った!!」
「バカ!もっとよく狙え!!」
「狙いはテキトーでいいって言ったの、お兄ちゃんの方じゃない!!」
「限度があるだろ!限度が!!僕の方に撃ってどうするんだ!そもそも、わざとじゃ
ないよな!?」
「な、なんでそんな発想になるのよぅっ!私だって分別はあるもの!こんなときに恨
みを晴らそうとか思ったりするわけないじゃない!」
「そもそも恨み持ってるような言い方するんじゃ…ジニー!」
「お兄ちゃん!」
「「危ないっ!!」」
 瞬間、アーサーとジニーの背後にはそれぞれ別のバイオモンスターが迫っていた。
 二人は同時にそれに気づき、同時に立ち上がり、相手をかばおうと走る。
(やばい!ぶつかる!)
 咄嗟の判断でアーサーは無我夢中なジニーの突撃を受け止め、抱きかかえながら横
っ飛びに跳躍する。それで何とか、かすりながらもジニーを狙っていた青白い狼の爪
も、自分を噛み砕こうとしていた宙を舞う巨大な蛇の牙も、同時に回避することに成
功した。
「こいつっ!」
 妹から離れ、青白い狼の真下に潜り込むと、アーサーはアッパーカット気味の一撃
で敵の顎骨を砕き、怯んだところで右の前脚にも一撃を入れる。そうして弱って、前
屈みになった相手の顔面、眉間と顎先、そして喉仏の三箇所に拳の連撃を叩き込むと、
ダメージ設定を超えた青白い狼は目の前から消滅していた。
(こいつ一匹仕留めるのに五発も叩き込む必要があった…ってジニーは!?)
 我に返ったアーサーは慌てて妹の姿を探す。ジニーもまた、必死に戦っていた。
「近寄らないで!」
 同時にジニーは一人で後ろに逃げながらしかし、指先に再び魔力を収束させていた。
 そして敵がジニーに噛み付くよりも先に、ジニーはマジックを放つ。
「ヒューン!」
 真空の刃が、ズタズタに敵を切り裂く。こちらは一撃で勝負がついていた。
 だが、その背後からすぐにまた、次のモンスターがジニーに迫っていた。
(えっ…)
 目玉のないその蛇のようなモンスターは口から光の玉を吐き出そうとしていた。
 ジニーは慌てて次のマジックを撃とうとするが、どう考えても間に合わない。更に
左右にも別の、足の速い小型のモンスターが彼女の退路を塞いでいた。
「ジニー!前だ!前に走れ!!」
 状況を確認しながらアーサーは叫び、まずは光の玉を吐き出しそうな蛇の頭に背後
から一撃を入れる。それで敵は自滅した。そして着地するとジニーの前に立って他の
敵の動きを牽制する。
「ジニー、僕が指示を出すし、近寄ってくる雑魚は倒す。だからとにかく、大きくて
強そうな相手を倒すことに集中してくれ」
「…うん!」
 アーサーの言葉に、ジニーは今度はしっかりと頷いた。今の一連の戦闘でアーサーに
背中を任せられると思ったし、自分のマジックが相手に通用することも分かった。心に
余裕が出来ていた。

 そして、そこからの戦闘は比較的スムーズだった。少し手間取りはしたものの、ほぼ
ノーダメージで敵は全滅。けれど、二人の表情は今ひとつ晴れなかった。

「ご苦労さま。でも納得はしていない、二人ともそんな表情ね」
「「はい…」」
 リィズの言葉に、二人は素直に力なく答える。
「途中からコンビネーションは安定していたけれど、逆に言うとお互い、一人で相手を
倒し切ることは出来なかった」
「おっしゃるとおりです」
「それにかかった時間は25分、もう少し早く出来た、と思っているんじゃない?」
「あの、もう1回トライしていいですか?お兄ちゃんも私も」
「いいえ、時間も限られているんだし同じことをやっても仕方ないわ」
「え?」
「一気にレベルを上げるわ。今回の戦いは2対多数だったけど、次は2対1での戦いに
挑戦してもらう」
「え???」
 聞き間違いかと、二人は思った。
「2対1って、わたし達が2なの?」
「ええ」
「相手が1?」
「そうよ」
「それってむしろ、難易度が下がるんじゃあ」
「あら?そう思うんだったら頑張って」
 リィズがそう言うと、二人の背後から足音が聞こえてきた。
 最初はゆっくりとした足音だったけれど、それはすぐにタッタッタッという駆け足の
音に変わる。そして最後にそれはタンッ、という跳躍音に変わり、二人の頭上を一陣の
風が通り抜け、見慣れた姿が二人の前に着地した。
「ね、姉さん…?」
「お姉ちゃん…?」
 二人は絶句した。目の前にいるのは自分たちの姉、シェリー・ハランツその人だった。
「プログラムだけどね」
 ポカンと口を開けた兄妹二人にリィズがフォローを入れる。
「さすがに情報量が膨大になるし、ネオアリサとネオパルマには距離もあるから、リアル
タイムでの通信対戦ってワケにはいかないわ。ここにいるのは少し前にシェリーさんから
提供された戦闘データをベースに作られたプログラムよ」
「プログラム…」
「すごい…本当にお姉ちゃんにしか見えない…」
「って、提供ということは姉さんが自分でデータを?」
「ええ。すっごく嬉しそうに全面協力してくれたわ。モーションキャプチャーとかまるで
格闘ゲームの開発みたいだって言って」
(だろうな。目に浮かぶ)
「ちなみに今回用意したシェリーさんのプログラムをさっきあなた達が戦ったモンスター
相手に試しに戦わせてみたら5分40秒で勝利したわね」
「5分…」
「…40びょう…」
 自分たちよりも4倍以上速いクリアタイム。その事実にアーサーとジニーは絶句する。
「二人とももう体力魔力は回復している筈よ。それじゃあレディ」
「え、あ、ちょっと待っ」
「ゴー!」
「って、えっもう…」
「遅い」
 驚き、戸惑っているアーサーの懐にシェリー(のプログラム)はいとも簡単に飛び込んで
いた。引きつる弟の顔を下から見上げながら、その口元はニヤリと笑う。
「武神っ!」
「がっ…」
 マーク直伝の拳技、武神の咆哮。防御すら間に合わない一撃をみぞおちに叩き込まれて、
アーサーはメートル単位で吹っ飛ばされる。
「えっ…」
「今度は…こっち」
 瞬間、ジニーは攻撃をするための魔力を集中させることも忘れていた。そしてシェリー
(のプログラム)がそんな隙を見逃す筈もない。
「音速脚!」
 ダン!という破裂音にも似た音で地面を蹴り飛ばすと、瞬時にシェリーはジニーとの距離
をゼロに詰めていた。アーサーは見上げていたが、ジニーのことは上から目線で見下ろす。
「お、お姉ちゃ」
「悪いけど私、プログラムだから」
 左手でジニーの右手首を握り、握力を強くすることで魔力の集中を封じ、そこから流れる
ような動きでジニーの襟首を掴む。その次の瞬間には見事な背負投げでジニーの瞳に映る世
界は天地が逆になっていた。
(え???)
 ジニーには自分が何をされているのか、きちんと理解することさえ出来なかった。ただ眼
の前の世界がグルンと回って、しかし背中は叩きつけられることなく一回転して再び両足が
地面をついていた。そして呆気に取られているところを額に強烈なデコピン(かなり痛い)
を喰らい、うめき声をあげながら額を押さえる。
「うう…」
「まったく、不甲斐ないったらありゃしない」
「…え?」
 シェリーの姿をしたプログラムが発した筈のその一言に、ジニーとアーサーは呆気に取ら
れた。20文字にも満たないその一言だけど、その言葉は明らかにさっきと雰囲気が違う。
「本物の…姉さん?」
「そーよ、ちょっと回線つないでもらったの。ジニーに背負い投げをかけようとしたあたり
からね。さっきまでの戦闘も、見させてもらってたわ」
「…黙って見てたのかよ…」
「お姉ちゃん、悪趣味…」
「ごめんごめん。まあ、そろそろホントに回線切るけどね。明日の小テストの準備もあるし」
「そんなこと言って、どうせ回線はつないだままにして裏でこっそり見てるんだろ?」
「しないわよ、そんなこと」
 少しムッとした声でシェリーは言う。
「あんた達、私を何だと思ってるのよ?こっちもヒマじゃないんだし、それにいくらシミュ
レータ用のプログラムだって言っても、私の姿形をしたモノがあんた達を延々とボコボコに
する姿を見る趣味は無いわよ」
「!…言ってくれるね…」
「え???」
「姉さんの分身に、僕らじゃまるで勝ち目が無いって?」
「………あ」
「ちょっとお姉ちゃん!今のそういう意味だったの!?」
「いや別に煽ったりけなしたりするつもりは無かったんだけど…でも実際そうじゃない?
少なくとも今の時点じゃ、2対1でも負ける気はしないわよ。私だってネオパルマに来て
から、それなりに修羅場くぐって来たんだから」
「らしいね、少しは父さんから、話も聞いてる」
「でしょ?だったら荒事は私に任せておいてよ」
「戦って受験勉強して、戦闘用プログラムのモーションキャプチャーに協力して、さらに
彼氏まで作っている人に?」
「ちょっ…それも聞いてたの???」
「一応ね。ったく、姉さんいくら何でも欲張りすぎだよ。姉さんがジニーに(五十五話で)
送った写真も見させてもらったけどさあ…」
「すっごく良い写真だった!お似合いだった!!」
 シェリーとアーサーの会話に捩じ込むように割り込んで、二人がびっくりするくらいに
ハキハキとした言葉遣いでジニーが言う。
「ねえ!仲良くやってる?優しい人??お姉ちゃんの事、大事にしてくれそう???」
「き、急にスイッチ入ったわね…えっと…そ、そういう話は後でするから!」
「手つないだ?デートした??キスとかもうした???」
「だから場所を考えなさいって!!リィズさんの前でする話じゃないし、後ろで私のルーム
メイトも笑ってるし!!とりあえず通信切るわよ!」
 余裕が吹っ飛んだ、慌てた声でそう言い残すと、シェリーは一方的に通信を終わらせた。

「ジニー…」
「?」
「なんかお前、姉さんの彼氏に妙に関心あるよな」
「えっ?そ、そう!?」
 アーサーの訝しげな問いかけに、ジニーの顔が一瞬で真っ赤になる。
「前もなんか変な反応してたし…まあ、いい。とりあえずそんなことより、今は目の前の姉
さんもどきだ」
「うん」
「僕らに勝ち目は無い。戦えば延々とボコボコにされる、その見通しが甘かったってこと、
あとできっちりと報告してやらないとな」
「うん!」
「それではリィズさん、すみませんプログラムの再開を…っ!!」
 アーサーがそう言いかけたときには、『シェリー』はすでに再び、懐に飛び込んでいた。
 さっきと同じように身を屈め、アーサーのことを小馬鹿にしたような視線を向けながら、
すでに攻撃態勢に入っている。
(当たり前だ!)
 瞬間、アーサーはさっき言いかけた言葉を悔やんだ。実戦を想定した訓練、なのに開始の
合図がかかることを当然のように考えていた自分、あまりに考えが甘すぎる。
 それでも何とか、相手の動きを目で追いながらアーサーは守りを固めようとした。避ける
のは無理でもダメージを最小限に抑え、反撃の糸口を掴もうとした。
 けれど相手はそんなアーサーの動きを読んでいた。左手でサッとアーサーの目を覆い、視
界を塞ぐ。そして視界を奪われたアーサーが慌てて後退しようとしたその足元を、簡単に払
って転ばせた。
「うわっ!」
 倒れ込みながらしかし、目隠しの隙間から、後ろでジニーがフレエリを放ったのが見えた。
この角度なら自分には当たらない。そしてシミュレータのシェリーが今から止めに入っても、
たぶんジニーには届かない。
「ええい!」
 巨大な火球がシミュレータシェリーに迫る。だが彼女に慌てる素振りは見られない。
(やっぱり機械だから?)
 アーサーとジニーはそう思った。
 だが次の瞬間、シミュレータシェリーの右手はフレエリの火球を受け止めていた。彼女が
いつの間にかつけていた機械式の薄いグローブから青い光が出て、それとジニーのフレエリ
が相殺されるかのように同時に消えていく。
「マジックを…」
「止めちゃった…?」
「フォトンウェポン『レブヒート』」
 唖然とする二人に、リィズの声が響く。
「ユエリ・ロクフィールドが持っていたバルキリーロッドの特性を解析して財団で作り上げ
た試作品。シェリー・ハランツにも同じ物を渡したわ」
「………」
「ホンモノの彼女は一撃必殺の攻撃系の武器に使いたいようだけれど、今は防御系の装備と
して使っているわ。ジニーさん、私達の研究があなたのマジックに対してどれだけ有効かも
確かめたかったから」
「………」
 シミュレータのシェリーは無言でその場から動かずアーサーに、そしてジニーに視線を
向ける。そして『どこからでもかかってらっしゃい』と言わんばかりに、二人に向けて指
招きをした。

第二部第六十七話 完

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