あれは、本当に事故だったんだ…
小学校の卒業式を明日に控えたあの日、中学の制服が家に届いた。
待ちに待った制服だった。さっそく着替えて、鏡の前に立つとなんかそれだけ
で急に大人になった気がして、まずはそれをいつもお姉さんぶってる幼なじみに
自慢したくなった。笑っちゃう話だよね。その発想がそもそもそも子供じみてるっ
て言うのに、それに気づかないなんて。
とにかく僕は、ちょうど借りてたマンガもあったからそれを返しに行くことを口実
にして、制服姿で駈け出して行ったんだ。
「リビアさん！こんにちは！」
「あらアル君こんにちは、それ中学の制服？似合ってるじゃない」
「へへ…ねえ、シェリ姉いる？」
「ええ、ちょっと前に学校から帰ってきたわよ」
「ありがと！」
僕はそう言って、階段を駆け上がった。そして勢いよくシェリ姉の部屋のドアを
開ける。
「シェリね…ぇ？」
瞬間、僕は凍りついた。シェリ姉は、着替えの真っ最中だった。お互い目があ
って、僕はドアノブを握ったまま硬直する。
「あ…アル…？」
「ごっ、ごごごごゴメン！！」
シェリ姉の“えっ？”って顔、真っ白な肌と薄緑の下着が視界に飛び込んできて、
僕は持ってたマンガを放り投げると逃げるように家に帰った。もう一度、誤解や
勘違い、事実誤認がないように繰り返し強調しておくけれど、あれは本当に事故
だった。
ベッドに飛び込んで、枕に顔をうずめて目を閉じても、シェリ姉の下着姿が頭に
焼き付いて離れない。洗面所に行って顔を洗っても、熱くなった顔は全然冷えない。
心臓も、音が聞こえるくらいにバクバク言ってる。
（なに考えてんだよ自分！相手はシェリ姉だぞ！？）
そう言い聞かせて他のことを考えて気を紛らわそうとしても、シェリ姉の姿ばかり
が浮かんでくる。ゲーム機の電源を入れる気にもなれなくて、転がってたマンガ雑
誌を手にとったらちょうどキスシーンのページを開いちゃって、僕は慌ててそれを
放り投げる。
（だったらせめて…）
僕はせめて、昔の事を思い出して衝撃を薄めようとした。なにせ相手は幼稚園
に入る前からの幼なじみ、思い出すネタはいくらでもあった。深呼吸をして、目を
閉じる。すると、色々な思い出が浮かんできた。ゲームとか公園とか、一緒に遊ん
だときのこと、くだらないことでケンカして、仲直りして、一緒にリビアさんの作った
パイを食べたこと、いじめからかばってもらったこと、運動会で同じ組になったとき
のこと、一緒に花火を見たときのこと…そんなことが何十個も浮かんでくる。
でも、そんな昔のことを思い出せば思いだすほど、考えれば考えるほど、逆に
シェリ姉のことしか考えられなくなって、どんどん胸が苦しくなった。明日の卒業式
のことなんてどっかに吹き飛んで、夕飯もロクに喉を通らなくて、ベッドに入っても
明け方近くまで寝付けなかった。
でも次の日、卒業式に行く途中でシェリ姉にバッタリと出くわした。
父さん母さんが一緒だったから隠れることもできなくて、だから僕は二人を先に
行かせた。
「あ、あの、シェリ姉、その…昨日は、ごめん…」
「まったく…責任とってよね」
「せっ責任！？！？！？」
（それってつまりそのけけけ結こｎ）
「なんて冗談よ。て言うか慌てすぎ。ま、その反応みるかぎり、わざとじゃなかった
のは間違いなさそうだけど」
「ちょ、ちょっとぉ.....（今のは、言っちゃいけない冗談だよ…）」
ケタケタと笑うシェリ姉の顔を見て、妙に切なくなった。
「て言うかアル、何もそこまで嫌がらなくてもいいんじゃない？」
「え？いや今のは別に嫌がってたワケじゃ…じゃなくってシェリ姉も着替えるときは
カギくらいかけといてよ！女の子なんだから！」
「ま、そこは私も悪かったわね。アンタが飛び込んでくるのも初めてじゃないんだし。
ところで珍しいわね」
「？何が？」
「アルが私に“女の子なんだから”なんて言うの。珍しいどころか初めてじゃない？」
「そ、そう？」
「そういうこと言ってくれるからには、ノックくらいちゃんとしてよね。『女の子』の部屋
に入るときには」
「う、うん…その、やっぱりごめん…」
「だからいいって。それじゃあアル、卒業おめでと」
「ありがと。シェリ姉も卒業おめでと」
「私の式は明日だけどね。それじゃ」
笑ってそう言うシェリ姉の後ろ姿を、僕はただ立って見てることしかできなかった。
小さくなってく後ろ姿を見ているだけで、ドキドキした。
（この気持ちって…これってやっぱり…）
右手を胸に押し当てて、僕は自問する。
（いや、そんな筈はないな、そもそも…けどそれでも…えっと、いやそうじゃなくって）
（………ハァ…）
しばらく自問自答を繰り返してから、すごく深い溜息が出た。いくら誤魔化そうとし
ても、認めなきゃダメなのかなって思った。
（好きになっちゃったってことなのかな…）
ものすごい自己嫌悪。最低だ…いや、シェリ姉を好きになったのが最低なんじゃ
なくって、きっかけが最低すぎる…もっとこう、意外な優しい一面を偶然見たとか、
そういうものであってほしかった。
そんなことを心の中で繰り返しながら、これ以上父さんと母さんを待たせちゃいけ
ないからって、僕はまた二人のところに戻っていった。
・
・
・
「あれからもう１年以上経っちゃったんだよなあ…でも関係は全っ然進展しないし、
それどころか魔法少年なんてのになっちゃうし…ハァ…」
「相変わらず悩んでるようだねえ、思春期真っ只中の色ボケくんは」
「ヒューイ！？」
いつの間に隣に…
「ちょっと前からだよ。キミが例の女のコと一緒に写ってる写真を見ながら物思いに
耽りだしたときくらいからかな」
げっ…ひとつ聞くけど、考えとか記憶読むようなマネはしてないよね？
「今のところは、ね」
…今のところは？
「そこらへんの術を使うのには、ボクもまだレベルが足りなくてね。ま、心配しなくても
いいよ。パートナーのプライバシーを無理矢理侵すマネはボクの流儀に反する」
…信じていいんだろうか、このセリフ
「トラストミー、だよ？」
どうやら、絶対信じちゃいけないらしい。
ところで今日一日姿が見えなかったのはなんで？契約したら離れられないみたいな
こと言って晩ゴハンにまでついてきたのに。
「里帰りするときだけは別だからね。契約できたって報告に行ってたんだ」
里帰り？片道２０時間って言ってなかったっけ。にしちゃ早くない？
「こっちの人間と契約したら片道５時間くらいにできるんだ。まあ、ヒラだと電車しか使
えなかったのが飛行機も使えるようなモノだよ、キミの世界の感覚で言うと。あ、つい
でにちょっと任務も預かってきてさあ」
ヒューイはそう言って僕に『魔法少年としての任務』とやらについて話し始めた。
アル：今回の話を書いて、ちょっと最終章本編を読み返したら、向こうの彼は思っていた
以上に別人でした。ドラゴンボールの未来トランクスと現代トランクスくらいには違うと
思います。
でもどんな世界に飛ばされたとしてもこいつはシェリーを探して会いに行こうとするんだろ
うなと思いながら書いてます。その関係や顛末はそれぞれ違うものだったとしても。
あ、花火は保護者同伴です。やつの頭からはすっぽり抜け落ちていますが。
シェリー・ハランツ：今回の一件、もちろん彼女も覚えています。ただ、それでアルを嫌悪
するようなことはなく、かと言って意識するようなこともなく、ケンカになったら突きつけて
やろうと思っている、そんな感じ。
ヒューイ：ヒヨコだけど、鳩じゃないけどトラストミー。実際今回のこと、彼はまだかぎつけ
てはいません。いずれ聞き出してやろうと虎視（鳥視？）眈々ですが。
なお、彼が言っている次の任務ですが、これを書いてる時点ではノーアイディアです（使
いたいネタは色々あるんですが）。そういうこともあり、とりあえずここまでで第一部完。
リビア・ハランツ：たとえチョイ役でも、このペースで登場し続けると本編での登場回数と
セリフ量を軽く越えるんじゃないかと思う今日この頃。本編でこの二人が話をすることは
まずありえないので、もう少し掘り下げてみてもと思ってます。
余談：幕間って単語、ずっと「まくま」って読んでました…
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