〜始まりの終わりとなる日々に〜

…それから一晩たって次の日の放課後…

「………」
　僕はヒューイに言われて、学校の地下室に忍び込んだ。ホントなら生徒は立入り
禁止、バレたら絶対に叱られるからなるべく近寄りたくない所だったんだけど…！
「どうだい？やっぱり情報は正確だっただろう？」
　たしかにね。１つだけカギが別物になってる。他は全部似たような錠前なのに、配
電室の隣にあるここだけ別物だ。それに埃がついてない。
「違うのかい？似たようなのに見えるけど」
　見た目はね。けど、実際はこれ電子制御の新型だ。こんなのを使っている時点で
絶対に普通じゃない。でも逆にこいつなら…
「あれ？どうかしたのかい？“思い通り！”って言わんばかりの顔してるけど」
　自分がいまどんな顔をしているかは置いといて、僕はポケットに手を突っ込んだ。
デゾリスソーダ、最近発売になった、家族三人でも一缶空けられなかったほど不味い
炭酸飲料。でもこれには不味さとマイナーさゆえに気づくのが遅れてる、不思議な効
果がある。それは…電気の流れを止めること。栓を開けて、錠前の隙間にそっと飲料
とは呼びたくない味わいの液体を流し込むと、電気仕掛けの錠前は簡単に開いた。
「すごいねえ、それ、キミが見つけたんだ」
　たまたまね。あまりの不味さに吹き出したのがきっかけで。何かの役に立つかもし
れないと思って買っておいた。
「へぇ〜、つまりわりとノリノリでここに来る準備してたってことだね」
　う…ま、まあ正直、“行き慣れている学校の立ち入り禁止区域に何か危険な兆しが
あるから潜入調査をしてほしい”という任務内容に言葉では言い表せないときめきの
ようなものを感じたのは否定できない。とにかく、錠前を抜いて扉を開けると…

「………」
　僕は言葉を失った。ブゥゥンという鈍い音を立てて動いている、普通の中学校には
絶対に似つかわしくない、何のために作られたのか分からない巨大な装置。いった
い誰が何のために…いや、でもこれ何だろう、アンテナのような固定のビーム発射
装置みたいな…材料はどう見てもガラクタや中古品、規格外のパーツをツギハギ同
然に組み合わせて作っているのに、なんとも言えない凄みって言うか気品みたいな
のがあって…

　カラァンッ

　ビクゥッ！！

　後ろで何かが落っこちる物音がして、僕は慌てて振り返る。ヤバイ！変身中じゃない
けど完全に姿を見られた！
「君…その、見たのかい？」
「（どうやら僕が誰かどころじゃないらしいな…って）ええ、まあ一応………あの、ケン・
ミラー先生ですよね？三年の物理担任の」
「そんな！わ、私の名前まで知ってるだなんて…ど、どこの産業スパイなんだ！？」
「いや、普通にここの生徒ですけど！て言うか分かるでしょ！制服着てるんだし！！」
「そ、そうか、うちの生徒なのか…た、頼む！！ここのことは何も見なかったことにして
おいてくれないか！」
　…なんか土下座しそうな勢いで頼み込み始めちゃったんだけど。
「い、言っておくけど材料は全部自腹だからね！？家じゃ４００ボルトの電圧とかを引け
ないからここを使わせてもらってるだけで！」
（それ、盗電だよね？しかも電源入れっぱなしみたいだから、電気代もかなりかさんで
そう）
「やっと僕の技術力を高く買ってくれるところが見つかって、今がチャンスなんだ！」
（副業やってるってことですね。産業スパイとか言ってたし。禁止って聞いたけど）
「だから頼む！君の成績とか便宜をはかれることは」
（このへんで止めた方がいいのかな？なんか先生、喋れば喋るほどボロが出るって言
うか罪状が増えてるから）
「あの…ミラー先生？」
「うん？」
「大丈夫ですよ？（兵器とかじゃなければ）とくに騒ぎ立てようって気はありませんから」
「ほ、本当かい！？」
「ええ、僕も科学とか発明は大好きですし（これはホント。実際興味ある）」
「そっかぁ、ふう安心したよ。ああ何か安心したらノドが乾いてきた、って君が持ってる
のはデゾリスソーダじゃないか！悪いが一口くれないかい？」
「全部どうぞ。口はつけてないので」
「そうか！ありがとう！！」
「いえいえ」
　正直持て余してたんで助かった。それにしても初めて見たな、これを幸せそうに飲む
人って。
「ところで先生、これって何の装置なんですか？なんて言うか、ものすごい装置だって
いうのは直感的に伝わってくるんですけど」
「おお！デゾリスソーダを愛飲しているところと言い、君は本当に見所がある！！」
（愛飲は全然してないんだけどな…）
「これが私の大発明『ちから・もりもりん』だ！」
「………………」
「この装置は文字通り人間の力を倍増させる事ができるんだ！どうだすごいだろう！」
「………………」
「アル、アル、ほら放心しない。情報収集情報収集」
　そ、そうだね。ごめん、ちょっと意識が飛んでた。
「ふっふっふ、驚いてくれたようだね」
「はい、あの…すごい名前ですね。先生がつけたんですか？」
「そうだよ、いや私もこの名前を思いついたときには思わず震えたよ。けどね、真骨頂
は名前じゃないんだ。この『ちから・もりもりん』が照射するビームを浴びると全身のあら
ゆる能力が向上する。具体的には二倍のパワーと同じく二倍の跳躍力、それに三倍の
回転力が出せるようになり、総合すると都合最大十二倍もの力が計算値では出せる筈
なんだ」
「先生、いま“計算値”とか出せる“ハズ”とか言わなかったですか？ということはまだ完
成はしてないんですね」
「いや装置としてはすでに完成しているんだ。もっとも組み上がったのは昨日だけどね。
あとは細部を煮詰めるだけなんだけれど、動作中の制御が複雑なもので私自身がコン
トロールしないとどうしようもならないから試運転もままならなくてね…そうだ」
　…なんかものすごくイヤな予感…ここはもう
「あ、あの先生！僕これから用事があるので！」
「まあ待ちたまえよ」
　逃げだしたけど回りこまれて、しかも手首を掴まれた瞬間、イヤな予感は確信に変わる。
「きみ、この装置の栄えある被験者第一号になってくれたまえ！！」
「ぜ、全力でお断りしますっ！」
「何故だい？ルベノ物理学賞の受賞も狙えるような大発明なんだよ！？自分の名前を
歴史に刻む大チャンスじゃないか！」
「自分の名前を墓石に刻む大ピンチです！」
「大丈夫。さあ痛くしないから怖がらないで力を抜いてその身を僕に委ねてくれたまえ！」
「先生その言い方ものすごく誤解招きそうですって言うか誤解でいいんですよね！？て言
うか誰か助けてぇぇっ！」
「あ、あれれっ…」
　え…な、なんか動きが止まった…
「マジカルサイレントショット、効果はもって２ターン程度だけどね。さ、早く逃げるよ」
　ヒューイ…ありがとう、生まれて初めて本気で君に感謝するよ！色々ツッコミたいとこ
ろはあるけれど今は何も言わない！
「まっ待て！待ってくれ！いや待ってくださいぃっ！」
　ヒューイを小脇に抱え、マッドサイエンティストの叫び声を後ろに聞きながら、僕は一心
不乱に自分の部屋まで走り続けた。決して、後ろは振り返らなかった。

「やれやれ…変身して忍び込めばこんなことにもならなかったのに」
　まあ、それはそうなんだけど…ただ学校内での調べ物するのにあえて部外者の恰好
するっていうのもおかしな話だから。姿を消すのも時間制限つきだしね。
「なんだか大変だねえ、学校内での任務っていうのは」
　任務…そう任務だったね。えっと任務っていうのはあれだっけ？装置の破壊と製作者
への制裁？
「アル、アル、恐怖体験の腹いせか顔と言葉が物騒になってるよ？」
　そりゃまあ、命と貞操（？）の危機に晒されればね。それで？実際のところは？
「うん、あの先生を護ってほしいんだ」
　………は？
「だから、護ってあげてほしいんだけど」
　えっと
「言っておくけど、護るって言葉の意味はこっちの世界と同じだからね」
　先に言われた…
「いやあの先生さ、明日死ぬんだ。こっちの見立てだと」
　………え？
「どうやらあの装置に絡んだ陰謀に巻き込まれるらしくてね。今日の調査はその情報が
確かかどうかを確認するためだったんだ」
　なるほどね。んじゃ警察にでも通報する？国家権力が三食寝床付きで保護してくれる
と思うよ？
「いやあ、さすがに証拠と罪状が弱いでしょお。それに分かるでしょ？ボクらが出張って
来てるってことは」
　…！
　その言葉で僕は凍りついた。まさかこの前のみたいなのがまた絡んでくるってこと？
「可能性は高いね。正体まではまだ分からないけど。正直、警察の力じゃキツイと思う」
（………）
「どうしたんだい？」
　立ち上がった僕にヒューイがそう聞いてくるから、僕は食事の前の散歩と答えた。魔
法少年の契約をして体の燃費が悪くなったからお腹は空いているんだけど、なんでか
食欲はわいてこない。家を出て商店街まで歩いて、僕は目的もなく本屋に入った。
「あら、アルじゃない」
「シェリ姉、どうしたの？買い物？」
「うん、今日発売の雑誌買いに来た。アルは？」
「ん、なんとなく夕飯前の運動で散歩してただけ」
「ふ〜ん。あ、ちょっと待ってて会計だけ先に済ませてくるから」
　僕は後ろで、シェリ姉が雑誌を買うのを待った。顔を見たのは一昨日の夕飯以来だ
けど、とりあえず元気そう。だったら今、ひとつ聞いときたいことがある。
「あのさ、ちょっと時間ある？」
　僕はそう言って、シェリ姉を夜の公園に連れだした。二台のブランコ、小さな滑り台と
砂場、それにあんまりきれいに見えないベンチがあるだけの小さな公園。当然のように
誰もいない。
（シェリ姉と、夜の公園に二人っきり…）
　改めて状況を確認すると、ちょっぴり緊張する。気持ちが変な方向に行く前に、僕は
さっさと聞きたいことを聞くことにした。

「人づてに聞いたんだけど…シェリ姉、一昨日銀行強盗に体当たりしたの？」
「う…あんたの耳にも入っちゃったか…」
「まあね。だいたい何があったかはひと通り（ホントはその場にいたんだけど）」
「おかげで叱られたわよ。お小遣いも二ヶ月半額だし」
「…ねえシェリ姉」
　苦笑いするシェリ姉に、僕は聞かずにはいられなかった。
「なんでその人を助けようとしたりしたのさ、その、知ってる人でもないのに」
「まあ、そうなんだけど…体が先に動いちゃったのよね、あのときは」
「…え？」
　いや、そんなところなんじゃないかとは思っていたけど。
「でも、道案内するとか探しもの手伝ってあげるのとはワケが違うんだよ？下手したら
自分が危ないのに、なんで…」
「それもママに言われたわね。けど」
「けど？」
「なんだろ、このままじゃあのひとが殺される、そう考えちゃうとね」
「このままじゃ、殺される…」
「うん」
「いやいやいや、そんな状況だったら余計に慎重にならないと」
「そうなのよねえ。でも不思議とあんな真似やらなきゃ良かったとは今でも思えなくてね。
危なっかしいことしたって頭じゃわかっているんだけど。あ、これは他言無用ね。親には
海より深く反省してますって言ってるんだから」
「……………」
　あっけらかんとそう言うシェリ姉に、僕は何も言うことができない。
「もしかしなくても、呆れてる？」
　苦笑いしながらそう言われて、僕は首を横に振る。と同時に、自然に顔がニヤけた。
「今さら呆れないし、驚かないよ。よくよく考えたら、シェリ姉は昔からそうだった。けど」
「けど？」
「僕は、いいと思うよシェリ姉のそんな性格。ケガさえしなけりゃね」
「ありがと。さすがに気をつけるわ」
「ううん、こっちこそありがと」
「？？何に？」
（やば…）
　瞬間、僕は自分がやらかしたことに気づく。
「あ、いや、こっちの話」
「…なんか気になるわね。アル、何か隠してない？」
「ほ、ほんとに単なる言葉のあやだから！」
「その慌てる態度がますます怪しいんだけど？」
（なんでこういうとき妙に鋭いんだよ！こっちの気持ちにはとことん鈍感なのに！！！）
「？なにか言った？」
「え？いや（まずいまずいまずいホントに何とかしないと）」

ドンッ

「わっ」
「えっ？」

「………」
「………」
　それは一瞬の出来事だった。
　ボクは急に何者かに背中を突き飛ばされて、思いっきり前につんのめる。バランスを
崩して、倒れそうになって、そしてそのまま…シェリ姉に抱きついていた。
「…アル？」
「え？えっと、これはその…いきなり背中を押されちゃって…」
「後ろ？…後ろって誰もいないんだけど…」
「………」
　やばい、声が出ない。それに体も動かない。
「あと、それと、外だしさすがにずっとこれはどうかな〜って」
「ご、ごめん」
　その言葉で金縛りが解けて、僕は謝りながら体を離した。さっきとは別の意味で心臓
がバクバク言ってる。さすがに空気がちょっと重い。て言うか、気まずい。シェリ姉が今
どんな顔してるのか、知るのが怖くて頭を上げることができない。
「わかったわよ。そこまで黙っておきたいんだったら、こっちも無理強いはしないから」
「う…」
「おやすみ、アル」
「うん、おやすみ…」
「じゃ、またね」

「……………」
　意外と明るい声に安堵したものの、シェリ姉の姿が見えなくなってからも、僕はまだ夜
の公園に佇んでいた。心臓はまだ落ち着かない。抱きついたときの感触、今日は春の
わりに暑くて薄着だったから、余計に手のひらと体に、柔らかい感触が残って離れない。
「いやあ危機一髪だったねえ」
　後ろでノーテンキそうにしゃべるその声で僕は我に返る。やっぱり犯人はこいつか…
「ホント、今日のキミはきっとボクにいくら感謝しても足りないねえ。まあ、できればもう
少しトラブルじみた事が起きてほしかったんだけどさ。唇がぶつかるとか転んで押し倒
した形になるとかはたまたキミの顔面が彼女の胸にとか」

ボカッ

「痛あ！な、ナニいきなり殴るのさあ！！」
　いや、なんか色々むかついて。ちょうど殴りやすいところに頭があったし。
「そ、そんな理不尽な」
　ただ安心して。ヒューイが言ってた任務、やる気にはなったから。
「ほほう」
　なんかヒューイの顔がまたにやけた。
「それはあの女のコと話した結果かい？」
　まあね。ただ、言っとくけどいざとなったら先生つれて逃げるから
「大丈夫大丈夫、ボクも別に悪魔じゃないんだ。死戦しろとか敵前逃亡は士道不覚悟
で切腹だとか、そういうこと言うつもりは無いからさ」
　それは悪魔って言うよりむしろ鬼だね、鬼の副長。しかし気持ちが決まるとなんだか
急にお腹も空いてきた。僕は軽く拳を叩いて気合を入れると、ヒューイと一緒にコンビ
ニに寄って、夕飯にちょい足しするためのサラダ、それにデザートのプリンを買うと家
への道を歩いていった。

アル：たとえ肉体的に同じ存在であっても人間の性質は育った環境で大きく変わります。
こっちのアルも置かれた環境次第では邪悪な神を崇拝するカルト教団の大幹部とかを
普通に目指してました。もっとも彼の場合、『環境の違い』の意味するところの七割くら
いは『シェリーが幼なじみ』に集約されるんですが（残る三割は後日）。
ちなみに『平和主義者の数学教授』は善悪および性格が全部まるごと反転したトランス
フォーマー、シャッタードグラスでのメガトロンです。

シェリー：たとえ肉体的に同じ存在であっても人間の性質は育った環境で大きく変わる
…ハズなのですが、なんかシェリーはどこの世界に飛ばされようがどんな環境で育とう
が、別人状態になる気が全くしません。アンチェインはきっとそういうものに縛られない
んでしょう。

ヒューイ：下衆いところもありますが、一応相方のことは大事に考えてます（一応ですが）。
こいつの元いた世界についてはもう少し先になってから

ケン・ミラー：ゲームギアのファンタシースターアドベンチャーからのゲスト出演。なので
話の内容に全くあわない副題はそこから取ってます。
キャラコンセプトは『悪人じゃないけどマッドサイエンティスト』、『憎めないけどあんまり
助けたくもないタイプ』。今回の話のテーマ用に性格いじってますが、そんなに本編と変
わらないかなと（詳細は リプレイ記 をご参照ください）。
なおアルを実験台にしようとしたときの言葉に他意はありません（念のため）

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