僕は…うん、僕は信じていなかった。少なくとも、ここ最近は。
小学生の頃は何となく信じていた。漠然とだけど目に見えない何かがいて、それが
雲の上から僕たちのことを観察している、それくらいのことは考えてた。けど、中学
に入った少しあとくらいから神様なんてくだらないって思うようになっていた。
善神だろうと邪神だろうと、規律を重んじる神だろうと奔放な神だろうと、どれも
所詮は人間が想像力を働かせて作り上げた存在にすぎない。そして何で人間がそんな
ものを考えだしたのかと言えばその理由は物理的な自然現象に理屈をつけるためとか、
良いことにしろ悪いことにしろ、自分の行動に理由付けするためとか、はたまたフィ
クションの世界で広げすぎた設定と物語を畳むために作られた便利で強引で後付けな
存在、機械仕掛けのデウス・エクス・マキナであったりとか、とまあ色々あるけれど
とりあえず人間がその場その場の都合で仕立て上げた物ってことだけは共通している。
とにかくそんなものにセンチメンタルになるなんてナンセンス以外の何物でもない。
世の中の出来事は全てデジタルなデータに置き換えられる物なのだから…そんな風に
考えていた。
うん、そこ、中二病とか言わない。どっかのゲームの主人公の台詞をパクっただろ
とか、そういうことも言わない。ましてやそんな考えの持ち主なこの僕のどこを見て
あの青じそヒヨコは「人生を一歩間違えたら邪神崇拝なカルト教団の大幹部を目指し
ていた」なんて発想に至ったのかなんてそりゃもう全然わからない。けど、それもも
うどうでもよくなった。
え？なんでさっきからセリフが過去形なのかって？そりゃまあ、今は神という物の
存在を信じる気になってるから。もっともそれは、信仰とは真逆の呪詛と言った方が
いい形ではあるんだけれど。
「って、そっちの子、誰？？？」
「シェリ姉…」
不意討ちすぎるこの状況…一体どこのなんて名前の神だ？こんな状況作ったのは？？
いや、名前なんてどうでもいいからとりあえず呪いたい。自分の不信心に対するイヤ
ガラセだと言うのなら、オーバーキルもいいところだと主張したい。神様っていうのは
そんなに狭量なの？それとも暇なの？たしかに神話とか見ると器ちっちゃいなって思う
ことは色々あるけど、それでもこんないたいけな中学生の運命を弄ぶ暇があるのなら、
神様らしくもっとスケールの大きなことをしてほしい。出来ればこの星の反対側とか別
の太陽系とか、自分に仕掛けてくるならせめてどっか別の世界線でとか、とにかく今の
僕とは無関係な場所でお願いしたい。
「もしかして…昨日アルに会ったときって、この子に会いに行くとこだった？」
（う………）
追撃の一言で名前も知らない神への呪詛から現実に引き戻される。こういうときの
シェリ姉は相変わらず鋭い。
「うん、まあ、そうだけど…」
「へぇ…」
なんだか目を丸くしてる。どうやら何のかんの言いながらも、僕がホントに女の子と
会ってたのは予想外だったらしい。でもそれ、微妙に失礼じゃない？しかもシェリ姉の
視線、仕方ないけどわりと僕のことスルーで、さっさとジニーちゃんに向いてるし。
「えっと…はじめまして、よね？」
「え？は、はい。ジニー・ランフォードって言います。先輩の学校に短期交換学習生と
して今週この街に来ました」
「なるほどね。道理で。私はシェリー・ハランツ、高等部の二年でアルとはご近所なの。
よろしくね。けどそっかぁ…短期交換学習生かあ…面白いこと始めたのね、中等部」
シェリ姉はそう言って頷くと今度はジニーちゃんのことを四方八方に見回しはじめた。
て言うか二人並ぶとやっぱり顔つき似てるなあ。髪型違うし雰囲気はもっと違うけれど。
なんだか不思議な気分になってくる。って、そうじゃなくって！
「あ、あのさ、その、初対面の相手をジロジロ見すぎ」
「え？あ！ごめんね。びっくりした？」
「い、いいえ」
「て言うか、アルのこと先輩って言ってたけど一年生？」
「うん」
「それが何で、アルと一緒にいるの？」
「なんでって、住んでるところが近所だし…」
「でもねえ…」
マズいな。なんか微妙に、疑いの眼差しで見られてる気がする。
（考えてみれば確かにクラスどころか学年も性別も違う僕が案内役っていうのも不自然
だよな…シェリ姉相手に実は遠い親戚でしたなんて嘘も通じるハズが無い。なんて言っ
てこの場を切り抜けたらいいだろう。父さんや母さんの仕事の関係者？いや、それも絶
対に後でボロが出そうだし…）
「彼氏ですから！」
（ってジニーちゃん！？）
「えっ！？」
「アル先輩は！私の！彼氏ですから！！！」
いきなり先制攻撃！？もっとシャイな女の子だと思っていたんだけど。なんて言うか、
シェリ姉の目がこれまで見たことがないくらいに盛大に泳いでる。口もまるで、陸に打
ち上げられた魚みたいになっちゃってる。
「彼氏って…アル…それ…ホントなの？」
「そ、そうだけど！なにかもんｋ…問題ある？」
「いや、問題は無いけど…その、馴れ初めは？」
なれそめなんて言葉、実際の会話で使うの初めて聞いた気がする。でもここはうん、正
面突破で行こう。そっちの方が、色んな意味でたぶんダメージが少ない。
「おとといの朝、遅刻しそうになって走ってたら道路の角でぶつかって…」
「実際にあるのね、そのシチュエーション…やっぱり口にはトーストとか」
「くわえてないし。それで話をしてみると親元離れてこっちに来てるって言うし、なんか
妙に話も合うしで、それで、その…」
やばい。なんだか色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、眼の前の視界がグルグル回る。
「ふぅ〜ん。それでお付き合いすることになったと。しかも先輩なんて呼ばせてるんだ」
「だってジニーちゃん１年生だし」
「へぇ〜、アルの方はちゃん付けなのね。なんて言うか、隅に置けないじゃない」
「………」
さらにやばい。顔を近づけられて、ジト目を向けられて、こっちの顔がじわじわと熱く
なってくるのが自分でも分かる。
「…なるほど。そっか…」
そう言いながら、シェリ姉はゆっくりと姿勢を正して、襟元を直して、ちょっとだけ空
を見始めた。正直何を考えているのか全然わからない。むしろシェリ姉本人も自分が何を
考えているのかよく分かっていないっぽい。
「シェリー・ハランツはこんらんしている」
そんな言葉が頭に浮かんで、だからこっから先、一体何が飛び出してくるのか、ものす
ごくドキドキする。
と、ワンテンポ置いてシェリ姉の視線の矛先がまたジニーちゃんの方を向いた。頼むか
ら、本当に頼むから変なこと言わないでほしい。
「えっとジニーちゃん？」
「はっ、はいっ！！」
…ジニーちゃんも緊張してたみたいだ。案外明るいシェリ姉の声にビクッとして、背筋
がピンと伸びている。
「アルってちょっと気が利かなかったり、向こう見ずだったり、何て言うか危なっかしい
ところもあるんだけど、それでも理科系はすごく得意だったり、ひたむきだったり、素直
だったり、良いとこも沢山あるから…えっと、その…仲良くしてね」
「は、はぁ…」
「アルも！彼氏だって言うんだったらちゃんとこの子エスコートしてあげなさいよ！」
「わ、分かってるって！」
「さて、それじゃあ邪魔者はいなくなるとするわね。バイバイっ！」
そう言い残して、僕らに有無も言わせず立ち去るときに見せたシェリ姉の顔は、だいぶ
僕の知っている顔に近くなっていた。
（ひたむきで素直…良いとこが沢山…か。シェリ姉、僕のことそんなふうに思ってくれて
たんだ）
初めて聞く僕への評価。正直悪い気はしないって言うか、嬉しいことはかなり嬉しい。
シェリ姉が心にもないことを言ったりしないことは、すごくよく分かっているから。
（しかしまあ、さっきのシェリ姉、驚いてたし、慌ててたし、ちょっと見直したような
事を言ってたけど色んな意味で心配していたっぽいし、それでいて祝ってたっぽいし…）
僕が思ったこと、だいたい全部言ってたな。どれも当たっていたようであり、けれど
全部ハズレのようでもあり…ヤキモチ焼いてたかどうかだけは分かんないけれど。でも、
いまはそれより
「…先輩？」
「はい」
なんだか反射的に敬語になる。いや別に怒ったような声じゃない。普通に話しかけてる
だけな口調なんだけど。でもなんだか空気が重い。とりあえず、下手なグラブトくらいに
は重くなってきてる気がする。
「今の人、シェリーさんって言いましたよね？」
「うん」
振り返って、僕は答える。
「先輩と、仲良しなんですね」
「まあ、一応幼なじみだし」
「最初あの人のこと、シェリ姉って呼んでましたよね」
（聞かれてた…）
やばい。何も悪いことはしていない（はずな）のに、ジニーちゃんの口調も（たぶん）
普通なのに、なんだかものすごく気まずい。
「えっと、その…先輩とシェリーさん、実は付き合っていたりは…」
「ない！ないないない！！！」
言いながら、両手が勝手にブンブンと動く。
「ほんとうに？」
「いやだって、さっきの僕らの話ぶりを見れば分かるよね！？付き合ってたら向こうも
あんな反応しないし、そもそも僕だって…」
「先輩だって？」
「………僕だって、ジニーちゃんの彼氏役とか引き受けないよ…」
「……………」
また沈黙。しかもさっきより長い。けれどなんでか、さっきより心なしか空気が軽い。
「フフッ」
「え？」
なんで急に笑うんだろう。特に面白いこと言ったつもりも無いんだけど。
「先輩、シェリーさんの言ったとおりの人なんですね。ひたむきで、それに素直だって言
ってましたけど」
「あ゛…ハ、ハハ…」
素直っていう部分をわざわざ分けて強調したのが気にはなるけれど、とりあえず向こう
見ずとか危なっかしいって評価の部分に触れなかったのは感謝したい。
「頑張りましょう！ね？先輩！二人一緒に！ああいう人たちのために頑張るのが私達なん
ですから！」
「う、うん」
？？？何だか急に元気になった？？？なんでかよく分からないけど、でもジニーちゃん
の言うとおりだ。シェリ姉だけじゃない。ミラー先生も（一応）そうだし他にもいろんな
人を、ゴーツさんが言っていたカブロンって言うのとかから護らなきゃいけない。正直な
話、僕の人生こんなことになるとは思わなかったけれど。
「やるしか、無いよね」
「はいっ！」
「ん」
さっきはジニーちゃんの前でブンブンと振っていた手が、今度は自然にスッと出た。
「え？」
「改めて、よろしく」
「………」
そんな僕の手をはにかみながら握り返してくれたジニーちゃんの手は、ちょっと冷た
くて、柔らかかった。
（あれ？女の子とこんな風に握手するのって、もしかして初めて？）
そんなこも、ふと思った。
「それでさ、ジニーちゃん」
握手の感覚がまだ残る右手をポケットに入れて、僕は聞く。
「なんです？」
「ちょっと場所かえたいんだけど、いいかな？」
「え？」
「いや、だって…」
なんか野次馬っぽいのが増えてきてるし。僕が目配せしたら、ジニーちゃんもそれには
気づいたみたいだけど。
「もう少し話もしたいしさ。立ち話も何だし、ここより静かで、落ち着いて話が出来る所
に行こうかなと思って」
「え゛………」
「？？？」
「それってまさか、先輩のお家とかお部屋とか…」
「いやいやいや！」
そんな発想無かったって！え、いやもしかして今の僕の言い方、そっち系に聞こえた？
なんか青じそヒヨコもジニーちゃんからは見えない角度で「がっかりだよ！」とか「この
ヘタレチキン」って書いたサインボードを向けて来ているんだけど。なんで鳥にニワトリ
呼ばわりされなくちゃいけないんだか。ホントにゴーツさんとこのオーブン借りようかな。
「ごめん。とにかくそういうのじゃないから、とりあえずちょっと歩こう？僕のお気に入
りの場所を紹介したいんだ」
「はい、あの、失礼しました…」
「いえ、こちらこそ…」
それから僕らは少し歩いて、博物館に来ていた。さっきの誤解でちょっと気恥ずかしか
ったから、そこまでの口数は少なめで。
家から少し離れたところにある市立の歴史博物館。エアコンが効いてて、タダで座れる
椅子があって、無料の給茶機もあって、それでいて自販機のジュースがちょっと安くて、
展示品もそれなりのクオリティで、そして何より通学路から外れていることもあって基本
誰もいない。そんな隠れスポット。まあ運営は絶対に赤字なんだろうけど、べつにまだ税
金は払ってないから関係ないや。せいぜい閉館にならないように、たまに使わせてもらい
ながら祈っておこう。
「ってあれ？休館？」
変だな。博物館の休館日って普通は月曜日なのに。
「なんか臨時休館って書いてま…！」
「ジニーちゃん？どうかし…！！」
言いかけて僕も気づいた。何か中から禍々しい気配が漂っている。ジュザと戦ったとき、
バロンとかいうのと戦ったとき、そのときの感覚にかなり近い。
「どうするんだい？アル」
「ヒューイ」
いつの間にか僕の肩にとまっていた相棒も、不安そうに僕を見ている。
ゴーツさんが一緒にいるなら突入するのもアリだろう。けど今はいないし、喫茶店から
ここまで大人の足でも１０分くらいはかかる。ここは一度撤退して、万全の態勢を整えて
から出直した方がいいかもしれない。
「先輩！」
「！！」
まずい、博物館から来る禍々しい気配がグンと膨れ上がった。どこまで上がっていくの
か分からないけど、とにかく今は、嫌な予感しかしない。
決断しなくちゃいけない…いま、この瞬間に！
アル：とりあえず修羅場は（たぶん）回避。タイトルの「剣呑」というのは何か適当な単語
無いかなあと「難しい二字熟語」で検索したら出てきたので使いました。とりあえず前半で
彼の寿命、数年は縮んでいるかと思います。なお、セリフの一部はユーシスのパクリ。
ちなみにラストの博物館は実家の近所に実際にある歴史博物館です。管理していた文書を
盗まれたとかでニュースになったこともあったり…
ヒューイ：たぶんセリフは登場以来最小。次回はもうちょっと出番あります（予定）
シェリー・ハランツ：今回の彼女の言葉にこめられていた感情、色々ありますがアルが認識
できていなかったのがたぶん「敗北感」でしょう。てか、ある意味これが一番大きいかも。
その「敗北感」が何に対するものなのかは置いておくとして。しかしやっぱり、非戦闘系の
ヒロインは動かしづらい…
ジニー・ランフォード：本編でのジニーに関して思い返してみると結構「言うときは言う」
性格だったのを再認識。当の本人はシャイだと思っているけど、実際は自分が思っているほ
どはシャイじゃないって言うか、そんな子です。「ある意味では三兄弟最強」、設定当初の
このコンセプトに立ち返れば、もう少し筆が進められるのかなと。本編でのキャラがアルや
シェリーみたいに自分の中で固まっていないので、崩し方にも絶賛苦戦中ですが。
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