アレンとアリスの体が輝き、ダークファルスの体は再び、そして先より遥かに
凄まじい爆炎に包まれる。燃えさかる炎の中で、ダークファルスは動かない。
その体が炎の中で次第に崩れ去っていくのが、アレン達にも見てとれた。
そして今度こそ本当に、全ての力を使い果たし精根尽き果てたアレンとアリスは
その場にペタと尻餅をついた。
「や・・・やったの・・・？」
メギドの炎に包まれるダークファルスを前に、アレンとアリスは誰に聞かせる
ということもなく、つぶやくように言った。しかし、ダークファルスは炎の中
でニヤリと笑った。
「これで、終わったと思うなよ・・・」
「・・・ダークファルス！貴様まだ生きて！！」
「・・・我は死なず・・・我は滅びず・・・たとえ一度は滅ぼされようと、千年の
時を経れば蘇る・・・メギドの炎とて、我を止める事は出来ても我を殺す事は
できん・・・お前達のやった事は・・・所詮その場しのぎ、戦いの中で勝ち得た
安息は、かりそめの安息に過ぎんのだ・・・それまでの人間が我に対しやって
きたようにな・・・」
「そんな・・・」
「アレン！もう一回メギドよ！そうすればいくらダークファルスだって！」
かなり冷静さを失った声で、アレンの手を取りながらアリスは言った。しかし
そんなアリスの肩を後ろから数回、ポン・ポンと叩く者があった
「よしなさいアリス・・・そんな事をしても意味はないわ・・・」
「ミューさん・・・」
アレンとアリス、そしてダークファルスの三者の目が、ミューの方へと一斉に
注がれる。ミューはアリスにそう言うと体を引きずるように歩き、二人の前へ
と出ると、ダークファルスの前へと歩み寄ろうとした。
「貴様のような死に損ない一人を葬る力が、我に残されていないと思ってか！」
一歩、また一歩と自分に近づくミューに、ダークファルスの黒い波動が迫る。
それはミューの脇腹を貫いたが、ミューは歩みを止めようとしない。ダーク
ファルスはさらにミューに攻撃を加え、ミューの体はさらに傷ついたが、それ
でもミューはその歩みを止めようとせず、とうとうダークファルスの目の前に
までやってきた。
「貴様・・・何をするつもりだ・・・」
「あなたに・・・死を与えようと思ってね・・・」
「死？不死身の我に死を？くだらん寝言を！」
「できるわ・・・グランツの力なら・・・」
「！！」
炎の中で、ダークファルスの顔がさらに歪むのが見えた。
「メギドとグランツは一対・・・あなたを止めるのはメギドの力なしには成し
えず、そしてメギドで動きを止めた相手に完全な死を与えるのはグランツの
力をもってしか成し得ない・・・」
「ミュー・・・知ったのか、それを・・・ならば貴様がグランツを発動する前に
その息の根を止めるまで！」
そう言うやダークファルスの背中から数本の細い触手のような物が現れた。先端
が槍のように尖った触手である。それは一斉にミューに襲いかかり、その全身を
貫く。それを見かねたアレンとアリスがミューを助けに入ろうとしたが、ミュー
がアレン達の方を向き、怒ったような顔で「来ないで！」と言うと二人はその
鬼気迫る言葉に圧倒され、思わずその場で立ち止まってしまった。
「ダークファルス・・・」
アレン達二人がその場で立ち止まったのを確認すると、ミューはダークファルスの
方に顔を向け直した。しかしその顔は敵を見据える時の顔ではない。心の底から
相手を憐れみ、慈しむような表情である。
「最初あなたを見た時、アリスがあなたの中から怒りや憎しみ、そして悲しみの
心を感じると言っていた・・・たしかにあなたは人々の怒りや憎しみ、そして
悲しみを糧とするものの、あなた自体の思念としてあるのは怒りと憎しみ、
そして破壊の衝動であって”悲しみ”の感情は無かったはずなのに・・・」
「・・・・・・」
「不死身の肉体は、時として虚しさしか残さない・・・おそらくあなたの不死身は、
自分でもどうにもならない事なのでしょう？」
「ふん・・・そうだとしたらどうする！」
「不死を持つゆえの悲しみ・・・永遠に世界を苦しめ続ける事を義務づけられた
あなたの宿命・・・解き放ってあげるわ・・・全てを・・・メギドで弱ったあなたの
体になら、私のグランツは死を与える事ができる・・・」
「思い違いも甚だしいぞミュー！我は人々の負の感情を無上の喜びとする魔王！
たしかに我が不死は我が手によってどうこうする事ができる物ではないが、
それに喜びこそ覚えても悲しみを覚えた事など一度もないわ！」
言うやダークファルスのミューへの攻撃はさらに激しさを増す。しかしそれでも
ミューは、ダークファルスに憎しみの目を向けず、無抵抗のままその攻撃を受け
続けた。
「ミューさん！・・・もう、限界だ・・・いくぞアリス！」
「うん！」
ミューの気勢に圧倒され、しばらく身動きが取れていなかったアレン達だったが
ついに耐えかねて武器を取った。しかしその瞬間、ミューとダークファルスの
周りに金色の、ベールのような半球状結界ができて、あらゆる外部からの攻撃や
刺激を受けつけなくなってしまった。
「行こう・・・ダークファルス・・・ライア様やオラキオ様、ケイン様・・・皆の
待つ所へ・・・そうすれば・・・もう、苦しくないから・・・」
「・・・・・・・・・」
「ダークファルスの攻撃が・・・止んだ・・・？」
その結界の外側で、アレン達はダークファルスから悪意が急速に消え失せるのを
感じた。黒い波動の噴出は止まり、目は閉じられ、ダークファルスはその動きを
完全に停止していた。
「ミューさん！」
黄金色の結界の外側で、泣きそうな顔をしてアリスが叫ぶ。するとミューは
結界の外にいるアレンとアリスの方を見て、にこやかに微笑んだ。
「アリス・・・あなたに会えて本当に嬉しかった・・・アレン・・・いつまでも
アリスを大切に・・・二人が、みんなと力をあわせて、いい未来を作るのを
楽しみにしてるわ・・・」
そしてその言葉が、ミューが言い残した最後の言葉だった。結界の光が上に伸び、
その光は部屋の天井と建物の上の階の床の全てを貫通し、天まで伸びて行く。
不思議な事に、瓦礫は一つも落ちてこない。もっとも、その時のアレン達には
そんな瓦礫がどうだとかと言う些事に考えを巡らす余裕など到底なかったが。
そしてその光の柱の中で、ミューとダークファルスは次第に上昇し、上昇すると
ともにミュー達の姿は稀薄になっていった。そしてアレン達の目に彼らが完全に
見えなくなると同時に、その光の柱は少しずつ細くなり、そして完全に無くなった。
アレンとアリスの前には、もう何も残されていなかった。
「死んじゃったら・・・オレ達の作る未来を楽しみにするも何もないじゃないか・・・」
ボロボロと涙を流しながら、アレンは地面を殴りつけ、悔しそうに言った。しかし
そんなアレンの言葉に、アリスはゆっくりと首を横に振った。アリスのその顔には、
一滴の涙も流れていなかった。
「ううん・・・何て言うか・・・口じゃうまく説明できないんだけど、ミューさん
とは「これでお別れ」って感じがしないの・・・」
「・・・どこかで、生きてるって言うのか？」
「ううん・・・それとも少し違う・・・だから、本当に言葉じゃ説明できないし、根拠
らしい根拠も全然無いんだけど、でもすごくそんな感じがするの。だから私は
泣かないし、ミューさんにさよならは言わない・・・」
「アリス・・・」
「アレン、未来を作りましょうよ。いつミューさんが見に来ても笑われないような、
素敵な未来を・・・」
「うん・・・そうだ・・・そうだな！」
アリスの言葉に、アレンは力強く頷いた
こうして、ＡＷ４２８４年夏、一つの時代、一つの千年紀が幕を閉じた。
ルラキルにミュー、それにダークファルス達の持つ千年以上昔の”時”とアレンや
アリス達が生きる、今を流れる”時”はその交わりを終えた。
そして一人立ちした”時”は歩み続ける・・・
ガズニはこの戦いの直後から政府に戻り、ティーズの片腕として政府機能とあらゆる
システムの再構築に尽力する。そしてＡＷ４２８７年、九歳年下の小学校教師と結婚
し、私生活においても新たなスタートを切る事となった。
またケビンとマリアも政府に復帰、ただし今度は生命に手を加えるのではなく、今ある
生命をいかに保護するかという方面においてその研究を続ける事となる。
ログはこの戦いの後裏稼業からは次第に撤退、その財力を活かし正式な財団を設立し
主に医療・化学分野の発展に大きな成果を残すが、ＡＷ４２８８年、多くの人の見守る
中、安らかにその生涯を終えた。享年八十七歳、生涯独身であった。
ギゾはこの後間もなく輸送業からは引退、ログの下で経営・運営学を中心とした帝王学を
徹底的に叩き込まれる。そしてログの死後その財団の全てを受け継ぎ、政財界の若き
重鎮として世界の発展と平和に尽くす事となる。
テオはニーヤに戻り、しばらく静かに腕を磨いていたが、ログの死と同時に参加した
格闘技の世界大会で優勝、その名声を活かし武術を通じての青少年保護更正運動を
展開し、多大な成果を挙げる。そしてＡＷ４２９０年、ギゾとの間に長女を出産。
そして、アレンとアリスは・・・
二人は、ティリアの丘の上にいた。
ここを吹く風は、いつも優しく、そしていつも変わらない。ここで寝そべっていると、
まるで全ての戦いや出来事が夢であったかのようにさえ思える。全てが夢のようであり、
しかし全てがまるで昨日の出来事のようでもあり・・・指を折り数えてみると、あれから
既に七年の月日が経っていた。二人とも首都へ行き、大学でのアレンは植物学、アリスは
生物学に関する研究の日々を送り、それなりに成果も残し、久しぶりののんびりとした
気分での故郷での休日の日々を楽しんでいた。
「変わらないなぁ、ここらへんはいつになっても。」
「アレン、昔っからここが好きだったものね。天気のいい休みの日は大抵ここにいて・・・」
「それで迂闊に寝てたりするとアリスに顔中落書きされるんだよな。」
「そ、そうだったっけ？」
アレンの言葉にアリスは照れ臭そうにポリポリと頭を掻く。そして笑ってごまかそうと
して笑うと、つられてアレンも笑いだし、しばらく丘には二人の笑い声がこだました。
そして笑い終えるとアレンは真顔でアリスの顔をみつめた。
「なあアリス・・・」
「なぁに？」
「この前、ガズニさんから手紙が来たんだ。」
「へぇ〜、久しぶりじゃない、なんだって？」
「ああ、フレオに行かないかって。」
「ふ〜ん、フレオに・・・ちょっと待ってアレン。今・・・フレオって言った？」
「ああ、なんでもかなり大がかりな再開拓事業を始めるって話なんだ。ギゾの財団も
全面的に協力するらしい。そこにオレも、政府派遣の研究員の一人として行かない
かって手紙なんだ。ホラ・・・ここにその手紙もある。」
アレンはアリスにガズニから届いた手紙を渡した。アリスはそれに注意深く目を通す。
たしかにその文面はアレンの言った通りの物だった。
「で・・・行くの？アレン？」
「そうだな・・・行こうと思ってる。何年かかるか分からないけど、やり甲斐があり
そうな仕事だし、それにフレオの開拓はミューさん以来の悲願だしな・・・」
「うん・・・」
「で・・・それでなアリス。」
「なに？」
「アリスも、一緒に来てほしいんだ・・・いや、今回の事だけじゃなくって・・・その・・・
これからの人生・・・ずっと・・・」
顔をまるで火がついたかのように真っ赤にし、半ば挙動不審になりながらアレンは言った。
そしてアリスは、そんなアレンを笑いはせず、少しだけ頬を赤らめ、幸せそうに微笑んだ。
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