その昔、僕達の先祖は遥か彼方の「パルマ」という名の星に住んでいた。しかし千年ごとに甦る
悪魔に、住む星を破壊され、巨大な宇宙船で宇宙を彷徨った。しかし宇宙船の中でも争いが絶えず
二つの勢力に分かれて長い間対立をしていた。
けれど千年前、ご先祖達は二千年にもわたる長い長い旅路の末に、この星に辿り着き、移住した。
そしてこの星を、彼らが乗ってきた宇宙船「アリサ三世」にちなんで「ネオアリサ」と名付けた。
これがこの星に伝わる創世の物語。誰もがおとぎ話だと思っている。何故なら、宇宙船で来たの
ならその時に使った宇宙船があるはずなのに、そんなのは世界のどこにも見当たらないから。
神話はその事について、こうフォローしている。「彼らがネオアリサと名付けたこの大地は、
当初思ったよりはるかに過酷なものであった。そして人々の中にはこの星を捨て、再び旅に出
ようと思う者もいた。しかしノイン王は言った。「理想郷とは自らの手で作り出すものだ」と
そして決意のため、乗ってきた宇宙船「アリサ三世」を破壊したのだ、と・・・
そして話はこうやって現代へと続く。「ネオアリサはリーク王家を中心に発達してきた。しかし時を
追う毎に王家は腐敗が進み、ついに二十年前に革命が起き、現総督によって滅ぼされたのだと。
そしてそれ以来この星は地方の自治が強まり、今に至る・・・と。だから今生きている人達は
腐敗のリークしか知らず、ゆえに千年前の物語も時の施政者達が自分達に都合の良いように
でっち上げたのだと信じて疑わないのである。元来歴史というものは施政者の虚飾が大なり
小なりつきまとうのが常であるし。
とある山の麓にある田舎町で「風と緑の町」とも呼ばれるティリア、その柔らかな日射しの下、
町全体を見渡せる丘の上で、少年は心地よい眠りを楽しんでいた。少年の髪は青く、背は
１７０ｃｍ強といったところであろうか。腕枕をくんで草むらに寝そべり、静かな寝息をたてて
いる少年の名前はアレン、フルネームはアレン・ハランツ。軍関係者を両親にもつが、二人
とも数年前から軍の極秘事項の研究のためにと遠く離れた首都に行ってしまったため、今は
この町の自宅に一人で暮らしている１７歳の少年である。しかしそんな彼の眠りは、顔に
かけられたコップ一杯の水によって、突然醒まされた。
「ふふふ・・・目ぇ覚めた？アレン？」
アレンの顔に水をかけた犯人は、おかしそうに笑いながらそう言った。犯人の名前はアリス・
ランフォード。瞳は深い青色で、黄金色の髪の毛はポニー状に束ねられている。そして
いつも赤をメインにした服を着ているアレンより２つ年下の１５歳の少女である。アレンとは
幼なじみで、また稀代の悪戯好きでもあり、アレンも随分とハメられてきた。今日のように
顔に水をかけられた事なんかは数え切れないといっていい。
「ねえ、私これから買い物に行かなくちゃいけないんだ。手伝ってくれない？」
「勘弁してくれよ・・・昨日徹夜で本読んでたから眠くてしょうがないんだ。」
アレンは面倒くさそうにアリスにそう言うと、再び腕枕を組んで寝転がり、眠りだした。
「もう・・・」
アリスは寝息をかくアレンの横に腰をおろした。そよ風が優しく頬をなで、瞳を閉じると風で揺れる
葉っぱの音や草の音が何とも言えず心地いい。しかも町の中心部から少し離れているため、人は
ほとんどいない。アレンが昼寝に愛用するのもよくわかる、そんな気がした。けれどアリスは
すぐに、何かを思いだしたかのように瞳を開け、アレンの寝顔をじっと見つめた。そして２、
３回頬を指でつついてみたが反応は全くなく、完全に熟睡していると分かると、悪戯っぽい
笑みを浮かべ、カバンの中から一本のペンを取り出した。
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「ふ・・・ふぅあ〜あ・・・」
アレンが目を覚ましたとき、日はもう沈みかかっており、アリスの姿も見えなくなっていた。
（ちょっと、薄情だったかな？）
アレンは一瞬そう思ったが、あの後起こさなかった所を見ると、大した買い物でもなかったの
だろうと思い、そして夕食の買い物のために一人商店街に出たのだが、人々の視線が妙に気に
なる。クスクスと笑ったり、変な物を見るような顔をしながら通り過ぎてゆくのである。
その様子にアレンは首を傾げながらしばらく歩いたが、ショーウィンドウの中に飾られている
大きな鏡を見た瞬間、彼は全てを理解した。
「！・・・やられた・・・ア〜リ〜ス〜〜〜」
自分の顔に書いてある「バカ」だの「ねぼすけアレン」だの「薄情者」だのといった落書きを見て、
彼はすぐそれがアリスの仕業だと悟った。そして公衆トイレに駆け込み、顔を何度も洗い必死に
落書きを落とした。ペンが水性だったのがせめてもの幸いと言うべきか。そしてハンカチで顔を
ふき、トイレから出て来るや、折り悪く、上機嫌で買い物中のアリスにばったりと出くわした。
「あ、あ〜らアレン、お目覚め？」
白々しく、少しひきつった笑顔でアリスは言った。
「『お目覚め？』じゃないだろまったく！ヒトの顔に好き放題書きやがって！」
「え？何の事かしら？」
「と・ぼ・け・る・なっ！！」
と、そんな感じで二人がいつも通りの口ゲンカをしていると、アレン達の横を一人の男が通り
かかった。男の背は１８０はゆうにあり、アレンより大分高い。髪は黒く、年は四十過ぎ
ぐらいだろうか、もう夏だというのにトレンチコートを身にまとい、首筋には階級証と思しき
ものが見える。
「おじさ〜ん、この人、変質者なんですぅ、逮捕しちゃってくださ〜い。」
アリスは猫をかぶるときに決まって出す甘えた口調でコートの男にそう言った。そしてアリスの
ウソにアレンは本気で焦ったが、男はそんな二人のやり取りを見て豪快に笑い、言った。
「お嬢ちゃん、ウソは感心せんなぁ。」と。
「やっぱりバレました？」
「大人をからかっちゃいかんよ。ワシはお前さん達が生まれる前から軍におった。色々な人間も、
見てきたつもりだ。しかしボウズ、お前も女の子は大事にせんといかんぞ。さもないとこのワシ
みたいに、何十年も嫁のなり手がいなくなるからな！ワッハッハッハッ！」
そう言って自分の言ったことをさも愉快そうに笑う彼の元に、一人の男が息を切らしながら
駆けて来た。どうやら彼の部下らしい。
「大佐、こんな所におられましたか。」
「おお、いや仕事も済んだしちょっと散歩にと思ってな。」
「勘弁してくださいよ、一応まだ勤務時間中なんですから。」
「まあそう言うな。フム・・・もうこんな時間か。では行くとするか。」
「大佐」は腕時計を見、少し意外そうな顔をすると、アレン達に別れを告げて去っていった。
「行っちゃった・・・」
「珍しいわね軍人なんて。こんな田舎町に何の用かしら？」
「さあ？俺らには関係ないだろ？多分。」
「それもそうね・・・ねえアレン？私の買い物、まだすんでないんだ。ちょっと付き合ってくれる？」
「お前なあ・・・この期に及んでまだそういう事言うか普通？」
「ね？いいでしょ？今日の晩御飯ごちそうするからさ！」
「オーケーオーケー、分かったよ。けど頼むから、変なモン食わせないでくれよ。」
「し・つ・れ・い・ねぇ！ウチがいつ変な物食べさせたのよ！」
「ホリィおばさんが作った時は文句ないけどアリスのは・・・」
「そう言ってこの間私が作ったシチュー何杯もおかわりしたんじゃない！いいかげん私の腕前、
素直に認めなさいよね！！」
いつものような町の風景といつものような口ゲンカ、そしていつものようなそよ風、この当たり前の
風景が、永遠に続くと誰もが漠然と思っていた。けれど時の渦は静かに、しかし確実に回り始めていた。
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