「ただいま〜」
「いらっしゃ・・・あらおかえり。今日はアレン君も一緒なのかい？」
アリスがドアを開けるとアリスの母親、ホリィは包丁を動かしたまま二人の方を振り向いて言った。
アリスの家は食堂を経営している。小さく飾り気のない店だが味の方の評判は良く、いつも大勢の
客で賑わっている。
「アリス、手洗ったら料理運ぶの手伝っておくれ。アレン君も今日はウチで食べて行くんだろ？」
「ええ、ただその前にちょっとは手伝いますよ。」
「そうかい？じゃあお父さんの洗い物を手伝ってくれるかい？」
そういってアレンも手伝いを始めたのだが、なかなか客足は途絶えず、結局彼らの夕食の時間は
だいぶズレこんだ。そしてやや遅めの夕食を食べていると、夕方に会った「大佐」がここの常連
でもある警察官に連れられて店の中に入ってきた。
「おお？お前さん達は・・・」
「あなたは・・・」
「どうしたんだいアリス？知り合いかい？」
「うん、夕方買い物している時に会ったんだけど・・・」
「ほう、この店の娘さんだったのか、こりゃ奇遇だな。これも何かの縁か。ワシの名前はガズニ、
総督直轄軍第一部隊、つまり陸戦部隊を任されておる者だ。お前さん達は？」
「あ、アリスです。アリス・ランフォード。」
「アレン・ハランツです。第一部隊のリーダーって・・・何かあったんですか？」
「いや、半分観光の出張だ。ところでハランツと言ったがもしかしてケビン殿の・・・」
「え？父を知っているんですか？」
「ああ。顔見知り、という程度だがな。」
「そうでしたか・・・最近音沙汰なしなんですが、何かご存じないですか？」
「フ〜ム・・・」
アレンの質問に、ガズニは口元に手を当ててしばらく考えたが、何も思い浮かんでこず、「よく
わからん」としか言えなかった。しかしアレンが残念そうな顔をすると再び考え込み、そして何か
思い出したらしくポンと手を叩いた。
「そうそう、だいぶ前の話だがな・・・」
「なんです？」
「親御さんがバイオテクノロジーの研究をしている、という事は知っているだろう？それでな、
ワシの部署にケビン殿の研究所から花が届けられたことがある。研究所の新作、という事だった
のだが世話も要らず全く枯れんという事で、なかなか評判がいい。親御さんは花好きなのか？」
「ええ、父も母も昔から花とかが好きで、家でもよく育てていましたし、僕をよく山登りとかにも
連れていってくれてました。僕が病気がちだったというのもあるのでしょうが。」
「そうそう、その他にもケビンおじさんに『体を鍛えるためだ！』とか言って竹刀持たされて、
いっつもシゴかれちゃベソかきながらウチに逃げ込んでたんですよ。」
「こっ、こらアリス！」
しばらく聞き手にまわっていたアリスがそう横槍を入れると、ガズニは豪快に笑い出した。
「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか・・・」
「いやすまん。しかしケビン殿にはそういう所もあったのか。で、成果はあったのか？」
「まあ一応は・・・ここ何年か風邪一つひいてませんし。」
「この前の地区大会では優勝したもんね。」
「ホウ、そりゃ大したもんだ。一つ、手合わせ願いたいものだな。」
「け、結構ですよぉ、現役の軍人となんて・・・」
「なぁに、ワシも最近は銃ばっかりで竹刀は握っておらん。心配するな。」
「し、心配するなって・・・」
などと最初はアレンも抗議していたが、ガズニのすっかり乗り気な様子に最早退くわけにもいかず、
やむなく翌朝、警察署の道場で一勝負ということになってしまった。
「大丈夫なのアレン？」
警察署の道場へと続く廊下で、不安げな表情でアリスは尋ねた。けれどアレンは「こうなったら
しょうがないさ。」と軽く笑い流し、アリスと一緒に道場へ入ると、ガズニの方は先に仕度を整え
アレンを待ちかまえていた。相手を待たせた事に対しアレンは少しバツが悪そうにしながらも、
道場の中央線に歩み寄り、一礼をするといよいよ勝負は始まった。
アレンは昨晩、どうしたらいいのかを一生懸命イメージトレーニングしていた。そしてその中で
「奇策」とでもいうべきものもいくつか思いついたが、ガズニを目の前にした瞬間、その威圧感の
前には奇策などすべて無意味だと悟った。玉砕覚悟の真っ向勝負、それしかない、と。そして
試合開始と同時にガズニとの距離を一気に詰めると、力一杯に竹刀を振り下ろした。
「真っ向勝負か・・・結構結構！だが、まだ足りんぞ！！」
ガズニはアレンの一撃を竹刀で受け止め、弾き返すと一歩踏み込み、ガラ空きの胴めがけて強烈
な一撃を叩き込んだ。アレンは一瞬よろけたがすぐに体勢を立て直すと今度は胴へと斬りかかる、
それはアレンにしてみれば相当の速度と破壊力をもった一撃だったのだが、ガズニはそれをも
難なくかわし、再びカウンターでアレンの胴に一撃を叩き込んだ。そしてそんな感じの、アレンが
打ちに行ってはガズニに弾き返される、という形の勝負が三十分以上続いたのだが、肩で息をし、
立つのがやっとな状態のアレンに対し、ガズニの方は全く息を切らしていない、それどころか、足も
定位置から殆ど動いていなかった。
「そろそろやめにしておくか？」
「いいえ・・・まだまだぁっ！！」
言うやアレンは凄まじい勢いでガズニに斬りかかった。それは全身全霊、最後の力を込めた一撃
だった。ガズニもそれに応えるべく突進し、正面からアレンの一撃にぶつかって行き、アレンを
弾き飛ばした。
「つっ・・・あれ？ここは・・・」
気がついたとき、アレンは自分が見知らぬベッドに寝かせられていることに気付いた。どうやら
警察署の医務室らしい。そして傍らではアリスが、心配そうな顔で見つめていた。
「アレン、ごめんね。私が変なこと言っちゃったから・・・」
「そっか・・・ガズニさんの一撃喰らって・・・見事なまでのボロ負けだったなあ。」
「でもアレンのことすっごく褒めてたわよ。『いい根性してる、将来が楽しみだ』って。」
「ま、現役の軍人、しかも陸軍トップの人との試合なんて、なかなかいい経験させてもらったよ。
ところでアリス？」
「なに？」
「俺、首都に行こうと思ってるんだ。」
「え？首都って・・・ネオカミニートの事？」
アレンの話のあまりの唐突さに、アリスは一瞬状況を理解できなかった。
「ああ、もう夏休みだろ？だから汽車にでも乗って、のんびりと旅行でもしてみようかと思ってな。
それでその途中で色んな所寄って、いわゆる『途中下車の旅』とでもいえばいいのかな？最近
音沙汰なしの親父とお袋の顔も久しぶりに見てみたいし。」
「どこまで予定進んでるの？それ。」
「いや〜、まだなんにも。何せ思い立ったのが昨日だからな。でさ、アリスも一緒に行かないか？」
アレンにそう言われ、アリスは一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの顔つきに戻り、「ちょっと
考えさせて」とだけ言った。そして二人とも、それぞれの家路についた。
「アリス、どうしたんだい？元気ないじゃないか？」
アレンと別れ、一人家に帰ったアリスの微妙な表情の変化をホリィは見逃さず、アリスに尋ねた。
「え？なんでもないわよ。」
「ウソおっしゃい、アレン君とケンカでもしたのかい？」
「そ、そんなのじゃないわよ！」
「じゃあなんだってんだい？」
ホリィにそう問い詰められ、アリスが仕方なく事の次第を話すと、ホリィはニコと微笑んだ。
「なんだいどんな事かと思えば・・・楽しんでくればいいじゃないかい。」
「え？でも・・・」
「アリス、あんたの気にしてる事は分かるよ。これから一番の稼ぎ時で忙しくなるのに、仕事の
手伝いができなくなる事を気にしてるんだろ？お前は、本当に優しい子だから・・・」
「・・・・・・」
「商売繁盛で文句言ったらバチ当たるけど、そのせいでお前をロクに、旅行にも連れて行って
やれなかったからねぇ。」
「母さん・・・」
「けどねアリス？店の手伝いなんかはお前の代わりを探せばいくらでもいるけど、お前の人生の
代わりをできる人は誰もいないんだよ？」
「うん・・・」
「だ・か・ら、行っておいで。アレン君にあんまり迷惑かけちゃダメだよ。それと手紙ぐらいは
ちゃんとよこしておくれ。」
「うん！」
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