PhantasyStar 〜時の交差〜

第九話 苦しみの天秤

ここで物語の舞台は再びネオアリサへと戻る

アレンがログの元で、ギゾやテオの助けを借りながら特訓を始めて既に一週間余りが経った。
アレンは、焦っていた。自分が凄まじい速度で上達しているのは実感としてある。剣術、
スタミナ、瞬発力、そしてテクニック技術も・・・本来民間人の回復系以外のテクニックの
習得及び使用は堅く禁じられているのだが、この際そんな事は構っていられなかった。

「アレン、少し休んだらどうだ?休息も挟まないと効率が悪くなるばっかりだぞ。」
大粒の汗を流しながらまだ少しも木刀を握った手の動きを緩めないアレンに対し、木陰の切り株に
腰をかけ、今し方テオが持ってきてくれたアイスティーを飲みながらギゾは言った。しかしその
ギゾの言葉も耳に入らないかの如く、アレンは黙々と練習を続けている。

「まったく・・・効率ってモンを考えないのかねこの男は。」
わざと大きめの声でギゾは隣に座っているテオに言った。
「気持ちはわかるんですけどね・・・ルラキルという、神話にも登場する二千年の時を超えてきた
 者を相手に、はたして自分がどこまでできるのか、どれだけ強くなったら彼に追いつけるのか・・・
 強くなればなるほど不安になってしまう・・・」
「ま、あんまりフラストレーション貯めさせてもしょうがないし、そろそろあれを教えてやるか?」
「あれを?ちょっと早いと思うけど・・・」
ギゾとテオの会話がそこまで進むと、アレンの手の動きがピタリと止まり、二人の方を振り向いた。
「おい!なんだよその『あれ』ってのは!!」
「ったくさっきから聞こえないフリしていやがって・・・で、知りたいのか?」
「ああ!」
「どうしても?」
「もちろん!」
「なら、見せてやらん事もないな、お前がマスターできるかどうかは別として。まあ座れや。」
そう言うとギゾは立ち上がり、空いた切り株にアレンは腰をかけ、大木を前にしたギゾの一挙手
一投足をも見逃すまいと彼の姿を凝視しようとした。しかし、そう思った次の瞬間にはギゾの
放った一拳は大木を貫き、風穴を開けていた。

「な・・・なんだよ今の・・・」
「こいつが、ウェンフィールド流格闘術奥の手中の奥の手、『オーバードライブ』だ。」
一瞬の出来事に呆気にとられるアレンに対し、得意満面の笑みを浮かべてギゾは言った。
「オーバー・・・ドライブ?よくいう”気功”みたいなモノか?」
「いや、そんな安全なモンじゃないな・・・」
「じゃあ、何なんだ?それに、今一瞬、ギゾの呼吸が変だった気がしたけど・・・」
「へえ、たった一瞬でそこまで分かってたか。じゃあ教えて・・・やっぱテオ説明頼むわ。」
「理論も知らずにやってたのか?」
「う、うるせえ!!一度マスターしちまえば理論なんて関係ないんだよ!」
そうしてまたアレンとギゾの口ゲンカが始まろうとしたが、テオがコホンと一つ咳払いをすると
二人ともそれをやめ、テオの方を振り向いた。そしてテオの技の解説が始まった。

「アレンさん、人は一生のうちに脳の機能を半分も使わない、というのはご存じですか?」
「え?ああ、そんなの聞いたコトあるけど、それが何か?」
「そして体には随意筋と非随意筋というのがあります。」
「え?ずい・・・何それ?」
「手とか足とか、自分の意志で動かせるのが随意筋、そして心筋みたいに自分の意志で
 動きをコントロールできないのが非随意筋です。非随意筋はとてもマイペースな筋肉、
 一生動き続けるかわりに絶対無茶をしない筋肉です。」

「そしてオーバードライブというのは特殊な呼吸で脳への酸素供給リズムを変える事で
 脳を刺激し、本来コントロールできない非随意筋にまで意志を介入させる。そしてその
 事によって通常の何倍もの力を発揮する技です。もっとも、それによる筋肉への負担は
 もちろん、脳にも自然の状態とは異なる働きをさせるわけですから、体全体に膨大な
 負担がかかります。ですから、脳は鍛えられないとしても少なくとも筋肉面だけでも
 それに耐えられるだけの基礎体力も必要になりますし、体への負担を考えると長時間は
 使えないものですのでオーバードライブ状態での攻撃を確実に当てられる状況にまで
 持っていくだけの通常状態での戦術や技も必要になってきます。文字通り『奥の手中の
 奥の手』だといえるでしょう。」
それからもテオは何か説明をしようとしたが、オーバードライブの威力を目の当たりにし、
しかもある程度の構造も理解したアレンはもはやそれどころではない。テオに頼み込み、
すぐにオーバードライブの呼吸法の練習が始まった。

「アレンさん、まず息を大きく、ゆっくりと吸ってください。そして次はなるべく時間を
 かけてゆっくりと吐いて・・・今度は極力速く呼吸をしてください。でも口の表面だけ
 での呼吸にならないように奥まで吸い込んで・・・」
その奇妙な呼吸の仕方の練習はその日一日続いた。そして日を重ねる毎にテオの教える
呼吸のリズムは難しくなってくる。時には一秒間に約十回の呼吸をし、また時には一回の
呼吸に数分をかけてしたりもした。しかも戦闘状態を想定するため数キロ走り込んだ後や
ギゾやテオとの組み手の後など息せき切っている状態でも安定してその呼吸ができるように
訓練を重ねる。そしてテオの教える呼吸法をいかなる状況においても行えるようになった
のは、一週間ほど経ってからの事であった。しかしそれらをすべて習得したのにも関わらず
特に強力な力を出せるようになったという実感はまるでない。アレンはそれはなぜなのかと
テオに尋ねた。

「当然ですよ。」
アレンの質問にごく当たり前のようにテオは答えた。彼女に言わせると今までのは体の筋肉に
ある程度の耐性をつけるための、いわば準備の呼吸法だということらしい。
「じゃ、じゃあ本当のオーバードライブの呼吸法っていうのは?」
アレンの質問にテオも最初はそれはもう少しアレンの体が慣れてから教えると言った。しかし
アレンは「頼むから一度だけ見せてほしい」としつこく食い下がる。そしてとうとうテオも
根負けし、また少し見せたくらいでどうなるものでもないだろうという気持ちもあり一度だけ
という約束でアレンにオーバードライブを披露することにした。

テオは仁王立ちに身構え、一瞬で呼吸を整える。そして次の瞬間、テオの一撃が空を切った。
音速の如き拳の速さ、そして文字通り空気を切り裂く音がアレンの耳にもはっきりと聞き取れた。
また、今の呼吸がどのようにして行われたかも、今のアレンにははっきりと理解することできた。
アレンは体勢を整え、ゆっくりと、一つ一つ確かめるように息を吸い込んだ。

「よ〜し・・・このリズムだ!」
「アレンさん!まさか!!」
アレンは一度大きく、そして速く息を吸い、そして少しだけ吐き出しまた深く吸う、テオに
まだ教わっていない、今のテオの呼吸を見よう見まねで真似た呼吸法である。そして息を
吸い終えた瞬間、全身の神経の一本一本がつながり、体の奥底から炎のようなパワーが湧き
上がり、自分の体の中から何か原始的なものが目覚めるような、そんな感覚を持った。今の
この力なら砕けぬものは無い、そんな感じさえする。そしてアレンは体から溢れださんばかりの
その力を、地面に叩きつけることで一気に解放した。拳は深くめり込み、地面に少し亀裂が走る。
しかし、それと同時にアレンの体に稲妻のような痛みが走り、アレンの意識は急速に遠のいていった。

「う・・・」
気がつくともう日は暮れかけ、アレンは自分のベッドの中にいた。横には心配そうな顔をした
テオと、あからさまに不機嫌そうな顔をしたギゾがい座っている。
「気がついたかこのバカ!」
「ひっでえなあ、起き抜けにバカはないだろバカは!!」
「バカだからバカだって言ってるんだよ!少しは後先考えろ!!何のために今まで一週間かけて
 準備の呼吸法を教えてきたと思ってる!」
「な、何のためって・・・」
「いいかアレン、普段使わない筋肉を使うと筋肉痛になる。たとえ一週間くらいでも、ろく
 すっぽ運動していないヤツが急に走り込んだりすると次の日には全身が痛くなるのに、
 まして十数年使っていない、またはマイペースで動いていた筋肉を使ったらどうなるのか、
 そこらのガキだってわかりそうなモンだろが!」
ギゾにそう言われるとアレンは何も反論できない。ただあの時は試してみたい一心だった。
また、テオもまさかあの一瞬で、何の説明もなしであそこまで理解するというのは全く予想外
だったらしい。

「ま、オーバードライブの習得に多少の筋肉痛は避けて通れんがな。それにしてもあんまり、
 無茶はしない事だ、急がば回れって言うしな。」
そう言い残し二人はアレンの部屋を後にした。そしてただ一人残されたアレンは、漠然と技に
対する恐怖を感じていた。

それは別に技の破壊力に対する恐怖などではない。単純に己の痛みへの恐怖である。理論的に
いけば回数を重ねれば重ねるほどその痛みは軽減されるというのはわかるが、それまでにどれ
だけあの痛みを経験すればオーバードライブをものにできるのか、考えると少し怖くなった。

そしてその日の晩、アレンが何となく寝付けじず、素振りでもしようかと木刀を持って表に
出ると、どこからか美しい笛の音色が聞こえてきた。

「・・・・・・笛?」
最初は空耳かと思った。しかし間違いなく笛の音色である。アレンはその優しく、そして
どこかもの悲しい音色を求め庭の中を歩いた。今夜は満月、月明かりが足元を照らす。そして
歩くこと数分、アレンは池の畔にその笛の音の主をみつけた。

「ギゾ?」
「おう、アレンか。」
「知らなかったな、ギゾが笛吹けるなんて。」
「意外か?」
「ああ、ちょっとね。」
「月が妙に明るかったもんでな。どうだアレン、酒も持って来てるんだ。たまにゃ男同士
 月見酒といかねえか?」
手に持っていた杯の酒を飲み干し、そこに新たな一杯をつぎアレンに差し出しながらギゾは
言った。ギゾはかなりの酒豪である。アレン自身、ギゾがその酒量をテオにたしなめられて
いるのを見た事も、一度や二度ではない。しかも愛飲しているのはもっぱら度数が60度を
超えるスピット(蒸留酒)である。以前勧められるままに一口飲んで口の中が火事になった
ような思いをした事はまだアレンの記憶に新しく、とてもじゃないが飲む気がしなかった。
またギゾも他人に酒を無理強いするような性格ではない。だからアレンが軽く断ると、手に
持っていた杯を一息に飲み干し、アレンの方を向き話しだした。

「ま、今日はちょっとバカやったにせよお前もよく続くよなあ・・・俺がお前くらいの時は、
 シゴキからどうやって逃げようか、そればっか考えてたからなあ。それをここまで耐えられる
 ってのは、お前よっぽど好きなんだな、アリスのことが。」
「な、何言い出すんだよ急に!!」
ギゾの言葉にアレンは顔を真っ赤にし、右手を顔の前で横に振ったが、そんなアレンの反応
を見るやギゾはアレンの方に歩み寄り、アレンの頭を、ちょうどプロレスのヘッドロックの
ように抱え込み、口元にやや意地悪そうな薄笑いを浮かべてアレンを更に問い詰めた。
「こっちだって商売休んで(本当はログの部下に代行してもらっているのだが)お前の特訓
 につきあってやってんだ、とっとと白状しろっ!」
「うぐぐ・・・わ、わかった!わかったから放せって!!」

「で、どうなんだ実際?」
「でも実際って聞かれてもなあ・・・」
ギゾの質問に対しアレンは少し上を向き、右手で顎のあたりを押さえて考え込んだ。
「なんだ?まだしらばっくれようってのか?」
「いや、そうじゃないけどさ。よくクラスの連中にもギゾと同じような事聞かれた事はある
 けど、なんて言うか一緒にいるのが当たり前だったから・・・アリスとはもう十年以上前
 からの付き合いだし。」
「ふ〜ん。でもキスくらいはしたんだろ?」
「いや、別に・・・」
「別にって十年以上の付き合いでか?」
「うん」
「一週間二人っきりで旅行していて、か?」
「うん」
「じゃ、お前にとって妹みたいなモンか?」
「う〜ん・・・それともちょっと違う気がするんだけど・・・第一オレ兄弟いないから『妹感覚』
 って言われてもピンと来ないし。ただ、アリスがルラキルに連れて行かれてから、ほとんど
 毎晩、アリスの夢を見るんだ。でも、夢は所詮夢でしかない・・・今は一刻も早く会いたいんだ、
 本物のアリスに・・・それで、守りたいんだ、今度こそ・・・」
「なるほど。」
アレンの言葉にギゾは大きくうなずき、そしてアレンの肩をポンポンと数回叩いた。
「ま、がんばれや。こっちもできる限りの事はすっからさ。」
そう言い残すとギゾは立ち上がり、屋敷の方へと戻っていった。アレンはそれからしばらく月を
眺め、鈴虫の音色に耳を傾ける。そして自分も部屋に戻ろうと立ち上がり歩き出したのだが、何か
様子がおかしい。迷うはずのない道なのに、いくら歩いても屋敷にたどり着けない。そして数分後、
アレンは自分の背中に大量の氷を流し込まれるような殺気を背後に感じ、木刀を構え振り返った。

「あのままどこぞで野垂れ死にでもしているかと思ったら、こんな所にいたかアレン。」
殺気の主はアレンを見下しながら言った。長い金色の髪の毛と鋭い目つき、そして腰には一本の
長剣を差しているその男は、アレンが忘れようとしても忘れられない人物だった。

「貴様・・・ルラキル!アリスは、アリスは無事なのか!?」
ライアの子孫だという理由でアリスを連れ去った相手を前に、アレンは心を荒ぶらせずには
いられなかった。しかしそれに対するルラキルの声は、アレンの焦りを見透かし、はぐらかす
かのような静かさと、いやらしさに満ち満ちている。
「さあなぁ・・・二週間前にフレオの古牢獄にブチ込んでそれっきりだからな。」
「なんだと・・・じゃあ、それじゃあアリスは!!」
「ヤツに運があれば生きておろう。氷の惑星フレオとて無人の星ではないからな。天運が
 味方すれば生きているだろうし、味方せねば死、あるのみだろうな。ライアの小娘に
 その天運があったか否か、お前自身の目で確かめるがよかろう・・・確かめられればな!」
「お前に・・・お前なんかに言われなくてもそのつもりだ!!俺はアリスに会いに行く!
 邪魔はさせない!!」
アレンはそう言うと右腕の手のひらをルラキルに向けて突き出し、左腕で右腕の肘の辺り
を抑え、局地的に重力を増大させるテクニック、「グラブト」を放った。強力な重力場が
ルラキルを包み、その足元が沈む。しかしルラキルは眉一つ動かさない。

「グラブトか・・・この威力だと2、3Gといったところか。ほんの少し前までは素人
 だった割にはよくやる、と言っておこうか。しかし!」
ルラキルが気合いを入れるとアレンの作り出した力場はいとも簡単に消え失せる。しかし
ルラキルの余裕の視線の先にアレンは既にいなかった。もとよりアレンは今の自分の力が
真っ向勝負でルラキルに対抗しうるものとは微塵も思っていない。今のグラブトにしても
既にアレンは力を緩めていたのである。そしてアレンはルラキルの真横に回り込み脳天
目がけて木刀を振り下ろした。しかしルラキルはそれを片手で受け止め、左足でアレンの
みぞおち目がけて蹴りを放つ、けれどアレンはそれを見切ってルラキルの懐に潜り込み、
足払いでルラキルの右足を払いにかかった。相当な速度と威力をもった、膝の支点を正確
に狙った下段蹴りである。それでルラキルを転ばせ、倒れた所にフォイエを叩き込む予定
だったのだが、ルラキルの右足はまるで根でもはっているかのようにビクともしない。
そして次の瞬間、ルラキルの左足は上段蹴りから踵落としとなりアレンに襲いかかる。
屈んだ体勢のアレンにそれをかわす余裕はなく、両腕を十字に組んでルラキルの蹴りを
ガードするのが精一杯だった。重い蹴りである。もしまともに喰らっていたら肩の骨は
砕けていたであろう。そこからアレンはルラキルの右足を掴みにかかったがルラキルは
即座に間合いを離し、アレンに自分の足を掴ませない。そしてアレンの顔をまじまじと見、
口元に薄笑いを浮かべた。

「今の攻め、防御、そして咄嗟の判断力・・・成長したようだな、実に!!しかし悲しい
 かな、お前の力は、今の人間の力はあまりに中途半端と言うしかあるまい。」
「今の人間の力が中途半端?どういう意味だ?」
「かつて人々は魔力を持つライアの民と技術と膂力を持つオラキオの民に分かれていた。
 そのオラキオの民の首領格だったこの私から見れば、お前のパワーやスピードなどは
 虫ケラ同然!!見せてやる・・・オラキオの民の、古代の民の力を!!」
次の瞬間、ルラキルのショルダータックルがアレンに命中する。そしてアレンの体を庭の
木に叩きつけるや、かつて町の宿で戦った時と同じく、アレンの体に突きや蹴りを嵐と
浴びせ、その怒濤の如き攻撃の前にアレンは一拳、一蹴の反撃さえできない。しかし
ルラキルがとどめの一撃とばかりにアレンの頭部にめがけて蹴りを放った瞬間、アレンの
体は流れるような動きを見せ、蹴りをかわしルラキルの懐に潜りこみ、そして放った強烈な
カウンターパンチがルラキルの顔面を捉えた。
「貴様、今の連撃を全弾喰らいながら・・・」
赤く腫れた頬を抑えながらルラキルがそう言うと、アレンは初めて精神的にルラキルを
見下ろしながら言った「今の一撃は隙だらけだった。」と。
「オレを甘く見すぎたようだなルラキル!待ってたんだよ、調子に乗ったあんたの攻めに
 隙ができるのが!」
「なるほど・・・兵は詭道なり、戦いは騙しあいというわけか。ならば私ももうお前を侮る
 まい。全力をもって貴様を倒す!バータ!!」
超圧縮され鉄のような硬さと糸のような細さをもった数十本の水の槍がアレンの全身を
刺し貫く。アレンは守りを固めたが、ガードの上からもバータは容赦なく突き刺ささる。
反撃の糸口は、まるで見えなかった。知恵やフェイントではカバーしきれない圧倒的なまで
の実力差がそこにはあった。

「くそ・・・何とか、何とかしないと・・・」
アレンは防御を固めたまま、必死に打開策を考えた。常識的に考えれば、今の状況を打開する
には、オーバードライブでの玉砕覚悟の一撃を喰らわすしかない、その事は十分すぎるほど
分かっている。しかしそれでもアレンは、なんとかオーバードライブを使わずにここを切り
抜ける方法はないかという考えが頭から離れなかった。

アレンはオーバードライブをまだ一度しか使った事がなく自分の体は、まだ到底技の長時間
使用に耐えることはできない。また技の直後に立っていられないほどの筋肉痛に襲われる事は
あまりにも明白である。外せば死、万一当てる事ができても、後に待つのは地獄の苦しみ、
どちらにしても、あまりいい選択肢とはいえない。しかしそんな考えが頭の中をよぎってる
最中も、ルラキルの攻撃は激しさを増すことこそあれ少しも緩むことはなかった。
「どうしたアレン、少し本気を出したらもう手出しできんのか!」
「ち、調子に乗るな!!」
アレンは防御を固めたままショルダータックルの体勢でルラキルに向かっていった。しかし
そのままルラキルにぶつかっていく事はせず、自分とルラキルの中間地点にあった木刀を
蹴り上げた。そしてアレンは蹴り上げた木刀を手に取り、そのままルラキルのみぞおちに
突きを入れようとしたのだが、どうやら一連の動きは全て、ルラキルに読まれていたらしい。
ルラキルは無表情のまま、逆にアレンのみぞおちに蹴りを命中させた。

「私のバータを喰らいズタズタになった腕では、木刀を持ったとて直線的な動きしかできない
 事ぐらい、私が読めないとでも思ったか?浅はかな・・・しかしアレン、貴様も物好きな
 ヤツだ・・・私がお前を攻撃するのは、お前がライアの元へと行こうとするからなのだぞ?」
「え?」
「約束しよう、お前がライアの事を忘れ去るというのであれば、私もお前に手出しはせん。
 お前の中のライアの、いや、アリスの記憶を削除し、もう二度と貴様の前には姿を現す
 事はしないであろう。どうだ?受け入れるか?」
「ふ、ふざけるな!」
言うやアレンは再びルラキルに向かっていった。しかし、アレンの攻撃は全くといっていい
ほどに通用しない。また、ルラキルの猛攻はアレンに回復の余裕も与えず、状況は悪くなる
ばかりである。そして戦うこと数分、ルラキルの一撃がアレンのみぞおちにめり込むと、
アレンはうめき声をあげながらその場に倒れこんだ。

「これが現実というものだ・・・アレン!これ以上私の手を煩わせるな!!」
ルラキルの一喝は、既に戦意を失いかけたアレンの耳に、恐怖と、そしてそれ以上に、甘い
誘惑の言葉として響いてきた。アリスの事さえ忘れれば、この痛みから、この苦しみから、
そして何より今眼前に迫っている死の恐怖から解放されるのである。辛さに耐えることより、
安息への誘惑を断ち切る方がはるかに難しい。ルラキルの言葉は、アレンの体から瞬く間に
戦意を奪い取っていった。
「(そうだよな・・・いくら幼なじみだからって、所詮は他人なんだよな・・・)」
朦朧とした意識の中で、アレンは自分でも不思議なくらい冷静だった。そして冷静だからこそ、
今の状況の絶望さと、戦いの興奮の中で忘れかけていた生への執着がふつふつと心の中から
湧き出し、アレンの全身を支配していった。
「(この二週間、本当に、死ぬ気で頑張ってきた・・・今までの人生で、一番頑張ってきた・・・
 でも、相変わらず実力差は歴然としているし、現に今こうして殺されかけてる。こんな状況で
 負けを認めたからって、自分の命がかわいくなったからって,誰がオレを非難できる?誰も
 非難なんかできやしない・・・それに人生、挫折はつきものなんだ・・・)」
「・・・感じるぞアレン、貴様の闘志が急速に縮まっていくのが・・・」
「(ああ・・・ルラキルの言う通りだよ・・・もう指一本動かす気力もありゃしない・・・
 でも・・・何でだ?このまま戦えば死ぬだけなのに、しかも確実に生き延びる道があるのに・・・)」
「うん?闘気が再び・・・」
「なんでだ!なんで割り切れない!!」
ムシャクシャまじりの言葉とともに、アレンは立ち上がった。ルラキルは立ち上がったアレンに
一瞬満足そうな笑みを浮かべる。しかしすぐにまた厳しい目つきに戻り、腰にさしてある自分の剣に
手をかけた。
「敢えて荊棘の道を選ぶというのか・・・どこまでも愚かな!」
ルラキルの長剣がアレンの脇腹を刺し貫き、傷口からおびただしい血液が流れ出す。しかしアレンの
顔に、先程までの迷いや弱さはない。傷だらけになりながらも眼光はルラキルを睨み、一歩も引かなかった。
「なぜ、そのような眼で私を見ていられる!痛みはないのか!?」
「こんなに血が出て、しかもそれまでもアンタに散々ブン殴られてるってのに、痛くないわけ
 ないだろ!だけど・・・だけど!!」
そう言うとアレンはルラキルの腕を取り、その体を投げ飛ばす。そして自分の脇腹に刺さっていた
ルラキルの剣を引き抜き構えた。
「ないんだよ・・・アリスを忘れる事より辛いことはこのオレには!!」
アレンは剣を上段に構え、ルラキルめがけて斬りかかっていった。しかし不慣れでその上重い武器
であることに加えアレン自身のダメージも蓄積している。それに剣を引き抜いた傷口から、出血は
さらにおびただしくなっているのである。アレンは前のめりに体勢を崩し、そしてそんな状態で放った
長剣の一撃をかわす事は、ルラキルにとって造作もない事であった。長剣は木の幹に深くめり込み、
止めを刺そうとルラキルがアレンの方に向かってきた瞬間、アレンの呼吸のリズムが変わった。

即座に体を反転させ、木の幹に蹴って加速をつけると、凄まじい勢いでルラキルの腹部に正拳突き
を叩き込む。オーバードライブによる一撃は、アレンの拳が表からは見えないほどに深く、ルラキル
の体にのめり込み、ルラキルはこの戦いで初めて、苦痛の表情を眉間に浮かべた。しかし体への
負担はむしろアレンのほうが大きい。非随意筋まで酷使したアレンの全身に、数十万ボルトの電流が
体を貫くかのような、普通の人間ならショック死しそうなほどの痛みが全身を走る。
「ぐ・・・う・・・こ、こんな・・・こんな、痛みなんか、邪魔だああああぁぁぁぁっっっつ!!」
痛みをこらえてさらに一歩踏み込み右の拳を後ろに下げ、もう一方の拳で一撃目と寸分違わず同じ
場所へオーバードライブによる一撃を叩き込むと、ルラキルは数歩後ずさりをし、そしてはじめて
アレンの前で片膝をついた。

(頼むから立ちあがるなよ・・・)
片膝をついたまま動こうとしないルラキルを、祈るような気持ちで見つめながらアレンは思った。
しかしそれから数秒後、ルラキルは立ち上がろうとする。その動きは非常に遅く、本来ならば一気に
たたみかけて決着をつけたいところだったが、しかしアレンにそんな力など全く残されていない。
文字通り立っているだけで精一杯であった。
「まだ、こんな一撃を隠し持っていたとはな・・・本当に楽しませてくれる・・・」
ルラキルは唇に薄笑いを浮かべながらそう言ったが、直後に口から血を吐き、再び地面に膝をついた。
そしてその顔には、今自分のおかれている状況を理解できない、という驚きの表情をはっきりと見て
とることができた。
「バカな!立てない!?この私が、ダメージを受け、しかもそれが足に来ているというのか!?
 こんな、青二才の一撃で!!」
意外さと怒りの入り混じった声でルラキルは言った。しかしすぐにアレンの方を向きなおし、ニヤリと
口元に薄笑いを浮かべた。
「不思議なものだな、人間というのは・・・見たくなったぞ、より強くなった貴様が!!」
そしてその言葉を最後に、ルラキルは光に包まれ、どこへともなく消えて行き、同時にアレンの意識も
遠のいていった。

「う・・・う〜ん・・・あれ?ここは?」
「気がつきましたか?アレンさん。」
「テオさん!それにギゾにログさんまで!!オレ、一体・・・」
「それはこっちのセリフだ!一昨日の明け方、お前は全身血だらけの虫の息で倒れてたんだぞ!それで
 病院まで運んだら運んだで、丸二日眠りっぱなし、一体何があったんだ?」
ギゾの問いかけに、アレンはすべてをありのままに話すと、ギゾ達は驚きを隠せなかった。

「ルラキルが!?そ、それでお前勝ったってのか?」
「いや・・・できる限りはやったけど、あのまま戦っていたら100%こっちがやられていた・・・でも
 ルラキルの奴、オレに止めを刺さないで、もっと強くなったオレと戦いたいって言って去っていった・・・
 どうやら、まだまだ未熟みたいだな、オレ。」
「当たり前だろ!二週間やそこらで一人前になろうって方が図々しいんだよ!・・・まあ、最初に会った
 時に比べれば、だいぶマシにはなってきてるがな。ところでアレン、こいつに見覚えはないか?」
ギゾはそう言うと一振りの長剣をアレンに見せた。刀身は刀剣に興味がない者をも惹きつけそうな輝きを放ち、
鍔の部分には大きなルビーと思しき宝石がはめ込まれている剣である。
「この剣!間違いない!ルラキルの剣だ!!どうしてこれを?」
「いや一昨日お前がブッ倒れてたすぐそばに落ちてたんでな。しかしこりゃ相当な業物だぞ。こんなの置いて
 逃げてったところを見ると、ルラキルのヤツも相当慌ててたんじゃないのか?」
「いや、そうじゃなかろう。」
ログはギゾの言葉をそう否定し、自分の推測を話し出した。
「昔は決闘の時には前もって相手に己の最も大事な品物を相手に預けたんじゃ。”お前を倒して取り返す”
 という意味でな。おそらくその剣もそのような意味なのじゃろう。」
「ふ〜ん、でもオレはルラキルに何も預けてないけど?」
「い〜や、ちゃんと預けてるさ。ま、預けてるというと語弊があるかもしれんがな。」
「???」
「身に覚えがあるんじゃないのか?お前がなんとしてでもルラキルから取り戻したいモンって言えば、一つ
 だけだろが!」
「取り戻したい・・・物???」
「ま、モノ呼ばわりしちゃわからんのも無理はないか。アリスだよア・リ・ス!!この二日、何度も寝ながら
 言ってたぜ、『アリス!、アリスぅ〜!!』ってな。見てて飽きなかったぜまったく。」
「な・・・ホントかそれ!?」
「ええ、ちょっとアリスさんの事がうらやましくなるくらいに。」
テオにもそう言われるとアレンの顔は火が出たかのように真っ赤になり、あとは笑ってごまかすしかなくなった。
そして翌日退院し、ログのシャトルの格納庫へと案内されていった。

第九話 完

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